『竜とそばかすの姫』:2021、日本

Uは5人の賢者たちによって創造された究極の仮想世界であり、アカウント数は50億を突破して増え続けている。Uでは最新のボディー・シェアリング技術が採用され、Asと呼ばれる利用者の分身は生体情報から自動生成される。歌姫のBelleは、そんなUで高い人気を持つ存在となっている。その正体は誰にも知られていないが、実は高知の田舎町に住む高校生の内藤鈴だ。彼女は父と2人暮らしで、バスと電車を乗り継いで高校に通っている。
鈴の通う学校では、吹奏楽部でアルトサックスを担当する渡辺瑠果が人気者になっている。鈴の親友で毒舌の別役弘香は、「その点、鈴は月の裏側みたいだから誰も寄って来なくて楽だよね」と口にする。鈴の同級生の千頭慎次郎は1人でカヌー部を立ち上げたが、部員を勧誘しても全く相手にされていない。鈴の幼馴染でバスケ部の久武忍は、女子たちからモテモテだ。鈴は弘香に、「6歳の頃、忍に僕が守ってあげると言われたことがある」と語る。鈴が6歳の頃、増水した川の真ん中の小島に幼女が取り残される出来事が起きた。号泣する幼女を見た鈴の母は、救出に赴いて命を落とした。ネットでは彼女の行動に対し、激しいバッシングが起きた。
鈴は弘香からUの存在を知らされ、Belleとして仮想世界に入った。彼女が歌うと近くにいた数体のAsが否定的な意見を吐くが、天使のAsがBelleに接近して「素敵」と称賛した。Belleのフォロワー数は爆発的に増加し、鈴のクラスメイトの話題にするようになった。Uの世界の歌姫だったPeggie Sueとファンたちによる批判はあったが、Belleの歌は音楽チャートにランキングした。鈴は焦りを覚えるが、弘香は面白がって「BelleをプロデュースしてUの大スターにする」と意気込んだ。
鈴は母の友人だった吉谷&喜多&奥本&中井&畑中の合唱隊がクリスマス・コンサートに向けて練習している時、その場に同席する。だが、彼女は合唱に加わらず、隠れているだけだった。鈴は学校で忍から「ちゃんとご飯食べてる?なんかあったでしょ?」と心配されるが、女子たちの視線に気付いて逃げるように去った。UではBelleの大規模コンサートが開かれるが、竜の姿をしたAsとジャスティンが率いる自警団が会場に飛び込んできた。竜は数ヶ月前に武闘場に出現し、連勝記録を塗り替え続けている。しかしデータが壊れて使用不可になるまで攻撃するなど、ファイトイスタイルは乱暴だった。自警団は「正義と秩序を守る」と主張し、竜の退治を目指していた。
Belleは竜を見つめ、「貴方は誰?」と呟いた。竜は彼女に気付き、「俺を見るな」と口にした。ジャスティンは「我々は悪しき竜を必ずアンベイルする」と宣言するが、竜は自警団を蹴散らして逃亡した。コンサートは中止になり、弘香は竜の正体を暴こうと考える。彼女が竜の対戦相手に聞き込みを行うと、イェリネクという現代美術アーティストの名前が挙がった。鈴と弘香は素性を偽り、イェリネクに質問を投げ掛けた。イェリネクは激しい苛立ちを見せ、すぐに回線を切った。
竜の正体を探っているのは鈴と弘香だけでなく、多くの面々が調べていた。イェリネクの他に、スワンという婦人や野球選手のフォックスも竜の正体として名前が挙がった。弘香は理想の主婦として広く知られるスワンについて、夫も娘もいないことを突き止めて鈴に教えた。鈴は弘香から情報を貰い、Belleとして竜が住む城へ赴いた。Belleが城に入ると、竜は怒って出て行くよう要求した。天使には優しい態度で接する竜を見て、Belleは「貴方の本当の姿は、どっち?」と呟く。竜は部屋に隠れ、扉を閉めた。
鈴は合唱隊の5人から好きな人が出来たのではないかと指摘され、頬を赤くしながら否定した。彼女は合唱隊から、誕生日にラブソングをプレゼントするよう提案された。鈴がラブソングを考えながら歩いていると、グループLINEに忍との関係を誤解した女子生徒たちから大量のメッセージが届いた。慌てた鈴は弘香に相談し、話の分かる子たちの誤解を解くよう指示された。そこへ瑠果から「気になる人がいて悩んでる」という相談メールが届くと、弘香は「裏で糸を引いているんじゃないんか」と疑った。
鈴は忍から「今日、なんかあった?」と心配され、「前から聞こうと思ってたことがあって」と切り出した。しかし慎次郎が来て質問するタイミングを逸したため、「もういい。こんな私のことなんか気にしなくていいんだよ」と告げて去った。彼女は「私でよかったら何でもきいて。応援してるなら」と瑠果にメッセージを送り、涙を流した。鈴がBelleとして城へ行くと、天使が竜の元へ招き入れた。Belleが痣に触れようとすると、竜は「触るな。君は何も分かってない」と怒鳴って追い払った。
Belleは自警団に包囲され、そこにいる理由について詰問された。ジャスティンがアンベイルしようとすると、竜が駆け付けてBelleを救出した。竜は攻撃されて負傷するが、Belleを連れて城へ戻った。Belleは「貴方のこと、前より少し分かる」と言い、本当に痛いのは心だと指摘した。彼女は城で歌い、竜を誘って一緒に踊った。しかし竜は痣が広がって光り出すと、激しく苦悶した。Belleは自警団に拉致され、ジャスティンから竜の居場所を教えるよう要求された。Belleは「貴方は正義なんかじゃない。ただ他人を従わせたいだけ」と批判し、協力を拒絶した。怒ったジャスティンはアンベイルしようとするが、天使と城のAIたちが駆け付けてBelleを救助した。
翌日、鈴は駅で瑠果と会い、彼女の好きな相手が忍ではなく慎次郎であること、上手く告白できなかったことを知らされた。慎次郎は瑠果が自分を好きだと知り、激しく狼狽した。彼は鈴に背中を押され、瑠果と会話を交わした。駅を出た鈴は、忍と遭遇して告白しようとする。だが、その前に「Belleだろ」と指摘されたため、「違うよ」と否定して逃げ出した。鈴は弘香からの電話で、竜の城に自警団が突入したことを知らされた。鈴がBelleとして城に行くと、自警団は竜の居場所を教えないAIたちを痛め付けていた。自警団は竜を始末するため、城に火を放った。BelleはAIから隠し扉を教えてもらい、竜のいるバルコニーに赴いた。Belleが一緒に逃げようと告げると、竜は「僕が耐えれば、それでいいんだ」と呟く。彼は「ホントのこと言えずにゴメン」と謝罪し、バルコニーから飛び去った…。

監督・脚本は細田守、原作は細田守『竜とそばかすの姫』(角川文庫刊)、製作指揮は沢桂一、製作は伊藤響&田中伸明&菊池剛&齊藤佑佳、プロデューサーは齋藤優一郎&川村元気&高橋望&谷生俊美、制作プロデューサーは石黒祐之、作画監督は青山浩行、CG作画監督は山下高明、CGディレクターは堀部亮&下澤洋平、美術監督は池信孝、色彩設計は三笠修、撮影監督は李周美&上遠野学&町田哲、編集は西山茂、リレコーディングミキサーは佐藤忠治、スーパーヴァイジングサウンドエディターは勝俣まさとし、プロダクションデザインは條安里&Eric Wong、衣装は伊賀大介&森永邦彦&篠崎恵美、音楽監督/音楽は岩崎太整、音楽はLudvig Forssell&坂東祐大&狭間美帆、ミュージックスーパーヴァイザーは千陽崇之、メインテーマ『U』はmillennium parade×Belle。
声の出演は中村佳穂、佐藤健、役所広司、成田凌、染谷将太、玉城ティナ、幾田りら、森山良子、清水ミチコ、坂本冬美、岩崎良美、中尾幸世、森川智之、石黒賢、宮野真守、島本須美、ermhoi(millennium parade)、HANA、津田健次郎、小山茉美、宮本充、多田野曜平、牛山茂、桝太一、水卜麻美、徳島えりか、山崎誠、平松修造、伊藤大海、弘竜太郎、河出奈都美、石川みなみ、忽滑谷こころ、那須晃行(なすなかにし)、中西茂樹(なすなかにし)、金ちゃん(鬼越トマホーク)、坂井良多(鬼越トマホーク)ら。


『バケモノの子』『未来のミライ』の細田守が監督&脚本を務めた作品。
鈴の声を担当したのは、シンガーソングライターの中村佳穂。
同じくシンガーソングライターの幾田りらが弘香の声を、millennium paradeのermhoiがPeggie Sueの声を担当している。
恵を佐藤健、鈴の父を役所広司、忍を成田凌、慎次郎を染谷将太、瑠果を玉城ティナ、吉谷を森山良子、喜多を清水ミチコ、奥本を坂本冬美、中井を岩崎良美、畑中を中尾幸世、ジャスティンを森川智之、恵と知の父を石黒賢が担当している。

冒頭でUの世界が映し出され、ナレーションによる簡単な説明が入る。BGMのような形でBelleの歌が流れており、ナレーション説明が終わると歌っているBelleが登場する。
だが、そのまま歌唱シーンを続けるわけではなく、すぐに鈴のシーンへ切り替える。
それは掴みのシーンとして、ものすごく中途半端だ。
アクション映画では主人公のアクションシーンを冒頭に用意し、観客を掴もうとすることも少なくない。
それと同様に、この映画もBelleの歌唱シーンで掴みに行けば良かったんじゃないのか。

それを考えると。最初のパートはBelleのミュージック・ビデオのような内容にして、フルコーラスで歌唱シーンを描いても良かったんじゃないかと。
Uの説明なんか、後回しでも構わない。そこまで徹底する気が無いのなら、Belleの歌から始める意味が弱いよ。
あと、歌に関しては素晴らしいんだけど、やっぱりドラマパートだと中村佳穂は厳しいモノがあるなあ。
彼女の歌を使いたくなる気持ちは分かるが、だったらドラマパートと歌唱パートで担当者を分担する形を取っても良かったんじゃないかな。

鈴の母は幼女を助けに行く時、「行かなきゃあの子が死んじゃう」と言う。
だけど状況からすると、今すぐに幼女のいる場所が浸水するようには思えない。どう考えても誰かがレスキューを呼んでいるはずなんだし、その到着を待った方が良くないか。
鈴の母が立派で勇敢な行動をしたわけじゃなくて、状況判断を誤った軽率で無謀な行為にしか思えないんだよね。
あと、シーンが切り替わると「男性2人が幼女の手を取って岸に上がってくる。鈴の母の姿は消えている」という状況だけど、何がどうなったのかサッパリ分からんよ。

前述したように、鈴の母の行動は無謀で愚かしい。
なので、彼女に対するネットのバッシングは「卑劣で醜悪な行為」として描かれているが、「雨で増水した川に飛び込むなんて自殺行為だ」という意見に関しては「その通りだな」と同意したくなる。
とは言え、もちろん誹謗・中傷の嵐を肯定する気は無い。他の書き込みに関しては、ドイヒーだなと思う。
でも、あの一件でネットでバッシング一色に染まるという状況そのものに、不自然さを覚えるんだよね。

鈴の母が死ぬシーンの前に、鈴がスマホのキーボードアプリを使ったり、母と一緒に歌ったりする様子は少しだけ描かれている。しかし、そこは台詞無しでの処理であり、鈴の歌声は聞かせていない。
また、鈴にキーボードアプリを教えたのは母じゃなくて父だ。
なので、「鈴と母が音楽で結ばれていた」という印象は弱いし、「鈴は母に捨てられた気持ちになって歌えなくなった」というドラマも見えて来ない。
そもそも鈴は母と歌うシーンが1つあるだけなので、「歌が大好きだった」という印象も弱いし。

鈴が人前で歌うシーンが無かったので、「母の死で歌えなくなった」という変化も分かりにくい。
カラオケボックスで大勢のクラスメイトが待ち受け、マイクを突き付けて責めるように「歌え」と強要するシーンがあるが、これはヘンテコなだけだし。もし「鈴の幻覚」という設定だとしたら、その見せ方に失敗しているし。
あと、人前で歌えなくなったわけじゃなくて、誰もいない場所でも上手く歌えずに嘔吐しているよね。それなのにUでは普通に歌えるってのが、どういう理屈なのか良く分からん。
たぶん「別人格になれば平気」ってことではないかと思うけど、そこを上手く伝えられていない。

鈴はBelleとしてUの世界に足を踏み入れた途端、すぐに堂々と歌い出す。
その行動は、ものすごく変だぞ。
まずはUの世界を歩き回って、どういう場所なのか、何があるのか、何が出来て何が出来ないのか、そういう基本的なルールや情報を学習しようとする方が自然じゃないか。
念入りに予習してから、Uの世界に入ったわけでもないでしょうに。そして、最初から「仮装世界で歌う」という目的でUの利用を始めたわけでもないでしょうに。

Asは利用者の生体情報からボディー・シェアリングされるのに、人間の姿のアバターもいれば、まるでかけ離れた形状の奴もいる。
そこの基準は、どうなっているのかサッパリ分からない。
Belleが歌い始めると伴奏が流れるけど、どういうシステムなのかサッパリ分からない。鈴が事前に用意しておいた伴奏を流している設定なのか。
そんな感じで、世界観もルールもシステムも、Uに関するディティールは超が付くぐらい適当だ。

デビュー6ヶ月で全世界2億人がコンサートを観賞するのは、それぐらいBelleが凄い歌姫だとアピールするために設定なんだろう。
でも、Uって他に何も娯楽が無いのかと言いたくなる。
っていうか、Uに来る人々は何を求めているんだろうか。Uという仮想世界の魅力や面白さが、まるで見えて来ないんだけど。
しばらく経てば見えて来るのかと思っていたが、最後まで分からないままだった。
細田監督の中で、仮装世界のイメージが『サマーウォーズ』の頃から大して進化していないようにも感じるし。

竜にしろ自警団にしろ、コンサート会場に乱入して中止に追い込めているのは変だろ。
コンサートはUが運営しているイベントなんだから、その会場に簡単に乱入できるとか、そんなことをしても何のペナルティーも受けないとか、どういうことなのか。
そんな連中が野放しにされているってのは、どういう管理体制なのか。
そもそも、竜が悪質な行為を繰り返しているのに追放されないのも、それを取り締まろうとするのが運営サイドじゃなくて利用者グループとか、そういうのも変だろ。

竜は城に住んでいるけど、その城は最初からUの世界に存在したのか。存在したなら、そこを竜が占拠しても許されているのは変だよね。
ってことは、竜が住処として建てたのか。だとすると、Asは住む場所を作って、そこで生活することも可能なのか。
色々と疑問は湧くが、そういう諸々を置いておくとして、Belleが城に入った時点で『美女と野獣』がやりたいのは誰の目にも明らかだ。
しかし『美女と野獣』のパートと、それ以外の要素で構成されているパートは、まるで上手く融合していない。
もっとハッキリ言ってしまうと、『美女と野獣』のパートが完全に浮いていて、邪魔になっているのだ。

鈴は竜と出会った瞬間から、彼のことが気になっている。「皆が言うような乱暴者ではないんじゃないか」と考えて、竜の正体を探ろうとする。
だけど、その動機がサッパリ分からない。竜にシンパシーを感じるとか、そういうモノが皆無なのよ。
しかも合唱隊からの指摘に対して頬を赤く染める反応からすると、恋心に近い感情さえ抱いているようなので、ますます無理がある。
ちなみに、合唱隊からの指摘で忍を思い浮かべたという解釈は、話の流れとして変なので却下しておく。
仮にそういう意図で描いているとすれば、話の進め方に大きな過ちがあると言わざるを得ない。

本筋との関係性が乏しいネット関連の描写が、幾つも用意されている。
鈴の母が亡くなった時に糾弾する大量の書き込みがネットに溢れるとか、鈴が竜の正体を調べ始めると複数の候補者の情報が示されるとか、鈴が忍との関係を誤解されてバッシングのメールが大量に届くとか。
でも、それらは余計な情報でしかない。
細田監督の中でネットへの恨みつらみが溜まっていて、作品を利用して吐き出しているようにしか思えないんだよね。

竜がコンサート会場に乱入した時、「これみよがしに背中の痣を見せ付けて来る」というコメントがある。 だけど、痣じゃなくてマントに付いている模様にしか見えないのよ。それを「痣」と表現するのは、竜の正体を知っている奴が、その人物に痣があることを知った上でコメントするケースぐらいじゃないと成立しない。
竜が自ら「これは痣だ」と吹聴しているならともかく、そうじゃないみたいだし。
竜の正体である人物に痣があり、それは大きな意味を持つので前半の内にアピールしておく必要があると思ったんだろう。
でも、逆算や伝え方が上手くないから、不自然な状態になっている。

コンサート会場に現れたジャスティンが「アンベイル」と口にした時点では、それが何を意味する言葉なのかサッパリ分からない。
Belleが捕まるシーンで、初めて「アンベイルとは何ぞや」という説明が入る。アンベイルってのは、Asの変換を無効化し、オリジン(アバターを利用している人物)をUの世界に出現する光のことなのだ。
もちろん、そこまでアンベイルの説明を後回しにしておく意味なんて皆無であり、単に段取りが悪いだけだ。
段取りの悪さは、他に幾つも散見されている。

ジャスティンと自警団はアンベイルを強力な武器として用いているのだが、それが脅迫や制圧の道具として成立しているのは理解不能だ。
冷静に考えれば、そんなモノに怯える必要なんて全く無いはずだ。
なぜなら、ジャスティンに捕まってアンベイルされそうになった場合、さっさとログアウトすれば済む問題だからだ。
なので、「Belleが自警団に捕まり、アンベイルされそうになって大ピンチ」というシーンは、状況としておかしい。

あとも、なぜUの運営サイドだけに許されているはずのアンベイルの能力を、ジャスティンが持っているのか。
それはUの運営サイドからすると看過できない問題のはずなのに、なぜジャスティンはアンベイルの能力を剥奪されないのか。
あと、そんな恐ろしい能力を持った奴が恐怖で住民をコントロールしようとしているような仮想世界なんて、大勢が利用したいとは思えないでしょ。
そんな場所は、ちっとも安全に楽しめる場所じゃないでしょ。

鈴は竜のオリジンを助けたいと思った途端、急に鋭敏な推理能力が発動し、「正体は子供」と言い当てる。
その直後、鈴と竜しか知らない歌を口ずさむ知という少年の声がネットから聞こえてくるという都合の良さ。
ネタバレだが、知は竜のオリジンである恵の弟。その知はネットで動画の生配信をしているのだが、部屋に父親が来て恫喝する。
恵が来て知を守ろうとする姿を見て、鈴は父親のDVで体に多くの痣が付いたのだと気付く。

動画では暴力行為は無いものの、父親が息子たちにDV行為を繰り返していることは誰の目にも明らかだ。
そういう映像がネット上に記録されているのに、鈴は恵に呼び掛けて助けようとする。
でも、まずは警察に相談するなり、その手の機関に報告するなりという行動を取るべきじゃないのか。で、それでも状況が変わらなかった時に、初めて「私が何とかしなきゃ」と思えばいい。
DVを受けている子供たちを救うために、たった1人の女子高生に全てを任せようとするのは、シナリオとして間違っているんじゃないかと。

しかも、鈴が恵に呼び掛けて助けようとしている場所に、合唱隊の大人たちが同席しているんだよね。
でも彼女たちは何もせず、鈴に助言したり優しく諭したりすることもなく、ただ傍観しているだけ。
「大人の無責任と無関心」をアピールする意図があればともかく、そうじゃないからね。
合唱隊の面々は「鈴の力になろうとする味方」として配置されているのだから、そこで傍観するだけってのはキャラの動かし方としてダメでしょうに。

恵が鈴の呼び掛けを拒否して回線を切ると、忍が「正体を隠しているから信頼されていない。信頼を得るために素顔で歌うべきだ」と言い出す。
この提案を鈴が受け入れ、Uの世界に素顔で出現して歌う展開になるんだけど、「なんでそうなるの?」と呆れてしまう。
そういうリスクの負い方は、別の形での被害者を生む恐れが高いでしょうに。
忍の提案は、ものすごく無責任で無神経だぞ。
テメエは安全な場所で高見の見物を決め込んで、鈴だけに大きなリスクを負わせるのかと。

っていうか鈴にしても、「素顔で歌って信頼してもらって恵に居場所を教えてもらう」という考えは、ものすごく安直で軽率だわ。
そんなトコで母親に似てどうすんだよ。周囲の面々は制止すべきだし、まずは他の方法を探るべきだろ。
他の選択肢を全て潰した上で「鈴が素顔で歌って信頼してもらい、恵から居場所を聞き出そうとする」という手順に到達するならともかく、そうじゃないので呆れてしまう。
あと、せっかく鈴は素顔で歌い始めたのに、途中で再びBelleに戻ったらダメだろ。

素顔で歌ったことで忍が再び回線を繋ぎ、その映像を録画してから、ようやく合唱隊は電話を掛ける。相手は警察なのか児童相談所なのか分からないが、「48時間掛かる」と言われてしまい、鈴が忍たちの元へ向かうことを友人たちも合唱隊も応援する。
だけど鈴だけが現場へ行ったところで何が出来るわけでもないだろ。せめて大人たちも一緒に行ってやれよ。
「鈴が決めたんだから」って、そういう問題じゃないだろ。
「忍の父親がおとなしく引き下がる」という御都合主義で、そこの問題をリアルから逃げて誤魔化すなよ。
それに、その場では引き下がっても、根本的な問題は何も解決していないんだし。

(観賞日:2022年10月25日)


2021年度 HIHOはくさいアワード:第7位

 

*ポンコツ映画愛護協会