『ジム・キャリーのエースにおまかせ』:1995、アメリカ

救助ヘリは山岳地帯を捜索し、崖を登っているペット探偵のエース・ベンチュラを発見した。乗員は「事故機の乗客は助けた。帰ろう」と呼び掛けるが、エースは1匹のアライグマを救うために留まることを選択した。崖の頂上に辿り着くと、エースは相棒である猿のスパイクに「必ず私が助けてみせる」と宣言した。向こうの崖にいるアライグマを発見した彼は、ワイヤーを打ち込んで救助しようとする。途中でアライグマが落ちそうになったので、エースは腕を掴む。しかし手が滑ってしまい、アライグマは落下した。
しばらくして、イギリス領事館の使節であるフルトン・グリーンウォールがチベットの僧院を訪れた。彼の目的は、エースに会って仕事を依頼することだった。エースはアライグマの事故が原因で生きる気力を失い、僧院に救いを求めたのだ。僧院の院長はグリーンウォールに、もうエースは平常心を取り戻していると話した。グリーンウォールはエースと面会し、失踪した動物の捜索を要請した。一度は断ったエースだが、院長に促されて承諾した。
エースが飛行機に乗り込むと、グリーンウォールは仕事について説明する。平和な部族であるワチャティー族は聖なる動物が失踪したため、災いが起きると信じていた。族長の娘はワチュトゥー族の族長の息子と結婚が決まっており、聖なる動物は持参金代わりだった。もしも聖なる動物が見つからなければ、ワチャティー族は皆殺しにされる。ナイビアのボナイ地区。エースはグリーンウォールと共にイギリス領事館へ行き、領事のヴィンセント・キャドビーと会う。キャドビーはエースに、サファリパーク経営者のバートン・クインを紹介した。クインは肩にワタリガラスを乗せ、領事館のパーティーに参加していた。
キヤドビーはエースとグリーンウォールを連れて映写室へ行き、地区の警備責任者のヒトゥーに映写機を回させる。キヤドビーは保護動物の密猟者であるデリック・マッケイン、オーストラリア人密猟者コンビのケイティー&ガージーの写真を見せ、婚礼がある4日後までに問題を解決するようエースに依頼した。エースはグリーンウォールを助手に従え、ワチャティー族の村へ向かう。途中で聖なる洞穴の前を通り掛かると、グリーンウォールは「コウモリが消えてからワチャティー族は近付かない」と語る。捜索する動物がコウモリだと知ったエースは、「コウモリは嫌な思い出がある。不吉だ」と言うが仕事からは降りなかった。
2人はワチャティー族の村に到着し、族長と英語が話せる息子のアウダに会った。盗まれたのは幻と言われる白いオオコウモリであり、ワチャティー族はシカカと呼んでいた。夜の祝宴で族長の娘たちが踊り出すと、エースは密かに抜け出した。コウモリの小屋を調べ、黒い羽を発見した。族長の娘と2人きりになったエースは、「男の人を知らない。結婚相手を喜ばすことが出来るかどうか悩んでいる」と相談される。エースは彼女に誘惑されるが、「肉欲には負けない」とやせ我慢した。
彼はグリーンウォールとアウダから洞穴を調べるよう促され、恐怖を隠して中に入った。エースはコウモリの群れに追われ、慌てて逃げ出した。彼は洞穴で黒い羽を見つけており、「クインのカラスと同じ羽だ」とグリーンウォールに告げる。クインが犯人だと睨んだエースは、彼の行動を調査した。するとクインはマッケインと密会し、札束を渡していた。エースはクインを拘束し、コウモリの隠し場所を尋ねる。脅しを受けたクインは、サファリパークの経営難を救うために客寄せとしてコウモリを手に入れようと目論んだことを明かした。しかし彼はマッケインを雇ってコウモリを探したことを認めたが盗んでいないと主張した。
クインを解放したエースは、痺れ薬を塗った矢を撃たれて気絶した。彼が意識を取り戻すと、ワチャティー族の村で族長の娘に介抱されていた。エースは族長の娘とグリーンウォールから、それがワチュトゥー族の矢であり、祈祷師が結婚に反対していることを聞かされる。エースがワチュトゥー族の村へ行こうとすると、グリーンウォールは「野蛮な部族だ、殺されるぞ」と反対する。しかしエースは「紛れ込んで見せる」と自信を示し、アウダは通訳として同行を志願した。
エースはワチュトゥー族の宴に乱入し、あっさりと気付かれてしまった。エースは族長に事情を説明しようとするが、アウダが間違った言葉で通訳したので戦いを望んでいると誤解される。「腕比べに勝ったら命は助けてやる」と言われたエースは了承し、複数の競技で対決する。エースは勝負に負けたものの、その無様な泣き顔に爆笑したワチュトゥー族は彼を許した。彼らは「明日の正午までにシカカが発見できなければ、ワチャティー族を皆殺しにして、お前の頭を砕く」と告げ、エースを送り出した…。

脚本&監督はスティーヴ・オーデカーク、製作はジェームズ・G・ロビンソン、製作総指揮はゲイリー・バーバー、共同製作はアンドリュー・G・ラ・マルカ、撮影はドナルド・E・ソーリン、美術はスティーヴン・J・ラインウィーヴァー、編集はマルコム・キャンベル、衣装はエルザ・ザンパレッリ、音楽はロバート・フォーク。
主演はジム・キャリー、共演はイアン・マクニース、サイモン・キャロウ、メイナード・エジアシー、ボブ・ガントン、ソフィー・オコネドー、トミー・デヴィッドソン、アドウェール(アドウェール・アキノエ=アグバエ)、ダニー・D・ダニエルズ、サム・モトアナ・フィリップス、デイモン・スタンディファー、アンドリュー・スティール、ブルース・スペンス、トーマス・グランケ、アーセニオ・“ソニー”・トリニダード、クリスティン・ノートン、マイケル・リード・マッケイ、カイラ・アレン、ケン・カージンジャー、デヴ・ケネディー、パティー・ティッポ、サブリナ・クリスティー、ウォーレン・スロカ他。


1994年の映画『エース・ベンチュラ』の続編。
ビデオ化の際には『ジム・キャリーのエースにおまかせ!/エース・ベンチュラ2』という邦題が付けられた。
脚本&監督は『ジム・キャリーINハイ・ストラング』のスティーヴ・オーデカーク。
エース役のジム・キャリーだけが続投で、他の出演者は前作から総入れ替え。グリーンウォールをイアン・マクニース、カドビーをサイモン・をキャロウ、アウダをメイナード・エジアシー、クインをボブ・ガントン、酋長の娘をソフィー・オコネドー、王の息子をトミー・デヴィッドソン、ヒツをアドウェール(アドウェール・アキノエ=アグバエ)が演じている。

冒頭シーンは、本家を見たことがある人なら誰でも簡単に気付くであろうう『クリフ・ハンガー』のパロディーだ。
かなり細かい所まで、丁寧に茶化している。掴みのシーンなので、かなり力を入れて作っていることがハッキリと伝わってくる。
その甲斐あって、観客を引き付ける力を充分に感じ取ることが出来る導入部になっている。
ただし、それ以降も様々な映画のパロディーが盛り込まれているかというと、そこだけで終わりだ。

どういうテイストの映画なのか、何が一番のセールスポイントなのかは、作品が始まってエースが登場すると、すぐに分かる。
救助ヘリに気付いたエースは、ドラッグでもやっているのかと思うぐらいアッパーな様子で「助けに来ても無駄だからな」と笑いながら叫ぶ。帰るよう促されて「動物はどうする?」「俺は君と違う。絶対に助ける」と言う時も、やはり笑いながらアッパーな口調で叫ぶ。
前作を見ていれば言わずもがなだろうが、初見の観客でもエースのキャラ設定は何となく掴めるだろう。
エースは巣にいる雛鳥を見つけると、「お腹空いた?」と話し掛け、変な動き(ちょっと言葉では説明が難しい)を見せる。そして雛鳥の頭を舐めて「おえっ」と気持ち悪くなり、優しくガーゼで拭いて「ほんのオードブル」と言う。頂上に辿り着くと、腰をクネクネさせて左右を見回す。
この辺りの動きや仕草が、この映画のテイストを顕著に示している。
ようするに本作品は、「ジム・キャリーの動きを満喫する」ってことを目的に作られているのだ。

エース・ベンチュラは、やたらと騒がしく、やたらとクネクネ動きまくり、やたらと顔面の筋肉を使って表情を変えまくる。それが当時のジム・キャリーというコメディアンの特徴だったのだ。
そんなジム・キャリーのショー・ケースとして作られたのが前作であり、だから続編である本作品も同じノリになるのは当然のことだろう。ハッキリ言って、ストーリーとかドラマなんてどうでもいいのだ。
一応は映画としての体裁を整えるためにストーリーが用意されているが、あくまでもジム・キャリーのパフォーマンスを見せるための背景に過ぎない。
なのでペット探偵という職業も、ほぼ意味が無い設定だ。

グリーンウォールから「報酬は弾むぞ」と言われたエースは「私は聖人だ。金は要らない」と告げるが、「2万ドルだ」と聞かされると「うっへっへっへ」ってな感じで笑う。
「私はここに必要な人間だ」と断るが、院長は「せっかくの才能を無駄にしてはいかん」と説く。
エースが「まだ悟りの境地に達していない」と言うと、院長は両手をかざして「ほうら、達した」と軽く告げる。
院長は厄介払いをしたいだけであり、だからエースが行くことを決めると仲間たちと大喜びで祝宴を開く。しかしエースは全く気付いておらず、「余程のショックなんだな」と口にする。

エースはグリーンウォールに「行く前に仕事が1つ残っている」と言い、スリンキー(トムボーイ)を長い石段に落として「新記録かも」と興奮する。
あと一段で止まってしまうと、なぜか嬉しそうに「こんなことってある?あと一段だぜ」と笑う。
飛行機に乗ると、エースは雑誌を丸めてグリーンウォールの耳元に当て、発情期のヘラジカやヤクの声真似で辟易させる。
グリーンウォールが仕事を説明しても彼は全く聞いておらず、ピーナッツを食べて紙袋を舐めたり、カーテンを素早く開閉して「翼に怪しい奴がいる」と言ったりする。

アフリカに着いたエースは車を運転しながら激しく揺れるが、グリーンウォールは全く揺れていない。
道路は舗装されているのに、エースはガタガタ道を装って自分だけが揺れるのだ。
グリーンウォールが「ジャングルを迂回して領事館へ向かおう」と言うと、エースは急にハンドルを切ってジャングルに突入し、『チキチキ・バンバン』のテーマ曲を大声で歌いながら猛スピードで車を走らせる。
領事館を発見してもエースはスピードを落とさずに横転してしまい、その勢いで駐車スペースに停止する。

エースは馬に乗っていたキャドビーを紹介されると、鞭で彼の尻を叩いて「動物も痛いはずだ」と言う。
領事館ではパーティーが開かれており、エースは野菜を目や口に当てて怪物の真似をする。彼はパーティーに来ていた毛皮の女性に難癖を付け、その夫を抱え上げて振り回して失神させる。映写機で写真が写し出されると、影絵を始める。
それらの行動は全て、「TPOを無視し、はしゃぎ過ぎている」というモノになっている。
でも、それがエース・ベンチュラというキャラクターなのだ。

ワチャティー族にあるコウモリの小屋には、部族以外の立ち入りが禁じられている聖域がある。
それを知ったエースは、族長が見ていない隙に素早く入り込み、ステップを踏む。そして族長が振り向く直前に飛び出し、何も無かったフリをする。
「シカカ」という言葉で部族が跪くと知ったエースは、嬉しそうに「シカカ」と繰り返して反応を見る。
そして「シカシャ」「シシカバブ」「ショーシャンク」といった言葉で引っ掛け、「シカゴ」で族長が騙されて跪くと「失格」と叫ぶ。

エースが余計なことばかり繰り返すし、どんどん話が脱線していくので、うっかりすると途中で「コウモリを見つけ出す」という目的を忘れそうになってしまう。
だが、そもそも「コウモリを見つけ出す」ってのは、表向きの目的に過ぎないわけで。それに「脱線」と書いたけど、そもそも進むべき道筋なんてのも定まっていないわけで。本来の目的は、ジム・キャリーの芸を見せることにあるわけで。
なので、「物語を進めるため」というだけなら全く必要性の無いシーンの連続でも、それは仕方が無いのである。
無軌道であることが、この映画においては「あるべき軌道」なのである。

どんな時でも、常にエースはドラッグでもやっているかのようにハイな調子だ。
この男は静かな時、おとなしい時ってのが無い。常に何か喋っていたり、顔面芸を披露していたりするクドい奴だ。
そのクドさが持ち味であり、まあザックリ言っちゃうと「白人版のエディー・マーフィー」みたいな感じだったのよ、当時のジム・キャリーは。
そのクドさは最後まで徹底しているので、導入部で嫌悪感を抱いたら途中で印象が変化することは絶対に無いと断言できる。

(観賞日:2017年10月8日)


第16回ゴールデン・ラズベリー賞(1995年)

ノミネート:最低リメイク&続編賞


第18回スティンカーズ最悪映画賞(1995年)

受賞:【最も痛々しくて笑えないコメディー】部門
受賞:【最悪の続編】部門

ノミネート:【最悪の作品】部門
ノミネート:【最悪の男優】部門[ジム・キャリー]
ノミネート:【誰も要求していなかった続編】部門

 

*ポンコツ映画愛護協会