『臨場 劇場版』:2012、日本

2010年冬。吉祥寺で無差別殺人事件が発生した。犯人はバスで2人を殺害した後、赤ん坊を庇った主婦の樋口雅代、それを制止しようと叫んだ関本好美を次々に殺害した。犯人の身柄が確保された跡、事件現場に警視庁刑事部捜査一課の立原真澄や一ノ瀬和之、坂東治久、江川康平たちが到着した。検視官の倉石義男、検視官心得の小坂留美、検視補助官の永嶋武文も現場入りし、遺体を検視した。犯人は24歳の波多野進という男だったが、立原は刑法39条に当たる可能性が高いことを警視監の五代恵一に告げた。
2年後。弁護士の高村則夫が事務所で何者かに殺害された。倉石は最後まで検視を小坂に任せず、珍しく途中で交代した。死亡推定時刻を保留にした倉石は、解剖に回すよう指示した。解剖を担当した城南医科大学法医学教室教授の西田守は、小坂と同様に昨夜6時から8時の間という死亡推定時刻を出した。しかし倉石は肝臓の温度が30度を越えていることを指摘し、8時から10時の可能性もあると告げた。
神奈川県のクリニックで精神科医の加古川有三が死体となって発見され、神奈川県警の仲根達郎たちが捜査を開始した。検視の結果、死亡推定時刻は昨晩の8時から10時とされた。加古川の解剖を担当したのは、倉石の恩師である横浜医大法医学教室教授の安永泰三だった。倉石は安永の元を訪れ、遺体に関する情報を聞く。高村の一件と手口が似ていることをしった彼は、連続殺人の可能性が高いことを立原に話した。すると立原は、既に捜査一課でも同じ見立てが出ていることを明かす。2年前の事件で無罪となった波多野の弁護を担当したのが高村で、弁護側鑑定人として心神喪失の認定を出したのが加古川だった。
合同捜査本部が設置され、五代が警視庁と神奈川県警の双方に指示を出した。2年前の事件の合同三回忌法要に出席した倉石は、好美の母である直子から声を掛けられた。彼女は2年が経過しても、何故こんなことになったのか未だに分からないのだと吐露した。彼女が「好美は死んだのに、あいつは生きてるんです。責任能力って何ですか。なんであいつは生きてるんですか」と波多野への怒りを示すと、倉石は「俺の仕事はホトケの声を拾い尽くすこと。それだけ」と告げた。
捜査本部は高村と加古川に恨みを持つ者の犯行と断定し、仲根は2年前の事件の被害者遺族に絞り込むよう刑事たちに告げた。すると倉石は「俺のとは違うなあ」と言い、「死亡推定時刻を欺くために、死体に細工をしている。今の時刻から犯人を絞り込むのは意味が無い」と語った。余計な口出しを批判する仲根に、倉石は「死体に細工をするような人間が、遺族の中にいるわけがないだろう」と述べた。
直子は包丁を隠し持ち、波多野が収容されている病院へ赴いた。しかし何もしない内に包丁を発見され、警官に捕まった。仲根は直子が高村と加古川を殺したと決め付け、取り調べを行った。倉石は高村の事務所へ勝手に侵入し、資料を調べた。仲根に非難されても、彼は平然とした態度で「高村と加古川を殺したのは遺族じゃねえ」と言う。彼らが扱った他の事案の中に恨みを持つ人間がいるのではないかという考えを倉石が話すと、仲根は動揺を隠そうとした。
立原が倉石たちの元へ現れ、8年前に神奈川県警が扱った事件のことを明かした。女子大生殺害の容疑で元恋人の男が逮捕され、仲根は執拗な取り調べで自白に追い込んだ。高村は彼を弁護し、加古川が心神耗弱と診断した。しかし公判中に男が自殺した後、別の事件で逮捕された犯人が女子大生殺害を自供した。冤罪で自殺した青年の父親は、現職刑事の浦部謙作だった。現在、浦部は駐在所の警官として勤務している。その事件について指摘された仲根は、「浦部は今回の事件と関係ない。アリバイが証明されている」と突っぱねた。
立原は五代に、浦部の取り調べを要求した。五代はアリバイがあることを理由に却下するが、立原は死亡推定時刻の細工について説明する。五代は立原本人が取り調べることを条件に、彼の要求を承認した。立原は駐在所へ行き、浦部に警官を続けている理由を尋ねた。すると彼は「自分への罰です。息子に容疑が掛かった時、私は何も出来なかった」と述べた。駐在所を後にした立原は、一ノ瀬に「あの男から目を離すな」と命じた。一方、仲根は釈放された直子への疑いを捨てておらず、彼女が勤務するスーパーに現れた。
小坂は改めて証拠品を調べ、犯人が高村のズボンに付いた染みを隠すためにお茶をこぼしたこと、それに倉石が最初から気付いていたことを悟った。倉石は勝手に加古川のクリニックを調べ、仲根から「場合によっては懲戒の対象になる」と言われても不遜な態度を取った。倉石は安永の自宅を訪れ、一緒に飲んだ。安永は彼に、仕事を優先したせいで妻が心の病に陥ったこと、自殺した妻が妊娠していたことを語る。そして彼は、外科医を辞めて法医学者になったのは、死者の最期の声を聞くことで妻への罪滅ぼしになるのではないかと考えたのが理由だと明かした。
倉石は安永に、「加古川が正午から夜まで何も食べなかったのは妙だ。家にあった何かを食べたはずだ。それなのに消化物が確認されていないのは妙だ」と話す。安永は「胃の中は空っぽだった」と改めて証言するが、倉石は彼が嘘をついていると感じた。安永の家を去った後、倉石は路上で倒れた。緊急搬送の知らせを受けた小坂と永嶋が病室へ駆け付けると、倉石は一ノ瀬に軽口を叩いていた。一ノ瀬は小坂と永嶋に、倉石が貧血状態だったこと、主治医から検査入院を勧められたことを説明した。
倉石は小坂たちに、「犯人は死亡推定時刻を直腸内温度で測ると知っていた人物だ」と話す。小坂は犯人が細工した方法を見抜いており、自説を倉石に語った。病室にいる全員が、犯人は安永だという意見で一致した。しかし物的証拠は無く、動機も不明だ。小坂たちは安永が加古川の食事を調べるために立ち寄った店の指紋を採取するため、立原を説得して令状を取ってもらう。一方、浦部は駐在所に「自分に疑いの目を向けた警察の威信や信頼を全て潰すため、これから波多野を殺しに行く」という手紙を残し、姿を消した…。

監督は橋本一、原作は横山秀夫「臨場」光文社文庫刊、脚本は尾西兼一、製作統括は平城隆司&鈴木武幸、製作は桑田潔&白倉伸一郎&木下直哉&小崎宏&山本晋也&細野義朗&高橋基陽&樋泉実&菊地誠一&中井靖治&古田栄昭&岩本孝一&笹栗哲朗、企画は大川武宏&香月純一、プロデューサーは佐藤凉一&目黒正之&横塚孝弘&八木征志&越智貞夫、撮影は栢野直樹、照明は大久保武志、美術は横山豊、録音は田村智昭、編集は北澤良雄、音楽は吉川清之、音楽プロデューサーは吉川清之&津島玄一。
出演は内野聖陽、松下由樹、渡辺大、平山浩行、高嶋政伸、益岡徹、長塚京三、平田満、平田満、段田安則、若村麻由美、柄本佑、隆大介、辻谷嘉真、小林勝也、伊藤裕子、京野ことみ、神野崇、八巻博史、おのさなえ、道井良樹、松田ジロウ、原圭介、小森敬仁、中山夢歩、水野直、菅原大吉、デビット伊東、土屋良太、魏涼子、春木みさよ、前田希美、浜田学、田中伸一、ヨシダ朝、増田雄一、前田健、荘田由紀、浅野雅博、谷口昭一朗、浜幸一郎、野元学二、旗本由紀子、大熊英司、山森大輔、針原滋、仙頭美和子、外波山流太、葵つかさ、結希玲衣、豊田紀雄、高橋かすみ、豊田一也、亀崎元太ら。


横山秀夫の小説を基にしたテレビ朝日系列のTVドラマの劇場版。
脚本の尾西兼一と監督の橋本一は、ドラマ版の第1シリーズ&第2シリーズに携わっていたコンビ。
倉石役の内野聖陽、小坂役の松下由樹、一ノ瀬役の渡辺大、永嶋役の平山浩行、立原役の高嶋政伸、五代役の益岡徹、真里子役の伊藤裕子、坂東役の隆大介、江川役の辻谷嘉真、西田役の小林勝也といった面々は、ドラマ版のレギュラー。
他に、安永を長塚京三、浦部を平田満、仲根を段田安則、直子を若村麻由美、波多野を柄本佑が演じている。

冒頭、雨の中をフラフラと歩いていた倉石が倒れる様子が描かれる。その後も彼が捜査中に倒れたり、末期癌の薬を使っていることを口にしたりする。
つまり彼は末期癌に冒されているわけだ。
ドラマ版から引き継がれている流れなのかと思いきや、劇場版で初めて持ち込まれた設定らしい。
なぜ急に、そんな設定を持ち込んだのか、理由が良く分からない。
本筋とは全く関係が無いし、本筋と上手く連動しているわけでもないし。

検視官なのに刑事の如く事件の捜査を進めたり(しかも勝手に)、捜査会議に出席したり、でも後ろの方に離れて座る&偉そうにふんぞり返って野菜をかじるという態度を取ったりというキャラクター造形になっているのだが、その嘘のつき方が、あまりにも滑稽に見えて仕方が無かった。アウトローとして描きたいのは分かるんだけど、大木こだまの物真似で「そんな奴おらへんやろ」と言いたくなった。
もちろん、「そんな奴おらへんやろ」ことは分かった上でクドすぎる誇張を施しているんだろうけど、そういうアプローチが話の内容や雰囲気とマッチングしていないように感じるんだよな。
あまりにも大げさすぎる内野聖陽の演技や、やたらとスローモーションなどを使って飾りたがる演出も、もちろん意図的にやっていることなんだろうけど、それもバカバカしく思えて、私は苦笑せざるを得なかった。
ただし、そういうのもドラマ版を見ていた人なら、たぶん全く気にならないんだろう。

ドラマ版における検視官の描写がどうなっていたのかは知らないが、少なくとも劇場版に関しては、違和感がありまくりだ。
まず、検視官が殺人現場にゾロゾロと押し掛け、そこで死体を検視するなんてのは不自然だ。鑑識の人間が現場で行う仕事は、指紋の採取や証拠の採集だろう。死体は現場から運び出され、法医学教室や監察医務院で検視が行われる。
そもそも、検視ってのは基本的に死因が不明な変死体の場合に行われる作業であって、今回は他殺であることも殺され方も明白なので、最初から検視官が出張る必要性は無いはずでしょ。
そういうことが気になってしまうので、序盤の段階で完全に気持ちが冷めてしまった。
なんでもかんでも全て現実通りにやる必要は無くて、もちろん嘘が混じっていても構わない。作品の内容やテイストによっては、荒唐無稽に作るのもいいだろう。
だけど本作品の場合、そこで露骨&無茶な嘘をついてしまったら、全てが台無しになるんじゃないかと。「あたかもリアリティー」が構築されているならともかく、嘘のつき方があまりにも下手すぎるし。

捜査会議で「俺のとは違うなあ」と言い出した倉石に仲根が「鑑識の君が捜査に口を挟む権利は無い」と言っているけど、その通りだわ。
「ホシを挙げるのに刑事も鑑識もねえよ」と倉石は言うけど、刑事も鑑識もあるよ。それぞれの持ち場があるよ。
鑑識がやるべきは鑑識の仕事でしょ。捜査したけりゃ刑事になれよ。
っていうか、あれだけ勝手な行動を繰り返し、偉そうな態度を取り続けているのに、なんで倉石は処分されないのか。

倉石自身が直子に「俺の仕事はホトケの声を拾い尽くすこと」と言ってるけど、やってることと明らかに矛盾してるでしょ。
ホトケの声を拾い尽くすために検視官がやるべき仕事は、遺体を徹底的に調べることだ。決して被害者の事務所へ勝手に侵入し、室内を調べることではない。それは遺体の声を拾うための作業じゃなくて、犯人を見つけ出すための作業だ。
そんなことより、2年前の事件で直子は「なぜ娘があの場所へ行ったのか。最後の声を聞きたい」という疑問を抱いているんだから、倉石が検視官の仕事を逸脱するのであれば、むしろそっちを調べた方が、よっぽど「ホトケの声を拾い尽くす」という作業になるぞ。
まあ本筋からは完全にズレるけど。

直子が合同葬儀で倉石に声を掛けるのは「2年前に霊安室で娘の遺体の近くにいたのに礼も言えなかったから」というのが理由だ。
でも、そこから長々と自分の感情を吐露したり、波多野への怒りを示したりするのは、すげえ不自然だ。
それまで一言も喋ったことの無い相手だし、しかも捜査を担当した刑事でもないのに。
で、そこまで無理をして直子に存在感をアピールさせた割りには、中途半端なまま放り出したような感じになっちゃってるんだよなあ(娘が事件現場へ行った理由は明らかになってるけど)。

「心神喪失者による殺人と、その遺族の怒りや悲しみ」という重くて扱いの難しいテーマを持ち込んだのかと思いきや、波多野は心神喪失を装っているだけ。
だったら早い段階で、そのことを明かしてしまっても良かったんじゃないか。
後半まで隠したまま引っ張っておいて、「実は装っていただけだよーん」と明かすと、梯子を外しちゃってる感じがするんだよな。
どうせ早い段階で波多野が心神喪失じゃないことは分かったけど、それは演出として見えるようにやっていたってわけでもないしなあ。

途中で浦部という男を容疑者として登場させるが、そこの線が「倉石が事件を捜査する」という線と上手く絡み合っていない。
倉石の中で浦部が容疑者に入ることは一度も無いし、そもそも観客サイドから見ても彼が容疑者には感じられない。
そこでのミスリードを狙っていたとすれば、完全に失敗している。
浦部が「これから波多野を殺す」と書いた手紙を置いて病院へ向かう展開になっても、浦部と波多野は何の関係も無いし、警察の威信を貶めるために殺害するというのは無理があり過ぎると感じる。

で、実際、手紙に書かれていたことは全て嘘であり、仲根をおびき寄せるための罠だったわけだが、それが明らかになっても、やはり浦部の関わる部分が本筋と上手く融合していないと感じる。
そもそも「浦部の仲根に対する復讐心」とか「警察が強引な取り調べで浦部の息子を自白に追い込んだ冤罪問題」とか、それらの要素が本筋と上手く絡んでいない。
そこの流れに最後まで倉石が全く関与せず、興味さえ示していないってのも厳しい。
色んな要素を盛り込み過ぎて、どれも上手く消化できずに終わっている感じだ。

浦部の動かし方だけでなく、終盤の展開は他にも色々と問題が多い。 安永が波多野を殺そうとしているところへ倉石が駆け付けるのは都合が良すぎるし、そこで波多野を放置したまま長々と喋り出すのはアホにしか見えない。
一方の安永も長々と喋るのだが、そんなことしてる暇があったら波多野を刺殺すればいいでしょ。
その波多野は銃弾を浴びた上に薬で体の自由を奪われていたのに、元気一杯に動いて安永を刺殺し、倉石に襲い掛かるという怪物化現象を見せるのだが、それもバカバカしいの一言。
そのくせ、倉石にナイフを奪われると心神喪失の芝居をするのだが、今さら遅いだろ。倉石には心神喪失じゃないことがバレてるんだから、何とかして邪魔者を殺そうとしろよ。

(観賞日:2014年10月13日)

 

*ポンコツ映画愛護協会