『弱虫ペダル』:2020、日本

千葉県立総北高等学校に入学した小野田坂道は、ママチャリで傾斜のきつい坂道を登りながら登校する。彼はアニメソングを聴いて鼻歌を口ずさみながら、余裕の態度で坂道を漕ぎ続けた。中学で友達のいなかった坂道は、高校ではアニメ研究部に入って仲間と語り合いたいと思っていた。しかしアニメ研究部は部員減少で休部していると知り、彼は愕然とする。坂道は入部届を落とし、通り掛かったクラスメイトの寒崎幹が気付く。入部届を拾った彼女は、坂道という名前に注目した。坂道が学校から40kmもある秋葉原までママチャリで向かうと知り、幹は驚いた。
新入生の今泉俊輔は自転車競技部に入部する前の足慣らしとして、傾斜のきつい裏門坂を自転車で登る。前方に坂道の姿を見つけた彼は、自転車競技部の部員だと思い込んで追い抜こうとする。しかし鼻歌が聞こえた上に、坂道がママチャリだったので困惑した。坂道は今泉に気付き、「ごめんなさい」とスピードを上げて走り去った。坂道はアニメ研究部の顧問を務める中川に、復活してほしいと訴えた。すると中川は、部員を5人集めるよう指示した。
坂道が部員募集のビラを貼っていると、今泉が来て自転車での勝負を要求した。今泉はハンデを付けると言うが、坂道は受ける気など全く無かった。そこへ今泉の幼馴染である幹が親友の橘綾と共に現れ、「今泉が負ければアニメ研究部の部員になる」という条件を提示した。今泉は承諾し、坂道も喜んで勝負を受ける。坂道は15分のハンデでゴールを学校に設定したレースに挑み、まだ今泉がスタートしていない段階で裏門坂に到達する。絶対に勝てると確信した坂道だが、今泉に追い付かれてしまった。
今泉に抜かれた坂道が呆然としていると、タクシーで追い掛けて来た幹がサドルを交換した。坂道は今泉に追い付き、スピードを上げて引き離そうとする相手に食らい付く。最後は敗北するが、今泉は坂道の才能を認めて「自転車部で待っててやる」と告げた。坂道は秋葉原へ出掛けた時、鳴子章吉という関西弁の男に声を掛けられた。鳴子は坂道の自転車をじっくりと観察し、「ええチャリや」と褒めた。今泉は幹の父の幸司が経営する自転車屋へ行き、自転車を預けた。彼は幹から、坂道に第二のギアを付けたことを聞いた。
翌朝、坂道は学校へ向かう途中、自転車競技部に入って練習している今泉の姿を目撃した。そこへ鳴子が現れ、坂道は同じ高校だと知って驚いた。鳴子はインターハイ常連の自転車競技部に入るため、総北への転校を決めたが、引っ越しの関係で来るのが遅れていたのだった。鳴子から自転車競技部に入るよう誘われた坂道は、体育の成績が悪いので無理だと消極的な態度を示した。しかし鳴子は体育の成績など無関係だと言い、誰かと一緒に走る楽しさを感じた坂道は入部することにした。
自転車競技部は部長の金城真護、3年生の巻島裕介&田所迅、そして新入部員の川田拓也、桜井剛、杉元照文、今泉という顔触れだった。坂道と鳴子が部室へ行くと、金城は全長60kmのウェルカムレースがあることを教えた。その結果で1年間の練習メニューと出場レースを決定すること、回収車に拾われた場合は入部の再考を促すことを金城は説明した。坂道がママチャリで参加しようとすると、金城が止める。他の新入部員はスタートするが、金城は「それじゃ無理だ」と坂道に告げた。
坂道が今泉たちと一緒に走りたい気持ちを訴えていると、幹と幸司が回収車で到着した。幹たちは坂道のために、ロードレーサーを用意していた。レースはスプリンターの鳴子が先行し、今泉が追走した。坂道は桜井と杉元、続いて川田を追い抜いた。登り坂でもスピードが全く落ちない坂道だが、巻島は「もっと回転数を上げないと今泉たちには追い付けない」と断言する。金城は坂道に、「このままでは追い付けずにリタイアすることになる」と告げる。「完走して3位か、追い掛けてリタイアか、どちらかを選べ」と言われた坂道は、追い付くと断言する。そこで金城は、回転数を30上げるよう指示した。
坂道が今泉と鳴子に追い付くと、田所は「天性のクライマーかもな」と口にする。それを聞いた金城は、「そうなると問題は鳴子だな」と呟いた。登り坂が苦手な鳴子が遅れ始めると、坂道は一緒に走ろうとする。鳴子は「今泉を抜け。山頂を取れ。そのテク、教えたる」と言い、坂道は今泉を追う。追い付かれた今泉は、坂道が知らないダンシングの技術で引き離そうとする。坂道は鳴子に教わったダンシングで追い掛け、激しいデッドヒートを繰り広げた。山頂を取った坂道は、そこで力尽きて倒れ込んだ。金城からリタイアを通告された坂道だが、充実感を覚えた。
翌日、坂道が登校すると、鳴子は来ていなかった。今泉は金城に、川田がテニス部に入り直すことを知らせる。金城はウェルカムレースで1位になった今泉に、「これからは学年をまとめる役目を回すことになる」と告げた。全国優勝を目指す金城は、インターハイ県大会の出場メンバーについて考える。巻島は1年の成長が必須だと提言し、田所は「1年で使えるのは今泉と鳴子ぐらいか」と口にする。金城も田所と同じ意見で、今泉と鳴子を実戦で試したいと述べた。
次の日、金城は部員たちを集め、明日からペアで個人練習を組むと告げる。マネージャーの幹がペアを発表し、今泉は金城、鳴子は田所、坂道は巻島と組むことになった。翌日から強化合宿が始まり、坂道は巻島から「今のお前には練習量も経験値も足りない。回すしかない」と助言された。様子を見に来た幸司は、金城に「大きな課題がある」と今泉のことを指摘する。金城も幸司と同様、今泉には勝利への執念が足りないと感じていた。
今泉は悩んでおり、坂道に「なんでお前は走ってる?」と問い掛ける。坂道は「独りぼっちだった僕が、今泉くんと出会って、自転車と出会って、たくさんの人に助けてもらってここにいる。だから、何でもいいからみんなの役に立ちたい」と答えた。金城は県大会に、坂道も出場させることを決めた。県大会当日、坂道が緊張していると、金城は「1人で頑張らなくていい」とチーム全員で支え合う大切さを説いた。一方、不動颯介を擁する南総学園大学付属高校は、総北に1年生が3人もいると知って優勝を確信した…。

監督は三木康一郎、原作は渡辺航『弱虫ペダル』(秋田書店「週刊少年チャンピオン」連載)、脚本は板谷里乃&三木康一郎、製作は大角正&石原隆&藤島ジュリーK.&沢考史、エグゼクティブ・プロデューサーは吉田繁暁&臼井裕詞、プロデューサーは寺西史&日高峻&鴨井雄一&澤岳司、アソシエイトプロデューサーは秋田周平、撮影は宮本亘、美術は金勝浩一、照明は佐々木貴史、録音は小宮元、編集は鈴木真一、自転車監修は城田大和、音楽プロデューサーは高石真美、音楽は横山克、主題歌はKing & Prince『Key of Heart』。
出演は永瀬廉 (King & Prince)、伊藤健太郎、橋本環奈、皆川猿時、竜星涼、坂東龍汰、蜿r太郎、菅原健、井上瑞稀(HiHi Jets/ジャニーズJr.)、須藤蓮、深水元基、大久保幸輝、小日向流季、喜多乃愛、長谷川大、佐藤佑哉、矢作マサル、皆川健太郎、ひぐち朋、中山慎悟、野島透也、片山幸人、雅マサキ、三宅正治(フジテレビアナウンサー)、大和、清水雄介、茅原拓也、黒田周作、山ア玲央、飛鳥、平山大、山本侑平、小沼慶祐、中村美友、石田靖恵、一ノ瀬雅彦、八代崇司、虫狩愉司、松田ぴろし、鈴木暁、蓼沼和成、蓼沼真弓、西川一郎、杉浦寧々花、宮瀬紗英、布施勇弥、葵井よしの、横田愛佳、三瀧光誠ら。


渡辺航の同名漫画を基にした作品。
監督は『リベンジgirl』『旅猫リポート』の三木康一郎。
脚本は『富士見二丁目交響楽団シリーズ 寒冷前線コンダクター』の板谷里乃と、三木康一郎監督による共同。
坂道を永瀬廉(King & Prince)、今泉を伊藤健太郎、幹を橋本環奈、幸司を皆川猿時、金城を竜星涼、鳴子を坂東龍汰、巻島を蜿r太郎、田所を菅原健、杉元を井上瑞稀(HiHi Jets/ジャニーズJr.)、不動を須藤蓮が演じている。

鳴子は関西から転校してきた設定で、関西弁を喋る。でも演じている坂東龍汰はニューヨーク生まれの北海道育ちで、関西弁を流暢に喋ることは出来ていない。
ジャニーズ事務所のバーターとしての出演でもないし、ここにネイティヴな関西弁を話せない役者を起用する理由が全く分からない。
原作のキャラとの類似性を優先したってことなのか。でも、そういう観点で考えたら、なおさらネイティヴな関西弁は必須になるはずだしね。
なんか余計な引っ掛かりを生んじゃってるんだよなあ、ここのキャスティングは。

幹が坂道と出会い、学校から40kmもある秋葉原までママチャリで向かうと知って驚くシーンがある。その後、今泉が坂道と出会い、勝負を要求するシーンがある。それは別の日の出来事として描かれている。
幹が坂道と出会うのは入学式があった日の放課後で、今泉が坂道と出会うのは別の日の登校時だ。なので、どうしても同じ日に処理することが出来ないのだ。
ただ、そこが分離しているのは、構成としては決して望ましいこととは言えない。
この問題を解決する方法は、無くはない。本作品では詫びて裏門坂を走り去る坂道を今泉が見送った直後にタイトルを出しているが、このタイミングを変えるのだ。坂道が秋葉原へ行くと幹に話した後、ママチャリで向かう様子を追加する。そして、そこでタイトルを入れるのだ。
そうすれば、印象は変わってくるはずだ。

今泉が坂道に対決を要求する時、近くで彼を眺めていた女子高生たちは視線を向けられてキャーキャーと騒いでいる。対決のスタート地点にも、女子高生たちが今泉目当てで集まっている。
でも、なぜ今泉が女子高生たちから人気でモテモテなのかが全く分からない。
「今泉はイケメンだからモテモテなのは当然」とか、そういう問題じゃないでしょ。ちゃんと今泉が女子高生に騒がれるぐらい有名でモテモテである理由を説明するのは、映画としても義務みたいなモンだろ。
それはとても簡単な仕事だし。今泉が中学時代から有名で大人気だったことを、誰かが台詞で軽く触れるだけで事足りる。
そういう作業を怠っているのだ。

坂道と今泉の対決は入部前だし、公式のレースでも何でもない。しかし坂道の才能の一端を示し、自転車競技に対する熱い気持ちを観客にアピールして物語に引き込むためには、重要なシーンと言っていいだろう。
でも、そのための力が全く足りていない。レースの見せ方が凡庸で、工夫に乏しい。せいぜいスローモーションを用いる程度だ。
しかし、もっと漫画的な表現を多用して飾り付けても良かったんじゃないか。
2人だけの勝負を、ただ普通に見せるだけでスピード感や迫力や熱気を感じさせるのは難しいでしょ。

登場人物のモノローグが多用され、中には熱くてクサい台詞も少なくない。
そんな熱いモノローグが、見事なぐらい浮いていて寒いことになっている。
原作であれば、漫画としての「読者を燃えさせる表現」がセットになっているので、素直な気持ちで受け入れることが出来る。
でも本作品だと、本来なら台詞から伝わるべき熱量に、映像としてのエナジーが追い付いていないのだ。もっともっとケレン味が無いと、厳しいのだ。

ウェルカムレースのシーンでは、走っている新入部員たちだけでなく、見守っている面々も熱くなっている。そして間違いなく、観客を感動させようとしている。
でも、まるで心に響いて来ない。
ただ、それは映像としてのケレン味が足りていないという問題だけではない。アニメオタクだった坂道が自転車競技に魅せられ、どんどん気持ちが高まっていく姿に感情移入するためのドラマも足りていないんだと思う。
シンプルに、そのための時間が足りていないんだろうね。

ウェルカムレースが終わった後、リザルトが部室の黒板に貼り出される。だが、この段階では順位が全く見えないようにしてある。
その後、今泉と金城が話すシーンがあり、ここで初めて順位が示される。でも、これは全く意味が無い。
どうせ今泉が1位だったことは分かり切っているわけで。それは坂道がリタイアした後のレースを描いていない時点でバレバレだ。
なので、リザルトが貼り出された時に結果を見せても、まるで変わらないよ。

県大会のメンバー選考に関して、田所は「1年で使えそうなのは今泉と鳴子ぐらい」と言い、金城も同意している。
実際、この時点で彼は今泉と鳴子しか出場させる気が無い。
でもウェルカムレースの時、彼らは坂道が驚異的な走りで今泉と鳴子を追い抜き、山頂を取ったのを見ていたはずでしょ。それを見ていたのに、なぜ「1年で使えそうなのは今泉と鳴子ぐらい」と断言するのか。
どう考えたって、坂道も能力の高さを感じさせる選手でしょうに。

総北高校はインターハイの常連で超が付くぐらいの強豪校のはずなのに、なぜか3年生が3人だけで2年生は1人もいない。新入生が入部したからメンバーは増えたけど、下手すりゃレースに出ることも難しいぐらい部員数が少ないのだ。
それって変だろ。
個人練習のペアを幹が発表する時に他の名前も言っているっぽいので(音量を絞っているのでハッキリとは聞こえない)、ひょっとすると他にも部員がいるのかもしれない。でも、最後まで全く出て来ないしね。
インターハイ常連の超強豪校なのに部員が少なくて2年が1人もいないのなら、その理由を説明する必要があるんじゃないか。

坂道は巻島とペアで練習すると言われた時、怖い先輩だと思っている。でも巻島は話すのが苦手なだけで実際は優しい先輩なので、坂道はすぐに懐いている。
ここってホントなら、「最初はビビっていた坂道だが、巻島が優しい先輩だと知り、心を開いて距離を縮める」という関係性の変化が描かれるべきだろう。
だが、そんなドラマは全く描かれていない。
「坂道と巻島」「今泉と金城」「鳴子と田所」という3組の関係を描こうとしているんだろうけど、まあ尺を考えると無理があるよね。

今泉は過去の出来事がきっかけで、勝利への執念を失っている。だが、それを誰かに指摘されたわけでもないのに、金城と幸司が「今泉には勝利への執念が足りない」と話すシーンの後、練習中の今泉が過去を回想して苛立つ様子が描かれる。
でも、そのタイミングで今泉がトラウマになった出来事を回想するのは変だよ。何のきっかけも無かったんだから。
で、その今泉が坂道と話すシーンの後、金城が県大会のエントリーシートに坂道の名前を書き加える様子が描かれる。
でも、これもタイミングが変だよ。金城は強化合宿での坂道の様子も見ていないし。彼の気持ちが変化する出来事なんて、何も無かったんだから。
あと、県大会への出場を坂道が知らされ、リアクションを取るシーンが省略されているのもダメでしょ。

県大会のシーンでは、南総学園大学付属高校の面々が「不動がいるから確実に優勝できる」と自信を見せている。他の学校は不動の姿を目にすると、「怪我をしていたはずなのに」とビビっている。
でも、不動に関する情報が何も提示されていないので、まるでピンと来ない。他の学校の選手たちが不動を見て狼狽した時、「不動はこういう選手」と解説するような台詞を誰かに喋らせる手順も無いし。
あと、なぜ不動が怪我をしていたのか、なぜ出場できるようになったのか、その辺りも全く分からないし。
不動の「強敵」としての輪郭を全く描けていないので、対決の構図がボンヤリしたまま話が進むことになる。

県大会のシーンに入ると、鳴子がローテーションせずに40キロを引っ張ったり、山で引っ張るはずの坂道が転倒したり、必死で追い付いて今泉を先導したりと、様々なドラマが用意されている。
もちろん、それらの全ての出来事を感動なり興奮なりに結び付けようとしているが、ちっとも心が動かない。
大きな理由は明白で、「そこへ向けた個人やチームの描写が足りていない」ってことだ。
1本の長編映画として作った以上、どうしようもない問題ではあるのだが、時間が全く足りていないんだよね。

あと、坂道の転倒に関しては、当該シーンの見せ方もおかしいのよ。
「見せ方」って書いたけど、実際には見せていないのよね。シーンが切り替わると、転倒していた坂道が気付いて起き上がる様子が描かれる。なので、どういう経緯で坂道が転倒したのか、どういう事故があったのかは、サッパリ分からないのだ。
その省略は、演出として明らかに失敗だろう。
それに、チームのメンバーが誰一人として坂道の転倒に気付かないまま走り去っているのも不可解だし。

(観賞日:2021年12月22日)

 

*ポンコツ映画愛護協会