『死の接吻』:1991、イギリス&アメリカ

1987年、ペンシルヴァニア大学。学生のドロシー・カールソンは、講義が終わると部屋に戻って外出用の服に着替えた。部屋を出た彼女は 、親友のパトリシアから「デート?」と訊かれ、「父とランチなの」と答える。「恋人がいるって噂よ」とパトリシアが言うと、ドロシー は「誰がそんな噂を?」と否定する。だが、ドロシーがフィラデルフィア市庁舎へ行くと、恋人であるジョナサンが待っていた。
ジョナサンは「行こう、人に見られる」とドロシーの手を引っ張り、市庁舎の中に入った。注意深く周囲を見回す彼に、「父は見張って ないわよ」とドロシーは告げる。ジョナサンが婚姻課のドアを開けようとすると、昼休みで閉まっていた。「少し待たなきゃ」と彼は言い 、2人は屋上へ赴いた。ドロシーは「父が結婚を知ったらどうするかしら。もう隠れなくていいのよ」と嬉しそうに話す。2人の交際を、 ドロシーは誰にも明かしていなかった。
ジョナサンは屋上からドロシーを突き落として殺害し、何食わぬ顔で市庁舎を後にした。ドロシーの双子の姉エレンと父のソールは警察署 へ行き、送られてきた遺書らしき手紙を警察署長のマリーと刑事のダン・コレリに見せた。エレンは「自殺なんかするはずがない」と 訴えるが、マリーは「状況から見て自殺に間違いありません」と告げる。ソールは「我が家は不幸続きだ。マスコミが騒がぬよう、捜査は 内密にお願いする」と言う。ソールはカールソン製銅会社を大企業に育て上げた大富豪だが、私生活では離婚した妻が自殺し、一人息子の ボビーは交通事故で亡くなっていた。ジョナサンはバーガーショップで仲間のテリー・ディーターと一緒にアルバイトをしながら、事件を 伝えるテレビ番組を見ていた。
ソールはワイルダー医師からの電話を受け、ドロシーが妊娠していたことを知った。「妊娠か、母親譲りだよ」と彼は吐き捨てる。ソール は妻の浮気で離婚していた。数ヶ月後、ピッツバーグ。実家に戻っていたジョナサンは、母のコーリス夫人から「銀行の面接は?」と質問 される。ジョナサンが「銀行勤めなんかくだらないよ」と言うと、彼女は「大学を卒業して4ヶ月よ。いつまでブラブラする気なの?」と 息子を諌めた。「考えてるよ、黙っててくれ」とジョナサンは苛立った態度を示した。
ジョナサンが詫びを入れると、母は「貴方はやれば出来る子なのよ」と言う。ジョナサンは「ママが誇りに思う息子になってみせるよ」と 約束した。ジョナサンはヒッチハイクでニューヨークへ向かう。同乗させてくれた車の運転手はジェイ・ファラデイという男で、「2年間 、海外を放浪してた。ヒッピーの真似さ。父親が外交官で、あちこち歩き回るのに慣れてる。ソ連で撃墜された航空機に両親が乗ってた」 などと話した。
半年後、ニューヨーク。キャッスルハウスという慈善団体で活動しているエレンは、反抗的な孤児のミッキー少年を諭す。彼女は仲間の キャシーに「これからフィラデルフィアに行くわ」と言い、建物を後にした。彼女はフィラデルフィア市庁舎へ行き、コレリを屋上へ 呼び出した。面倒そうなコレリに、エレンは「妹は殺されたのよ」と言う。証拠の提示を求めるコレリに、彼女は「遺品を整理していたら 見つけたの」とドロシーが描いた結婚式のスケッチを見せた。
エレンは「ドロシーは犯人に騙されたのよ。犯人は結婚式を挙げると言って市庁舎へ連れて来た。妹は妊娠してたのよ。一人で妊娠は 出来ない」と訴えるが、コレリは相手にしなかった。エレンはパトリシアと会い、妹のことを尋ねる。パトリシアは「あの一件以来、彼女 は秘密主義になったの。2年ほど前に男子学生と付き合ってた時、父親が探偵に尾行させていたの。それで交際はダメになった」と話す。 「その後、こっそり会ってたかも」とエレンは言い、その学生の名前を尋ねる。パトリシアは「名前は知らないけど、法学部の図書館で 働いていたわ」と教えた。2人が話している様子を、ジョナサンは密かに観察していた。
エレンは図書館へ行き、かつてドロシーと交際していたトミーを見つけて「結婚の約束をしたんでしょ。妊娠させたんでしょ」と詰め寄る 。トミーは「妊娠なんて初耳だ」と驚き、「それに僕はノイローゼで療養所にいて、長期欠席していた」と話す。彼はエレンを車に乗せ、 探偵に尾行されたり彼女から結婚を迫られたりして別れたことを話す。妊娠させた相手の心当たりについてエレンが尋ねると、「彼女が他 の男と一緒にいるのを見た」と彼は言う。
その男について問われたトミーは、「相手は学生だった。顔に見覚えはある。家に学生アルバムがあるから、調べて来る」とエレンを車に 残して下宿へ向かった。アルバムを開いた彼はジョナサンだと気付き、車に戻ろうとする。だが、そこにジョナサンが現れ、トミーを絞殺 した。ジョナサンはトミーのパソコンを使って遺書を作成し、彼がドロシーを殺して自殺したように偽装した。トミーの帰りが遅いので、 エレンは下宿先の婦人に頼んで中に入れてもらう。2人が部屋に入ると、トミーは首吊り死体となっていた。
帰宅したエレンの元へ、ジョナサンがやって来た。彼はジェイに成り済まし、エレンと交際していた。ジョナサンはエレンの前では優しい 男として振る舞い、彼女のボランティア活動にも協力していた。夜の街で怪我を負って倒れているヤク中のローズを見つけた2人は、病院 へ運び込んだ。病院の費用は、全てエレンが負担した。その後もエレンとジョナサンと交際は続いた。交際から1年が過ぎた頃、エレンは ジョナサンを父に紹介することにした。ジョナサンは上手く立ち振る舞い、ソールに気に入られた。
エレンが仕事で外出している最中、彼女とジョナサンが同棲している部屋にパトリシアから電話が掛かって来た。留守電の録音が始まると 、パトリシアは「ドロシーの相手の男だけど、見当が付いたの。ニューヨークへ行くから」と話す。帰宅してメッセージを聞いていた ジョナサンは受話器を取り、「エレンのボーイフレンドだ」と自己紹介する。彼は「エレンは旅行中なんだ」と言い、パトリシアの宿泊先 を聞き出した。まだ警察に彼女が話していないことを確認したジョナサンは、「明日、エレンに電話させるよ」と告げた。
次の日、ジョナサンはパトリシアの泊まっているホテルの部屋へ行き、彼女を絞め殺した。彼はバスルームで死体をバラバラに切断し、 トランクケースに詰めてホテルを去った。ジョナサンはエレンにプロポーズし、OKを貰った。彼は車でトランクケースを運び、川に 捨てた。ジョナサンはエレンと結婚し、ソールが買い与えた新居に引っ越した。ソールはジョナサンに、自分のアシスタントのポストまで 用意した。エレンは父の世話になることを嫌がるが、ジョナサンは「今までと違うことに挑戦したいんだ」と彼女に訴える。エレンが強い 嫌悪感を示しても、ジョナサンの態度は変わらなかった。
エレンが帰宅すると、殺人課のマイケルソン刑事が待っていた。後からジョナサンが戻ると、エレンはパトリシアのことをマイケルソン から質問されていた。マイケルソンは行方不明になったパトリシアを捜索しており、彼女の手帳にエレンの名前と電話番号が記されていた ことを話す。ジョナサンは「僕は会ったことも無い」と告げ、マイケルソンは去った。エレンが「トミーは犯人じゃなくて殺されたのかも しれない」と言い出すと、ジョナサンは「いいかげんにしろ、そんなことを考えて何になるんだ」と声を荒らげた。
ジョナサンはカールソン製銅会社での仕事を始めてから多忙になり、エレンはすれ違いの多い生活に不満を抱くようになった。「君が仕事 を辞めればいいんだよ」と言うジョナサンに、エレンは「随分と変わったのね」と批判的な口調で告げる。そんな中、パトリシアの死体が 海辺で発見された。そのことをテレビのニュースで知ったエレンは、トミーの両親に電話を掛け、彼が犯行当時は療養所にいたことを知る 。エレンは警察を辞めて探偵事務所を開いているコレリの元へ出向き、調査を依頼する…。

脚本&監督はジェームズ・ディアデン、原作はアイラ・レヴィン、製作はロバート・ローレンス、製作協力はクリス・トンプソン、 製作総指揮はエリック・フェルナー、撮影はマイク・サウソン、編集はマイケル・ブラッドセル、美術はジム・クレイ、衣装はマリット・ アレン、音楽はハワード・ショア。
出演はマット・ディロン、ショーン・ヤング、マックス・フォン・シドー、ダイアン・ラッド、ジェームズ・ルッソ、マーサ・ゲーマン、 ジョイ・リー、ベン・ブロウダー、サム・コッポラ、エルジュビェタ・チジェフスカ、ジム・ファイフ、アダム・ホロヴィッツ、 フレディー・ケーラー、レスリー・ライルズ、シェーン・リマー、 レイチェル・カール、サラ・ケラー、ブライオニー・グラスコ、ビリー・ニール、P・ジェイ・シドニー、ブレット・バース、ジェームズ ・ボンファンティー、イヴェット・エデルハート他。


アイラ・レヴィンの同名小説を基にした作品。
この小説の映画化は1956年の『赤い崖』に続いて2度目(本作品は『赤い崖』のリメイクではない)。
ジョナサンをマット・ディロン、エレン&ドロシーの2役をショーン・ヤング、ソールをマックス・フォン・シドー、 コーリス夫人をダイアン・ラッド、ダンをジェームズ・ルッソ、パトリシアをマーサ・ゲーマン、キャシーをジョイ・リー、トミーをベン ・ブロウダー、マイケルソンをサム・コッポラが演じている。

そもそも、原作小説を映画化したこと自体が無謀だったと言えなくも無い。
原作は3部構成の小説であり、第1部では犯人の第一人称で描写されるが、その正体は明かされないという形を取っている。第2部に 入ってエレンがドロシー殺害の調査に乗り出し、終盤に入るまで犯人が誰なのかは分からないという構成になっている。
倒叙ミステリーでありながら犯人の正体は隠されているという仕掛けは、そのまま映画で再現することは出来ない。
だから、原作小説は「映像化が不可能な作品」と言われてきた。

しかし原作をそのまま再現するのは無理だとしても、せめて「犯人が後半まで分からない」という部分は踏襲すべきだろう。
ところが、この映画は最初から犯人の正体を明かしてしまっている(実は『赤い崖』でも同様に、最初から犯人を明かしている)。
「犯人は後半まで明かさない」という部分を守らないのなら、この原作小説を映画化した意味は何なのかと。原作における最も重要な ポイントであるはずなのに、そこをバッサリと捨ててしまうのであれば、どこに魅力を感じて映画化を企画したのかと。
「有名な小説だから、その名前を使えば多くの観客が食い付くだろう」という安易な金儲け主義だったのか。

ちなみに、原作で使われているのは「小説だからこそ可能な手法」ではあるのだが、映像化作品で似たようなことをやるってのは、不可能 ではないんじゃないかと思ったりもする。
例えば、「第1部を犯人視点の主観映像(POV)のような形にして、そこではドロシーが犯人の名前を言わないようにしておく。犯人の 心情説明が必要なら、第三者によるナレーションを使う」とかね。
あと、「犯人の正体を後半まで隠す」ということを重視するのであれば、第1部の内容を思い切って省略し、いきなり「ドロシーが誰かに 殺された」というところから物語を始めるってのも、1つのアイデアかもしれない。

いきなり犯人の正体を明かしている時点でシオシオのパーなんだが、それ以外にも問題点は色々とある。
まず、ジョナサンがドロシーを殺す動機が分かりにくい。
そこは「まだ結婚もしていないのにドロシーが妊娠してしまったので、彼女が父親に勘当され、財産が手に入らなくなる」ということで、 邪魔な彼女を始末するという流れなんだよね。でも、映画を見ているだけでは、そういう事情がイマイチ分かりにくい。
一応、ドロシーは「結婚したら勘当かもね。私は構わない」と殺される前に言っているし、ソールが前の交際の時に探偵を雇って 見張らせていたことにも触れているが、それだけでは弱い。
っていうか、「妊娠したらマズいのなら、ちゃんと避妊しろよ。杜撰な行動だなあ」と思っちゃうけど、それは原作でも同じなので、仕方 が無いか。

ジョナサンはドロシーを殺した後でエレンに近付くのだが、ここも「なぜカールソン家に固執するのか」というところが良く 分からない。
ドロシーの身内に接近して彼女の殺害がバレるリスクを考えれば、他の財産家を狙った方がいいはずだ。
「実はカールソン家に対する恨みがあって復讐のために近付いた」というわけでもないし、「実はカールソン家に関わりがあった」という 裏があるわけでもない。

冒頭で少年時代のジョナサンがカールソン製銅会社の列車を眺めているシーンがあり、彼にとっては裕福の象徴がカールソン家だったと いうことなのかもしれんが、その程度の描写では全く足りていない。
後から補うのかと思っていたら、せいぜい「エレンがジョナサンの実家を訪れ、窓からカールソン製銅会社の列車を見る」というシーン ぐらいだ。
っていうか、最初に犯人を明かしてピカレスク・ロマンのような内容にするのであれば、後からフォローしても弱いしね。さっさと カールソン家に固執する理由を明かしてしまった方がいい。
犯行の動機だけを隠して物語を進めたところで、これといった効果は発揮されないだろう。
だからやっぱり、色んなことを含めて、この映画は導入部の段階で失敗が確定しているんだな。

犯人の正体が最初から明かされているので、「どうやってジョナサンが殺人を遂行していくのか」「犯行が露呈しそうな危機が訪れた 時、どうやって回避するのか」といったところに工夫を凝らして観客の興味を引き付けるのかと思っていた。
しかし、そこは淡白に描写されるだけ。
そうなると、警察がドロシーを自殺と決め付けたり、その後に他の事件が起きてもドロシーの一件を捜査しなかったりというのも 含めて、ホントに安っぽい2時間ドラマのサスペンスみたいな状態になってしまう。

ジョナサンの目的は、カールソン家の財産ではない。
彼はソールからアシスタントのポストを用意されて強い意欲を示しており、さらにカールソン製銅会社で働き始めて充実感を覚えて いる。
ラスト近くで自ら明かすように、彼の目的はカールソン製銅会社で立身出世することだ。
で、そうなると「目的の割りにはリスクが大きすぎるし、殺人を重ねてまで達成するほどのことかね」と思ってしまう。

原作では3姉妹だったところを双子の姉妹に変更し、お騒がせ女優のショーン・ヤングに2役を演じさせているのだが、それも効果的に 作用しているとは言い難い。
3人を2人に減らすとしても、双子じゃなくて歳の離れた姉妹でいいんじゃないかと思ってしまう。
ドロシーが殺された後、すぐにエレンがソールと共に登場するのだが、ものすごく淡々と処理されており、そこには「同じ顔の娘が他にも いる」という驚きは全く無い。
「ジョナサンがドロシーと瓜二つのエレンを見てビックリ」とか、そういうのは無い。

終盤、髪を染めたエレンがドロシーそっくりになったのでジョナサンが動揺するというシーンはあるけど、それが物語の展開に大きな影響 を与えるわけではない。
エレンはジョナサンが犯人ではないかと疑い、試すためにドロシーに似せたわけではないしね。
それに、そのシーンが無かったとしても、「ジョナサンがテリーから声を掛けられて知らないフリをする」→「彼の態度に不審を抱いた エレンが学生アルバムを調べてジョナサンの正体を知る」という展開は全く変わらない。
ようするに、ほぼ無意味だ。

(観賞日:2013年8月14日)


第12回ゴールデン・ラズベリー賞(1991年)

受賞:最低主演女優賞[生き残る方の双子を演じたショーン・ヤング]
受賞:最低助演女優賞[殺される方の双子を演じたショーン・ヤング]

 

*ポンコツ映画愛護協会