『ラーゲリより愛を込めて』:2022、日本

1945年、満州のハルピン。日本軍の山本幡男は妻のモジミや息子の顕一たちと共に、妹の結婚式に出席した。沖縄は陥落し、広島には原爆が投下された直後だったが、山本はモジミに「素晴らしい門出だ」と述べた。夜、彼はモジミに、荷物をまとめて日本に帰るよう促した。すぐにモジミは、彼が日本の敗戦を悟ったのだと知る。突如としてソ連の空襲が始まったため、山本たちは子供を連れて避難する。しかし山本は瓦礫を受けて動けなくなり、モジミに子供たちを連れて逃げるよう告げた。
1946年、終戦から8ヶ月後。満州の日本軍はソ連軍に拘束され、汽車でシベリアへ送られた。貨車で楽しそうに歌う山本を見た松田研三は、正気を失っているのだと感じた。捕虜の鈴木や高橋、西野たちはスベルドロフスク収容所に連行され、ロシア語が堪能な山本は通訳を任された。ソ連軍は日本軍の将校に指揮権を与え、捕虜にシベリア開発の強制労働を命じた。鈴木や佐々木たちが捕虜を見張り、相沢は些細なことで暴力を振るった。配給される食糧は貧しく、その上に相沢は松田を脅してパンを交換させた。
山本は松田の質問を受けて学生時代からロシア文学が好きだったことを話し、「この機会にソ連をじっくり見ておきたい」と述べた。相沢は常に高圧的な態度を知り、一等兵を見下した。山本が「一等兵」ではなく名前を呼ぶよう要求すると、彼は怒って殴り付けた。過酷な環境の中で、捕虜は次々に死んでいった。山本は後藤実から「ここに希望はあるんですか」と問われ、ソ連兵が「ダモイ(帰国)」と口にしていたと教える。彼は「ダモイの日は来ます」と断言するが、後藤は脱走を図って射殺された。
捕虜たちが後藤の弔いをしていると、ソ連兵が来て「集会は禁止だ。解散しろ」と命じた。山本は「死んだ者を哀しんで何が悪い」と反発し、暴行を受けた。戦場で仲間が死んだ時のことを思い出した松田は、山本を守ろうとして覆い被さった。山本は松田と共に営倉へ送られ、その後も繰り返しソ連兵から暴力を振るわれた。相沢は松田に、少年兵時代に佐々木から捕虜の殺害を命じられて従ったことを明かした。彼は松田に、「俺はあの時、人間を捨てた。ここは戦場と同じだ。人間は捨てろ」と告げた。
モジミは大陸で1年の足止めを食らったが、何とか子供たちを連れて故郷の島根県隠岐島へ戻った。彼女は子供たちと魚を売って暮らしていたが、生活は苦しかった。知人の坂口は、昔のようにモジミが学校で働けるよう校長に頼んでみると申し出た。1967年、山本たちは帰国が決定し、汽車に乗せられた。相沢は喜ぶ捕虜たちを不快そうに睨み、「お前らのような甘ったるい連中がいたから、日本は負けたんだ」と吐き捨てた。山本が「家族はいるんですか」と訊くと、彼は身重の妻がいることを語った。
引き揚げ船が待つナホトカが近付く中、汽車が急に停められた。ソ連軍は貨車を開け、リストにあった捕虜に降りるよう命じた。山本や松田、相沢など多くの捕虜が貨車から降ろされ、ハバロフスク収容所第21分所へ送られた。山本は元上官の原幸彦が傷だらけの顔で掃除をしている姿を見つけ、「大丈夫ですか」と声を掛けた。すると原は生気の無い様子で、「私に近付かないで下さい」と告げた。ソ連兵はハルピン特務機関で働いていた山本に対し、スパイ行為で25年の矯正労働を命じた。山本は違法裁判だと訴えるが、聞き入れられなかった。山本だけでなく、そこに送られた捕虜は理不尽な理由で重罪な戦犯とされた者ばかりだった。
この時期のソ連は共産主義運動でラーゲリの捕虜たちを扇動しようとしており、アクチブと呼ばれる活動家の面々は原を始めとする面々に「反動」と書かれた板を首から下げさせて暴行していた。委員長の竹下は相沢を「特権階級を笠に着て他者から搾取した重罪人」と糾弾し、賛同者を募って激しい暴力を振るわせた。山本は原に優しく接するが、彼が自分にスパイの罪を着せてソ連軍に売ったことを知らされた。モジミは小学校の教師に戻り、子供たちに山本から教わった「希望」という言葉が好きだと語った。
新谷健雄は野良犬のクロを可愛がり、自分のパンを分け与えた。彼は山本に、足が悪くて戦争には行っておらず、漁に出ていて捕まったことを話す。新谷は学校にも行ったことが無く、山本に字を教えてほしいと頼んだ。モジミは舞鶴に引き揚げ船が来る度に港へ行って山本を捜し、帰還兵に夫を知らないかと尋ねて回った。顕一は「どうせ生きてるかどうかも分からないから、もう待つのはやめよう」と言うが、モジミは笑顔で「父さんは生きてる。絶対帰って来る。分かるの」と告げた。
1950年、朝鮮戦争が始まると、捕虜の帰国は打ち切られた。収容所から脱走を図る者が増えたが、全員がソ連兵に射殺された。山本は原に、「生きるのをやめないで下さい。一緒にダモイしましょ」と声を掛けた。原が「私を許すって言うんですか」と口にすると、彼は「許すも何も、そんなことが無くても俺は25年でしたよ」と話した。新谷は山本から文字を教わって、紙に俳句を書いた。しかしソ連兵は「文字を書き残すのはスパイ行為に当たる」と判断し、紙を没収した。山本は新谷に、「書いた物は記憶に残ってる。頭の中で考えたことは、誰にも奪われない」と語った。
山本は綿を集めてボールを作り、捕虜たちは野球に興じた。山本は実況を引き受け、原も参加するよう誘った。看守たちは咎めずに野球を見ていたが、上官が来て解散を命じた。山本は「生きるためには小さくても希望が必要なんです」と訴えるが、上官は暴行して営倉送りにした。山本が営倉から戻ると、捕虜たちは将棋と野球に興じていた。原が「労働効率が上がる」と待遇改善を要求して、ノルマ以上を達成したことで娯楽が許可されたのだ。
1952年、日本との連絡が認められ、捕虜たちは家族に手紙を書いた。しばらくすると返事が届くが、松田は母の静子が亡くなったことを知った。山本は体調を崩したが、モジミからの葉書が届いて喜んだ。相沢はソ連に来た時点で既に妻が空襲に遭って死んでいたことを知り、絶望して外に出た。彼は鉄条網に近付き、「射殺するぞ」と警告する看守の言葉も無視した。気付いた山本たちが慌てて止めようとすると、相沢は感情を爆発させた。山本は何とか彼を説得しようとするが、激しい頭痛に見舞われて意識を失った。
1954年、山本は何度も倒れ、病室で過ごすことが多くなっていた。軍医は中耳炎と診断したが、それより重い病気であることは確実だった。松田はハンガーストライキを起こし、山本を大病院で診察してもらおうと考えた。その覚悟を知った他の捕虜たちは、松田に同調した。ソ連軍は「抵抗する者は射殺する」と脅すが、原が命懸けの交渉で要求を認めてもらった。大病院での診察を終えた山本が戻って来ると、くじ引きで選ばれた相沢が病名を聞きに来た。すると山本は、喉の癌で手の施しようが無く、余命3ヶ月と言われたことを話す…。

監督は瀬々敬久、原作は辺見じゅん『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』(文春文庫刊)、脚本は林民夫、企画プロデュースは平野隆、プロデューサーは下田淳行&刀根鉄太&辻本珠子、共同プロデューサーは原公男&水木雄太、ラインプロデューサーは及川義幸、撮影は鍋島淳裕、照明は かげつよし、美術は磯見俊裕&露木恵美子、録音は田伸也、編集は早野亮、音楽は小瀬村晶、音楽プロデューサーは溝口大悟、主題歌『Soranji』はMrs. GREEN APPLE。
出演は二宮和也、北川景子、松坂桃李、中島健人、安田顕、桐谷健太、寺尾聰、市毛良枝、奥野瑛太、金井勇太、三浦誠己、佐久本宝、山時聡真、渡辺真起子、山中崇、中島歩、田辺桃子、奥智哉、酒向芳、朝加真由美、水澤紳吾、木村知貴、磯部泰宏、飯田芳、翁華栄、東龍之介、藤枝喜輝、佐々木一平、丸山昇平、浅野昇建、野澤いっぺい、宮崎敏行、伊藤佳範、片桐伸直、丸山佑亮、市川大貴、谷口和邦、ミルクティ圭介、菅原信一、春木生、鈴木こうすけ、中村文彦、泉拓磨、藤田啓介、高橋雄祐、井上喜介、磯山椋汰、八頭司悠友、宮本和武、高田みちこりあん、須森隆文、高根沢光、片山健人、坂口候一ら。


辺見じゅんによるノンフィクション書籍『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』を基にした作品。
監督の瀬々敬久と脚本の林民夫は、『糸』『護られなかった者たちへ』に続いてのタッグとなる。
山本を二宮和也、モジミを北川景子、松田を松坂桃李、新谷を中島健人、原を安田顕、相沢を桐谷健太、壮年期の顕一を寺尾聰、山本の母のマサトを市毛良枝、鈴木を奥野瑛太、高橋を金井勇太、佐々木を三浦誠己、西野を佐久本宝、後藤を山時聡真、坂口を渡辺真起子、竹下を中島歩、静子を朝加真由美が演じている。

何もかもが安っぽく、何もかもが嘘臭く、何もかもが陳腐で白々しい。
そんな仕上がりになってしまった理由の1つは、たぶん予算的な問題だろう。
まず、冒頭で描かれるハルビンの空襲シーンは、本物の町という印象を全く受けない。山本たちの近くが爆撃される映像も、作り物感が強い。あと、あの距離で爆撃を受けたのに顕一がピンピンしているのは有り得ないだろ。
山本の頭上から落下する岩も、やはり作り物っぽさをモロに感じてしまう。松田の回想で描かれる戦闘シーンでは、逃げる日本兵を全ての爆撃が都合良く避けていると感じる。
なんか、特撮ヒーロー物の爆発シーンみたいな感じなのよね。

ただし、予算の問題を抜きにしても、やっぱり何もかもが安っぽいし嘘臭い。
特に気になるのは、チョイ役やエキストラの芝居の甘さだ。
ハルビンの空襲シーンでは、皆が本気で必死になって逃げようとしているようには見えない。「いかにも芝居でござい」ってな感じで、切迫感が伝わって来ない。
捕虜が暴行を受けるシーンでは、ソ連兵やアクチブが本気で暴行しているようには見えない。そのため、「山本が理不尽な暴力を受けて酷い目に遭う」という話なのに、そうは見えない。それによって、山本が暴行されるシーンに痛々しさを感じないし、可哀想だという気持ちも湧かない。

松田がスベルドロフスク収容所で山本に覆い被さる直前、彼の回想シーンが入る。
そこでは、戦友の死亡を間近で見た松田が怯え、上官の突撃命令を無視して逃げ出す様子が描かれる。
上官から「この卑怯者が」と罵られながらも、松田は身を潜める。そんな回想を経た上で、松田が暴行を受ける山本を守ろうとする行動を描くわけだ。
つまり、「もう卑怯者とは呼ばれたくない。もう逃げない」という意識で、彼は山本を助けようとするわけだ。

ところが、そこから松田が「山本を助けよう」とか「山本に限らず困っている人や弱者を守ろう」という行動を繰り返すのかというと、さにあらず。むしろ、ハンストを始めるまでは、ずっと事勿れ主義で傍観者に徹している。
その展開が悪いわけじゃないけど、そうなると回想シーンを入れた意味が弱くなるんだよね。
そこをカットして、単に「スベルドロフスクでは勇気を出して山本を守ったが、やはり怖くなって逃げるようになった」という変化を見せるだけでも成立する。
あるいは、後から回想シーンを挟む構成でもいいだろう。

松田はナレーションを担当しており、後半には「山本のために勇気を出してハンガーストライキを始める」という重要な役割も任されている。
それを考えると、彼は山本の次に大きな扱いを受けてもいいぐらいのキャラだ。
しかし実際には、途中から完全にアンサンブルの中に埋没している。
他にも新谷や原、相沢など複数のキャラを勃てるのは分かるのだが、基本的には「松田の目から見た山本や捕虜たちの様子」という形にしておいた方が良かったんじゃないかと。

モジミは顕一から「どうせ父が生きてるかどうかも分からないから待つのはやめよう」と言われた時、笑顔で「父さんは生きてる。絶対帰って来る。分かるの」と告げる。
こっちは山本が生きているのを知っているから、それは「希望を捨てが、山本を信じ続ける素晴らしい妻の姿」として見ることが出来る。
ただ、世の中には同じように家族の無事を信じていても、「その時点で既に死んでいた」というケースは多かったはずで。
それを思うと、「信じ続ける」という行為を全面的に「美しい行為」として描くのも、どうなのかと思ったりする。
いや、もちろん責められるようなことではないんだけどね。

捕虜の帰国が打ち切られ、脱走兵が射殺されるシーンがあった後、山本が原に「生きるのをやめないで下さい。一緒にダモイしましょ」と語る様子が描かれる。
だけど、なぜ急に、原だけにそんな言葉を掛けるのかが分からない。
その直前に捕虜の帰国が打ち切られたことがナレーションで説明されているし、だから捕虜の中には絶望している者もいたかもしれない。
だけど、その件を受けて原が絶望し、自殺を考えているような素振りがあったのかというと、そんな描写は何も無かったのよ。

松田が葉書を受け取った後、静子が出征を見送ってくれた回想シーンを挟み、そんな母の死を観客に教える。
だけど、出征シーンを回想で挟んでも、大した効果は得られていない。
それを経て「母の死を知った松田が涙をこぼす」という様子に入りたいのなら、もっと早い段階で母との関係を示す回想シーンを配置しておくべきだよ。
母の死を知る直前になってから慌てて回想シーンを挟み、初めて母の姿を見せたところで、それは明らかに出し遅れの証文なのよ。

モジミは小学校の生徒たちに、「絶対に希望を捨てない人から教わった言葉」として「希望」について語る。山本はソ連軍の将校から野球の中止を命じられた時、「生きるためには、どんなに小さくても希望が必要で、それが我々には野球なんです」と訴える。
山本が「希望」を大切にするのは、別に構わない。
ただ、妻が既に死んでいたと知った相沢が絶望して殺されようとした時、「それでも生きよう」と説得する山本の言葉は空虚なだけだ。
相沢が「こんな所で生き続ける意味は、俺には無いんだ」と語ると、山本は「何も無くても、そこには絶対、希望があるんです」と言うけど、「もう相沢には希望なんか無いから」と呆れてしまうのよ。

もう妻は死んでおり、いつ帰国できるかも不明な状況で、相沢が収容所での厳しい生活に耐え続ける意味なんか無いのよ。
そんな相沢の「お前に俺の気持ちが分かるか。お前の家族は生きてるんだろ」という心の叫びに対して、山本は納得させられるような答えを何も持っていない。
そして山本が激しい頭痛で倒れる展開を用意し、その問題から観客の意識を逸らせることで誤魔化してしまう。
山本が療養生活に入ることで、「ちゃんと答えを出していない」という問題は完全に消し去られてしまう。

映画のラストで2022年に切り替わり、顕一が娘の結婚式でスピーチする様子が描かれる。この時、新郎新婦以外の全員がマスクを付けているのは、もちろん当時がコロナ渦だったことを反映させた描写だ。
でも、そこにリアルなんて要らんのよ。むしろ、「映画の世界に入り込んでいたのに、現実に引き戻される」というマイナスしか感じないわ。
しかも、わざわざ2022年のシーンを入れる意味も無いし。
そこで顕一は「父の思いを孫に伝えたい」とか言い、山本が子供たちに思いを語った時の回想が最後に描かれるけど、邪魔なだけだよ。
どうやらメッセージを声高に訴えたかったみたいだけど、急に説教臭くなっちゃうのよね。

(観賞日:2024年5月16日)

 

*ポンコツ映画愛護協会