『夜明けの街で』:2011、日本

大手建設会社の事業本部設計部に勤務する中年社員の渡部和也は、親友の新谷とバッティングセンターへ出掛けた。新谷は「知ってるか。俺たちは既に男ではない。亭主とか父親とか、そういうモノに変わったんだ。世間から見れば、ただのオヤジ。男ですらない」と語る。「どうしたんだ、急に」と渡部が訊くと、ゲージにいる若い女性を指して「例えば、ここに立ついい女がいる。しかもこんな夜中に一人で来てるなんて曰くありげだ。昔の俺なら7:3で落とせる。でも今は違う。この距離で眺めてるだけで充分だ。俺たちの人生には、もう心ときめく出会いなんて残されていないんだよ」と自虐気味に語った。
ゲージにいた女性が苛立ってバットを放り投げ、出て来ようとする時に、渡部は目が合って会釈する。彼女は先週、会社に入って来たばかりの派遣社員・仲西秋葉だった。渡部は秋葉とろくに話もしたことが無かったが、新谷がカラオケに誘うと彼女は付いて来た。しかし新谷は自分が誘ったくせに「女の酔っ払いは嫌いだ」と渡部に言い、さっさと帰ってしまう。渡部は泥酔した秋葉をマンションまで送り届けるハメになる。しかし秋葉は辿り着く前に嘔吐し、渡部の上着を汚してしまう。彼女は「最低」と漏らし、その上着を持ったまま走り去ってしまった。
翌日、渡部が出社すると、秋葉から「お話したいことがあります。本日会社が終わった後、少し付き合って頂けませんか」というメールが届いた。渡部が書店で待っていると、彼女が現れて「付いて来てください」と言う。秋葉は渡部を車に乗せ、「多大なご迷惑をお掛けしました。お詫びの印を行動で示したいと思います」と言う。「まさか」と考える渡部だが、彼女が案内した先はテーラーだった。秋葉は「ジャケットを作ってもらうことにしたんです」と言い、上着を洗ったら縮んでしまったので処分したと説明する。
秋葉が「これで私の不始末の代償にさせて頂きたいと思います」とすました顔で言うので、渡部はバカにすんなよ」と声を荒げて店を出る。追い掛けて来た秋葉が「何が気に入らないんですか」と訊くので、渡部は「何なんだよ、君のやり方は」と怒鳴る。秋葉が「どうすればいいんですか。私なりに必死に考えて」と納得できない様子を示したので、渡部は「どうすればいいのか、ホントに分からないのか。ごめんなさいって、なんで素直に謝らないんだ。人に迷惑を掛けたら謝る。簡単なことだろ」と説教した。
秋葉が急に泣き出して「簡単にごめんなさいって言えれば、私、こんなに苦しくない」と言うので、渡部は狼狽した。秋葉は冷静な態度に戻り、「失礼しました。では、これからどうしましよう」と口にした。渡部は彼女をレストランへ連れて行き、一緒にディナーを取る。秋葉のサーフィンが趣味だと知り、渡部は「前からやってみたいと思ってたんだ」と言う。彼女に「じゃあ行きますか、サーフィン」と誘われ、渡部は「行くよ、行きたいなら」と答える。
楽しい時間を過ごして別れた後、渡部は秋葉とメールでやり取りを交わした。浮かれた気分で帰宅した彼は、妻の有美子から「今日、何食べたの」と問われ、「ああ、いつもの居酒屋」と答える。有美子は全く疑う様子を見せない。机に小さなサンタ人形があるのを渡部が見つけると、幼い娘・園美が嬉しそうに走って来る。渡部が有美子に「まだ9月だぞ」と言うと、彼女は「あっという間よ」と告げ、娘にクリスマス楽しみだねえ」と娘に問い掛ける。園美は「うん」と元気よく返事した。
翌日、渡部は社食で部長から「業績を上げろと言われたって」と愚痴られる。だが、別のテーブルで設計部の女子社員たちが「どこからが不倫か」という話をしているので、気になって仕方が無い。そこに来た男性社員の里村祐二は、「やっぱりセックスするかしないかでしょう」と言っている。秋葉は先輩OLの田口真穂から「中西さんは他の男に目が向くような男は言語道断か」と言われ、「いいえ。基本的に家庭を第一に考える人であれば、他の方との食事やデートぐらいは許してあげようと思う」と返答した。「あれ、この前と違う」と先輩OLが言うと、彼女は「ええ、少し考え方が変わったんです、ある人と出会って」と口にした。
渡部は秋葉から「今度の日曜日、湘南に行きます。一緒に行きますか?それとも逃げますか?」とメールを受け、「行くに決まってる」と返信した。渡部は有美子に「ゴルフ練習場へ行って、新宿辺りで飲んで来る」と嘘をつき、家を出た。しかし生憎の雨で、サーフィンは諦めて戻ることにした。秋葉が「ごめんなさい。あの日、渡部さんが傍にいてくれて、ホントに良かったと感謝しています」と言うので、渡部は戸惑いつつ、「何、急に素直になって謝っちゃってんだ」と軽く告げる。
秋葉は「ごめんなさいって便利な言葉ですよね。これを口にさえすれば大抵のことは許してもらえる。だから嫌なんです。簡単に口にしたくないんです」と言った後、「来年の3月31日が来れば、ちゃんと素直に生きられるようになるかも」と漏らす。「それは君の誕生日か何か?」と渡部が尋ねると、「そんなフワフワした、楽しいことじゃないんです。忘れて下さい」と彼女は言う。渡部が「時間ある?せっかくだから、少し飲みに行かないか」と持ち掛けると、秋葉は喜んで承知した。
渡部と秋葉は、バー「蜂の巣」へ赴いた。ママの浜崎妙子は、秋葉の叔母だった。秋葉に「渡部さんの家族のことを訊いてもいいですか」と問われ、渡部は「話すことが無いほど平凡なんだ。専業主婦の妻がいて、4歳になる娘がいて」と答える。秋葉に「そちらではなくて、渡部さんの産まれた家族」と言われ、彼は「ああ、そっちも平凡だ」と告げる。「皆さん、お幸せですか」という質問に、「まあ、普通の幸せだからな」と彼は答えた。
渡部が「で、君は?どんな家に育ったの」と問い掛けると、秋葉は「そんな家庭に育ったから、普通の家庭を作れるのかな。渡部さん、羨ましいな」と寂しそうに漏らした。渡部は、彼女をタクシーで横浜の実家まで送る。彼が去ろうとすると、資料を取りに来た秋葉の父・達彦が車から降りて来た。渡部は秋葉から紹介され、彼に挨拶する。秋葉の父に対する態度には、明らかに冷たいものがあった。
達彦が車で去った後、秋葉は秋葉に招かれて屋敷に上がった。秋葉は彼に「父は私が何をしようと、誰を家に入れようと、何も言わない人なんです」と告げ、「人殺しがあった家なんですよ、ここ。だから、なかなか買い手が付かなくて」と語る。それからテーブルに寝そべり、「ここでこんな風に、ナイフで胸を一突き」と言う。渡部が帰ろうとすると、秋葉は「ダメ、一人にしないで」と強引に引き留める。不安がってすがりつく秋葉と、渡部は肉体関係を持った。
翌朝、渡部が携帯電話をチェックすると、有美子から何度も留守電が入っていた。彼が帰宅すると、有美子は怒ることも無く、「もう、飲みすぎて終電逃がした?」と言う。特に疑念を抱いている様子も無い妻に、渡部は「そうなんだ、気が付いたら終点の千葉。そのままカプセルホテルに泊まってさ」と誤魔化した。渡部は「調子に乗るなよ」と自分に言い聞かせるが、秋葉との密会を重ねた。
ある日、渡部が会社で仕事をしていると、有美子から電話が入った。渡部は園美が熱を出したと聞き、「分かった、すぐ帰る」と告げる。彼は秋葉にメールで事情を説明し、帰宅して娘を優しく寝かし付ける。寝室で秋葉にメールを打とうとしていると有美子が来たので、彼は慌てて携帯を隠した。渡部は妻から求められ、セックスをした。翌日、出社すると秋葉が休んでいた。メールを送っても返信が無い。心配になった渡部は、仕事を抜け出して横浜の邸宅へ赴いた。
渡部が仲西邸に入ると、泥酔した秋葉が倒れていた。渡部は胸を撫で下ろし、「昨日のこと、まだ怒ってるのか」と訊く。秋葉は「まさか、そんな非常識な女に見える?でも心配して、こんな所まで来てくれたんだから、ちょっと嬉しいかなあ」と抱き付く。渡部は彼女の腕を振りほどき、「ちゃんと話してくれよ、この家で起きたこと」と尋ねる。すると秋葉は「全部聞く覚悟、出来てるの?どうする?」と、真剣な眼差しで確認した。
15年前、達彦の秘書だった本条麗子が遺体となって発見された。ナイフで胸を刺されており、部屋中の指紋は全て拭き取られていた。犯人に繋がる手掛かりはゼロ。第一発見者は秋葉だった。強盗殺人の線で捜査が行われたが、犯人は未だに見つかっていない。来年の3月31日に時効を迎える。秋葉は渡部に「彼女はただの秘書じゃなかったの。秘書兼愛人。それが原因で母は自殺したの。だから麗子さんには天罰が下った。そうでしょ」と語り、涙をこぼす。渡部が歩み寄って涙を拭くと、秋葉は「私にも、天罰が下るかもね」と告げた。
渡部は新谷に「彼女は孤独なんだ。いつも一緒にいてあげられないなら、せめてイヴの夜ぐらい一緒にいてやりたい」と言い、力を貸してくれと頼んだ。新谷が「目を覚ませよ。家族があるじゃないか。男に戻って舞い上がっているお前に、いい言葉を教えてやる。運命の女なんて、この世には存在しないんだ。どんな事情があるのかと知らんが、やめておけ。覚悟してるってわけじゃないんだろ、有美子さんと離婚する覚悟が無ければ、イヴに愛人と会おうなんて軽率なことは出来ないんだよ」と諭しても、渡部の考えは変わらなかった。渡部が「もうお前には頼まんよ」と言うので、仕方なく新谷は協力することにした。
イヴの日、渡部は新谷から有美子に「恩師の通夜がある」と嘘の電話を掛けてもらう。彼は妻と娘にプレゼントを渡してから外出し、予約しておいたホテルで秋葉と一夜を過ごした。翌朝、目を覚ますと秋葉は既にホテルを発っており、「明日から休暇を取って、友達が住んでいるバンクーバーでお正月を過ごします」という置き手紙が残されていた。渡部は年末年始の期間を、家族と共に過ごした。
年が明けてからバー「蜂の巣」へ出掛けた渡部は、妙子に「色々と辛いことがあったみたいですね、秋葉さんには。彼女が遺体を発見したそうですね」と言う。妙子は「そう。遺体を発見して倒れた。でも未だに犯人が見つからないなんて、麗子さんの魂も浮かばれないわね」と語る。渡部は彼女に、秋葉から達彦と麗子の不倫を聞かされたことを話す。すると妙子は小さく笑い、「秋葉ったら、そんなこと言って、わざと自分を疑えって言ってるみたい。貴方を試してるのよ。仮に私が殺人者だとしても、私を愛せますかって」と述べた。
休みが終わって出社した渡部は、秋葉からのメールを確認し、彼女の顔を見て嬉しくなる。新谷からの「のぼせ上がるな。家族は家族、愛人は愛人」という忠告を思い出す渡部だが、里村が秋葉に好意を寄せていると知り、心穏やかではいられなくなる。彼は秋葉から、2月14日に越後湯沢へ会社の独身グループでスノボに行くと聞かされる。「里村も一緒に行くのか」と気にする渡部に、秋葉は「まあ、里村さんとは自由恋愛だから。貴方とは不自由恋愛」と悪戯っぽく告げる。
渡部が「君がこの関係に負担を感じているなら」と口にすると、秋葉は「感じているなら、どうするの?」と問い掛ける。渡部が黙り込むと、秋葉は「答えを出すのはいつも私の方ってわけ。そういうことね」と静かに告げる。渡部は有美子から、2月14日に膝の悪い母が手術をするので、新潟に帰郷してもいいかと問われる。渡部が「じゃあ俺も行こっかな」と口にすると、有美子は「きっとお父さんも喜ぶ」と嬉しそうに告げた。
2月14日、渡部は家族で妻の実家へ出掛け、「今夜、ナイターゲレンデで落ち合おう。会いに行くから」と秋葉にメールを送った。渡部は妻に「ちょっと滑って来る」と嘘をつき、スキー場へ出掛ける。秋葉は「どうして急にこんな所まで来たのよ」と眉をひそめるが、渡部は「君に不自由な思いをさせていることは良く分かってる。でも会えて良かった」とキスをした。秋葉はスノボ行きを断ったことを明かす。しかし渡部からのメールを読んで、新幹線に飛び乗ったのだという。
「だって私がバレンタインに一人でいるって知ったら、貴方、また気にするでしょ。もっと長く一人だった時もあるんだから」という秋葉の言葉を聞いた渡部は、バンクーバー行きも嘘だったことを悟り、彼女を強く抱き締めた。後日、達彦から呼び出された渡部は、「貴方は秋葉との今後について、どうお考えですか。一時の戯れですか。結論は早く出した方が、傷は浅くて済みます」と告げられた。
東京に戻った渡部は秋葉のことで新谷と会い、「折を見て有美子にはちゃんと話そうと思う」と、離婚を決意したことを明かす。「彼女と真剣に向き合うためには、俺にだって払うべき犠牲がある」と語る渡部に、新谷は厳しい口調で「一人で勝手にいい気になるな。お前が向き合っているのは自分が家族を失う辛さに耐えられるかどうか、それだけだろ。家族がお前に何をした?さとみちゃんはどうなる。お前は現実を分かってない」と諭す。「結局、みんなが不幸になる。お前にその覚悟があるのか。一緒に暮らしてきた家族を不幸にする覚悟があるのか」と、新谷は渡部を問い詰めた。
渡部は自宅アパートの前で引き返し、秋葉と会って情事にふけった。そして彼は、「君と結婚したいと思ってる。全てをきちんとするまで待ってほしい」と話す。渡部が強い覚悟を示すと、秋葉は「貴方と一緒ならどんなことだって耐えていける」と涙ぐんで喜ぶ。しかし「奥さんに打ち明けるのはもう少し待って。3月31日にならないと、私は何も決められないから。その日は朝まで一緒にいてね。約束よ」と頼む。渡部は「分かった、約束する」と答えた…。

監督は若松節朗、原作は東野圭吾「夜明けの街で」(角川文庫)、脚本は川崎いづみ、製作は椎名保&阿佐美弘恭、エグゼクティブプロデューサーは井上伸一郎、企画は池田宏之、プロデューサーは土川勉&鈴木光&岡田和則&坂本忠久、撮影は蔦井孝洋、照明は高橋幸司、美術は和田洋、録音は柿澤潔、編集は新井孝夫、音楽は住友紀人、音楽プロデューサーは長崎行男。
エンディング「声にできない」(English ver.)久保田利伸 作詞・作曲:久保田利伸、編曲:柿崎洋一郎、英語詞:arvin homa aya。
出演は岸谷五朗、深田恭子、木村多江、中村雅俊、萬田久子、石黒賢、田中健、東幹久、黄川田将也、松田沙紀、高橋かおり、吉永淳、栗本有規、高頭祐樹、伊原侑蔵、宮下修司、柊子、サカモトワカコ、西田聖志郎、田村禎史、二階堂修、金井駿司、小川智弘、国分優理、山口幸、上田香織、湯川あき子ら。


東野圭吾の同名小説を基にした作品。
渡部を岸谷五朗、秋葉を深田恭子、有美子を木村多江、達彦を中村雅俊、妙子を萬田久子、新谷を石黒賢、部長を田中健、テーラーの店長を東幹久、里村を黄川田将也、真穂を松田沙紀、麗子を高橋かおり、高校時代の秋葉を吉永淳が演じている。
監督は『ホワイトアウト』『沈まぬ太陽』の若松節朗、脚本は『キラー・ヴァージンロード』の川崎いづみ。

冒頭、岸谷五朗と深田恭子のベッドシーンが描かれる。
時系列を組み替えてまで、そのシーンを最初に配置しているわけだ。
ってことは、そこで観客の気持ちを引き付けたいという意識があるんだろうと推測できる。
だが、そのベッドシーン、2人はスッポリと布団を被っており、リアリティーも無ければ、エロティックな要素も皆無。
まるで安い2時間サスペンスかと思うようなシーンになっている。

その冒頭シーンだけで、「ああ、この映画は駄作だな」と私は確信した。
そりゃあフカキョンだから、濃厚な絡みとか、激しい濡れ場とか、そういうモノが全く期待できないことぐらい最初から分かり切っている。
ただ、それにしてもヌルすぎるでしょ、そのベッドシーン。
で、そんなヌルいベッドシーンしか用意できないのなら、なんで冒頭に持って来たのかと。
濡れ場を映画の売りにしているのならともかく、そうじゃないんだからさ。
っていうか、売りにしていて、そんなヌルさだったら、恥ずかしすぎるよな。

あと、「まるで安い2時間サスペンス」と前述したけど、サスペンスの要素はからっきしだ。
原作が東野圭吾の小説なんだから、たぶんミステリーやサスペンスの要素は盛り込まれていたはずだ。ところが、そういうモノを映画化の際にバッサリと削ぎ落としてしまったのか、単なる不倫劇になっている。
で、それでも不倫劇として面白ければいいけど、不倫劇としてもショッパい出来栄え。
そもそも、不倫劇だけで引っ張ろうとするには、不倫相手がフカキョンでは厳しい。
実生活では多くの男との浮名を流している人だし、エロティックな魅力もある人だとは思うのよ。
ただし女優としては、不倫劇におけるファム・ファタール的な魔力を感じさせるモノが弱い。

それと序盤、2人の演技も演出のテイストも、かなりユーモラスな匂いが強くて、「これってロマンティック・コメディーなのか?」と思ってしまうぐらいなんだよね。
シリアスな不倫劇に発展していくような匂いは微塵も感じられない。
岸谷五朗と深田恭子の2人だったらシリアスな恋愛劇よりも、コミカルなモノの方が似合いそうだし。
でも実際はシリアスな不倫劇になるわけで、にも関わらずコメディー的な滑り出しにしている狙いが良く分からない。
そんなワケの分からんミスリードは要らないでしょ。
それはミステリーとしてのミスリードじゃないし。

そもそも、「渡部が秋葉と恋におちたら不倫関係になる」ということを最初に明示していない段階で、構成としていかがなものかと。
新谷が「俺たちは既に男ではない。亭主とか父親とか、そういうモノに変わったんだ」と言っているから妻子持ちという推測は出来るけど、秋葉と個人的に知り合う以前に、家庭人としての渡部の様子を示しておくべきだろう。
つまり、妻や娘を登場させておくべきでしょ。
そこを後回しにすることのメリットは何も見当たらないし。
先に「妻と娘がいて、家庭が不和にあるわけではなく、妻は美しくて従順で、何の不満も無く、幸せで満ち足りた生活を送っている」ということを示しておくべきではないのか。

それと、渡部って設定としては、不倫する奴なんてバカだと思っているキャラなんでしょ。
それにしては、最初から「いつでもチャンスがあれば不倫しそうな奴」にしか見えないんだよな。
自分から秋葉をレストランのティナーに誘っているし、「こんなに楽しかった食事、久しぶりです。良かったら、また今度」というメールに対して、「僕も本当に楽しかった」と返信しており、次の食事(実質的にはデートと言ってもいいだろう)に対しても全く迷いが無く、むしろ積極的だ。
返信して、浮かれた様子を見せている。

湘南へ行く時も、妻には嘘をつき、娘は無邪気に「行ってらっしゃい」と見送ってくれるのに、渡部は秋葉と遊びに出掛けるということに対して、渡部は全く心の痛みを感じていない。
ノリノリなのだ。
渡部が不倫に対して心のストッパーを働かせようとしたり、妻や娘に対する罪悪感で苦悩したり、そういうことが無いと、感情移入することも難しいでしょ。
それに、それが無くてノリノリだと、シリアスな不倫劇になっていく匂いは、ますます弱くなるし。

渡部が秋葉と肉体関係を持ってからシリアスになっていくのかというと、それも無い。
それ以降も、何となくユーモラスな雰囲気が漂っている。
特に、BGMが何となくユルいムードを醸し出すんだよな。
それならそれで、いっそコメディーとして描いてくれればいいのに、徹底してコミカルなテイストになっているわけでもない。
「ホントはもっとシリアスにならなきゃいけないはずなのに、中途半端に緩んでいる」というだけになっている。

社食での女子社員たちの不倫談義の最中、急に場所が居酒屋に変化し、「旦那さんが浮気したら、即離婚?」と問われた秋葉が冷淡な口調で「殺します」と答える映像が入る。
それは渡部の妄想ということなのかと思ったが、社食に戻って「そっか、中西さんは他の男に目が向くような男は言語道断か」というセリフが入るので、実際に秋葉が言っているのね。
だったら、なぜ場所を居酒屋に移しているのか。
と思ったら、「あれ、この前と違う」というセリフもあるので、以前にその面子で居酒屋へ行った時の会話ってことなのか。
分かりにくいわ。
そんな分かりにくい形にしておく意味がどこにあるのか。
例えば、その場で真穂に「確か、前に〜って言ってたよね」言わせてもいいし、あるいは「あれっ、前と違う」という部分を完全に無くしてもいいし、やり方は幾らでもあったはず。

秋葉は実家に渡部を招き入れた時に「ここで人殺しがあった」と話すけど、それがサスペンスに繋がっていない。
渡部はその言葉を全く気にしていないし、だから詳しく調べようともしていない。「ひょっとして俺が愛した女は人殺しかも」というところで緊迫感を煽るわけでもない。
で、泥酔した秋葉を発見した時に、「ちゃんと話してくれよ、この家で起きたこと」と言うけど、なんでそのタイミングで、そのことを尋ねるのか。そんなに気になっていたのか。そんな風には全く思えなかったぞ。
気になっていたのなら、それを質問する機会は幾らでもあったはずだ。
「秋葉が泥酔したのが事件に関連していると感じて質問した」ということなら筋は通るが、その場合、「なぜ秋葉が事件に関連して泥酔したと感じたのか」というところの疑問が生じてしまう。
そして、その疑問を解消する答えは、この映画には用意されていない。

秋葉が渡部に事件の詳細を語るのは、映画が始まってから50分ほど経過してから。
で、そこからは、さすがにサスペンスとしての色が強まってくるのかと思いきや、そうじゃないのね。
そこで明かされたことを、渡部は「秋葉が孤独を感じている事情」として消化しており、その事件について何かしらの疑念や不安を抱くようなことは全く無いのだ。
そのため、15年前の事件と不倫劇は少しも融合しないまま、どんどん物語が進む。
それも、不倫劇だけが一方的に進められていき、サスペンスは全く無視されている。
秋葉が事件の詳細を明かす手順は、「不倫劇からユルい部分を消す」というところで作用しているだけだ。

その後、渡部が妙子から「秋葉ったら、そんなこと言って、わざと自分を疑えって言ってるみたい。貴方を試してるのよ。仮に私が殺人者だとしても、私を愛せますかって」と言われるシーンがある。
渡部が自分からではなく周囲から示唆される形で、しかも随分と無理のある形ではあるが、ようやく渡部が秋葉を「ひょっとしたら犯人では」と疑うことの出来るチャンスが来る。
ところが、そんな言葉も渡部の耳には全く入らない。
渡部は「彼女が犯人であるはずがない」と否定するどころか、そもそも、そんな言葉を右から左へ受け流しており、まるで気にしちゃいないのだ。

秋葉が「奥さんに打ち明けるのはもう少し待って。3月31日にならないと、私は何も決められないから」と渡部に語るシーンは、本作品にミステリーやサスペンスの色を持ち込むための、最後のチャンスだと言ってもいい。
しかし、そこも渡部は完全にスルーしてしまう。
「なぜ3月31日まで待つ必要があるのか」というところで疑念を抱いたり、事件について調べたりするようなことは全く無い。

ぶっちゃけ、この内容だったら、15年前の事件に関するミステリー部分って全く要らないんじゃないかと思ってしまう。
「事件があった」という部分を残すとしても、「既に自殺だと分かっている」ということにしてしまえばいい。
終盤に「殺人ではなく自殺だった」と秋葉に明かされても、だから何なのかと。
そもそも事件に関して何のミステリーもサスペンスも発生していないんだから、そこの種明かしをされたところで、何の驚きも無いよ。

秋葉の2時間サスペンス的な告白によって、達彦と妙子が不倫していたこと、それを隠すために達彦が麗子を愛人にしたこと、秋葉が麗子を殺したと思い込んだ達彦と妙子が偽装工作を施したことが明らかにされる。
今まで麗子の遺書や事実について隠していた理由を、秋葉は「15年間、貴方たちを苦しめるためよ。自分たちの不倫のせいで娘を殺人者にしてしまった。これ以上の苦しみがある?これ以上の罰がある?」と話す。
だけど、自分たちの不倫のせいで麗子が自殺したとしても、それはそれで達彦と妙子にとっては苦しみになると思うんだけど。
それと、麗子を殺したと思われているのなら、むしろ苦しいのは秋葉なんじゃないの。

それと、「今まで苦しめばいい」と思っていたのなら、なぜ15年の時効を迎えた段階で秋葉は全てを打ち明けようと思ったのか。「時効が成立したら、秋葉が犯人だとしても罪は消えるからOKだと達彦と妙子は思うだろうから」という考えだったのか。
でも刑事罰に問われる可能性が消えても、それで達彦と妙子の罪悪感が消えるわけじゃないでしょ。
だったら、時効が成立した後も苦しめてやれば良かったじゃないか。
「3月31日になったら自分で決められるようになる」という秋葉の論理がサッパリ分からない。
あと、ラストが完全にホラーになっちゃってるのは、どういうつもりなのか。

(観賞日:2012年7月22日)


第8回(2011年度)蛇いちご賞

・女優賞:深田恭子
<*『夜明けの街で』『セカンドバージン』の2作での受賞>

 

*ポンコツ映画愛護協会