『靴職人と魔法のミシン』:2014、アメリカ

1903年、ニューヨークのロウアー・イーストサイド。ピンカス・シムキンの営む靴修理屋に、職人の仲間たちが集まった。彼らはギャングのギャーガーマンが賃料を値上げしたせいで閉店を余儀なくされる職人が増えたことを危惧し、ピンカスに協力を要請した。ピンカスは「ただの靴職人だ。それに彼は客じゃない」と言うが、彼らはギャーガーマンの靴を渡した。ピンカスが地下の作業部屋でミシンを使っていると、幼い息子のハーシェルが現れた。ピンカスは彼に、「これはお前のおじいさんが天使から貰ったミシンだ。特別な時しか使っちゃいけない」と述べた。
現在。靴修理店を引き継ぐマックス・シムキンは、近所に住むタリンが富豪である恋人のエミリアーノと一緒にいる様子を目撃した。2人はエミリアーノのお抱え運転手が運転する高級車に乗り込み、その場を去った。隣で理髪店を営むジミーは、マックスに「ハンサムな職人だ。彼に勝ってる」と言う。「自分の仕事を考えないと」とマックスが口にすると、ジミーは「靴職人だろ」と告げる。マックスが「親父はね」と言うと、彼は「代々の仕事だ。誇りに思え」と述べた。
カーメン・ヘララという女性が靴修理店にやって来て、マックスに経営者のことを尋ねる。マックスは父のアブラハムが経営者だと話し、「待っても戻らない」と告げた。カーメンはロウアー・イーストサイドの保存活動を展開しており、経営者を訪ね回っていた。開発業者が買収や賃料の値上げで地元民を追い出しに掛かっているのだと彼女は話すが、マックスは店を守る意欲など無かった。しかし「街は金持ちの遊び道具じゃない」と熱く語るカーメンに頼まれると、彼は陳情書に署名した。カーメンが「アパートを追い出されるシムキンさんを救う集会があるの。活動に参加して」と言うと、マックスは「いいよ」と答えた。帰宅したマックスは、母のサラと話す。老いた母は元気が無く、痴呆の症状で様々なことを忘れていた。
翌日、レオン・ラドローという黒人が店を訪れ、靴磨きを頼んだ。高級腕時計を着用しているレオンは「今夜までに靴底を変えてくれ」と言い、マックスに靴を預けて店を去った。ミシンが故障したため、マックスは地下にあった古い物を使うことにした。そこへジミーが現れ、「俺は親父さんに言ったんだ。ガラクタは捨てろって」と口にした。マックスが「捨てたのは家族だけだ」と告げると、彼は「捨てちゃいないさ」とアブラハムを擁護した。
閉店時間を過ぎてもレオンは現れず、マックスは何気なく彼の靴を履いてみた。すると鏡に写った自分の姿がレオンに変身したため、彼は驚いた。古いミシンで縫ったからだと悟ったマックスは、店にあった他の靴も次々に縫って色んな人に変身した。彼はサイズさえ合えば誰にでも変身できると知り、嬉しくなった。翌朝、靴を取りに来た客がTVリポーターのダニー・ドナルドだと気付いたマックスは、母がファンだと告げた。ダニーは名刺を渡し、店を去った。
マックスは中国人に変身してチャイナタウンを散歩したり、黒人に変身してレストランへ出掛けたりする。スリックという男が高級車を預ける様子を見たマックスは、アパートまで尾行する。マックスはスリックを脅して靴を奪い、彼に変身して高級車を運転した。帰宅したマックスは、サラに「別人になりたくないか?」と問い掛けた。サラが「お前の母親で充分よ」と言うと、マックスは「叶うとしたら何を願う?」と尋ねた。するとサラは、「父さんとのディナーが願いよ」と答えた。
翌日、エリンが店を訪れ、マックスにエミリアーノの靴を預けた。その夜、マックスはエミリアーノに変身し、バーへ繰り出した。カラという女に声を掛けられたマックスは、以前に彼女がエミリアーノをクラブで逆ナンしたことを聞かされる。しかしエミリアーノは、男性モデルと一緒に去ったらしい。カラに誘われたマックスはタクシーに乗り込み、自分の家へ行こうとする。だが、「ママに電話しないと」と言ったことで、カラの態度が変化する。住所を問われたマックスが「シープスヘッドベイだ」と答えると、カラは彼をタクシーから下車させて去った。
マックスはエミリアーノがアパートから出て来るのを目撃し、靴を脱いで元の姿に戻った。エミリアーノと軽く会話したマックスは、彼が去るのを確認してからエリンのいるアパートへ赴く。「鍵を忘れた」と嘘をついて部屋に入ったマックスは、シャワーを浴びているエリンからセックスに誘われた。喜ぶマックスだが、靴を脱ぐと元の姿に戻ると気付いた。彼は「ダメだ」と漏らし、アパートを去った。帰宅すると、テレビのニュースではダニーがカーメンやソロモンを取材する様子が報じられていた。
翌日、マックスはピクルスを買った帰りにカーメンと遭遇した。カーメンは老人たちに食料品を配達する活動をしており、「事務所に来て活動に参加して」とマックスに告げて去った。マックスは別人に変身し、事務所で働くカーメンを眺めた。その夜、彼は父に変身し、母と自宅でデートする。めかしこんだサラは、嬉しそうな様子で一緒に食事を取り、ダンスした。次の朝、マックスが起こしに行くと、サラはベッドで安らかに亡くなっていた。
マックスは母を弔うため集まった女性の1人から、「貯金しなさい。サラに上等の墓石を買わないと」と告げられる。彼はジミーに「いい集まりだな。孝行息子だ」と言われると、「墓石すら買えない。何の役に立たないダメ人間だ」と漏らした。1週間の休業を経て店を再開すると、レオンがやって来て「何度も来てたんだぞ」と文句を付けた。マックスが母の死で休んでいたことを話すと、彼は「金は残したか。残さないだろうな、女はケチだから」と述べた。控えが無いと靴の引き渡しが出来ないとマックスが説明すると、レオンは「明日までに靴を見つけないと、お袋の所へ送ってやる」と脅した。
マックスは別人に変身してレオンを尾行し、彼が食料品店の店主を暴行して金を要求する様子を目撃した。レオンが出掛けるのを確認した彼は、高級腕時計を盗み出すためアパートへ入った。情婦のメイシーはレオンの暴力に耐えかね、出て行くところだった。マックスが室内を探ると、拳銃を含む複数の武器が収納されているスーツケースを発見した。彼はスタンガンに触れて、気を失った。目を覚ました彼は急いで去ろうとするが、そこへレオンが戻って来た。殺されそうになったマックスは、スタンガンで気絶させた。
マックスはレオンを拘束し、別人に変身して時計の隠し場所を尋ねた。複数の時計を見つけたマックスだが、そこへレオンの手下2人が来てしまう。彼らが5万ドルの集金に向かうと知ったマックスは、レオンに成り済まして同行する。手下たちは「寄る場所があります」と言い、車を倉庫へ向かわせた。倉庫に到着すると、他の手下たちが組織を裏切ったパトリックを暴行していた。彼らがパトリックを銃殺しようとしたため、マックスは慌てて制止した。彼はパトリックに「二度とやらない」と約束させ、倉庫から解放した。
マックスが車に戻ると、エレーン・グリーナウォルトの豪邸へ案内された。アパート経営者であるエレーナはマックスに「グラント通りの件、金曜日までにゴミを片付けて」と告げ、報酬として大金を渡す。それはソロモンを金曜までに追い出せという意味だった。マックスがアパートへ戻ると、拘束を解いたレオンが襲い掛かって来た。マックスは抵抗し、レオンを殺してしまう。マックスは慌てて逃げ出すが、翌朝になって警察へ自首する。しかし彼が刑事を連れてアパートへ戻ると、死体も事件の痕跡も全て消えていた…。

監督はトム・マッカーシー、脚本はトム・マッカーシー&ポール・サド、製作はメアリー・ジェーン・スカルスキー&トム・マッカーシー、製作総指揮はニコラス・シャルティエ&ゼヴ・フォアマン&マイケル・ベダーマン、共同製作はドミニク・ラスタム&ケイト・チャーチル、撮影はモット・ハップフェル、美術はスティーヴン・カーター、編集はトム・マカードル、衣装はメリッサ・トス、音楽はジョン・デブニー&ニック・ウラタ、音楽監修はメアリー・ラモス。
出演はアダム・サンドラー、クリフ・“メソッド・マン”・スミス、エレン・バーキン、ダスティン・ホフマン、スティーヴ・ブシェミ、メロニー・ディアス、ダン・スティーヴンス、フリッツ・ウィーヴァー、ユル・ヴァスケス、リン・コーエン、ダーシャ・ポランコ、クレイグ・ウォーカー、ジョーイ・スロトニック、ケヴィン・ブレズナハン、キム・クルーティエ、エイドリアン・ブラック、マイルス・J・ハーヴェイ、アルバート・クリスマス、グレタ・リー、グレン・フレッシュラー、ダニー・マストロジョルジオ、ドニー・ケシュウォーズ、イーサン・クシッドマン他。


『扉をたたく人』『WIN WIN ダメ男とダメ少年の最高の日々』のトム・マッカーシーが監督&脚本&製作を務めた作品。
共同でシナリオを手掛けたポール・サドは主に役者として活動してきた人物で、脚本家としてはデビュー作。
マックスをアダム・サンドラー、レオンをウータン・クランのクリフ・“メソッド・マン”・スミス、エレーンをエレン・バーキン、アブラハムをダスティン・ホフマン、ジミーをスティーヴ・ブシェミ、カーメンをメロニー・ディアス、エミリアーノをダン・スティーヴンスが演じている。

アダム・サンドラーが主演を務める場合、企画から参加して自身の会社であるハッピー・マディソン・プロダクションズで製作することが多い。
だから監督に盟友を起用したり、出演者も友達が多かったりする。
ハッピー・マディソン・プロダクションズが製作した彼の主演作でエンドロールを良く見ると、「なんたら・サンドラー」という名前が多く見つかるはずだ。つまり、自分の身内がチョイ役で出ているってことね。
しかし今回は雇われ仕事であり、役者だけに専念している。

冒頭、父のミシンを見つめるハーシェルの様子からカットが切り替わると、電車に乗っている男の姿が写し出される。
その編集だと、普通に考えれば電車の男は「成長したハーシェル」になるはずだ。
しかし時代が合わないし、それはマックスだから別人だ(ハーシェルの孫がマックスだ)。
だったら、その編集はおかしい。間に何か別のシーンを挟むべきだ。
っていうか、そもそもマックスが電車で店へ行く様子から入る必要性が全く無いのだ。だからミシンを見つめるハーシェルの後は、現在の靴修理店を登場させ、そこからマックスを見せるという流れにしておけばいい。
細かいことかもしれないが、映画の滑り出しから軽くつまずいているように感じる。

マックスは地下室のミシンを使った時、ジミーに「使い方は親父に教わった」と言っている。
だったらアブラハムは、その時に「特別な時しか使ってはいけない」とは教えなかったのか。「天使から貰って云々」みたいな話はしなかったのか。
彼もハーシェルから話は聞いていたはずで、それがマックスに伝わっていないのは引っ掛かる。
冒頭シーンではピンカスが息子に「こういう由来のあるミシンだから」と話しているので、マックスが「ただの古いミシン」として無頓着に使っているのは違和感があるのだ。

マックスがレオンの靴を試しに履いてみるのは、ちょっと強引ではないかと感じる。
別にハッキリとした理由が必要ってことじゃなくて、「何となく履いてみたくなった」ということで構わないのよ。ただ、そこでの行動をスムーズに感じさせるための流れを作り切れていない。
何よりマズいのは、一応はコメディーのはずだが、あまりに穏やかで淡々と進むのだ。
そのため、そこを勢いやパワーで押し通すことが出来ない。主人公は活気に乏しく生命力の弱い男なので、そのパワーで引っ張っていくことも出来ない。

靴のサイズが合えば誰にでも変身できると知ったマックスは、中国人に変身してチャイナタウンへ出掛けたり、黒人に変身してレストランで食事を取ったりする。
でも、「だから何なのか」と言いたくなる。
そういう行動を取るために、「中国人じゃなきゃいけない」とか「その黒人じゃなきゃいけない」ってことは無い。それどころか、本人のままでもチャイナタウンへ散歩に行くことは出来る。「自分ではない別人」として行動したかったとしても、誰か1人でいい。その行動に応じて、化ける相手を変える必要は無い。
「マックスは自分に自信が持てず、変身願望を持っていた」ってことを描きたかったのかもしれないが、だとしても「じゃあ1人の別人でいいでしょ」という疑問を解消するような答えは何も無い。
また、有名人や知っている誰かといった「特定の個人」に変身し、その人物ならではの行動を取るならともかく、最初の内は誰でも出来るようなことばかりやっているので、「誰にでも変身できる」という設定が全く無意味になっている。

しばらく経つと、マックスが「自分の周囲にいる人物」「名前の分かっている特定の人物」に変身する展開が訪れる。
だけど別人に変身できると分かった時点から、そこを機能させておかないとダメでしょ。
しかも、エミリアーノに変身するからエリンとデートする気なのかと思いきや、ただバーに行くだけなのだ。
バーに行くだけなら、変身する必要性なんて無いでしょ。自分のままだと勇気が無くて行けないってことだとしても(そんなことは映画を見ていても全く伝わって来ないけど)、エミリアーノである必要性は無いし。

マックスがアブラハムに変身する展開があるが、そのタイミングには違和感を覚える。
彼がサラから「父さんとのディナーが願いよ」と言われた後、しばらくは全く関係の無いシーンを描いている。だったら、「母の願いを叶えてやろう」と決意するきっかけを用意する必要があるんじゃないか。
しばらく他の物語を進行する中で、ずっと母の願いのことを考えていた可能性は考えられる。ただ、そうだとしても、「そのことをマックスが考えている」ってのは表現しなきゃダメでしょ。そんなの全く見えて来なかったよ。
「マックスが母の願いを叶える」というシーンに向けた流れが全く見えないので、唐突に感じられる。
また、「マックスが呼びに行くと母がめかしこんでいる」という描写にしても、そこは「マックスが願いを叶えることを母に告げる」という手順を先に用意しておくべきだ。それを省略し、いきなり「母がめかしこんでいる」というシーンを見せると、効果が大きく違ってくる。

マックスはレオンを尾行する際、複数の人物に変身する。
だけど、そんな必要は全く無い。レオンに尾行を気付かれたならともかく、そうじゃないんだから。
拘束したレオンを脅す時に、最初は黒人少年、それから女装の男に変身して時計の隠し場所を尋ねるってのも、やはり全く意味が無い。
わざわざ女装の男に変身するぐらいだから、そのキャラを喜劇として活用するのかと思いきや、特に何も無いし。
その前の黒人少年にしても、そいつじゃなきゃダメってわけではない。レオンの姿のままでも、脅すことは出来るわけで。

っていうかさ、そこで大いに引っ掛かるのは、「別人に変身して悪人と関わったり悪事を働いたりしたら、そいつに迷惑が掛かるでしょ」ってことだ。
黒人少年にしろ女装の男にしろ、本物が実在している。そしてレオンが復讐を考えた時、そいつらが狙われることになるのだ。
黒人に変身して無銭飲食するシーンもあるんだけど、それも他人に迷惑を掛けている。
小さな迷惑で済めばいいけど、それらは下手をすると無実の人が罪人になるとか、命を落とすとか、それぐらい大きな問題に繋がる恐れがある。
そういうことに対して、マックスは何も考えちゃいないのよね。

マックスがレオンを尾行するのは「母を侮辱されて腹が立ったので何か仕返ししてやろう」ってことなのかと思ったら、「墓石を建てる金を得るために腕時計を盗もう」ってのが動機だ。
泥棒を働こうとしているので、レオンが悪人ってことをアピールして、犯罪を正当化するという狙いがあるわけだ。
だけど、母を侮辱する発言でマックスが憤慨しているのが分かるので、それに対する行動じゃないと流れとしてスムーズじゃないのよね。

マックスはレオンに襲われ、抵抗して殺害する。
だが、例え相手が悪人であろうと、殺されそうになって抵抗した結果であろうと、明確な殺意が無かろうと、主人公に人殺しをさせるのはダメだわ。
「自首したのに殺人の痕跡が消えていたので刑事に信じてもらえず、本人も困惑する」という筋書きにしても、喜劇として全く成立していない。
そもそも、「人を殺したのに証拠を全て消してもらったので、罪にならず何の罰も受けずに済みました」ってのがダメだし。

そんな「主人公の殺人」と「痕跡の消失」という出来事が起きた後、「マックスがエレーナに報酬を返金して仕事を拒否し、手下によって始末されそうになる」という展開があるが、物語を整理できていないと感じる。
その流れだと、マックスは殺人を犯したことで「報酬を返さなきゃ」と感じた形になる。
だけど、黒い金を平気で受け取っている時点でダメでしょ。少なくとも、その段階で迷いや悩みぐらいは見せておかないと。
マックスの罪悪感に対する感覚が、殺人を犯すまでは全く見えないのよね。

終盤に入って、ようやくマックスはソロモンを助けるために動き出す。
だけど、それまで自分のことしか考えていなかったマックスが赤の他人を救う気持ちに目覚めるという筋書きを、魅力的に見せるためのエピソードが著しく不足している。
そこへ向けての流れが全く用意されていないので、マックスがソロモンを助けてエレーナを退治する筋書きに入っても、全く気持ちが乗らない。
そこだけではなく全体を通して、ツギハギだらけのストーリー構成になっているのだ。

ラスト直前、アブラハムがジミーの姿を借りて妻子を近くで見ていたこと、レオンの死体を処理して殺人の痕跡を消していたことが判明する。
悪い奴らと絡んだので、妻子を危険に巻き込まないため死んだように偽装したってのが彼の釈明だ。
だけど、そのせいでマックスもサラも長きに渡って寂しい思いを強いられたのだ。サラに至っては、偽者の夫と会ったのに本物だと思い込んだまま死んでいる。
なのでアブラハムは、ただの身勝手な奴にしか思えない。
あと、「初代から職人仲間と共に人助けを続けてきた」という設定は蛇足でしかない。
アブラハムを「いい人」として終わらせるための、下手な言い訳にしか聞こえない。

(観賞日:2017年12月1日)


第36回ゴールデン・ラズベリー賞(2015年)

ノミネート:最低主演男優賞[アダム・サンドラー]
<*『靴職人と魔法のミシン』『ピクセル』の2作でのノミネート>
ノミネート:最低スクリーン・コンボ賞[アダム・サンドラー&任意の靴]

 

*ポンコツ映画愛護協会