『闇の狩人』:1979、日本
十代将軍家治の時代。天下の政道は賄賂と利権で左右された。それによる秩序の崩壊は、「闇の狩人」と呼ばれる恐るべき暗黒組織を誕生させた。雨の夜、谷川弥太郎が長屋でお咲と寝ていると、河津の弥市が戸を叩いた。弥太郎は浮世絵を顔に巻いて鼻から下を隠し、弥市が漕ぐ小舟で橋の下に着いた。弥市は彼に、前の駕籠を狙うよう指示した。弥太郎は竹を削り、橋に来た駕籠を下から突き刺した。橋に飛び出した彼は護衛の男を斬り、駕籠に乗っていた白金の徳蔵を始末した。弥太郎が落ちた提灯を眺めていると、後ろの駕籠に乗っていた五名の清右衛門が話し掛けた。護衛の男が立ち上がって弥太郎に襲い掛かると、五名が殺害した。
五名は闇のかくれ家である船宿亀仙へ弥太郎を連れて行き、連絡係で女将のおもんに紹介した。彼はおもんに、今後は自分のために働いてくれる男だと弥太郎のことを説明した。宿の奥には弥市がいて、おもんは五名が弥太郎を気に入ったことを伝えた。徳蔵が死亡したことにより、闇の世界は五名と芝の治平による天下分け目の正念場となっていた。弥市が「今夜で片が付く」と言うと、おもんは甘く考えないよう忠告した。
弥市はおもんを小舟に誘い、肉体関係を持った。五名と治平は「介添人は一人だけ」という約定を取り決め、芝居小屋の二階で対面した。今後の話し合いという名目であり、五名の介添人は弥太郎、治平は妾のお蓮を伴っていた。弥市は五名を裏切り、治平に付いていた。五名が余裕を見せて治平を挑発すると、弥太郎は刀を抜いて首筋に突き付けた。お蓮は弥市とおもんが裏切ったことを五名に教え、高笑いを浮かべた。しかし弥太郎は治平を斬り、五名はお蓮を始末しようとするが逃げられた。
弥市とおもんは闇のかくれ家である走馬燈屋に連行され、五名の子分である半場の助五郎や日野の左喜松、五寸の寅松たちに包囲された。詰問を受けた弥市は勝ち誇った態度を取り、五名が既に殺されていると言い放った。そこへ五名が現れ、弥市とおもんを掟通りに処分するよう助五郎たちに命じた。五名はおりはの部屋へ行き、彼女を抱いた。助五郎は弥市たちを始末し、寅松はおもんを川辺へ連れ出して沈むよう要求した。おもんは彼を誘惑し、隙を見て殺害した。川辺の小舟で寝ていた浪人の嘉助は、その様子を目撃した。
闇のかくれ家、浮世風呂の一の湯を助五郎が営んでいると、岡っ引きがやって来た。岡っ引きが些細なことで助五郎に憤慨して詰め寄ると、二階から金が落とされた。首席老中の田沼意次は強大な権力を誇っており、屋敷には賄賂を持ち込む者が行列を作った。田沼の懐刀である下国左門は、蝦夷地取締差配に就任させる約定を彼と交わしていた。しかし田沼は左門が取り潰された蝦夷北前藩の再興を狙っている疑念を抱いており、その約定を守らなかった。彼は藩主の一族が根絶やしとなるまで、闇の市中取締を続けるよう命じた。
五名は弥太郎を助五郎に預け、一の湯の二階で住まわせていた。助五郎は一緒に暮らすお咲のことを、全く覚えていなかった。しかしお咲は「思い出せない方がいい。アンタが昔を思い出すのが怖い」と言い、いつまでも五名と一緒にいたら恐ろしいことになると告げた。五名は左門から、北前藩の再興を目指す家臣の残党狩りを依頼されていた。左門は北前藩江戸留守居役だったが藩の取り潰しを画策し、田沼の懐刀になっていた。
五名は左門から北前藩残党の首謀者である元家老の蛎崎将監の印象について問われ、無能な男だと評した。左門は藩の命運が尽きたと確信して取り潰しを画策したこと、自らの力で蝦夷を切り開く夢があることを語った。彼は一緒に蝦夷へ来ないかと五名を誘い、考えるよう促した。嘉助はおもんと関係を持ち、長屋で一緒に暮らし始めた。助五郎は弥太郎に前金を渡し、残党狩りの仕事を指示した。相手が大勢なので死を覚悟した弥太郎は、自分帰らなければ金はお咲に渡してほしいと頼んだ。
蛎崎は側近の筧軍兵衛と同胞を隠れ家に集め、会合を開いた。家臣たちは藩の再興に燃えていたが、将監は最初から不可能だと言い放った。彼は自分たちの目的について、左門の代わりに田沼に取り入ることだと述べた。嘉助が居酒屋で酒を買って帰ろうとすると、弥太郎がやって来た。弥太郎の顔を見た嘉助は、かつて会っていることを思い出した。弥太郎が駕籠の人物を襲った時、嘉助は近くで腰を抜かしていた。弥太郎は居酒屋を飛び出し、蛎崎一味に襲い掛かった。一人の男が「平三郎。杉岡だ」と呼び掛けても、彼は無視して斬り捨てた。弥太郎は次々に残党を斬るが、蛎崎や筧には逃げられた。
お蓮はお咲を芝居小屋に呼び出し、弥太郎に本気で惚れたのではないかと詰問した。お咲は裏切りを否定し、お蓮は治平一味としての掟を守るよう釘を刺した。一の湯に戻ったお咲は、弥太郎が自分のために金を残すつもりだったと知って感激した。お蓮は手下2人に、弥太郎を襲わせた。弥太郎は深手を負いながらも2人を倒すが、彼を助けようとしたお咲は命を落とした。お蓮は弥太郎を殺そうとするが、そこへ助五郎が戻って来た。お蓮は助五郎と格闘し、その場から逃亡した。
助五郎は弥太郎を走馬燈屋の地下部屋へ運び、おりはが手当てを買って出た。おりはは弥太郎の顔を見て驚き、名前を聞いて困惑した。嘉助は北前藩の提灯持ちだった頃に仕えていた左門を呼び出し、国元で左門を殺そうとして誤って自分の父を殺した笹尾平三郎が残党狩りの犯人だと教えた。さらに彼は、五名に恨みのある女と所帯を持っていることを話した。左門は始末しようと目論むが、嘉助は平三郎の父である善左衛門の遺言を聞いていると明かす。彼は亀仙の船着き場を情報交換の場にすると告げ、その場を去った。
お蓮は写楽の松という男に自分を抱かせて有り金を渡し、五名の殺害を依頼した。おりはは夫である弥太郎に記憶を取り戻してもらうため、道中記や鈴を見せた。何か知っているのかと問われた彼女は弥太郎に本名を教え、浅草の般若院へ行けば全て分かると告げた。その会話を、五名は全て盗み聞きしていた。彼は闇のかくれ家である染善で左門と会い、「笹尾平三郎は生かしておけない」と告げられた。五名は平三郎が夫婦で江戸へ向かう途中、左門の家来に襲われて行方不明になっていることを知っていた。
北前藩主には脇腹がおり、そのお守り役を善左衛門が務めていた。善左衛門は脇腹を跡継ぎに据えて藩の断絶を食い止めようと考え、田沼への取り成しを左門に要請した。左門は何とか説き伏せ、駕籠に乗せて帰らせた。すると提灯の家紋で左門と間違えて刺客の平三郎が駕籠を襲い、善左衛門を斬ったのだ。左門は五名に、染善まで弥太郎を連れて来るよう要求した。左門はおりはへの未練もあり、少し考えて返答すると告げた…。監督は五社英雄、製作は佐藤正之&岸本吟一&杉崎重美、原作は池波正太郎(新潮社・刊)、脚本は北沢直人、撮影は酒井忠、美術は西岡善信、録音は大橋鉄矢、照明は大西美津男、編集は諏訪三千男、音楽は佐藤勝。
出演は仲代達矢、原田芳雄、千葉真一、岸恵子(岸惠子)、いしだあゆみ、丹波哲郎、東野英治郎、藤田まこと、夏木勲(夏八木勲)、松尾嘉代、神崎愛、梅宮辰夫、ハナ肇、大滝秀治、加藤嘉、室田日出男、成田三樹夫、東八郎、隆大介、スマイリー小原、役所広司、矢野宣、佐藤京一、北城寿太郎、早川純一、御道由紀子、有田美和子、朝日奈れい花、隈本吉成、水島彩子、尾型伸之介、酒巻輝男、都家歌六、御影伸介、水野善行、南郷成吉、笠原英揮、若林哲行、久保田薫ら。
ナレーションは細川俊之。
池波正太郎の同名小説を基にした作品。
監督は前年の『雲霧仁左衛門』に続いて池波作品を手掛けることになった五社英雄。
脚本も同じく『雲霧仁左衛門』の池上金男(後の池宮彰一郎)だが、今回は「北沢直人」という変名を使っている。
その理由は、原作を無視して壊した『雲霧仁左衛門』に不満を覚えた池波正太郎が、松竹に脚本家の交代を要求したから。
松竹としては池上金男を続投させたかったので、変名で別人に見せ掛けたのだ。五名を仲代達矢、弥太郎を原田芳雄、左門を千葉真一、おもんを岸恵子(岸惠子)、おりはをいしだあゆみ、嘉助を藤田まこと、松を夏木勲(夏八木勲)、お蓮を松尾嘉代、お咲を神崎愛、弥市を梅宮辰夫、五郎をハナ肇、治平を大滝秀治、善左衛門を加藤嘉、左喜松を室田日出男、寅松を成田三樹夫が演じている。
首席老中の田沼意次を丹波哲郎、般若院住職の招巌を東野英治郎が演じている。
仲代達矢は『雲霧仁左衛門』に続いての主演で、丹波哲郎、夏木勲、梅宮辰夫、成田三樹夫らも続投している。オープニングから女性のオッパイが出ているし、芝居小屋では女性がオッパイを晒して踊っている。今回も浮世風呂のシーンがあり、そこでエキストラ女優たちのオッパイを晒している。
そうやってエロ方面の演出がある一方、岸恵子やいしだあゆみは濡れ場でも当然のことながら全く脱がない。
その辺りは前作と全く同じだ。
前作に引き続いてエログロ方面の飾りは付けようとしているが、前作に引き続いて中途半端に終わっている。弥太郎は浮世絵を顔に巻いて殺しの場へ赴くが、顔を隠したいのなら、そんな簡単に外れるような物は避けた方がいいだろ。しかも雨の夜だから、濡れて外れちゃう恐れもあるだろ。
「浮世絵で顔を隠す」という姿を見せたかったんだろうけど、大して引き付ける力も無いし。
あと、どうせ橋に飛び出して刀で標的を斬るなら、橋の下から竹で突き刺す必要も無いだろ。最初から駕籠を襲えばいいだろ。
っていうか後ろの駕籠に五名が乗っていて護衛もいるんだから、そいつらで襲ってもいいだろうし。何しろ五名は簡単に徳蔵の護衛を始末するように、のっけから戦闘能力の高さを見せているんだし。弥市は徳蔵を始末する仕事は弥太郎に指示して五名に紹介しているくせに、その後の治平との話し合いでは裏切っている。でも、そんな彼の考えがサッパリ分からない。
どうせ裏切るつもりなら、橋のシーンで弥太郎に五名を始末させても良かっただろ。五名は完全に油断しているはずだし。
あと芝居小屋のシーンで、弥太郎が刀を五名に突き付ける意味は全く無いよね。だって弥太郎は清右衛門を裏切っておらず、最初から治平を斬るつもりなんだから。
その手順は観客を欺くためだけのモノであり、それが不細工な形で浮き上がっている。『雲霧仁左衛門』でもそうだったが、「観客が原作を知っている」ってのを前提にして、映画を作っているように感じる。土台作りを放棄して、いきなり上物の破壊から始めているような脚本なのだ。
あるいは基本を飛ばして応用から、あるいは直球を投げずに変化球ばかりと表現してもいいだろうか。
この作品なら、まずは「五名はこういう人物」「闇の狩人はこういう仕事をしている」「五名の組織はこういう連中の集まり」という初期状態を描いて、そこから話を展開させていくのがオーソドックスなやり方だろう。
でも実際には、いきなり闇の狩人同士の勢力争いから始まり、いきなり五名一味の内輪揉めが描かれる。
それは意外性でも何でもなく、ただ単に間違っているとしか思えない。弥市が弥太郎を救った過去については、「川で倒れていた弥太郎に弥市が肩を貸す」というシーンが回想としてチラッと映るだけなので、原作を知らないと事情が良く分からない。
弥太郎が記憶を失っていることなんて、原作を読んでいないと伝わらないんじゃないか。
あと、弥太郎が弥市に命を救ってもらったのに、平気で裏切る理由はサッパリ分からない。
そして弥市は前半であっさりと殺されてしまい、彼が弥太郎の命の恩人という設定は完全に死んでしまう。弥太郎は嘉助のいる居酒屋に現れた時、まずは酒を飲む。だが、すぐに着物の両袖を強く引っ張って破り捨て、店に吊るしてあった紙を巻いて長細くする。それを頭に巻いて外へ飛び出し、残党狩りに向かう。
でも、そういう一連の行動は、全てバカバカしいだけだ。袖が邪魔だと思うなら、家で切っておけばいい。鉢巻きに関しては、ホントに全くの無意味。
あと、今回は顔を隠さないのね。
そんで隠れ家に着くとダッシュして障子を何枚も突き破るけど、これも無駄な労力で、普通に開けた方がいい。そんなデカい音を立てたら、敵に準備の時間を与えるし。
っていうか、もう少し敵に近い場所から入ることは出来なかったのかよ。残党狩りのシーンでは腕や足が切断され、血が飛び散る。でも残酷描写としては中途半端。
最初の一撃で腕が切断され、「刀が天井に突き刺さり、切断された腕が宙に浮かんだ状態になる」という絵になった時点では、ここからグロテスクなチャンバラが展開していくのかと思った。でも実際には、血が飛び散る描写もヌルいし、それ以降の戦いだと残虐描写は見られなくなるし。
五社英雄としては、「とにかく既存の時代劇とは違う時代劇を作る」という意識が強かったんだろう。
だけど、そういう感覚で持ち込まれた数々の趣向が、ことごとく空回りしている。五名の配下は大勢いるのに、殺しの仕事を担当するのは弥太郎だけ。他の連中が何をやっているのか、ほとんど分からない。残党狩りのシーンでは何か見張っているような動きはあるけど、それが弥太郎の仕事に役立っている印象は皆無だし。
そのため、弥太郎を除く面々は基本的にデクノボーにしか見えない。そいつらも上手く使えば、もっとアクションシーンを面白くすることは出来ただろうに。
弥太郎が一の湯でお蓮の手下2人に襲われるシーンは、五社英雄が得意とする女闘美の変化形と言ってもいいだろう。
でも動きがモタモタしているからアクションとしてのキレは皆無だし、エロ方面での面白さを強調しているわけでもない。見せ場としての力は、全く無い。映画の冒頭で弥太郎が登場し、五名の配下になる。そして命の恩人である弥市を裏切り、五名に付く。
そんな入り方をするのだから、この両名の関係が物語の軸になるのだろうと思った。ところが、五名と弥太郎が絡むシーンは、ほとんど無い。そして北前藩を巡る過去の話や、左門の陰謀が大きく扱われる展開に入っていく。
五名はおりはを愛人にしているんだし、弥太郎を冷徹に切り捨てて左門に引き渡すのかと思った。ところが彼は弥太郎が記憶を取り戻したと知って喜び、おりはと共に何とか助けてやろうとするのだ。
でも、そこまで五名が弥太郎を特別扱いする理由がサッパリ分からない。終盤は戦いと死が続くが、雑多な戦いと意味の乏しい死を適当に並べているだけに感じる。物語の流れを考えた時、締まりが悪い。
松は金で雇われて五名を襲うだけであり、初対面で何の因縁も無い戦いで死ぬ。弥太郎とおりはは、北前藩のゴタゴタと何の関係も無いトコで命を落とす。
最後は五名と左門のタイマンだが、左門が弥太郎とおりはを殺したわけではないので仇討ちには当たらず、意味が見えない対決になっている。仲代達矢と千葉真一のチャンバラなのに、そんなに盛り上がらないし。
五社監督って情念渦巻く女闘美は得意だけど、純粋なアクションは不得意なんじゃないかな。(観賞日:2023年10月2日)