『ブラック・ファイル 野心の代償』:2016、アメリカ

ピアソン製薬の開発した新薬によって3名の死者が出たことを受け、訴訟が起きていた。臨床試験のデータ偽装に関する食品医薬局の調査で証拠は出ていないが、薬の影響であることは認定された。ピアソン製薬のCEOを務めるアーサー・デニングは、若い恋人のエミリー・ハインズから「しばらくロンドンへ行きましょう」と誘われる。しかしアーサーは「逃げれば有罪を認めるようなものだ」と告げ、その誘いを断った。本社へ戻った彼は側近から「発覚したのは一部です」と言われ、「それで済むはずがない」と述べた。
アーサーが帰宅するとエミリーの姿は無く、携帯電話に彼女の写真と「この女を12時間後に殺す」というメッセージが送られてきた。彼は「要求は何だ?」と送信するが、エラー表示が出た。アーサーはFBIへの連絡を嫌がり、警備担当のジョー・ビルソンは民間組織で誘拐事件を処理しているジェーン・クレメンテを呼び寄せた。アーサーの元には、犯人から「お前は犯罪者だ。250万ドルを用意しろ」というメッセージが届いた。
犯人は明日の午後1時、オクタヴィア・ギャラリーに来るようアーサーに要求していた。ジェーンはスナイパーの用意を持ち掛けるが、アーサーは「穏便に事を済ませたい」と断った。翌日、アーサーはギャラリーへ赴き、ジェーンとジョーが近くで張り込んだ。ジェーンはイヤホンを通じ、アーサーに指示を出す。アーサーが絵を見ていると、1人の男が歩み寄って話し掛けた。アーサーはジェーンの指示を無視し、男を殴り倒した。彼が「エミリーはどこだ?」と凄むと、男は「何のことだ?」と困惑の表情を浮かべた。
1週間前。弁護士のベン・ケイヒルは裁判で11連勝するが、まるで喜んだ様子を見せなかった。同僚のダグ・フィールズから「この1年、働き詰めだ。家庭が大変だったのは分かるが、それじゃあ傷は癒えないぞ。シャーロットも寂しがる。早く家に帰れよ」と言われても、彼は仕事を続けた。夜遅くになってベンが帰宅すると、看護師をしている妻のシャーロットは「これからシフトなの」と出勤した。ベンがバソコンで仕事をしていると元カノのエミリーから友達申請のメッセージが届いたので、彼はリクエストを承認した。
次の朝、ベンはダイナーでダグと会い、エミリーの友達申請について話す。「お前に振られて自殺騒ぎ。やり方の汚い女だ」とダグは告げ、アーサーが承認したと聞いて「奥さんを傷付けるな」と注意する。アーサーは「シャーロットとは良好だ」と言うが、事実は違っていた。彼はギフォーズの元を訪ね、相続訴訟の報酬を渡す。アーサーの担当した訴訟では、ギフォーズがファイルの情報を書き加えていた。「いつかズル無しで勝てるといいな」と言われたアーサーは、「ズルじゃないさ。正義が勝つ限りは」と述べた。
アーサーはエミリーからのメッセージを受け取り、バーで10年ぶりに会った。エミリーは「まるで合わない男と付き合ってる。相手ほど本気になれなくて。だから貴方に会いに来たけど、結婚指輪をしてた」と語り、「今、幸せ?」と問い掛ける。「会うべきじゃなかった」と彼女が帰ろうとすると、アーサーは「身構える必要は無い。話をするだけだ」と引き留めた。「それは無理よ」とエミリーが店を出ると、アーサーは後を追って「悩みを話してみろよ」と告げた。
エミリーは「上司と付き合ってる。ピアソン製薬のアーサー・デニング」と打ち明け、「付き合わないとクビにすると」と脅されて関係が始まったことを話す。彼女が「パソコンに臨床試験のデータがある。死者は268人だけど、彼が気にするのは業績だけ」と言うと、ベンは情報を流すよう求めた。彼は他人が漏らしたように偽装すると約束し、「俺が力を貸す。君を助けたい」と告げる。エミリーはハンナという偽名で借りている部屋にベンを連れて行き、パソコンのデータを見せる。アーサーはオフショア口座に数億ドルを隠しており、ベンは医者への賄賂だと確信した。エミリーからセックスを求められたベンは誘惑に負けそうになるが、「俺には無理だ」と断って部屋を後にした。帰宅したベンは、シャーロットに「ダグと一緒だった」と嘘をついた。
次の日、弁護士事務所へ出勤したベンは、役員のリチャード・ヒルにアーサーのデータ偽装を暴く証拠を掴んだと語った。ヒルは「証拠は合法的か?違ったら死ぬまで書類仕事だぞ」と確認し、所長のチャールズ・エイブラムスに話を通した。チャールズは「連中には前にも負けた」と消極的な態度を示すが、ベンは「捏造を裏付ける内部メモを持っている。会社ではなくアーサー個人を訴える」と言う。「このスケールの訴訟で必要なのは大物弁護士だ。君は違う」と告げ、ヒルの下でサポート役を務めるよう促した。しかし「奴と戦いたい」とベンが訴えると、彼は「勝って大金を掴み取れ。出来なければ転職だ」と言って担当を承認した。
2日後の証言録取に間に合わせるため、ベンは事務所の仲間たちに手伝ってもらって資料の整理を始める。ダグは情報源がエミリーだと見抜いて「信用できない。合法的な証拠以外は使えない。あの女と早く手を切れ」と忠告するが、ベンは耳を貸さなかった。エミリーが別名義で借りている部屋の隣人であるエイミーが帰宅すると、謎の男が近付いた。彼はエイミーの写真を見せて、「この女は恋人を知っているか」と問い掛けた。エイミーが「アンタを前にも見た。警察を呼ぶわよ」と脅すと、男は立ち去った。
ベンはシャーロットの機嫌を取るため、クラブへ誘い出した。エミリーから着信が入るが、彼は無視した。ベンがクラブのカウンターに1人でいると謎の男が声を掛け、「手を引いて事務所を去れ」と脅した。アーサーの手下だと確信したベンが「断ったら?」と尋ねると、男は「奥さんの幸せな顔は今日限りだ」と言って立ち去った。クラブにはエミリーが現れ、シャーロットに話し掛けていた。ベンが近付くと、エミリーはシャーロットに「元恋人よ。ベンは立ち直ったみたいね」と告げる。彼女はベンの耳元で、「また電話を無視したら関係をバラすわ」と囁いた。
帰宅したシャーロットは、ベンに「なぜ黙ってたの?他の元カノのことは話したのに」と問い掛ける。ベンが「確かに会話不足だった。あの時以来」と言うと、彼女は「流産した時、貴方は一緒に強くなろう、2人なら大丈夫と約束してくれた」と話す。エミリーは知り合いの男を部屋に呼び、顔を殴らせた。その顔をスマホで撮った彼女は男を追い払い、脅迫メッセージを添えてアーサーに送る。謎の男は教会を訪れ、クローナー医師の「このままでは命を縮める一方です。治療を受けてください」という留守電メッセージを無視した。
ベンはエミリーの部屋を訪れ、薬の瓶を握ったままソファーで死んでいる彼女を発見した。エミリーのスマホを見たベンは、アーサーへの脅迫メッセージを知った。エイミーが訪ねて来たので、ベンは「彼女は留守だ。僕は忘れ物を取りに来た。僕は既婚者で彼女には恋人がいるので、来たことは内緒にしてほしい」と頼んだ。次の朝、ベンはシャーロットに事情を説明した。ベンは「2人のためだ」と言い、訴訟に勝って出世したいと考えていたのだと釈明した。
ベンはシャーロットに「手段を思い付くまでエミリーは放置する」と述べ、解決の糸口を見つけようとオクタヴィア・ギャラリーへ向かう。しかしアーサーに気付かれたので、彼はギャラリーを去った。アーサーは男を殴った後、ジェーンに外へ連れ出された。ジェーンは車にアーサーを乗せて、「相手は美術商よ。もうエミリーは殺されているかも」と諌めた。アーサーはジョーに、「済んだことは仕方がない。何か妙案は無いか?」と問い掛けた。
ベンはギフォーズに電話を掛け、「エミリーのアカウントをハッキングして、俺とのやり取りを削除してくれ」と頼んだ。ギフォーズは「オンラインのチャットは分割保存されている。全部は無理だ。自分のを消せ。俺は彼女のアカウントを乗っ取る」と告げた。ベンは慌ててパソコンに向かうが、証言録取の時間になったので秘書が呼びに来た。エミリーのスマホから着信が入ったので、彼は戸惑いつつも電話に出た。すると向こうから男の声がして、「なぜ出た?」と告げて切れた。
ベンは会議室へ出向き、チャールズたちと共にアーサーや顧問弁護士と対面する。アーサーが「この申し立てを揺るがす新事実が明らかになった。私のパソコンから不法にファイルを入手したな。君に証拠を渡した女はどこにいる?」と言い出したので、ベンは「何のことか分からない」とシラを切る。アーサーはチャールズに、「訴訟に始末を付ける準備は出来ている。原告団に3億ドル、弁護団に1億ドルを送金する」と持ち掛けて立ち去った。チャールズはベンに、「和解と引き換えに、我々は機密保持のサインをして証拠品を返す。刑事告発のリスクも無くなる。証拠の買い戻しだ。金は入る。これで良しとしろ」と告げる…。

監督はシンタロウ・シモサワ、脚本はアダム・メイソン&サイモン・ボーイズ、製作はエレン・ワンダー、製作総指揮はマイケル・T・コーヴェル&トニー・バズビー&アマンダ・セウォード&ダレル・カサリーノ&クリス・ブラウン&フレドリック・ザンダー&フランク・ボン&トマス・エスキルソン&エリック・ブレナー&ゲイリー・プレイスラー&バリー・ブルッカー&スタン・ワートリーブ&マシュー・ミラム、共同製作はライアン・ブラック&ウィリアム・デラニー、製作協力はロリ・マシソン&ヴィンセント・カーディネイル、撮影はマイケル・フィモナリ、美術はベルナルド・トゥルヒーヨ、編集はグレガーズ・ドーン&ヘンリク・カルバーグ、衣装はリズ・ウォルフ、音楽はフェデリコ・フシド、音楽監修はローラ・カッツ&クリス・ピカーロ。
出演はジョシュ・デュアメル、アンソニー・ホプキンス、アル・パチーノ、アリス・イヴ、マリン・アッカーマン、イ・ビョンホン、ジュリア・スタイルズ、グレン・パウエル、マーカス・ライル・ブラウン、リア・マッケンドリック、クリストファー・マークエット、スカイ・P・マーシャル、グレゴリー・アラン・ウィリアムズ、ジェイソン・ギブソン、ネイサン・J・ムーア、クリス・ファンガイ、ジェイデン・ケイン、ミラ・ビヨーン、ニコラス・X・パーソンズ、ジョン・ホートリング二世、アレクサンドラ・ファトヴィッチ、ジェフ・ガルピン他。


『519号室』や『エンジェルの狂気』の脚本を手掛けた日系人のシンタロウ・シモサワが、初監督を務めた作品。当初は脚本のリライトで参加していたが、プロデューサーのエレン・ワンダーから監督に指名されたそうだ。
脚本担当者としてクレジットされているのは、『JIGSAW デッド・オア・アライブ』『ネバダ・バイオレンス』のアダム・メイソン&サイモン・ボーイズ。
ベンをジョシュ・デュアメル、アーサーをアンソニー・ホプキンス、チャールズをアル・パチーノ、シャーロットをアリス・イヴ、エミリーをマリン・アッカーマン、謎の男をイ・ビョンホン、ジェーンをジュリア・スタイルズ、ダグをグレン・パウエルが演じている。

「イギリスで公開された際、第一週の興行収入が97ポンドだったという情報が報じられ、ちょっとだけ話題になった作品だ。
その興行収入は、1スクリーンあたりの観客数に換算すると4人ってことだ。
イギリスだけでコケたわけではなく、本国のアメリカでも酷評を浴びたし、言わずもがなで日本でも全く受けなかった。
これが初共演となったアンソニー・ホプキンスとアル・パチーノだが、「なぜ彼らは出演したのか疑問だ」と映画評論家に言われるような出来栄えの映画である。

時系列をいじって最初にエミリーの誘拐事件を描き、そこから1週間前に遡る構成にしている。
しかし、この構成が効果を発揮しているようには思えない。その後でベンが登場するが、誘拐事件には全く関わっていないし。
時系列を入れ替えることで「犯人は誰なのか」というミステリーは生じるが、エミリーの自作自演だと判明した時に「時系列順に描けばいいんじゃないのか」と思ってしまう。
どうせ前半の内に自作自演なのを明かしちゃうし、そこに重要性があるとも思えんし。

主人公の魅力がゼロなので、彼が事件に巻き込まれて窮地に陥っても「自業自得でしょ」としか思えない。
浮気心満々でエミリーに会っている時点で、既に好感度は無い。「セックスの誘いは断った」というトコでセーフにしたいのかもしれないけど、無駄なあがきだ。
どっちにしても、「出世欲を満たすためにエミリーを利用する」という形になっているし。
そこも「シャーロットのためだった」という言い訳が用意されているが、それで納得できる人は皆無じゃないだろうか。シャーロットが指摘するように、明らかに自分のためだ。

それに、そこを除外しても、根本的な問題として「ベンは今までの訴訟でも非合法な方法や証拠捏造によって勝利を重ねている」という問題があるのよね。それに対して彼は何の罪悪感も抱いておらず、「正義のため」と堂々と主張している。
こいつが以前から非合法な方法を取っている奴なので、アーサーのデータ偽装を批判されても「どの口が言うのか」ってことになっちゃうのよね。「正義のため」という言い訳を用意しているけど、実際は正義じゃなくて出世のためだし。
キャラクターに魅力が無いのはベンに限ったことではなく、出て来る連中は総じて引き付ける力が足りていない。
アーサーとチャールズにしても、大物としての貫禄は感じさせるが、演じている役者の力だけに頼っている。キャラとしては凡庸で、何の面白味も感じない。

後半に入り、ジェーンが「エミリーは数年前に自殺未遂を起こしていた」「心の病で複数の薬を常用している」という情報を語るが、それは明らかに示すタイミングが遅すぎる。
エミリーが薬の瓶を握って死んでいる様子を写し出す前に、そういう情報を提示すべきだろう。
ただ、それを事前に提示していたとしても、トータルとして考えた場合、そんなに大きく印象が変わるわけではない。
ミステリーとしてのピントが定まらずにボンヤリしているので、そこの問題だけを解決しても焼け石に水なのだ。

この映画で何よりもダメなのは、謎の男がホントに謎のままで終わってしまうことだ。
完全ネタバレだが、彼はアーサーの手下ではなく、チャールズの手下だ。チャールズは多くの大手企業と癒着しており、ピアソン製薬の民事訴訟でも、わざと負ける予定だった。
だが、それが分かっても「だから何なのか」と言いたくなる。チャールズの手下だと判明しても、謎の男の行動は意味不明なことが多すぎるからだ。
っていうか、そもそもベンが「自分でアーサーの訴訟を担当したい」と言った時、チャールズが強硬に却下すりゃ済んでいた話でしょ。そこを許可しちゃったから、ベンに手を引かせようと余計な策を講じなきゃいけなくなっているわけで。
そんな面倒な手を使うよりも、「ヒルに任せる。従わないなら事務所を辞めろ」とでも言えば済む話じゃないのか。

チャールズの指示を受けた謎の男が、ベンに手を引かせようとクラブで脅しを掛けるのは理解できる。しかし、それ以外の行動に関しては、何がしたいのかサッパリ分からない。
なぜ彼は、エイミーを殺そうとするのか。
しかも、バイクで襲うのなら、ちゃんと仕留めるべきなのに、2度もはねておきながら大怪我を負わせるだけで去ってしまう。
エイミーが病院へ運び込まれた後、始末するために訪れているが、どんだけボンクラなのかと。

謎の男がエミリーの遺体をベンの自宅に運ぶ理由も、良く分からない。シャーロットを教会へ拉致する理由も良く分からない。
ベンの前にバイクで現れて挑発してから、彼を昏倒させて教会へ連行するという無駄な手間の理由も分からない。
教会でベンが目覚めるのを待って、ダラダラと話しているのも意味不明。
そこへ夫婦を拉致したのは、始末するのが目的なんじゃないのか。だったら、さっさと片付ければいいだけでしょ。

そもそも、もうピアソン製薬の一件は片付いているんだし、謎の男が動く必要なんて無いはずだ。何らかの手を打つ必要があるとしても、それらの行動は全くの意味不明だし。
あと、謎の男は病気で余命わずかという設定だが、どんな病気なのかも、それが彼の行動にどういう影響を与えているのかもサッパリ分からない。
いっそのこと謎の男の存在を完全に排除した方が、スッキリと整理されるんじゃないかと思うほどだ。
どうやら監督は意図して明解な答えを避けたらしいが、だとしてもサジ加減を完全に間違えている。

「過去に公開された様々なミステリーやサスペンスからネタを拝借して組み合わせてみたけど、収拾が付かなくなった」という感じである。
それは要らないんじゃないかと思えるような要素が、幾つも盛り込まれている。実際は終盤の展開に絡んで来たりするので伏線としての意味はあるんだけど、上手く使いこなせていない。
最後の最後に用意されている捻りも、大して効果は無い。
具体例を挙げると他の映画のネタバレになっちゃうから避けておくけど、同じようなネタを使った作品を見たことがあるし。

(観賞日:2018年7月19日)


第37回ゴールデン・ラズベリー賞(2016年)

受賞:バリー・M・バムステッド賞

 

*ポンコツ映画愛護協会