『最後の決闘裁判』:2021、イギリス&アメリカ

1386年12月29日、パリ。マルグリット・ド・カルージュは黒い服に身を包み、決闘裁判の会場へ向かった。国王のシャルル6世と王妃の イザボー、大勢の見物人が観客席で待ち受ける中、立会人のヘラルドが決闘について説明した。ジャン・ド・カルージュとジャック・ル・ グリが会場に姿を現し、甲冑に身を包んだ。2人は馬に乗り、槍を構えて決闘を開始した。

[第1章 ジャン・ド・カルージュによる真実]
1370年9月19日、リモージュの戦い。従騎士のカルージュと友人のル・グリは討伐作戦に参加し、共に戦った。新領主のピエール伯爵から 作戦を中止して帰還せよという命令が届き、彼らは1377年にベレム城塞へ戻った。城塞の長官はカルージュの父が務めており、ピエールの 宴が開かれた。カルージュとル・グリはピエールの元へ出向き、忠誠を誓った。しばらくしてカルージュを訪ねたル・グリは、ピエールの 命令で税金を徴収していることを告げた。カルージュは疫病で農民を失い、地代が入らなかったことを話す。ル・グリはピエールに話すと 約束し、手ぶらでは帰れないので何か用意してほしいと頼んだ。
カルージュはイングランド軍の討伐作戦に参加することを決め、ノルマンディーへ向かう支度を整えた。ル・グリが「家名を守れ。誰も君 の死を望まない」と反対すると、カルージュは「戦が目的ではない。私は無一文だ。金が要る」と述べた。1380年、ノルマンディーの戦い 。カルージュは仲間のクレスパンから、イングランド側だったが恩赦を受けた地主のロベール・ド・ディボヴィルが宿と食事を提供したと 知らされた。ロベールにはマルグリットという一人娘がおり、クレスパンはカルージュに「カルージュより古い家柄で、持参金も多い」と 告げた。カルージュはマルグリットと結婚し、持参金の一部にオヌー・ル・フォコンという土地を要求した。
カルージュはピエールがオヌー・ル・フォコンをル・グリに与えたと知り、不満を覚えた。ル・グリはカルージュに、忠義の褒賞だと語る 。カルージュは土地を取り戻す嘆願を出すが、あえなく却下された。カルージュは父の死去を受け、母であるニコルの元へ戻った。ニコル は1ヶ月で城塞から出て行くよう命じられたこと、ピエールが長官の座をル・グリに与えたことをカルージュに話す。宴の場へ乗り込んだ カルージュはピエールを批判して怒りを買い、宮廷に近付くなと命じられた。
1年後、アルジャンタンで暮らしていたカルージュは、クレスパンに男児が誕生したことをマルグリットから知らされた。マルグリットを 伴って祝いの宴に出席したカルージュはル・グリと再会し、握手を交わした。1385年、カルージュはスコットランドへ遠征し、戻ると高熱 を出した。1386年、パリ。カルージュは遠征を報告し、給料を受け取った。帰宅した彼はマルグリットから、一人で留守番をしていた時に ル・グリが来て強姦されたことを聞かされた。マルグリットに「あの男に報いを受けさせて」と頼まれたカルージュは、審問を開かせる ために知人を集めて噂を広めるよう要請した。彼はシャルル6世の元へ行き、決闘裁判を申し入れた。

[第2章 ジャン・ド・カルージュによる真実]
リモージュの戦いから帰還したル・グリはピエールと会い、カルージュへの怒りを聞かされた。ピエールはカルージュを毛嫌いしており、 リモージュの陥落も彼のせいだと指摘した。彼はカルージュを愚かな男だと扱き下ろし、地代の滞納に対する怒りを示した。ル・グリは 「カルージュは忠義です」と言うが、ピエールは「厚情に惑わされるな」と告げた。ピエールの宴に参加したル・グリは女性を追い回して 捕まえ、ベッドに押し倒して犯した。
ピエールは教養のあるル・グリを重用しており、財政の立て直しを依頼した。地代の遅れと怠慢な取り立てが混乱の原因だと聞かされたル ・グリは、その仕事を引き受けた。ル・グリは時に暴力も使い、強引な方法で税金を徴収した。彼はディボヴィルを脅し、税金代わりに オヌー・ル・フォコンを取り上げた。カルージュが土地の件で訴え出たことを知り、ル・グリはピエールに報告した。ピエールは軽く笑い 飛ばし、ル・グリに長官の座を与えた。
宴の場に姿を見せたカルージュはピエールから無礼な行動を批判され、「私は王に仕えている」と怒りを示した。クレスパンの宴で初めて マルグリットと会ったル・グリは、心を奪われた。スコットランド遠征から戻ったカルージュがピエールの元へ報告に来た時、ル・グリも 同席していた。遠征では何の成果も無かったが、カルージュは騎士に昇格していた。彼はル・グリが自分に「サー」を付けないことに怒り を示し、「何も危険を冒さず、寵愛を得ている」と声を荒らげた。
ル・グリはカルージュがパリに出掛けたことを知り、従者のアダム・ルヴェルを伴ってマルグリットの元へ赴いた。ルヴェルは嘘の説明で マルグリットに扉を開けさせ、ル・グリは屋内に入った。彼は「貴方に全てを捧げる」と愛を告白するが、相手にされなかった。ル・グリ は逃げるマルグリットを捕まえて強姦し、内密にするよう要求した。ル・グリは教会へ出向き、ル・コック神父に懺悔した。彼は「かつて 友人だった男の妻と深い関係になった」と姦淫の罪を告白し、「愛があれば赦されるか」と問い掛けた。
ル・グリはピエールから、カルージュがマルグリットの強姦で告発したことを知らされた。ル・グリは凌辱を否定し、マルグリットの意思 に背いてはいないと主張した。しかしピエールは聞こえが良くないので、姦淫を否定するよう命じた。彼は裁判で告発を却下し、裁判記録 を全て削除するよう指示した。しかしカルージュが国王に訴えたため、ル・コックは聖職者特権を主張するよう助言した。ル・グリは「私 は臆病者ではない」と拒否し、国王の前で告発内容を否定して決闘を受諾した。

[第3章 レディー・マルグリットによる真実]
カルージュは持参金目当てでマルグリットとの結婚を決めたため、オヌー・ル・フォコンが手に入らないことを知ってティボヴィルに怒り をぶつけた。マルグリットは純粋に子供を欲しがったが、カルージュは跡継ぎになる男児を産むよう求めた。カルージュがスコットランド へ遠征している間、仕事を任されたマルグリットは使用人のアンリたちに指示を出した。なかなか妊娠しない彼女は医師に相談し、「快楽 を得ないと妊娠できない」と告げられた。カルージュとの交わりで快楽があるかと問われた彼女は、「もちろん」と答えた。マルグリット は流行している襟ぐりの深いドレスを新調し、遠征から戻ったカルージュを出迎えた。するとカルージュは露骨に嫌悪感を示し、「尊厳を 失ったのか。売女のようだ」と罵った…。

監督はリドリー・スコット、原作はエリック・ジェイガー、脚本はニコール・ホロフセナー&ベン・アフレック&マット・デイモン、製作はリドリー・スコット&ケヴィン・J・ウォルシュ&ジェニファー・フォックス&ニコール・ホロフセナー&マット・デイモン&ベン・アフレック、製作総指揮はケヴィン・ハローラン&ドリュー・ヴィントン&マディソン・エインリー、共同製作はエイドン・エリオット&テレサ・ケリー、製作協力はサーシャ・ヴェネツィアーノ、撮影はダリウス・ウォルスキー、美術はアーサー・マックス、編集はクレア・シンプソン、衣装はジャンテイー・イェーツ、音楽はハリー・グレッグソン=ウィリアムズ。
出演はマット・デイモン、アダム・ドライバー、ジョディー・カマー、ベン・アフレック、ハリエット・ウォルター、ジェリコ・イヴァネク、マートン・チョーカシュ、アレックス・ロウザー、ウィリアム・ヒューストン、オリヴァー・コットン、オーレリアン・ローグニエ、ナサニエル・パーカー、タルーラ・ハドン、ブライオニー・ハンナ、トーマス・シルバーステイン、アダム・グッドウィン、イアン・ピリー、ダニエル・ホーン、マイケル・マケルハットン、サム・ヘイゼルダイン、クライヴ・ラッセル他。


エリック・ジェイガーのノンフィクション書籍『決闘裁判 世界を変えた法廷スキャンダル』を基にした作品。
監督は『エイリアン:コヴェナント』『ゲティ家の身代金』のリドリー・スコット。
脚本は『ある女流作家の罪と罰』『コネチカットにさよならを』のニコール・ホロフセナー、『ザ・タウン』『夜に生きる』のベン・アフレック、『GERRY ジェリー』『プロミスト・ランド』のマット・デイモンによる共同。
カルージュをマット・デイモン、ル・グリをアダム・ドライバー、マルグリットをジョディー・カマー、ピエールをベン・アフレック、ニコルをハリエット・ウォルター、ル・コックをジェリコ・イヴァネク、クレスパンをマートン・チョーカシュ、シャルル6世をアレックス・ロウザーが演じている。

映画は3つの章で構成されており、それぞれカルージュ、ル・グリ、マルグリットの視点から描かれている。
黒澤明監督の『羅生門』的なことをやりたかったんだろうってのは、たぶん多くの人が気付くだろう。しかし根本的な部分で、『羅生門』とは全く違う。
『羅生門』は序盤で提示される事件に対して、関係者の証言が大きく食い違っていた。
全員が嘘をついており、何があったのかという真相は、まさに薮の中という話だった(説明不要かもしれないが、『羅生門』の構造は芥川龍之介の短編小説『薮の中』が基になっている)。

それに対して本作品の場合、事件の真相は最初から確定している。
「ル・グリがカルージュ邸に押し入ってマルグリットを強姦した」というのが、揺るぎない事実だ。視点が変わって新たな証言が出ても、そこは一致している。
視点が移行しても、今までの見方を覆すような情報が出て来ることは無い。
第1章の終わり近く、映画開始から40分ぐらい経った辺りで初めて強姦事件が明らかになるが、その構成だけを見ても、『羅生門』とは全く違う。

では視点を変えることで何を描こうとしているのかというと、事件そのものではなく、そこに至る経緯や、関係者の事件に対する捉え方だ。
事件の真相究明ではなく、事件に関わった3人の考え方や生き方、互いへの感情を描き出そうとしている。
それを通じて、「この時代、いかに男性が身勝手で傲慢なのか、いかに女性が理不尽に虐げられていたのか」ということを描こうとしている。
さらに言うと、「過去の時代だけの問題ではなく、今も起きている普遍的な問題だ」という風に訴えようとする意図も感じられる。

この映画は「事件の真相を解き明かす」という目的に、重点を置いていない。関係者の誰一人として強姦事件を否定しておらず、真相は誰の目にも明白だ。
だから第1章で事件が明らかにされるまで、たっぷりと時間を掛けて描いているのは、「カルージュがどういう人物か」ということだ。
そこから見えて来るのは、カルージュがつまらない意地で動く、思慮深さに欠ける男という事実だ。
些細なことで激高し、後先考えずに行動してしまう。周囲の迷惑など考えず、自身の誇りを満たすためだけに暴走する。

それは第2章でも同様で、ル・グリがどういう人物なのかを描くことが主たる目的だ。
そこではル・グリが思い上がった人間であること、好色で女性への思いやりが欠落していることが明らかにされる。彼は女性を手籠めにしても、相手に惚れていれば構わないと本気で思っている。
マルグリットを強姦したル・グリは「共に激情に溺れた」と互いの意思が通じ合っているかのような言葉を吐くが、それは相手への圧力ではなく、本気で「マルグリットも自分に惚れているから強姦ではない」と思っている。
カルージュとル・グリは、男としてのタイプは全く異なるが、いずれも古めかしくて愚かしいマチズモの信奉者だ。

第3章では、カルージュが持参金と跡継ぎ目当てでマルグリットと結婚したこと、愛など無かったことが改めて描かれる。
マルグリットは純粋に子供を欲しがったが、カルージュは跡継ぎが欲しいだけだった。彼はセックスでマルグリットも快楽を得ていると思い込んでいるが、完全なる独りよがりだ。
それでもマルグリットはカルージュのため、快楽を得ているように装う。妊娠のことで姑から嫌味を言われても、必死に耐える。
しかし、そんな彼女の心の内を、カルージュは全く慮ろうとしない。

マルグリットは覚悟を決めて強姦を告発するが、味方になってくれる人は誰もいない。
カルージュは告発を揉み消されないように噂を広め、国王に訴えるが、それはマルグリットのためではない。自身のプライドが傷付いたことへの怒りが、彼を突き動かしている。
男性だけでなく女性でさえも、本当の意味でマルグリットの味方になってくれる人はいない。
姑は告発に賛同せず、黙っているべきだったと責める。それまで親友として付き合っていた女性は、強姦の事実そのものを認めようとしない。

カルージュはル・グリとの決闘を要求するが、これもマルグリットのためではなく、自分のためだ。
マルグリットはル・グリの告発は要求したが、決闘までは望んでいない。だから彼女は決闘を知って翻意を求めるが、カルージュは耳を貸さずに突き進む。そこには、力ずくで犯された妻への思いやりなど皆無だ。
決闘に負ければマルグリットも残忍な方法で処刑されるが、それを彼は話さないまま事を進めている。
その事実を知ったマルグリットは激怒し、虚栄心のために自分とお腹の子供を犠牲にしようとするカルージュを激しくなじる。

#MeToo運動の発端となった事件も、やはりマチズモに支配された状況下で起きた出来事だった。
#MeToo運動の広まりによって、女性が差別される状況を変えようとする動きが積極的に行われたかのように見える。しかし、少なくともアメリカでは、あくまでも表面的で一時的、局地的な動きに過ぎない。
何しろドナルド・トランプを大統領にするような国であり、落選した後も彼の信奉者は大勢いる。アメリカでは、#MeToo運動やマチズモ否定の動きを快く思わない者も少なくないのだ。
強い形で表に出て来ないだけで、今で静かなるマチズモは根強く残っているのだ。

完全に勝手な推測が入った感想ではあるが、「歴史劇を通じて現代にも通じるテーマを描き出し、問題提起する」という狙いがあったのだとすれば、志は立派だと思う。
でも残念ながら、出来上がった映画が面白くない。
まず前述したように、用意したギミックに対して、そこから得られる効果が全く釣り合っていない。
『羅生門』的な面白さを期待させる趣向なのに、「ただ視点が違うだけで謎解きもへったくれも無い」ってのは、それだけでも大きなマイナスと言わざるを得ない。

あと、カルージュもル・グリも唾棄すべき身勝手なゲス野郎でしかないので、この2人の対決に向けて物語を盛り上げるかのような構成にされると、なかなか厳しいモノがある。
彼らのキャラクターに魅力が無いので、「どっちが勝とうが負けようが、どうでもいいわ」という気持ちにさせられる。
表面的には「カルージュが善でル・グリが悪」という関係性なのだが、じゃあカルージュを全面的に応援できるかと問われると答えはノーだし。
訴えたいテーマを考えると、「マルグリットの物語」に振り切っても良かったかもね。

(観賞日:2023年3月13日)


第42回ゴールデン・ラズベリー賞(2021年)

ノミネート:最低助演男優賞[ベン・アフレック]

 

*ポンコツ映画愛護協会