『吉原炎上』:1987、日本
明治40年の浅草。久乃は岡山から借金のカタとして遊女に売られて吉原にやって来た。若汐という名で店に出たが、初夜を迎えるという日に店を飛び出してしまう。そこで財閥の御曹司で救世軍に入っている古島と出会った久乃は、彼に惹かれるようになっていく。
古島は客として久乃を指名するようになるが、決して彼女を抱こうとはしない。やがて久乃は吉原で一番の人気者へと上り詰めて行き、ついには由緒ある花魁の名跡“紫”を継ぐことになる。しかし、吉原の水に染まった彼女に対して、古島は距離を置くようになった。
明治43年、財閥から多額の手切れ金を渡されて縁を切られた古島は、久しぶりに久乃の前に姿を現した。彼はその金で久乃を身受けするつもりだったが、久乃から夢であった花魁道中のために使いたいと告げられ、金を渡して姿を消す。やがて久乃は、身受けされて吉原を後にする…。監督は五社英雄、原作は斎藤真一、脚本構成は笠原和夫、脚本は中島貞夫、企画は日下部五朗&本田達男&遠藤武志、撮影は森田富士郎、編集は市田勇、録音は平井清重、照明は増田悦章、美術は西岡善信&園田一佳、装飾は福井啓三、衣裳は森護、音楽は佐藤勝。
主演は名取裕子、共演は根津甚八、二宮さよ子、藤真利子、西川峰子、かたせ梨乃、井上純一、野村真美、竹中直人、左とん平、佐々木すみ江、河原崎長一郎、小林稔侍、山村聰、園佳也子、成田三樹夫、大村崑、松岡知重、ビートきよし、岸部一徳、絵沢萠子、速水典子、緒形拳、光石研、一柳みる、中島葵、山本清、益岡徹、成瀬正、白石珠江、石倉英彦、横山あきお、松野健一ら。
画家・斎藤真一の『絵草紙・吉原炎上』や『明治吉原細見記』などを基にした映画。
野望に目覚める久乃を名取裕子、ヘタレのボンボン・古島を根津甚八が演じる。
タイトルの『吉原炎上』とは、明治44年の“吉原の大火”のこと。
それがクライマックスになっている。古島には、たぶん久乃に対する「変貌ぶりに一度は離れるが忘れ去ることが出来ない」という微妙な男心があるのだろうと思われる。
久乃には、たぶん古島に対する「花魁として成り上がりたいが、古島と離れるのはつらい」という複雑な女心があるのだろうと思われる。
そういった繊細な心情描写は、ほとんど排除されている。この作品には多くの人間が登場する。
だが、人々の心理は、演出や脚本の中で基本的に抑制されている。
ただし、強欲な野望を示す部分だけはキッチリと描写される。
他を排除して強欲の部分だけをアピールすることによって、グロテスクとエロティシズムが交じり合う、女と女の醜悪な争いが展開することになるわけである。次第に盛り上がるとか、意外な展開が待っているとか、そういったドラマには頼らない。
吉原という舞台の持つ装飾美や、吉原という世界が持つ様式美を強調する。
人間ドラマではなく、装飾美や様式美を強くアピールすることによって、華やかでありながら空虚な熱しか持たない内容に仕上げている。久乃だけではなく、周囲の花魁のエピソードが幾つも挿入されている。
そうやって散漫な形にすることによって、これが久乃を描く物語ではなく吉原遊郭を描く物語なのだと観客に示している。そして淡々と平坦な進行を続けることで、吉原の持っている虚ろな活気を浮き彫りにしていくのだ。