『Red』:2020、日本

大雪の積もった夜、村主塔子は車道脇の電話ボックスを利用した。彼女が電話を掛けている間、鞍田秋彦は車の近くで煙草を吸った。鞍田は電話を終えた塔子を車に乗せ、無言のまま彼女を見た。そこから遡って、ある日のこと。専業主婦の塔子は、娘の翠を幼稚園へ迎えに行った。夕食のメニューがハンバーグだと彼女が教えると、翠は大喜びした。帰宅した塔子は、同居している姑の麻子に気を遣いながらハンバーグを作った。
夜、酔って帰宅した夫の真は、お腹が一杯だと言ってハンバーグを食べなかった。しかし麻子が「煮付けあるわよ」と自分が作った料理のことを教えると、嬉しそうに「ちょっと食べようかな」と告げた。真は父の宏が来月には福岡から帰って来ることを麻子から聞き、「来月には出張で北京へ行く」と話す。商社マンの真は、多忙な日々を送っていた。塔子は煮付を温め、刻んだ生姜を添えて食卓に出した。真は寝室で塔子にフェラチオしてもらい、「気持ち良かったよ」と礼を言って額にキスをした。
大雪の日。鞍田はガソリンスタンドに立ち寄って給油し、塔子はカーラジオを付けて交通情報を確認した。給油を終えた鞍田は車に乗り、ガソリンスタンドを出発する。ずっと無言だった塔子は、「怖い。このままずっと外に出られない気がする」と呟いた。遡って、ある日。塔子は鞍田に同行し、開発会社の懇親会に出席した。鞍田が会社の人間と仕事の話をする間、塔子は席を外した。すると会場の従業員が来て、「長くなりそうです。先に帰ってください。」と書かれた鞍田のメモを渡した。
会場を去ろうとした塔子は、鞍田を見つけて驚いた。彼女が慌てて後を追うと、鞍田は部屋に引っ張り込んでキスをした。塔子は全く拒否せず、彼を受け入れた。鞍田は塔子を車に乗せ、「経営が大変だから設計事務所を畳んだ。今は友達の会社で設計をやらせてもらってる」と語る。10年前、まだ塔子が大学生だった頃、2人は深い関係にあった。かつてデザイン画を描いていた塔子だが、「もう描かないの?」と訊かれて「描かないです。子供もいるし」と答えた。
塔子は浜辺で鞍田に質問され、娘は6歳になること、夫は優しい人で娘とも仲良しであることを話す。「恵まれていて、とっても幸せ」と彼女が言うと、鞍田は含んだ笑みを浮かべて「君は変わってないな」と口にした。塔子は自宅でデザイン画を描いてみるが、麻子が翠を連れて戻ると慌てて隠した。麻子から自分宛ての封筒が届いたことを知らされ、塔子は寝室へ持ち込んだ。それは鞍田から勤務する事務所の中途採用のパンフレットで、塔子は面接に赴いた。
結婚記念日、真は接待で知った高級料理店へ塔子を連れ出して2人で夕食を取った。「翠も来年、小学校だし、また仕事しようかなって」と塔子が切り出すと、真は「なんで?ってか、働く必要無いよね」と言う。塔子は自分が「結婚しても仕事を続けたい」と話した時、彼が「もちろん、そうしてほしい」と言っていたことに触れる。真は「それはさ、上手いこと保育園に入れなかったんだから、仕方がないんじゃない?」と何食わぬ顔で語るが、塔子が黙り込んでいるのを見ると「分かった。やってみたら、仕事」と承諾した。
仕事でホテルに泊まる真と別れて帰路に就いた塔子は、鞍田からの電話で採用が決まったことを知らされた。鞍田は彼女に、「待ってるよ。きっとみんなも、君のこと気に入ると思う」と告げた。大雪の日。鞍田は無言のまま、車を走らせた。遡って、ある日。塔子は事務所の仕事を始め、先輩社員たちに意見も出せるようになった。同僚の小鷹淳が「可愛いっすね」と言うと、女性社員が「ダメダメ、結婚してるから」と告げた。
鞍田は塔子と2人になって話そうとするが、煙草を吸いに来た小鷹に気付かれて「あれ、知り合いですか?」と質問される。鞍田は何も答えずに去り、塔子も小鷹に会釈して去った。屋形船の飲み会に参加した塔子は、小鷹から急に連れ出された。小鷹は塔子とバッティングセンターへ出掛け、「親が離婚して母子家庭」と言い当てた。小鷹が「鞍田さんも同じかなあ。だって似てんじゃん、2人とも」と口にすると、塔子は顔を強張らせた。
塔子は鞍田との肉体関係を問われて否定するが、小鷹は信じなかった。それでも塔子が否定すると、小鷹は不意にキスしようとする。塔子は彼を突き放し、「するなら、ちゃんとやって」と真面目な顔で言う。しかし小鷹が改めてキスしようとすると、笑いながら逃げ出した。小鷹も笑って後を追い、2人は夜の街を走り回ったり自転車の二人乗りを楽しんだりした。翌日、塔子が出勤して小鷹と楽しく話していると、鞍田が外で煙草を吸っていた。小鷹が「2人で飲みに行っちゃいました。でも自転車乗っただけですけどね」と言うと、彼は「へえ」と短く告げてオフィスに戻った。小鷹は「面倒な人ですねえ」と漏らし、塔子は不安げな表情で鞍田の後ろ姿を見つめた。 新潟県にある君の井酒造の仕事で鞍田がサポートを求めていると知った塔子は、他の案件も抱えているが立候補した。鞍田は塔子を車に乗せ、自分のマンションへ連れて行く。鞍田が車内で手を握ってキスすると、塔子も燃え上がって激しく抱き合った。2人は鞍田の部屋へ移動し、セックスに及んだ。いつ離婚したのかと質問された鞍田は、4年前だと答えた。彼は悪性リンパ腫を患って大半の荷物を整理したことを明かし、驚く塔子に「今は大丈夫だよ」と微笑んだ。塔子が「もう治ったの?」と訊くと、彼は答えずにキスをした。
大雪の日。塔子と鞍田は定食屋を見つけて立ち寄った。2人が東京まで行くと聞いた店主の睦夫は、「やめといた方がええ」と忠告する。彼の妻のふみよが料理を出すと、鞍田は塔子に「夏になったら、また京都へ鱧を食べに行こう」と持ち掛けた。遡って、ある日。塔子が鞍田の部屋を訪れると、鞍田が家の模型を作っていた。それは事務所のプロジェクトでなく、「もし自分が家を作るとしたら」という趣味だと彼は説明する。塔子は隣に座り、作業を手伝った。
塔子は正社員になり、鞍田から「新潟の方もよろしく」と言われて喜んだ。塔子の仕事が多忙になり、翠は幼稚園で遅くまで待たされた。翠はジャングルジムから落下して怪我を負い、真は塔子に「今日はお袋、迎えに行けないって言ったよね」と責められる。麻子が諌めても、彼の怒りは収まらない。塔子は「明日のパンを買って来る」と言い、逃げるように家を出た。大雪の日。塔子と鞍田は吹雪にも関わらず、定食屋を出た。しかし鞍田が吐血して倒れたので、塔子は定食屋夫婦の家に泊めてもらって介抱した。ふみよは塔子に、14年前から睦夫の目が見えないことを話した。塔子は彼女に勧められ、久しぶりに煙草を吸った。
遡って、ある日。真は塔子に「仕事辞めた方が良くない?」と告げ、家のことに身が入っていない気がすると指摘した。彼は「塔子らしくない」と言い、両親が2人目を欲しがっていることも語った。塔子はクリスマスを家族で過ごした後、鞍田と密会する。鞍田は自分が大切にしていた谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』をプレゼントし、「持ってて」と言う。塔子は「なんで遠くに行ってしまうみたいに言うんですか」と反発は、「これは受け取れない。私、やっぱり」と口にした。塔子は未練を抑え付け、「もう会わないから」と去った。
正月、宏と塔子の実母の陽子も交えて、村主家で会食が行われた。陽子は宏にから「別れた旦那さんに翠を会わせてあげたら喜ぶんじゃないですかね」と言われ、気分が悪くなったと嘘をついて帰ることにした。塔子が見送りに出ると、彼女は「やっぱり来なきゃよかった」と不愉快そうに言う。塔子は真の希望で、彼の両親には実父が海外にいると嘘をついていた。しかし実際は、浮気相手と家を出てから全く音沙汰が無かった。陽子が「情けない。嘘ついて幸せなの?幸せなの、あちらさんだけじゃないの?」と話すと、塔子は「お母さんの言うことは16の時から聞く気無いから」と告げた。すると陽子は「アンタ、心底、男に惚れたこと無いでしょ。まあ、好きにしなさい。塔子の人生なんだから。でも人間、どれだけ惚れて死んでいけるかじゃないの?」と語った…。

監督は三島有紀子、原作は島本理生『Red』(中公文庫)、脚本は池田千尋&三島有紀子、製作総指揮は佐藤直樹、製作は新井重人&三宅容介&安部順一&安井邦好&関知良、エグゼクティブプロデューサーは福家康孝、プロデューサーは荒川優美&赤城聡&久保田傑、撮影は木村信也、照明は尾下栄治、録音は浦田和治、美術は黒瀧きみえ、編集は加藤ひとみ、音楽は田中拓人。
出演は夏帆、妻夫木聡、柄本佑、間宮祥太朗、浅野和之、余貴美子、片岡礼子、酒向芳、山本郁子、小吹奈合緒、岩本淳、うらじぬの、水田伸生、蒻崎今日子、ヒロウエノ、小島彩乃、堀元宗一朗、芦原健介、折居志信、小玉雄大、谷口一、伊藤佳範、北川裕子、近藤笑菜、バーガー長谷川、北山雅康、守山龍之介、勝平ともこ、ふるごおり雅浩、澤純子、大沢光秀、中村優里、八木絆愛、武政裕也、後藤由依良、大野さき、中村すみ他。
声の出演はミノルクリス滝沢、木村あさみ、大海玲子、洪英姫、池田宜大、畠山智行、谷口英俊。


島本理生の同名小説を基にした作品。
原作は島本理生にとって初めての官能小説で、第21回島清恋愛文学賞を受賞している。
監督は『幼な子われらに生まれ』『ビブリア古書堂の事件手帖』の三島有紀子。
脚本は『東京の日』『クリーピー 偽りの隣人』の池田千尋と三島監督による共同。
塔子を夏帆、鞍田を妻夫木聡、小鷹を柄本佑、真を間宮祥太朗、宏を浅野和之、陽子を余貴美子、ふみよを片岡礼子、睦夫を酒向芳、麻子を山本郁子、翠を小吹奈合緒が演じている。

序盤、塔子が真にフェラチオするシーンがある(もちろん夏帆はシーツの中に姿を隠しており、それっぽい動きをするだけだよ)。
ここは、「倦怠期でセックスレスになっているわけではない」ってことを示すシーンになっている。
真は塔子への気持ちが完全に冷めたわけではないし、欲情もする。しかし塔子に奉仕させるだけで、自分が塔子のために頑張ろうとはしていないわけだ。
これにより、塔子が夫婦関係に虚しさを覚えていることを観客に感じさせようとしている。

麻子は露骨ではないものの、塔子が常に気を遣わなきゃいけないような言動を取る。
夕食の準備なんて全て塔子に任せておけばいいものを、出しゃばって自分も用意する。息子の好きな魚の煮付けを作り、静かにマウントを取ろうとする。
そして真は「お腹が一杯」と塔子のハンバーグは食べなかったのに、煮付けがあると聞いた途端に食べると言い出す。
デリカシーのカケラも無いし、そういう序盤の描写だけでも塔子の家庭生活が決して幸せとは言えないことがハッキリと伝わってくる。

真は酒浸りでもなければ、暴力を振るうわけでもない。女遊びが激しいわけでもないし、金遣いが荒いわけでもない。分かりやすいクズさは無いが、「妻はこうあるべき」という古い固定観念に囚われている。
それが顕著に表れるのが、終盤の会話シーンだ。
吹雪で新潟から帰れなくなった塔子が電話すると、真は帰って来るよう要求して「母親でしょ」と言う。塔子が「貴方だって父親でしょ」と反論すると、彼は「ちゃんと仕事してるよね。なんか不自由させてる?」と責めるように語る。塔子がシッターを頼もうとすると、「ダメだよ。塔子の大切な仕事って母親だろ」と告げる。
真は静かな口調で穏やかに振る舞いつつも、妻を支配下に置いてコントロールしようとするマチズモを感じさせる。

どう見ても真は「良き夫で良き父親」ではないし、塔子が恵まれた夫婦生活を送っているとは言い難い。なので、もちろん褒められたことではないかもしれないが、彼女が不倫に走っても理解は出来る。
ただし、その相手が鞍田ってことになると話は別だ。鞍田は塔子にとって、かつて不倫関係にあった相手だ。しかも塔子は鞍田を目撃すると迷わずに追い掛け、熱烈なキスを交わしている。
そんな様子を見ると、ずっと塔子は鞍田に未練があって、ヨリを戻したがっていたのではないかと感じてしまう。仮に夫婦円満で家庭生活に問題が無くても、鞍田と再会したら焼け木杭に火が付いたのではないかと思ってしまう。
そして、「塔子の家庭生活が幸せとは言えない」という状況の描写は、彼女の不倫を肯定させるための免罪符と化してしまうのだ。

塔子は真に「仕事がしたい」と訴え、過去に彼が仕事をした方がいい」と賛同していたことにも言及する。
でも、その前に彼女は、鞍田が働く設計事務所の面接を受けている。
そうなると、塔子は「専業主婦に満足できず、また仕事を始めたい」という願望が強いのではなくて、「鞍田とヨリを戻したい。そのためにも、なるべく彼の近くにいたい」という感情で動いているようにしか思えない。
それは「解放」を求めているのではなく、ただの欲情ではないのか。

塔子が陽子から、「心底、男に惚れたこと無いでしょ。まあ、好きにしなさい。塔子の人生なんだから。でも人間、どれだけ惚れて死んでいけるかじゃないの?」と言われるシーンがある。そして塔子は、「人間、どれだけ惚れて死んでいけるか」という指針に基づいて行動することを決める。
でも、「男に惚れて死んでいけるかどうか」だけが女の人生の指標だとしたら、それこそ情けないんじゃないかと。
それしか生きる道が無いとしたら、女の人生はなんて貧しいのか。
生きる目的って、恋愛しか無いのかと。

終盤、鞍田は体調が悪化し、会社を休むようになる。新潟まで塔子を迎えに来た鞍田は吐血し、完全ネタバレだが最終的に彼は亡くなっている。
私は未読だが、終盤の展開は原作と異なっているらしい。塔子は火葬場で翠から「ママ、一緒に帰ろう」と言われるが、泣き出す娘を拒絶して歩いて行く。
でも終盤の展開って、「鞍田は死んでいるから、不倫相手と一緒になるために家族を捨てるわけじゃないんです」という言い訳にえちゃうのよね。
あと、娘を捨てるのって大きな罪(もちろん法的な意味じゃないよ)だと思うけど、それを背負ってまで「自分らしく生きる道」を選ぶのが許せるほどの苦悩や覚悟は、塔子からは見えて来ないなあ。

(観賞日:2021年12月12日)

 

*ポンコツ映画愛護協会