『ラストコップ THE MOVIE』:2017、日本

横浜中央署刑事課の京極浩介と相棒の望月亮太、参事官の松浦聡や係長の若山省吾は、海外マフィアから入手した武器を持つ組織のアジトを発見した。本部長の神野晴彦は真正面から行かずに制圧するよう指示し、彼らは特殊な道具を駆使して敵を殲滅した。それは神奈川県警のPR映像で、試写を見た神野は感激して拍手する。一緒に観賞した鈴木結衣、鈴木誠、鯨井雅高、柏木沙織、安田慎平、三島菜々子、小山内美咲、山瀬栞らも、それぞれの感情を抱きながら神野に合わせて拍手した。
神野はPR映像を動画サイトにアップし、県警のイメージアップに繋げようと考えていた。実際にアップすると、コメント欄には批判の声が殺到したが視聴回数は週間の世界視聴ランキング2位に入った。1位は「キモ山社長」というユーチューバーだが、実は菜々子が若山から送られて来た自撮り動画を勝手にアップした物だった。若山には内緒だが、小学生には高い人気だと菜々子は嬉しそうに話す。神野は京極たちに、国際的に活躍する科学者の西園寺春孝と助手の藤崎誠吾を紹介した。松浦は横浜中央署が試験的に人工知能を導入することを明かし、西園寺はふなっしーをモデルにした人工知能搭載ロボットのブナッシーを登場させた。
ブナッシーに蓄積されたデータは、西園寺の研究所にあるマザーコンピューターのコスモスに転送される仕組みになっている。西園寺はデータを収集するため、署員たちにリストバンドを配布した。京極はリストバンドを装着する際、左腕が震えた。気付いた望月が指摘すると、彼は慌てて誤魔化した。京極と望月は神野の指令を受け、ブナッシーを伴ってパトロールに出た。京極から具体的に何が出来るのかと問われたブナッシーは、人間同士の相性や寿命も分かる予測システムがあると自慢した。
PR映像のヒットを祝う宴会が開かれ、ムーンライト清美が司会を務めた。京極は松浦をステージへ上げ、強引にコマネチをさせようとする。しかし左手が震え出したため、彼は諦めてステージを下りた。会場を出た京極は、みなと西病院の院長である町田昭仁に見つかって「このままでは大変なことになりますよ」と警告された。次の日、ブナッシーが犯罪発生確率80%を知らせ、みなと東地区で何らかの犯罪が起きる可能性があると藤崎は告げる。京極は全く相手にしなかったが、ひったくり発生の連絡が届いた。
「たまたまだろ。それに犯人を捕まえられなかったら意味が無い」と京極が冷淡に言うと、藤崎は「人工知能を使えば誰よりも早く効率的に犯人を捕まえることが出来ます。もちろん貴方よりも早く」と挑発する。京極が刑事の勘で犯人を逮捕すると語ると、藤崎は見下したような態度を取る。神野が2人に対決を提案すると、京極は快諾した。藤崎は捜査に従事していない菜々子&美咲&栞にブナッシーが指を出して犯人を捕まえると宣言した。
京極は望月を引き連れ、パトカーで現場へ急行する。藤崎はブナッシーに過去30年間の犯罪データを分析させ、犯人の行動を予測させた。菜々子&美咲&栞はブナッシーの指示で行動し、ひったくり犯2人組の身柄を確保した。藤崎は「もう聞き込みや張り込みのような捜査は時代遅れなんです」と言い、腹を立てる京極に「時代遅れの人間が進歩を妨げて来た」と告げる。西園寺は京極に研究所へ来るよう持ち掛け、「もしかしたら、貴方の失った時間を取り戻せるかもしれない」と述べた。
京極は望月をドライブに誘い、加奈子にプロポーズした思い出の場所へ連れて行く。彼が「結衣と結婚しろ。式は来月にしよう。段取りは全て俺がやってやる」と唐突に言い出したので、望月は驚いた。望月は結婚段取りリストを全くクリアできていなかったが、京極は「これは無かったことにしよう。ただし1つ条件がある」と告げた。西園寺はコスモスに、「ブナッシーを通じて横浜中央署の人たちと接してみて、どう感じた?」と質問する。コスモスが「優秀な人たちとは思えませんでした。しかし、解析不能でファジーな熱を感じました」と答えると、彼は「それは人情だ」と教える。
藤崎はブナッシーを横浜中央署ではなく、国の中枢機関に置くべきだと主張する。西園寺は「焦りは禁物だよ。コスモスには、もっと時間を掛けて人間のことを学習させる必要がある」と説くが、彼は「本当にそうでしょうか」と懐疑的な考えを示した。若山は自分の動画が勝手にアップされていると知り、菜々子を問い詰める。「若山さんを独り占めするなんて出来なかった。世界中に若山さんのカッコ良さを知ってほしかった」と適当な嘘をつくと、若山はすっかり信じ込んだ。小学生の集団に「キモ山だ」と騒がれると、彼はスター気取りで得意げな態度を取った。
望月は加奈子に会い、京極が急に結衣と結婚しろと言い出したことを話す。彼が京極の異変を明かすと、加奈子は他に気付いている人間がいないかと尋ねた。望月は栞に質問するが、彼女は何も気付いていなかった。そこへ京極がやって来ると、栞は「人工知能を使えば、本物の不死身の肉体を手に入れることが出来るかもしれません」と述べた。京極は望月を引き連れて西園寺研究所へ赴き、コスモスを見せてもらう。すると西園寺は彼に、幼い頃から少しずつ成長していく結衣のホログラム映像を見せた。ホログラムの娘に話し掛けられ、京極は会話を交わして感涙した。京極は「失った時間を少しだけ取り戻せたような気がする」と言い、西園寺に感謝した。
京極は望月を連れて鈴木の家へ行き、彼の家族と会食する。その席で彼は、「望月には来月、結衣と結婚してもらう。ただし、条件が1つある。この俺を超えてもらう」と語る。既に結婚式の日取りは決めており、それまでにタイマンで勝てば結婚だと京極は告げた。結衣は勝手に話を進めた父に激怒して詰め寄り、なだめようとする望月も投げ付けて暴れた。望月は京極が就寝した後で部屋を調べ、箱に入っていたみなと西病院の処方薬を発見した。
翌日、望月は町田と会い、京極の情報を教えてほしいと頼む。彼が京極の娘と結婚することを明かすと、町田は「彼を病院へ連れて来てください」と前置きした上で真実を明かすことを承諾する。彼は京極の毛細血管が一部機能していないこと、過度に負荷が掛かっていること、今は薬で抑えているが余命1ヶ月であることを話す。西園寺は藤崎の不審な行動に気付き、何をやっているのか話すよう要求する。藤崎は「貴方のような生ぬるいやり方では納得できない。アンタは用済みだ」と言い、テロリスト集団を呼び寄せた。
藤崎は西園寺からカードキーを奪い、コスモスを盗んで「これから日本をリセットします。日本を破壊し、世界を破壊する。人工知能を使ってゼロから世界を作り出します。まずは手始めに、この街の都市機能を麻痺させます」と語った。西園寺が止めようとすると、彼はテロリスト集団に「痛め付けろ。殺しても構わない」と告げて立ち去った。加奈子は望月を呼び出し、「病気のこと、なんで黙ってたの。もう二度と失いたくないの。私は今でも貴方を愛してるから」と涙ながらに語る。「大丈夫だよなんだかんだで俺は死なねえから」と京極が言うと、加奈子は彼にすがり付いた。
望月は結衣に京極の余命がわずかだと明かし、だから結婚式を早くやりたかったのだと告げる。結衣に「私たちは諦めちゃダメなんだよ。お父さんがどんな危険な目に遭っても生きてるの、近くで見てたでしょ」と言われた彼は、京極の力になろうと決意する。京極は暴行を受けた西園寺から連絡を受け、コスモスが盗まれたことを知る。政府は非常事態宣言を出し、国際的テロリスト集団から日本を標的にしたテロの犯行声明があったことを明らかにした。
京極は吐血しながらも研究所へ駆け付け、倒れている西園寺を発見した。西園寺は日本の危機だと訴え、常にコスモスの位置を把握してブナッシーを連れて行くよう告げた。望月は京極の元へ行き、事件は自分たちに任せて病院へ行くよう頼んだ。彼は「力ずくでも連れて行きます」と言い、京極と戦う。しばらく殴り合った末、先に倒れた京極は自分の負けを認めた。京極が「最後の瞬間まで立ち止まりたくない。だから、お前に見届けてほしい」と言うと、望月は「京極さんが死にに行くつもりなら全力で止めます。でも死なないと約束してくれるなら、とことん付いて行きます」と話す。京極が「分かった。俺は死なない」と言うと、望月は「一緒に行きましょう」と告げた。2人はバイクに乗り、藤崎とテロリスト集団がいる飛行場へ乗り込んだ…。

監督は猪股隆一、脚本は佐藤友治、製作は中山良夫&加藤幸二郎&長澤一史&大角正&薮下維也&大川ナオ&沢桂一&永山雅也&小泉守、エグゼクティブプロデューサーは伊藤響&西憲彦&門屋大輔、プロデューサーは藤村直人&伊藤裕史&松山雅則、協力プロデューサーは小泉守、撮影は迫信博、照明は大内一斎、録音は野崎秀人、美術プロデューサーは高野雅裕、編集は山中貴夫、VFXスーパーバイザーは岡野正広、アクションコーディネートは柴原孝典、音楽は得田真裕。
主題歌『さよなら』BLUE ENCOUNT 作詞・作曲:田邊駿一。
出演は唐沢寿明、窪田正孝、佐々木希、和久井映見、小日向文世、藤木直人、加藤雅也、吉沢亮、ふなっしー、升毅、マギー、田山涼成、宮川一朗太、黒川智花、竹内涼真、松尾諭、桜井日奈子、武田玲奈、伊藤沙莉、古川康、佑々木優、佐藤太助、貝瀬智、須永慶、郡司恭子(日本テレビアナウンサー)、高崎佳代、貴堂寛之、横山歩、大石稜久、高村佳偉人、横山芽生、生駒星汰、古閑理、植村友結、宮城杏珠、米村莉子、剣持桜、頼経明子、タケタリーノ山口(瞬間メタル)、篠塚登紀子、帆世雄一、高里桃子ら。
声の出演は出川哲朗。


ドイツの刑事ドラマ『DER LETZTE BULLE』をリメイクしたドラマ『ラストコップ』の劇場版。
ドラマ版は2015年に日本テレビでEpisode 1が放送され、続いて動画配信サイト『Hulu』でEpisode 2が配信された。2016年には日本テレビで連続ドラマ化され、前作から1年後の話が描かれた。その後の物語が、この劇場版で描かれる。
監督の猪股隆一と脚本の佐藤友治は、いずれもドラマ版からのスタッフ。
京極役の唐沢寿明、望月役の窪田正孝、結衣役の佐々木希、加奈子役の和久井映見、神野役の小日向文世、松浦役の藤木直人、清美役のマギー、鯨井役の田山涼成、鈴木役の宮川一朗太、沙織役の黒川智花、若山役の竹内涼真、安田役の松尾諭、菜々子役の桜井日奈子、美咲役の武田玲奈、栞役の伊藤沙莉は、ドラマ版のレギュラー。
他に、西園寺を加藤雅也、藤崎を吉沢亮、町田を升毅が演じており、ふなっしーが本人役で登場する。ブナッシーの声を担当したのは出川哲朗。

西園寺はコスモスに愛着を覚えており、じっくり育てようと考えている。まるで我が子のように話し掛け、大切にしている。
そんな様子を描いているので、ブナッシーの存在が不自然極まりない。
本来ならば、コスモスと横浜中央署が直接的に繋がるべきだと思うのだ。そして実際、それは設定として可能だし、何の問題も無い。
「ふなっしーをモデルにした動き回る人工知能のブナッシー」というネタを盛り込みたいがために、西園寺が無意味な物を作って無意味な手順を踏んでいる奴になってしまったのだ。

今回は「京極の余命がわずか」という設定を用意し、そこで観客を引き付けよう、物語を引っ張っていこうとしている。しかし、そこを上手く機能させるためのストーリーテリングが出来ていない。
根本的な問題として、「京極が病院へ行くことを拒否するのが、ただのバカでしかない」という問題がある。
「治療を受ければ助かる可能性があるかもしれない」とは言っていないので、そこにも手落ちはあるが、とりあえず置いておくとしよう。ともかく、「なぜ京極が病院へ行かないのか」という理由が、「ただ嫌いだから」というだけにしか見えない。
それで助からずに死ぬとしたら、それは単なる自業自得であって、何も涙を誘うようなモノは無いでしょ。

加奈子は「もう二度と失いたくないの」と言い、結衣は「私たちは諦めちゃダメなんだよ」と語る。周囲の面々は、京極を心から思って力になろうとする。
でも、これって結局、「本人が病院で検査や治療を受ける」という以外に無いでしょ。
なんか「余命わずかでありながら京極が事件解決のために戦う」というトコにヒロイズムを持たせようとしている匂いが漂うけど、それは「もう治療不可能」ってことじゃないと成立しないでしょ。彼の症状は治る可能性があるのかどうか分からないので、そこは筋書きとして欠陥があるのよ。
あと、彼の余命を周囲の面々が知った時点では、まだ可及的速やかに解決すべき重大事件は発生していないのよね。なので、「病気を押して戦う」というトコも、まるで成立していないのよ。そっちの方でも、筋書きに欠陥があるのよ。

京極がブナッシーを連れて研究所を出ると望月が現れ、「力ずくでも病院へ連れて行く」と言ってタイマン対決を持ち掛ける。2人は素手で戦いながら、満足そうな笑みを浮かべる。
その直前、京極は西園寺から、一刻も早く藤崎を止めないと日本が滅びることを聞いている。なので、そんなトコでチンタラと他のことに時間を割いている余裕なんて無い状況なのだ。
望月にしろ、テロ集団の犯行声明があったことは知っている。なのに2人は、自分たちが満足したいがための戦いに時間を割く。
「いや、そんなことしてる場合じゃねえだろ。どう考えても、病院は後回しで事件の解決に奔走すべきだ」と言いたくなる。言い含めたくなる。言いくるめたくなる。

この作品の批評は、短くまとめようとすれば一言で終わってしまう。
それは「TVドラマで充分」という一言だ。
鑑賞を開始して数分が経過した頃には、「私は本当に劇場映画を見ているのか」「これは本当に映画として作られたのか」という気持ちにさせられる。その後、どれだけ物語が先へ進んでも、その気持ちが変化することは無い。
最後まで見終わった時、「やっぱり映画である意味も必要性もゼロだな。TVドラマとして作るべきだな。っていうか、実質的には映画じゃないな」と感じさせられる。

TVドラマの劇場版が製作される時、「映画としての付加価値を付ける」という意味で良く使われるのは、「ゲストで豪華さを出す」とか「ロケ地で豪華さを出す」という方法だ。
しかし本作品の場合、加藤雅也や吉沢亮に「映画らしい豪華ゲスト」としての価値があるとは到底言えない。
また、ロケ地に関してはドラマ版と同じ横浜だ。
こちらの方は、横浜中央署の刑事たちを描く話だから、それは仕方がない。
っていうか「ロケ地を海外にする」というだけで豪華さを出そうとする安易な方法は、そもそも賛同しかねるモノがあるし。

この作品はアクションシーンも多いので、「予算をドラマ版より格段にアップさせ、派手なアクションシーンを用意する」という方向性で映画らしさを見せる方法も考えられる。
生身のリアルなアクションに固執しているわけではないので、VFXの飾り付けで豪華さを出すという手口もあるだろう。
しかし、そういった方面で、「映画として製作したこと」の説得力を持たせることは出来ていない。
どこから何を見ても、「ドラマの2時間スペシャルがふさわしい出来栄え」と感じるのだ。

人工知能のモデルがふなっしーとか、ブナッシーの声を出川哲朗が担当するとか、盛り込まれたネタの全てがTVサイズだと感じてしまう。
ただ、これに関しては、そもそも映画スターもいないような日本では、「映画サイズのネタ」というのを見つけにくいという事情もあるだろう。
そこまで製作サイドが考えているとは爪の先程も思わないが、そんな事情があることは確かだ。
とは言え、そういうことも含めて、「TVドラマで充分」ってことだからね。

京極はタイムスリップした設定じゃなくても、「昔の刑事ドラマが大好きで影響を受けまくっている。時代遅れの熱血刑事」というキャラ設定だけで、大半は成立してしまう。
タイムスリップの要素を持ち込んだ場合、「主人公がカルチャーギャップに困惑したり、そのせいでトラブルを起こしたりする」ってのが定番ネタになる。
しかし、それはきっとドラマ版でやっているだろう。
もう京極は現代の生活に順応しているので、そんなネタは今さら使えない。

京極がタイムスリップしてきた昔気質の刑事なので、そのせいで望月が振り回されるとか、草食系だった彼が感化されて変化していくという展開も用意できる。
ただ、こっちにしても、もうドラマ版で消化しちゃっているわけだ。
望月は京極の影響を受けて変化し、まだ草食のテイストは残っているものの、危険に立ち向かう気概を持った人間へと成長している。
つまり、京極も望月も成長してしまったことで、「この2人のコンビネーションの面白さ」という部分も大きく変化しているわけだ。

これは作品としては、あまり喜ばしいことでもない。2人が慣れていない頃、順応していない頃、変化していない頃の方が、間違いなく面白さが出るようなプロットだ。
京極と望月の状態が大きく変化した中で、それでも続編を作る意味を探すなら、それは「シリーズを見てきた人々へのファンサービス」という一点に尽きるだろう。
ファンのためのボーナストラックという意味合いで捉えれば、「その後の京極や望月たち」を描くのは理解できる。
ただ、そうであっても、「だったらTVドラマでいいよね」ってことになるわけでね。

西園寺の研究所は警察署が導入するような人工知能を作っているのに、助手と2人しかいない。警備体制は杜撰で、監視カメラも警備員も見当たらず、簡単にテロリスト集団が侵入できている。
その辺りはTVサイズで考えても、かなり安っぽい。
藤崎の「日本をリセットして人工知能でゼロから世界を作る」という浅い主張も、これまた安っぽい。
っていうか、そこに限らず全てが安っぽいのだが、「それが作品の特徴」ってことなら仕方がない。
ともかく、改めて書いておくが、TVドラマで充分である。

(観賞日:2018年9月29日)

 

*ポンコツ映画愛護協会