『雪の華』:2019、日本

フィンランドを訪れた平井美雪だが、目的だったオーロラは見ることが出来なかった。日本から来た観光客の女性2人組が残念がりつつも「また見に来ようね」と言うのを聞いて、彼女は「私にはたぶん、“また”なんて無いんだ」と感じた。美雪は幼い頃から、体が弱かった。6歳の誕生日、父は彼女に「いつかフィンランドに行こうな。パパとママが出会った所だ。冬には大空に輝くオーロラが見える。一番凄いのは、赤いオーロラだ。滅多に見れないから、見れたら幸運が訪れるんだ」と語った。しかし美雪は赤いオーロラどころか、普通のオーロラさえ見ることが出来なかった。
クリスマスのシーズン。帰国した美雪は大学病院で検査を受け、主治医の若村から母について問われる。「京都だよ。仕事で忙しい」と答えた美雪は、母を呼ぶ必要がある検査結果なのだと察知した。「結果が良くない」と言われた彼女は、「どんぐらい?」と訊く。すると若村は、「この1年、悔いの無いように大事に過ごして」と述べた。病院を出た美雪は、自転車の男に鞄を奪われた。運の無さに落胆した彼女は、追い掛ける気力も無いまま座り込んだ。
クリスマスツリーを運んでいた綿引悠輔はひったくりを目撃し、犯人を追い掛けた。彼は犯人から鞄を取り返し、美雪に渡した。悠輔は苛立った様子で、「そんなんで生きていけんのかよ」などと説教する。腹を立てた美雪が反発すると、悠輔は「声が出せるじゃないか」と告げて立ち去った。春、美雪は司書の仕事を辞めた。ATMに立ち寄って残高を確認した彼女は、悠輔を目撃して尾行した。すると悠輔は、住宅街の奥にある喫茶店『Voice』に入った。
美雪が喫茶店に足を踏み入れると悠輔が働いており、他に客はいなかった。悠輔は美雪を覚えておらず、注文を取った。店内には、ガラス職人の悠輔が作った工芸品が展示されていた。しばらくすると、悠輔の妹の初美と弟の浩輔が学校帰りにやって来たる2人の目的は、店主の岩永が作るワッフルだった。しかし岩永がいないと知り、2人は諦めて立ち去った。美雪は2人の言葉を聞いていたが、ワッフルを注文した。美雪は悠輔に質問し、彼が両親を亡くしていると知った。
岩永が店に戻り、100万円が工面できないので店を閉めることになったと悠輔に告げた。店を去ろうとした美雪だが、落ち込む悠輔を見て「100万円あります。使ってください」と通帳を差し出した。悠輔が気味悪がって「アンタに関係ないだろ」と声を荒らげると、美雪は「1ヶ月だけ、私の恋人になってください」と交換条件を持ち掛けた。すぐに彼女は貯金を下ろし、100万円を悠輔に渡す。帰宅した美雪は手帳を取り出し、「恋人としたいこと」のリストを書いた。
翌日、悠輔は岩永に金を渡し、デートの待ち合わせ場所へ赴いた。美雪は彼に恋人らしい立ち振る舞いを求め、細かく指示した。「恋人を金で買うわけ?」と悠輔が口にすると、彼女は「やると決めたんだから、ちゃんと取り組んでください」と告げた。悠輔は困惑しつつも、彼女に言われた通りの行動を取った。美雪は彼に手作り弁当を食べてもらい、「恋人にしてもらいこと」の1つを消化した。帰宅した彼女は胸の痛みに見舞われ、病院へ赴いて若村の診察を受けた。
2度目のデートで、美雪は眼鏡を外して悠輔と会った。悠輔に「いいんじゃない。可愛い」と言われ、彼女は喜んだ。悠輔は彼女をカフェへ連れて行き、岩永に恋人として紹介した。美雪がデートを終えて帰宅すると、礼子が訪ねて来た。礼子は美雪が明るくなったと指摘し、彼氏が出来たと知って写真を見せてもらった。美雪は悠輔からのメールで、妹と弟に紹介したいから家に来ないかと誘われた。悠輔は美雪と一緒にいるのを初美に見られてしまい、仕方なく家へ呼んで紹介することにしたのだ。「彼の家で家族と食事」というのは、美雪が死ぬまでに叶えたい夢の1つだった。
美雪は検査結果を聞くため、病院へ赴いた。すると若村は、彼女をカフェに連れ出した。美雪は若村に、期間限定の恋人契約を交わしたと話す。彼女は悠輔を好きになり過ぎて期間終了が怖いこと、それでも今は楽しいことを語った。店の前を通り掛かった悠輔は、2人が話す様子を目撃した。悠輔は喫茶店で美雪と落ち合い、家に連れ帰った。初美のそっけない態度に困惑した美雪だが、それが嫉妬だと気付いて浮かれる。初美の態度はすぐに変化し、美雪は彼女や浩輔と打ち解けた。
悠輔は美雪に、死んだ父がガラス工場を営んでいたこと、手作りのグラスを見つけて自分も作りたいと思ったことを話した。彼は美雪に、自分の作ったガラス工芸品をプレゼントした。美雪は「色々都合があって、一気に終わらせましょ。最後の大イベント。そこで終わり」と言い、悠輔をフィンランド旅行に誘った。2人はフィンランドへ行き、ホテルで別々の部屋に泊まった。美雪はカフェで若村と会った時、「そろそろ治療を専念するために、入院してほしい」と言われていた。美雪と悠輔は手を繋ぎ、観光スポットを巡る。ガラス工房に入った時には、悠輔が作業を体験させてもらった。教会に立ち寄った時には、美雪が神に祈りを捧げた。ホテルに戻った2人は、高まる気持ちを抑えて自分の部屋に入った…。

監督は橋本光二郎、脚本は岡田惠和、エグゼクティブプロデューサーは濱名一哉、企画は小笠原明男、プロデューサーは渡井敏久&田口生己、製作は高橋雅美&池田宏之&森雅貴&水野道訓&渡井敏久&高木雄一郎&栗原克明&渡辺章仁&橋誠&石垣裕之&田中祐介、撮影は大嶋良教、美術は小川富美夫、照明は神野宏賢、録音は加藤大和、編集は原浩次、音楽は葉加瀬太郎、主題歌『雪の華』は中島美嘉。
出演は登坂広臣、中条あやみ、田辺誠一、浜野謙太、高岡早紀、箭内夢菜、江崎政博、山中聡、小柳友貴美、菅沼美優、大石瑞記、森山藍羅、西田美琴、木下美優、小野晴菜、美甘直樹、美甘真里奈ら。


2003年に発売された中島美嘉のヒット曲『雪の華』をモチーフにした作品。
監督は『orange』『羊と鋼の森』の橋本光二郎。
脚本は『世界から猫が消えたなら』『8年越しの花嫁 奇跡の実話』の岡田惠和。
悠輔を登坂広臣、美雪を中条あやみ、若村を田辺誠一、岩永を浜野謙太、礼子を高岡早紀、初美を箭内夢菜、浩輔を江崎政博、美雪の父を山中聡が演じている。
主題歌はもちろん中島美嘉の『雪の華』だが、葉加瀬太郎の演奏によるインストゥルメンタル・バージョンも挿入曲として使われている。

冒頭、フィンランドに来ている美雪の近くには、都合良く日本人の観光客2人がいる。その2人は「オーロラ、今日も見えなさそうだね」「また見に来ようね」などと、状況を説明した上に、美雪が「私にはたぶん」というモノローグを語りやすいお膳立てまでしてくれる。
このオープニングだけでも、安っぽさや陳腐さが分かりやすく露呈している。
そもそも、フィンランドでのロケの必要性からして大いに疑問なのだ。
もちろん「オーロラを見るには日本じゃ難しい」ってことで海外なんだろうけど、じゃあオーロラって必須なのかと考えた時、「そうでもないだろ」と感じるのよね。

あと、どうしてもフィンランドでのロケにこだわりたかったのなら、「赤いオーロラを見に行ったけど見られなかった」というだけでオープニングを終わらせるのではなく、そのまま話をしばらく進めちゃった方がいい。
せめて、悠輔との出会いはフィンランドでやった方がいい。
でも実際には、「幼少期に父から赤いオーロラの話を聞いた」という回想を挟んで、あっけなく舞台が日本に移ってしまうのだ。
それにより、ますます「やっぱりフィンランドのロケなんて要らないな」と感じてしまうのよね。

美雪は幼少期から体が弱くて今も病院に通っている設定だが、何の病気なのかは教えてくれない。若村は余命1年を宣告しているが、そこで病気について詳しく説明することは無い。
そのシーンで言わないだけでなく、最後まで美雪の病気については謎のままだ。
ともかく余命1年ってことだけは確定事項なのだが、そんな大事なことを若村は美雪にしか伝えていない。そして病弱な娘を放置して、母親は京都で仕事をしている。
一方の美雪も、母親の近くで暮らそうとはしていない。病弱で余命1年なら世話をしてくれる人間がいた方がいいはずだが、そういうことは何も考えていないのだ。

ずっと重病で病院に通っているのなら、治療費だけでもバカにならないはずだが、そんな状況で美雪はフィンランド旅行に出掛けている。
その金は、どこから捻出したのか。フィンランドって、そんなに簡単に行けるような場所でもないぞ。病院代は母親が払っているにしても、旅行費は自分で出さなきゃダメだろうし。
あと、病弱だったら海外でも何か異変が起きるリスクはあるわけだが、そういう気配は皆無。それどころか日本のパートでも、美雪の病弱を示す描写は乏しい。
デートの最中に苦しむとか、少しずつ衰弱していくとか、そういう様子は、最初のデートから帰宅した時ぐらいだ。
しかも、それで入院でもするのかというと、そんなことは無いからね。病院には行っているけど、次のシーンでは元気一杯に回復しているからね。

悠輔がひったくり犯を追い掛ける様子を、この映画は丁寧に追い掛ける。犯人を取り押さえ、鞄を取り返した上で解放する様子を描いている。
しかし、そこで美雪から視点を移動させ、悠輔の動きを追うのは完全に無駄な作業だ。
「座り込んでいる美雪がモノローグを喋っていたら、鞄を取り返した悠輔が歩み寄る」という形で処理しても余裕で事足りる。
悠輔の動きを追い掛けたせいで、「犯人を追い掛けて捕まえたくせに、なぜか簡単に解放してしまう」という変な甘さが気になってしまうわ。

悠輔は取り返した鞄を美雪に渡して終わらせればいいものを、なぜか苛立った様子で「助けてとか、返してとか、自分で追っ掛けるとか、なんかねえのかよ」「声ぐらい出せよ」「世の中、そんなに甘くねえぞ」などと文句を付ける。
そこまでネチネチと説教する必要性なんて全く無いので、「何かあったのか」と言いたくなる。
個人的に腐るようなことがあった直後だとか、自身の過去の経験が重なったとか、そういうことでもあるのかと思ったが、何も無いのよね。
ただキャラの描き方を間違っているだけなのよ。

そんな悠輔に美雪が好意を抱き、恋人になってくれと持ち掛けるのも違和感しか無いわ。
「(声が)出るじゃん」と笑顔になったので、そのツンデレなギャップにキュンとしたってことなのかもしれないよ。でも、仮にそういう設定だったとしても、説得力は皆無だからね。
出来の悪い少女漫画における「出会いのシーン」みたいな形にしてあるけど、まあ安っぽいこと。
で、せめて2人をすぐに再会させればいいものを、なぜか季節を春に移してしまう。
その時間経過、ホントに要るかね。要らんだろ。

美雪は独り言で心情を説明したがるキャラクターで、そういうトコでは、ものすごく饒舌だ。
春になると、桜の木の下で「こんにちは、今年の桜さん。来年は、もう」と口にする。通帳の残高を確認すると、「これで生きていくのか」と漏らす。悠輔を目撃すると、「あっ、あの人」と呟く。
わざわざ言わなくていいことまで、やたらと口にするのだ。
どうやら、思ったことを言葉にしないと気が済まないタイプのようだ。
それは彼女の魅力ではなく、「気味が悪い」という印象に繋がっている。

悠輔を目撃した美雪は、なぜか声を掛けようとはせず尾行する。
悠輔が入って行くのは住宅街の奥にある喫茶店だが、古い倉庫のような建物の向こうにあって、とてもじゃないが入りやすい雰囲気とは言えない。オシャレさやポップさも無い。
さらに言うと、立地条件の悪さに対して無駄に広すぎる。
もうちょっと小ぢんまりした店なら、経営も何とかなったんじゃないか。
100万円で当面の問題を脱したところで根本的な解決にはならないんだから、また近い内に閉店のピンチは訪れると思うぞ。

初美と浩輔が岩永のワッフルを目当てに来店しているんだから、たぶん味はいいんだろう。しかし、そういう売りになる商品があるのに、美雪が行った時は他に1人の客もいない。
近所の住民にも、岩永のワッフルが美味しいという評判は広まっていないのか。それとも、その評判は知った上で、それでも客が少ないのか。
あと、100万円が工面できないから店を閉めるってのも、どうなのよ。100万円ぐらいなら、何とか工面できそうだぞ。
その金が無いから閉めるってのは、本気で集めようという気持ちが足りないんじゃないか、店への情熱が不足しているんじゃないかと思ってしまうわ。

閉店の話を聞いた美雪が悠輔に100万円を渡すという展開も、なんだかなあと思っちゃう。
金が必要なのは、悠輔じゃなくて岩永だからね。
もちろん、閉店で悠輔も落ち込んでいるけど、「美雪が悠輔に金を渡し、その金を悠輔が岩永に渡し」ってのは、「なんだそれ」という気持ちになっちゃうのよね。悠輔の本職はガラス工芸職人であって、喫茶店の仕事はアルバイトに過ぎないんだし。
岩永のために100万円を用意するほど、強い絆で結ばれているってことなのか。そんなのは、映画を見ていても全く伝わってこないけど。

恋人になる条件を出して金を渡した美雪は、帰宅してから「声を出せって言ったのは、そっちだし」などと独り言をヘラヘラしながら元気に呟く。
その様子は、ものすごく不気味だ。
そんな彼女はデートに出掛けると、ちょっと照れたような感じで「よっ、待たせてゴメン」と挨拶するよう悠輔に指示する。これもまた、ものすごく気持ち悪い。
ただ、実は「100万円で恋人になってくれと頼む」とか「細かく指示を出す」といった美雪の気持ち悪さって、これがコメディーだったら全てOKになるのよね。
「余命わずかな少女の切ない恋愛劇」として描くから、美雪がヤバい女になっちゃってるのよ。

美雪がカフェで若村と会った時、それを悠輔は目撃する。
恋愛モノでありがちな「2人が付き合っていると誤解して」という展開に発展しそうなシーンだが、その直後に悠輔は美雪と会っているのに全く気にしている様子が無い。
嫉妬心のカケラも無く、妹と弟に美雪を紹介して楽しくやっている。
そうなると、「2人を目撃するシーンは何の意味があったのか」と言いたくなってしまう。

美雪は初美に冷たい態度を取られた時、ハッと気付いた様子になって「ひょっとして、私に嫉妬みたいな」と大声で言う。そして浮かれた様子になる。
どういうシーンとして描きたいのかは分かるけど、美雪のキャラが分裂症みたいになっちゃってんのよね。
一貫性が乏しくて、その場その場に合わせてコロコロと中の人が入れ替わっちゃうみたいな感じなのよ。
中条あやみもキャラを掴み切れずに、大変だったんじゃないかなあ。

美雪は悠輔を誘ってフィンランド旅行へ出掛けるが、つまり2度もフィンランドまで行けるぐらいの金を持っているってことだ。しかも、2度目は悠輔の分の金も出しているわけで。かなりの金持ちなのね。
ちなみに、2度目のフィンランド旅行の頃には若村から入院するよう言われているぐらいだから、かなり病状は悪化しているはず。
でも、少し苦しそうな様子をチラッと見せるシーンが1度あるだけで、それ以外では元気に歩き回っている。
リアリティーは完全に無視し、超甘口のファンタジーに染め上げている。

さらに美雪は終盤、なんと3度目のフィンランド旅行へ出掛ける。どんだけ貯金を持ってたんだよ。
で、その直前に悠輔は怪我をした初美から連絡を受けて病院へ行き、たまたま美雪が若村と話す様子を目撃する。悠輔が美雪はどこが悪いのかと尋ねると、若村は簡単に詳細を教える。礼子は美雪のフィンランド旅行を許可し、心配しているけど付いて行かない。
この辺りの、ある意味で怒涛と言ってもいい展開を陳腐に感じず素直に感動できる人は、ホントに幸せだと思う。
これは皮肉じゃなくて、心底からそう思う。
そういう人は、そのままの純粋な気持ちを持ち続けてほしい。私のように、心がねじ曲がって汚れちまった人間にならないでほしいと思う。

(観賞日:2020年11月16日)

 

*ポンコツ映画愛護協会