『老後の資金がありません!』:2021、日本
主婦の後藤篤子は欲しいバッグがあっても我慢し、倹約に努めていた。経済ジャーナリストの荻原博子がテレビ番組で「サラリーマン家庭で2人の子供がいる場合、老後の資金には4000円が必要」と解説しているのを見た彼女は、驚いて「そんなに無い」と漏らした。舅の昭一が危篤という連絡を受けた篤子は、夫の章と病院へ赴いた。章の妹の桜井志津子、その夫の秀典は、葬式代を全て出してほしいと要求した。2人は今まで随分と工面してきたことを語り、篤子が「ウチも月々、9万円を仕送りして来た」と言うと「そんなんじゃ追い付かない」と告げた。章は呑気な様子で、妹夫婦の要求を受諾した。
そのまま昭一は臨終を迎え、姑の芳乃は「和栗堂」の名に恥じない葬式にしてほしいと章に要請した。章は帰宅してから、貯金について篤子に尋ねる。約700万円だと聞いた彼は、「2千万ぐらいだと思ってた」と告げた。老後の資金が不足していると言われた彼は、いざとなれば家を売ると語る。篤子はローンが残っていること、買った時より大幅に値下がりしていることを彼に教えた。焦燥を覚える篤子に対して、章は全く危機感が無かった。
章は篤子に、会社が大変で休めないので、葬儀社との打ち合わせには代わりに行ってほしいと頼んだ。仕方なく引き受けた篤子は、葬儀社の本間と会った。お棺で12万円の「ホワイト」を勧められた篤子は、最も安い4万円の「桐」を選ぼうとする。しかし本間に「見る人が見れば安いかどうか分かる」「自分の担当で今までに桐を選んだ人はいない」などと押し切られ、ホワイトを選んだ。次に120万円の祭壇を勧められた篤子は、即座に30万円の商品を選ぼうとする。しかし「廃業したとは言え、和栗堂は老舗の和菓子屋。それでいいんですか」などと執拗に圧力を掛けられ、押し切られてしまった。結局、篤子は合計で330万円の出費となる契約に署名した。
昭一には篤子の両親の太平と波子も姿を見せ、娘のまゆみと息子の勇人も渋々ながら出席した。篤子は本間にから「香典が多く集まるので黒字になる」と説明されていたが、香典は42万円で389万円の赤字が出た。篤子は城ヶ崎君彦のヨガ教室に参加し、友人の神田サツキに愚痴をこぼした。サツキは亡くなった母が「死んでも金は掛けるな」と言っていたこと、葬儀代は30万円も掛からなかったことを語った。「親なら子供に負担が掛からないように考えてくれるのが普通じゃないの」と言われた篤子は、大いに賛同した。
家電量販店のマジカデンキでパートをしていた篤子だが、契約満了で仕事を失った。まゆみは恋人の松平琢磨を家族に紹介し、結婚すると告げた。琢磨はヘヴィーメタルバンドのヴォーカルだが、まるで売れていなかった。ただし彼の年収は150万円だが、父の金造は宇都宮で有名なギョウザチェーンの経営者だった。まゆみは両親に、麻布の寿園という高級結婚式場で挙式する考えを伝えた。慌てた篤子は、昭一の死から間もないので式は先延ばしにするよう提案した。まゆみは承諾するが、すぐに籍は入れるつもりだと話す。さらに彼女は、妊娠していることを明かした。まゆみは想定外の高額な出費に頭を抱えるが、章は援助してやろうと呑気に告げた。
まゆみは自分の荷物をトラックに積み、琢磨と共に家を出て行った。篤子はヨガ教室でサツキと会い、琢磨の両親の金造と美和に話し合いで会ったこと、挙式費用は最低でも600万円なので折半でも300万円の出費になることを語った。篤子は章からの電話で、失業を知らされた。章は以前から危ないと感じていたこと、倒産なので退職金が出ないことを話した。彼が自殺するのではないかと不安を覚えた篤子は、「何とかなるわよ」と気丈に振舞った。
まゆみは家に戻り、大量の缶詰を持ち帰ろうとする。篤子は挙式の場所を変更できないかと持ち掛け、自分も章も失業したことを話した。勇人が「贅沢じゃないか」と篤子の味方になると、まゆみは「アンタは世間のこと、何も分かってないガキなんだから」と声を荒らげた。篤子は腹が立ち、ボウリングでストレスを発散した。彼女はコンビニでアルバイトを始めるが、ミスを繰り返した。篤子は車を売却したりレンタルモップを断ったりして倹約に励むが、その月の支出は80万円を超えた。
芳乃に仕送りする日が近付き、篤子は無理だと言うよう章に頼む。章が嫌がったので、篤子は志津子に電話を掛けた。志津子と秀典が家に来て抗議したので、篤子は章が失業したことを明かした。それでも志津子は納得せず、「お義母さんのこと、本気で考えてない」と責める。腹を立てた篤子は、芳乃を引き取るので逆に9万円を仕送りしてほしいと持ち掛けた。志津子は売り言葉に買い言葉で承諾し、秀典は芳乃が入居しているケアマンションを解約しても払い戻し金は出ないことを篤子に教えた。
芳乃は後藤家に大量の荷物を運び込み、まゆみの部屋で暮らし始めた。篤子は彼女から「年金の6万円を使って」と通帳と印鑑を渡され、感謝した。芳乃は篤子が用意した庶民的な朝食に満足した様子だったが、お茶は口に合わずに吐き出した。彼女が夕食を作らせてほしいと頼むので、篤子は承諾した。芳乃は高級食材ばかりを購入してすき焼きを作り、篤子は牛肉の値段を見て仰天した。篤子は銀行で年金を引き落とそうとするが残高不足になり、芳乃がクレジットカードで貯金を使い果たしたことを知った。
芳乃はカードのシステムを全く理解しておらず、章に「残高不足になるから10万円を口座に振り込んでおいて」と頼んだ。篤子はカードを芳乃から取り上げるよう頼むが、章は難色を示した。篤子にとって心が休まる場所であったヨガ教室にも、芳乃は生徒としてやって来た。彼女は城ヶ崎とのアフタヌーンティーに、篤子とサツキも誘った。仕方なく同行した篤子だが、4800円もするので驚いた。しかも芳乃は、その日の料金を全て自分が支払うと告げた。
後藤家は松平家との結納を済ませ、結納金として100万円が入った。天馬ハウジングのコマーシャルを見た篤子は、社長の天馬に仕事の相談をしてはどうかと章に提案した。独立して起業する前の天馬は、章と同じ会社の同期だったからだ。しかし章は独立を巡る裏切りで天馬を恨んでおり、「あいつにだけは頼みたくない」と拒絶した。芳乃は勇人を名乗る男からの電話で痴漢で捕まったと嘘の説明を受け、弁護士と称する男から金が必要だと告げられた。勇人に電話を掛けた芳乃は、それがオレオレ詐欺であることを確認した。しかし刑事を名乗る男が家に来ると簡単に騙され、結納金の100万円を取られてしまった。
篤子は両親の太平と波子に金を借りようと考え、故郷へ戻った。すると両親は1ヶ月前にスイカ直売場を売ってサーフショップを始めており、貯金を使い果たしただけでなく銀行から借金もしていた。章は再就職のためにハローワークを訪れるが、高望みの条件ばかりを口にしたので職員に「現実が見えていませんね。本気で仕事を探す気があるんですか」と厳しい言葉を浴びせられた。工事現場のガードマンの仕事を始めた章は、慣れない肉体労働に疲弊した。
章はガードマンの先輩である山崎に誘われ、居酒屋へ飲みに出掛けた。彼が酔い潰れた山崎を家まで送ると、そこはシェアハウスだった。シングルマザーでクラブホステスのレイナに勧められてビールを飲んだ章は、そのまま眠り込んでしまった。翌朝、篤子は章がレイナと子供の3人で一緒にいる姿を目撃し、帰宅した夫に怒りをぶつけた。章は事情を説明し、彼女をシェアハウスへ連れて行く。2人は夕食を御馳走になり、住人からシェアハウスでの暮らしについて聞いた。
ヨガ教室に参加した芳乃は、サツキをお茶に誘った。篤子が目配せで断るよう頼むと、サツキは家に来るよう持ち掛けて「相談したいこともあるし」と口にした。彼女は篤子に、区役所の職員が年金の正当な支払いを確認するため、父の生存確認に来ることを話す。しかし父の健三はサツキと喧嘩して家を出て行き、連絡も取れなくなっていた。来週には職員が来るため、サツキは父親の代役を立てようと考えていた。そこで彼女は、80歳ぐらいの老人を知らないかと篤子に尋ねた。
芳乃が自分に任せるよう言うので、篤子は慌てて止めようとする。しかしサツキが報酬を約束して「父は共済年金で年に300万円が入る」と言うと、彼女は目の色を変えた。芳乃が30万円を要求すると、サツキは承諾した。芳乃は男装してサツキの父に成り済まし、篤子は部屋の外で待機した。職員の森口は芳乃の芝居に騙されたが、そこへ健三が帰って来てしまう。事情を知った健三は「金の亡者が」と激高し、部屋に飾ってあった日本刀を抜いて篤子と芳乃に襲い掛かった…。監督は前田哲、原作は垣谷美雨『老後の資金がありません』(中公文庫)、脚本は斉藤ひろし、企画プロデュースは平野隆、プロデューサーは岡田有正&下田淳行、共同プロデューサーは大脇拓郎&原公男、撮影は佐光朗、照明は加瀬弘行、録音は加藤大和、美術は露木恵美子、編集は高橋幸一、音楽は富貴晴美、主題歌『Happy!』は氷川きよし。
出演は天海祐希、松重豊、草笛光子、三谷幸喜、哀川翔、藤田弓子、竜雷太、新川優愛、瀬戸利樹、加藤諒、若村麻由美、石井正則、柴田理恵、荻原博子、友近、クリス松村、佐々木健介、北斗晶、六平直政、綾田俊樹、毒蝮三太夫、高橋メアリージュン、富田望生、神保悟志、どんぐり(現・竹原芳子)、副島淳、真栄田賢、内間政成、伊地知大樹、小澤慎一朗、鈴木晋介、天衣織女、春風亭喜いち、川添野愛、小野花梨、出口高司、堀文明、那須沙綾、松永渚、増田和也、森下亮、佐々木史帆、川面千晶、ぎたろー、元田牧子、オクダサトシ、鯉沼トキ、奥田一平、田中美央、マユ・ソフィア、なめ茸鶴生ら。
垣谷美雨の小説『老後の資金がありません』を基にした作品。
監督は『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』『ぼくの好きな先生』の前田哲。
脚本は『ナミヤ雑貨店の奇蹟』『サムライマラソン』の斉藤ひろし。
篤子を天海祐希、章を松重豊、芳乃を草笛光子、森口を三谷幸喜、天馬を哀川翔、波子を藤田弓子、太平を竜雷太、まゆみを新川優愛、勇人を瀬戸利樹、琢磨を加藤諒、志津子を若村麻由美、秀典を石井正則、サツキを柴田理恵が演じている。経済ジャーナリストの荻原博子が、本人役で出演している。葬儀や倒産など、止むを得ない事情で出費が続いたり収入が減ったりして篤子がアタフタするだけなら、それを喜劇として描くのは大して難しくないかもしれない。
しかし本作品の場合、それよりも「周囲の身勝手や無頓着によって支出が増える」というこちの方が遥かに多い。
「そんな中で篤子が頭を抱えたり、翻弄されたり、悪戦苦闘したりする様子で笑ってね」という話なのだが、見事に1秒も笑える箇所が見当たらない。
それどころか不快感が強く、腹立たしさばかりが刺激される映画になっている。章は家計が決して楽じゃないことを分かっているはずなのに、葬儀の費用を全て引き受けることを呑気に承諾する。まゆみの挙式にしても、「孫が出来るのか」と呑気に浮かれ、援助を承諾する。
一方で面倒なことは嫌がり、葬儀の打ち合わせは篤子に任せ、仕送り中止の連絡も嫌がる。芳乃からカードを取り上げるよう頼まれても、嫌がって行動しない。
また、変なトコでプライドがあり、失業を内緒にしたまま仕送りの中止を志津子に納得してもらうよう篤子に求める。そもそも、以前から会社が危ないと思っていたのに、それを篤子に何も言っていなかったのは、ものすごく不誠実だ。
また、失業した後も必死で次の仕事を探そうとする様子はなく、相変わらずのマイペースぶり。
その呑気さは場を和ます存在ではなく、神経を逆撫でする奴でしかない。あと、色々と問題はあるにせよ、章を呑気なキャラにするなら徹底した方がいいはずなのに、あちこちで綻びが生じている。
娘の挙式には困惑して延期に賛同し、妊娠にもショックを受けた様子なのに、シーンが切り替わると「孫が出来るのか」と呑気に喜んでいる。
失業を妻に知らせる時は落ち込んでいる様子だが、直後にアイスキャンデーの当たりが出て喜ぶ。
そこに落差の笑いがあるわけでもないし、「何があろうとマイペースで呑気」に徹底した方がいいよ。
そうすれば、ひょっとすると不快感は軽減されたかもしれない。まゆみは祖父が死んだばかりなのに、結婚すると言い出す。
その時点で問題はあるのだが、自分の家庭のレベルを無視して高級式場での挙式を決め、資金援助を要求する。
両親の失業を知っても、大量の缶詰を持ち去ろうとする手を止めない。
挙式場所の変更についても耳を貸さず、贅沢ではないかと指摘する弟に「アンタは世間のこと、何も分かってないガキなんだから」と責める。
そんな様子を見て、何をどう笑えばいいのかサッパリ分からない。ただし、まゆみが「アンタは世間のこと、何も分かってないガキなんだから」と言った時、隣で篤子が激高しているのに、ボウリング場で「お前が言うな」と放出するので、「いや本人に言えよ」とツッコミを入れたくなる。
ここに限らず、篤子が変に遠慮して言うべきことを言わずに済ませるケースが多いのよね。
とは言え、まだ葬儀の費用に関しては夫の妹と婿が相手なので、気を遣っても分からなくはない。
でも、まゆみは自分の娘なんだから、そこは何も遠慮する必要が無いはずでしょ。
肝心な時に動かず余計な出費を受け入れるせいで、篤子に対して全面的に同情できなくなっちゃうのよ。芳乃が高級食材で夕食を作ったり、カードの残高が無くなるぐらい金を使ったりするのは、「ブルジョアで金銭感覚が乏しく、カードのシステムが理解できていない」ってことだ。
なので、それに対して不快感を覚えることは無い。
ここの案件に関しては、篤子が芳乃にカードのシステムを説明したり、金遣いについて注意したりせずに済ませることに腹が立つ。
なので、そのせいで芳乃が散財を繰り返しているのに、篤子がボウリング場で怒りを発散する手順を天丼で描かれても、「アンタにも大いに問題があるぞ」と言いたくなる。後半に入ると、本筋がどこにあるのか、どんどん分からなくなっていく。
オレオレ詐欺のエピソードなんかも、明らかに欲張り過ぎて迷走している。
それが「結納金という高額の収入を失わせる」という目的で用意されたトラブルなのは分かる。
ただ、それなら予想外の事態で、結納金が少額だったり入らなかったりする形にしちゃった方がいい。
オレオレ詐欺で金を取られるのは、それまでの「あるあるネタ」的な出費からは、少し外れてしまう。シェアハウスに関しては、「中年夫婦も若者も、定年退職後の老人も、シングルマザーのホステスも暮らすシェアハウス」が存在しないとは言わないが、急にリアル度数が下がったように感じる。
それと、「持ち家を捨ててシェアハウスに移るのも老後の暮らし方の1つ」という方向へ運びたいのは分かるのだが、他にも複数の選択肢を用意しているならともかく、その一択しか用意していないので「他にも何か無かったのか」と言いたくなる。
しかも、そこから「篤子がシェアハウスでの生活について考える」という展開に入るわけではなく、そうじゃないんだよね。
なので、それなら「出費を減らしたり収入を増やしたりするために悪戦苦闘する」というドタバタを続けた方がいいんじゃないかと思ってしまうのよね。
そりゃあ、シェアハウス関連でずっと話が続いたら、それはそれで違う気もするけど。止めを刺すのが芳乃が健三に成り済ますエピソードで、ここで完全に脇道へ逸れている。
一応は「金を工面するための行動」という形ではあるが、健三が日本刀を振り回して篤子と芳乃に襲い掛かるのは、どう考えてもやり過ぎ。コメディーとしての軸や方針が、全く定まっていないとしか思えない。
その後、芳乃が生前葬を行うと、その様子やスピーチを大きく扱う。ここで感動させようとしているんだけど、話が道筋を大きく外れているとしか感じない。
「老後の資金を捻出するための悪戦苦闘」とか、「支出を減らしたり収入を増やしたりする行動を描く喜劇」とも、まるで関係ないからね。その後、まゆみが「結婚式は手作りでやる」と言い出し、志津子は芳乃を引き取ると言い出し、章は天馬から仕事を斡旋してもらう。篤子が抱えていた目の前の問題が、一気に全て解決するわけだ。
でも、残り時間が少なくなって、ご都合主義で慌ただしく片付けているという印象が強いぞ。
そんで最終的には「老後に必要なのは経済的な余裕じゃなくて精神的な余裕」みたいな答えを用意しているけど、経済的な余裕が無かったら心の余裕を持つのも難しいからね。
なんだかんだ言っても、実は篤子って経済的に余裕があるんだよね。
ギリギリの状況に追い込まれているわけじゃないので、「そりゃあ心の余裕も持てるわな」と冷めた気持ちになっちゃうのよ。(観賞日:2023年5月5日)