『LIMIT OF LOVE 海猿』:2006、日本

一等海上保安士・仙崎大輔が潜水士の資格を取得して、2年の歳月が過ぎた。現在、彼は第十管区鹿児島航空基地機動救難隊に勤務して いる。ある時、仙崎は飛行機の墜落事故現場で救助に当たった。激しい大波に見舞われる中、仙崎は残された少年を救出し、もう1人の 要救助者の手を掴む。しかし荒波によって、その要救助者の手は仙崎から離れ、海に消えた。
仙崎の元に、遠距離恋愛中の恋人・伊沢環菜がやって来た。2人は結婚することになっていたが、仙崎は多忙を理由にメールの返事も ほとんど送っていない。仙崎は正式にプロポーズしたわけではなく、何となく流れで結婚することになっていた。仙崎の気持ちを確認する ため、環菜はウェディングドレスを持って会いに来たのだ。だが、仙崎は「少し時間がほしい」と告げる。
翌日、大型フェリー・くろーばー号の座礁事故が発生した。仙崎はバディーの吉岡哲也たちと共に、現場に駆け付けた。押し寄せる乗客に圧倒 され、仙崎は動揺して何も出来なくなる。そこへ救難隊隊長・北尾勇が駆け付け、落ち着いて避難するよう乗客に促した。警備救難部 救難課専門官・下川ーは、対策本部で指揮を執る。救難課課長・梨本信士や救難課係長・三沢圭介らが集まる対策本部には、第十管区 海上保安本部本部長・桂木貞之もやって来た。
くろーばー号は砂利運搬船と接触し、船底に穴が開いていた。乗員と乗客合わせて620名が乗っており、全員を避難させるにはかなりの時間 が必要となる。船内には195台もの車両が積載されており、引火すれば大爆発の危険がある。仙崎と吉岡は小さな火災を発見し、直ちに 消火した。非常用システムが損傷し、スプリンクラーが作動していなかったのだ。
乗客の避難が続く間も、船は少しずつ傾いていく。乗客を誘導していた仙崎は、環菜の姿を発見した。仙崎は環菜に、ドレスの入った スーツケースを置いて甲板に上がるよう告げる。仙崎は乗客に押し倒された妊婦・本間恵を座らせ、休ませる。対策本部に連絡を入れた 仙崎は、船がいずれ沈むことを下川に伝えた。下川は仙崎に、状況に応じて非常用脱出口に乗客を誘導するよう指示した。仙崎は、船の 売店で販売員をしている恵の示した近道を通って脱出口を目指す。
車両デッキに降りた仙崎は、エンジン音がしているのを耳にした。慌てて近付くと、海老原真一という乗客が高級車に乗って落ち着き 払っていた。海老原は「どうせ沈まないんだろう」と余裕の態度を見せ、高飛車な態度を取る。その時、仙崎はガソリンがどこかで漏れて いることに気付いた。仙崎は強引に海老原を引っ張り、恵を連れて車両デッキから脱出しようとする。その時、爆発が発生した。海老原は 足に負傷を負い、自力では歩けなくなった。だが、吉岡が助けに来たこともあり、死者は出なかった。
鹿児島テレビ報道部員・乙部志保里は船内からの生リポートをテレビ局から指示されるが、動揺してマトモに話せない。そこへ海上保安官 が現われ、早く避難するよう指示する。一方、仙崎は脱出口へ向かおうとするが、吉岡が爆発のショックでルートを見失ってしまう。仙崎 にも、現在地がどこなのか分からなかった。仙崎は対策本部に連絡し、下川に助けを求めた。
環菜らと共に船から避難した志保里は、ディレクターの服部真佐彦やカメラマンの矢野達郎から現場リポートを要求される。対策本部は 少ない情報を分析し、仙崎たちが2階の濾過循環室にいることを突き止めた。その事実に、下川たちは愕然とする。階下は全て浸水し、上は 火災が発生しており、まるで逃げ場が無かったのだ。
下川は仙崎に連絡を入れ、1階に降りて右舷船尾へ向かい、そこから3階に上がるよう指示を出す。それは30メートルの距離を潜水する ことを意味したが、他に脱出ルートが無かったのだ。何とか3階の工作室に辿り着いた仙崎たちだが、再び爆発が発生する。船体は激しく 揺れ、保安官に多くの負傷者が出た。爆発の衝撃により、仙崎は対策本部との連絡が取れなくなった。桂木の命令を受け、下川は保安官の 全員撤収を指示する。これにより、仙崎たちは自力のみで脱出することを余儀なくされる…。

監督は羽住英一郎、原作は佐藤秀峰、原案&取材は小森陽一(「海猿」小学館ヤングサンデーコミックス)、脚本は福田靖、製作は 阿部秀司&尾越浩文&島谷能成&亀井修、プロデューサーは臼井裕詞&安藤親広、アソシエイトプロデューサーは小出真佐樹、企画は 関一由&堀部徹、製作総指揮は亀山千広、監督補は近藤一彦、撮影は佐光朗&さのてつろう&村埜茂樹、編集は松尾浩&穂垣順之助、録音 は柳屋文彦、照明は水野研一、美術は清水剛、VFXスーパーバイザーは石井教雄、ダイビングコーディネーターは金城正則、 音楽は佐藤直紀、主題歌は伊藤由奈『Precious』。
出演は伊藤英明、加藤あい、時任三郎、佐藤隆太、大塚寧々、吹越満、浅見れいな、美木良介、石黒賢、光石研、津田寛治、平山祐介、 菅原卓磨、坂本碓吾、江畑浩規、青木崇高、荒川良々、市川しんぺー他。


佐藤秀峰の漫画『海猿』を基にした劇場版シリーズ第2作。
ただし前作の続き、ということではなく、前作と本作品の間にはTVシリーズが放映されている。
つまり「劇場版第1作→TVシリーズ→劇場版第2作」という変則的な流れがあるわけだ。
監督、脚本は共に劇場版第1作、TVシリーズと引き続いての担当となる羽住英一郎と福田靖。
劇場版1作目からの続投となる出演者は、仙崎役の伊藤英明と環菜役の加藤あい、潜水士・渡辺マサヤ役の青木崇高の3人のみ。TV版 からの続投組は、下川役の時任三郎、吉岡役の佐藤隆太、潜水士・山路拓海役の平山祐介。他に、恵を大塚寧々、海老原を吹越満、志保里 を浅見れいな、桂木を美木良介、北尾を石黒賢、梨本を光石研、三沢を津田寛治が演じている。

TV版も含めると3作目ということになるわけだが、今までの作品を見ていなくても、ちゃんと理解できるようになっている。
ここは素直に評価しておきたい。
映画版として「1作目を見ていないと分からない」というのは別にいいのだが、個人的に「TV版を見ていないと 映画の中身が全く理解できない」という作りになっているモノが、あまり好きではないので。

最初の飛行機事故現場での救出シーンには、ポーチライト・エンターテインメント製作の映画に匹敵する迫力がある(これが誉め言葉なのか否 かは皆様の判断に委ねる)。
そのシーンは主人公である仙崎が出ているのに、それが誰なのかハッキリと分からないような映し方にしてあるという、もったいぶった ことをやる。
車でやって来た環菜の前にヘリで仙崎と吉岡が来るシーンでも、やはり彼らの顔は良く分からない映し方をしている。
まあ意図は分からないが。

仙崎は環菜から結婚への明確な意思を要求されて「時間が欲しい」と言うのだが、ためらう理由がサッパリ分からない。
いや、ホントは分かるのよ(どないやねん)。
ようするに、「危険な仕事をやってるから」ってことだろうとは思うのよ。
ただ、それはこっちが勝手に推理したことであって、映画の中で仙崎の心情が描かれているわけではない。
本来なら、アヴァン・タイトルにおける救出シーンから、その結婚へのためらいを見せるシーンに繋げていくべきなんだよな。しかし、 その間に、仙崎が能天気にはしゃいでいる様子を見せたりするもんだから、そこが完全に分断されているのだ。
おまけに、環菜から結婚の意思を求められるシーンでも、例えば冒頭の救助シーンがフラッシュバックするような演出も無いし。
映画が後半に入ってから、吉岡が「仙崎が飛行機事故の救出で2人を救おうとしたが1人は救えなかった。それを今も引きずっている」と いうことをセリフによって説明している。結婚へのためらいも、それと関連していたということになるのだろう。
ただ、吉岡がそのことを言うまでに(言った後もそうだが)、仙崎がそれを引きずっている様子は全く伺えない。

「沈没する船からの脱出」というパニック映画のセオリーとしては、最初に主な乗客数名を提示し、穏やかに航行している様子を描き、 そこから事故発生シークエンスへと移行していく形になる。
だが、この映画では事故発生までの展開をサクッとカットして、いきなり事故発生直後のシーンを持って来る。
船の外に主人公がいるとはいえ、思い切った判断だ。
ただ、最初に複数の乗客を提示しておく必要性は無かったのだと、後になって分かる。
なぜなら、取り残される乗客はわずか2名だけだからだ。
その代わりに、海上保安官2名が取り残される側に回っている。
また、パニック物では途中で何人かが命を落とすのがセオリーで、だから最初はある程度の人数を揃えておくのだが、今回は誰も 死なないので最初から4人という少人数にしてあるのだろう。
そこは海上保安庁の手前、死者を出すわけにはいかないということだったのだろうか。

その少人数のキャラでさえ、人間ドラマとして生かそうという気は無い。
後半に入って、海老原が離婚して娘に会いたがっているという設定が明かされるが、それを使っての人間ドラマなど描かれない。恵の方も 、ただ妊娠しているという設定があるだけで、彼女を心配している男との関係だとか、お腹にいる子供への思いとか、そういう部分で ドラマを膨らませる意識は無い。
ようするに恵と海老原は、仙崎に脱出への障害を与えるための道具、及びヒロイズムを満足させるための道具として配置されただけなのだ。
「妊娠している」「自力では歩けない怪我を負っている」という設定も、脱出への障害の重さを増やすためのものだ。それ以上の意味は 無い。
意味が無いといえば、他の脇役キャラも総じて同様のことが言える。志保里は船内にいたことに何か意味があるのかと思ったら、 何の意味も無い。北尾を始めとする他の海上保安官も、全くキャラが立っていない。

乗客が早く避難しようとパニック状態になっている中でも、メインのキャラである仙崎や環菜は、ノンビリしたものだ。
取り残された後も、一刻を争う事態、死ぬかもしれないという事態なのに、仙崎や恵らは途中でノンビリと会話を交わし、休憩を取って いる。そんなに落ち着いて喋っている暇があったら、さっさと動け、早く脱出口を探せと言いたくなる。
梯子を登る時も、無駄に喋ってエナジーを使用しているし。
黙って行動することが出来ないのか、喋っていないと不安なのかと。

仙崎らが取り残されるのは、吉岡は軽薄さをアピールして道に迷い、仙崎も現在地を見失う愚かっぷりを見せるからだ。
「何かのトラブルで脱出口への道が塞がれた」といったピンチではなく、自分たちがバカだから脱出口が分からなくなるという困ったこと になっている。
乗客のピンチを救うべき海上保安官が、自らピンチに陥って助けを求めるという始末。
こっちは映画を見る前に、仙崎が恋人を助ける役回りなんだろうと勝手に思っていたが、助けを求める側なのね。

下川は濾過循環室にいる仙崎に対して30メートルの潜水を必要とする脱出ルートを指示し、「どんなに苦しくても可能性はある。必ず 生きて帰れ」と言う。
しかし考えてみれば、30メートルの潜水自体は、海上保安官の訓練を積んだ仙崎にとってそれほど難しいことではない。
むしろ、潜水以外に道が残されていないことによって苦しいのは、仙崎や吉岡よりも恵と海老原なのよね。
しかも、そんな厳しい状況に追い込まれた原因は、仙崎と吉岡がボンクラなせいで迷子になってしまったからだ。
そういうことを考えると、この物語における主人公は海上保安官よりも船の乗客にしておいた方が何かと都合がいいんじゃないかとさえ 思える。
ただ、それでは『海猿』として成立しないわけで。
だったら、せめて海上保安官がバカなせいで厳しい状況に陥るという展開は避けるべきじゃなかったのか。
正直、そうすることのメリットを何も感じないし。

「LIMIT OF LOVE」というタイトルでヤバい気はしていたのだが、パニック・サスペンスより恋愛ドラマを押し出したいのね、少なくとも 製作したフジテレビとしては。
『タイタニック』とか『アルマゲドン』とか、そんな感じを狙っているのね、たぶん。
そのためには、噴飯モノの展開も、嘲笑モノの御都合主義も、堂々と持ち込み、平然と描写する。
例えば一般人である環菜が簡単に対策本部に入っているという不可解な展開も、恋愛劇のためには必要だったという判断なのだろう。環菜 が大勢のマスコミがいる前で仙崎のことを尋ねて大騒ぎを引き起こすのも、そういうことなんだろう(いや意味は分からないけど)。

どうやら監督は、観客を感動させるためには、たっぷりと時間を取って長いセリフを喋らせる必要がある、長い会話シーンを用意する必要 があると解釈していたようだ。
それが正しい判断だったかどうかは、「仙崎が偶然にも発見した携帯電話で、沈み行く船内から環菜にプロポーズする」という、製作 サイドが一番の見せ場にしているシーンで失笑した、と言えばお分かりだろう。
なぜ失笑したかは説明しなくても一目瞭然なのだが、何しろ、一刻の猶予を争う状況で、しかもバッテリーの電源も気になるところで、 長々と喋っているのだ。
いや、プロポーズが悪いとは言わないが、「絶対に生きて戻る。そうしたら結婚しよう」と短いセリフで済むところだろう。それを「結婚 に躊躇していた理由は云々」と、長々と説明するのだ。

海上保安庁の全面協力もあって、迫力やスケール感のあるパニック・シーンを描写できるだけの舞台装置は整っている。
ところが、「船が大きく傾いているのに船内は傾いていない」という、『タワーリング・インフェルノ』への分かりにくいオマージュかと 思えるような描写によって笑いを誘う。
終盤には、「船体は真横に近いほど傾いているのに、梯子が真っ直ぐ上に伸びている&大水が真上から降ってくる」という奇妙なシーンも ある。船が外から映るシーンでは大きく傾いており、船内に切り替わると梯子が真っ直ぐ上に伸びているので、遊園地のびっくりハウス にでも来たのかという錯覚に陥ってしまう。

良くも悪くも、ハリウッド大作映画チックなエッセンスが、この映画には感じられる。
日本映画界も、ここまでスケールの大きなパニック&恋愛ポンコツ映画を生み出すことが出来るってのは、素晴らしいことだよ、いや ホントに。
無節操に鳴り響く過剰なBGMも、ポンコツぶりを助長していて、いい感じだ。
もちろん中心にいる俳優陣の芝居も、映画に合っていて素晴らしい。

(観賞日:2007年4月21日)


第3回(2006年度)蛇いちご賞

・作品賞

2006年度 文春きいちご賞:第6位

 

*ポンコツ映画愛護協会