『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』:2010、日本

大手電機メーカーの経営企画室室長を務める49歳の筒井肇は、専務から「これで工場の整理統合プランにゴーが出せる。工場の整理と跡地 の売却交渉、人員のリストラは、全て君に任せてもいいだろうね」と告げられる。リストラ計画を初めて聞かされた筒井は少し戸惑うが、 専務から「君を取締役にと思っている。ここで会社のために一汗流しておけば、取締役会の心象もいいからな」と言われ、「ありがとう ございます」と口にした。
筒井は同期入社で親友でもある工場長・川平吉樹に会い、工場の閉鎖を告げる。彼は事務的な口調で、「会社は慈善事業じゃない。情で 経営できない。社員全員を助けることは出来ない。会社が生き残るためには止むを得ない処置だ」と述べた。「物づくりは誰のためだ」と 川平に問われた彼は、「それは消費者のためであり、ひいては会社のためになる」と答える。続く「会社は誰のためにある?」という問い には、「はぐらかさないでくれ」と告げた。
川平は「久しぶりにゆっくり飲みたいと思ってな。今夜、魚の旨い店を予約しておいたんだ」と誘うが、筒井は「今日は本社で会議だ、 すぐに戻らなきゃならん」と答える。すると川平は、机の上にあった小さな鷲の彫刻を筒井に渡し、「お守りにでもしてくれ」と告げた。 川平の息子は長生き出来ないと言われ、重い病気で療養している。その息子が、嬉しそうにベッドの上で彫った彫刻だという。
筒井がマンションへ戻ると、大学四年の娘・倖がいた。彼女は携帯電話に没頭しており、筒井が話し掛けても全く応答しない。妻の由紀子 は、まだ帰っていない。「母さんは?」と筒井がしつこく尋ねると、倖は顔も向けずに「知らない。夫婦なんだから自分で聞いたら」と 言う。筒井は「どうなんだ、就活は。うかうかすると就職できねえぞ」と告げた後、川平から貰った彫刻を手に取って眺めた。
後日、筒井は川平からの電話で、「目処が付いた。来週中には終わりそうだ」と告げられる。筒井が「そうか。お前には本社に戻って もらう」と言うと、川平は「気持ちはありがたいが、そんなビルで何を作れっていうんだ」と小さく笑う。彼は「俺の人生は俺の好きな ように使わせてもらうさ。こつこつといい物を作る。俺がやりたいのはそれだけだ。いつかお前に話した夢も諦めちゃいないからな」と 語り、電話を切った。
筒井の元に、島根で行商をしている母・絹代が心筋梗塞で倒れたという連絡が入った。すぐに筒井は、ハーブショップを営む由紀子と大学 に行っている倖へ電話を掛けた。筒井は妻と娘に「とりあえず様子を見て来る」と言い、帰郷の支度をする。由紀子に「会社は大丈夫?」 と訊かれ、彼は「大丈夫なわけないだろ。でも仕方ないじゃないか。お前が代わりに行ってくれるのか」と答える。由紀子は「無理よ。 お店始めたばかりだし。明日の最終便で行くわ」と言い、筒井は「弱ったなあ、この大事な時に」と愚痴った。倖が「婆ちゃんが倒れたん だよ」と怒鳴ると、筒井は「社会に出ればお前も分かる」とクールに受け流した。
筒井は倖と共に帰郷し、病院へ赴いた。絹代の容態は落ち着いているが、担当医は「年齢的なこともあるので、精密検査を受けた方がいい と思います」と勧めてきた。筒井が病院から会社に電話をすると、倖は「会社、そんなに大事?」と尋ねる。「当たり前だろう」と筒井が 答えると、倖は「家族のために休めないことが当たり前?」と責めるように言う。筒井は「命に別状は無いんだ」と告げた。
筒井は実家へ向かう途中、同級生の西田了と会って挨拶を交わした。その夜遅く、由紀子が到着した。筒井が夕食を済ませて休んでいると 、川平が交通事故で亡くなったという知らせが届いた。翌日、彼は告別式に参列した後、会社に足を向ける。そこへ電話が入り、彼は再び 島根へ赴いた。担当医は筒井に精密検査の結果を説明し、絹代の胃に悪性の腫瘍が見つかったことを話した。筒井は絹代に「東京へ一緒に 行かんか」と持ち掛けるが、「こげな年寄りが、生まれた所を離れられるかね」という答えだった。
実家に戻った筒井は、古いアルバムを眺めた。そこへ倖が現れ、缶に入った何枚もの切符に目をやって「何、これ?」と尋ねた。筒井は 「父さんは子どもの頃、電車が好きでなあ。バタデン(一畑電車)の運転手になるのが夢だった」と語る。実家の前には、バタデンの線路 が通っていた。倖は「こんなに大切に取ってあるなんて、婆ちゃんさ、きっとそのことを忘れてないよ」と言う。外に出た筒井はバタデン の駅へ行き、ホームから電車を眺めた。
筒井は倖に、「婆ちゃんを東京へ連れていく代わりに父さんが島根に住むって言ったら、びっくりするか?」と問い掛けた。「びっくり するに決まってるでしょ。仕事はどうするの」と娘に問われ、彼は「こっちで働こうと思う。父さん、良く考えてみたら、自分の夢に一度 も挑戦せずに生きて来たように思うんだ。無理かもしれないけど、応募してみようかなあと思って」と言う。彼は倖に、バタデンの運転士 を募集するチラシを見せた。倖は「バタデンの運転手?有り得ないんですけど。今から運転手になるとか無理でしょ」と困惑するが、筒井 は落ち着いた態度で「一応訊いてみた。20歳以上だ」と言う。
筒井は退職し、バタデンの運転士に応募した。履歴書を見た一畑電車社長・大沢悟郎と運輸営業部長・石川伸生は、大手企業のエリート だった49歳の人間が応募してきたことに驚いた。しかし筒井が地元出身ということもあって、会うだけ会ってみることにした。筒井は若い 宮田大吾と一緒に面接を受けた。大沢は筒井の熱意に動かされ、採用を決める。筒井は由紀子に話そうとするが、専務から引き留めて ほしいという電話が店にあったので、彼女は夫の退職を知っていた。運転士になると聞かされても、彼女は「安心して、引き留めたり しないから。やったみたらいいと思う」と後押しした。
筒井は妻と娘を東京に残し、島根で研修に取り組んだ。年が明けて、彼は運転士試験に合格した。筒井と宮田は、運転士の薮内正行や 指導担当の福島昇と会う。筒井と宮田は福島から、バタデンで使われている車両の説明を受ける。さらに車輌課長の高橋晴男に整備工場を 案内してもらい、指令室の田窪利和とも会った。昼食の時間、筒井は宮田に、「君も運転士になるのが子供の頃からの夢だったのかなあと 思って」と話し掛ける。すると宮田は、ぶっきらぼうに「別に電車とか好きじゃないですけど。いいかげん、適当に就職しなきゃなって。 一生やるってわけじゃないし」と答えた。
筒井は運転士として働き始め、初めて運転した電車の切符を福島から記念に貰って喜んだ。島根新報の女性記者・内藤が、筒井と宮田の 取材に来た。筒井は彼女の話で、宮田が甲子園出場経験のある元エースピッチャーだったと知った。プロ入りも決まっていたが、肘を 壊したのだ。筒井は宮田に、「ホントは野球を続けたかった。だから拗ねてんだ」と指摘した。そして川平から貰った彫刻を見せ、「20歳 まで生きられるかどうか分からない中学生がベッドの上で彫ったらしい。父親は俺の同期で親友だった」と告げた。
筒井は「奴は良く言ってたんだ。本当にやりたい仕事をやるんだって。それに引き替え、俺は何してんだって。奴の死で思い知らされた」 と語った。宮田が「それがエリート人生を捨てた理由ですか」と言うと、筒井は「俺はエリートじゃないよ。自分のことしか考えて 来なかった奴が、エリートなわけがない。これから先の人生、どうやって生きてくかを考えた時、今が自分の人生に向き合う最初で最後の チャンスだと思ったんだ。君がどうかは知らないけど、僕にとっては、ここが最高の夢の場所なんだ。幾つになっても、努力さえ続ければ 叶う夢もあるんだよ」と語った。
倖が久々に島根へやって来た。畑の世話をしてくれている絹代の同級生・長岡豊造は、彼女に「肇はよう決心したのお。ウチの倅なんか、 東京へ行ったきり、全く帰って来ん」と言う。倖は筒井に、「仕事、楽しい?」と問い掛ける。筒井は「ああ、恥ずかしいぐらいにな」と 答えた。「就活はどうだ」という筒井の質問に、倖は「色々と迷ってる」と告げた。すると筒井は穏やかな表情で、「ゆっくりでいい。前 に進んでれば、それでいい」と口にした。
ある日、筒井は新聞で「山陰野球独立リーグ設立へ」という記事を見つけ、宮田に見せる。筒井は「やってみたら?外野手とか。イチロー もピッチャーだったんだろ」と提案するが、宮田は「野球のことはいいです」と不機嫌そうに言う。別の日、宮田が運転していると、8歳 の少年・内久保健が興味深そうに覗き込んで来た。駅で停車中、宮田は「座ってみるか」と促し、運転席に彼を座らせた。
ある夜、筒井が残っていた酔っ払い客を起こして駅のベンチに座らせていると、妻から電話が掛かって来た。店がようやく軌道に乗って 来たらしい。由紀子は「私たち、このままでいいのかな」と問い掛けるが、筒井は倒れ込んだ客の世話に意識が行っており、妻の言葉が 良く聞き取れない。由紀子は「貴方、声に張りがある」と言う。筒井が酔っ払い客を座らせている間に、電話は切れていた。
後日、筒井の仕事中に、絹枝の容体が急変した。倖は福島に電話して先回りし、駅で筒井の運転する電車に追い付いた。事情を知らされた 筒井は動揺を抑え、「そうか。乗務が終わったら、すぐ行くよ」と告げる。だが、車掌として乗っていた宮田が、「代わります。俺たちの 仕事は乗客を安全に運ぶことです。心に少しでも動揺がある人は運転しない方がいいです」と筒井に持ち掛けた。すると筒井は「そうだな 、安全第一だ」と納得し、彼に運転を交代してもらった。
次の駅に到着した時、筒井は乗客が線路に落とした荷物を拾った。あまり時間が掛かるとダイヤに影響するため、宮田は筒井の様子を見に 行く。その間に健が勝手に運転席に入り、列車を動かしてしまう。慌てて筒井が制止させ、そこからの運転を宮田と交代する。健が運転 する様子を、列車に乗っていた学生が携帯で撮影していた。その動画がネットにアップされたため、大きな騒ぎに発展する。大沢は会見を 開き、マスコミから糾弾される。筒井は宮田を庇い、退職願を提出した…。

監督は錦織良成、脚本は錦織良成&ブラジリィー・アン・山田&小林弘利、製作総指揮は阿部秀司、製作は加太孝明&百武弘二&野田助嗣 &平城隆司&亀井修&藤川昭夫&久松猛朗&春山暁&大橋善光、エグゼクティブプロデューサーは藤巻直哉&関根真吾、プロデューサーは 石田和義&小出真佐樹&北詰裕亮&上田有史、ラインプロデューサーは鈴木剛、Co.プロデューサーは佐藤唯史、撮影は柳田裕男、照明は 吉角荘介、美術は磯見俊裕、録音は小宮元、編集は日下部元孝、音楽は吉村龍太。
主題歌『ダンスのように抱き寄せたい』作詞・作曲:松任谷由実、編曲:松任谷由実、歌:松任谷由実。
出演は中井貴一、本仮屋ユイカ、三浦貴大、高島礼子、奈良岡朋子、橋爪功、宮崎美子、中本賢、甲本雅裕、佐野史郎、遠藤憲一、渡辺哲 、緒形幹太、石井正則、笑福亭松之助、河原崎建三、大方斐紗子、玄覺悠子、田子天彩、平野心暖、宮地眞理子、辰巳蒼生、前川正行、 川井つと、大門真紀、竹本聡子、はやしだみき、神谷仁美、浜近高徳、高松克弥、南田裕介、小川剛、伊住聰志、玉城タイシ、えんじ則之 、雨宮徹、棚橋唯、奥村希沙羅、青木千明、荒木八洲雄、荒木栄子、飯塚大幸、飯塚まや、飯塚さら、糸賀久美、今吉亮太、糸川健、 大谷良治、大谷和子、宇佐見直樹、門脇桐代、郷田侑希、勝部義夫、佐藤典子、澤田彩、児玉靖弘ら。


『白い船』『うん、何?』に続く錦織良成監督の「島根3部作」の最終作。
『海猿 ウミザル』や『ALWAYS 三丁目の夕日』など多くのヒット作をプロデュースしてきた阿部秀司が製作総指揮を務め、鉄道好きで ある自身の念願を叶えた鉄道映画。
一畑電車や京王電鉄の協力を取り付けて、ロケーションを行っている。また、営業運転を終了していた車両のデハニ52、53を改装し、撮影 に使用している。
筒井を中井貴一、倖を本仮屋ユイカ、宮田を三浦貴大、由紀子を高島礼子、絹代を奈良岡朋子、大沢を橋爪功、森山を宮崎美子、西田を 中本賢、福島を甲本雅裕、石川を佐野史郎、川平を遠藤憲一、高橋を渡辺哲、薮内を緒形幹太、田窪を石井正則、長岡を笑福亭松之助、 内藤を玄覺悠子が演じている。
鉄道ファンであるホリプロのマネージャー・南田裕介が教習所の教官役で、鉄道ライターの土屋武之が新聞記者役で出演している。

序盤、帰宅した筒井が彫刻を手に取って眺めると画面が暗転し、動き出したバタデンの電車が走って来る様子が写し出され、タイトルが 表示される。
このタイトルロールへの入り方は、スムーズではない。
その彫刻がバタデンに関係あるとか、筒井が故郷を思い出すようなアイテムであるとか、そういうことではない。しかし、その流れだと、 その彫刻を見て筒井が故郷やバタデンを思い出したかのような形になっているので、それは変でしょ。
っていうか、その彫刻をキーアイテムのように序盤で出したこと自体が、どうかと思う。それは上手く機能していない。
後で筒井が宮田に彫刻を見せて夢について語るシーンがあるけど、そこも彫刻が無くても成立するような会話だし。

タイトルロールの後、続いて絹代が出て来るけど、それもタイミングや繋がりがスムーズではない。
彼女が行商をやっている様子を示す形で登場させるタイミングが難しいのであれば、倒れたという知らせが来た後で「行商をやって自分を 育ててくれた」と筒井が回想する流れでもいいし。そこでチラッとだけ見せても、あまり効果があるとは思えない。
そんなことより、絹代が倒れたことを知らせるシーンよりも前に、由紀子がハーブの店を営んでいることや、そのせいで夫婦の時間は 少ないことを提示しておくべきだろう。それを示すタイミングが遅い。
倖が大学に通っているのも、就活が上手くいっていないのも、出来ればセリフではなく、ドラマの中で示しておきたい。

「筒井がワーカホリックのせいで大切なことを忘れていたと気付かされる」という展開を用意したいのなら、それに気付くまでに、娘から 何度も非難されたり問い掛けられたりする手順は用意すべきでない。
何度も疑問を提示されているのに、ズバッと心を突かれているのに、その時は自分が心を失っていることにハッとしたり反省したりせず、 「何が悪いのか」という態度を取っている。
そこで気付かないのは、チョー鈍感なのか、根っから冷たいのか、どっちかってことになる。
どっちにしても、主人公としてはアウトでしょ。

川平が交通事故死したことや、絹枝が余命わずかと診断されたことが、「エリートの筒井が順風満帆な人生を投げ打って運転士を目指す」 という展開に、まるで上手く連動していない。
川平が死んでも、彼の言葉を思い出して筒井の心情が変化するような様子は見られない。告別式のシーンはカットされているので、そこで 友人や身内から川平の思いや生前に良く口にしていた言葉を聞いて心を揺さぶられるとか、遺品を渡されて云々ということも無い。
絹枝が病気を宣告された後、「筒井は今まで夢に挑戦したことが無かったから、初めて挑戦しようと決意する」という展開になるのも、 流れとして繋がっていない。母から、夢を叶えるとの大切さについて、何か言われたわけでもないでしょうに。
あるいは、「母はずっと自分が運転手になるのを期待していたけど、それを裏切って別の仕事についた。だから生きている間に自分が運転 している姿を見せてやりたいと考える」とか、そういうわけでもない。

母が余命わずかだから、残り少ない人生は近くにいてやろうと考えるのなら、それは分からないではない。
ただし、それなら先に「実家に戻ろう」という決意が来るはずで、それより先に「バタデンの運転士になる夢を叶える」という決意が来て いるのは、考えとしておかしい。
っていうか、「実家に戻ろう」→「でも仕事はどうしようか」→「バタデンの運転士になろう」という方程式でさえ、やはり筋が通って いない。母の近くにいてやりたいのなら、しばらくは仕事を休むことを考えるべきだろう。
ようするに、彼の決意は、母のためでも何でもない。母のことは、どうでもいいのだ。
「母のために、故郷に残る」というのは、後付けの言い訳に過ぎない。

筒井が運転手を目指すと決めた後、絹枝が「好きなことやりなさい。それが一番の親孝行」と言うシーンがある。
だったら、それで背中を押されて筒井が運転士を目指す流れの方がいいんじゃないの。
あと、どっちにしろ、「筒井はかつて運転手になる夢を抱いていたけど、様々な理由で夢を諦めて別の仕事をしている。でも今の仕事に 生き甲斐は感じておらず、今も運転手への憧れは強く抱いている。ただ、そこをチャレンジするような勇気や覚悟は無かった」という形に しておいた方がいいと思うなあ。

それまで冷淡だった筒井が、母が余命わずかと聞いた途端、急に「いい人」に変化するのは不可解。
そこまでの冷徹さからすると、そこも「まあ自分が何かしたところで状況は変わらないし」とクールに受け止めそうだぞ。
「それまでは冷淡だったが、母の死が近いという現実に直面し、初めて冷たかった心が氷解して、激しく動揺する」といった「突然の変化 」を表現するようなシーンもないし。

っていうか、どうして筒井を「冷徹で嫌な性格のオッサン」として始めたんだろうか。友人の事故死&母の余命宣告があった途端、完全に 別人格に変わってしまうのよね。
そうじゃなくて、リストラを命じられて悩んだり、「母のことは心配だけど仕事も忙しいし」と悩んだり、そういう苦悩や葛藤を見せて おいた方がいいんじゃないのか。本心から冷徹なんじゃなくて、仕方なく冷たい決断をしている形にしておいた方がいいんじゃないのか。
で、娘に非難されたら、自分の愚痴を悔やむような素振りを示せばいい。
それでも、「娘と険悪になる」という筋はキープできるんだし。

筒井が運転士を目指すと明かした時、倖は動揺はするものの、挑戦に全く反対しない。
それも違和感があるぞ。
急に物分かりのいい娘になっちゃうのね。
由紀子にしても、退職も運転士を目指すプランも全て事後報告なのに、全く反対したり怒ったりしない。
そこは寛容で物分かりがいいのね。
そこまでの冷淡な素振りからすると、「やったみたらいいと思う」と後押しするのは、違和感があるぞ。

っていうか、バタデンの運転士を目指すなら、とりあえず筒井は妻に相談しろよ。
なんで妻に何も言わず、勝手に決めているんだよ。メチャクチャだろ。そこまで夫婦関係が壊れているってことなのか。
それと、根本的な問題として、筒井がチャレンジを決めた時に、運転手に対する情熱が全く感じられないんだよね。
「この年になって、ようやく夢を向き合う決心をした」というところには、こっちの心を揺さぶるような高揚感が欲しいんだけど、そう いうテンションの高まりが全く伝わって来ない。

研修や試験の様子は、たった5分程度で処理してしまう。
何かの研修で失敗するけど努力して次はクリアするとか、困難な試験に向けて必死に勉強して臨むとか、そういう「苦労」は全く 見えない。中年ゆえの苦労があるとか、そういうのも全く描かれないし。
「目指してみたら、あっさりと運転士になる夢を叶えました」という感じなのだ。
だから、筒井が運転士に合格しても、何の盛り上がりも無い。淡々としたものだ。
彼の喜びに、こっちがシンクロすることは出来ない。

宮田が要らないキャラになっている。
面接シーンではセリフが一言も無いし、全く触れられないまま終わっている。研修が始まっても、筒井が彼と会話を交わすことも無く、 たまに姿が写るだけ。
運転士になった後で、「別に電車とか好きじゃないですけど。いいかげん、適当に就職しなきゃなって。一生やるってわけじゃないし」と いう会話シーンがあるけど、それは研修中に入れればいいのに。
合格するまで一度も喋らないって、雑な扱いだなあ。

その後、人生を拗ねている宮田に筒井が自分の考えを語るとか、宮田を使ってエピソードを作ろうという意識は芽生えているけど、彼が 活用されるようになっても、やっぱり邪魔じゃないかと。
それよりも、もっと「49歳のオッサンが夢に挑戦し、必死にもがいて、ようやく夢を叶えて云々」というところを、もっとグラマラスに 描いた方がいいんじゃないかと思うのよ。
宮田なんてフィーチャーせず、バッサリと削ぎ落として、筒井自身の物語に時間を回すべきではないかと。
欲張り過ぎじゃないかと。

あと、宮田が少年を運転席に座らせるという展開はサイテー。あまりにも軽率で、全く情状酌量の余地が無い。
その宮田が絡んだトラブルが原因で、筒井が退職願を出す展開も、なんか不恰好な作為が見えて、ちょっと不愉快だなあ。
それに、あれだけ熱望して夢を叶えたのに、そんなに簡単に辞めちゃうのかと。
そりゃあ同僚を庇うのは善人の行動で、主人公としては当然っちゃあ当然だけどさ、なんか素直に同調できないんだよなあ。
あと、それまで筒井に親切にしてもらった乗客たちが集まって「辞めないでください」と頼む展開は、あまりにも陳腐で寒々しいぞ。

(観賞日:2012年4月15日)

 

*ポンコツ映画愛護協会