『イナフ』:2002、アメリカ

スリムと友人のジニーと共に、ロサンゼルス郊外のダイナーでウェイトレスとして働いている。母を亡くし父に逃げられたスリムにとって、店長のフィルは親代わりだ。ある時、ロビーという男がナンパしてくるが、居合わせたミッチという客が友人との賭けだと指摘し、彼を追い払った。スリムはジニーから、立ち去るミッチを追い掛けるようけしかけられた。
やがてスリムは、ミッチと結婚することになった。娘グレイシーが5歳になった頃、ミッチが浮気をしていることが分かった。スリムが詰め寄ると、ミッチは開き直った上に暴力を振るった。スリムはジニーのアドバイスを受け、グレイシーを連れて逃げようとするが、お見通しだったミッチに阻止されてしまった。
スリムは警察に行き、友人がDVの被害に遭っているとウソをついて相談するが、頼りにならないことを知るだけだった。スリムはジニーやフィル達の協力を得て、ミッチの元を逃げ出そうとする。しかしミッチに気付かれ、スリムは激しい暴行を受ける。助けに来たジニー達に対し、ミッチは銃を向ける。グレイシーが目を覚ましたことでミッチが銃を隠したため、その隙にスリム達は逃亡した。
ミッチはスリムの銀行口座を凍結し、モーテルにいる彼女の元へやって来た。スリムはグレイシーを連れて、シアトルへと向かった。スリムは昔の恋人ジョーの元に身を寄せるが、ミッチの策略でFBIが駆け付ける。スリムはサンフランシスコへ逃げ、IT長者になった父ジュピターに会う。だが、金目当ての偽者だと考えたジュピターは、12ドルを渡してスリムとグレイシーを追い払った。
スリムはミシガンの借家に移って身分証明書を作り直し、名前をエリンと改めた。スリムが実の娘だと知ったジュピターは、資金援助をしてくれた。一方、ミッチはロビーの元に出向いていた。ロビーが賭けをした友人とは、ミッチのことだったのだ。ミッチは刑事のロビーに協力させ、電話の逆探知でスリムがミシガンにいることを突き止めていた。
ロビーはミシガンへ行き、スリムの済む家を発見した。ロビーからスリムの居場所を聞いたミッチは、ミシガンヘ向かう。ミッチに暴行を受け、ロビーに追われたスリムだが、何とか逃亡した。スリムは弁護士のトラーに相談するが、もう遅すぎて助けることが出来ないと告げられる。法律も警察も頼れないと知ったスリムは、グレイシーをジニーに預けた。彼女はミッチの暴力に対抗するため、インストラクターの下で格闘術を学ぶ・・・。

監督はマイケル・アプテッド、脚本はニコラス・カザン、製作はアーウィン・ウィンクラー&ロブ・コーワン、共同製作はジーニー・キム、製作総指揮はE・ベネット・ウォルシュ、撮影はロジェ・ストファーズ、編集はリック・シェイン、美術はダグ・クレイナー、衣装はシェイ・カンクリフ、音楽はデヴィッド・アーノルド。
出演はジェニファー・ロペス、ビリー・キャンベル、ジュリエット・ルイス、ダン・ファターマン、フレッド・ウォード、ノア・ワイリー、テッサ・アレン、ジャネット・キャロル、ビル・コッブス、クリストファー・メイハー、ブルース・A・ヤング、ブルース・フレンチ、ルーベン・マデラ、ダン・マーティン、ジェフ・コーバー、ブレント・セクストン他。


『悪魔を憐れむ歌』『アンドリューNDR114』のニコラス・カザンが脚本を書き、『ネル』『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』のマイケル・アプテッドが監督を務めた作品。
スリムをジェニファー・ロペス、ミッチをビリー・キャンベル、ジニーをジュリエット・ルイス、ジョーをダン・ファターマン、ジュピターをフレッド・ウォード、ロビーをノア・ワイリー、グレイシーをテッサ・アレン、ミッチの母をジャネット・キャロル、トラーをビル・コッブスが演じている。

この映画は、完全にジェニファー・ロペスの女王様映画として作られている。どういうことかというと、ジェニファー・ロペスだけが目立てば良いという考えに基づいて作られているということだ。
だから脇の連中は、全く目立たない。ジュリエット・ルイスやフレッド・ウォードは特別出演の如き扱いで、ヒロインの恋の相手ダン・ファターマンも大したことはしていない。悪玉のビリー・キャンベルでさえ、悪役としての凄みが全く見られず、最初から最後まで小物感を露呈している。

ジェニファー・ロペスは主演スターになって以降、女王様になろうとする志向が強くなっているように感じられる。まあ私生活での様々な振舞いも「いかにもエゴイスティックな女王様」という感じだが、主演映画でも、その傾向が強くなっていると感じる。
彼女にはデミ・ムーアの後継者になれる素質があると、私は思っている。
そんな素質、要るかどうかは知らんけど。

で、この映画で脇の連中をどうでもいい扱いに抑えた女王様が何をやっているのかというと、終盤までは一方的に暴力を受けたり逃げ回ったりしているだけなのである。
ところがジェニファー・ロペスという人は、苛められて耐え忍ぶという姿が、全く似合わないのだ。終盤、夫を半殺しにしておいて「人を殺せない」とメソメソするのも、全く似合わない。

何しろジェニファー・ロペスなので、最初から強い女に見えてしまう。暴力を受けても我慢している、耐えているという姿は、全く馴染まない。暴力で対抗しないにしても、他の方法で反撃しそうに見える。
例えば、ヒロインは本当は強いのだが、「2度とケンカをしないように」という母の願いが込められたペンダントを持っているので暴力の行使を自ら禁じている、という設定なら分かるけれど(それは『ドラゴン危機一髪』だ)。

この女王様はオツムが弱いらしく、暴力夫が眠っている深夜に娘を連れて家から逃げ出そうとする。しかし冷静に考えれば、昼間なら夫は仕事に出掛けているわけだし、その間に逃亡を図った方が成功の可能性は高いように思うぞ。
逃亡に成功した後も、女王様は安易に姑や夫に電話を掛けて、あっさりと逆探知で居場所を発見されている。
さすがに最後まで暴力を受けっぱなしで、ひたすら逃げ回っている内に話を終わらせるわけではない。終盤になって、女王様は反撃に出る。それも、「目には目を」のハムラビ法典方式で、暴力に対して暴力で反撃するのだ。
ただ、これが仁侠映画なら「耐え忍んで最後に爆発」でいいんだが、ヒロインが最初からタフでたくましい女という設定ではないので、そのパターンは成立しない。

暴力で反撃する気になっても実力が伴わないので、女王様は終盤に入って強くなるための訓練を積む。
彼女が選んだのは、イスラエルの実戦護身術「クラヴ・マガ」。FBIや空軍特殊部隊などが採用しており、TVドラマ『エイリアス/2重スパイの女』のヒロインもクラヴ・マガを習得したという設定だった。
このクラヴ・マガを教えるインストラクター役がブルース・A・ヤングなんだが、これまた他の脇役連中と同じく、どうでもいいような扱いになっている。
ここはヒロインを強い女に鍛える師匠なんだから、それだけ「圧倒的に強い奴」としての存在感が欲しいところ。クラヴ・マガを支持しているバス・ルッテン辺りにでもやってもらえば良かったのに。

女王様はトレーニングを積むのだが、その期間はわずかに1ヶ月。そんな短い期間で、彼女は暴力夫を叩きのめして勝利する。期間が短いだけでなく、訓練の描写も薄いこと薄いこと。
その訓練シーンをもっと多くして、「修行を積みながらも夫からの暴力は続いていて、だけど最後は強くなって倒す」という形の方が良かったんじゃないの。
そんでもって、修行の一環としてワックスを掛けたり塀を塗ったりして、最後は鶴の構えからのキックで勝利すると。
師匠はもちろんノリユキ・パット・モリタ(それは『ベスト・キッド』だ)。

あるいは、せっかくフレッド・ウォードが出演しているんだから、彼に師匠役をやってもらえば良かったかも。そんでもって、彼がかつて暗殺組織に属していた時に師匠のチュンから学んだ韓国の秘術シナンジュを教えて、ヒロインが銃の弾丸さえ回避することの出来る女性に変身するということで。
タイトルは『レモ/第2の人生』か何かで。

さて、短期間の訓練で急激に強くなったらしい女王様は、いよいよダンナを倒しに行く。その際、彼女はジニーと示し合わせ、ある作戦を立てる。それは「ダンナに呼び付けられ、襲われたので反撃したら死んでしまった」と正当防衛を偽装するという内容だ。
だけどさ、そんな罠を仕掛けるなら、格闘術を学ぶ必要は無いんじゃねえの。普通に拳銃で撃っても、正当防衛になるんじゃねえの。


第23回ゴールデン・ラズベリー賞

ノミネート:最低主演女優賞[ジェニファー・ロペス]
<*『イナフ』『メイド・イン・マンハッタン』の2作でのノミネート>


第25回スティンカーズ最悪映画賞

ノミネート:【最悪の主演女優】部門[ジェニファー・ロペス]

 

*ポンコツ映画愛護協会