『ヴァチカンのエクソシスト』:2023、アメリカ
1987年6月4日、イタリアのトロペーア。ヴァチカンの主席祓魔師を務めるガブリエーレ・アモルト神父は悪魔に取り憑かれた青年の家を訪れ、地元のジャンニ神父と会った。ジャンニは悪魔憑きの根拠として、青年が英語を話したことをアモルトに説明する。アモルトが部屋に行くと、青年はベッドに拘束されていた。青年は恐ろしい形相でアモルトを睨み付け、激しく口撃した。アモルトは悪魔を挑発し、持参した豚に憑依させて青年を救った。
1987年7月1日、スペインのカスティーリャ。アメリカから来たジュリア・ヴァスケスは娘のエイミーと息子のヘンリーを伴い、修復作業が行われているサン・セバスチャン修道院を訪れた。彼女は現場監督のカルロスから、見学に来たトマース・エスキベル神父を紹介された。ジュリアは夫の一族が修道院を受け継いできたこと、その夫が1年ほど前に亡くなったことを語った。ヘンリーは地下へ行って壁の隙間から向こうを覗き込み、紋章らしき物を発見した。彼は父を失ってから、全く話さなくなっていた。ジュリアは反抗的な態度のエイミーに、「お金になるのは修道院だけ。修復して売却したら帰国する」と告げた。
1987年7月2日、イタリアのローマ。アモルトは公聴会に出席し、司教の許可無しにトロペーアで祓魔を行った件について質問された。彼を擁護するのはルムンバ司教だけで、サリヴァン枢機卿を始めとする他の面々は批判的だった。アモルトは「祓魔ではない」と否定し、一般的な精神疾患なので暗示の力を利用したと説明する。彼は「与えられる案件の大半は祓魔を必要としない」と言い、公聴会を開いた真の目的を教えるよう要求した。
「教理庁からの要請で主席祓魔師の席を空けるよう言われている」と聞いたアモルトは、「悪が存在しないなら、教会の役割は何ですか」と反論した。彼が去ろうとすると、サリヴァンは「まだ訊きたいことがある」と呼び止めた。アモルトは「再び訊きます。真の目的は何です?」と問い掛け、「ロザリアの死の件ではないと?私の寄稿の件ではないと?」と続ける。サリヴゥンが腹を立てると、彼は「私をヴァチカンの主席祓魔師に任命したのは教皇だ。文句があるならボスに言え」と告げて退席した。
サン・セバスチャン修道院の地下で作業をしていた男は、壁の穴から奥を覗いた。男の仲間が発煙筒を焚くと、ガス鉱床だったので一気に炎が広がった。作業員は大火傷を負って救急搬送され、カルロスは「危険だから手を引く」とジュリアに通告した。ヘンリーが急に痙攣を起こし、ジュリアとエイミーは狼狽する。ヘンリーは「みんな死ぬ」と言い、顔を引っ掻いた。ジュリアはヘンリーを病院に連れて行くが、検査では何の異常も発見されなかった。医師は父親の死を知り、それが原因の精神疾患ではないかと告げた。
修道院に戻ったヘンリーは、ジュリアを激しく罵った。彼が上着をはだけると、腹部に「HATE」の文字が浮かび上がっていた。ヘンリーが「司祭を連れて来い」と言うので、ジュリアはエスキベルを呼んだ。すると部屋に入ったエスキベルは激しく吹き飛ばされ、ヘンリーは「その司祭じゃない」と告げた。アモルトは体が弱っている教皇に会い、「サリヴァンの世代は悪魔を信じていない」と言われる。教皇はヘンリーの案件に触れ、「憑依の進行が速い。サン・セバスチャン修道院では前にも問題が起きている」と調査を要請した。
アモルトはサン・セバスチャン修道院へ出向き、ジュリアたちに挨拶した。彼はヘンリーと会い、悪魔憑きの状態を確認した。アモルトが挑発しても悪魔は名乗らず、「ガブリエーレ、お前の悪夢も知ってるぞ」と余裕を見せた。名前を見抜かれたアモルトは、パルチザン時代に死んだ真似をして敵兵をやり過ごした出来事を思い出した。エイミーは電話が鳴ったので、受話器を取った。すると父親の声が聞こえ、「みんな死ぬ」と言われたエイミーは激しく怯えた。
アモルトはエスキベルに、ヘンリーを救うには悪魔の名を突き止めるしか道は無いと話す。「どうやって名前を?」とエスキベルが質問すると、彼は「絶え間なく祈るんだ。祈りは悪魔にとって苦しみだ。耐え切れずに白状する」と答えた。アモルトは悪魔に弱みを握られるという理由で、先に罪を告白するよう促す。エスキベルは最後の告白が8ヶ月前だと明かし、アモルトは「罪は赦された」と述べた。彼はエスキベルに祈り続けるよう指示し、一緒にヘンリーの部屋へ向かった。
アモルトが祓魔の儀式を始めると、部屋の電気が消えた。ロザリアという少女が出現し、動揺するアモルトに「なぜ人任せにして、信じてくれなかったの?」と問い掛ける、ロザリアは「私の魂は地獄で腐ってる」とアモルトを責め、姿を消した。ヘンリーはエスキベルを睨み、「お前の娼婦、アデラのことは話したか。娘たちを毒牙にかけて、悔いていないようだな」と言う。エスキベルが掴み掛かるとアモルトが制止し、儀式を断念して部屋を出た。
エスキベルはアモルトに、アデラと結婚の約束をしていたこと、司祭を辞めてほしいと言われたこと、その気が無いので口から出まかせを語ったことを告白した。「ロザリアって誰ですか?」とエスキベルが訊くと、アモルトは「助けるべきだった少女だ。悪魔が思い出を利用してる」と答えた。彼は悪魔の「食い付いたな」という言葉を思い出し、目的がヘンリーではなく他にあると確信した。エスキベルに扉の外で待つよう指示したアモルトは、庭を調べに向かった。
アモルトは庭の井戸を発見し、ヴァチカンの国章が刻まれた蓋を外した。エイミーは悪魔の力で吹き飛ばされ、クローゼットに避難した。ジュリアは腕に襲われ、ベッドに飲み込まれた。アモルトが井戸を除くと、壁面には大量の人骨が張り付けてあった。彼が火の付いた紙を投げ込むと、大きな火柱が上がった。屋内に戻ったアモルトは、エイミーとジュリアを救助した。彼は2人を礼拝堂へ運ぶようエスキベルに指示し、「悪魔の目的は気を逸らすことだ」と告げた。
アモルトはエスキベルを庭へ連れて行き、井戸の奥にスペイン異端審問の象徴があることを教えた。彼は人骨について、「改宗をを拒んで犠牲になった人だ」と説明した。地下に移動したアモルトとエスキベルは壁を破壊し、カタコンベ(地下墓地)を発見した。そこには檻があり、最後の監督官だった修道院付き枢機卿の遺体が閉じ込められていた。アモルトはエスキベルに、「自身を守るための檻だ。祓魔に失敗すると、こうなる」と語った。
アモルトたちはカタコンベの門を開けて奥へ進み、オヘダ修道士の遺体を発見した。遺体が持っていた日記を読んだアモルトは、1475年のセゴビアで憑依されたことを知る。オヘダはイザベラ女王に異端審問を勧めた人物であり、アモルトは「何世紀にも渡って神の名において続けられた迫害と拷問を始めたのは、悪魔だった。それを知っていて、ヴァチカンは事実に蓋をした。修復工事が、その悪魔を解放した」と漏らした。修道院は堕天使が葬られた場所の1つであり、悪魔は軍を組織して教会を破壊するために探していたのだ。アモルトは悪魔の名前がアスモデウスだと知り、これでヘンリーを救えるとエスキベルに告げた…。監督はジュリアス・エイヴァリー、原作はガブリエーレ・アモルト神父、映画原案はR・ディーン・マクレアリー&チェスター・ヘイスティングス、脚本はマイケル・ペトローニ&エヴァン・スピリオトポウロス、製作はダグ・ベルグラッド&マイケル・パトリック・カチュマレク&ジェフ・カッツ、製作総指揮はジョー・ホームウッド&ソフィー・キャシディー&エドワード・J・シーバートSJ、撮影はカリッド・モタセブ、美術はアラン・ギルモア、編集はマット・エヴァンス、衣装はローナ・マリー・ミューガン、音楽はジェド・カーゼル。
出演はラッセル・クロウ、ダニエル・ゾヴァット、フランコ・ネロ、アレックス・エッソー、ローレル・マースデン、ピーター・デソウザ=フェイオニー、コーネル・ジョン、ビアンカ・バードー、ライアン・オグレイディー、サンティ・バイヨン、パロマ・ブロイド、アレッサンドロ・グルッタドーリア、リヴァー・ホーキンス、ジョルディ・コレット、キャリー・マンロー、マルク・ヴェラスコ、エドワード・ハーパー・ジョーンズ、マシュー・シム、ヴィクター・ソール、トム・ボニントン、アンドレア・ダゴーニ、エド・ホワイト他。
バチカン(ローマ法王庁)とイタリア・ローマ教区のエクソシストを務め、国際エクソシスト協会を設立したガブリエーレ・アモルト神父の回顧録『エクソシストは語る』『続・エクソシストは語る』を基にした作品。
監督は『オーヴァーロード』『サマリタン』のジュリアス・エイヴァリー。
脚本は『クイーン・オブ・ザ・ヴァンパイア』『ザ・ライト −エクソシストの真実−』のマイケル・ペトローニと『チャーリーズ・エンジェル』『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』のエヴァン・スピリオトポウロスによる共同。
アモルトをラッセル・クロウ、エスキベルをダニエル・ゾヴァット、教皇をフランコ・ネロ、ジュリアをアレックス・エッソー、エイミーをローレル・マースデン、ヘンリーをピーター・デソウザ=フェイオニーが演じている。あまりにも有名な『エクソシスト』を筆頭に、これまでに「神父が悪魔憑きに立ち向かう」という映画は何本も作られて来た。
っていうか『エクソシスト』が世界的にヒットしたので、二匹目のドジョウを狙って作られた映画もあるだろう。
オカルトブームが起きたので、それに乗っかって作られた映画もあるだろう。
ただ、今はオカルトブームなんて起きていないし、「なぜ今になってエクソシスト物を?」とか、「まだエクソシスト物を作るのか」という感想が最初に浮かんだ。エクソシスト物のジャンルに関しては正直に言って、もう掘り尽くしたんじゃないかと思うんだよね。
そもそも、そんなに自由度が高いわけでもないし。
ぶっちゃけ、もう『エクソシスト』が出た時点で、実質的には詰んでいるんじゃないかとさえ思うほどだ。
そんな元祖の『エクソシスト』がを含む過去の作品と比較して、この映画には新しい切り口や今までに無かったアイデアが持ち込まれているのかというと、特にこれといって見当たらないし。悪魔憑きの表現に関しては、特殊メイクやVFXを使って飾り付けている。
だから見た目の派手さが無いわけじゃないが、人が見えない力で吹き飛ばされる表現は何度もやっているので「そればっかりだな」と感じる。
ジュリアがベッドに飲み込まれるのは、「何かの映画で見たことがあるな」と感じる。
井戸から大きな火柱が上がるのはガスが充満していたのが原因で悪魔とは何の関係も無いので、「そんなトコで観客を脅かしてもなあ」と言いたくなる。それ以外の描写を見ていると、色々とバリエーションは用意しているし、ちゃんとケレン味もある。なのでティーザーを作った時、観客を引き付けるためのシーンは幾つもある。
ただし過去の映画と比べて頭一つ抜きん出ていると言えるほどのモノがあるかと言われると、それは厳しい。
例えば悪魔に憑依されたエイミーが腕関節を外して四つん這いで素早く移動する描写なんかも、『エクソシスト』のスパイダーウォークの劣化版にしか見えないし。
そういうのがプラスに作用するかどうかは置いておくとして、例えば「極端に振り切って残虐描写を売りにしよう」ってわけでもないし。「神父は過去の経験で心に傷を負っている」という設定が用意されており、大きく扱われているが、別に目新しい要素ではない。
この作品ではアモルトに心の傷を2つ用意しているが、それが物語の厚みに直結しているわけでもないし。
っていうかエスキベルも含めると「過去の傷」は3つあるけど、ただ欲張って話を散漫にしているだけだし。
そこは1つに絞り込んで、その代わりに、それなりにボリュームのある出来事にすれば良かったのよ。悪魔の名前が判明すると、アモルトは祓魔の前に「罪の告白」としてパルチザン時代の出来事とロザリアの件をエスキベルに話す。
だけどパルチザンの一件に関しては、前半で挿入された短い映像の時点で「アモルトは死んだフリで敵をやり過ごした」ってことは伝わっている。そして、それ以上の情報が語られることは無い。
その後の祓魔シーンでも、明らかにロザリアの一件の比重が圧倒的に大きいし。
だから、やっぱり1つに絞り込むべきだったのよ。ロザリアの件に関しては、「精神疾患と判断して他の人間に任せたら自殺し、性的虐待を受けていたのにヴァチカンが隠蔽したという噂を後から聞いた」と語られる。
でも、それを台詞による説明で簡単に済ませちゃダメだろ。ちっとも深く掘り下げてないぞ。
あと、それって儀式で何とかなることじゃないから、アモルトにはどうしようもない問題じゃないかとも思うし。
性的虐待に関しても、ロザリアが告白しないと分からないし、しかもアモルトの専門分野じゃないし。「サリヴァンは悪魔の存在を信じておらず、アモルトを敵視している」という設定がある。冒頭の祓魔に関する公聴会も序盤で開かれているし、かなり大きく扱われそうな予感も漂う。
しかし実際には、この要素を全く使い切れていない。公聴会のシーンが終わると、物語の展開にサリヴァンか関与してくることは一切無い。
だったら、そんなの要らないよ。
サリヴァンのせいでヘンリーの件を解決するのに支障が出るとか、そんなことも無いんだし。ちなみに粗筋でも書いたように、アモルトはオヘダの日記を読んで悪魔に憑依されたことを知る。すると彼は、「何世紀にも渡って神の名において続けられた迫害と拷問を始めたのは、悪魔だった」と語る。
スペイン異端審問はヴァチカンにとって恥ずべき過去であり、猛省が必要な出来事だ。
それを「ヴァチカンやカトリック教会が酷いことをしたのは、悪魔に憑依されたせいだった」と定義付けているわけだ。
都合が悪くなったら全て悪魔に責任を押し付ければ成立するんだから、カトリックって便利だよね。(観賞日:2025年10月6日)
第44回ゴールデン・ラズベリー賞(2023年)
ノミネート:最低主演男優賞[ラッセル・クロウ]
ノミネート:最低助演男優賞[フランコ・ネロ(教皇役)]