『ジェイク・アイデンティティー』:2007、アメリカ

その朝、ベッドで目を覚ましたジェイク・ロジャースは、隣に男の死体があるのを見て仰天した。頭から出血していることに気付いた彼は洗面所へ行き、そこがホテルだと知った。しかし彼は、どうやってホテルへ来たのかも、なぜ頭に怪我を負っているのかも分からなかった。それどころか、ジェイクは自分の名前さえ覚えていなかった。ポケットを探っても財布や身分証は見つからず、荷物の預かり証が入っているだけだった。
ジェイクは困惑しながら死体を調べ、男がFBI捜査官だと知る。ベッドの死体にあるアタッシェケースを開けると、大金が入っていた。アタッシェケースを抱えて部屋を飛び出したジェイクだが、通り掛かった従業員が死体を見つけて「誰か警察を呼んでくれ」と叫んだ。エレベーターに乗り込んだジェイクは、老婦人と遭遇した。その時、特殊部隊のリーダーとしてヘリに乗り込む映像が彼の脳裏をよぎった。ホテルを出ようとしたジェイクはロビーでダイアンという女性に名前を呼ばれる。彼女は駆け付けた警官からジェイクの姿を隠し、車に乗せる。ジェイクが何も覚えていないことを話すと、ダイアンは「貴方が呼んだから迎えに行ったのよ」と言う。
ダイアンは「自分の妻も分からないんなんて」と泣き出し、「診察してもらうわ」と電話を掛ける。彼女は電話の相手に、「夫を連れて家に向かってる」と告げた。一方、現場検証に入ったFBI捜査官のショーは上司のクレーンから質問され、宿泊者名簿に名前の記載が無いことを報告した。ジェイクはダイアンの車で豪邸に案内され、「私たちの家よ」と言われて驚いた。執事のサイモンが医師のソームズを案内し、ダイアンはジェイクに診察してもらうよう促した。
ショーは監視カメラの映像を確認し、ダイアンがジェイクに接触している様子に目を留めてマスターテープの引き渡しを求めた。ソームズはジェイクの診察を終えるとダイアンと2人になり、脳の一部が機能停止して最近の記憶が欠落していること、数日で元に戻ることを話す。「数日も待てない」とダイアンが急かすと、ソームズは性的興奮が記憶の回復を促進する可能性を教えた。ベッドで休息を取ろうとしたジェイクの脳裏に、特殊部隊として銃撃戦を繰り広げる映像がよぎった。慌てて彼が飛び起きると、下着姿のダイアンが現れて誘惑する。彼女は早く記憶を取り戻すよう求め、「例えばホテルに置いてあったPCチップとか」と口にした。
ジェイクは全く覚えていないが、ダイアンは「貴方は取り返しに行ったのよ」と言う。必死で考えたジェイクの脳内にフラッシュバックが走り、彼は「銃撃戦があった。それとデジタル・アーツという場所も思い出した」と告げる。するとダイアンは寝室を出て、ソームズに「これ以上は嫌よ」と言う。プランBを求められたソームズは、自白剤の注射を提案する。会話を盗み聞きしたジェイクは、「心停止するから、その前に情報を聞き出せ」というソームズの言葉に驚愕した。
ジェイクはアタッシェケースを持って窓から寝室を脱出し、車を奪って逃走した。ホテルに戻ったジェイクはオランダからのツアー客に紛れ、配備されている警官の目を誤魔化して潜入する。しかしツアーの面々はステージに出演するダンサーだったため、ジェイクも参加する羽目になってしまった。その場で周囲に合わせたジェイクだが、最後までやり遂げた。荷物の預かり証を従業員に渡して封筒を受け取ったジェイクは中を確認し、デジタル・アーツ・リサーチ・テクノロジー(DART)のIDカードを見つけた。
デジタル・アーツの本社ビルへ赴いたジェイクは、車内で一泊する。翌朝、彼がビルの向かいにあるダイナーに入ると、ウェイトレスのジーナから話し掛けられる。ジーナが自分と知り合いらしいので、ジェイクはデジタル・アーツについて尋ねる。彼は自分が特殊任務を受けた諜報部員ではないかと推理していたが、ジーナは「アンタはデジタル・アーツの清掃員よ」と呆れた様子で述べた。そこへ作業着姿のロニーという男が来て、ジェイクに同僚として話し掛ける。ジェイクはジーナに、「俺の家を見せてくれ」と頼んだ。
ダイアンはデジタル・アーツへ戻り、社長のエリックに「家までは連れ込んだけど、記憶は取り戻せなかった」と報告する。「清掃員が機密情報を盗んでも、記憶が戻らなければ安全よ。ライリーも監視下に置いているし、すぐに捕まるわ」と彼女が話すと、エリックは「バイヤーは月曜が納期だと言っている」と早期の解決を指示した。ジーナから小さな一軒家に案内されたジェイクは、昨日の豪邸とは全く違うので落胆した。家に警官が来ると、ジーナはジェイクを隠れさせた。
ショーはロニーと会い、ジェイクに関する情報を聞き出そうとする。しかしラッパーとして売れたいロニーが「俺のケツを撃ってくれ」と頼むので、その場を立ち去った。ジーナは自宅へジェイクを連れて行き、彼の携帯電話と作業着を渡した。ジェイクは携帯の着信を確認するが、自分が諜報員だと証明するような履歴は無かった。ゲームソフトを見つけたジェイクに、ジーナは「デジタル・アーツの部長をしているライリーが貴方にくれたのよ。貴方はゲーム好きだから、会社のゲーム開発にアイデアを提供してた。数日前、貴方は自宅が危険だと言って、急に転がり込んで来た」と説明した。
ジェイクはダイアンのことを話し、「ホテルで会って豪邸へ連れて行き、医者に診察させた。妻だと言ったが、俺を殺す気だった」と言う。パトカーが家の前に停まったので、ジーナはジェイクを車に乗せて逃走した。ショーはエリックとダイアンの元に現れ、ジェイクがホテルを出る様子を捉えたマスターテープを見せる。「他の捜査官が見なくて良かった」と彼が言うと、エリックは「誰のおかげで働けると思ってる?」と口にする。ショーは「俺はアンタの部下じゃない」と反発した後、「もしも奴が清掃員じゃなく、潜入捜査官だったら?CIAやNSAなら、FBIも嗅ぎ回るぞ」と言う。
ジェイクが雇用されたのは1年半前で、X1チップの開発時期に重なっていた。ダイアンは「ただの偶然よ」と言うが、ショーは「偶然が多すぎる」と告げる。「どっちにしろ危険な存在だ」と彼が言うと、エリックは「チップを取り戻して殺せばいい」と述べた。ダイアンは電話を受け、ライリーが動いたという情報を知らされた。ジーナの車でモーテルに到着したジェイクは、アタッシェケースの札束を見せて事情を話す。また戦争に参加する映像が脳裏をよぎったので、ジェイクはジーナに「清掃員じゃない。特殊部隊のボーマン大佐だ」と言うが相手にされなかった。
ジェイクはライリーからの電話を受け、「誰も信用するな。一人で空港まで来い」と告げられる。空港へ出向いたジェイクはジーナを車で待機させ、ライリーと接触した。「X1はどこだ?PCチップだ。お前はFBIと会いにホテルへ行っただろ。ボカラトンに向かうと連絡してきた」と言われたジェイクだが、何も思い出せない。発砲を受けたジェイクは外へ飛び出すが、ダイアンと手下たちに捕まって車で連れ去られる。そこへショーも現れ、ジェイクは自白剤を注射された。
「チップはどこ?」とダイアンが尋問すると、ジェイクは「宝箱の中だ。城の地下に」と言う。隙を見て逃走したジェイクは、駆け付けたジーナの車に乗り込んだ。ジーナは追って来た手下たちを撃退し、自分がFBI捜査官だとジェイクに明かした。ジーナはクレーンに連絡を入れるが、彼はショーから「ジーナが裏切り者」という偽情報を聞かされていた。居場所を教えるよう言われたジーナは電話を切り、ハッキング能力を備えたX1チップの転売情報が入ったので接近する指令を受けたことをジェイクに説明した。
「貴方がチップを持っていた」とジーナに言われたジェイクは、ライリーから「デジタル・アーツはゲーム開発を装ってスパイ・チップを作った」と知らされた時のことを思い出した。ライリーは「俺たちで止めなければ」と暗号でロックするよう依頼し、ジェイクにチップを託したのだった。それを思い出したジェイクだが、相変わらず自分が特殊部隊のボーマン大佐だと信じ込んでいた。ジーナは呆れながら電気店に立ち寄り、「貴方がハマッてたゲームよ」とボーマン大佐が出て来るゲームソフトの存在を教えた。ジーナの案内で自宅に戻ったジェイクはライリーが留守電に残したメッセージを聞き、チップの隠し場所を思い出した。彼はジーナと共にデジタル・アーツのビルへ行き、駐車場係のジャグジーを脅して中に入る…。

監督はレス・メイフィールド、脚本はロバート・アデテュイ&ジョージ・ギャロ、製作はジェイ・スターン&エリック・ローヌ&ブレット・ラトナー&セドリック・ジ・エンターテイナー、共同製作はロバート・メリリース&ジョン・チェン&ブラッド・ジェンセン、製作総指揮はトビー・エメリッヒ&マーク・カウフマン&マット・ムーア&アンソニー・ルーレン&A・J・ディックス&ウィリアム・シヴリー&ルーシー・リュー、撮影はデヴィッド・フランコ、美術はダグラス・ヒギンズ、編集はマイケル・マツドーフ、衣装はジェニー・ガレット、音楽はジョージ・S・クリントン、音楽監修はケヴィン・エデルマン。
出演はセドリック・ジ・エンターテイナー、ルーシー・リュー、ニコレット・シェリダン、ウィル・パットン、マーク・ダカスコス、カラム・キース・レニー、デレイ・デイヴィス、ニーシー・ナッシュ、ケヴィン・マクナルティー、ボー・デイヴィス、バート・アンダーソン、トム・バトラー、ロバート・クラーク、リック・テイ、カート・マックス・ランテ、デヴィッド・ルイス、ジーナ・ホールデン、キマニ・スミス、デイヴ・ホスペス、ダグ・チャップマン、ブラッド・ケリー、ニコラス・バリッチ、サイモン・バーネット他。


『ブルー・ストリーク』『アメリカン・アウトロー』のレス・メイフィールドが監督を務めた作品。
脚本は『ストンプ・ザ・ヤード』のロバート・アデテュイと『ミッドナイト・ラン』『隣のヒットマンズ 全弾発射』のジョージ・ギャロによる共同。
ジェイクをセドリック・ジ・エンターテイナー、ジーナをルーシー・リュー、ダイアンをニコレット・シェリダン、ライリーをウィル・パットン、エリックをマーク・ダカスコス、ショーをカラム・キース・レニー、ロニーをデレイ・デイヴィス、ジャクジーをニーシー・ナッシュが演じている。
セドリックは製作、ルーシーは製作総指揮を兼ねている。

ダイアンがジェイクと接触して車に乗せた段階で、彼女が妻じゃないことはバレバレだ。
電話の相手に対する台詞からすると、そのことを隠そうという気は全く無い。ミステリーに重点が置かれているわけではないので、そこが最初からバレているのは何の傷にもならない。
「ジェイクの失っている記憶が明らかになる」という種明かしは用意されているけど、それは「ダイアンが妻じゃない」と最初から露呈していようと、まるで影響は無い。
ただ、どうせバレバレにするぐらいなら、もっと誇張して笑いを取りに行った方がいいとは思うけどね。
そこまでの開き直りは無いので、「ただバレバレになっている」だけという、何のメリットも無い形なのよね。

ジェイクはダイアンからソームズの診察を受けるよう促されると、「トイレへ行ってから診てもらう」と言う。そしてサイモンに雑誌や菓子の用意を頼み、トイレへ行く。トイレでセクシーなパンツを見つけた彼は、「柄じゃない。有り得ない」と口にする。監視カメラの映像をショーが確認するシーンを挟んでカットが切り替わると、ジェイクが診察を受けている。
わざわざ診察してもらうよう促された直後にトイレへ行く手順を挟むぐらいだから、そこで何かあるのかと思ったら何も無いのだ。
だったら、トイレ休憩を挟む意味は全く無いよね。
単に「ショーのターンを入れるための切り替えスイッチ」としての役割で入れるだけなら、ものすごく不恰好だぞ。

ソームズはジェイクの診察を終えると、ダイアンを呼んで2人きりになる。
その時点で「2人はグルで悪党」ってことを観客に知らせればいいものを、まだソムーズは単なる医者でしかない。ジェイクを誘惑したダイアンが寝室を出た時に、ようやくソームズがダイアンとグルであることが示される。
2人きりになった時点でソームズがグルであることを示さないと、「性的興奮が記憶を回復させる」とダイアンが教わる状況を作るためだけのシーンになってしまう。
誘惑を終えた後まで2人がグルだという事実を隠したまま引っ張る意味は無いので、単純に計算ミスというか、大雑把に描いちゃっただけだろう。

ソームズがダイアンと2人で話している間、ジェイクはゴルフクラブを見つけて練習する。下手なのでボールが柱に激突したり花瓶を壊したりする様子が描写されるが、まあ笑えないわな。そもそも「ダイアンとソームズが話す間、ジェイクに何かさせるための設定」に過ぎないし。
とは言え、そこで笑いを作ることは可能だが、ヌルいったらありゃしない。
で、そこを「ヌルい」と感じたら、その感想は、たぶん最後まで続く。それが本作品における笑いの標準だ。
ベタが悪いってわけじゃないけど、かなり丁寧に作り込まないと、ベタで笑いを取るのは厳しいのよね。

「ホテルへ戻ったジェイクがステージでダンスをする羽目になる」という展開は、ただセドリック・ジ・エンターテイナーがダンスを披露したかっただけだろう。
それは別に構わないんだけど、じゃあ「小太りだけど、すんげえ踊れるじゃん」と感心できるほど上手いわけでもないのよね。
で、観客の喝采を浴びると早々にステージから立ち去るので、笑いも取らないまま終わっちゃうし。
何かオチを付けようという気も無いのね。

ジェイクは自分が諜報員だと思い込んでいるが、ジーナから清掃員だと告げられ、ロニーからも同僚として話し掛けられる。その段階では、まだ「ジーナとロニーが欺いている」という可能性も残っている。
敵側であるエリックとジーナの会話でも「ジェイクは清掃員」ってことに言及するので、ほぼ確定事項になる。
ただ、それならそれで「ただの清掃員なのに自分は諜報員だと思い込んで行動する主人公」という形で喜劇を作ればいいのだが、中途半端に「ひょっとすると違うかも」という余地が残されているのよね。実際、ショーが「清掃員じゃなくて潜入捜査官かも」と言い出すし。
でも、そこをミステリーにしたまま進めるのが、プラスには全く思えない。

っていうか、そこに限らず、ミステリーとしての仕掛けが、ことごとくコメディーを邪魔する形になっている印象なのよね。
ミステリーの部分は大半を早い段階で明らかにしてしまい、その上で「主人公だけが何も知らない」という形を取った方が、コメディーとしては間違いなく分かりやすくなるし、テンポが良くなってスウィングするはずだ。
ミステリーとコメディー、どっちの要素を優先すべきかと考えた時に、後者なのは言わずもがなだし。
例えば、ジーナが「手伝わせて」と言うとジェイクは軽く笑って「君はウェイトレスだ。ここを動くんじゃない」と口にするのだが、そこも「ジェイクは単なる清掃員なのに自分が諜報員だと思い込んでいる」「ジーナはFBI捜査官」という事実がハッキリしていた方が、面白さが伝わるはずで。
後からジェイクとジーナの素性が明らかになっても、その時は既に笑いの賞味期限が過ぎているのよ。ジェイクがそのセリフを言った時点で伝わる形にしておかないと、笑いは生じないのよ。

映画の3分の2以上が過ぎた辺りで、「特殊部隊のフラッシュバックはジェイクがハマっていたゲームのイメージ。彼はゲームで見た動きを真似て自宅でトレーニングしていただけ」ってことが明らかにされる。
最初から特殊部隊じゃないことはバレバレだったけど、明らかにするタイミングは中途半端だわ。そこまで引っ張るのなら、終盤まで我慢すべきじゃないのかと。
しかも、それを明かすことで、ジェイクが諜報員でないことも確定するわけだが、そっちのタイミングも中途半端だし。
もちろん前述したように、さっさと明示した方が良かったことは確かだけど、そこまで引っ張るのなら、これまた終盤まで我慢しないと意味が無いわけで。

ライリーからの留守電メッセージを聞いたジェイクは、「自分はCIAのクリーナーだ」と新たな勘違いに入るんだけど、「もういいよ」と言いたくなる。
勘違いするなら、ずっと諜報員なり特殊部隊なり、1つの役職に限定しておいた方がいい。
あと、ビルに潜入して一味に待ち伏せされた時、ようやく「ホテルでショー&相棒と接触したけど悪党だと気付いて取引を拒否し、拳銃を向けられたので戦った」という記憶を取り戻すけど、そんなのを終盤になって見せられても、何の効果も無いぞ。
ショーが悪党なのは既に分かっていることだし、意外な新情報が明らかになるわけではないんだから。

個人的に期待していたのは、ルーシ・リューとマーク・ダカスコスが出演しており、敵として対峙する関係性なので、両者の格闘だった。終盤、いよいよジーナとエリックが戦い始めたので、ようやく期待感が高まった。
ところが申し訳程度に戦っただけで終わってしまい、ジーナはショーと、なぜかエリックは部下2人との戦いに突入してしまう。部下2人を倒したエリックは、ジェイクにノックアウトされる。
そりゃあジェイクは主役だから、彼が悪党のボスを倒すのは正解っちゃあ正解だろうけど、なんだかなあと。
ちなみに、その後にジーナとダイアンの戦いが用意されているけど、ただの蛇足でしかない。

(観賞日:2016年9月15日)


第28回ゴールデン・ラズベリー賞(2007年)

ノミネート:最低助演女優賞[ニコレット・シェリダン]

 

*ポンコツ映画愛護協会