『笑う警官』:2009、日本

10月21日。北海道の羽幌署焼尻駐在所で、駐在の笠井寛司が拳銃自殺した。翌日、藤原朋久というキャスターが、北海道警の裏金疑惑に ついてテレビ番組で取り上げている。刑事部長の石岡正純や生活安全部長の浅野貴彦たちは会見を開き、「不正経理の事実ありません」と 全面的に否定した。裏金疑惑がマスコミで取り上げられるようになったのは、匿名の現職警官による情報提供が発端だ。道議会の本会議で は、百条委員会の決議案がようやく可決された。
大通署盗犯係係長の佐伯宏一は巡査部長の植村辰男から、笠井が「私はうたっていない」という遺書を残して自殺したと聞かされる。植村 は新人の新宮昌樹に、道警が裏マニュアルをマスコミにリークした密告者を見つけ出そうと躍起になっていること、疑惑を掛けられると ファイル対象者に入れられて監視下に置かれることを教えた。札幌のマンションで女性の変死体が発見され、大通署の町田光芳と岩井隆が 出動した。被害者は本部生活安全部の水村朝美で、手錠を掛けられていた。部屋にはテレビも冷蔵庫も無かった。
町田たちが現場検証をしていると、捜査一課の長正寺武史たちが来て「この事件は本部が引き継ぐ。現場を引き渡せ」と一方的に通告した 。大通署に戻った町田と岩井は、佐伯、新宮、植村、警務係の小島百合を呼び出し、キャリアの連中が次々にやって来たことを話す。町田 は「どう考えても動きが早すぎる。お偉いさんたちはガイシャが警官だって、いつ知ったのか?一番乗りした自分らより早く知ってたって ことですよね」と疑問を口にした。
小島が「場所が問題だったってこと?」と意見を言うと、佐伯は「それなら、まず現場を押さえてもおかしくない」と述べた。植村は、 そのマンションが生活安全部の借りていた捜査用のアジトだった可能性に言及した。町田は、現場に液晶テレビが置いてあったらしき痕跡 があったことを話す。その日の内に、水村の同僚である津久井卓が容疑者として断定された。小島は津久井と警察学校からの同期だった。 かつて津久井は水村の恋人だった。また、津久井は一時期、アジトの鍵を預かっていたことがあった。
殺害現場からは、少量の覚醒剤と実弾が発見されていた。津久井は覚せい剤密売で逮捕された警部の下にいたことがある。今日は有給休暇 を取っているが、行方不明となっていた。石岡は津久井を覚せい剤常用の殺人犯と断定し、「発見した場合、わずかでも抵抗の素振りを 示せば拳銃を使用しても良い」と特殊班捜査係に通告した。本部が特殊班捜査隊を出動させたことを知った植村は、佐伯たちに「津久井を 射殺する腹だろう」と言う。
小島は新宮を引き連れ、お偉いさんから「あの店には近付くな」と言われていたジャズバー「ブラックバード」へ赴いた。マスターの安田 は元道警の刑事で、ヤクザの女に手を付けてクビになっていた。小島たちが中に入ると、植村、佐伯、町田、岩井が集まっていた。驚く 小島に、佐伯は「俺たちはバンドのメンバーだ」と言う。佐伯は「今からここが、津久井事件の裏捜査本部だ」と言い、津久井からの電話 を録音したボイスレコーダーを小島たちに聴かせる。津久井は「俺じゃないんです。上の連中にはめられたとしか思えない。俺、明日 呼ばれてるんです。百条委員会に」と語っていた。
佐伯は小島たちに、「百条委員会が始まる前に真犯人を挙げて、津久井の射殺命令を解除させたい。そして津久井を百条委員会に送り 届ける」と言う。百条委員会が開かれるのは、明日の午前10時。あと15時間ちょっとしか残されていない。岩井が反発すると、佐伯は静か 「説得はしません。各自の判断で」と言う。室井は協力を拒み、店を去った。その直後、店の奥から津久井が現れた。昨晩から安田に 匿われていたのだ。彼は佐伯たちに、「去年の10月以降、あの部屋には行っていない」と証言した。
佐伯は植村と町田に、事件現場を調べるよう頼む。津久井は植村に「百条委に何をチクるつもりなんだ?」と問われ、「それはちょっと」 と言葉を濁した。佐伯は新宮に、津久井を安田の家まで護送するよう指示した。小島は店に残り、パソコンで前科者のデータベースを 調べることにした。佐伯が新宮と津久井に付いて車まで行くと、岩井が来て「そこら中に検問と巡回が。おおよその場所は押さえたんで」 と言う。岩井も車に乗り込み、新宮たちは安田の家へ向かう。
植村たちはマンションを調べ、町田が液晶テレビの保証書を発見した。小島は佐伯に、ゴシップ好きの婦人警官・すみれに探りを入れて みる考えを明かした。石岡は浅野からの電話で、「津久井の所在についてタレ込みが入りました」と告げられた。津久井は岩井から佐伯 との関係を訊かれ、3年前に出会ったことを話す。佐伯と岩井はタイ政府から依頼された潜入捜査を担当したが、正体を知られてしまった 。2人は極度の緊張から精神を壊され、そのことで友情を越える関係になったのだった。
植村と町田は、液晶テレビが持ち込まれた質屋を突き止めた。さらに彼らは、30代半ばの肥満型男性が女物のフランク・ミューラーの 腕時計と一緒に持ち込んだという情報も得た。すみれの証言によって、それは水村の腕時計と一致することが分かった。佐伯は小島に、 窃盗犯の生き字引である道警の諸橋大悟に協力してもらうことを告げ、電話を入れた。諸橋の協力によって、質屋にテレビを持ち込んだ 犯人が谷川五郎という窃盗犯だと判明した。
町田から佐伯に電話を入れ、「俺、タレこんじゃいました」と白状した。佐伯は安田から地下室があることを聞き、津久井に電話を掛けて 「地下室へ行け。張られている可能性がある」と警告した。佐伯は後輩の大森久雄から電話を受け、水村殺しが津久井の仕業じゃないと いう噂があることを聞かされた。水村は佐伯に、「何か協力できることは無いでしょうか」と言う。小島の携帯には、すみれの同僚だと いう匿名婦警から電話が入った。彼女は、「ある上級職が水村の時計を買っていた」と言う。
匿名の府警は盗聴を恐れ、その上級職の名前についてはネットカフェからメールで送ることを告げた。彼女が「鑑識のどなたかと何か やっておられるなら応援しています」と言うので、小島は首をかしげる。メールが届き、水村のバトロンが浅野だと判明した。新宮たちは 谷川を発見し、逮捕した。谷川は「俺は殺してへん。殴っただけや」と言い、部屋にあった手錠を掛けただけだと弁明した。浅野の写真を 見せて「見覚えがあるか」と尋問すると、盗んだDVDの中に写っていることを告げる。
佐伯たちが合流してDVDを見ると、浅野が水村とのSMプレーに興じている様子が撮られていた。佐伯たちは、浅野が水村に強請られて いたのではと推理する。佐伯は浅野の元へ一人で行くことを告げ、「ひとまず解散しよう」と去った。小島は話が出来過ぎていることに 不審を抱き、谷川が誰かに指示されてアジトに侵入したのではないかと推理する。小島は新宮たちと共に、谷村を尋問した。
佐伯は浅野にDVDを見せ、自首して津久井の射殺命令を取り消すよう求める。自分の他にも5名がDVDを見たことを話すと、浅野は 激しく動揺する。彼は水村から強請られていたことを白状し、「呼び出されて部屋へ行くと水村が倒れていた、強盗殺人で処理できると 考えて首を絞めた」と殺害を自供した。彼は「だが根本的に君は間違ってる。盗撮を仕込んだのは水村じゃない。シナリオを書いたのが 誰か知らんが、刑事部長の石岡が、津久井が殺したことにして射殺命令を出す。そう持ち掛けてきた。あの晩、津久井を尾行してた連中が 、あの部屋の周辺を張ってたんだ。その時にはもう、そのDVDは石岡の手に渡ってた。私を強請ってたのは石岡だ」と語る。
佐伯は浅野に、射殺命令を解除するよう要求した。浅野は「私が解除させても、石岡は君たちを抹殺する」と言い、佐伯に取り引きを 持ち掛けた。佐伯に取り引きを拒否された浅野は、石岡に電話を掛けて射殺命令の解除を求めた。石岡は安田に電話を入れ、浅野の始末を 命じた。小島は新宮と共に佐伯の元へ行き、「空き巣の容疑者をピックアップしてくれた生き字引さん、誰だったんでしょうか。諸橋さん 、昨日は寝込んでいて電話は無かったそうです。誰と話していたんですか」と問い詰める。新宮は、谷川が安田に指示されて空き巣に 入ったことを吐いたと告げ、「自分たちは佐伯さんに騙されていたんですか」と抗議する…。

脚本&監督は角川春樹、原作は佐々木譲『笑う警官』(ハルキ文庫)、製作は角川春樹、企画は海老原実&遠藤茂行、プロデューサーは 川崎隆&野村祐人、撮影は仙元誠三、編集は板垣恵一、録音は西岡正巳、照明は渡辺三雄、美術監督は稲垣尚夫、音楽は大島ミチル、 ミュージック・スーパーバイザーは石川光、主題歌"I Didn't Know My Own Strength"『夢をとりもどすまで』Performed byホイットニー・ ヒューストン。
大森南朋、松雪泰子、宮迫博之、大友康平、忍成修吾、螢雪次朗、野村祐人、伊藤明賢、鹿賀丈史、矢島健一、平泉成、松山ケンイチ、 中川礼二(中川家)、大和田伸也、平山祐介、是近敦之、村杉蝉之介、諏訪太朗、並樹史朗、宝積有香、山口祥行、乙黒えり、野口雅弘、 大嶋守立、安藤彰則、岡田謙、明樂哲典、根岸大介、一本気伸吾、徳井広基、木村貴史、筒井俊作、柳野幸成、赤山健太、吉舎聖史、 あすか、平岡瞳、角川春樹、海老原実ら。


佐々木譲の“道警シリーズ”第1弾である警察小説を基にした作品。
原作が角川春樹事務所から刊行された時の題名は『うたう警官』だったが、映画化に伴ってハルキ文庫から文庫が発売された際、『笑う 警官』に改題された。
佐々木譲に原作シリーズの執筆を勧めた角川春樹事務所の親分・角川春樹が、『時をかける少女』以来12年ぶりに監督と脚本を担当して いる。
佐伯を大森南朋、小島を松雪泰子、 津久井を宮迫博之、石岡を鹿賀丈史、浅野を矢島健一、安田を大友康平、新宮を忍成修吾、植村を螢雪次朗、町田を野村祐人、岩井を 伊藤明賢が演じている。津久井をかくまうパチンコ屋の男で松山ケンイチ、百条委員会委員長役で平泉成が出演している。

冒頭の自殺シーンの後、タイトルロールに入るとムーディーなラウンジ系のヴォーカル・ジャズが流れてくる。
角川春樹がジャズ好きで、だから劇中の伴奏音楽にジャズを使ったらしい。
まあジャズを使うのはいいけど、なんでムーディーな曲ばかりをチョイスしたのかと。
この映画って、そんなにムーディーな作品じゃないでしょ。
ジャズを使うにしても、ハード・バップとかモード・ジャズとか、その辺りのジャンルにしておけば、もう少し何とかなったかも しれんのに。

角川春樹が舞台挨拶で語ったところによれば、スタイリッシュな作品、1950年代のアメリカ映画のような雰囲気の映画に仕上げたかった そうだ。
だけど本来なら、もっとリアル&ハード志向で撮るべき話でしょ。
それなのに角川春樹がスタイリッシュにこだわった結果として、スタイリッシュにもならず、ただ単に「カッコ付けようとしたらカッコ 悪くなった」というだけに終わっている。

主人公や仲間たちが全く関連していない事件を調べるという内容なら、まだスタイリッシュ&ムーディーにやっても何とかなったかも しれないよ。
だけど自分たちの仲間が濡れ衣を着せられ、それを着せたのが自分たちの組織の上層部という話だから、それをムーディーにやるってのは 馴染まないでしょ。
ブラックバードで佐伯がサックスを演奏するシーンも、「なんだそりゃ」と。
回想シーンで佐伯と津久井がサックス&ピアノ演奏している様子が写った時には、そのバカっぽさに笑ってしまったよ。

最初に駐在が自殺し、現役の婦警が殺される。現役刑事が容疑者と断定され、射殺命令が出る。警察上層部の動きは怪しい。
そんな導入部からして、もっと緊張感に溢れていてもいいはずなのに、まるで張り詰めた空気が漂って来ない。
何となくダラーッとした感じになっている。
どこが悪いというレベルじゃなくて、全てがダメ。
カメラワークもカットの繋ぎ方も、間の取り方もテンポも、ことごとくダメ。

まず、もう少しテンポを速くしないとキツい。
慌ただしくやれということではない。むしろ、説明は下手だし、不充分だ。
視点が定まっていないのだが、もう少し絞り込んだ方が良かったんじゃないかな。
もっとハッキリ言えば、基本的には小島の視点で物語が進行するようなシナリオにした方が良かったんじゃないかな。小島には「津久井と 同期」というところで、捜査に積極的に関わる動機があるわけだし。それと、ブラックバードへ行くシーンでは彼女視点になっているん だし。
そして、同期だった津久井が容疑者にされたことへの驚き、何とか彼の疑惑を晴らしたいという熱意、そういう感情を、もっと表現すべき ではなかったか。

っていうか、あそこで小島がブラックバードへ行く理由が乏しいよな。
なんで、そのタイミングでその店へ行くのかという理由が全く見当たらない。
例えば「佐伯たちがそこへ向かうのを目撃し、何か怪しいと感じて後を追う」とか、そういう形にでもしておけばいいのでは。
あるいは、もう最初から佐伯たちに誘われて同行するという形でもいい。
大体さ、佐伯に「俺たちはバンドのメンバーだ」って言われても、「だから何なの」って感じだし。

あと、すぐに小島は「ところで私の分担は?」と尋ねているんだよな。
ってことは、最初からそこに呼ばれていたのか。もう説明を受けていたのか。
良く分からないなあ。
その辺りは、もっと明確に「小島が事件に疑念を抱き、独自に捜査しようとする」とか、「佐伯が疑念を抱いて独自捜査しようとすると、 小島たちが協力を申し入れる。そこで佐伯は、その店に連れて行く」とか、そういう形にすればいい。
とにかく全てにおいて、ボンヤリした描写になっているんだよな。

津久井が佐伯と組んでいた頃を長々と回想するシーンは、必要性が全く無い。
それを語ったからって、ドラマに厚みが出るわけじゃないし、今回の物語には何の影響も与えない。
「津久井とは深い付き合いだから、佐伯が何とか無実を証明しようとする」というところで影響を与える要素にすることは出来るのだが、 佐伯はほとんど感情を示さないし、この2人の友情ドラマなんて皆無だし、だから全く意味の無い回想シーンになっている。
佐伯が「かつて組んでいたことがある」と喋る程度でも充分だ。
むしろ小島の方で、津久井との関係性の描写に厚みを持たせた方がいいんじゃないかと。

「明日の朝10時までに真犯人を見つけ出し、射殺命令を解除させなければ」というタイムリミットがあるのに、そこでのサスペンスは全く 生じない。
時間が迫っているはずなのに、佐伯たちは余計なことをダラダラと喋っているし、すげえ余裕がある感じだし。
「誰が内部の裏切り者なのか」というところでミステリーやサスペンスを盛り上げるのかと思ったら、あっさりと判明する。
しかも、佐伯たちが調べて突き止めるのではなく、町田が勝手に白状する。
怪しまれたわけでもないし、何か自省の念にかられるような出来事があったわけでもないのに、唐突なタイミングで白状する。
何もきっかけが無いのよ。
しかも、そこには苦悩や葛藤が全く見えないし。

事件の犯人が浅野だと判明し、全ての意図を引いていたのが石岡だと分かって、そこから話が30分以上続いてしまう。
一応、「津久井を百条委に届ける」というミッションは残っているんだけど、そこが蛇足にしか思えない仕上がりになっている。
すぐに津久井を送り届ける仕事に移行するのかと思ったら、佐伯が石岡の犬として仕事をしていたことについてダラダラと喋るパートに 入っちゃうし。

石岡がマスターに始末され、実は植村が黒幕だったことが明らかになるという終盤の展開は映画オリジナルらしいけど、完全に改悪だよな 。
バカバカしさに満ち溢れているし。
あと、最後の「ブラックバードで、小島や安田、死んだはずの浅野や石岡も眺める中、佐伯のバンド(植村も参加している)がムーディー なジャズを演奏する」というシーンは、どういう狙いがあるのかサッパリ分からんぞ。

オープニングで主要キャストと一部スタッフがアルファベット表記されているのは別にいいとしても、クロージング・クレジットも全て アルファベット表記っのては、観客を舐めているのかと言いたくなる。
日本人の役者ばかりが出演し、日本語の台詞を喋り、日本で公開される映画でしょうに。
私は自力で一部のキャストについては突き止めたけど、全ての表記を英語にしたら、どんな役者が出ていたのか分からないじゃないか (だけど角川春樹って角川書店のボスだった頃に撮った『キャバレー』でも、同じことをやっているんだよな)。
私の中では「邦画なのにキャストとスタッフを英語で表記している作品は駄作ばかり」という勝手な偏見があるのだが、その偏見通りの 仕上がりだったよ。

(観賞日:2011年12月7日)

 

*ポンコツ映画愛護協会