『湯道』:2023、日本
東京で建築家をしている三浦史朗は、部下の細井幸恵から電話を受けた。細井は向こうがデザインを絶賛したものの、「個人事務所にビル丸ごとを任せるのは不安だ」と社長が言い出して断られたことを伝えた。彼女は事務所の家賃が貯まっていることを指摘し、今月で辞めると告げた。金に困っている史朗は、葬儀の案内状が届いているのを見つけてニヤリと笑った。日本人の母と黒人の父とのハーフである竜太は幼少期、まるきん温泉に通っていた。彼は父に会ったことが無く、母は「いい子にしてたら迎えに来てくれる」と告げた。「いい子にする」と約束した竜太だが、現在は刑務所で服役中だった。
定年を控えた郵便局員の横山正は、馴染みの骨董品店「阿閑堂」で「湯道四百四十周年記念 大湯道具展」のポスターを見つけた。彼は店主から幻の湯道具一式を見せられ、退職金での購入を勧められた。帰郷した史朗は不動産屋の荒井正章と鎌田一彦に会い、「期待してますよ」と告げられた。荒井は史朗の実家である銭湯「まるきん温泉」の辺りにマンションを建設し、高値で売却しようと目論んだ。史朗はまるきん温泉に戻り、その全景を外から写真に収めた。
自分の部屋に入ろうとした史朗は、住み込み従業員の秋山いづみがいたので驚いた。史朗の弟でまるきん温泉を運営している悟朗は、父の葬儀に戻らなかった兄を冷たく突き放した。史朗が忙しかったのだと言い訳すると、彼は「じゃあ今は暇なんだ」と嫌味を飛ばした。史朗は「銭湯なんてやってて楽しいか?どんな時に遣り甲斐感じるの?」と、馬鹿にする言葉を浴びせた。常連客の小林良子が一番乗りで現れ、女湯で熱唱した。悟朗は史朗の仕事が上手く行っていないと見抜き、「カッコ悪いよ、困った時だけ田舎にすがるの」と言い放った。外に出た史朗は、リヤカーに乗せた廃材を銭湯の裏へ運ぶ白髭の老人を目撃した。
史朗は高橋大作と瑛子の夫婦が営む近所の食堂「寿々屋」に入り、皿うどんを注文した。瑛子は悟朗が1人で葬儀を取り仕切り、頑張っていたことを語った。大作は葬儀に戻らなかった史朗に腹を立てており、皿うどんを作ろうとしなかった。有名な温泉評論家の太田与一は、鳳凰ホテルを訪れた。気付いた支配人が慌てて挨拶し、低姿勢で浴場へ案内した。源泉掛け流し至上主義者として知られる太田は、すぐに循環湯だと気付いてホテルを去った。
横山は湯道の家元である二之湯薫明へ赴き、湯道の集会に参加した。薫明が病気療養中なので、内弟子の梶斎秋が享受を担当した。横山は入会から5回目の参加で、梶は入浴手前を披露した。横山は退職金を風呂場の改修に使う予定だったが、妻の雅代と娘の舞香&冴香から「披露宴」「卒業旅行」などと使い道を提案された。雅代に「風呂の改修って必要?」と訊かれた横山は、「40年間、家族のために真面目に働いて来た。唯一見つけた趣味が風呂なんだ。風呂は夢であり、希望だ」と静かに語った。
太田はまるきん温泉を訪れ、銭湯なのに「温泉」と名乗っていることを「詐欺じゃないか」と批判した。いづみは反論するが、太田は銭湯自体を否定した。史朗が客としてまるきん温泉に行くと、先客として大作と白髭の老人が入浴していた。白髭の老人は史朗の洗い方が甘いと注意し、風呂の温度を水で下げることも許さなかった。いづみは史朗から白髭の老人は誰なのかと問われ、風呂仙人だと答えた。仙人は廃材を持って来てくれるが金は取らず、銭湯に入ることが報酬になっていた。史朗は幼少期の辛い思いを語って銭湯を扱き下ろすが、成り行きで仕事を手伝うことになった。
編集者の植野悠希はまるきん温泉に入り、「温泉、最高」と満足した。彼女は太田を担当しており、彼を持ち上げてラジオ出演の仕事を承諾させた。植野が次の本のテーマを銭湯にしてはどうかと提案すると、太田は「時代の遺跡。その存在自体がミステリーだ」と嫌がった。しかし植野が「先生がミステリーを解き明かすというのは?」と持ち掛けると、太田は前向きになった。アメリカ人のアドリアンは恋人の山岡紗良と共に、温泉旅館に来ていた。紗良の母である由希子はアドリアンの味方だが、父の照幸は礼儀に厳しかった。アドリアンは風呂場の脱衣場で体を泡だらけにして、照幸の怒りを買った。横山は湯道の集会に参加し、梶の話を聞いた。
いづみは良子から、昔は息子と良くまるきん温泉で歌ったと聞かされる。いづみが「ってことは歌手?」と言うと彼女は口ごもり、「遠いトコで仕事して、今度帰って来んの」と話した。横山は風呂場が改修に入ったので、まるきん温泉を訪れた。史朗はいづみに促されて番台に座り、老夫婦の堀井豊と貴子を客として迎えた。来た時には口論していた堀井夫婦だが、入浴して出て来た時には仲良くなっていた。DJ FLOWが司会を務めるラジオ番組『今夜も浸からナイト』では、太田をゲストとして迎えることになった。竜太は受刑者仲間から出所して最初に食べたい物は何かと問われ、コーヒー牛乳と答えた。
史朗はマンションの設計図を書き、荒井と鎌田に見せた。売買手続きの契約を求められた彼は躊躇し、「一応、弟に話さないと」と言う。史朗は持ち帰ると告げ、まるきん温泉に戻った。彼は悟朗に「この商売は無理だ。最良の道を見つけた」とマンションの設計図を見せて、その一室に住むよう持ち掛けた。悟朗が設計図を燃やしたので史朗は激怒し、兄弟は喧嘩になった。スプレー缶が落下して引火し、爆発に巻き込まれた悟朗は大怪我を負って入院した。
いづみは史朗に、悟朗は兄の仕事が上手く行っていないと分かっていたこと、心配していたことを教えた。「なんで銭湯なの?他にもっといい仕事あるのに」と史朗が言うと、いづみは洋服の仕事をしていたことを話す。しかし流行を追い掛けて体がおかしくなり、彼女は仕事を辞めた。そして田舎の祖母の家で風呂に入り、救われたのだと彼女は語った。横山が湯道の会合に参加すると、梶は療養中だった家元の体調が良くなったので入浴手前を披露すると告げた。家元の二之湯薫明が入浴前を披露すると、参加者の面々は感激した。
梶が薫明への質問を呼び掛けると、横山が挙手した。横山が人生最高の一湯について尋ねると、薫明は「2004年に父が亡くなり、弟が家を出て湯道に迷った。愛宕山に登ったが答えは見つからず、下山途中で道に迷った。紅茶屋に辿り着き、そこで入った湯風呂が人生最高の一湯です」と答えた。しばらく銭湯を休もうと考えていた史朗は、仙人から「自分の都合だけで商売すんな」と咎められた。仙人は風呂の炊き方を教え、「湯は太陽だ」と説いた。
史朗が炊いた風呂は熱すぎてクレームが続出したため、いづみは明日から番台に座るよう指示した。史朗は細井からの電話で、小林建設のビルのコンペがやり直しになったこと、担当者が打ち合わせをしたいと言っていることを聞かされた。出所した竜太はまるきん温泉を訪れ、入浴して歌った。女湯にいた良子は彼の声を聞き、それに合わせて歌った。デュエットを終えて銭湯を出た良子と竜太は、親子の再会を果たして一緒に帰った。退院した悟朗は史朗といづみに「入院して目が覚めた」と言い、まるきん温泉を閉めると言い出した…。監督は鈴木雅之、企画・脚本は小山薫堂、製作は大多亮&藤島ジュリーK.&市川南&堂山昌司&中沢敏明&川上純平&弓矢政法&小山薫堂、プロデューサーは若松央樹&和田倉和利&厨子健介&山口敏功&加藤達也、ラインプロデューサーは森賢正、撮影は江原祥二、照明は杉本崇、美術はd木陽次、録音は武進、美術コーディネートは坪井一春、編集は田口拓也、音楽は佐藤直紀。
出演は生田斗真、濱田岳、橋本環奈、角野卓造、柄本明、夏木マリ、窪田正孝、吉田鋼太郎、小日向文世、天童よしみ、クリス・ハート、戸田恵子、寺島進、厚切りジェイソン、浅野和之、笹野高史、吉行和子、ウエンツ瑛士、朝日奈央、梶原善、大水洋介、堀内敬子、森カンナ、藤田朋子、生見愛瑠、米野真織、酒井敏也、おかやまはじめ、秋山ゆずき、栗田芳宏、広加磨樹、曽我潤心、佐野泰臣、池田勝志、タイソン大屋、東山龍平、松木賢三、山本拓平、藤谷理子、ジェイデン・アンダーソン、長尾翼、嶋崎希祐、佐渡山順久、藤堂海、近藤美海、梅野想彩、井之上チャル、尾本祐菜、福田野乃花ら。
ナレーションは山寺宏一。
「湯道」の提唱者である小山薫堂が企画・脚本を担当した作品。
監督は『本能寺ホテル』『マスカレード・ホテル』の鈴木雅之。
史朗を生田斗真、悟朗を濱田岳、いづみを橋本環奈、薫明を角野卓造、風呂仙人を柄本明、梶を窪田正孝、太田を吉田鋼太郎、横山を小日向文世、良子を天童よしみ、竜太をクリス・ハート、瑛子を戸田恵子、大作を寺島進、アドリアンを厚切りジェイソン、照幸を浅野和之、豊を笹野高史、貴子を吉行和子、FLOWをウエンツ瑛士、植野を朝日奈央、荒井を梶原善、鎌田を大水洋介、由希子を堀内敬子、紗良を森カンナ、雅代を藤田朋子、舞香を生見愛瑠、冴香を米野真織が演じている。冒頭、葬儀の案内状を見た史朗がニヤリと笑った後、富士山の前を通過する新幹線が映る。なので、史朗が新幹線で移動したんだろうってことは何となく分かる。
そこから帰郷した史朗の様子を描くのかと思いきや、カメラが富士山に寄って、そこから富士山の絵が壁に描いてある銭湯のシーンになる。そして少年が泡を飛ばして刺青男に絡まれ、もっと大物の刺青男に救われる出来事が描かれる。
「そんなに堂々と刺青を入れている奴が銭湯に入れるのか」と思ったら、それは竜太の回想シーン。急に脇役のパートを挟むだけでなく、その回想シーンから入るってのは、構成として不細工すぎるだろ。
しかも、その次も史朗じゃなくて横山のパートだし、群像劇として上手く構成されているわけじゃなくて、のっけから散らばっているだけだ。あと、根本的な問題として、「湯道」が当たり前のように普及している世界観として話を始めているのが大失敗だ。
何も知らない主人公が初めて触れて学ぶという形で、観客に湯道を紹介する形にした方がいいだろ。
そんな風に思っていたら、また湯道にも史朗にも関係ない太田のパートを挟むし。あっちへフラフラ、こっちへフラフラと、まるで落ち着きが無いんだよね。次々に視点が移動する展開が、まるで有効ではない。
あと、太田が源泉掛け流し至上主義者だと分かっているくせに、鳳凰ホテルは彼を招待しているんだよね。でも循環湯だとバレるのは分かり切っているのに、なんで平気で呼んだのかと。湯道の集会シーンは、当たり前のように描かれる。だけど、入門者が体験する形で、観客に提示した方がいいだろ。
それと、湯道に関わるパートと、まるきん温泉や兄弟を描くパートが、まるで連動していないんだよね。ずっと融合せず、平行線のままで話が進むのだ。
人物としては繋がりがあるけど、ストーリーとしては上手く絡み合っていない。
何か意図があって連動を避けているのではなく、シンプルに構成を土台から間違えているだけにしか感じないぞ。湯道の集会では梶が歩きながら説法すると、それに合わせて入会者の面々が一斉に横移動する。
これは明らかにコメディーとしての演出だが、湯道は架空の設定ではなく実際に小山薫堂が「茶道」や「華道」と同列の存在として提唱した物だ。
この「湯道」をどのように受け止めればいいのかが、良く分からない。
小山薫堂は真剣に「ナンチャラ道」の1つとして提唱しているのか。
それにしては、劇中における湯道の描写が胡散臭さに満ちている。いちいち入浴手前で「合掌」「潤し水」「衣隠し」「湯合わせ」「入湯」「縁留」などと仰々しく手順を追うのは、バカバカしさしか無い。それを入会者が真剣に見ているのは、ある種のカルト宗教にも感じるし。
「ナンチャラ道」を茶化したりパロディー的に扱ったりする意図があるなら、そういう描写は大いに納得できる。だけど小山薫堂が真面目に「湯道」を提唱したいのであれば、そこは違うでしょ。
っていうか、真剣に提唱しているにしても、「もっと気楽に入浴した方がいいだろ」とは言いたくなるけどね。
一定のマナーは必要だけど、細かいルールを幾つも作ったて堅苦しく縛ったら風呂を楽しめないだろ。もっと気軽に入浴した方がいいだろ。史朗がいづみに、「風呂屋の息子と馬鹿にされた。夜遅くまで働いて、朝早くから掃除して、それでも家は貧乏で。人に尽くすだけで何も返って来ない。こんな割に合わない商売、すぐに辞めりゃ良かったんだよ。親父はここを守ったんじゃない。辞める勇気が無かったんだ」と話すシーンがある。
そういう辛い過去があるから、銭湯に否定的な考えを持っているという設定なのだ。
でも台詞で軽く触れるだけでは、全く足りない。
そういう設定を用意するなら、他を削ってもいいから「史朗の幼少時代」を挿入した方が絶対にいい。
ただし困ったことに、色んな出来事が描かれる中で、「三浦兄弟とまるきん温泉」を巡るメインの話がダントツでつまらないんだよね。番台に座った史朗は堀井夫婦の相手をした後、笑顔で元気に挨拶して次の客を迎えようとしている。
喧嘩していた堀井夫婦が温泉に入って仲直りし、礼を言われたことで史朗の気持ちに変化が訪れたってのを表現したいんだろう。
でも、とても薄っぺらくて安っぽいエピソードになっている。
史朗が売買手続きの契約に躊躇するのも、たぶん「温泉で働き始めて気持ちに変化が」ってことなんだろう。
しかし、そういう展開に持ち込むには、史朗に影響を与える出来事が全く足りていないんだよね。終盤、「まるきん温泉」を訪れた太田が銭湯を時代遅れだと扱き下ろすと、横山が「素晴らしい湯を見極める目を持つ先生より、どんな湯も湯も素晴らしいと思える私たちの方が幸せじゃないか」と語る。
だけど、そんな台詞を横山が語っても、「どの口が言うのか」ってことになっているのよね。
だって横山は湯道を信奉し、家の風呂を自分の理想通りに改修することを望んでいる人間なわけで。
風呂や入浴方法には自分なりの強いこだわりを持っている奴に、「どんな湯も云々」とか言われてもさ。(観賞日:2024年7月12日)