『華氏911』:2004、アメリカ

2000年のアメリカ合衆国大統領選挙で、民主党の候補者であるアル・ゴアの勝利が複数のニュース番組によって報じられた。しかし共和党と親密な関係にあるFOXニュースは、ジョージ・ウォーカー・ブッシュの当選確実を報じる。すると他のテレビ局も、それに同調した。最高裁の判決によって、ブッシュの当選が決定した。下院議員たちが異議を唱えるが、上院議員が誰も賛同しなかったので決定は覆らない。ブッシュがリムジンで大統領就任式へ向かうと、彼を糾弾する大勢の人々が押し寄せた。
就任後のブッシュは失態を繰り返し、支持率は下降の一歩を辿った。そんな中でブッシュは、積極的に休暇を取った。2001年9月10日、彼は弟が州知事を務めるフロリダを訪れた。翌日、アメリカで同時多発テロが発生し、小学校を訪問中のブッシュは首席補佐官から報告を受けた。ブッシュはどうすれば良いか分からず、子供たちと共に絵本を読み続けた。8月6日に彼が渡された安全保障報告書には、オサマ・ビン・ラディンが航空機によるテロを計画中と記されていた。しかし報告書のタイトルが曖昧だったことから、ブッシュはテロの脅威を楽観視していた。
翌日からアメリカ政府は、航空機の離陸を全面的に禁じた。しかしオサマ・ビン・ラディンの一族を含む142人のサウジアラビア人だけは、航空機で国外へ出ることを許された。一族が出国する際、当局は身許を確認しただけだった。1980年代半ば、アメリカとサウジアラビアはアフガニスタンをソ連から解放するためにムジャヒディンを支援していた。アメリカが参戦したことでオサマは助かり、感謝の気持ちさえ抱いていた。そんなオサマが皮肉なことに、同時多発テロの首謀者になった。
2004年、マイケル・ムーアは民主党候補の予備選での集会で、テキサス州空軍時代の無許可離隊を批判した。ホワイトハウスは軍務記録を公表し、疑惑を晴らそうとした。しかしムーアは既に記録を入手しており、公開された文書で黒く塗り潰された箇所に記されている内容も知っていた。そこには「ジェームズ・R・バス」という名前が書かれているのだが、かつて彼はビン・ラディン家のテキサス・マネーの運用係を務めていた人物だった。
ブッシュとバスはテキサス州空軍時代に知り合い、親友となった。2人の除隊後、パパ・ブッシュがCIA長官に就任した時、バスはビン・ラディン家の跡継ぎであるサレムに飛行機を売って航空会社を始めた。ブッシュが石油採掘会社を始めた時、設立資金を援助したのは資産の投資運用係としてビン・ラディン家に雇われていたバスだった。幾つかの会社を潰したブッシュだが、ハーケン社の役員に就任する。彼が関わった全ての会社には、サウジアラビアの金が流れていた。
1990年、ブッシュは弁護士から、会社に悪い材料があってもハーケン社の株を売却しないよう忠告されていた。しかし1週間後に彼は保有する株を売却し、2ヶ月後にハーケン社は多額の損失を発表した。この時、ロバート・ジョーダン弁護士がブッシュを救い、彼が政権を取るとサウジアラビア大使に任命された。ブッシュはハーケン社の事件後、巨大コングロマリットであるカーライル・グループの子会社で役員に就任した。ブッシュ家は親子でカーライル・グループのために働いており、ビン・ラディン一族も株主になっていた。同時多発テロによって、カーライル・グループは大きな稼ぎを生み出していた。
サウジアラビア王家は過去30年に渡って、ブッシュ家や関連企業に14億ドルを提供してきた。ブッシュは議会によるテロの調査を中止させ、独立調査委員会の設置を妨害した。ブッシュ政権は独立調査委員会が作成した捜査報告書を検閲し、充分な資料も与えなかった。政府に無視された500人を超える遺族たちは、サウジアラビアの王族などを相手取って訴訟を起こした。オサマ・ビン・ラディンはアルカイダに資金提供しているサウジアラビアの人間で、ハイジャック犯の内の15人はサウジアラビア人だった。しかしブッシュ大統領は9月13日に、サウジアラビア大使と親しく会食していた。
テロ対策専門家のリチャード・クラークはテレビ番組に出演し、アルカイダ対策を協議するために官邸を訪れた際の高官との会話について話す。クラークはブッシュが「イラクがテロに関わっている証拠を持って来い」と要求したこと、彼らが政権に就く前からイラクを標的にしていたこと、ラムズフェルド国防長官はアフガン攻撃について話し合った時に「あそこは良い標的が無い。イラクを爆撃しよう」と口にしたことを語った。
アメリカは9.11の4週間後、アフガンへの空爆を開始した。ブッシュは空爆の理由について、「タリバンがオサマを匿っているからだ」と説明した。しかしブッシュの対応は消極的で、送った兵士の数も1万人に過ぎなかった。特殊部隊がオサマの潜伏地域を捜索したのは、テロから2ヶ月も経過してからだった。かつてブッシュかテキサス州知事だった頃、タリバンが製油会社ユノカルの幹部を訪ね、アフガンに天然ガスのパイプラインを通す商談が行われた。採掘事業を請け負ったのは、後に副大統領となるチェイニーがCEOを務めていたハリバートン社だった。米軍がアフガンに侵攻した後、ヌノカル社の顧問だったカルザイがアフガンの新大統領に就任した。
アシュクロフト司法長官は9.11テロが起きる前に、ピッカードFBI長官代理に「もうテロの脅威の話は結構だ」と告げていた。FBIはオサマ一派の動きを夏の時点で掴んでいたが、アシュクロフトは事実に耳を塞いだ。9.11テロの発生により、アメリカ国民の間で不安が高まる中、アシュクロフトは愛国法を思い付いた。テロから6週間後、ブッシュは愛国法に署名した。ピース・フレズノという市民団体は潜入捜査の対象となり、メンバーはFBIの家宅捜索まで受けた。下院議員たちは、法案の内容を読まずに投票していた…。

脚本&製作&監督はマイケル・ムーア、製作はジム・クザルネッキ&キャスリーン・グリン、共同製作はジェフ・ギブズ&カート・ イングファー、製作協力はアン・ムーア&ジョアン・ドロショー&リタ・ダグハー、製作総指揮はハーヴェイ・ワインスタイン&ボブ・ ワインスタイン&アグネス・メントレ、撮影はマイク・デスジャーライス、編集はカート・イングファー&クリストファー・セワード& T・ウディー・リッチマン、音楽はジェフ・ギブズ。


『ボウリング・フォー・コロンバイン』のマイケル・ムーアが脚本&製作&監督を務めたドキュメンタリー映画。
カンヌ国際映画祭のパルム・ドールを始めとして、NY批評家協会賞のドキュメンタリー作品賞や放送映画批評家協会賞のドキュメンタリー作品賞など複数の映画賞を獲得している。
タイトルはレイ・ブラッドベリのSF小説『華氏451度』から取られている。
政治的影響が大きいことを考慮し、ウォルト・ディズニー・カンパニーは配給元である子会社のミラマックス社に配給禁止を求めた。
最終的にはミラマックスの創業者であるワインスタイン兄弟に配給権を売却し、ライオン・ゲート・エンターテインメントとIFCフィルムズによって配給された。

この映画には、マイケル・ムーアのジョージ・ウォーカー・ブッシュに対する強烈な嫌悪感が込められている。
彼は2002年の『ボウリング・フォー・コロンバイン』でアカデミー賞ドキュメンタリー長編賞を獲得した際、授賞式で「ブッシュよ、思い知れ」とスピーチした。
それぐらい、心底からブッシュが大嫌いなのだ。
とにかく最初から最後まで、「俺はブッシュが嫌いだ、ホントに嫌いだ。あいつはクソだ」という気持ちだけは伝わってくる。

マイケル・ムーアのジョージ・ウォーカー・ブッシュ嫌いは、この映画を撮る以前から始まっている。
彼は2000年の大統領選挙で、第三極の候補だったラルフ・ネーダーを支援した。しかしブッシュとアル・ゴアが複数の州で接戦になっている情報が入ると、そこではネーダーじゃなくてゴアに投票するよう訴えた。それはブッシュを当選させたくなかったからだ。
最終的には皆さんご存知の通り、ブッシュが当選した。
この時にムーアは悔しい思いをしたので、今度こそは落選させてやるという思いで、この映画を製作したのだ。
つまり本作品は、ブッシュを再選させないためのプロパガンダ映画である。

「ブッシュを落選させろということは、民主党のジョン・ケリーを推薦するという意味か」という記者の質問に対し、ムーアは「ケリーに勝たせるための映画ではない。僕はケリーには投票しない。観客に対して誰に投票しろとは言っていない」などとコメントしている。
でもブッシュを落選させようとすれば、ケリーに投票する以外に方法は無かったわけで。
「そんなことは言っていない」ってのは、ズルい逃避だ。
これが民主党のためのプロバガンダ映画になっているというのは、絶対に曲げられない事実である。

マイケル・ムーアは冒頭から、「ブッシュが2000年の大統領選挙で当選したのは色んなインチキをしたからだ」と訴える。
映画のタイトルは9.11テロを意識して付けられているが、映画の中身は同時多発テロ関連のことだけに終始するわけではない。
前述したとおり、これはムーアのブッシュを落選させるために作った作品であり、だから同時多発テロ以外でもブッシュをバッシングできる材料があれば、積極的に取り入れているのだ。
逆に、同時多発テロ関連の話題であっても、ブッシュを攻撃する材料にならない物は無視している。

タイトルロール、テレビ中継に備えて準備しているブッシュ&仲間たちの様子を写し出す映像にしても、そこには明らかにムーアの悪意が込められている。
ただ普通に準備しているだけなのに、まるで「悪い奴ら」みたいな見せ方をしているのだ。
ワシはブッシュを擁護しようとは思わないし、「ブッシュはアホ」という主張には賛同する。
だけど、この映画におけるマイケル・ムーアの手口を見ていると、「ブッシュは卑劣」と非難できる立場じゃねえなあと思うよ。

マイケル・ムーアは内容の公平性や正しさなんて、まるで考えちゃいない。とにかく「ブッシュは悪者」というイメージをアピールするために、都合のいい偏向描写のオンパレードだ。
劇中で示される説明には、確固たる根拠など何も無い。彼の語る陰謀論は憶測に過ぎず、明確な根拠があるわけではない。ハッキリ言って、ムーアが声高に主張する陰謀論は、全てがデッチ上げにしか思えない。
彼は弱い状況証拠を積み重ねて、「確固たる事実」に見せ掛けてブッシュを攻撃しているのだ。
それはイラクを攻撃したブッシュと何ら変わらないのではないか。
ムーアはブッシュを非難したい気持ちが強すぎるあまり、自分も彼と同じようなことをやらかしているのだ。

この映画に、真実が全く含まれていないとは言わない。きっと幾つかの真実は含まれているのだろう(アメリカの政治に疎い私であっても、たぶん本当なのだろうと感じる事柄はある)。
ただし、それを「真実だ」と強調するために余計な飾りを増やし過ぎたことが、逆効果となってしまった。
なぜなら、その飾りが虚構や偏見だからだ。
あまりにも多くの虚構や偏見を盛り込むことによって、数少ない真実までもが胡散臭く見えてしまうという、皮肉な結果になっているのだ。

「ドキュメンタリーは虚構を用いず、記録に基づいて作られた物」というのは嘘であり、実際は監督の考えるテーマや主張に基づく演出が行われることの方が普通だろう。
とは言え、さすがに本作品は演出が強すぎて、もはや「ドキュメンタリーの体裁を取ったフィクション」にしか見えないが、それは良しとしよう。
「ドキュメンタリー映画だと言うのなら、偏向報道みたいなことは避けるべきだ」という視点から批判しようとは思わない。どうせ、これがプロパガンダ映画であること、かなりの偏見に満ちていることは、一目瞭然だしね。
ただ、あまりにもマイケル・ムーアのブッシュ嫌いが強すぎるせいで、浅いトコロで批判的な考察が終わってしまい、「ブッシュのアホ、バカ、クソッタレ」と言っているだけの、それこそバカな映画になっているように思えるのだ。

そもそも、この映画を積極的に観賞するアメリカ国民は最初からブッシュに否定的な層であり、共和党支持者の大半は見ないわけで。もし見たとしても、映画の影響で民主党に鞍替えするようなことは考えにくいわけで。
そうなると、後は浮動票を取り込むことに期待するしかないのだが、アメリカは日本と違って浮動票ってのが少ないわけで。
かなりクッキリとした形で、共和党支持者と民主党支持者の層が分かれているわけで。
だから、こんな映画を作ったところで、所詮は民主党支持層の自己満足でしかないんだよね。

結局のところ、ブッシュは再選を果たしたわけだが、それはムーアに言わせればアホでマヌケなアメリカ人ということになるのだろう。
だが、本当にブッシュを再選させたアメリカ人は愚かなのだろうか。
そりゃあブッシュがアホなのは今さら言うまでも無いけど、それはひとまず置いておくとして、ムーアのプロパガンダに踊らされずに投票したのだから、ある意味では利口と言えるのではないか。
そしてマイケル・ムーアは、映画を使ったテロに失敗したわけだ。

ただし、この映画が全くの無意味だったのかというと、そうではない。
マイケル・ムーアは本作品を通して、どれだけ大きな話題になろうが、パルム・ドールを含む複数の映画賞を獲得して高い評価を受けようが、ドキュメンタリー作品としては異例の大ヒットを記録しようが、映画が政治に対する影響力なんて些細であることを証明したのだ。
だから、これからプロパガンダを考えている人にとっては、良い教訓になったはずだ。
そういう人たちは今後、映画ではなく他の方法を考えるべきだろう。

(観賞日:2015年8月23日)


第25回ゴールデン・ラズベリー賞(2004年)

受賞:最低主演男優賞[ジョージ・W・ブッシュ]
受賞:最低助演男優賞[ドナルド・ラムズフェルド]
受賞:最低助演女優賞[ブリトニー・スピアーズ]
受賞:最低スクリーン・カップル賞[ジョージ・W・ブッシュ&コンドリーザ・ライスor彼の“Pet Goat”]

ノミネート:最低作品賞
ノミネート:最低助演女優賞[コンドリーザ・ライス]

 

*ポンコツ映画愛護協会