『ワールド・イズ・ノット・イナフ』:1999、アメリカ&イギリス
イギリス諜報部のジェームズ・ボンドは、スペインのスイス興業銀行ビルバオ支店を訪れた。しかし、彼には石油王ロバート・キング卿の書類を奪い、エージェントを殺害した犯人を見つけるという目的があった。しかし何者かに銀行の連中が殺害されたため、ボンドはキング卿の金が入ったブリーフケースを持って逃亡した。
ロンドンのMI−6本部に戻ったボンドは、キング卿にブリーフケースを渡す。だが、紙幣に仕掛けがしてあったため、本部で爆破事件が起きてしまう。ボンドは襲撃してきた女殺し屋を追い詰めて黒幕の名を吐かせようとするが、彼女は爆死を選ぶ。
スコットランドに移動したボンドは、以前に起きたキングの娘エレクトラの誘拐事件に着目する。その時の身代金と、ブリーフケースに入っていた金が同額だったのだ。誘拐犯は無政府主義者のレナードで、009に撃ち込まれた弾丸が脳に残っており、いずれ死ぬ運命にあったが、それまでは痛みを感じない無敵の状態となっていた。
誘拐されたエレクトラは自力で脱出に成功しており、ボンドは次に彼女が狙われると考える。彼はアゼルバイジャンに飛び、父の後を継いで石油パイプライン建設を進めているエレクトラに会う。警護を断られたボンドだが、雪山へ向かうエレクトラに同行する。そしてボンドは、パラホークによる襲撃を受けたエレクトラを助ける。
カジノでKGBのズコフスキーに接触したボンドは、今回の一件にロシア原子力エネルギー研究所が関係していることを知る。ボンドはロシア原子力省のアルコフ博士に成り済まし、カザフスタンの核兵器試験場へと向かった。
ボンドは核弾頭を持ち出そうとしていたレナードを発見するが、現場監督に動きを制止されてしまう。レナードと彼の仲間達が銃撃してきたため、ボンドは現場で作業をしていたクリスマス・ジョーンズ博士を連れて、爆発する試験場から脱出する。
ボンドはレナードとの会話から、エレクトラが彼と手を組んでいると推測する。ボンドはエレクトラに会って疑惑を指摘するが、強く否定される。レナードが石油パイプラインに核弾頭を仕掛けたため、ボンドはクリスマスと共に現場に向かう。だが、ボンドはクリスマスに爆弾を解除しないよう指示し、わざと爆発を起こさせる。
ボンドの疑惑を否定したエレクトラだが、実はレナードとは恋仲だった。彼女はボンドの死を確信し、Mを連れ去ってレナードの元へ向かう。ボンドはエレクトラの企みに気付き、あえて爆発を起こして自分が死んだように見せ掛けたのだ。ボンドは監禁されたMを救出するため、イスタンブールのボスポラス海峡へと向かった…。監督はマイケル・アプテッド、原案はニール・パーヴィス&ロバート・ウェイド、脚本はニール・パーヴィス&ロバート・ウェイド&ブルース・フィアスティン、製作はマイケル・G・ウィルソン&バーバラ・ブロッコリ、撮影はエイドリアン・ビドル、編集はジム・クラーク、美術はピーター・ラモント、衣装はリンディ・ヘミング、特殊効果監修はクリス・コーボールド、スタント・コーディネイターはサイモン・クレーン、第二班監督はヴィク・アームストロング、音楽はデヴィッド・アーノルド、主題歌はガーベイジ。
主演はピアース・ブロスナン、共演はソフィー・マルソー、ロバート・カーライル、デニース・リチャーズ、ロビー・コルトレーン、ジュディ・デンチ、デズモンド・リュウェリン、ジョン・クリース、マリア・グラツィア・クチノッタ、サマンサ・ボンド、マイケル・キッチェン、コリン・サルモン、ゴールディ、デヴィッド・カルダー、セレナ・スコット・トーマス、ウルリッヒ・トムセン他。
5代目ジェームズ・ボンドをピアース・ブロスナンが演じる007シリーズ第19作。エレクトラをソフィー・マルソー、レナードをロバート・カーライル、クリスマスをデニース・リチャーズ、ズコフスキーをロビー・コルトレーン、Mをジュディ・デンチが演じている。アンクレジットだが、カジノのシーンではチラッと森川美穂が映っている。
Qを演じるデズモンド・リュウェリンは、撮影終了後に事故死したため、これが遺作となった。また、今回はQの後継者としてジョン・クリース演じるRが登場している。
なお、日本の劇場公開版では、エンドロールで流れる曲をルナ・シーの曲に差し替えるという暴挙に出て、大勢の人々からヒンシュクを買った。エアバッグ付きのコートや潜水&陸上走行可能なボートなど、秘密兵器はたくさん出てくるが、全体的にトンデモ度数は高くない。笑っていのかどうか迷ったのが、ボンドがロシア人科学者に成り済ますというシーン。それ、普通はバレるだろ。
ボンドにコミカルさをプラスするのは構わないが、カッコ悪くするのは違うと思う。ボンドは等身大の身近なヒーローになる必要は無い。彼は常にカッコ良くてスマートなスーパーヒーローであるべきなのだ。そうでないなら、ジェームズ・ボンドである意味が無い。ボンドがエレクトラに確信に近い疑念を持ってから、エレクトラが本性を表すまでに、間を取るのはどうかと思う。エレクトラがシリアスな態度で否定したところで、その時点で観客は彼女がレナードとグルだと確信してしまうはずだ。だったら、ボンドがエレクトラの元へ向かったと同時にエレクトラがMを連れ去るぐらいのタイミングで良いのでは。
どうやら今回、製作サイドは新機軸を打ち出したかったようだ。アクション映画が得意とは言えないマイケル・アプテッド監督の起用も、その表れだろう。今まではボンドガールといえば新進女優や売り出し中の女優が演じるのが定番だったが、今回は既に充分なキャリアを積んでいるソフィー・マルソーを起用しているのも、その表れだろう。今回は、荒唐無稽な娯楽アクション大作としての面白さを追及するだけでは満足せず、深みのあるドラマとしての充実度を考えたようだ。だからボンドガールのエレクトラを華やかさや彩りとしての存在ではなく、もっと物語の中心に据えているわけだ。
しかし、そうすることで、肝心の敵ボスであるレナードの存在感が、めっきり薄くなっている。かなり個性の強いキャラクター設定があるレナードだが、エレクトラを重要視するシナリオの犠牲となっており、敵ボスとしての存在感の大きさは示せていない。そのため、どうしてもクライマックスのアクションでも盛り上がりに欠ける部分がある。本来は悲劇のヒロインとならねばならないはずのエレクトラだが、ボンドは彼女の哀しみを受け止めようとせず、冷酷に撃ち殺す。これにより、フェミニストとしてのボンドが消滅する。そんなキャラクターの変更は要らない。エレクトラが死ぬのは分かるが、そこはレナードが邪魔になった彼女を射殺するような形ではダメだったのか。
しかし、そもそもストックホルム症候群になったエレクトラの悲劇性が、全く見えてこないというところに問題がある。エレクトラは、新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストの娘のようなキャラクター設定だが、洗脳された女として同情を寄せることが出来ない。ボンドの首を締め付けて喜ぶなど、エレクトラが単なるキチガイの怖い女になっている。可愛そうな女の匂いが無い。レナードとエレクトラの主従関係も、本来ならばレナードが主になっていなければならないはずだが、完全に立場が逆になっている。
エレクトラが拷問用のイスを使ってボンドを甚振る辺りは、彼女が敵ボスの役割も果たしている。しかし、最後にボンドと戦うのはレナードなので、やはりエレクトラはボスではない。その辺り、どうもキャラクターのポジショニングが中途半端だ。ボンドは、ボンドガールとはその場の恋愛を楽しむというのが今までの定番だったが、今回のエレクトラに対しては、かなり本気の恋愛をボンドにさせようとしている。
しかし、厚みのあるドラマを持ち込んでおきながら、結局はアクションを中心にしているので、厚みあるドラマの扱いが弱くなるというバランスの悪さが生まれている。エレクトラの扱いを大きくしておきながらも、ボンドガール2人制というパターンは守るので、もう1人のボンドガールであるクリスマスの存在が、めっきり薄くなっている。ハッキリ言って、彩りにさえなっていないのではないかと感じてしまう。お色気担当がクリスマスなのかと思ったが、セクシー描写もエレクトラの方が圧倒的に多い。
で、そのクリスマス、核研究の権威という設定だが、演じているのはデニース・リチャーズ。
男嫌いという設定だが、演じているのはデニース・リチャーズ。
んなアホな。
で、砂漠でヘソ出しタンクトップとショートパンツという格好。
どういうギャグなんだか。あまりにエレクトラという女性を描くことを重視したために、ワルの目的が薄くなっている。もっと早い段階で、いっそ最初からエレクトラがレナードと組んでいることを明かしておけば、もっと分かりやすいアクション娯楽大作になっていただろう。
第18回ゴールデン・ラズベリー賞
ノミネート:最低作品賞
ノミネート:最低監督賞[ルイス・ロッサ]
ノミネート:最低脚本賞
ノミネート:最低主演男優賞[ジョン・ヴォイト]
ノミネート:最低スクリーンカップル賞[ジョン・ヴォイト&アニマトロニクスによるアナコンダ]
ノミネート:最低新人賞[アニマトロニクスによるアナコンダ]
第20回スティンカーズ最悪映画賞
ノミネート:【最悪の助演男優】部門[ジョン・ヴォイト]
ノミネート:【最も苛立たしいインチキな言葉づかい】部門[ジョン・ヴォイト]
<*『アナコンダ』『クロスゲージ』の2作での受賞>