『ユリゴコロ』:2017、日本

亮介は車を運転しながら、恋人の千絵と話す。亮介の母は川で溺れそうになった彼を助け、命を落としていた。それ以来、父が男手一つで亮介を育てていた。前方の車を抜くために亮介がスピードを上げると、千絵は怖がって「スピード出し過ぎ」と告げる。亮介が軽く笑って「ごめん、つい」と謝ると、彼女は「こういう運転、もうやめてね」と頼んだ。亮介は群馬県の山奥にあるコテージで『shaggy head』というレストランを経営しており、千絵も店を手伝っていた。亮介は父に千絵を紹介し、「僕たち、結婚します」と口にした。
ある日、亮介は千絵からの電話で、風邪で欠勤すると告げられた。その夜、仕事を終えた彼がマンションへ行くと千絵は不在で、荷物は全て無くなっていた。すっかり気力を失った亮介は、父から末期のすい臓がんで手術も無理だと知らされる。父は抗がん剤治療を選ばず、出来るだけ家で暮らしたいと語った。ある日、亮介が実家へ行くと、父は留守だった。亮介は押し入れの段ボール箱に入っていた茶封筒を開け、表紙に「ユリゴコロ」と書かれた大学ノートを見つけた。亮介がノートを開くと、細かい文字がびっしりと記されていた。
「私のように平気で人を殺す人間は、脳の仕組みがどこか普通と違うのでしょうか」という書き出しを見た亮介は、そのまま読み進める。幼少期の美紗子は医者の診察を受け、幾つかの絵を見せられて「これは何でしょう?」と質問されるが、何も答えなかった。診察を終えた医者は、美紗子の母に「お子さんにはユリゴコロが無いわけです」と告げる。彼は母に、「言葉を発するには、心が安全な場所で生きているというような、何らかのユリゴコロが必要なんですよ」と説明した。
美紗子は目に見えない多くのトゲが突き刺して来るように感じるため、初めての場所に行くのは苦痛だった。それはユリゴコロが無いせいだと思い、彼女は自分のユリゴコロを必死で探した。ある日、店に飾られているミルク飲み人形を見た美紗子は自分自身だと感じ、釘付けになった。彼女は母に買ってもらった人形に「ユリコ」と名付け、ついにユリゴコロを手に入れたと思った。服を脱がせて人形を観察した美紗子は、通常の遊び方とは逆で股の付け根から液体を注入した。
ユリコのおかげで美紗子は少しだけ喋れるようになり、普通の小学校に進学した。ミチルという同級生の家にも、良く遊びに行くようになった。ただし他の友達と仲良くなろうとはせず、1人で佇んでばかりいた。ある時、ミチルの家の庭で井戸を見つけた美紗子は、蓋に開いた穴からカタツムリを落とした。それ以来、彼女はミチルの家へ出掛けては生き物を捕まえ、井戸に投げ込むようになった。大雨の日、ミチルに声を掛けられた美紗子は、彼女が落とした帽子を差し出す。帽子にはカエルが入っており、驚いたミチルは池に落ちた。美紗子は助けずに傍観し、ミチルは枝が足に絡まって溺死した。今まで一度も喜んだり笑ったりしたことの無かった美紗子は、その時に初めて、それに近い感覚を持った。その時から、死が彼女のユリゴコロになった。
中学生になった美紗子は、自分がどんな人間とも心を通わせられない生き物だと気付き始めた。彼女は公園で読書をしていた時、幼い兄妹に視線を向けた妹の帽子が風で飛ばされ、排水溝に落ちた。通り掛かった青年は重い鉄板を持ち上げ、兄は帽子を拾うのを手伝う。美紗子は青年に協力するように装って手を放し、少年は鉄板に挟まれて死亡した。無残な死を見た美紗子は、大きな満足感に浸った。その頃には「ユリゴコロ」が実際には「よりどころ」だと分かっていたが、そんなことは大した問題ではなかった。
亮介はノートを読みふけっていたが、父が帰宅したので慌てて元に戻した。彼はノートのことを父には訊けず、お茶を入れた。亮介が一緒に暮らすことを提案すると、父は頑張って仕事をするよう説く。店に戻った亮介は、従業員として雇っている後輩の幸治に「実家で殺人鬼の小説を見つけた。親父が書いたのかな?」と話す。父が塾の講師だったことから、後輩は教え子が書いたのではないかと告げる。ある日、亮介が店にいると、細谷という女性が訪ねて来た。細谷は千絵の友人で、横浜の職場で仲良くなったと話す。親子ほど年は離れているが、仕事を辞めた後も電話で話したり会ったりする間柄だったと彼女は説明した。
細谷は3日前に新宿のホテルの化粧室で、急いでいる様子の千絵と偶然にも再会したと言う。そして、千絵が「結婚を約束した相手に事情があって会えない」と言い、「ごめんなさい」と伝えてほしいと頼まれたのだと告げる。亮介が千絵と初めて会ったのは、店のオープン準備をしている時だった。亮介はスタッフとして千絵を雇い、一緒に開店の準備を進めた。千絵がいなくなってから、亮介は彼女についてほとんど知らないことに気付いて愕然とした。岡山に住む千絵の両親に挨拶に行く予定だったことを彼が語ると、細谷は「何か手掛かりを探してみます」と約束した。
亮介は父に電話を掛けて千絵が無事だったと知らせ、一緒に夕食を食べないかと誘う。父が町内会長と会うため6時まで外出すると聞き、その間に亮介は実家へ戻ってノートの続きを読んだ。高校を卒業した美紗子は、何となく成り行きで調理の専門学校に入った。ある日、コンビニに立ち寄った彼女は、同じ調理学校に通うみつ子が万引きするのを目撃した。みつ子は美紗子に気付いても、まるで慌てる素振りが無かった。彼女は美紗子が買おうとしていた酒を奪い取り、自分の買い物かごに入れた。
みつ子と一緒に店を出た美紗子は、左手首の包帯と出血に気付いた。「どうしたんですか」と彼女が質問すると、みつ子は自宅へ招いて無数に付いているリストカットの痕を見せた。「これやると、頭がスッキリする」とみつ子が言うと、美紗子は「やってみせて」と間髪入れずに要求する。みつ子は「いいよ」と快諾し、銀のトレイの上で手首を切った。学校で調理実習を終えた美紗子は、トイレで食べた料理を吐くみつ子の姿を目撃した。彼女はみつ子の部屋を訪ねておにぎりを幾つも作り、「吐いてもいいから食べて」と要求した。みつ子はおにぎりを食べるが、吐き気は催さなかった。
みつ子は前日の夜もリストカットしており、「痛くないの?」と美紗子に訊かれて「痛くないと、つまんないじゃん。出血が少ないと、何度も切っちゃう」と嬉しそうな様子で話した。美紗子はみつ子に、これ以上自分で切らせたくないと思った。2人が夜の町を歩いていると、ラーメン屋でバイトしている山口という男がナンパしてきた。無視して立ち去った後、みつ子は山口から何度も声を掛けられていることを不快そうに明かした。
美紗子はみつ子の部屋に通って食事を用意し、自分の手首を切ってほしいと持ち掛けた。みつ子は嫌がるが、少し考えて「だったらさ、アンタが私切ってよ」と提案した。美紗子とみつ子は互いの手首をメスで切り、友達の印にした。みつ子は高校生の時に辛いことがあり、男を憎んでいた。ある夜、美紗子は山口にナンパされ、「家まで送るよ」と言われる。名前を問われた彼女は「みつ子」と嘘をつき、周囲に人がいない場所へ連れ込んだ。美紗子は山口を油断させ、石段から蹴り落として殺害した。
彼女から山口を殺したことを打ち明けられたみつ子は、「一緒に逃げようか」と誘う。北海道でお金を貯めて店を開く夢を彼女が語ると、美紗子は「それなら逃げるんじゃなくて、そのために学校を卒業するの。そして外国へ行こう」と語る。彼女は「それまで絶対に手首を切らない」と約束させたが、みつ子は我慢できずにリストカットしてしまう。彼女みつ子が「切ってないと、訳分かんなくなっちゃう」と泣きながら漏らすと、美紗子はみつ子の手首を深く切って殺害した。
美紗子はみつ子の部屋を借り独り暮らしを始め、レストランの厨房で働くようになった。しかし高慢な態度を取るチーフの佐藤や、デートに誘って来る出入り業者の田中との接触に疲れ、1年で辞めた。彼女は売春婦に転身し、道に立って声を掛けて来る男を待つようになった。ある日、佐藤と遭遇した美紗子は声を掛け、「お金がいるんです」と告げる。佐藤が厨房に連れ込んでセックスを始めようとすると、美紗子は鉄鍋で頭を殴り付けて殺害した。
亮介は父からの電話を受け、ノートを元の場所に戻した。車で帰宅する最中、ずっと彼は美紗子の殺人を想像した。数日後、細谷が店に現れ、千絵の両親に会ったと亮介に告げる。千絵の出身大学の在学生を捕まえ、事情を説明して卒業生名簿を調べてもらったのだと彼女は説明する。細谷は千絵が結婚していたこと、会社経営者のはずが実際はヤクザだったこと、酷い仕事をさせられて逃げ出したことを語る。しかし千絵の両親が塩見から大金を借りており、脅かされて仕方なく戻ったのだと彼女は説明した。
亮介が酷い仕事の内容を尋ねると、細谷は娼婦だと答える。千絵が強姦される妄想を亮介が膨らませていると、細谷が「そんな千絵さんでも取り戻したいですか」と質問する。亮介は我に返り、慌てて「もちろん」と答えた。すると細谷は、もう少し調べてみると告げた。亮介は父に電話を掛け、病院へ行く予定を聞く。彼は幸治たちに店を任せて実家へ行き、ノートの続きを読んだ。佐藤を殺した美紗子は、死刑になるべきなのだろうと思いながら当ても無く徘徊した。お金が尽きた時。彼女が出会ったのが洋介だった。
美紗子が「お金が要るんです」と言うと、洋介は財布から五千円札を出して「今、これしか無いけど」と渡す。その場を去ろうとした洋介 だが、「ねえ、お腹空いてない?」と問い掛けて美紗子を定食屋に連れて行く。彼は美紗子の夕食を注文し、自分は何も食べずに「役に立てればいいんだよ」と笑った。それ以来、洋介は同じ場所で美紗子を待ち、定職屋で夕食を御馳走するようになった。洋介は肉体関係を求めず、「そろそろ困るでしょ」と金を渡そうとする。美紗子が「なら私にも、役に立てることはありませんか?」と訊くと、洋介は彼女をアパートへ連れ帰って「毎日眠れなくて。誰かが付いててくれたら、眠れるような気がする」と告げる。彼は近くにいてくれればいいと頼み、ソファーで横になった。美紗子は洋介の頼みに応じ、優しく額を押さえた。
美紗子は洋介にユリゴコロを感じる一方で、いつ殺すのだろうかと考えるようになった。ある日、洋介は美紗子に「罪滅ぼしのために、君は娼婦をしているんじゃないの?」と質問する。彼は「僕は君といると落ち着く。お互い、罪人同士だからかなあと思ってる」と話すが、美紗子は「罪滅ぼし、していません」と否定した。犯した罪について問われた洋介は、「子供を殺したんだ」と告白した。彼は溝に落ちた帽子を拾おうとしている少年を助けようとしたこと、鉄板を持ち上げてあげたこと、しかし重さに耐え切れずに落として少年が死んだことを話す。その話を聞いた美紗子は、自分が罠を仕掛けて殺した少年のことだと気付いた。
洋介は過失致死で執行猶予が付いたが、示談のために亡くなった両親が残した不動産を売って一文無しになった。彼は美紗子に、「小学校の先生を目指していたのに、小学生を殺してしまった。何をしても長続きしなくて、あの光景が浮かんで来る」と苦悩を吐露した。彼は青酸カリを持ち歩いており、「これがあるから少しは眠れて、生きていられる。その子や家族に与えた苦しみを考えれば、簡単に死んではいけない気がする」と語った。美紗子はトイレへ駈け込み、激しく嘔吐した。
美紗子は定職屋でも吐き気を催し、洋介から妊娠しているのではないかと訊かれる。「堕ろすお金も無いので」と美紗子が病院へ行くことを拒むと、洋介は結婚を申し込む。放置して流産を待つ考えを美紗子が口にすると、彼は「その子は君に与えられたんだ。いや、僕らに与えられたんだ。これは運命なんだ。君とその子のためなら、家庭を持って生きていけるかもしれない」と熱く語った。洋介に懇願され、美紗子は結婚を決めた。
洋介は一軒家を購入し、やがて美紗子は男児を出産した。美紗子は憑き物が落ちたように、平穏な生活を送るようになった。洋介は学習塾の講師の仕事を見つけ、小学生に算数を教え始めた。ずっと性的不能だった洋介だが、美紗子の体を求めるようになった。数年が過ぎた頃、田中が美紗子の元に現れた。田中は佐藤が殺された夜、彼から電話を受けていた。脅迫を受けた美紗子は田中とラブホテルへ行き、洋介の青酸カリをビールに混入させて殺害する…。

監督・脚本・編集は熊澤尚人、原作は沼田まほかる『ユリゴコロ』(双葉文庫)、製作総指揮は佐藤直樹、製作は永山雅也、村松秀信&三宅容介&木下直哉&大柳英樹&片岡尚&戸塚源久&細字慶一&大沼渉、エグゼクティブ・プロデューサーは千葉善紀&柳迫成彦&大熊一成、プロデューサーは石田雄治、アソシエイト・プロデューサーは有重陽一、撮影は今村圭佑、照明は織田誠、美術は高橋泰代、録音は田中博信、音楽は安川午朗、音楽プロデューサーは津島玄一、主題歌はRihwa『ミチシルベ』。
出演は吉高由里子、松坂桃李、松山ケンイチ、貴山侑哉、木村多江、佐津川愛美、清野菜名、清原果耶、平尾菜々花、金井勇太、清水伸、小久保寿人、上川周作、早織、高村佳偉人、佐藤夕美子、牧口元美、塚本幸男、平原テツ、中村まこと、阿部亮平、津村和幸、芋生悠、藤代隼人、西澤愛菜、山本宗介、足立区の島崎、YUKKY、左近、田山由起、中野万里子、石川さつき、松井友里、五十嵐舞、真中乃亜、山口知紗、太田麻貴、中島瑞季、布施朋香、小林美凛、福田智珂、川島愛美、中井優美、田野良樹、篠原莉久、市村結翔、六原海音、青木美香、新井雅人、小泉理沙子、石森秀亮、竹田奈未、犬塚義斗ら。


大藪春彦賞を受賞し、本屋大賞にノミネートされた沼田まほかるの同名小説を基にした作品。
監督・脚本・編集は『近キョリ恋愛』『心が叫びたがってるんだ。』の熊澤尚人。
美紗子を吉高由里子、亮介を松坂桃李、洋介を松山ケンイチ、亮介の父を貴山侑哉、細谷を木村多江、みつ子を佐津川愛美、千絵を清野菜名、中学生の美紗子を清原果耶、幼少期の美紗子を平尾菜々花、山口を金井勇太、佐藤を清水伸、田中を小久保寿人、幸治を上川周作、女性従業員を早織、幼少期の亮介を高村佳偉人が演じている。

序盤、実家を訪れた亮介は、まるで何かの気配を感じたかのように、ゆっくり後ろを振り向く。かなり不自然さのある行動である。
すると、押入れの戸が少しだけ開いている。かなり都合のいい状況である。
その戸を亮介は閉めるのではなく、全て開ける。かなり都合のいい行動である。
すると最初に目に付く場所に、ダンボール箱が開封された状態で置いてある。かなり都合のいい状況である。
そして一番上に、ノートの入った封筒が乗っている。かなり都合のいい状況である。

千絵が何も言わずに失踪したのに、亮介は警察に捜索願を出すこともなく、自分で捜そうともしない。そして、なぜかユリゴコロのノートを読むことに夢中になる。細谷から千絵と会ったことを聞いても、それは変わらない。
細谷の話を聞けば、千絵が自分を捨てたわけではなく、何らかの事情があることは分かったはず。それでも彼は、千絵を捜そうとしない。
どういう事情で千絵が会えないと言ったのかも、突き止めようともしない。細谷に調査を丸投げし、自分はノートの続きを読むことに夢中になる。
千絵が夫のせいで酷い目に遭ったことを知っても、やはり彼は細谷に調査を丸投げし、自分は何も動かずにノートの続きを読むことばかり考えている。
もうさ、その程度にしか千絵のことを考えていないのなら、ホントは愛してないんじゃないのかと。

実際は医者も美紗子の母親も「ユリゴコロ」と言っていないのだが、映画では実際に2人が話しているかのように描いている。
これは完全にアンフェアな描写であり、ホントは「美紗子にはユリゴコロと聞こえた」という見せ方をしなきゃダメなのだ。
ただし、仮にそういう見せ方で描いたとしても、やはり大きな問題が残っている。それはイントネーションの問題だ。
「ユリゴコロ」と「よりどころ」では、イントネーションが全く違うでしょ。だから、その聞き違えは無理があるでしょ。

幼少期の美紗子が「ユリゴコロ」をどういう物だと思っていたのか、それがサッパリ分からない。人形を買ってもらって「ユリゴコロを手に入れた」と思っているけど、どういうことなのか。
っていうか、彼女は人形を見て自分自身だと感じたわけだが、それもどういうことか良く分からないし。
もう少し具体的に、納得できる説明が欲しいのよ。
「ユリコが私の恐怖を引き受けてくれるのです」と綴っているので、ユリゴロを「憑代」みたいな意味で捉えていたのかねえ。

亮介は細谷の訪問を受け、千絵と出会った時のことを回想する。
でも、そこで回想を入れるのは、タイミングとしてホントに正解なのか。そこまで来ると、もはや千絵と出会った時のことなんて、どうでも良くなっちゃってないか。
だって、そんなことよりも、こっちはノートに綴られた美紗子の物語に意識が強く向いちゃってるからね。
どこかで2つの話が絡み合うんだろうとは予測するけど、亮介ですら千絵の行方よりもノートに夢中になっているんだから、そりゃあ観客も美紗子の物語に意識が向くでしょ。

美紗子はみつ子と出会い、彼女が人形に代わって新しいユリゴコロになったはずだ。なのに、そこは説明しないのね。
いや、もちろん何も説明が無くても、何となく分かるのよ。
だけど、そこまでは全てノートの文章で自身の心情を綴っていたのに、そこだけ明言しないのは不自然でしょ。
美紗子は山口を殺害してから「その頃には、みつ子でなければ私のユリゴコロは満たされなくなっていました」と語るけど、それが一発目だと遅いのよ。

あと、「なぜ人との関わりを避けていた奴が、みつ子だけは特別だったのか」という部分も、良く分からないんだよね。そこも説明を用意した方が良くないか。
いや、ひょっとすると言葉で説明されても、解せないままかもしれないよ。ただ、少なくとも当時の美紗子がみつ子をどう思ったのか、なぜ彼女は特別だったのかを説明するのは、作業として用意すべきじゃないかと。
この映画が説明を極力抑えて、映像や芝居だけで見せる演出をしているなら何も無くてもいいかもしれんよ。
でも美紗子のパートは、ノートに綴られた彼女の独白で進行しているんだからさ。

美紗子は「みつ子が手首を切らなければ、私も殺さなくて済む」と言い出すが、ちょっと何言ってんのか分かんないぞ。
彼女が山口を殺害したのは、みつ子がリストカットを繰り返している行動とは無関係だし。美紗子がみつ子のリストカットで殺人衝動にかられるわけでもなければ、何かしらの義務感や使命感が湧くわけでもないんだし。
まあ美紗子も「なぜかそう思ったのです」と言っちゃってるんだけどね。
本人に「なぜか」と言われちゃったら、こっちが分かるはずもないわ。

たぶん粗筋の終盤を読めば分かる人も多いだろうネタバレを書くが、洋介と美紗子は亮介の両親だ。亮介が荒っぽい運転をしたりムカデを激しく踏み付けたりするシーンがあるが、それは「殺人鬼だった母の血を引いている」という描写だ。
でも、それだと「ホントに殺人鬼の血は遺伝する」ってことになっちゃうでしょ。
だって、そういう行動を取っている時点で、まだ彼は母のことを知らないんだから。
それは幾らフィクションであっても、かなり問題のある描写じゃないか。

もう1つ完全ネタバレを書くと、実は細谷が現在の美紗子だ。
これを見抜ける人は、たぶん皆無に等しいんじゃないか。だって、その正解に繋がるようなヒントなんて、ほとんど無いからね。
いや細かく言えば、一応は手掛かりもあるのよ。
具体的には、細谷が千絵の情報を伝えに来た時、亮介が彼女の左腕を気にする様子が描かれている。その後、美紗子の左手首にある黒い三日月の痕を幼い亮介が触るシーンがある。
でも、これで気付くのは至難の業だろう。

何より、美紗子と細谷を別人が演じている時点で、アンフェアと言わざるを得ない。
しかも、「吉高由里子が年を取ったら木村多江みたいな顔になる」という思えないでしょ。似ても似つかないでしょ。
で、そこに関しては「整形した」という設定が用意されているんだけど、それは完全に反則だろ。いや、せめて整形を匂わせる伏線でもあればいいけど、そんなの無いからね。
それは「ルール的にはアウトだけどエンタメ的にはOK」というプロレス的な反則じゃなくて、MMAにおけるサミングみたいにガチでダメなヤツだぞ。ビリー・ワイルダーの爪の垢でも煎じて飲んでほしいわ。

終盤、千絵が監禁されている場所へ亮介が乗り込むと、塩見と手下たちが惨殺されている。殺したのは美沙子(細谷)だ。映像で確認した限り、少なくとも3人のヤクザを惨殺している。
でも、どうやったんだよ。相手は喧嘩に慣れているモノホンのヤクザだぞ。それも1人じゃなくて、3人もいるんだぞ。
美沙子は過去に複数の殺人を犯しているけど、決して戦闘能力が高いわけじゃないだろうに。
その状況で3人のヤクザを殺して易々と逃げることが出来ているのは、どういうことなんだよ。

美沙子(細谷)は最初に亮介の店を訪ねた時、「千絵とは横浜の職場で仲良くなり、新宿のホテルの化粧室で再会した」と話す。
これは嘘で、実際は「ずっと亮介を密かに見守っていて、だから千絵の情報を知った」みたいな設定なのかと思った。ところが、全て事実なのだ。
つまり、美沙子は偶然にも千絵と同じ職場で働いてた過去があり、偶然にもホテルで再会し、亮介の恋人だと知ったってことなのだ。
いやいや、どんだけ都合のいい偶然に頼ったストーリー展開なんだよ。

(観賞日:2022年1月13日)

 

*ポンコツ映画愛護協会