『汚れた英雄』:1982、日本

全日本選手権ロードレース第8戦、場所はSUGOサーキット。メインレースである国際A級500cc決勝のスタート時間が迫って来た。場内実況を担当するテディ片岡が、選手たちを紹介する。現在のポイントリーダーは、プライベート・チームでの参戦ながらメーカーチームと互角の戦いを見せている北野晶夫だ。そして3ポイント差で追うのが、3年連続チャンピオンを目指すヤマハの大木圭史である。
今回のポール・ポジションは北野、2番手が大木。そして3番手に付けたのが21歳の天才ライダー、鹿島健だ。レースがスタートすると、まずゼッケン62番の晶夫がトップに立ち、それを大木が追い掛けるという展開になった。トップで周回を重ねた晶夫は、26週目でコースレコードを叩き出した。だが、そこには晶夫を油断させる大木の作戦があった。大木は最終ラップで北野を追い抜き、そのままゴールした。晶夫と大木はポイントで並び、その決着は2週間後の最終戦に持ち越された。
レースを観戦していた御木本グループ会長の令嬢・菜穂子は、執事の亀谷に耳打ちした。レースを終えた晶夫がプールサイドで佇んでいると、そこへ亀谷が現れた。彼は自己紹介し、菜穂子が晶夫との食事を望んでいることを伝えた。夜、晶夫は新東京国際空港へ車で赴き、ニューヨークでのショーから戻って来たファッションデザイナーの斎藤京子を迎えた。晶夫と京子はベッドで激しく絡み合った。
タキシード姿に着替えた晶夫は、京子と共にパーティー会場へ赴いた。パーティーの主催者であるクリスティーン・アダムスは、亡き父の残した10億ドルの遺産を独占し、世界的コングロマリットを引き継いだキレ者である。晶夫は3年前に世界選手権のレセプションで彼女と会っていた。晶夫はクリスティーンにアプローチし、「2人きりで会いたい」と誘うが、色よい返事は貰えなかった。
晶夫が高級ラウンジで京子と飲んでいると、ホテル王の息子である鹿島が恋人を連れてやって来た。彼は晶夫に「貴方と初めて会ったのは、4年前の世界選手権でした。2輪で貴方ほど速く走るライダーを見たことがありませんでした。それからずっと意識してきました。2輪の世界に入ったのも、貴方という目標があったからです。今度の最終戦、必ず勝ちますよ」と語る。京子が「晶夫は今度のレースに全てを懸けてるわ。それでも自信がある?」と訊くと、彼は「ええ。北野さんに勝ったら、もうこの世界には興味がありません」と述べた。晶夫は「今の君は運がいいだけだ。怖さを知らない。一度か二度、地獄を見なきゃ」と余裕の態度で告げた。
翌日、晶夫は美術館へ出向いたクリスティーンと会い、デートに連れ出した。クリスティーンと砂浜を散歩した晶夫は、嫌がる彼女にキスを迫る。するとクリスティーンは拳銃を持ち出して晶夫を脅かし、その場から立ち去った。晶夫がチームの施設へ行くと、メカニックの雨宮と元レーサーの緒方がバイクを整備している。緒方の妻でチーム・マネージャーのあずさ、その息子の和巳も、晶夫のチームの仲間である。雨宮はブルース歌手に惚れており、そのせいで仕事に身が入っていない。「今度は本気だ。あいつが、もう1回なら会ってもいいって言うんだ」と話す雨宮に、晶夫は財布を渡して「行ってきな」と告げた。
大木とのスタジオ撮影に赴いた晶夫は、彼から「第8戦は、マシーンの差がハッキリ出た。マシーンがお前に付いて行けない。悪いことは言わん、ウチのチームに戻って来いよ」と告げられる。しかし晶夫は「私は勝つことと同時に、世界中のサーキットの最高ラップを全部、自分のものにしておきたいんです。そういうことをファクトリー・チームが許しますか?」と言い、その誘いを断った。クリスティーンはレストランで一人ぼっちの食事を取りながら、晶夫のことを思い出していた。そこへ晶夫から大量の花が届き、彼女は喜んだ。
最終戦まで1週間、晶夫はサーキットでマシーンの走行テストを行うが、セッティングがバラバラで思うようなタイムが出ない。晶夫は観客席にいるクリスティーンに気付き、緒方たちに整備を任せて彼女の元へ行く。晶夫は彼女とベッドを共にした。後日、クリスティーンは執事のパットを呼び、晶夫に10万ドルの小切手を届けるよう指示した。その晶夫は、菜穂子のヨットで海に出掛けていた。
晶夫はサーキットで再び走行テストを行うが、そこに雨宮の姿は無かった。夜、晶夫がバーへ行くと、ブルース歌手に振られて落ち込んでいる雨宮の姿があった。傷心で役に立ちそうにない彼を、晶夫はチームから外した。決勝前日、緒方はSUGOサーキットで夜遅くまでバイクの整備を行う。緒方夫婦と晶夫の契約は、今回のレースで終了となる。そして翌日、いよいよ最終戦の火蓋が切って落とされた…。

製作 監督は角川春樹、原作は大藪春彦(角川文庫版)、脚本は丸山昇一、プロデューサーは橋本新一&和田康作、撮影は仙元誠三、美術は今村力、照明は渡辺三雄、録音は瀬川徹夫、編集は西東清明、ヴィジュアル・アドバイザーは四方義朗、音楽監督は甲斐正人、音楽プロデューサーは高桑忠男、主題歌「汚れた英雄」歌/ローズマリー・バトラー。
出演は草刈正雄、レベッカ・ホールデン、木の実ナナ、勝野洋、奥田瑛二、浅野温子、朝加真由美、中島ゆたか、貞永敏、伊武雅刀、世良譲、磯崎洋介、草薙幸二郎、林ゆたか、黒部進、中田博久、辻萬長、団次朗、望月太郎、清水昭博、トニー・セテラ、ジョー・グレース、ユベール・ジョアニア、レオ・メネゲッティー、入江正徳、エドワールド・P・ジャンセン、津田ゆかり、早瀬奈穂美、菅田俊、山下伸二、内田勝康、本庄正拡、川口徹、内藤正順、若杉透、大谷一夫、滝川昌良、石川心一、川人忠幸、福中脩、斎藤哲也、桂博、濱田有紀、川口ゆりか、森田通代、小佐井弘美、山口由夏里、松坂雅世子、飯田美由紀、立木君枝、澤田久恵、東智鶴、伊川雅子、北西宮子ら。


『犬神家の一族』や『人間の証明』、『戦国自衛隊』や『魔界転生』など数多くの大作映画を製作してきた映画プロデューサーの角川春樹が、初めて監督を務めた作品。
原作は大藪春彦の同名小説で、もちろん角川文庫から出版されている。
晶夫を草刈正雄、クリスティーンをレベッカ・ホールデン、京子を木の実ナナ、大木を勝野洋、緒方を奥田瑛二、あずさを浅野温子、菜穂子を朝加真由美、、鹿島を貞永敏、雨宮を林ゆたか、片岡を伊武雅刀が演じている。
アンクレジットだが、クリスティーンのパーティーの司会者として夏八木勲が出演している。当時は現役のライダーだった平忠彦が、北野のバイクスタントを担当している。

冒頭、準備を整えた晶夫が薄暗いトレーラーを出てバイクに向かい、主題歌のイントロが流れて来る。
バイクを押してエンジンを吹かし、スタートするところでストップモーションになり、タイトルが表示される。
で、制止する画面ってのが、ちょうどバイクに跨ろうとして体が浮き、右足が中途半端に上がっている状態なんだけど、なぜその瞬間なのかと。正直、あまりカッコイイ瞬間とは言い難いぞ。
あと、その後にテディ片岡の実況が入るが、なんかチャラいんだよなあ。

いざレースが開始されると、その様子が淡々と写し出される。
レースなのに「淡々と」っていう表現はおかしいと思うかもしれないが、ホントに淡々としているのだ。そこには高揚感なんて全く無い。しばらくは実況が入ることも無く、BGMも疾走感を煽るようなものではない。
おまけに、大木が晶夫を抜いて最終ラップに入ると、やけにノリのいいフュージョン系のBGMが流れ始め、しばらくはバイクの走行音が消されてしまう。
いよいよ「息詰まる熱戦」ってのをアピールしなきゃいけない箇所に来て、むしろその逆を行くとは、なんてキテレツなセンスなんだろうか。

そのレースで2位に終わったんだから、それに対して晶夫がどう感じているのか、普通の映画監督なら、そこを表現しようとするだろう。
だが、この映画では、そこをバッサリと削ぎ落としている。
また、晶夫がプライベート・チームの仲間たちの元に戻り、会話を交わすようなシーンも無い。表彰が終わるとカットが切り替わり、晶夫がプールサイドで寛いでいる様子が写し出されるのだ。
彼のレースに対する思いなんて、まるで観客に伝えようとしない。

また、その後も晶夫が女たちと会う様子やオシャレに暮らす様子ばかりが続くので、チームのメンバーはなかなか登場しない。
物語も真ん中辺りに差し掛かり、ようやく晶夫が仲間たちの元へ行くシーンがやって来る。
だが、そこで描かれるのは、どうでもいいことばかり。
一応、緒方一家の情報なんかが描かれているのだが、それが物語に厚みを与えることも、後の展開に影響を与えることも無い。

雨宮が女にイカれているという部分に関しては、後で「そんな彼を北野がクビにする」というところへ繋がっているが、あまり必要性は高くない。
っていうか、まあ要らないっちゃあ要らないな。
そんなことに時間を割くぐらいなら、もっと北野のレースに懸ける熱い思い、そのために女を利用してやろうという野心、そういったモノを描いた方がいいと思うんだが。
他のレーサーとのライバル関係も、申し訳程度にチラッと触れているだけだし。

プールサイドの晶夫に亀谷が近付き、「菜穂子様が是非、北野様とお食事したいと申しております。明日のご都合はいかがでしょうか」と持ち掛ける。それに対して晶夫は場所を尋ね、「クラブハウスにて」と亀谷は返事をする。
カットが切り替わり、スーツに着替えた晶夫がテニスをしている菜穂子を眺める様子が写る。で、晶夫が彼女と食事をするシーンになるのかと思いきや、カットが切り替わると彼は新東京国際空港に来ている。
別のシーンを挿入して、それから会食になるのかというと、それも違う。なんと、会食シーンは無いのだ。
じゃあ会食を断ったのかというと、そうじゃない。どうやら、会食はしたようだ。なのに描かないって、すげえセンスだな。

112分の上映時間では原作のボリュームを全て消化できないという判断により、内容は大幅に異なっている。
その結果、「孤独で恵まれない少年時代を過ごした主人公がバイクと出会い、その世界で苦労を重ねながら成り上がっていく」というハングリー精神の部分がバッサリと削ぎ落とされた。
そして、「プレイボーイなトップライダーが女を利用して資金を手に入れ、レースでは首位争いを繰り広げる」という、主人公に何の感情移入も出来ない内容に仕上がった。

冒頭でテディ片岡が「2年間のブランクを乗り越えて不死鳥のように蘇った北野晶夫。プライベートエントリーにもかかわらずメーカーチームと互角に戦って」と語っているのだが、2年間のブランクを乗り越えた苦労ってのが描かれていない。
映画開始から40分ほど経過して、「クラッシュして大怪我を負った」ってのが回想シーンでチラッと描かれるだけ。
また、晶夫はプライベーターではあるが、「貧乏なライダーが金持ちのワークスに立ち向かっている」という図式は成り立っていない。
チームの財政はともかく、晶夫は大きな家に住んでおり、リッチで恵まれた生活を送っている。

野心を持っていようと、目的のために手段を選ばない奴であろうと、金持ち女を垂らし込む野郎であろうと、その裏に、真っ直ぐな情熱であったり、激しい復讐心であったり、貧乏から這い上がってやろうという気持ちであったり、何かしら感情移入できるようなモノがあれば、別に構わないと思うのよ。
でも、晶夫には、そういうモノが何も見当たらない。ただの薄っぺらいジゴロでしかないのだ。
っていうか、そもそもジゴロっぷりの描写も弱いんだよな。彼は京子と付き合っているが、それが金目当てであることはイマイチ伝わって来ない。クリスティーンをナンパするのも、金が目当てなのか、単にプレイボーイなだけなのかはボンヤリしている。
タイトルは「汚れた英雄」だが、ちっとも汚れている印象を受けない。
もちろん「女を利用して資金を得る」という部分が汚れているってことなんだろうけど、「晶夫が金を得るために女たちを誘惑して落とす」という部分のアピールが薄いのだ。

ある意味、これは草刈正雄のプロモーション・フィルムである。
草刈は全裸になって地下の室内プールで泳ぎ、黒いバスローブを着る。彼の暮らす家はコンクリート打ちっ放しで、なぜかプールサイドにバイクが置いてある。
調度品が少なく薄暗い部屋に上がった彼は、グラスに素手で氷を入れ、ペリエを注ぎ、素手でライムを絞る。こぼれても気にしない。
シャワーを浴びた後、パンツ一丁でクローゼット・ルームへ行って服を選ぶ。着替えた姿を確かめるのは姿見ではなく、クローゼット・ルームの自動ドア(姿が写るのだ)。
ちなみに、そのシーン、ストーリー進行の上で何か意味があるわけではない。単に「オシャレな男の生活」を見せたいためのシーンだ。

そういうオシャレな生活ぶりは、下手な男がやると失笑ものだが、草刈正雄がやるとハマる。
ただ、ハマってはいるけど、どうしても角川春樹の自己陶酔している姿を連想してしまうので、まあ、アレだわな。
ともかく、これは角川春樹がイメージする「カッコイイ男」を映像化した作品だ。そして結果的には、「かっこいいことは、なんてかっこ悪いんだろう」という言葉がピッタリの作品に仕上がった。
「今の時代から見ると、まるでイケてない」ということではない。時代の変化に関わらず、「カッコ付けてる奴の恥ずかしさ」がビンビンに伝わって来る映画だ。
あと、やたらと草刈のヌード、それも尻を角川春樹は撮りたがっている。

最終戦、晶夫はヘアピンで転倒するが、それでも優勝する。
後続を大きく引き離してトップに立っていたわけでもないレーサーが、18周を過ぎたところで転倒し、そこからリスタートして優勝するなんてことは、実際には有り得ない。
せめてレース序盤に転倒し、そして「怪我によるダメージで苦しみながらも猛追し、死をも恐れぬ異常な走りで次々に前のライダーたちを追い抜き、最終ラップでトップに追い付く」というぐらいのレース展開であれば、まだ何とかなったかもしれない。
だが、転倒のダメージは無く、ローズマリー・バトラーの主題歌『汚れた英雄(Riding high)』が流れる中、あっさりと追い付くので、興奮も何もあったもんじゃない。

最終戦が終わり、晶夫が緒方ファミリーと別れた後、画面下には世界選手権ロードレースにエントリーした彼の戦績がスクロール表示される。
「第1戦フランスGP リタイア」からずっと続き、「第5戦イタリアGP 2位」「第6戦オランダTT 1位」と来て、「第7戦ベルギーGP」で、結果が表示されずにスクロールが終了する。
そして画面が暗くなり、真ん中に「7月2日午後3時11分 スパ・フランコルシャンサーキットにて北野晶夫 死亡」と出る。「だから何?」と言いたくなる。
ただテロップだけでそんなことを処理されても、まるで心に響くものは無いよ。これが実在の人物であれば、また印象は違っていたかもしれんけど。

(観賞日:2013年7月31日)

 

*ポンコツ映画愛護協会