『モービウス』:2022、アメリカ
コスタリカ、死の山(セロ・デ・ラ・ムエルテ)。マイケル・モービウスは傭兵団を率いてヘリコプターで降り立ち、洞窟の前に罠を設置するよう指示した。洞窟の奥には、吸血コウモリの群れが潜んでいた。傭兵団の隊長が報酬の支払いを要求すると、マイケルは「払うからナイフを渡せ」と告げた。ナイフを受け取った彼は、左手の掌を切って血を出した。彼が掌を洞窟に向けてかざすと、コウモリの群れが一斉に飛び出した。傭兵団が急いで退避する中、マイケルは全く動じず群れに囲まれた。
25年前、ギリシャ。マイケルが入院している病院に、ルシアンという少年が新たな患者としてやって来た。医師のエミール・ニコラスは、ルシアンにマイケルのことを「私より長く病院にいる」と紹介した。隣のベッドになったルシアンを、マイケルは「マイロ」と呼ぶ。彼は隣になった患者を、全てマイロを呼んでいた。マイケルはマイロに、「DNAの何かが欠けてる。治療法が見つかるまでは毎日3回、血液を交換しないと死ぬ」と説明した。マイロが窓の外に目をやると、学校に通う同世代の少年たちが遊んでいた。マイケルは外に出るなと忠告し、「味方は少数、敵は大勢だ」と口にした。
マイロの病状を安定させるための装置が故障し、マイケルは慌てて看護師を呼んだ。しかし一向に来る気配が無いので、彼はボールペンを使って装置を修理した。それを知ったニコラスは、「君には才能がある。ニューヨークにある優秀な学校に、君なら学費免除で通える」と告げる。マイケルはマイロに「僕が治療法を見つける」と書いた手紙の折り紙を残し、病院を去った。マイケルは19歳で博士号を取得し、血液病研究の権威となった。彼は人工血液を開発し、大勢の命を救った。
ニューヨーク。マイケルはホリゾン社のラボで、同じ病気を抱える少女のアナと会話を交わした。彼はマイロの出資を受け、密かに人間とコウモリのDNA合成を研究していた。助手のマルティーヌ・バンクロフトは水槽にいるコウモリの群れを発見し、秘密の研究について追及した。マイケルは平然と対処し、「吸血コウモリの唾液には、血の凝固を防ぐ成分がある。そのDNAを移植できれば、同じ成分が得られて病気が治る」と説明した。
マルティーヌはリスクの高さを理由に反対するが、マイケルは「常識を覆さないと科学は成り立たない」と主張した。彼はキメラ細胞をマウスに注射し、細胞結合テストを繰り返していた。アナの病状が急変したため、マイケルは看護師のクリステン・サットンに薬を投与させた。その直後、マイケルはマウスの実験に成功した。彼はマイロの元へ行き、「あと一歩で治療が可能になるが、倫理的に問題があるし、合法とは言えない」と語る。彼が「国際水域なら逮捕されない」と言うと、マイロは協力を快諾した。
マイロは大型貨物船を手配し、マイケルとマルティーヌは傭兵団と共に東海岸沖の国際水域へ出向いた。マイケルは自らを実験台にして、マルティーヌにキメラ細胞を注射してもらった。すると彼は超人的な身体能力で暴れ出し、発砲する傭兵団を次々に襲った。傭兵団を全滅させて血を吸ったマイケルは、眠りに落ちた。しばらくして目を覚ました彼は、倒れているマルティーヌの無事を確認した。監視カメラの映像を見たマイケルは、沿岸警備隊に無線で救助を要請した。彼は監視カメラのデータを消去し、薬品を持って逃亡した。
FBI捜査官のサイモン・ストラウドとアルベルト・ロドリゲスが貨物船に乗り込み、現場検証を行った。テレビのニュースで事件を知ったマイロは、マイケルの関与を悟った。ホリゾンに戻ったマイケルは、袋に入った人工血液を一気に飲み干した。彼は超人的な身体能力と、コウモリの感知能力である反響定位を会得したことを理解した。しかし人工血液の効果が続くのは6時間で、持続時間はどんどん短くなることも理解した。分析の結果、マイケルは人工血液ではダメだと確信した。
マイケルは「人工血液を使わず、人の血も飲まずにいたらどうなるのか」という実験を開始した。そこへマイロが来ると、マイケルが衰弱して苦しんでいた。彼はマイロに頼んで人工血液を持って来てもらい、一気に飲み干した。「治療法を見つけたんだな」とマイロが喜ぶと、マイケルは「恐ろしい過ちを犯した」と漏らす。マイロが「過ちは誰にでもある。僕にも人工血液をくれ」と言うと、彼は「ダメだ。人を殺した」と語った。
マイロは「どうせクズの傭兵どもだ。僕が揉み消す」と告げると、マイケルは「何も分かってない。制御できないんだ」と話す。マイロが「自分だけ生きて、僕には死ねと言うのか」と言うと、彼は「これは呪いだ。お願いだから帰れ。ここは危険だ」と口にする。マイロが「追い出すな、頼むから」と言うと、マイケルは怒鳴って追い出した。ストラウドとロドリゲスは入院中のマルティーヌを訪れ、傭兵団の遺体の写真を見せた。何があったのか質問されたマルティーヌは、良く覚えていないと証言した。
夜、クリステンは何者かに襲われ、血を吸われて殺された。アナの病室で翌朝を迎えたマイケルは廊下に出て、クリステンの死を知った。彼は人工血液を持って出て行こうとするが、ストラウドとロドリゲスに見つかった。クリステンの遺体が見つかったという知らせを受けた彼らは、マイケルに同行を要請した。マイケルは暴れて逃亡を図るが、捕まってマンハッタン拘置所に収監された。ストラウドたちは彼に、「傭兵は犯罪者なので、どうでもいい。だが看護師は双子を抱えたシングルマザーだ。話が違う」と言い、なぜ殺したのかと尋ねた。マイケルは「答えられない」と言い、「自分に何をした?」という質問に「話せれば話す」と答えた。
人工血液が証拠品として押収されたことを聞かされたマイケルは、必死で怒りを抑え込んだ。マイケルは拘置所に戻され、マイロが弁護士として面会に来た。「容疑は殺人だが、覚えが無い」とマイケルが言うと、マイロは「君に殺しなど出来るはずがない。どんな手を使ってでも出してやる」と告げる。彼は血清を残し、その場を去った。マイケルは血清を一気に飲んで変身し、壁を突き破って逃走した。マイロ売店で新聞を購入し、「吸血殺人鬼博士が逮捕」という記事を見た。店主が「化け物だな」と口にすると、マイロは「彼を知らないだろ」と言う。店主が「その写真を見れは分かる」と語ると、彼は「見た目で判断するな」と変身して襲い掛かった。
マイケルはマイロを見つけ、「警告したのに、あの血清を持ち出したのか」と詰め寄った。マイロは「何もせずに死ねと言うのか」と反発し、マイケルが「化け物になることから、君を守ろうとした」と告げると「君は化け物じゃない。看護師を殺したのは僕だ。最初は何も分からず、衝動を制御できないからな」と悪びれずに語った。マイロは「今の僕たちは何でも出来る。楽しもう」と言い、マイケルか「今の君は別人だ」と話すと「元に戻りたくない。邪魔するな」と特殊能力で吹き飛ばした。マイロは逃亡し、マイケルは後を追い掛けて取り押さえようとする。2人が地下鉄の構内で争っていると、警官隊が駆け付けた。
マイロは警官隊を全滅させ、マイケルに襲い掛かった。マイケルは現場から逃亡し、マルティーヌに接触した。彼は「私は看護師も警官も殺してない。マイロが血清を使った。彼は危険だ。止めるには君の力が必要だ」と説明した。マルティーヌはマイケルの話を信じ、彼に指示されて必要な道具をホリゾンのラボへ取りに行くことにした。マイケルは偽札を使っている一味の会話を聞き、後を追った。彼は一味を脅して偽札工場から追い出し、印刷機械を改造した。マイロはホリゾンのラボでマルティーヌを待ち伏せし、マイケルの居場所を尋ねた。マルティーヌが「知らない」と嘘をつくと、彼は「少数でも大勢と戦うと伝えてくれ」と告げて立ち去った…。監督はダニエル・エスピノーサ、映画原案&脚本はマット・サザマ&バーク・シャープレス、製作はアヴィ・アラッド&マット・トルマック&ルーカス・フォスター、製作総指揮はジャレッド・レト&ルイーズ・ロズナー&エマ・ラドブルック、共同製作はバリー・セント・ジョン、製作協力はピエトロ・スカリア&ベニ・ハーディマン、撮影はオリバー・ウッド、美術はステファニア・セラ、編集はピエトロ・スカリア、衣装はシンディー・エヴァンス、視覚効果監修はマシュー・バトラー、音楽はジョン・エックストランド。
出演はジャレッド・レト、マット・スミス、アドリア・アルホナ、タイリース・ギブソン、ジャレッド・ハリス、アル・マドリガル、マイケル・キートン、ザリス=エンジェル・ヘイター、ジョー・フェレーラ、チャーリー・ショットウェル、ジョセフ・エッソン、ジェイソン・レニー、アリアン・モーヴェン、クリストファー・ルーリダス、オリヴァー・ボダー、トム・フォーブス、クララ・ロサヘル、コーリー・ジョンソン、ローラン・ベル、ベントレー・カルー、ジョアンナ・バーネット、ファーミン・ガレアノ、マイア・スカリア、アーチー・ルノー、ジョジョ・マカリ他。
「ソニーズ・スパイダーマン・ユニバース」シリーズの第3作。
監督は『チャイルド44 森に消えた子供たち』『ライフ』のダニエル・エスピノーサ。
脚本は『キング・オブ・エジプト』『ラスト・ウィッチ・ハンター』のマット・サザマ&バーク・シャープレス。
マイケルをジャレッド・レト、マイロをマット・スミス、マルティーヌをアドリア・アルホナ、ストラウドをタイリース・ギブソン、ニコラスをジャレッド・ハリス、ロドリゲスをアル・マドリガルが演じている。マーベル・スタジオのマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)が大当たりして長く続くシリーズに発展したことを受けて、他の会社も二匹目のドジョウを狙ってユニバース構想を打ち出した。
ワーナー・ブラザースのDCエクステンディッド・ユニバースと、ユニバーサル・ピクチャーズのダーク・ユニバースである。
しかしDCエクステンディッド・ユニバースは3作目までの評価が芳しくなく、4作目の『ワンダーウーマン』で命拾いしたものの、当初の構想から大幅な修正を余儀なくされた。
ダーク・ユニバースに至っては、1作目の『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』が酷評を浴びて大コケし、シリーズ化が完全に潰れてしまった。そんな中、コロンビア・ピクチャーズがマーベルと組んで新たにスタートさせたのが、「ソニーズ・スパイダーマン・ユニバース」だ。
MCUに登場するスパイダーマンを軸にして、そこに関わるキャラクターを主役に据えた作品を製作する構想だ。
1作目と2作目は主役がヴェノムだったが、この3作目ではモービウスを登場させたわけだ。
『ヴェノム』はシリーズとしての意識がそれほど強くなかったので、DCエクステンディッド・ユニバースやダーク・ユニバースの失敗から学んだのかと思った。しかし本作品を見る限り、そういうわけでもなかったようだ。ヴェノムはスパイダーマンと戦う凶悪なヴィランのはずだが、それだと主人公として描くのは難しいってことなのか、『ヴェノム』ではタークヒーローとして設定された。しかし、ダークヒーローとしてもヌルいことになっていた。
今回のモービウスも、ヴィランのはずだが、ダークヒーローとして扱われている。8人の傭兵を惨殺しているが、「クズどもだから」という理由を用意して罪を問わない。
マイケルは口では「過ちを犯した」とか言うけど、そんなに罪悪感を抱いているようには見えない。実際、貨物船からホリゾンに戻った時も、殺人への罪悪感に苛まれる様子は皆無で、手に入れた身体能力に興奮しているし。
「ここは危険だ」とか「これは呪いだ」とかいうマイロへの言葉も、上っ面だけの言い訳にしか聞こえない。ジャレッド・レトは『スーサイド・スクワッド』のジョーカー役でツキの無さを感じさせたが、今回も外れを引いた形になった。
ライアン・レイノルズと同じく、アメコミ映画との相性が悪いのかもしれない。
ただ、ライアン・レイノルズは『ブレイド3』『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』『グリーン・ランタン』『ゴースト・エージェント/R.I.P.D.』と外れが続いたものの、『デッドプール』でV字回復した。
なので、いつかジャレッド・レトも当たりのアメコミ映画を引くことが出来るかもね。マイケルが19歳で博士号を取得し、血液病研究の権威となったことが説明されるシーンで、彼はスウェーデン国王から表情される場所にいる。そこからカットが切り替わると、マイケルはアナから国王をコケにしたのかと問われている。そしてテレビのニュースでは、彼がノーベル賞を辞退したことが語られる。
ってことは、あの表彰はノーベル賞の授与式だったわけだね。
そこまで出向いておきながら受賞を自体するって、どういうことだよ。「失敗した研究の副産物で賞は貰えない」とマイケルは話すけど、辞退するなら現場に行かなきゃいいだろ。
本人が「性格に問題がある」とは言っているけど、スウェーデン国王やノーベル賞財団ヘの嫌がらせみたいな行動を取っている意味がサッパリ分からんよ。時系列を入れ替えて、死の山のシーンから始めている意味を感じない。この時点では、まだモービウスは特殊能力を持っているわけではない。
コウモリの群れを捕獲する行動が描かれるのだが、そこから始めるほど重要性が高いとも思えないし、それだけのインパクトがあるとも思えない。
後から冒頭シーンに戻って来るような構成ではなく、水槽にコウモリの群れがいるシーンが描かれた時に「冒頭シーンで捕まえたんだろうな」ってことが推測される形だ。たぶん時系列順で構成するとコウモリを捕まえに行くシーンを描くタイミングが難しくて、だから冒頭に持って来たんじゃないかと推測される。
ただ、極端なことを言っちゃうと、もはやコウモリを捕まえるシーンを丸ごとカットしてもいいぐらいなんたよね。クリステンの遺体を見たマイケルは、「自分が殺してしまった」と感じている。でも、これがミスリードで犯人がマイロなのは、その時点でバレバレになっているんだよね。
だってさ、その前夜にクリステンが襲われるシーンで、犯人の正体を描いているんだから。
その段階では、まだ人工血液でコウモリ人間化しているのはマイケルだけだ。だから、普通にマイケルの姿を見せればいいはずで。
わざわざ隠すってことは犯人はマイケルじゃなくて、じゃあ他に誰がいるのかと考えたらマイロしかいないわけでね。序盤、マイロか手紙を奪った子供に起こって殴り掛かる様子が描かれているが、たぶん後半の「マイロがヴィランになる」という展開に向けての布石のつもりなんだろう。
序盤で「暴力への衝動が強い性格」ってのを示して、「だからヴィランになる」という流れにしているつもりなんだろう。
だけど、マイロのヴィラン化に説得力を持たせるための設定もドラマも、まるで足りていないよ。
そこが弱いから、「親友だったマイケルとマイロが戦う」という展開にも、まるで気持ちが高まらない。あと、マイロが安易にヴィラン化しちゃうのなら、いっそのことマイケルに看護師殺しの罪を着せる形にしちゃえばいいんじゃないかとも思うんだよね。
だけどマイロはマイケルに血清を差し入れして、逃亡の手助けをする。
その後、マルティーヌを張り込んだりマイケルの居場所を突き止めたりするけど、特に何か行動を起こすことは無い。
じゃあ自分から手を出す気は無いのかと思いきや、マルティーヌを襲ってマイケルをおびき寄せる。
その行動は、デタラメなだけにしか思えないぞ。モービウスというダークヒーローは既視感を抱かせる特徴を寄せ集めたようなキャラクターで、あまり新鮮味は無い。
「血を吸わないと苦しんで死ぬ」ってのはドラキュラだし、コウモリと仲良しなのはバットマンを連想させる。怪力を発揮したり高速移動したりするのは、スーパーヒーローなら良くあることだ。
特殊能力を使う時には体から煙が湧き出るような特殊効果が付いたり、スローモーション映像を使ったりしているけど、それも特に魅力的だとは感じない。
反響定位は他のヒーローに無い特殊能力のように思うけど、それも上手く活用できるいるとは言い難いし。この映画からは、「まずユニバースありき」という意識が感じられる。
1本の単独作品としての完成度だけを高めるのではなく、その後のユニバース構想に繋げるための内容を求められている。
それがキャラクター描写やストーリー展開に悪影響を及ぼしている。
『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』でも映画のラストでピーター・パーカーとJ・ジョナ・ジェイムソンを登場させて、「ソニーズ・スパイダーマン・ユニバース」既に感じられる部分はあったが、さらに強くなっている。クロージング・クレジットの途中には、2つのシーンが挿入される。
1つ目は、マンハッタン刑務所の空いていた監房にエイドリアン・トゥームスが出現して釈放されることになるシーン。
2つ目は、マイケルがヴァルチャーに呼び出された場所に赴いて「ここに来たのは、スパイダーマンが絡んでる。俺たちが手を組めば、いいことが出来る」と誘われ、「面白い」と乗り気になるシーンだ。
これによって、今後の展開に繋げようとしているわけだ。エンディングでヴァルチャーが登場するだけでなく、今後のシリーズにはクレイブン・ザ・ハンターが主役を張る映画も含まれている。
ようするに、ヴィランによる犯罪組織「シニスター・シックス」を結成させたくて、そこに向けた布石を打とうとしているんだろう。
でも、今回のモービウスはマイロを倒すクライマックスまで、明らかにダークヒーローとして動かされていた。それなのに、その直後のシーンでヴァルチャーの誘いに乗り気になるって、どういうことだよ。なんで急にヴィランへ傾くんだよ。
あとさ、マイケルは同じ病気を抱えるアンという少女を救おうとしていたけど、最終的に彼女の存在って完全に忘れ去られてるよね。(観賞日:2024年3月3日)
第43回ゴールデン・ラズベリー賞(2022年)
受賞:最低主演男優賞[ジャレッド・レトー]
ノミネート:最低作品賞
受賞:最低助演女優賞[アドリア・アルホナ]
ノミネート:最低監督賞[ダニエル・エスピノーサ]
ノミネート:最低脚本賞