『テイキング・ライブス』:2004、アメリカ&オーストラリア&カナダ

1983年、カナダのサン・ジョビート。マーティン・アッシャーという若者が、モントリオール行きのバスに乗り込んだ。隣に座った同年代の若者マットに行き先を問われ、マーティンは「出来るだけ遠い所へ向かう」と答えた。エンジントラブルでバスが停まったため、2人はレンタカーを借りて旅を続ける。マットは、シアトルへ行って音楽をやるつもりだと語った。
途中で車がパンクしたため、マットがタイヤの交換作業に入った。周囲は建物も無く、人影も見当たらない場所だ。マーティンは、マットの身長が自分とほぼ同じだと把握した。そして彼は、向こうから車が走ってくるのを確認し、マットを突き飛ばした。マットをはねた車は横転し、運転手は死亡した。はねられたマットも命を落とした。マーティンは自分が死んだように偽装し、マットに成り済ました。その後、マーティンは殺人を犯しては被害者に成り済ますということを繰り返した。
そして現在。フェリーから降りてきたアッシャー夫人は、死んだはずの息子マーティンを目撃したと警官に訴えた。彼女は警官に、息子は放っておいたら何をするか分からない恐ろしい人間だと告げた。一方、建設現場で白骨化の進んだ死体が発見され、モントリオール警察のレクレア警部は旧知の間柄であるFBIのプロファイラー、イリアナ・スコットに応援を要請した。パケット刑事はFBIの手を借りることに不満を抱くが、指示には従わざるを得なかった。
現場に赴いたイリアナは、犯人が事前に死体を捨てる場所を決めており、死体を発見させたがっていたと推理した。間もなく、同じ手口による新たな殺人事件が発生した。犯人の顔は石で潰されている。今度の事件では、コスタという目撃者がいた。画商をしているコスタは、犯人の姿を目撃したので似顔絵を描くと申し出た。イリアナは、犯人が左利きだと推理していた。コスタは右利きだ。しかも凶器を見てショックを受け、資料も気に留めなかったことから、彼女はコスタがシロだと判断した。
1人目の被害者の身許が判明した。ビソネットという男で、妹に寄れば失踪後も彼のカードが使用されていたという。ホテルに似顔絵の男が宿泊しているとの情報が入り、イリアナは現場へ出向いた。支配人に尋ねると、3ヶ月の代金は前払いで、それからは全く姿を見ていないという。部屋を調べたイリアナは、天井裏に似顔絵の男とは別人の死体を発見した。被害者はクラーク・ウィリアムズ・エドワーズという男だった。
DNA鑑定によって、コスタはシロだと確定した。イリアナはコスタの元へ行き、「何かあれば連絡を」と携帯電話の番号を渡した。ホテルの部屋からは、アッシャー夫人の家に何度も電話が掛けられていたことが分かった。イリアナはアッシャー夫人の家へ行き、似顔絵を見せた。息子かどうかを訪ねると、「そうかもしれない」と返答した。フェリーで息子を見た時には、不安になると耳をいじる癖をマーティンが見せていたという。
アッシャー夫人の家には、マーティンと双子の兄リースの写真が飾ってあった。リースは17歳の頃、川に落ちたマーティンを助けようとして死んでいた。イリアナがパケット刑事やデュヴァル刑事らと共にマーティンの墓を掘り起こすと、死体は別人のものだった。警察はアッシャー夫人を保護することにきめ、彼女の指定したホテルに移ってもらう。夫人が何か隠していると睨んだイリアナは、家に侵入した。本棚の裏にある隠し部屋を調べていると、何者かがイリアナを押し倒して逃げて行った。
翌日、イリアナはレクレアたちに自分が導き出した結論を発表した。彼女は、マーティンが殺人を繰り返し、その度に被害者に成り済ましていると考えた。母親が兄リースを溺愛したため、マーティンは自分でいることが嫌になったのだとイリアナは推察していた。コスタの画廊が荒らされたと連絡があり、イリアナは現場へ向かった。コスタがエドワーズと商談で会う予定になっていると知り、イリアナは捜査協力を要請した。怖がりながらも、コスタは協力を承諾した。
コスタは盗聴器を隠し、待ち合わせ場所であるバーへ出向いた。しかし2時間が経過してもエドワーズは現れず、計画は中止となった。翌日、イリアナはレクレアに、コスタを愛してしまったことを打ち明けた。画廊ではパーティーが催され、イリアナやレクレアたちは警護に当たった。謎めいた男ハートの存在に気付いたイリアナは、犯人だと確信して拘束を指示した。しかしハートは画廊から脱出し、イリアナの追跡を振り切って姿を消してしまった。
レクレアはコスタの身の安全を考え、彼をトロントへ移すことにした。コスタが部屋の荷物をまとめる間、護衛役のデュヴァルは車で待機した。コスタが部屋を出ようとすると、ハートが現れた。彼は「お前とは上手くやっていけると思っていた。逃げるな、借りを返せ」とコスタに詰め寄った。助けを求めるコスタの声を聞き、デュヴァルは部屋に駆け付けた。ドアを開けると、コスタとハートが揉み合っているところだった。
コスタの部屋を訪れたイリアナは、デュヴァルが射殺されているのを発見した。直後、外で助けを求めるコスタの声が聞こえた。部屋を出ると、ハートがコスタを助手席に乗せて車を発進させるところだった。イリアナは追跡するが、ハートの車は壁に激突する。コスタは脱出するが、ハートは中で意識を失っていた。車は炎上、そして爆発し、ハートは死亡した…。

監督はD・J・カルーソー、原作はマイケル・パイ、映画原案&脚本はジョン・ボーケンキャンプ、製作はマーク・キャントン&バーニー・ゴールドマン、製作総指揮はブルース・バーマン&デイナ・ゴールドバーグ&デヴィッド・ハイマン、撮影はアミール・モクリ、編集はアン・V・コーツ、美術はトム・サウスウェル、衣装はマリー=シルヴィー・デヴォー、音楽はフィリップ・グラス。
出演はアンジェリーナ・ジョリー、イーサン・ホーク、キーファー・サザーランド、ジーナ・ローランズ、オリヴィエ・マルティネス、チェッキー・カリョ、ジャン=ユーグ・アングラード、ポール・ダノ、ジャスティン・チャットウィン、マリー=ジョジー・クローズ、デヴィッド・エイズナー、ジュディス・バリボー、エマニュエル・ビロドー、アレックス・ソル、ヴィンス・グラント他。


マイケル・パイの小説『人生を盗む男』を基にした作品。
イリアナをアンジェリーナ・ジョリー、コスタをイーサン・ホーク、ハートをキーファー・サザーランド、アッシャー夫人をジーナ・ローランズ、パケットをオリヴィエ・マルティネス、レクレアをチェッキー・カリョ、デュヴァルをジャン=ユーグ・アングラードが演じている。
監督のD・J・カルーソーはTV界での活動が多く、映画界では製作者としての仕事が大半。長編映画の監督を務めるのは、これで2度目。

犯人が自分と同じ年恰好の人間を次々に殺害し、被害者に成りすまして人生を乗っ取る、つまり「テイキング・ライブス」するというアイデアは、興味をそそるに充分なモノがある。
標的を定め、成り済ますための情報を収集し、綿密に計画を立てて殺人を実行し、その人物に成り済まし、バレないように行動するという「いかに犯人が次々と別の人間に摩り替わっていくか」を描くクライム・サスペンスとして作ってくれれば、かなり面白くなったのではないかという可能性は感じられる。

ところが製作サイドは何をトチ狂ったのか、これを「ヒロインが事件の関係者と恋に落ちる」という、既視感に満ちたラブ・サスペンスとして仕上げようと目論んでいる。
この作品が含有する最大のストロング・ポイントである「犯人が次々と別人に成り済ます」という部分は、全く活用する気が無い。
なんせ犯人は、劇中の大半を同じ人物として過ごしているのだから。

私は未読だが、どうやら原作は犯人が主役で、イリアナは登場しないらしい。
ってことは、女性プロファイラーが事件を捜査する中で恋に落ちるというのは、原作から大きく逸脱した映画用の改変ということだ。
アンジェリーナ・ジョリーが主演するということで、それに合わせて女性捜査官を用意したわけだ。
そして、それが大失敗に繋がったわけだ。

イリアナがコスタのどこに惚れたのかサッパリ分からないが、それは受け流すとしよう。しかしイリアナがコスタを全く疑っていないため、「犯人かもしれないと思いつつも惹かれてしまう」というラブ・サスペンスが成立していないってのはイカンだろうに。
イリアナが全く気付いていない内に、犯人自身が(というか監督&脚本家が)観客に正体を明かしてしまうってのも、どうなのよ。
「サスペンスって、何かね?」と問い掛けたい気分になってしまうぜ。

冒頭で描かれるマーティンの最初の犯行が、どうもマヌケに見えてしまう。
運良く車が吹っ飛んで運転手も死んだからいいようなものの、マットは死んでも、彼をひいた運転手は無事に済む可能性の方が高そうに思えるぞ。そうなると犯行の目撃者がいるわけで、マットへの摩り替わりは無理だ。
っていうか通報されたら逮捕だし。
あと、それが突発的な思い付きに見えるのもマイナス。
そこは最初から自分と同じ年恰好の青年を狙って狡猾に進めた計画という設定の方がいいような気がするぞ。

イリアナが気付くより遥か以前に、観客が「マーティンが次々に殺人を繰り返して被害者に成り済ましている」という事実を把握しているというのは、ミステリーとしては大きなマイナスだ。
そこを除外しても、優秀なはずのイリアナがボンクラに見えてしまう。登場してから、何一つ満足にプロファイリングできていないでしょ。犯人を堂々と「シロ」と断定してしまうし。
男に惚れて判断力が鈍るのではなく、単純にアホなのだ。

ミスリードは、やろうとしているんだろうが、御世辞にも上手いとは言えない。
最初からあまりに「コスタはシロ」ということをアピールしすぎて、逆効果も甚だしい。
むしろ「プロファイルでは怪しいが、DNA鑑定ではシロと出た」という程度に抑えるぐらいでいい。
というか、ひょっとすると監督&脚本家には、ミスリードしようとする意識さえ無かったのかもしれないが。

キーファーは、ホントに無意味でしかないチョイ役。
出番が少ないにせよ、せめて「マーティンが別人に成り済ます犯罪に関わっている」というキャラ設定にしておこうよ。
あと、「マーティンには不安になると耳をいじる癖がある」とアッシャー夫人が言うので、イリアナが犯人に気付く時の伏線になるのかと思ったら、全く使われないままで犯人が自ら素性を明かす場面に至っている。

事件の解決方法は、『女がいちばん似合う職業』と似たようなモノ(実際の妊娠か否かという違いはあるが)。
その方法は、それのために腹が大きくなるまで7ヶ月間もの時間が必要なため、犯人が判明してから一気に畳み掛けたいのに休みが入ってしまうというマイナスがある。
そもそも妊娠したからと言って、犯人が来ることが確実なわけでもないし。
あと、罠を仕掛けて犯人をおびき寄せたのだから、さっさとカタを付けてしまいなさいっての。なんで「敵に銃を見つけられ、殺されそうになってヒイヒイ言いながら逃げ回り、たまたま近くにあったハサミで何とか反撃する」という展開なのよ。
とても7ヶ月も費やして進めてきた計画とは思えないほどの杜撰で行き当たりばったりなモノになっちゃってるぞ。

アンクレジットだが、『インソムニア』のヒラリー・セイツ、『トレーニング デイ』のデヴィッド・エアー、そしてニコラス・カザンといった面々も、スクリプトの手直しに携わったらしい。
でも、たぶん手直しのレヴェルで済む問題じゃないのよね。
アンジェリーナ・ジョリー主演という企画で進めてしまったことが、そもそも失敗なのではないか。いやアンジーでなくとも、女優を主演に据えた企画というのが間違いで、やはり犯人を主役に据えたクライム・サスペンスにすべきだったのではないか。
そこから練り直さないと、どうにもならなかったんじゃないかな。


第25回ゴールデン・ラズベリー賞

ノミネート:最低主演女優賞[アンジェリーナ・ジョリー]
<*『アレキサンダー』『テイキング・ライブス』の2作でのノミネート>

 

*ポンコツ映画愛護協会