『ラフ ROUGH』:2006、日本

水泳の日本選手権が行われている会場に、中学生の二ノ宮亜美は親友の木下理恵子を引き連れてやってきた。「お兄ちゃん」と慕う幼馴染でフィアンセの仲西弘樹を応援するためだ。彼女は飛び込み台に上がり、レースを見学する。そのレースには、大和圭介も出場していた。彼はスタート直前まで、頭の中でしりとりをしていた。仲西は日本新記録で優勝し、亜美は大喜びする。一方、圭介は途中で足を捻り、背泳でゆっくりとゴールまで泳いだ。
圭介の姿を目にした亜美は、「あいつ」と怒りを示し、飛び込み台から落ちてしまった。レースの後、廊下で圭介を見つけた彼女は、「人殺し」と睨み付けた。しかし、圭介には何のことか全く分からなかった。圭介は競泳自由形の選手で、和菓子屋の息子だ。のちに栄泉高校にスポーツ推薦で入学する。一方、亜美は高飛び込みの選手で、和菓子屋の娘だ。のちに栄泉高校にスポーツ推薦で入学する。仲西は競泳自由形の選手で、早大1年生だ。
栄泉高校に進学した亜美と圭介は、上鷺寮に入った。3階の部屋は女子、2階は男子が使う。圭介は入って早々、降って来たパンティーを手にしていたため、泥棒と間違えられる。彼は慌てて釈明するが納得してもらえず、亜美や理恵子たちに詰め寄られる。そこへ圭介のルームメイトで高飛び込み選手の緒方剛や寮生委員長補佐の久米勝が現れ、女子たちと揉める。そこへ管理人の東海林茂子が来て、寮生を集めた。彼女は娘の緑が描いているラフスケッチを例に出し、「貴方たちはラフよ」などと述べた。
圭介は競泳顧問・古屋武人、亜美は高飛び込み顧問・咲山信子の下で、それぞれ練習を行う。高校に入っても、やはり圭介は亜美から冷淡な態度を取られた。亜美は緒方に、捻りからの入水が上手く行かないのでを見てほしいと頼む。すると緒方は、「それなら小柳に聞けよ」と彼女に持ち掛けた。小柳かおりは特待生唯一の非入寮者で、愛想は悪いが実力はある。練習を終えてプールサイドを歩いていた彼女は、圭介を見掛けると笑顔で会釈した。
上鷺寮には一日デートの伝統行事があった。くじで選ばれた男女の代表が1人ずつ、指示に従ってデートをするのだ。柔道重量級選手の田沼春子が当たったと思い込んだ久米は、自分も当選したため、圭介に代役を頼んだ。だが、実際に当選した女子は亜美だった。指示通りに実行しないと罰当番なので、亜美は仕方なく喫茶「チロリン」に入るが、圭介とは話そうとしない。亜美は別のテーブルに就くが、マスターの渡いさむが圭介に対し、彼女と同じテーブルに移るよう促した。
圭介が話し掛けても、亜美は無視を決め込んだ。圭介が文句を言うと、彼女は饅頭を無言で差し出した。その様子を見た渡は、以前に饅頭戦争があったことを語る。かつて「やまとや」と「にのみや」という二軒の饅頭店があった。店主は同じ店で修業を積み、独立後もライバル関係だった。「にのみや」がフクロウ型饅頭“ホーホー”を売り出すと、すかさず「やまとや」の店主は真似をしてミミズク型の“ヘーヘー”を発売した。すると“ヘーヘー”が大ヒットし、新製品開発に燃えた「にのみや」の主人は体を壊して寝込んだ。主人は「やまとに殺された」の一言を残して死去した。それが亜美の祖父で、「やまとや」の主人が圭介の祖父だった。
圭介が「そんなに根に持たなくても」と言うと、亜美は「大和家の跡継ぎってだけで充分よ」と告げる。次は映画鑑賞の指示だったが、劇場は閉館していた。大雨が降り出し、亜美は傘を借りるために高級マンションへ赴く。そこは仲西の住まいだった。仲西が長く遠征する時など、たまにバイトで掃除に来ているという。彼女は圭介に、「今のところ伸び悩んでいるようだけど、不気味な選手だ」と仲西が言っていたことを教える。だが、喜んだ圭介が仲西に訊くと、「いや、言ってないけど」という言葉が返って来た。
帰り道、圭介は亜美に、「騙されたとは知らずに喜んでると思ってる俺を見て、面白かったか。仲西さん、俺のことを気にも留めてなかった」と静かに告げ。彼はずっと仲西が目標だったことを語り、「お前なんて、大嫌いだ」と言い放って寮に戻った。ある大会で圭介は自己ベストを出し、2位に入った。すると優勝した仲西は、「やっぱり不気味な選手だ。この前は大会前だから君をけん制したんだ。だからもう、亜美に八つ当たりするなよ」と告げた。
夏休み、上鷺寮の数名は海へ遊びに出掛ける。仲西もやって来て、圭介と買い出しに出た。なぜ来たのか圭介が尋ねると、仲西は微笑を浮かべて「心配だからね」と答えた。彼の車には、亜美から貰ったお守りが吊るされている。一方、亜美はかおりから「どういう関係?貴方と仲西さん」と訊かれ、「ただの兄弟みたいなもんよ。良き相談相手というか、頼りになる、自慢の、大好きな」と語った。かおりが「好きなんだ」と言うと、彼女は「小柳さんは、誰かいるの」と質問する。「そうね。興味あるのは、日本で二番目にクロールが速い人」というかおりの言葉に、亜美の顔が強張った。
海で泳いでいた亜美に、ウインドサーフィンが激突した。それを見た圭介は急いて助けに行くが、後から飛び込んだ仲西が先に辿り着き、人工呼吸で亜美を救った。退院した亜美は寮に戻り、圭介に「あの時、海に飛び込んでくれたって、後から聞いた」と話し掛ける。圭介が「やっぱり速いな。敵わねえよ。相手が日本記録保持者じゃ」と言うと、「じゃあなんで飛び込んでくれたの」と彼女は尋ねる。圭介が「それは」と言葉に詰まっていると、亜美は「ありがとう。それでも飛び込んでくれて」と微笑んだ。
圭介は練習を重ね、記録を着実に伸ばしていく。やがて亜美たちは2年生になり、日本選手権が近付いてきた。亜美は父・憲次郎と仲西の3人で外食する。仲西は五連覇が懸かっている。圭介は亜美が仲西の車で寮まで送ってもらうのを目撃した。「当日、お弁当作っていくから、一緒に食べようね」という彼女の言葉を耳にして、圭介は顔を曇らせた。日本選手権当日、仲西は車で亜美を迎えに行く途中、子供の自転車を避けようとして事故を起こす。彼の欠場した大会で圭介は優勝するが、その顔は晴れなかった。
仲西は重傷を負って入院し、選手生命の危機を迎える。そんな彼の元へ亜美は見舞いに通い、懸命に励ました。2人のことが気になった圭介は、練習をサボりがちになる。そんな圭介に、緒方は「お前の弱点教えてやるよ。お前、なんかあっても、すぐ平気なフリするよな。思ってること押し潰して。マジになったり、怒ったり喚いたり、もっと出せよ。蓋を剥がしてマジにならなきゃ、一生勝てねえぞ」と声を荒げた。病院を訪れた圭介は、亜美が仲西のリハビリに付き添っている様子を目撃した。苛立つ仲西から邪険に扱われても、亜美は黙って世話をしていた。圭介は2人に会わずに病院を去った。
圭介は東海林から、緒方が寮を出ることを聞かされる。心臓の病を抱える父が長くないので、実家に戻って面倒を見ることにしたのだ。緒方は関東選手権で選手生活を終えると決めていた。応援に出向いた圭介に、彼は「あんなこと言ったけど、自慢なんだ。ホントは家への手紙に、いつもお前のこと書いてた。すごい才能だって。俺はもう今よりワクワクすることは無いかもしれない。でも、お前のこと自慢する時だけ、たぶん俺は、この場所を思い出せる気がするんだ。お前は、俺の自慢だよ」と語った…。

監督は大谷健太郎、原作は あだち充/『ラフ』(小学館/少年サンデーコミックス)、脚本は金子ありさ、製作は本間英行、製作統括は島谷能成&亀井修&高田真治&奥野敏聡&三木裕明、エグゼクティブプロデューサーは市川南、企画は川村元気、プロデューサーは山中和成&久保田修、撮影は北信康、美術は都築雄二、録音は鶴巻仁、照明は川辺隆之、編集は今井剛、視覚効果プロデュースは小川利弘、VFXスーパーバイザーは坂美佐子&荒木史生、VFXディレクターは太田垣香織、音楽は服部隆之、音楽プロデューサーは北原京子。
主題歌は「ガラナ」スキマスイッチ 作詞・作曲・編曲:大橋卓弥&常田真太郎。
出演は長澤まさみ、速水もこみち、渡辺えり子(現・渡辺えり)、市川由衣、八嶋智人、田丸麻紀、徳井優、松重豊、阿部力、石田卓也、高橋真唯、森廉、安藤なつ、黒瀬真奈美、池澤あやか、増元裕子、森下能幸、田中要次、内藤丸綺、金戸華、藤中舞、平澤慧洸、中野めぐみ、宇賀神亮介、国府勇太、斎藤誠、中野真太郎、森口李子、石毛美帆、竹末かれん、高城みなみ、渡辺航、中嶋聡美、久光悠、川上祐、森渉、山本悠未、吉岡奈都美、佐伯晃浩、五十嵐奈生、門前衣純、松下美優、河嶋健太、若菜麻衣、大河内基樹、陣副光祥、傳田怜時、永尾宋大、加藤真弓、栞、瑞石紗希、今冨映貴、大津尋葵、竹内友哉、宮前幸多、太田基裕、佐藤麻奈、内田なつみ、鈴木潤子、大竹賢、大迫一平ら。


あだち充の漫画『ラフ』を基にした作品。
監督は『NANA』の大谷健太郎、脚本は『電車男』の金子ありさ。
亜美を演じた長澤まさみは、『タッチ』に続いてあだち充原作映画のヒロインを務めている。
圭介を速水もこみち、東海林を渡辺えり子(現・渡辺えり)、かおりを市川由衣、古屋を八嶋智人、信子を田丸麻紀、渡を徳井優、憲次郎を松重豊、仲西を阿部力、緒方を石田卓也、理恵子を高橋真唯、久米を森廉、春子を安藤なつ、緑を黒瀬真奈美が演じている。

『タッチ』で朝倉南を演じた長澤まさみが原作と違ってレオタード姿にならなかったことに関して、あだち充は不満を持っていたらしい。そんな彼は、この企画について「『『ラフ』』なら水着からは逃げられないだろう」と思ったそうだ。
その正直なスケベ心に、素直な気持ちで拍手を送りたい。
で、この映画は、男子からすると、その長澤まさみや市川由衣、田丸麻紀らの水着姿を観賞する作品だ。女子からすると、速水もこみちや阿部力、石田卓也らの水着姿を堪能する作品だ。
それ以外に、観賞の目的を見出すことは難しい。
そういう意味では、圭介の水着は原作通り、ビキニ型にすべきだったのだ。スパッツ型にしたのは大きな間違いだ。

ただし、観賞目的なら速水もこみちは素晴らしいキャスティングだろうけど、原作漫画からすると、ミスキャストだ。
あだち充の漫画の主人公とは、まるでイメージが合わない。何より身長が高すぎる。
あだち漫画の主人公って、そんなにスラッと背が高くて「キレイ」な顔立ちの印象が無いんだよな。
この映画の出演者で言えば、むしろ石田卓也が主演を務めた方が、何となくしっくり来る。

ぶっちゃけ、水着以外の部分に関して語る気力がちっとも沸かないのだが、それでも頑張って批評するなら、一番の問題はコミックス全12巻の物語を最初から最後まで描き切ろうとしたことにある。
原作の内容量を考えると、106分で全て収めるのは「絶対」と付けていいぐらい不可能な行為だ。
なので結果として、描写が足りずにものすごく駆け足、説明不足で慌ただしいという印象になってしまう。
しかし、だからと言って上映時間を増やすべきだったとは思わない。仮に120分だったとしても、どっちにしろ無理だし。

原作の途中までに内容を絞り込むか、あるいは大胆に改変して再構成するか、そういった判断をすべきではなかったか。
主要キャラの設定をいじったり、削ったりするというのも一つの考え方だろう。
そりゃあ、そんなことをすれば、原作ファンは不満を抱くだろうが、これよりはマシな仕上がりになったんじゃないだろうか。
この映画、原作が好きな人は、見ない方がいいだろう。ガッカリすること請け合いだし、場合によっては怒りが込み上げるかもしれない。

あだち充の漫画というのは、そんなにスピーディーに次から次へと展開していくわけではないが、しかし「時間経過」というのが登場人物の心情や関係性を変化させるためには重要な要素となっているので、そこを短縮してしまうと、大きな支障が生じる。
例えば、亜美は登場した時点で圭介を憎んでおり、2人は仲が良くない。
だが、亜美の憎しみは圭介と触れ合う中で少しずつ薄まっていき、やがて2人は惹かれ合っていく。
その心情変化は、ゆっくりと時間を掛けて丁寧に描かれるべきだ。

だが、この映画では、時間の都合で慌ただしく処理してしまい、双方の心情が移り変わっていく経緯が、まるで見えて来ない。
亜美は海でかおりが「興味あるのは、日本で二番目にクロールが速い人」と言った時に顔が強張るのだが、ってことは、その時点で少なからず圭介への気持ちがあると解釈すべきなんだろう。しかし、どの辺りで圭介への憎しみから真逆へ針を振ったのか、どこに好意を抱いたのか、サッパリ分からん。
圭介の方も、亜美を救おうとして、その役目を仲西に奪われて呆然としているが、それは彼女に好意を抱いているからのはず。でも、どこで惚れたのか全く分からん。
「互いに反発」から「互いに好感」までの手順を、幾つも飛ばしている。

時間が無いもんだから、登場人物のキャラ設定については、出て来た時にテロップで説明するという形にしてしまう。時間が足りないから、圭介の選手としての成長ぶりもボンヤリしており、淡々とした進行の中で、淡々と記録が伸びている。
「伸び悩んでいる」という仲西の圭介に対する批評も、ピンと来ない。
その時点で、圭介が伸び悩んでいるような描写は皆無だった。そして、伸び悩んでいた彼が壁を打ち破るという描写も同様だ。
あと、亜美に関しては、もはや飛び込み選手であるストーリー上の必要性が全く感じられない(長澤まさみの水着を観賞できるという目的においては、大きな意味があるけどね)。

どこを削るかという判断だが、まずは仲西を削れば良かったんじゃないかなあ。
そりゃあ、恋のライバル関係を使うのが、たぶん物語を構築する上ではやりやすいんだろうと思うけど、こいつを削れば、それに伴って排除できる要素も多い。
106分以内で収めるということを考えれば、仲西は邪魔。そこを削ることで、メイン2人の恋愛劇における心情変化に、多くの時間を割くことが出来る。
つまり、恋愛の競争相手を持ち込まず、亜美と圭介の関係だけに絞り込んだら良かったんじゃないかと。

かおりも要らない。水着を観賞するという目的では絶対に落としちゃいけないキャラだけど、映画としての質を重視するなら、こっちは仲西よりさらに邪魔。
原作の彼女は「圭介のライバル選手の恋人であり、最初は彼を憎んでいる別の高校の生徒」というキャラで、だから「恨みから好意へ」という心情の移り変わりがある。さすがにそれを描くのは無理だと踏んだのか、同じ高校の飛び込み選手に変更されている。
だが、その扱いの薄さといったら、オカモトのコンドームかと思うぐらいだ。
開始13分頃に圭介に会釈した後、開始から40分ほど経過した海のシーンまで出て来ない。それまではセリフさえ無い。
恋のライバルとしては、あまりにも存在感が希薄。

基本的には説明不足だとは思うが、逆に「それは露骨に説明しすぎだろ」と言いたくなる箇所がある。
序盤、新入生を集めた東海林は唐突に「ラフ」と言う。
それから外にいる娘の存在に触れて、「ラフデッサン描いててね、それ見て思ったの。貴方たちはラフだって。どんな見事な絵でも、まずはラフや下書きから始まる。これから何本も線を重ねて、下書きを繰り返し、その中から自分自身で1本の線を選び出して下さい」などとタイトルの意味を説明しちゃうのだ。
それは無粋にも程があるぞ。

(観賞日:2013年4月1日)


2006年度 文春きいちご賞:第8位

・きいちご女優賞:長澤まさみ
<*『ラフ ROUGH』『涙そうそう』の2作での受賞>

 

*ポンコツ映画愛護協会