『リングサイド・ストーリー』:2017、日本

弁当工場で働くアラサーの江ノ島カナコは、リストラを進める社長から解雇を通告された。社長は「結婚したら?」と軽く言うが、恋人の村上ヒデオについて「売れない俳優は無職と同じか」と馬鹿にする。カナコは「無職じゃありません」と反発するが、実際は無職も同然だった。その日、ヒデオは映画『イケメン女学園』のオーディション会場に、学生服を来て赴いた。先に来ていた役者の卵たちを見て、彼は「考えて役作りして来ないと」と偉そうに言う。しかし面接会場に案内したスタッフは、ヒデオの格好を見て笑った。
商店街で美容室「ホープ」を営む母の恭子を訪ね、クビになったことを話す。恭子は立ち退きのため、12月で美容室を閉めることになっていた。その夜、アパートに戻ったヒデオはマネージャーの百木清太郎からメールを受け取り、オーディションに落ちたことを知らされた。しばらくして帰宅したカナコは、クビになったことを隠して「仕事を辞めた」と話す。驚いたヒデオが「契約更新してもらうよう粘ろうよ。せめて来月まで働かせてもらおうよ」と言うと、カナコは「なんで私ばっかり我慢しなきゃいけないの」と反論した。
カナコはヒデオがずっと家にいることへの不満を漏らし、少しは働くよう要求する。ヒデオが「少しは俳優業を理解しろよ。そんなんじゃカンヌがどんどん遠ざかるわ」と主張すると、カナコは百木が入れた仕事を断ったことを批判する。その仕事はバラエティー番組の再現ドラマで、ヒデオは「あんなの役者の仕事じゃねえよ。俺は大河ドラマにも出てんだよ」と告げる。カナコは「何年前の話よ。それに1回だけじゃない」と呆れるが、ヒデオは「選ばれた者にしか見えない特別な景色があるんだよ」と語った。
翌日、カナコが喫茶店で就職情報雑誌を見ていると、ヒデオがやって来た。彼は勝手にナポリタンを注文して食べ始め、就職情報雑誌を開いて「これ、いいんじゃないの?」と勧める。それはプロレス団体「レッスルワン」の契約社員募集のページで、カナコは困惑しながらも事務所へ赴いた。すると面接を担当した杉田新三は、明日から来てほしいと告げる。実は事前にヒデオがカナコの名前を使い、プロレスへの愛を綴った手紙を送っていたのだ。
次の日、カナコは事務所へ行き、事務員のエリと会う。エリは企画部長の敦賀淳一を呼び、カナコは売れ残ったグッズの整理を指示された。そこへレスラーたちが大量の洗濯物を持って現れ、カナコは事務員の浅見から洗濯の仕事を任された。突然のブザーがレスラーたちが慌てて走り出したので、カナコは流れに飲まれるようにして付いて行く。すると道場のリングには社長の武藤敬司が立っており、それか避難訓練だとカナコは知った。彼女は武藤に紹介され、レスラーたちに胴上げされた。
帰宅したカナコが疲れて眠り込むと、ヒデオは財布から金を盗んだ。彼はスタッフパスまで盗み、マスクで顔を隠して試合会場に入り込む。彼は最前列でプロレスを観戦し、大いに楽しんだ。事務所の戸締まりを頼まれたカナコは、試合を終えた若手が道場で熱の入った練習に取り組む姿を見学した。百木は低予算映画で2番手の仕事を取って来るが、ヒデオは「エロVシネでしょ」と断る。「現実を見ようよ」と百木が諭しても、彼は「ギャラがいいわけでもない。監督が有名なわけでもない。じゃあ何でやるの?誰かの顔を立てるため?」と考えを変えようとしなかった。
ヒデオはギャラを前借りし、劇団に所属する売れない役者仲間と飲みに行く。ヒデオが「役者は正社員になったら終わりだよ」と生意気な態度で持論を語っていると、俳優のシローが現れた。シローはヒデオより年下の後輩だが、人気のTVドラマにも出演するようになっている。彼が岩井俊二と一緒だと知った劇団員たちは、慌てて挨拶に赴く。ヒデオは不貞腐れて挨拶に行かず、帰宅して自分が出演した大河ドラマのDVDを観賞した。
レッスルワンには次の大会のチケットが届き、カナコはレスラーのマサノブに同行するよう指示された。マサノブは馴染みのスナックを回り、チケットを購入してもらう。カナコも用意された酒を一気に飲み干し、チケットを買ってもらった。カナコは敦賀から「メキシコの怪人」の異名を持つブロンドジョンソンを羽田空港まで迎えに行き、ホテルに送り届ける仕事を指示された。翌日、カナコが試合直前の控室へ行くと、ジョンソンはマネージャーのロベルト・ホンダを通して「足が痛くて試合に出ない」と言い出す。慌てたカナコは説得するが、ホンダとジョンソンは耳を貸さずに去った。
試合後、カナコはレスラーたちと飲みに行き、敦賀に誘われてカラオケに繰り出した。帰りが遅いのでヒデオは電話を掛けるが、カラオケに夢中のカナコは携帯を放り出していた。後日、ヒデオは会場を訪れ、試合を見物した。ツアーの日程が終了すると、ホンダとジョンソンはギャラを請求する。試合に欠場すれば7割という契約だったが、ホンダは「場外で戦った」と全額を支払うよう要求する。しかしカナコが神戸牛の店とキャバクラで接待したことを指摘すると、ホンダとジョンソンは交渉を諦めて去った。
レスラーの梅宮健太から札幌遠征について訊かれたカナコは、カニが大好物だと話した。すると梅宮は、「実家が魚の卸しだから、安くて上手い店を聞いておきますよ」と告げた。カナコが札幌へ行っている間、ヒデオは仕事をドタキャンしてパチンコ店に繰り出した。彼は稼いだ金でカニ缶を5つ買い、カナコの帰りを待った。しかしカナコが梅宮の実家から高価なカニを貰って帰宅したので、ヒデオは不機嫌になった。彼は楽しそうなカナコに「仕事を辞めろ」と要求し、「辞めたら暮らしていけないじゃん。ホントに勝手だよね」と呆れられる。ヒデオは梅宮との浮気まで疑い、カナコが否定しても信じようとしなかった。
ヒデオが「出て行け」と言うと、「ここの家賃を支払ってんのは私ですけど」とカナコは反論する。ヒデオが全く譲らないので、カナコは呆れて実家に戻った。ヒデオはレッスルワンの試合会場へ行き、「梅宮水産のカニは腐っている」という横断幕を掲げた。逃げようとしたヒデオは捕まり、カナコは彼の行為を知って驚いた。しかしヒデオはカナコに責められても反省の色を見せず、「お前が浮気したからだ」と自分の正当性を主張した。
カナコはヒデオが迷惑を掛けた責任を取り、レッスルワンの仕事を辞めた。梅宮は彼女のために、兄が働いているK-1の仕事を紹介した。カナコは広報部に配属され、トップファイターである和樹たちの取材対応を担当した。ヒデオは百木から、マネージャーを辞めるつもりだと告げられた。カナコはヒデオに、今度の大会でゲストとして出演する武藤ベアーの仕事を提案した。キグルミの中の人が怪我を負ったため、代役を探しているのだ。「キグルミだから顔を出さなくてもいい」と言われたヒデオは、「やるよ」と答えた。
試合当日、和樹が見当たらないので、カナコとスタッフは慌てて捜索する。無人のトレーニング室で煙草を吸っていたヒデオは、和樹が来たので慌てて隠れる。そこへカナコが現れ、緊張している和樹に「もうすぐ始まるよ」と告げる。カナコは和樹に頼まれ、バンテージを巻いた。和樹は礼を言い、カナコを抱き締めた。その様子を見たヒデオは嫉妬心を燃やし、入場中の和樹に武藤ベアーの格好で殴り掛かる。ヒデオはスタッフに取り押さえられるが、まるで反省の色を見せなかった。
社長が「惨めだねえ。悔しかったら勝負してみる?」と挑発すると、ヒデオは即座に「やってやるよ」と言い放つ。すると社長は和樹とのエキシビション・マッチを決定し、1ラウンド以内にKOされたらカナコと別れることをヒデオに約束させた。ヒデオはレッスルワンのレスラーたちに協力してもらい、トレーニングを開始した。しかしヒデオはカナコやレスラーが目を離すと、すぐに煙草を吸ったり酒を飲んだりしてサボった。ギャラを前借りするため百木を訪ねた彼は、「今月で田舎に帰ることにしたから」と告げられた。百木「力不足でした」と謝罪し、映画俳優のヒデオを信じているので頑張ってくれと言う…。

監督は武正晴、脚本は横幕智裕&李鳳宇、エグゼクティブ・プロデューサーは矢吹満&李鳳宇、プロデューサーは成宏基、撮影は西村博光、照明は常谷良男、録音は岩間翼、美術は天野竜哉、編集は細野優理子、音楽は李東峻。
出演は佐藤江梨子、瑛太(現・永山瑛太)余貴美子、岩井俊二、近藤芳正、角替和枝、高橋和也、峯村リエ、武藤敬司、武尊、亀田大毅、有薗芳記、田中要次、伊藤俊輔、奈緒、村上和成、一ノ瀬ワタル、坪谷隆寛、山田健太、ジャスティス岩倉、菅原大吉、小宮孝泰、前野朋哉、宝来忠昭、黒潮“イケメン”二郎、カズ・ハヤシ、征矢学、近藤修司、河野真幸、大和ヒロシ、児玉裕輔、アンディ・ウー、稲葉大樹、吉岡世起、土肥孝司、熊ゴロー、藤村康平、KAI、村瀬広樹、村山大値、NOSAWA論外、KAZMA SAKAMOTO、Jake Omen、西原啓子、永友春菜、才木玲佳、如月さや、尾崎礼香、片山亨、後藤ユウミ、及川いぞう、小野賢章、原田麻山、齋藤正和、池原猛ら。


『イン・ザ・ヒーロー』『百円の恋』の武正晴が監督を務めた作品。
脚本は漫画『ラジエーションハウス』の原作者で構成作家の横幕智裕。
カナコを佐藤江梨子、ヒデオを瑛太(現・永山瑛太)、恭子を余貴美子、百木を近藤芳正、ホンダを高橋和也、敦賀を有薗芳記、杉田を田中要次、浅見を伊藤俊輔、エリを奈緒、弁当工場の社長を菅原大吉、シローを前野朋哉、K-1社長を峯村リエ、和樹を武尊が演じており、岩井俊二が本人役で友情出演している。

冒頭、ヒデオのナレーションによって、日本のプロレス団体に関する簡単な説明がある。多くの団体が存在する群雄割拠の時代であることをサラッと語っているのだが、それによって「ヒデオは昔からプロレスの大ファン」ってことをアピールしているわけだ。さらにカナコを面接に行かせる時にも、プロレス愛を綴る手紙を用意している。
実のところ、そんなにマニアックなことは言っておらず、表面的な知識にザックリと触れているだけではあるのだが、プロレスが題材の映画じゃないので、そこは別にいいとしよう。
「そこは別にいいとしよう」と書いたのは、それ以外の部分で大きな問題があるからだ。
それは、「ホントに昔からプロレスが大好きで愛とリスペクトを持っている奴なら、そんなことは絶対に有り得ないだろ」と指摘したくなる行動をヒデオが取るってことだ(それについては後述する)。

「プロレスが題材の映画じゃない」と書いたけど、実を言うと、そこからして失敗だと思うのよね。
本来なら、これってプロレスが題材の映画になるべきだと思うのよ。ところが、レッスルワンだけじゃなくてK−1も協力することで、途中でカナコがレッスルワンからK−1に移り、そこでヒデオが戦う展開になっちゃうのよね。
そのことが、この映画を散漫にさせている一番の原因になっている。
プロレスならプロレス、キックボクシングなにキックボクシング、どちらか一方に絞り込むべきなのよ。
プロレスとキックボクシングって、そりゃあ大きな括りでは「どちらもアスリートのショー」になるかもしれないけど、まるで別物なんだからさ。

細かいことかもしれないけど、プロレスとK−1ではルールも違うし、勝敗に対する考え方も異なる。
プロレスの場合は負けたとしても、お客さんに喜んでもらえるような盛り上がる試合をすれば、それでプロとしては成立する。でもK−1の場合、まずは勝利が大前提になる。
「ショー」であることを一番に考えるプロレスと、「格闘技」であることが絶対条件のK−1は、「似て非なる物」ではなく、ジャンルが違うのだ。
なので、そこを同じ線上に乗せて描いている時点で、話の作り方として間違えていると言わざるを得ない。

前半はレッスルワン、後半はK−1を扱い2部構成のような形になっており、そこで完全に話が分離している。それだけでも失敗だが、それぞれの扱いも超が付くぐらい雑だ。
前半で言うならば、カナコは何の興味も無いプロレス団体で働くことになるわけだ。だから最初は何も知らないし、仕事に戸惑ったりレスラーに怖がったりしている。
普通に考えれば、そこから「次第に慣れて行き、プロレスやレスラーの魅力に気付き、前向きに取り組むように」という変化が描かれるんだろうと予想する。ところが、そんなドラマなど皆無なのだ。カナコはなかなか慣れないし、プロレスやレスラーとの距離感も近付かないのである。
カラオケに繰り出すシーンではすっかり馴染んでいる様子だが、そこまでの変化の経緯は端折られている。

例えば、若手レスラーたちが居残りでトレーニングを積むシーンがある。この時、カナコは戸締まりを頼まれ、その練習を見学する。
だが、すぐに眠り込んでしまうため、「熱心な練習風景を見たカナコの中で、プロレスに対する考え方が変化する」という様子は描かれない。
他には、レッスルワンのレスラーたちが試合前にリングを設営する様子を、丁寧に描くシーンがある。
だが、これをカナコは見ていない。なので、「試合だけじゃなくて裏方の仕事まで自分たちでこなすレスラーにカナコが感心し、自分の仕事に対する取り組み方も変化する」という展開にも繋がらない。

カナコがブロンドジョンソンというレスラーを、空港まで迎えに行くよう指示されるシーンがある。ジョンソンは「メキシコの怪人」の異名を持つレスラーなので、そこで何かハプニングでも送るのかと思っていた。
ところが、なんと「空港まで迎えに行き、ホテルへ送る」という手順は丸ごとカットされる。
だったら、「カナコが彼を迎えに行く仕事を任される」という手順そのものが要らないよね。
そこを描いておいて、実際に仕事をするシーンは省略するって、どういうセンスなんだよ。

さらに、そのジョンソンが試合当日に欠場を言い出す展開があるが、これで何か起きるのかというと、何も起きないのだ。会場でドクターストップがアナウンスされて、それで終わりだ。そのせいで客が怒って大きな騒動になることも無いし、カナコが咄嗟に代案を出すようなことも無い。
「急に欠場を言い出した」ってトコでオチにしているのだが、どんだけ面白くないコントなのかと。
ジョンソン関連で言うと、ギャラの支払いで向こうが難癖を付けてくるシーンがある。ここも、「カナコが接待費について証拠を提示すると、諦めて去る」という、何の面白さも見えない締め括りで終わってしまう。
もうね、ホンダとジョンソンごと、ここは丸ごと要らんよ。

カナコがカラオケに夢中で電話を取らないシーンの後、ヒデオが試合会場を訪れる様子が描かれる。なので、カナコの仕事ぶりを観察するとか、何かしらの動きがあるんだろうと思っていた。
ところが、ヒデオが会場に来る様子はあるが、カナコを捜したり見つけたりする様子は無い。そして、そのまま試合会場のシーンは終わってしまうのだ。
そうなると、何のために挿入したのか意味が分からなくなってしまう。
そこでヒデオが「試合会場に来ました」だけで終わってしまうのなら、そんなの無くても別に変わらないでしょ。

もう1つ、この映画には致命的な欠陥がある。それは、幾らカナコがレッスルワンで働いても、それは「カナコの物語」に過ぎないってことだ。
実際には全く描けていないけど、仮に「プロレスに興味の無かったカナコが少しずつ変化し、理解するようになっていく」というドラマが上手く描かれていたとしても、ヒデオには何の関係も無い。
最初に「性根の腐り切った売れない役者」としてヒデオを登場させているんだから、こいつが変化するドラマは絶対に必要なはずでしょ。ところがカナコがレッスルワンで働いている間、こいつは何の変化も無いままなのだ。
それは当然で、彼はレッスルワンと全く関わらず、ずっとヒモのような暮らしを続けているだけだからね。

前述したように、ヒデオは昔からプロレスの大ファンだったはずだ。それなら、カナコがレッスルワンで働き始めたんだから、もっと試合を見に行くとか、レスラーと知り合いになるとか、そういう方向で゛積極的になってもいいんじゃないのか。
スタッフパスで見に行った試合で興奮する様子は描かれているが、それ以降は全くプロレス愛を感じさせない。それどころか、梅宮に嫌がらせをする始末。
もうさ、初期設定が真っ赤な嘘になっちゃってるじゃん。
だったら最初から、プロレス愛なんて皆無の設定にでもしておけよ。

もっと言っちゃうと、実しヒデオというキャラクターそのものを排除しちゃえばいいと思うんだよね。
「何の夢も持たない貧乏アラサーのカナコが工場をクビになり、ひょんなことからプロレス団体の職員になる。プロレスに何の興味も無かったが、次第に魅力を感じるようになり、自分の生き方も見つめ直すようになって」という精神的成長を描くドラマとして作れば、それで良かったんじゃないのか。
後半に入るとヒデオが主役として扱われるようになるけど、「要らない子」という印象は最後まで変わらないのだ。

ヒデオは武藤ベアーのキグルミに入る仕事を勧められると、何の迷いも見せずに「やるよ」と答える。それまでのヒデオなら、それは俳優の仕事じゃないので、絶対に引き受けなかっただろう。
なぜ彼は、そんな仕事でも引き受ける気になったのか。考えられるのは、百木から「今の仕事を辞めようと思ってる」と聞かされたことだ。
だが、それは理由として、あまりにも弱い。
そう聞かされて「役者の仕事に全力で取り組む」「入って来た仕事は何でも取り組む」ってことなら、それは分かるのよ。でもカナコが持って来た「キグルミの中の人」の仕事は、ようするにアルバイトなわけで。
そこで前向きになられても、「そういうことじゃないし」と言いたくなるのよ。

そりゃあ今までのヒデオは「役者の仕事に集中すべき」ってことでバイトもせずカナコのヒモ状態だったわけだから、ある意味では成長と言えるのかもしれないよ。
でも、そこで成長を見せるのなら、それは「カナコの影響による変化」として描かれるべきじゃないか。百木がマネージャーを辞めるつもりだと知って心を入れ替えるのなら、そこは「俳優としての取り組み方」の部分で変化を描くべきじゃないか。
あと、すぐ和樹に嫉妬して殴り掛かるという問題行動に出るので、「何も成長していない」ってことになっちゃうんだよね。
なので、百木が「仕事を辞める」と告白するシーンは、全くの無意味になってしまうのよ。

終盤になってヒデオがK-1のリングで戦うことになるけど、彼が頑張るべき方向として明らかに間違っているでしょ。
彼は本来なら、俳優として頑張らなきゃいけないのよ。
だから、「以前の彼なら絶対にやらなかった仕事だが、成り行きで引き受けざるを得なくなって」という状況へ追い込み、その上で「その仕事に全力で取り組み、心を入れ替えて頑張るようになる」という成長のドラマに繋げるべきじゃないのか。
だから仮にヒデオがリングで戦う羽目になるとしても、それは「俳優として、映画やドラマの仕事として、本物のファイターと戦う」という設定にしておくべきじゃないかと。

「ヒデオがリングで戦って惨敗し、俳優としてどんな役でも引き受けるようになりました」ってのは、ドラマの作り方として違和感を禁じ得ないわ。
それでも、まだ「リングでの戦い」と「俳優としての心構え」を上手く関連付けることが出来ていればともかく、そこの作業は全く見えないし。
あと、そもそもヒデオが好きだったのはプロレスであってK-1には何の興味も無いはずなので、そこを戦いの舞台にしているのも間違ってるし。
まあ、それを言い出したら前述したように、プロレスとキックボクシングの両方を持ち込んでいること自体が大いなる間違いなんだけどね。

ただし、その辺りの設定を改変したとしても、全ての問題が解消されるわけではない。
何よりも問題なのは、「付け焼き刃のトレーニングでリングに上がり、本物のK-1ファイターと戦うなんてことは絶対に有り得ない」という現実だ。
まだテレビ番組で「K-1ファイターが攻撃を出さずに防御オンリーのルール」みたいな企画なら、リングに上がるのは分からんでもない。だけど、ちゃんと真剣勝負としての試合だからね。
しかも、相手が新人のオープニング・マッチとか、そういうことでもないのよ。エキシビション・マッチではあるが、相手はトップファイターなのよ。

なので、そういう試合をK-1の社長が提案している時点で、「いやアホか」と呆れてしまうわ。
大会を見に来る観客は、どこの馬の骨とも分からないような奴とトップファイターのエキシビション・マッチなんて、誰も見たがらないでしょうに。
興行として客を呼び込む仕掛けとしても、明らかに変なのよ。ヒデオが有名人ならともかく、今となっては「誰も知らない無名の俳優」に過ぎないんだからさ。
そんな素人との試合を、和樹が快諾するのも有り得ない。
どうしても戦わせたいのなら、大会じゃなくてジムでやれば済むことでしょ。

あと、ヒデオはプロレスの熱狂的ファンのはずなんだから、競技は違えど「プロとアマの違い」ぐらいは分かっているはずでしょ。なので、「自分ならトップファイターの和樹に余裕で勝てる」と確信しているのも、「なんでだよ」と言いたくなる。
ただ、トレーニングを開始したヒデオがレスラーに「お前ら、なんでそんなに格闘技好きなの?馬鹿じゃないの」と言うシーンがあるので、「お前、プロレスなんて好きじゃねえだろ」と言いたくなるけどね。
さらに言うと、彼がレッスルワンでトレーニングを積むのも有り得ないでしょ。
「キックのためのトレーニングとプロレスのトレーニングは全く別物」という問題もあるが、それ以前に「迷惑を掛けてカナコを辞職に追い込んだヒデオに、なぜレッスルワンの面々が協力するのか」という疑問が大きいぞ。

せめてヒデオが「本気でトレーニングを積み、一方的に殴られてボロボロになっても懸命に戦う姿を見せる」という展開があれば、少しは救いになったかもしれない(根本的な解決にはならないんだけどね)。
ところがヒデオは「勝てる気がしない」と練習をサボるようになり、カナコは彼に「一世一代の芝居を見せてよ」と言う。
ここで「戦い」ではなく「芝居」を要求しているのが伏線で、ヒデオは試合前のパフォーマンスだけ張り切って、リングに上がると1発でKOされるのだ。
そこを盛り上げる気さえ皆無のシナリオと演出には、唖然とさせられる。
見事なぐらい何もいいトコなど無い、完全無欠の駄作である。

(観賞日:2021年3月9日)

 

*ポンコツ映画愛護協会