『利休にたずねよ』:2013、日本

[利休、切腹の朝]
春の嵐が訪れる中、千利休の屋敷は豊臣秀吉が差し向けた三千の軍勢に包囲されていた。利休は白装束に身を包み、縁側で静かに座っていた。妻の宗恩が現れると、彼は灯りを消すように指示した。利休は妻の前で、「茶人一人に三千の兵を差し向けるとは。我が一生は一服の茶に己が全てを懸け、ひたすら精進に励んで来た。その果てが」と漏らした。利休は上使から秀吉が所望する物を渡せば助命も叶うと言われたが、「私が額突くものは、美しいものだけでございます」と拒否していた。ずっと恋しい人がいるのではないかと宗恩に問われた彼は、ある女性のことを思い浮かべた。
[21年前]
信長は城に呼び寄せた茶人たちの献上品を一瞥し、それに見合うと感じた金子を次々に置いて行った。堺の三茶人として知られる千宗易は遅れて到着し、漆塗りの硯箱を取り出した。他の茶人たちが嘲笑する中、信長は障子を開けて硯箱に水を注いだ。信長は硯箱を覗き込み、残っていた金子を全て宗易に与えた。木下藤吉郎が硯箱を除くと、満月が水に映っていた。後日、茶会を開いた宗易は茶室の天井に桜の枝を飾り、そこから一枚の花弁が茶碗に落ちた。
茶会から帰宅した宗易に、高弟の山上宗二は「自分ならこうした」という案を披露する。彼が茶の湯の発祥について喋ろうとすると、宗易は「知識でそなたに敵う者はおらん。だがな、茶は人の心に敵うのが大事」と告げた。その夜、宗恩は美しい花を見つけ、それを一輪挿しに飾った。彼女は宗易に、「私でよろしかったのでしょうか。私を妻になさって」と問い掛けた。宗易は「妻とすべきおなごは、そなたしかおらん」と、静かに答えた。
[12年前]
安土城を訪れた宣教師は、数多くの献上品を持参した。彼は茶の湯に熱狂する日本人の感覚が理解できず、藤吉郎から茶の席に招待されて辟易した。すると先輩の宣教師は、「あの男に会えば考えが変わります」と告げた。信長の茶頭となった宗易の点てた茶を飲んだ宣教師は、「美味い」と漏らした。信長は小さな茶壺を指差し、「これに幾ら出す?」と尋ねた。正直に言うよう求められた宣教師は、「それに大金を払うヨーロッパの人間はいないかと」と答えた。
宗易は信長に、「その者は正直者でございましょう。それはただの土くれを捏ねて焼いた物ですから」と述べた。どこに価値があるのかと宣教師に問われ、彼は「一服の茶で心が浮き立ち、蔵の土の壁でさえ輝いて見える。それを見出せる者しか分からぬことがございます」と述べた。信長が「その見出した価値は誰が決める?」と質問すると、宗易は「美は私が決めること。私が選んだ品に伝説が生まれます」と静かに答えた。信長は藤吉郎に、宣教師の献上品を全て持ち帰らせるよう指示した。
[10年前]
羽柴秀吉は信長の怒りを買い、打ち首まで噂されるほどに追い詰められていた。彼は家臣2人を伴って宗易の茶室を訪れ、「死にゆく前に、もてなしを受けてみたい」と思ったことを明かした。宗易が白粥と梅干を出すと、秀吉は一気に掻き込んだ。彼は泣きながら「子供の頃を思い出しました」と言い、母の思い出を語った。静かな心でいるよう宗易が促すと、秀吉は掛け軸の「閑」という文字に目をやった。
宗易は「今、生きている喜びを、この一幅の茶で味わいなさいませ」と告げ、茶を出して「おとりなし、私からもしてみますゆえ」と言う。家臣の1人は人たらしの秀吉が芝居で泣いたと捉えていたが、石田光成は宗易が本気の涙を流させたのだと確信した。宗易は秀吉から、懐にある物を見せてほしいと頼まれた。宗易は瓦職人の長次郎を見つけ出し、「よそう物ではない器を焼いてほしい」と頼んだ。ムクゲの花が咲く頃になると、いつも彼は姿を消した。
[9年前]
本能寺の変で信長が命を落とし、豊臣秀吉が後継者となった。光成は柴田を攻める好機だと進言するが、秀吉は決断を迷っていた。そこへ細川忠興が現れ、天王山の新しい茶室の名前の許しを求める宗易の文を秀吉に見せた。そこに書かれた「待庵」の文字を見た秀吉は、宗易からの伝言だと感じ取った。彼は雪が降れば柴田は越前から出て来れまいと考え、それまで待つことにした。冬になり、忠興の妻であるガラシャは宗易について「美しい物に怯えているように見えた」と述べた。秀吉は柴田軍に勝利し、天下人となった。
[6年前]
関白となった秀吉は遊興の日々を過ごすようになり、北政所は呆れ果てた。大徳寺の和尚である古渓宗陳は彼女に、宗易が「利休」と改名したことを知らせた。宗陳は「鋭い刃物も程々にせよ」という意味を込めて、その名を宗易に与えたのだった。宗陳の懸念した通り、利休は光成や茶人たちから「横柄で傲慢だ」と怒りを買うようになっていた。秀吉は御門を黄金の茶室に招き、陰に隠れた利休の真似をして茶を点てた。御門に「良き茶であった」という言葉を頂戴し、秀吉は安堵した。
利休は秀吉から「どうして御門までも人は茶に夢中になるのであろうのう」と問われ、「それは茶が人を殺すからでございましょう。人を殺してもなお、手にしたいだけの美しさがございます」と答えた。利休は片時も手放さない小さな高麗の壺について秀吉に訊かれると、「私に茶を教えて下さった方から頂いた物でございます」と述べた。秀吉は大きく笑い、「女人であろう。見通しじゃ。さで美しい女であろうな。わしの元へ連れて来い」と告げて立ち去った。
利休は長次郎の作った茶碗を見るが、納得できる物は無かった。長次郎は高麗の壺を触らせてもらい、「こういうことか。しっくりと掌に馴染む」と口にした。壺には女の爪が入っており、利休は「この白い指が持って、なお毅然と揺るぎのない器を作って頂きたいのです」と要請した。宗二は信長の怒りを買い、利休の元を去った。光成は利休が大きな力を持つ前に潰すべきだと進言するが、秀吉は「欲しくてたまらぬ物がぎょうさんあるのじゃよ。奴には、まだ居てもらわねば」と述べた。利休は秀吉が朝鮮出兵を計画していることを忠興から知らされ、それに異を唱えた。
[4年前]
秀吉は全国のわび茶人を集め、大茶会を開いた。ご満悦の秀吉だったが、利休の野点に大勢の人々が集まっているのを見て不機嫌になった。秀吉が「茶人でなければ天下をも取れたのではあるまいか」と告げると、利休は「恐れ多いことで」と静かに言う。秀吉が「朝鮮出兵の件じゃが、反対しておるらしいのお。そうであれば、ワシは斬らねばならぬぞ。お主はそんなに死にたいか」と述べても、彼は無表情で茶を点てるだけだった。
秀吉が小田原に陣を張った時、北条氏直の茶頭となった宗二が利休を訪ねてきた。宗二は利休から貰った茶碗を大切に精進を続けたことを話し、「ますます強引になられましたな。ただの竹や駕籠を名物なみに扱うのは、言ってみれば山を谷、西を東と言いくるめられるのと同じこと」と評した。秀吉は利休に茶を点てるよう命じ、宗二に挨拶させるよう求めた。宗二が丁重に挨拶すると、秀吉は彼の茶碗を扱き下ろして投げ付けた。宗二が激昂すると、秀吉は利休の懇願を無視して彼を斬り捨てた。
[利休、切腹の年]
石田三成は大徳寺の山門に利休の木像が安置されているのを確認し、宗陳に意図を問い掛けた。宗陳は秀吉の許可を得ていると告げるが、三成は「追って沙汰を下す。京よりの追放は免れぬと思え」と述べた。宗恩は秀吉の使者から娘・おさんを側室に出すよう要求され、それを拒否した。宗陳は京を追放される日、忠興から利休が疎んじられている現状について相談された。宗陳は秀吉が貪りの毒に侵されていることを話し、「いよいよ気を付けねば、利休殿の全てを食い尽くしましょう」と口にした。雪の降る日、おさんは炭を鋸で切る利休の後ろ姿を目にした。おさんは幼き日の出来事を思い浮かべた後、炭小屋で首を吊った…。

監督は田中光敏、原作は山本兼一『利休にたずねよ』(PHP研究所文庫)、脚本は小松江里子、製作は白倉伸一郎&木下直哉&重村博文&間宮登良松&井澤昌平&林誠&菅野征太郎&羽白勝&近藤晋&吉川英作&清水卓智&伊藤隆範&香月純一、プロデューサーは森田大児&福島一貴&菅谷英智、協力プロデューサーは天野和人、キャスティングプロデューサーは福岡康裕、アソシエイトプロデューサーは柳迫成彦、撮影は浜田毅、照明は安藤清人、録音は松陰信彦、美術は吉田孝、編集は藤田和延、衣裳デザインは宮本まさ江、衣裳は石倉元一、音楽は岩代太郎、音楽プロデューサーは津島玄一。
出演は市川海老蔵(十一代目)、中谷美紀、大森南朋、伊勢谷友介、市川團十郎(十二代目)、檀れい、黒谷友香、大谷直子、柄本明、伊武雅刀、中村嘉葎雄、成海璃子、クララ、袴田吉彦、福士誠治、川野直輝、笠兼三、六平直政、北島美香、松田賢二、菊池友里恵、淵上泰史、堀杏子、藤木勇人、加藤桃子、市川新次、まつむら眞弓、守殿愛生、Eduardo Mira Batista、Everton Strottman、園ゆきよ、北河和正、福本清三、いわすとおる、加藤重樹、窪田弘和、峰蘭太郎、山田永二、本山力、川鶴晃裕、内藤邦秋、木村康忠、増田広司、恒松勇輝、中村美月、塩田愛実、大加戸亜美、吉田桃華、藤田大史ら。


直木賞を受賞している山本兼一の同名小説を基にした作品。
監督は『精霊流し』『火天の城』の田中光敏。脚本はTVドラマ『天地人』や『花嫁のれん』の小松江里子で、映画を手掛けるのは初めて。
利休を市川海老蔵、宗恩を中谷美紀、秀吉を大森南朋、信長を伊勢谷友介、北政所を檀れい、ガラシャを黒谷友香、遊郭の女将・たえを大谷直子、長次郎を柄本明、利休の父・与兵衛を伊武雅刀、宗陳を中村嘉葎雄、おさんを成海璃子、高麗の女をクララ、忠興を袴田吉彦、三成を福士誠治が演じている。
市川團十郎が利休の師匠である武野紹鴎役で特別出演しており、映画では市川海老蔵と唯一の親子共演となった。

映画は利休が切腹させられる日の朝から始まる。
利休が秀吉から切腹を命じられた理由については諸説あり、「これが最も有力」というさえ定まっていない。だが、この映画は切腹の理由について仮説を立て、それに関する考察を描こうとしているわけではない。冒頭では利休が宗恩から「ずっと恋しい人がいるのではないか」と問われ、ある女性を思い浮かべる様子でシーンが終了し、回想劇に入って行く。
ってことは、その女性との関係が描かれると考えるのが自然だろう。
しかし回想劇に入っても、その女性はなかなか登場しない。ようやく登場するのは、回想劇の最後のパートに入ってからだ。
そのため、どこに焦点があるのか、利休の何を描こうとしているのかは、かなり分かりにくい状態となっている。

「美」に対する感覚は人それぞれだし、それを表現するのが簡単ではないことは分かる。
ただ、硯箱の水に満月を映した様子が、そこまで圧倒的に優れた「美」だとは思えないのよね。それは表現方法としての問題じゃなくて、実際に映像で見た時に感じることだ。
だが、それよりも問題なのは、そこにいる面々が何者なのかサッパリ分からないってことだ。
信長に関しては伊勢谷友介の分かりやすい芝居もあって分かるけど、他の面々は推測しなきゃいけない。1人ずつ名前のスーパーインポーズを出せとか、そんな無粋なことは言わないけど、もう少し配慮があってもいいんじゃないかと。

そのシーンで信長の後に硯箱を眺めるのは木下藤吉郎なんだけど、これも分かりにくいのよね。
その前に彼が信長の一団を見て、隠れるように町を走り回る様子が描かれているんだけど、これが何のシーンなのかサッパリ分からないのよ。
どうやら「足軽軍団に紛れ込むための行動」ってことらしいんだけど、それは映像を見ているだけだと分かりにくいわ。
そもそも、そんなシーンの必要性からして疑問だし。最初から足軽の一人として登場しても、あまり大差が無いんじゃないかと。

硯箱のエピソードが終わると、今度は桜の枝を飾った茶会のシーンが描かれる。シーンが切り替わると茶会になっていて、花弁が舞うと次のシーンに移る。
利休の美に対するこだわりを序盤でアピールしたかったんだろうとは思うけど、構成としては邪魔にさえ感じる。
その夜のシーンにしても、「小鳥の紙を灯りで掛け軸の枝の絵に照らす」という利休の「美」に対する感覚を見せることが目的だ。
「いかに利休が美への強いこだわりをもっていたか」ってことを、断片的なシーンを連ねる中でアピールするのだ。

この映画の主眼は、そこにある。つまり、利休を「美を追求する人」として描こうとしているのだ。
だから1つのテーマは定まっているのだが、どうにも散漫でボヤけた印象を受ける。串刺し式に並べてあるエピソードを結び付けるために、「利休の美に対するこだわり」という要素が力を発揮していないのだ。
しかも1つの年で1つのエピソードを描くのかと思ったら、そうではない。1つのスケッチの中でも、10年前だと秀吉を茶室で接待する出来事、長次郎に茶碗を注文する出来事、利休が姿を消す出来事が描かれる。
これらが連動していればともかくバラバラなので、余計に散漫な印象が増す。

12年前のエピソードが始まると、宗恩のナレーションが入る。それ以降は、何度か宗恩の短いナレーションが入って状況が説明される。でも、そんなに親切なナレーションではなく、申し訳程度のモノだ。
そのエピソードでは、茶の席を嫌っていた宣教師が利休の茶を飲んで「美味い。今までのとは違う」と言う。だけど、どれだけ美味しい抹茶でも、苦手な人だったら受け付けないと思うぞ。
それはともかく、利休は「その見出した価値は誰が決める?」と信長に問われて「美は私が決めること。私が選んだ品に伝説が生まれます」と答えるけど、「いやアンタが決めるのかよ」とツッコミを入れたくなった。
天才芸術家としての利休を描いているから、それだけ自信に満ちた態度も当然なのかもしれない。だけど、ただの傲慢な奴にしか見えんよ。

これが例えばスポーツのジャンルなら、実力が伴っていることを分かりやすく表現できるので、「大口を叩くだけのことはある」ってことで納得させられる。
でも芸術の分野なので、その自信に見合うだけの才覚があることを表現することが難しい。
っていうか実際、まるで出来ていない。そこは「だって利休だもの」ってことに、全面的に頼っている。
あと、ホントに偉そうな態度で「美は私が決める」と言い張ってくれたら、それはそれで有りだったかもしれない。でも静かに表情を崩さず言うので、余計に「なんか嫌な奴」という印象が強くなってしまうのよね。

バラバラに置かれているスケッチが続く中で、利休の心境が少しずつ変化していくとか、人間関係が少しずつ変化していくとか、そういうことも、なかなか見えて来ない。
秀吉が信長の後釜になってからは、彼や光成たちと利休の関係性が変化していく様子は見え始める。
そのことが利休の切腹にも繋がって行くのだが、前述したように本作品は「切腹に至るドラマ」に主眼が置かれているわけではない。
なので、そういう様子を描かれても、「なんか違う」と感じてしまう。

宗二が秀吉に斬られるエピソードは、「秀吉の利休を疎んじる気持ちが強くなる一方で、だから彼の弟子に難癖を付けて殺した」ってことは分かる。
おさんが首を吊るエピソードも、「秀吉が利休を苦しめるために娘を側室に出すよう要求し、自殺に追い込んだ」ってことは理解できる。
ただ、「だから何なのか」と言いたくなる。
特に後者に関しては、そこまでに娘の存在感なんて皆無だったし、利休と娘の関係描写も全く無かった。だから、おさんの苦しみも、利休の悲しみも、まるで伝わって来ないのだ。

それに、そういうエピソードを描くことで、どういう物語を紡ぎたいのかが見えて来ない。
繰り返しになるが、これは「利休が切腹に追い込まれるまでの経緯」を描く映画じゃないのだ(そうだとすれば、その経緯について、あまりにも淡々と処理しすぎている)。
だから、切腹に至るまでの経緯を描かれても、「そこじゃないでしょ」と言いたくなる。
なぜオープニングで「ずっと利休が心に秘めた女性は、どういう人物なのか」という問い掛けをしておきながら、そこに繋がるドラマを厚く描こうとしないのか理解に苦しむ。

この映画には、史実と異なる設定や描写が多く含まれている。
大まかに「時代劇映画」と言っても、全てが史実を重視しているわけではない。例えば東映京都撮影所が元気だった頃の「明るく楽しい時代劇」なんかは、史実を思い切り無視したような作品もあった。
だから「史実と大きく異なるからダメ」とは言わないが、この映画は「いかにも史実を重視しているっぽい」という雰囲気なので、そこはどうかと思ったりはする。
ただ、それよりも引っ掛かるのは、史実を無視した結果として、なぜか韓国マンセーのような映画になっているってことだ。

最後の回想パートに突入すると、ようやく利休が思い続けている女性が登場する。極端に言ってしまえば、切腹のシーンを「現在」として、回想劇はその部分だけでもいいぐらいだ。
ただし、そのエピソードが描かれると、一気に映画の陳腐さと安っぽさが強まる。
その回想劇では、遊郭に入り浸る遊び人だった利休が紹鴎に弟子入りした時の出来事が描かれる。彼は献上品として売り飛ばされ、蔵に入れられていた高麗の女に一目惚れする。世話役を買って出た利休は、彼女に料理を作る。
この時、「たまたま琉球の料理人がいて、そいつが高麗帰りだったので向こうの言葉や料理を教えてもらえる」という御都合主義が発動するので、苦笑してしまう。

また、「利休は若い頃に出会った高麗の女を、それ以降もずっと思い続けていた。死ぬ時も、ようやく彼女の元へ行けると感じた」という形で描かれることによって、「宗恩が可哀想だわ」という気持ちが湧いてしまう。
それより何より問題なのは、高麗の女とのエピソードが描かれることによって、「美を追求していたはずの利休が、実際は過去の女を追い求めていただけ」ってことが判明してしまうことだ。
世俗的なのが絶対にダメとは言わない。
だけど、さんざん利休の「世俗に縛られず、ただ真っ直ぐに美だけを追い求めている」みたいな様子をみせておいて、そこが答えってのは違うんじゃないの。

(観賞日:2017年10月10日)

 

*ポンコツ映画愛護協会