『野性の証明』:1978、日本

1980年5月、裏磐梯のフーバー米大使山荘で立て籠もり事件が発生した。ゲリラの数名は大使たちを人質に取り、平田首相の出頭を要求した。吉田県警本部長は自衛隊のライフル隊を接近させたが、ゲリラは報復として運転手を射殺した。ゲリラのリーダーは、0時までに返事が無ければフーバーを射殺すると予告した。打つ手が無い状況の中、吉田の元に野村総理府長官がやって来た。坂本防衛大臣は、平田首相に超法規的措置の決行を求めた。
既に坂本は、自衛隊特殊工作隊の味沢岳史や皆川たちを山荘の近くで待機させていた。連絡を受けた野村は、吉田に「0時3分に警察の決死隊を突っ込ませろ。その際、何があっても秘密にしろ。全ての責任は警察で取ってもらう」と告げた。特殊工作隊は山荘に突入し、ゲリラを皆殺しにして早々に撤収した。0時3分になって警察の決死隊が突入した時には、もう特殊工作隊は立ち去っていた。
特殊工作隊の任務は極秘事項とされており、その訓練は常に実戦が想定されている。ある時、東北で山岳合同訓練が行われ、隊員たちはヘリから秘境地帯に降下した。隊員は3日分の食料だけを持って単独で残され、所定の目的地まで到達することが要求される。一般住民との接触は禁じられている。越智美佐子という女性が山道を歩いていると、原生林の中から味沢が飛び出した。その異様な表情に恐怖した美佐子は、顔を引きつらせた。その後、麓の部落で大量虐殺事件が発生し、味沢は長井頼子という少女の父を斧で殺した。
宮野署の村長警部や北野刑事たちは、事件の捜査で部落に入った。住人13名の内、12名が死体となっていた。彼らは美佐子の死体も発見し、部落外から来て巻き込まれただろうと推測した。しばらくして、別の部落の納屋で頼子が発見された。村長たちから質問を受けた彼女は、青い服を着た男の人に連れて来られたことを証言する。しかし彼女は極度の恐怖で、事件に関する記憶を失っていた。唯一の身寄りが彼女を引き取ることになったが、貧乏で子だくさんのため、露骨に迷惑そうな表情を浮かべた。
1年後、東北の羽代市。羽代空港では民間航空機就航記念式典が行われ、大場総業会長・大場一成たちが出席した。その後のパーティーでは、溝口市長が和田陸将に大場を紹介する。さらに溝口は、大場の長女の婿で羽代ガス社長の森、次女の婿で羽代交通社長の中井、三女の婿で羽代新報社長の島岡を紹介する。最後に彼は、大場の末っ子である成明を紹介した。成明は学校を卒業したばかりで、大場は自分の見習いをさせている。
同じ日、沼底から事故を起こした車が引き上げられ、羽代新報の記者である立山の死体が発見された。引き上げ現場に集まった面々の中には、立山の同僚である越智朋子や、除隊した味沢の姿もあった。羽代署の竹村課長は、運転者であるクラブ銀座のホステス・あけみの酔っ払い運転だと断定する。立山の死体からも大量のアルコールが検出された。しかし朋子は、事故死という判断に疑問を抱く。あけみの夫が中戸組幹部・井崎昭夫であることも、疑問を抱いた一つの理由だった。
あけみの死体は発見されていないが、羽代署は捜査を続行しなかった。菱井生命の保険外交員として働く味沢は、井崎と契約を交わしたばかりだった。その契約から、まだ10日も経っていなかった。氷川支店長や戸川主任から責任を追及された味沢はクラブ銀座を訪れ、ホステス・ひろみにあけみのことを尋ねる。すると中戸組の組員たちが来て彼女に暴行を加え、味沢に「余計なことに首を突っ込むな」と脅しを掛けた。
暴走族「星雲塾」のリーダーを務める成明は、仲間と共に夜道でバイクを暴走させた。彼らが朋子を捕まえて襲い掛かろうとしていると、通り掛かった味沢が助けに入った。成明たちが殴り付けても、味沢は無抵抗だった。しかし彼は何度殴られても、その度に立ち上がった。怖くなった成明たちは、その場から逃走した。翌日、味沢の見舞いに訪れる朋子を、北野が尾行していた。朋子が部屋に行くと、頼子が姿を見せた。「味沢さんの娘さん?」という問い掛けに、彼女はうなずいた。
味沢は軽傷で、もう普通に生活していた。窓の方を見ていた朋子は、急に「誰かいる。ドアの向こうにいる」と言う。朋子がドアを開ける前に、外で張り込んでいた北野は逃げ出した。宮野署に戻った北野は、頼子が元自衛官の元で引き取られていること、その男を美佐子の妹である朋子が訪ねたことを村長警部に報告した。北野は、美佐子が朋子と間違えられて殺され、それを目撃したために部落の住民たちが皆殺しに遭ったのではないかと推理していた。
陸上自衛隊奥羽総監部。和田陸将と久我幕僚長は皆川を呼び、八戸の部隊から連絡があったことを教える。刑事が味沢の除隊理由について尋ねに来たというのだ。皆川は「要注意除隊者として、味沢には常に監視を付けています」と言う。久我は「即刻、処分したまえ。次の国会では国防省への昇格問題が取り上げられる。もし味沢が逮捕されでもしたら、我々の積年の悲願は水泡と化す」と述べた。
井崎は羽代署長の署名入りの通行証明を持参して菱井生命を訪れ、氷川支店長や戸川主任に保険金を支払うよう迫った。味沢は転落事故を起こした車を密かに調べ、プラスチック・コンクリートを発見した。彼が事故現場を調査していると、朋子がやって来た。彼女は、立川が飲めない酒を誰かに飲まされて殺害され、あけみは車に乗っていなかったのではないかという考えを語る。その2人が車に乗っていたというトラック運転手の目撃証言があるが、朋子は「羽代運輸のトラックでしょ。大場一族の会社よ」と吐き捨てる。
朋子は味沢に、「この羽代市は大場一族の独裁帝国なの。警察だって大場の言いなり。立川さんは、その不正を暴こうとしていた」と語る。それから彼女は味沢を連れて、羽代川の中堤防建設現場に赴いた。彼女は「あの河川敷は2年に1回ほど水に浸かる。それに目を付けた大場の経営する不動産会社がタダ同然で土地を買い占めた。その途端、中堤防の建設が認可された。立川さんは、その不正を暴こうとしていた」と説明した。
羽代川の近くに住む老女・松下きよの息子は、「詐欺だから土地を返せ」と運動していたが、行方不明になった。そのショックから、きよは気が触れてしまった。中堤防の建設現場では、プラスチック・コンクリートが使われていた。朋子は、堤防にあけみが埋められていると推測していた。井崎は組長の中戸多助に呼び出され、「あけみが沼とは別の場所で発見されたら、警察も黙っていることは出来ない。車を調べた奴がいる。脱会届を出せ」と告げられた。
北野は宮野署の月田署長から、捜査本部の解散を知らされる。大量虐殺事件の犯人が判明したのだ。犯人は頼子の父・孫一で、軟腐病によって気が触れたことによる犯行と断定された。北野は「その孫一は誰に殺されたんです?圧力が掛かったんですか。自衛隊特殊工作隊の味沢が、一般人を大量虐殺したことが明るみに出ると困るから」と激しく反発するが、捜査本部の解散は決定したことだった。
後日、味沢と一緒に歩いていた頼子は、急に「あのトラックがお父さんを殺す」と停車している羽代運輸のトラックを指差した。直後、そのトラックは味沢に向かって突っ込んで来た。味沢が間一髪で回避する様子を、張り込んでいた北野が目撃した。北野は羽代運輸に乗り込み、井崎に味沢を襲った理由を尋ねる。井崎がシラを切るので、北野は彼を引っ張ろうとする。だが、そこへ羽代署の刑事たちがて井崎を連行した。
北野は朋子と会い、「貴方を襲った暴走族が、味沢とグルとは考えられませんか。味沢が羽代に住み始めたのは、貴方が目当てらしいんですよ」と言う。さらに彼は、頼子が部落惨殺事件の生き残りであることを教え、「味沢が事件と関係あるのは間違いない。もしかすると犯人です」と話す。朋子の同僚・浦川隆は味沢に電話を入れ、彼と会った。浦川は、朋子の父が羽代新報のオーナーだったこと、一昨年の市長選で大場の傀儡候補に対抗して出馬したこと、妻ともども崖下へ車ごと転落して行方知れずになったことを話す。
浦川は朋子が両親の仇討ちに燃えて大場の不正を暴こうとしており、堤防を掘り起こしてあけみの死体を見つけようとしていることを語る。そして「そんなことをすれば立川の二の舞になる」と言い、味沢に彼女を助けるよう頼む。味沢は朋子の元を訪れ、堤防を掘り起こすつもりだから工事の日程表が欲しいと持ち掛けた。朋子は工事の青写真を持っていたが、自分も現場へ連れて行くことを要求した。
大雨の中、味沢と朋子は堤防を掘る。その様子を、北野が密かに観察していた。味沢と朋子はあけみの死体を発見するが、そこに銃を構えた井崎と手下たちが現れる。彼らは2人を始末しようとするが、北野が助けに入り、味沢も反撃に出た。死体の発見により、羽代署も動かざるを得なくなった。しかし大場の圧力により、嫉妬に狂った井崎の単独犯行ということになった。黒幕の存在を示唆する記事を執筆した朋子は、島岡に「今度こんな記事を書いたらクビだ」と激怒される。味沢は大場の圧力を受けた氷川から解雇を通告された。
大場は味沢を屋敷に呼び寄せ、自分の下で働かないかと持ち掛けた。味沢が黙っていると、中戸が「岩手県の刑事が君を狙ってるそうだね。何とかしてあげよう」と言う。大場は「長井頼子は元気かね。2、3日中に返事をくれ」と告げた。味沢は頼子の担任教師から、彼女の予知能力について聞かされる。味沢は「そういうものがあるのは自分も感じていました」と言う。担任教師は、たまに頼子が描くという奇妙な絵を見せた。そこに描かれた緑色の男の絵を見た味沢は、部落で孫一を殺した時の自分の姿ではないかと考える。
北野は頼子に近付き、「あの時に言っていた青い服の男というのは、今のお父さんじゃないのか」と詰め寄った。北野が執拗に追及していると、味沢の監視役である元同僚の渡会登が現れ、彼を殴り倒して追い払った。渡会は味沢に、北野の行動を知らせた。味沢は頼子を東京西南大学記憶障害研究室の古橋教授に診てもらう。古橋は味沢に、「彼女の未来予知能力は全て恐怖が引き金になっている。失われた記憶は戻りつつある。その奥底には貴方への憎しみが秘められている」と語った。
味沢は朋子から、菱井生命を不当解雇で訴えてほしいと依頼される。裁判にすれば、なぜ大場が圧力を掛けたのかが明らかになる。それによって、立川のことも河川敷の問題も洗いざらい法廷に持ち出すことが出来るというのが、彼女の考えだった。しかし味沢は「どうしても、やらなきゃならないことがあるんです」と告げて断った。味沢は朋子と共に頼子を連れて、あの部落を訪れた。頼子は部落のことを詳しく思い出す。だが、生家の前に来ると顔を強張らせ、拒絶反応を示して逃げ出した。彼女は、その場で気を失った。
味沢は朋子から「何を思い出させようとしたんです?」と訊かれ、「自分が、この子の父親を殺したんです。そして貴方の姉さんを」と答えた。そして彼は、1年前の出来事を語り始めた。美佐子は味沢を心配し、助けを呼ぶために部落へ向かった。そのせいで彼女は事件に巻き込まれた。味沢が部落にやって来ると、孫一が美佐子と住民たちを次々に惨殺していた。孫一が頼子を手に掛けようとしたところへ味沢が駆け付け、彼を斧で殺害した。
味沢が命令に背いて一般人と接触したため、皆川は厳しく叱責した。特殊工作隊の顧問である米軍のロバーツ大佐は、味沢を精神異常者とみなし、病院へ収容するよう求めた。しかし、皆川は「味沢は狂っていない。優秀な隊員です」と擁護し、それを拒否した。味沢は自分の殺人行為に責任を感じ、除隊を希望した。皆川は和田に「私が責任を持ちます」と言い、除隊の許可を求めた。和田は味沢に「君は3年前に八戸駐屯地で除隊し、その後は自衛隊と無関係で、部落にも行っていないんだ」と言い含め、除隊を認めた。
味沢は朋子に、「どんなに恨まれようが、記憶を取り戻させるのが、頼子にとって一番幸せなことなんです」と語る。朋子は浦川と会い、島岡の承認が出た後で記事を摩り替える協力を依頼した。浦川は印刷所へ赴き、大場総業の陰謀を暴く記事を印刷させる。しかし工員の連絡を受けた中戸組の連中が印刷所に乗り込み、新聞を全て燃やす。さらに成明が仲間を率いて朋子の家を襲撃し、彼女を始末した。朋子を守れなかった味沢は、頼子を連れて千葉の田舎へ逃げようとするが、大場の手下たちに見つかって連れ戻されてしまう…。

監督は佐藤純彌、原作は森村誠一(角川文庫版)、脚本は高田宏治、製作は角川春樹、プロデューサーは坂上順&遠藤雅也&サイモン・ツェー&松田文夫、撮影は姫田真佐久、美術は徳田博、録音は紅谷愃一、照明は熊谷秀夫、編集は鍋島惇、擬闘は伊藤浩市、テクニカル・アドバイザーは四方義朗、音楽監督・作曲は大野雄二、主題歌は町田義人、音楽監督補佐は鈴木清司。
出演は高倉健、中野良子、薬師丸ひろ子、夏木勲(夏八木勲)、三国連太郎、丹波哲郎、松方弘樹、田村高廣、北林谷栄、芦田伸介、ハナ肇、梅宮辰夫、舘ひろし、原田大二郎、佐藤オリエ、島かおり、絵沢萠子、寺田農、倉石功、三上真一郎、市川好朗、近藤洋介、夏夕介、角川春樹、ジョー山中、リチャード・アンダーソン、金子信雄、中丸忠雄、成田三樹夫、北村和夫、田中邦衛、大滝秀治、山本圭、鈴木瑞穂、江角英明、渡辺文雄、桑山正一、殿山泰司、谷村昌彦、江藤康夫、大山広樹、折口満男、鹿島研、金子盛勇、君塚正純、久保田鉄男、佐藤光夫、白熊正明、城野勝己、高橋利道、達純一、永井政春、丸山純二、森岡隆見、和田敏夫ら。
ナレーターは田口計。


森村誠一が『人間の証明』に続いて原作を担当し、佐藤純彌が監督を務めた角川映画。
『人間の証明』と同様、角川春樹の依頼を受けた森村が映画化を前提とした小説を執筆し、それを角川書店が映画化するという形を取ってメディアミックス展開が行われた。
味沢を高倉健、朋子&美佐子を中野良子、頼子を薬師丸ひろ子、北野を夏木勲(夏八木勲)、大場を三国連太郎、和田を丹波哲郎、皆川を松方弘樹、浦川を田村高廣、きよを北林谷栄、坂本を芦田伸介、村長をハナ肇、井崎を梅宮辰夫、成明を舘ひろしが演じている。

裁き切れないぐらいのメンツを揃えた豪華キャスト、話のまとまりやバランスよりも派手で見栄えのするシーンを優先するシナリオ、日本で有名だった外国人俳優の起用(今回はTVドラマ『600万ドルの男』と『地上最強の美女バイオニック・ジェミー』でオスカー・ゴールドマン役だったリチャード・アンダーソンを米軍のロバーツ大佐で起用)、作品の出来栄えに関わらず後になってからも高く評価される主題歌(今回は町田義人の『戦士の休息』)、といった特徴が、『人間の証明』から受け継がれている。
ちなみに『人間の証明』では、『オール・ザ・キングスメン』でオスカー俳優になったブロデリック・クロフォード、『暴力脱獄』や『大空港』などのジョージ・ケネディー、TVドラマ『コンバット!』のリック・ジェイソンが起用され、ジョー山中の歌った主題歌『人間の証明のテーマ』がヒットした。
1980年に公開された『復活の日』では、『ロミオとジュリエット』のオリヴィア・ハッセー、『華麗なるヒコーキ野郎』『地獄のバスターズ』のボー・スヴェンソン、『ポケット一杯の幸福』のグレン・フォードなどが出演し、ジャニス・イアンが主題歌『ユー・アー・ラヴ』を歌った。

中野良子が朋子&美佐子の二役を演じているのだが、美佐子が死んだ時に朋子が遺体の確認で画面に登場しちゃうのは、「そんなに簡単に登場させちゃうのか」と感じる。
そんな風にあっさりと「朋子&美佐子が瓜二つ」というのを見せちゃうのなら、二役を演じさせている意味が薄いんじゃないかと。
「味沢が朋子と遭遇し、美佐子と瓜二つなので驚く」というシーンを用意して、そこで初めて観客にも朋子の姿を見せてサプライズ効果を狙うってのが筋じゃないかと思うんだが。

味沢が成明たちに何度殴られても立ち上がり、相手が怯んで逃げ出すというシーンがあるのだが、そこは本来なら味沢の凄みが伝わってくるべきなのに、そういうのが全く感じられない。
ここは単に味沢のタフネスだけを見せるのでは、不充分だと思うんだよね。
「本気で味沢が手を出したら、お前ら皆殺しだぜ」という類の凄みが欲しいのよ。その目に一瞬でも「野獣」が見えないし。
まあ野性を失っているという設定みたいだから、仕方が無いのかもしれんけどさ。

1年前の部落虐殺事件と、それ以降の物語が、上手く繋がっていない。
羽代市に舞台が移ってからの話は、「主人公が独裁帝国を築く巨悪と対峙する中で、失っていた野性を取り戻す」というのが大枠だ。
だから極端に言えば、1年前のシーンは「戦闘マシーンだった主人公が何らかの出来事をきっかけにして野性を失う、あるいは放棄する」ということさえ描かれていれば事足りるわけである。
そういう観点からすると、「虐殺事件の真相は別にあるのでは」というところの謎を用意し、それを引っ張る必要は無い。事件と関わりのある頼子と朋子は、別にいなくても構わない。
とは言え、ミステリーを引っ張ったり、その2人の存在を持ち込んだりしたら絶対にダメというわけではない。持ち込むなら持ち込むで、後の展開に上手く繋げてくれればいい。
でも、そこが上手く機能していないんだな。

部落の虐殺事件に関しては、北野が「犯人は孫一ではなく味沢ではないか」「狙われたのは朋子と間違えられた美佐子で、それを目撃したから部落の人々は殺されたのではないか」と考え、その推理に基づいて動いている。
だけど、虐殺事件の犯人はホントに孫一だし、軟腐病でキチガイになって暴れたのも事実なのだ。
味沢は、その狂った孫一を始末しただけに過ぎない。軟腐病に関しても、大場総業は全く関与していない。
つまり虐殺事件は、大場総業とは何の関係も無いのだ。

虐殺事件に絡んで、味沢は朋子の姉を巻き込んでしまい、頼子の父親を殺害している。
つまり2人の女に迷惑を掛けており、だから頼子を引き取り、朋子を守ろうとしている。
ただ、そこは1人で充分じゃないかなあ。頼子に関しては、大場総業の陰謀とは全く絡まないし、予知能力の発動に関しても、上手く処理できているとは言い難い。
頼子の予知能力によって大場総業の陰謀が暴かれるとか、味沢が大場に追い込まれた危機で予知能力が助けになるとか、そういうことも無い。その能力は、あまり役立っていない。

味沢は朋子を守るために羽代へ来たのだが、守ることが出来ていない。朋子が成明たちの襲撃を受けた時、それに彼は全く気付いていない。
そして朋子が殺されても、怒りに燃えて大場総業へ殴り込むようなことはなく、頼子を連れて身を隠そうとする。
そうなると、朋子の死が、ほとんど「無駄死に」と化している。
彼女が無残に殺されても、味沢の心情や行動には、まるで影響を与えていないのだから。

そもそも、この主人公に、高倉健はミスマッチじゃないかと思うんだよなあ。
彼は任侠映画で多くのヤクザを斬ってきたけど、必ず仁義を守る、心優しき常識人だった。殴り込みを掛けてヤクザを斬りまくっても、そこに「野獣」はいなかった。
この映画でも、身を守ったり、女を守ったりするために戦っているけれど、そこには優しさや人間らしさが強く見えすぎてしまう。
それがあったらダメとは言わんが、復讐の鬼としての激しい情念とか、狂気とか、そういうモノも、もっと欲しい。
北野が特殊工作隊と味沢について「どっちもキチガイだ」と言っているけど、味沢はキチガイになっていない。

終盤に入ると、味沢の戦う相手が、大場総業から特殊工作隊へと急に摩り替わる。
一応、前半から自衛隊が味沢を監視しているという設定には触れているので、全く伏線が無かったわけではないが、違和感は否めない。
朋子を殺したのも、味沢を始末しようとしたのも大場一味なんだから、どう考えたって、クライマックスで戦い、倒すべき相手はそこでしょ。
大場は自衛隊と癒着しているから、特殊工作隊とも全くの無縁というわけじゃないけど、特殊工作隊が味沢を始末しようとする目的は、大場とは何の関係も無いことだからね。
むしろ、味沢が大場一味を倒すために派手に戦って、その後始末を特殊工作隊がやるとか、どちらかと言えば協力するような形にした方が、関わり方としては、まだスムーズじゃないかと思うぐらいだ。

(観賞日:2013年1月14日)

 

*ポンコツ映画愛護協会