『LOFT ロフト』:2006、日本

小説家の春名礼子は執筆途中で激しく咳き込み、黒っぽい泥のような物を口から吐き出した。医者に診察してもらうが、どこも悪くないという。芥川賞作家の礼子は担当である編集部長・木島幸一の勧めを受け、初めて通俗的な恋愛小説に挑んでいた。スランプに陥っている彼女は、「引っ越してみたらどうかなって思うんですけど。場所が変われば書けるかなって」と持ち掛けた。すると木島は「遠くてもいいのか」と確認を取り、緑に囲まれた郊外の一軒家を捜してきた。
礼子は一軒家に引っ越し、荷物を運び込む。引っ越し業者に「前の人が置いて行った物が色々とあるみたいなんですけど、処分しますか」と訊かれた彼女は、「そのままにしておいて下さい」と答える。前の住人が置いて行った荷物の中には、小説の原稿もあった。ある夜、礼子が窓の外に目をやると、一人の男がシートに包んだ物体を車から運び出した。男は、その物体を裏の廃屋へと運び込んだ。
翌日、礼子が電気修理工に廃屋のことを尋ねると、「確か研修所ですよ、相模大学の」という答えが返って来た。何に使っているのかは分からないし、人の出入りは見たことが無いという。修理工によれば、人が住めるような状態ではないらしい。礼子は廃屋へ行ってみるが、扉に鍵が掛かっていた。礼子は木島を訪ね、冒頭部分の原稿を見せた。「どういうルートであの物件を見つけたんですか」と尋ねると、彼は「知り合いの紹介だよ」と言う。
礼子が「裏に大学の施設があるの、知ってます?誰も住んでないんだけど、誰かが住んでる感じ」と言うと、木島は「調べさせようか」と訊く。「いや、いいです」と礼子が遠慮すると、彼は「頼むから、それを書かない理由にしないでくれよな」とプレッシャーを掛けた。礼子は親友の編集部員・野々村めぐみに頼み、相模大学の資料を用意してもらった。めぐみによれば、大学の考古学グループが1000年前の女性のミイラをミドリ沼から引き上げたのだという。
資料に目を通した礼子は、廃屋に何かを運び込んだ男が人類学教授の吉岡誠だと知る。礼子が「あの荷物、何だったんだろう。まるで人間みたいな」と漏らすと、めぐみは少し調べてみることを約束した。廃屋では、吉岡がシートの物体の傍らに佇んでいた。視線を上げると、外から擦りガラスに女が近付き、手をくっ付けていた。礼子だった。吉岡は歩み寄り、ガラス越しに手を合わせる。それに気付いた礼子は、手を離して家に戻った。
礼子はめぐみから、教育映画社の村上を紹介してもらう。村上は「あるんですよ、ウチの倉庫に記録フィルムが。ラベルにミドリ沼のミイラって書いてあるんですよ」と述べた。戦前のフィルムなので、どういう経緯が撮影されたのかは分からないという。フィルムを見せてもらうと、それは5月15日から17日まで、シートに包まれた物体を固定カメラで撮影している映像だった。その物体には何の変化も見られない。村上は「微速度撮影されてますね。コマ落としです。たぶん一日中カメラを回して、それを30秒ぐらいに短縮してるんですよ。異常なことが起こらないよう監視する時に良く使われる技術ですね」と解説した。
記録フィルムを見終わった後、礼子とめぐみは公園のベンチで一休みした。めぐみが「あれ、きっとミイラだよね」と言うと、礼子は「どうして布の中で腐敗しなかったのかな」と疑問を口にした。めぐみは「ある種の泥には有機物を保存する作用があるみたい。1000年前の女性は美貌を保つため、大量の真っ黒い泥を飲む習慣があったんだって」と語った。家に戻った礼子は、大量の泥を嘔吐した。
翌日、礼子が廃屋へ行くと、入り口の鍵が開いていた。中に入った彼女は、台の上に安置されている物体を発見する。シートを取ると、ミイラの姿があった。そこへ吉岡が現れて「誰だ。そこで何やってる」と言ったので、礼子は慌てて逃げ出す。翌日、吉岡は大学からの電話を受け、日野教授の元へ赴いた。日野は「国立博物館での特別展の話がまとまりそうなので、ミイラの保存処置を急いでくれ」と促す。「どれぐらい掛かる?」という質問に、吉岡は「分かりません」と答えた。
日野は吉岡に、「この間言っていた80年前の死体のことだけど、資料が何一つ残っていなかった。だから、お前が引き上げた物が80年前の物と同じか確かめようが無いし、同じ物だとしても、いったん引き上げた物を同じ場所に沈めた理由も不明だ」と語る。吉岡がミイラの保存処置に消極的なのを察知した彼は、「何か嫌な感じが残る。それは分かる。俺だって躊躇する部分はあるんだよ。昨夜、また金縛りに遭った。何かがいたんだよ、ベッドの下に。そいつは俺が身動きできなくなるのを待っていたみたいだ。そいつが胸元を這い上がって来た。ゴムみたいな感触の何かだ。そいつは30分ぐらい俺の上に居続け、夜明けが来てやって、いなくなった」と述べた。
吉岡は報告会に出席した後、日野から「最近、また茨城の研修所に出入りしてるみたいだな。ちょうど研修中の大学院生が何人かいるんだけど、そっちへ3日ほど行かせるよ。使ってやってくれ」と言われる。吉岡はシートに包んだミイラを車で運び出し、林の中で停車した。彼は物陰に立つ黒い服の女を見て呻いた直後、礼子を目撃する。吉岡は礼子の家を訪れ、「少しの間、預かってもらいたい物があるんです。ミイラです。今日の午後、学生たちがやって来ます。彼らに見られたくないんです」と頼んだ。「どうして私に?」と礼子が尋ねると、彼は「きっと預かってくれると思ったから」と告げた。
礼子が頼みを了承したので、吉岡はミイラを寝室へ運び込む。彼は「ホントは大学の研究室の特別な保存容器に収まってなきゃいけないんですけど、そういうのは彼女にふさわしくない気がして」と述べた。その夜、礼子が台所で水を飲んでいると停電になった。寝室へ戻ると、ミイラのシートが外れていた。1階のソファーで佇んでいると、2階で大きな物音がした。懐中電灯を照らして2階へ向かうと、シートが外れて部屋から出ていた。
誰かがドアを開けて出て来ようとしたので、礼子は慌てて1階へ駆け下りた。そこへ木島がやって来て、「鍵が開いていたからさ」と言う。彼がブレーカーを修理したので、電気が付いた。礼子が寝室に行くと、誰もいなかった。木島に「最近、大丈夫か。恋愛小説、ちゃんと進んでるのか」と問われ、彼女は「ちゃんと書いてますよ」と言うが、実際には全く進んでいない。「あと1週間が限度だ。書けなくなって消えていった作家を何人も知ってる。君にそうなってほしくない」と、木島は静かに告げた。
礼子は前の住人が置き忘れていった原稿を取り出し、パソコンで文章を打ち込んだ。彼女はミイラに目をやり、「私を責めないでね。貴方が1000年間捨てられなかったものを、私は捨てるの」と語り掛ける。彼女は3日3晩徹夜して原稿を完成させて、木島に渡す。木島は内容を確認せず、「傑作に決まってるからな」と抑揚の無い調子で告げた。礼子が家に戻り、庭で休んでいると、物陰に立つ黒い服の女を目撃した。しかし目を離すと、姿が消えていた。
林を歩いた礼子が振り向くと、あの女が木陰にいた。しかし木に歩み寄ると、女はいない。視線を背後にやると、そこに女がいた。礼子が 沼に行くと、桟橋で女が待ち受けている。しかし桟橋の縁まで歩いて行くと女は消えており、礼子は沼に落ちそうになる。その直後、沼に設置されているクレーンが勝手に動き出し、それを止めようとした礼子は吊り下がっていた錘を頭部に受けて気絶してしまった。そこに来た吉岡が礼子を見つけ、彼女の家に運んだ。
翌朝、礼子は意識を取り戻し、吉岡と会う。吉岡は「ミイラは昨夜、僕が回収しました」と言い、廃屋で礼子にミイラを改めて見せる。彼は「服装からして、かなり身分の高い家柄の生まれだと考えていいでしょう。推定20歳前後、顔立ちは、当時の女性としては端正。ただ彼女の死についてはハッキリしません。誤って沼に落ちたのか、何かの儀式で沼に沈められたのか」と語る。礼子が「自分から大量の泥を飲み込んだという可能性はありますか」と述べると、彼は「一種の自殺ですか。有り得ます。永遠の若い肉体を手に入れるためなら、たぶん彼女は何でもやった」と告げた。
礼子が「でも彼女、後悔してるんじゃないかな」と言うと、吉岡は「腹部を切開して泥を除去すればいい」と告げ、ミイラの腹を裂こうとする。礼子は慌てて制止し、「何か別の不幸が始まってしまいそうな気がしませんか」と口にした。彼女が家に戻ると、木島が待っていた。鍵が開いていたという。「合鍵、持ってるんですか」と訊くと、木島はそれに答えず、「大変だったんだぞ、この物件捜すの」と言う。礼子は「何が目的なんですか。出てって」と言い、乱暴に彼を部屋から追い出した。
礼子が扉を塞ぐために棚を移動させた時、床に前の住人の学生証が落ちる。水上亜矢という女の顔写真を見た礼子は、あの黒い服の女だと気付く。木島は亜矢について、「田舎から出て来た小説家志望の女子大生だ。俺が見つけてここに住まわせたんだが、物にならなかった。3ヶ月前、ここを引き払って、どこへ行ったのかは知らない」と説明した。木島は自分を拒絶する礼子に対し、「君は最低な女だな。才能があったから賞が獲れたわけじゃないぜ。少しは努力してみようと思わないのか。もう少し俺に愛想良くするとかさ」と攻撃的な口調で告げる。木島が外に出た直後、礼子の部屋には石が投げ込まれた。
車で走り去る木島を目撃した吉岡は、礼子の家へ赴いた。吉岡は酷く怯えている彼女に声を掛け、優しく抱き締めた。翌朝、礼子が目を覚ますとベッドにいた。吉岡は電話番号のメモを残して去っていた。礼子は吉岡に電話を掛けようとするが、何かの気配を感じる。彼女が振り向くと、隣の部屋で誰かが倒れている足先が見えた。近付こうとすると、亜矢が立っているのを見えた。慌てて礼子は後ずさるが、亜矢の姿は消える。改めて足を進めるが、隣の部屋には誰もいない。しかし亜矢が様々な場所から出現した。
礼子はめぐみからの電話で、「警察が編集部に来てるの。行方不明の女性がいて、木島さんが関係しているんだって。木島さん、出社してないし、昨日から家にも帰ってないみたい。殺人事件だと思う。気を付けて」と聞かされる。ドアチェーンを購入して帰宅した礼子は、吉岡が戻ったのを見つけた。礼子は声を掛けようとするが、彼は車で出掛けてしまう。林に赴いた吉岡は土を掘り返そうとするが、すぐに手を止めた。廃屋に戻った彼は、車から降りずに過去を回想した。
吉岡は亜矢のことを知っていた。かつて木島が亜矢を殺そうとした時、彼は2人の姿を窓から目撃した。木島が去った後、吉岡が部屋に入ると、亜矢は床に倒れていた。ゆっくり触れようとすると、彼女はゆっくりと床を這い回り、それから「まだ生きてるのね」と言って立ち上がった。吉岡が「君が辛い目に遭ってるみたいだったから、救いに来た」と言うと、彼女は笑って「じゃあ救ってよ、私を。でも、どうやって私の魂を救うの?」と問い掛けた。
亜矢の様子を見て怖くなった吉岡は、「君は誰だ?僕が発見した女か?」と問い掛けた。吉岡が「待っていたんだな、1000年間も」と後ずさりながら言うと、亜矢は「ええ、男を破滅させるために」と微笑した。「私と一緒に地獄へ行こう」と誘われた吉岡は、「死人が口を利くんじゃない」と声を荒げ、亜矢の口を強く塞いだ。木島が家に戻って来たので、吉岡は身を隠した。木島は亜矢の死体を林に運び、土に埋める。その様子を、吉岡は密かに観察していた…。

監督・脚本は黒沢清、製作は蔡煕承(JASON CHAE)&高田真治&細野義朗&気賀純夫&神野智&石橋健司、企画は奥田誠治&下田淳行、プロデューサーは佐藤敦&神蔵克&下田淳行&金鐘大(LEO KIM)、アソシエイトプロデューサーは飯沼伸之、ラインプロデューサーは及川義幸、撮影は芦澤明子、照明は長田達也、美術は松本知恵、録音は深田晃、編集は大永昌弘、VFXスーパーバイザーは浅野秀二、ボーカリゼイションは柚楽弥衣、音楽はゲイリー芦屋。
出演は中谷美紀、豊川悦司、安達祐実、大杉漣、加藤晴彦、西島秀俊、鈴木砂羽、村杉蝉之介、江口のりこ、ガンビーノ小林、アル北郷、石鍋多加史、小西康之、紀伊修平、橋本生明、新妻さとこ、田中星佳ら。


『アカルイミライ』『ドッペルゲンガー』の黒沢清が監督と脚本を務めた作品。
冒頭で表示される題名は「LOFT」という英語のみで、「ロフト」というカタカナ表記は無い。
礼子を中谷美紀、吉岡を豊川悦司、木島を西島秀俊、めぐみを鈴木砂羽、亜矢を安達祐実、日野を大杉漣、村上を加藤晴彦が演じている。
中谷、豊川、鈴木、安達は、黒沢映画に初出演。西島は『ニンゲン合格』、加藤は『回路』に続いて2度目。
大杉は初期の黒沢作品では常連だったが、1999年の『ニンゲン合格』以降はお呼びが掛からず、これが久しぶりの黒沢作品となる。

礼子はミイラを廃屋へ運び込んだのが吉岡だと知った後、擦りガラスに体をくっ付けるという行動を取る。
その時点で少し奇妙ではあるが、そこで彼女は廃屋に吉岡がいるってことを分かっているのよね。
にも関わらず、記録フィルムを見た翌日、いきなり廃屋のドアノブを捻るってのは、どういうつもりなのか。
扉をノックしてみるとか、吉岡に呼び掛けてみるとか、そういう手順は無いのか。

あと、そこに吉岡がいると分かっているはずなのに、堂々と侵入しているのね。
まるで今は誰もいないことが分かっているかのように、大胆なガサ入れもやっているし。
で、吉岡が来て「誰だ。そこで何やってる」と言うと慌てて逃げ出すが、変な行動だよな。
どうして礼子は、吉岡がいるだろうとは思わなかったのか。その前夜、吉岡が廃屋にいることを目視していただろうに。
ミイラのシートを外す時も、まるでためらいや迷いが無いし。

っていうか、そもそも行動が拙速だよなあ。
ミイラに関心を持ったとしても、いきなり廃屋に侵入し、勝手に室内を調べ、シートを外してミイラを確認するって、どんだけ大胆不敵なんだよ。
ミイラを預かってほしいと言われた時も、何の逡巡も無く預かっているけど、「いや、なんでだよ」と思ってしまう。
「ミイラに恐怖は感じるけど、同時に好奇心も抱く」とか、「ミイラを預かることには不安もあるが、一方で好奇心も沸く」とか、そういう「感情の揺らぎ」ってモノが感じられないのね。

登場人物の行動には、説得力が全く伴っていない。
礼子にしろ吉岡にしろ、「ミイラに魅入られている」(ああっ、なんかダジャレみたいになっちゃった)ということのはずなんだけど、ちっとも魅入られている感じが出てないんだよな。
それは演技力の問題ではなく、演出の問題。
黒沢監督って、基本的に登場人物から感情を抜き取るような演出をする人なんだよな。
キャラは大半のシーンで体温が低く、淡々と行動したり喋ったりする。ずっと愁いを帯びたような感じになっている。

黒沢監督は、登場人物が何を考えているのか、何を感じているのか、そういうことを、あまり表現したがらない。
「目の前で起きている出来事」は描くけど、心情の変化とか、行動に至るきっかけとか、そういう「ドラマ」は描こうとしない。
キャラは用意された出来事を描くための駒に過ぎず、だから「どうしてそういう行動を取るのか」と問われた時に、「そういう行動を取ろうとしたから」という答えしか用意されていないことが大半だ。

礼子は原稿を盗作する時、何の葛藤も見せない。
木島が来た翌朝のシーンになると、いきなり原稿を取り出して、淡々とパソコンでの作業を始める。
どうして急に盗作する気になったのか、そこに罪悪感とか迷いは無かったのか。
まず引っ越して原稿を見つけた時点で、それを面白いと思った様子は全く無かったよね。
1ページ目をチラッと見ただけで、まるで興味を示していなかったよね。
「まるで書けないから盗作しようかという気持ちが浮かぶが、やっぱり思い留まる」とか、そういうシーンも無かったよね。

何の流れも無くて、ホントに唐突に、礼子は盗作しちゃうんだよね。
「木島からプレッシャーを掛けられる」というネタ振りはあるけど、それだけでは全く足りていないからね。
それこそ「プレッシャーを受けて、あの原稿のことを思い出す。試しに読んでみると面白い。盗作を考えるが、思い留まる。しかし自分で書こうと思っても全くアイデアが浮かばず、とうとう盗作に手を出す」とか、そういう流れになっていくのなら分かるんだけどさ。
あと、盗作した礼子はミイラに向かって「私を責めないでね。貴方が1000年間捨てられなかった物を私は捨てるの」って言うんだけど、ミイラが1000年間捨てられなかった物って、何のことだかサッパリ分からない。

礼子は木島に盗作原稿を渡した後、亜矢を目撃する。森を歩いて振り向くと亜矢がいるが、木に歩み寄ると姿は無く、視線を背後にやると亜矢が立っている。
そんな時に、なぜ礼子は全くビビらないのか。なんで亜矢が歩き去るのを普通に見送っているのか。
で、そのシーンから切り替わると、なぜ礼子が別の場所にいるのか。謎の女(その時点では、まだ礼子は黒い服の女の正体を知らない)の存在は、どうなったのか。
「亜矢が姿を消したので捜す」ということなら、まず「亜矢が姿を消す」というカットが必要だし、「消えた亜矢を礼子が捜そうとしている」という表現も必要だけど、そういうのは無いんだよな。
そもそも、なぜ礼子は森を歩き始めたのか。「何かに導かれるように」ということなら、それをキッチリと映像の中で示す必要があるでしょ。

木島が外に出た直後、礼子の部屋に石が投げ込まれるシーンがある。
この時、まだ外は明るい。
ところがシーンが切り替わり、木島が車で走り去るのを吉岡が目撃する時には、もう夜になっているのだ。
おいおい、どんだけ時間経過が早いんだよ。そこだけ時空が捻じ曲がっているのか。
もしかして、それさえもミイラ、あるいは亜矢が起こした怪奇現象ということなのか。
そんなわけはねえよな。

礼子が沼で失神した翌朝、吉岡は彼女と会うと「礼子さん」と呼び掛ける。
礼子は自己紹介で「春名です」としか言っていなかったのに、いつ下の名前を知ったんだよ。
で、林に埋まっている「何か」を掘り起こしに行くと、それまで敬語で礼子と話していた吉岡が、いきなり「礼子」と呼び捨てにする。
そして急に笑い出し、「失敗だよ。何も出ない。完全な見込み違いだよ。でも、こんなに気分のいい見込み違いは初めてだよ」と言い出す。
かなり変な奴だが、なぜか礼子も笑う。
こっちも負けず劣らずの変人なのね。

で、吉岡が「君のおかげだ。ひょっとしたら僕は自由になれたかもしれない。だから君も自由になれ」と礼子を抱き寄せ、2人は熱いキスを交わす。
えっと、まるでワケが分かんないんですけど。
なんで急に恋愛劇になっているんだよ。
そこまでに、2人が惹かれ合っていくようなドラマって皆無だったでしょうに。
そもそも、仮に惹かれ合っていくドラマがあったとしても、そこで「僕は自由になれたかも」と言い出し、2人の愛が燃え上がるのはヘンテコだし。

礼子が泥を吐くとか、ミイラのシートが勝手に外されるとか、ミイラの部屋から何かが出て来るような動きがあるとか、日野と吉岡が話す80年前のミイラ(記録フィルムに写っている物体)とか、日野が不気味な何かを目撃しているとか、伏線っぽく用意されているモノが、まるで伏線として機能していない。
伏線を回収する気が無いという以前の問題として、たぶん黒沢監督は、それらを伏線として盛り込んでいるつもりも無いんだろう。
っていうか、後半に入ると、もはやミイラなんて全く関係が無くなるんだよね。
木島の殺人とか、亜矢の幽霊が出るとか、吉岡が亜矢を殺すとか、埋められた亜矢の遺体が動き出すのを吉岡が目撃するとか、そういうのってミイラが登場しなくても成立することだからね。
一応、「ミイラの魂が亜矢の遺体に憑依する」という描写はあるんだけど、そういうことが無くても、「亜矢の幽霊が出現する」とか、「礼子と吉岡の周囲で不気味な現象が起きる」とか、そういうのは描けてしまうんだよね。「吉岡が亜矢を殺す」ってのも、「憑依したミイラの態度に怯えて」ということじゃなくて、「死んだはずの亜矢の魂に語り掛けられて」ということでも成立してしまう。

木島の一件が解決した後になって、思い出したかのようにミイラを使った怪奇劇を少しだけやっているけど、ホントにオマケ程度。
やっぱり、ミイラの必要性って皆無に等しいと思わざるを得ない。
ミイラなんて絡めず、「以前から吉岡は亜矢に密かな行為を抱いており、彼女を木島から救おうとして云々」という内容にした方が、ずっとスッキリするんじゃないかと思ってしまうぞ。
もしも黒沢監督が往年の怪奇映画を意識して本作品を作ったのだとしたら、たぶん単純に怪奇映画のセンスが無いってことなんだろうな。

(観賞日:2012年8月17日)

 

*ポンコツ映画愛護協会