『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』:1985、アメリカ
ニューヨークのチャイナタウン。チャイニーズ・マフィアのボスであるジャッキー・ワンは、レストランで食事を取っていた。そこへ若い 男が歩み寄り、いきなりナイフで刺し殺した。ワンの葬儀が盛大に執り行われる中、中国系アメリカ人であるTVリポーターのトレイシー は取材に訪れた。彼女がマッケンナ警部にマイクを向けて「チャイナタウンの内部抗争では?」と尋ねると、「いや、若い世代の体制に 対する反抗だ」というコメントが返って来た。
チャイナタウンの雑貨店に、チャイニーズ・マフィアの下っ端であるロニー・チャンが現れた。その店はイタリア系マフィアの縄張りと なっていたが、ロニーはショバ代を支払えと要求し、拒んだ店主を射殺した。マッケンナ警部はトレイシーの質問を受け、チャイニーズ・ マフィアの存在を否定した。トレイシーはワンの後継者であるハリー・ヤンに関して、香港の汚職警官で横領事件を起こしていることを 指摘した。マッケンナは笑って受け流し、取材を終わらせた。
新しくチャイナタウンの担当になった刑事のスタンリー・ホワイトはマッケンナに声を掛け、「君は異動だ」と通達した。スタンリーは ハリーと会うためにチャイニーズ・マフィアの賭博場へ踏み込むが、そこに彼の姿は無かった。そこでスタンリーはマフィアのオフィスへ 乗り込んだ。すると、そこにはハリーや側近のミルトン・ビンとフレッド・ハン、若き幹部のジョーイ・タイたちが集まっていた。
スタンリーは「担当が俺に変わり、ルールも変更される。街での暴力行為は禁止だ。ギャングどもを真っ当な仕事に就かせろ」と語った。 ハリーたちは「あいつらは我々の手には負えない。取り締まるなら、勝手にやればいい」と言い、スタンリーを馬鹿にする態度を取った。 スタンリーが協力を求めると、ハリーたちは拒否した。ジョーイが「チャイナ・タウンの住人にとって、強請りたかりは商売の手数料だ。 ショバ代を支払わないとリンチに遭う。警察に協力すれば家族が危険にさらされる」と穏やかに話すと、スタンリーは「お前らはみんな クソったれだ。中国人に特権など無い。法律に従え」と凄んだ。
第5分署に戻ったスタンリーは、部長のブコウスキーから「ハリーから抗議が来てる。昔からの了解事項を無視したらしいな。なぜ急に 踏み込んだ?向こうのメンツは丸潰れだ」と注意される。「これは職務です」と答えるスタンリーに、ブコウスキーは「チンピラを抑えろ と命じたんだ。上の連中には手を出すな。ウチの管轄は平穏な地域なんだ」と述べる。「表向きは平穏でも、裏では中国系の連中が強引に 勢力を広げてる。銀行や不動産、麻薬の取引にも手を出してる」とスタンリーが語ると、彼は「中国系マフィアの麻薬組織なんて、御伽噺 だよ」と鼻で笑った。
スタンリーが帰宅すると、妻のコニーは故障した洗濯機を修理しようとして作業中だった。スタンリーが他人事のように「大変だな」と 言うと、彼女は「新しいのを買って楽をさせてよ」と不満を漏らした。コニーは横柄で自己中心的なスタンリーの態度に苛立ちを覚えて おり、夫婦関係は上手く行っていなかった。子供が欲しいコニーは、スタンリーが不摂生で非協力的なことにも腹を立てていた。
スタンリーはチャイナタウンで出会っていたトレイシーをレストラン「上海パレス」に呼び出し、一緒に食事を取る。彼はトレイシーから 呼び出した理由を問われ、「ハリー・ヤンはチャイニーズ・マフィアだ。尻尾を掴めば正体を見せる。戦いの導火線になってほしい。この 街を改革するんだ。俺が情報を提供するから、番組で報じてほしい」と話した。トレイシーは「私たちは警察の手先じゃないのよ。それに 、そんなのは犯罪よ」と反発した。
スタンリーが帰ろうとするトレイシーを説得しようとしていると、覆面の2人組が店に飛び込んで機関銃を乱射した。大勢の人々を銃殺し 、店を荒らした犯人たちは、車で逃走した。スタンリーは恐怖から泣き出したトレイシーを抱き締め、「大丈夫だ」と声を掛けた。翌日、 ハリーたちは会議を開いた。ジョーイはトロントの顔役であるマーが事件の黒幕だと断言し、「必ず犯人を見つけます」と述べた。
ジョーイが「最近、事業は芳しくない。利益は低下しているが、新しい収入減も無い。もっと強い指導力が欲しい」と語るが、それは明確 にハリーを批判する言葉だった。ハリーが空気を察して席を外すと、ジョーイは彼の退陣をミルトンとフレッドに要求した。そして、 店を襲った連中の処罰、タイのボスであるバン・スンとの協定締結、イタリア人との古い取り決めの破棄を訴えた。「ヤクは我々の手で 売る。イタリア人とは手を切る」という彼の意見に、ミルトンたちは賛同した。
サリヴァン本部長から事態の速やかな解決を要求されたスタンリーは、中国系刑事を潜入捜査のために用意してほしいと頼み、同席した ブコウスキーには却下されたことを話す。ブコウスキーが「要請された刑事が訓練生なので役立つかどうか」と弁明すると、スタンリーは 「今まで6人の刑事を潜入させ、みんな正体がバレた。訓練生なら顔が知られていない」と語る。サリヴァンはスタンリーの求めに応じる ようブコウスキーに告げた。
ジョーイは上海パレスを襲った2人組と仲間たちがいる雑居ビルを訪れた。犯人は兄弟で、2人ともスタンリーの発砲で怪我を負っていた 。店を襲わせたのはジョーイで、その目的は長老たちを脅かすことにあった。彼は部屋にいたチンピラたちに指示を出し、その場を去った 。チンピラたちは兄弟を始末した。スタンリーはハーバート・クウォンを潜入捜査官として選び、ハリーやジョーイたちの行動を探って 盗聴するよう命じた。
上海パレス事件の犯人の死体が発見されたという連絡が入り、スタンリーは現場に駆け付けた。取材に来ていたトレイシーが質問すると、 彼は荒っぽい態度を取った。スタンリーがコニーを待たせていたレストランに入ると、そこにはジョーイの姿があった。その店は彼が オーナーなのだ。スタンリーは帰ろうとするコニーをなだめて席に就かせるが、彼女を放置してオフィスへ向かうジョーイを追い掛けた。 彼が事件に関する質問を浴びせても、ジョーイは何食わぬ顔でシラを切った。
ジョーイは「チンピラの逮捕を助けましょう。退職後には年10万ドルの契約で仕事も用意します」と言い、組織の犯罪行為には目をつぶる よう暗に要求した。するとスタンリーは「10万ドルでは不足だな。次の50キロのヘロイン取引と同額の金が欲しい」と法外な報酬を要求 した。彼は「俺はイタリア人じゃない。ポーランド人だ。買収はされない。やっつけてやる」と宣戦布告し、その場を立ち去った。
スタンリーがレストランに戻ると、もうコニーの姿は無かった。彼が家に戻ると、自分の荷物が外に投げ出されていた。屋内のコニーに 呼び掛けても、返事は無かった。スタンリーは車で街に繰り出し、トレイシーを見つけて声を掛けた。彼は「ネタがある」と言い、彼女を 車に乗せた。トレイシーのアパートに招き入れられたスタンリーは、「ジョーイはワンを殺して自分がボスになった」と語った。
スタンリーは中国人に対する憎しみを語り、トレイシーのことも嫌っていると話す。彼が「だが君を抱きたい」と言って肉体関係を求める と、トレイシーは「昼間、ここで男と寝たわ」と口にした。スタンリーが相手のことを尋ねると、彼女は「白人の弁護士よ」と告げた。 スタンリーが嫌味っぽい言葉を浴びせると、トレイシーは「帰ったら?ここに来たのは間違いよ」と述べた。スタンリーが半ば強引に肉体 関係を求めると、トレイシーは拒否しなかった。
スタンリーは分署の警官たちを集合させ、「チャイナタウンの商売を混乱させるんだ」と話した。彼は3つの賭博場を一斉検挙し、43名を 逮捕した。ジョーイはイタリアン・マフィアの長老であるテディー・テデスコとの面会し、手数料の大幅な引き下げと取り扱う麻薬の半減 を要求した。テディーが激怒しても、ジョーイは強気な態度を崩さなかった。スタンリーは車内でのジョーイの会話を盗聴し、尼僧に翻訳 してもらう。その結果、ジョーイが来週にはバンコクへ飛ぶことが判明した。
スタンリーは相棒のリッツォと共に、賭博場の手入れだけでなくレストランの衛生検査など、あらゆる方法を使ってチャイナタウンの犯罪 を検挙していく。サリヴァンはスタンリーに「ジョーイは自治区の会長に相談した。年に10万ドルも寄付している相手だ。会長から市長に 話が行き、私は市長から命令を受けた」と語り、盗聴の中止を要求した。しかしスタンリーは拒絶し、恩給ばかりを気にしている警察の 態度を厳しく糾弾した。スタンリーは荷物をトレイシーのアパートへ運び込み、そこで居候することにした。
ジョーイは黒人のボディーガードを引き連れ、タイのバンコクへ赴いた。麻薬組織のボスであるバン・スンと交渉するためだ。マーが彼の 前に現れ、本音を隠して笑顔で話し掛けた。マーはジョーイが勢力拡大を狙っていると知っており、遠回しに皮肉をぶつけた。ジョーイは 穏やかに対応し、今夜の晩餐会に来るよう誘った。スタンリーはコニーと話し合うため、自宅に戻る。彼は「なぜ中国人女に参ったのか 分からない。このまま、しばらく冷却期間を置かないか」と提案するが、コニーは「もう時間切れよ」と泣きながら告げた。そこへ中国人 のチンピラ2人組が乗り込んで来た。彼らはコニーを殺害して逃亡を図るが、スタンリーが始末した。
ジョーイはタイの奥地へ入り、バン・サンの一味が暮らす集落に辿り着いた。バン・サンはジョーイとは旧知の仲で、上官だった老将軍を ヘロイン漬けにして引退へと追いやっていた。ジョーイはバンと、麻薬の取り引き額について交渉する。「最終的な精製はこちらでする」 とジョーイが告げて金額を提示すると、バンは「マーの方が条件がいい」と突っぱねる。そこでジョーイは「だったら彼に言ってやれ」と 告げ、マーの生首を取り出した…。監督はマイケル・チミノ、原作はロバート・デイリー、脚本はオリヴァー・ストーン&マイケル・チミノ、製作はディノ・デ・ ラウレンティス、撮影はアレックス・トムソン、編集はフランソワーズ・ボノー、美術はウルフ・クローガー、衣装はマリエッタ・ シリエロ、音楽はデヴィッド・マンスフィールド。
出演はミッキー・ローク、ジョン・ローン、アリアーヌ、レナード・テルモ、レイ・バリー、キャロライン・カヴァ、 エディー・ジョーンズ、ジョーイ・チン、ヴィクター・ウォン、K・ドック・イップ、パオ・ハン・リン、ウェイ・ドン・ウー、ジミー・ サン、ダニエル・デヴィン、マーク・ハマー、デニス・ダン、ジャック・ケーラー、スティーヴン・チェン、ポール・スキャグリオーネ、 ジョセフ・ボナヴェンチュラ、ジリー・リッツォ、トニー・リップ他。
『ディア・ハンター』でアカデミー賞の監督賞やゴールデン・グローブ賞の監督賞を獲得して時代の寵児となり、『天国の門』でコケて ユナイテッド・アーティスツを破産に追い込んだマイケル・チミノの監督作品。
スタンリーをミッキー・ローク、ジョーイをジョン・ローン、トレイシーをアリアーヌ、アンジェロをレナード・テルモ、ルイスをレイ・ バリー、コニーをキャロライン・カヴァが演じている。
アリアーヌ(アリアーヌ・コイズミ)は日本人とオランダ人のハーフで、本業はファッション・モデル。スタンリーに全く魅力が感じらないってのは、大きなマイナスだ。彼よりもジョーイの方が、キャラクターとして遥かにマシだ。
しかも、コニーを手下に惨殺させるような冷酷非情な奴だが、感情移入できる部分さえ感じる。
それは、同じ黄色人種のジョーイに肩入れしたくなるということではない。ジョーイにはチャイニーズ・マフィアとしての行動理念が ハッキリしているのに対して、スタンリーが刑事としての理念を何も持たないデタラメな奴にしか見えないってのが問題なのだ。
まあジョーイの方も、組織のボスになったことがボンヤリとしか描かれないとか、ボスにしてはやってることがチンピラ同然とか、そう いう問題はあるけど、スタンリーよりはマシだ。「コニーを殺されたスタンリーが怒りに燃えてチャイニーズ・マフィアを追う」という復讐劇に入っても、全く気持ちが乗らない。それは 、スタンリーのコニーに対する愛情を感じないからだ。
たぶん「夫婦関係に亀裂は生じていたが、それでも愛していた」ということにしたいんだろうけど、コニーに追い出された直後、 トレイシーに声を掛けて彼女のアパートへ行き、何の迷いも無くセックスに及び、居候を決め込んで情事を重ねるスタンリーの行動が 描かれているので、妻を殺されて湧き上がる復讐心には共感しかねるのだ。
それに、チャイニーズ・マフィアを徹底的に排除しようとして荒っぽいことを続けていれば、周囲の人間が狙われるかもしれないってのは 容易に想像できるはずで、にも関わらずコニーを安全な場所に移動させようともせず、警備も付けることもせずに放置していたんだから、 あまりにも無責任で警戒心が足りない。
もちろん殺したジョーイと手下たちが悪いのは当然だが、スタンリーが「俺のせいだ」と責任を感じたり、「なぜ彼女に警備を 付けなかったのか」と後悔したりせず、復讐一直線で突き進むので、「アンタにも落ち度はあったぞ」と言いたくなってしまうんだよな。精神的に疲れ果てて捜査を離れたがっているハーバートを扱き使っているので、彼が殺されるのもスタンリーに責任の一端があると感じる 。コニーがレイプされるのも同様だ。
スタンリーが「目的を達成するために中国系の刑事を犠牲にしたって構わない」という奴にしか見えないんだよね。
他にも、トレイシーのアパートを占拠して捜査本部まで開いてしまうなど、コニーが評していたように横柄で自己中心的だ。
そんなスタンリーに、わずかな魅力さえ感じ取ることが出来ないまま、映画は終わってしまうのだ。この映画が北米で公開された時、あまりにも人種差別的な描写が酷過ぎるということで、アジア系アメリカ人から激しい抗議が起きた。
実際、この映画の影響で、チャイナタウンの客足が落ち込むということがあったらしい。
そういった類の批判に対して、マイケル・チミノは「人種差別を扱っていた映画だが、推奨しているわけではない」とコメントしている。
彼が本当に言葉通りの意識で本作品を撮ったか、あるいは人種差別の意識があったけど厳しく批判されたので嘘をついたのか、それは 分からない。
ただ、本当に人種差別を推奨する意識が無かったとしても、結果として推奨する内容になっていることは確かだ。
何故そんなことになっているかというと、スタンリーの行動が全面的に肯定される形になっているからだ。スタンリーは黄色人種を激しく憎悪し、その感情に突き動かされている。
彼はトレイシーに「チャイナタウンでは多くの女性たちが低賃金で働かされ、搾取されている。商店主たちはショバ代の支払いに苦しみ、 結核の感染率は高い」などと話し、それを改革して街を良くするためにチャイニーズ・マフィアを一掃したいのだと説明する。
しかし、それは真っ赤な嘘だ。
彼は正義感でチャイニーズ・マフィアを撲滅しようとするのではなく、黄色人種が嫌いだから排除したいというのが本音である。スタンリーが黄色人種を憎むのはベトナム戦争が原因のようだが、具体的に何があったのかは全く分からない。
なので、スタンリーに共感することは不可能に近い。
「ベトナムで嫌なことがあったとしても、ベトナム人と中国人は別だろ」と感じてしまうが、どうやらベトナムで中国人から嫌な目に 遭わされたらしい。
もはや何があったのか推測することも不可能なんだが、そこは説明すべきじゃないのか。そこをボンヤリさせておくのは得策とは思えない し、明確な理由付けから無意味に逃げているとしか思えない。スタンリーは黄色人種を対等の立場として憎むのではなく、「自分たちよりも下」という差別意識を持って憎んでいる。
そうなると、仮に「ベトナムで何があったのか」が具体的に説明されていたとしても、共感するのは難しかったかもしれない。
とは言え、そこで留まっていれば、そして「最初は差別意識と憎しみに凝り固まっていたスタンリーの感情が溶解する」とか、「差別意識 に基づくスタンリーの行動を否定する形で物語を着地させる」とか、そういったことにすれば、何とか映画を救えた可能性はある。しかし残念ながら、スタンリーは最後まで、黄色人種に対する差別意識を変えようとはしない。
そして「妻やハーバートを殺され、コニーをレイプされたスタンリーが怒りに燃えて戦う」という復讐劇の筋書きに入ることで、 スタンリーの行動は全面的に肯定されてしまう。
「チャイニーズ・マフィアを撲滅する」という目標は最初から最後まで一貫していて、その動機を「人種差別の意識による憎しみ」から 「復讐心としての怒り」に摩り替えることによって、「スタンリーは正しいことをしている」という形になってしまうのだ。そして、チャイニーズ・マフィアを撲滅しようとするスタンリーの行動を正当化することによって、彼の人種差別的な言動も正当化されて しまう。
意図的だったのかどうかは知らないが、そのように巧妙な形で、人種差別を推奨することになっているのだ。
脚本を書いたのがマイケル・チミノとオリヴァー・ストーンなので、推奨する気が無かったとしても、本人たちの中にはイエロー・ モンキーに対する差別意識があったんじゃないかと邪推してしまうけどね。(観賞日:2014年2月3日)
第6回ゴールデン・ラズベリー賞(1985年)
ノミネート:最低作品賞
ノミネート:最低監督賞[マイケル・チミノ]
ノミネート:最低脚本賞
ノミネート:最低主演女優賞[アリアーヌ]
ノミネート:最低新人賞[アリアーヌ]