『ボクシング・ヘレナ』:1993、アメリカ
ニックは医者の父を持ち、叔父のチャーリーからは「君はパパと同様、将来は医者として働くんだ」と聞かされて幼少期を過ごした。「勤勉に働けば、欲しい物は何でも手に入る」というのが、ニックの家の家訓だった。父は仕事人間で家庭を顧みず、男遊びが激しい母のマリオンもニックの面倒を見ようとはしなかった。成長して外科医となったニックは、母の葬儀を終えてすぐに病院へ直行し、難しい手術を成功させた。相続した実家の豪邸を訪れたニックは、マリオンが男をくわえこんでいた頃の幻覚を見た。
バーを訪れたニックは、同僚のローレンスと酒を飲む。かつて一度だけ関係を持ったことがあるヘレナを見掛けたニックは、激しく動揺した。彼はローレンスに「ここを早く出よう」と言い、恋人のアンに電話を掛けて「ママの家で暮らすことにした。君も来いよ」と誘った。実家に戻ると、ちょうどアンが到着したばかりだった。ニックは「食事の前にジョギングして来る」と言って出掛け、ヘレナの家を覗き見た。ヘレナが恋人のレイと抱き合う姿を目にしたニックは、ショックを受けて走り去った。
ヘレナの情事を妄想しながら電話ボックスに駆け込んだニックは、ローレンスに電話を掛けて「ヘレナを取り戻したい」と言う。「早く忘れろ。アンを愛するんだ」とローレンスは諭すが、ニックの耳には届かなかった。ニックはヘレナに手紙を書き、それを添えて花を贈ることにした。彼はアンを放置してヘレナに電話を掛けるが、彼女が出ると何も言わずに切ってしまった。セックスを邪魔されたヘレナは、続きをやろうとするレイに冷たい態度を取って追い払った。
ニックは引っ越しの名目で大勢の知人や近隣住民を招待し、盛大なパーティーを開くことにした。もちろん引っ越し祝いというのは建前で、本当の目的はヘレナを招待することにある。ヘレナはレイから「今夜、クラブへ出掛けよう」と誘われるが、「パーティーに行くの」と断った。さらに彼女は、明日からメキシコ旅行へ出掛けることを話す。レイは怒って「予定を変更しろ」と要求するが、ヘレナは「私は自由なのよ」と冷たく告げて彼を追い出した。
ヘレナがパーティーに姿を見せたので、ニックはアンを放っておいて彼女に話し掛ける。ニックは浮かれた様子を見せるが、ヘレナは冷淡な態度を取った。ニックは友人のラッセルがヘレナと親しくしている様子を見て、落ち着きの無い素振りを示す。ヘレナがラッセルを誘って食事に行くと知り、ニックは動揺を隠せなかった。アンはニックがヘレナと過去に寝たこと、今も未練たっぷりであることを知り、腹を立てて立ち去った。
ヘレナから邸宅に忘れたバッグを届けてほしいという連絡が入ったので、翌朝になってニックは空港へ赴いた。しかし1時間も遅刻した上に住所録を抜き取っていたことを知られ、ヘレナの怒りを買う。ニックは「知らないよ。家に来て探してくれ」と釈明し、ヘレナを車に乗せて実家へ戻る。ニックは積極的にアプローチするが、ヘレナから「貴方と付き合う気なんて無い」と断言されてしまう。それでも諦め切れないニックは、ヘレナを実家で接待して機嫌を取ろうとする。しかし逆に怒りを買い、ヘレナは住所録を見つけると早々に立ち去った。追い掛けて弁明しようとするニックの前で、ヘレナは走って来た車に撥ねられた。
数週間後、ニックが欠勤を続けているため、外科部長は看護婦のダイアンに「復職の意思が無いなら代わりを推薦するよう伝えてくれ」と言う。その会話を盗み聞きした医師のアランは、自分を推薦してもらおうと考えてニックの邸宅を訪れる。家に招き入れられたアランは、電話線が切ってあるのを目にした。推薦を軽く了承したニックは、ずっと一人で暮らしていると告げる。しかし物音を聞いたニックが奥の寝室へ行くと、両脚を失ってベッドに寝かされているヘレナの姿があった。
ニックはアランに、「車にひき逃げされた。危篤状態だったから、その家の研究室で手術した」と説明する。入院させるよう促すアランに、彼は「連絡はするな。僕が看護する。彼女僕に愛されて幸せなんだ」と主張する。ニックは主任医師の地位を譲ると持ち掛け、黙っていることをアランに承諾させた。しかしヘレナは、その状況に決して満足などしていなかった。幻肢痛に苦しむ彼女は、「貴方のせいでこうなったのよ」とニックに怒りをぶつけた。
ローレンスが訪ねて来た時、ニックは居留守を使った。ニックは「君の面倒を見たい」とヘレナに言うが、彼女の嫌悪感は変わらなかった。ヘレナがニックが肉体関係を持った時に怖がっていたことを指摘し、「アンタは臆病者よ」と彼を馬鹿にした。その頃、レイはヘレナの捜索を開始していた。レイはヘレナの友人であるサムと会い、何か情報があれば提供するよう依頼して金を渡した。邸宅に合い鍵を持っているアンが訪ねて来たので、ニックはヘレナに猿ぐつわを噛ませて閉じ込めた。
ヘレナが覗いているのを知りながらアンとセックスしようと試みるニックだが、怖気付いてしまう。ニックが知らない内にアンが電話線を繋いだので、電話が掛かって来た。ニックは電話を切り、「わざと外しておいたんだ。もう帰ってくれ」と告げる。アンは合い鍵を彼に渡して、豪邸を後にした。再びヘレナからセックスへの恐れを馬鹿にされたニックは、「君を愛してるんだ」と訴える。「私はアンタを少しも愛してないわ」と怒鳴って首を絞めるヘレナに、ニックは母の面影を見た。
ニックはヘレナの監禁を隠蔽するため、彼女の家にメッセージカード付きの花を贈っていた。ヘレナの家を訪れたレイは、そのカードを丸めて投げ捨てた。ニックはヘレナの両腕も切断した。それでもヘレナは強気な態度を崩さず、「アンタは馬鹿よ。これで愛されるとでも思ってるの」とニックを罵った。「君には僕が必要だ。君を愛してるのは僕だけだ。決して君を見捨てたりしない」と熱烈に訴えるニックだが、ヘレナは「偽りの愛よ」と冷淡に返す。「私を所有したいの?」と訊く彼女に、ニックは」「もう僕の物だ」と告げた…。監督はジェニファー・チェンバース・リンチ、原案はフィリップ・カラン、脚本はジェニファー・チェンバース・リンチ、製作はカール・マッツォコーネ&フィリップ・カラン、製作協力はローレル・アイン・セルコ&ブリジット・カラン、製作総指揮はジェームズ・R・シェーファー&ラリー・シュガー、撮影はフランク・バイヤーズ、美術監督はポール・ハギンス、編集はデヴィッド・フィンファー、音楽はグレーム・レヴェル、音楽監修はピーター・アフターマン。
出演はジュリアン・サンズ、シェリリン・フェン、カートウッド・スミス、ビル・パクストン、アート・ガーファンクル、ベッツィー・クラーク、ニコレット・スコセッシ、メグ・レジスター、ブライアン・スミス、マーラ・レヴィン、キム・レンツ、ロイド・T・ウィリアムズ、カール・マッツォコーネJr.、エリック・ショアフ、リサ・オズ、テッド・マンソン、アデル・K・シェーファー、エイミー・レヴィン、マット・ベリー他。
デヴィッド・リンチの娘であるジェニファー・チェンバース・リンチの監督&脚本家デビュー作。
マドンナがヒロイン役のオファーを拒否し、キム・ベイシンガーが途中降板したために違約金の支払いを求める裁判を起こされたという作品だ。
そして、そういう周囲のゴタゴタ騒ぎの方が、映画の中身よりも遥かに面白かったりする。
結局、ヒロインのヘレナを演じることになったのは、TVシリーズ『ツイン・ピークス』で人気を得たシェリリン・フェン。他に、ニックをジュリアン・サンズ、アランをカートウッド・スミス、レイをビル・パクストン、ローレンスをアート・ガーファンクル、アンをベッツィー・クラーク、空想の恋人をニコレット・スコセッシ、マリオンをメグ・レジスターが演じている。最初に思ったのは、「なんか衣装とか美術品のセンスがダサくねえか?」ってことだ。
私はファッションやアートに造詣が深いわけではないし、自分のセンスが優れているとは思っていない。
ただ、ド素人の感覚だと、なんかカッコ悪く思える。
それも、普通にやっていることがダサく見えるのではなくて、オシャレを狙っているのにダサく見えるという、「かっこいいことは、なんてかっこ悪いんだろう」の状態に陥っているという印象を受けたのだ。ニックはヘレナと数年前に一度寝ただけであり、ずっと捜し続けていたわけではない。それなのに、久々に見掛けた途端に固執するようになるってのは、かなり違和感が強い。
ひょっとすると母の死がきっかけで、ニックの中で何かが変わったのかもしれない。
しかし映画を見ている限り、そういうことは伝わって来ない。ヘレナとの過去について描写するための回想シーンがあるわけでもないし。
だったら「長く付き合っていたけど振られた元カノ」とか、「ずっと惚れていたけど冷淡にあしらわれた初恋の相手」とか、そういう設定にでもしておいた方がいいんじゃないかと。それと、ニックはヘレナを「魔性の女」と評しているのだが、最初からそれが分かっているんだったら、彼女がレイと抱き合うのを見て激しいショックを受けているのも、これまた違和感があるなあ。
ヘレナが男好きってのは、とっくに分かっていたはずでしょ。
もちろん、「分かっていたけどショック」ってこともあるだろう。
だけど、そこでショックを受ける展開にするのなら、むしろ「清純だと思っていたのにアバズレだと知って愕然とする」という形にした方がいいんじゃないか。で、そういうことも含めると、ニックはヘレナと初めて出会い、恋に落ちるという設定の方がいいんじゃないか。
そんで「母のようなアバズレとは正反対の清楚な女性と出会い、それまで女は汚い生き物と軽蔑していたニックが初めて本当の恋を知ったと感じる。しかしヘレナもアバズレだと知ってショックを受けるが、どうしても忘れられない。ニックは忌み嫌っていたはずの母のような女に強い情欲を感じる自分に気付く」ってな物語にするとかさ。
その場合、アンという恋人は邪魔で、ニックは「娼婦やアバズレと肉体関係は持つが恋人は作ったことが無い」とか、「女への拒否感が強すぎてチェリーボーイ」とか、そういう設定がいいんじゃないかと。っていうか、ヘレナを最初からアバズレ女として登場させるにしても、やっぱりニックとは初対面の設定にしておいた方がいいと思うのよ。
例えば、ヘレナが噴水に入って水を浴びる姿にニックが目を奪われるシーンなんかを見ても、「前に付き合っていた時から、そういう女ってことを知ってるはずでしょうに。なんで初めての衝撃みたいな反応なのよ」と思っちゃうのよね。
そこはファースト・インパクトにしておいた方が絶対にいいでしょ。あと、ヘレナが後ろ向きのまま道路に出て走って来た車にはねられるシーンが、すげえマヌケなんだよな。
まずヘレナの動きが、最初から車に撥ねられることを望んでいるかのように不自然。
それと、幾らスピードを出していたからといって、真っ直ぐな道路で何の障害物も無いのに、あの車がヘレナを避けられずに撥ねるのも不自然。
もうちょっと自然な形で交通事故を描くことぐらい出来るでしょ。キチガイ男の鬼畜な行為を描いているのだが、その表現はものすごくヌルくて中途半端。
まず、両脚切断を交通事故のせいにしてあるのがヌルい。
終盤になって、「実は事故でヘレナが負ったのは捻挫程度であり、その必要も無いのにニックが切断した」ってことが明らかにされるが、そこを隠しておくメリットを感じない。
最初から「ニックが監禁目的で両脚を切断する」ということにしておけばいい。
だから、交通事故なんてのも要らない。ニックがヘレナを捕まえて、両脚を切断すればいいい。両脚や両腕を切断するってのは残酷な行為だが、ゴア描写は全く無い。
それに関しては「ニックの残虐行為を描くことに重点を置いているわけではない」ってことだろうから別にいいとしても、ニックの歪んだ恋愛感情と情欲を描こうとしていることは間違いないはず。
それを考えると、やはり最初から「ニックが監禁目的で両脚を切断した」ってのを明かしておいた方がいい。
っていうか、ここまでの内容にするのであれば、もっと残虐描写を強めてもいいんじゃないかと思ったりするんだけど。レイがメッセージカードを見つけた翌朝にシーンが切り替わると、もうヘレナは両腕が無くなっている。
そこは物語において非常に重要なポイントのはずなのに、淡白にも程がある処理で済まされている。
ニックが「両腕も切断してしまおう」と決意する経緯や、その心情の変化は全く描かれていない。
あと、両脚に加えて両腕まで切り落とされたのに、ヘレナが衰弱するようなことはなくて、顔色はいいし元気一杯なのは、すげえ不自然だぞ。
まあ「だってファンタジーだもの」ってことなんだろうけどさ。そうなのだ、この映画、ゴア描写が無いことも含めて、かなり「キレイに描こう」「ファンタジックな雰囲気を作ろう」という意識が強く感じられる。
それがプラスに作用しているとは思えないが、しかしファンタジー寄りに色付けしている理由は終盤になって分かる。
ただし、その理由が分かったところで、作品の評価がガラリと変わるわけではない。
むしろ、ますます評価が下がる結果に繋がっている。ファンタジー寄りにしている理由が分かる箇所は、この映画で最もダメなポイントでもある。
それは「実は全て夢でした」というオチが明かされる場面だ。
実はヘレナが事故に遭った時、ニックはすぐに救急車を呼んで病院へ運んでいたのだ。そして夢から覚めたニックは、手術が成功したことをアランから知らされる。
つまり、ヘレナは達磨状態になっていないのだ。
この映画で夢オチってのは、絶対にやっちゃダメな決着の付け方でしょ。それなら何をやってもOKになってしまう。
夢オチで終わらせるのは、「逃げている」としか思えない。(観賞日:2014年3月10日)
第14回ゴールデン・ラズベリー賞(1993年)
受賞:最低監督賞[ジェニファー・チェンバース・リンチ]
第16回スティンカーズ最悪映画賞(1993年)
ノミネート:【最悪の作品】部門