『竜馬の妻とその夫と愛人』:2002、日本
土佐脱藩の志士である坂本竜馬は、33歳の若さで新時代を前に暗殺された。その13年後、明治13年。勝海舟の邸宅には、明治維新に深く関わった谷干城、佐々木高行、吉井友実といった面々が集まっていた。勝は縁側に座り、「あの女はどうしてる?」と口にする。あの女とは、竜馬の未亡人・おりょうのことだ。勝は面倒そうに、「昔から評判の良くなかった女だが、曲がりなりにも竜馬の妻だ。13回忌には呼ばねばなるまい」と述べた。
勝は海軍少佐である菅野覚兵衛に、おりょうの所在を尋ねた。覚兵衛は彼女の妹・きみえの夫である。「噂によれば、横須賀に」と覚兵衛が言うと、勝は見つけ出すよう命じた。その年の夏、覚兵衛はおりょうが再婚相手の西村松兵衛と一緒に暮らしている長屋を突き止め、足を向けた。彼が行くと、長屋には松兵衛だけがいた。松兵衛がおりょうのことを尋ねると、松兵衛は祭りに行っていると答えた。
かつて覚兵衛は、松兵衛に海軍出入りの洗濯屋の仕事を紹介していた。しかし松兵衛は洗濯屋を辞めて、今はテキ屋をやっていた。覚兵衛が13回忌のことを放すと、松兵衛はおりょうと一緒に行くことを約束した。すると覚兵衛は、おりょうだけの出席を求めていることを告げ、「世間的なことも考えると、テキ屋はまずい」と申し訳なさそうに述べた。覚兵衛はおりょうに伝えるよう頼み、長屋を後にした。
おりょうは竜馬に雰囲気の似ているテキ屋の虎蔵に惚れて、飲み歩く日々を過ごしていた。椿屋で肩を並べて酒を飲む2人の姿を、松兵衛は店先から静かに眺めた。振り向いたおりょうに気付かれても、松兵衛は愛想笑いを浮かべるだけだった。後日、覚兵衛が長屋を訪れ、おりょうが男をはべらせて飲んだくれているという噂について松兵衛に尋ねた。彼が椿屋へ確かめに行こうとすると、松兵衛は腰の引けた態度を取った。松兵衛は覚兵衛に問い質され、相手の男がテキ屋仲間であること、竜馬に似ていることを話した。
覚兵衛が松兵衛を引き連れて椿屋に入ると、おりょうは飲み潰れて眠り込んでおり、虎蔵の姿は無かった。覚兵衛が声を掛けると、目を覚ましたおりょうは嘔吐した。覚兵衛は彼女を解放し、「幾ら何でも目に余る」と呆れた。「坂本先生が生きておられたら、今の貴方を見て何とおっしゃるか」と覚兵衛が言うと、おりょうは「あの人が生きていたら、私はこんな所にはいないわ」と激しく反発した。
そして、秋。おりょうは覚兵衛から13回忌への出席を求められ、「行くわけないじゃない、竜さんが死んだ後、あれだけ酷い仕打ちをしておいて」と拒む。覚兵衛が「海援隊を顎で使う態度に腹を立てていた人は多い」と告げると、おりょうは悪びれずに「だって竜さんが好きに使えって言ったから」と述べた。「皆、坂本先生に気を遣っていたんです。だからこそ、死んだ後に不満が爆発したんです」と覚兵衛が語ると、おりょうは「あの日のことは絶対に忘れない。どうして、お葬式に呼んでもらえないわけ?」と口を尖らせた。
おりょうが「私を気にしている振りして、アンタが気にしてるのは、あの人の名前。ようは世間体が気になるから。私のことなんか何も考えてない」と文句を言うと、覚兵衛は「それの何が悪い?坂本先生と出会っていなければ、アンタはただの船宿の女中だ。身の程をわきまえなさい」と叱責した。虎蔵が呼びに来ると、おりょうは一緒に立ち去った。松兵衛はおりょうに接吻されただけで満足してしまい、彼女が虎蔵と去るのを笑顔で見送った。
13回忌が迫る中、勝は覚兵衛を呼び出し、おりょうが家に寄り付かずに浮気相手の所へ転がり込んでいるという噂が聞こえて来たことを話す。勝は覚兵衛に、「竜馬の名に傷が付く。もしも、あの女が竜馬の妻であることを忘れているようなら、おりょうを斬れ。世間には、既に病死したと発表する」と告げた。覚兵衛は長屋を訪れ、松兵衛に虎蔵との決闘を要求した。虎蔵は嫌がるが、覚兵衛は強引に稽古を付けた。だが、松兵衛には剣術の素養が全く無かった。
松兵衛は覚兵衛に、所持している痺れ薬を虎蔵に飲ませて決闘する案を持ち掛ける。覚兵衛が「どうして正々堂々と戦おうとしないんだ。正々堂々と戦え、坂本先生みたいに」と叱ると、松兵衛は彼が竜馬の名前ばかり出すことへの怒りを示す。松兵衛は「最初におりょうに目を付けたのは俺だからね。先に結婚を申し込んで、断られたけど。それを坂本が横取りしてったんだよ」と覚兵衛に愚痴をこぼした。
後日、覚兵衛は虎蔵が午後に来訪するという松兵衛からの電報を受け取り、急いで長屋へ向かう。松兵衛が部屋を掃除しようとするので、覚兵衛は「失礼をしたのはあっちでしょう」と呆れ、汚いままにしておくよう指示した。虎蔵を待っている間に松兵衛が「覚さん、ウチの奥さん、好きでしょ」と指摘すると、覚兵衛は激しく狼狽した。「面倒見てる内に、愛に変わっちゃったんだ」と松兵衛が言うと、覚兵衛は照れながら「愛なのかなあ」と口にする。
夜になり、おりょうが虎蔵と共に長屋へ現れた。虎蔵が厠へ行っている間に、おりょうは北海道へ渡る彼に同行することを松兵衛と覚兵衛に話す。覚兵衛は「それも我々に対する当て付けですか。そんなに我々が憎いですか」と声を荒らげた。虎蔵が土佐出身で竜馬のようなことを話すので、覚兵衛はすっかり心酔してしまった。「こっちの味方だよね?」と確認する松兵衛だが、彼も虎蔵に強気な態度を取ることは出来なかった。覚兵衛は虎蔵の語る言葉に感銘を受け、おりょうを彼に任せるべきだと決心した…。監督は市川準、原作・脚本は三谷幸喜、製作は富山省吾、エクゼクティブプロデューサーは森知貴秀、企画は鍋島壽夫、プロデューサーは市川南&前田光治、アソシエイトプロデューサーは春名慶、撮影は小林達比古、美術は山口修、録音は橋本泰夫、照明は中須岳士、編集は三條知生、助監督は井上文雄、音楽は谷川賢作。
出演は木梨憲武、中井貴一、鈴木京香、江口洋介、橋爪功、トータス松本、小林聡美、梅津栄、嶋田久作、鮎川浩、森康子、康すおん、安部聡子、岩田丸、荒川良々、北川智子、西川方啓、玄覚悠子、東山麻美、鈴木雄一郎、堀田大陸、川井勉史、野口雅弘、多田亮三、平田逸郎、小川幸子、綱雅代、高尾優一、ギリヤーク尼ヶ崎、雅、Sakito、荒賀裕一、古谷泰時、高尾登、安念貞雄、多田精孝、山田宝松、村田恭子、吉井盛悟、木村慶基、貝本敏弥、富所茉耶、富所雅人、木口隆平、浅川礼奈、大和田篤司、荒雄大、篠原健太、前田輝、堀口良太、茅場紗代、板倉来衣人、谷崎嘉子ら。
2000年に劇団東京ヴォードヴィルショーの第55回公演として初演された、三谷幸喜の同名舞台劇を基にした作品。
『ざわざわ下北沢』『東京マリーゴールド』の市川準が舞台を鑑賞して映画化を希望し、監督を務めている。
松兵衛を木梨憲武、覚兵衛を中井貴一、おりょうを鈴木京香、虎蔵を江口洋介、勝を橋爪功、竜馬をトータス松本、きみえを小林聡美、椿屋の店主を梅津栄、谷を嶋田久作、佐々木を康すおん、吉井を多田亮三が演じている。冒頭のテロップで「坂本竜馬は暗殺された。そして、その無念の死にまつわる噂は、未だに多くの謎に包まれている」と出るので、この映画は竜馬暗殺に関する謎を解き明かそうとするミステリーなのかと思ったら、そうではなかった。
だったら、そんな意味ありげな表記で余計なミスリードをするのは得策だと思えない。
一応、最後の最後になって、竜馬の死に関わる意外な事実が明かされるのだが、そのためだけに冒頭でミステリーとしての仕掛けを用意しておく必要は無い。っていうか、そのオチも「要らないなあ」と感じちゃうしね。
それは喜劇としてのオチなんだけど、まるで笑えないんだよなあ。
だってさ、ネタバレになるけど、「松兵衛はおりょうを横取りした竜馬に決闘を申し込み、普通にやっても勝てないので痺れ薬を食事に混ぜた。しかし決闘の前に竜馬が暗殺された」とということなんだぜ。
それ、笑えないでしょ。こいつに飲まされた痺れ薬のせいで、剣術に優れた竜馬が殺されてしまったということになるんだから。市川準という監督は、キャラクターを誇張したり、物語をドラマティックに盛り上げたりすることを積極的にやるタイプではない。
むしろ、様々な情景を何度も挿入しながら、ゆったりとしたテンポで話を進め、淡々としたタッチで日常風景のように描くことを持ち味とする監督だ。記号化した人物をリアルな景色に溶け込ませ、ドキュメンタリーのようなテイストに仕上げることを得意とする監督だ。
会話シーンにしても、「いかにも芝居です」という感じよりも、ボソボソと喋らせるのが持ち味で、何を言っているのか分からなくても平気な監督だ。たっぷりとした間を取ることを全く恐れず、静寂を愛する監督だ。
だから、根本的に三谷幸喜とは合わない。ものすごく噛み合わせが悪いのだ。
この映画は、間が悪いし、テンポも悪いし、芝居のメリハリや物語の抑揚、チェンジ・オブ・ペースといった部分にも欠けている。そういう要素がとても重要なタイプの作品であるはずなのに、それを逆に行っているのだ。
そりゃあ、退屈でつまらない作品に仕上がるのは当然と言えよう。そもそも市川準監督がメガホンを執ると決まった時点で、この映画の失敗は約束されていたと言っても過言ではない。
この人は職人監督ではなくて、「淡々としていて、たっぷりとした間を取って、人物を記号化してリアルな風景に溶け込ませて」ということしか出来ない人なんだから。
本来なら、もっと「明るく楽しいコメディー」としての要素を強めて、たまにペーソスがチラッと顔を覗かせるという程度で演出すべきだろうに、むしろペーソスが強く出過ぎている辺りも、市川準監督だから仕方がないのだ。
この人に小気味よくてテンポのあるコメディーは作れないんだから。世間的な体面ばかりを気にする竜馬の元仲間たちや、おりょうに惚れていながら何も出来ない意気地なしの松兵衛&覚兵衛など、周囲がカッコ悪い男ばかりという中で、好きなように生きるヒロインは魅力的に見えなきゃいけないはずだ。
なのに、ただの恨みがましくて調子に乗っているアバズレにしか思えない。
そこも、コミカルな要素が足りないことが大きく影響している。
あと、今も一途に竜馬を思い続けている辺りには同情心や共感を抱くべきなのかもしれないが、そういう気持ちも沸かないんだよなあ。演出だけでなくシナリオにも問題はあって、覚兵衛が長屋を最初に訪問する時点で、もう「おりょうが竜馬に似た男と浮気していることを松兵衛が打ち明け、覚兵衛が驚く」という展開に持って行った方がいい。
そこでは明かさず、噂を知った後の2度目の訪問で椿屋へ確かめに行き、そこで初めて松兵衛がおりようの浮気相手について覚兵衛に話すってのは、無駄な手順に思える。
そこを2つのシーンに分けている必要性を感じない。
そういうのも、テンポが悪くなっている一因ではないか。覚兵衛は椿屋でおりょうを見つけ、長屋に戻って説教するのだが、そこでは13回忌への出席を求めない。
シーンが切り替わり、「そして、秋」という文字が出ると、おりょうが覚兵衛に13回忌への出席を断っている様子が写し出される。
そこも無駄な手順を踏んでいるとしか思えない。
覚兵衛が夏に椿屋へ出向いた時点で、おりょうに3回忌への出席を要請して断られるやり取りを描けばいいでしょ。そこを秋のシーンに回している意味がサッパリ分からん。
どうしても春夏秋冬の季節感を出したかったのか。松兵衛が一人で長屋にいる様子とか、竜馬ファンの画家が長屋の近くで絵を描いている様子とか、長屋へ戻ったおりょうが布団に潜り込んで松兵衛に「抱いて」とせがむ様子とか、松兵衛が寝ている間に彼女が長屋を出て行く様子とか、そういうのも全て要らない。
そういった描写を挟んで、13回忌が迫る中で覚兵衛が勝に呼び出されるシーンに入るのだが、いきなり覚兵衛が呼び出されるシーンに移行したとしても、そんなに支障は無いぞ。
むしろ、そういうのを挟んだせいで、テンポが悪くなっていると感じる。とにかく、ゆっくりしすぎなのよ、この映画。もっとテンポを上げて、そして軽妙さの度合いも上げるべき。
後半、覚兵衛が虎蔵に心酔するとか、それを見た松兵衛がオロオロするとか、その辺りのやり取りにしても、もっと面白くなりそうなのに、ちっとも弾けない。
それは会話のテンポや間の取り方だけでなく、カメラワークや照明なども含めての問題だ。
虎蔵のボロが出るシーンも同様。もっとケレンや誇張があってもいいのに、そういうのを避けてるのも失敗。
変な抑制なんて、この映画には邪魔なだけなのに。(観賞日:2014年5月25日)