『盲獣VS一寸法師』:2001、日本

ある美術館で、一人の男が浅草レビュー「ムーランルージュ」の女王・水木蘭子をモデルした彫像を撫で回していた。そこに現れた蘭子は 不快感を催し、「やめて、警備員を呼ぶわよ」と鋭く告げる。すると男は「御心配は要りませんよ。幾ら顔を近付けても見えません」と サングラスを外し、自分が盲目であることを明かした。彼は不気味な薄笑いで歩み寄り、握手を求めてきた。蘭子は怖くなって、その場 から逃げ出した。
蘭子は劇場で弟子の君子と話していると、豪華な花束が届く。送り主は名前を名乗らなかったという。蘭子のレビューを見に来た三文作家 の小林紋三は、彼女に一瞥もくれない男性客が気になった。それは美術館の男だった。劇場を出て公園で休んでいた紋三は、一寸法師を 目撃した。気になって尾行してみると、一寸法師は持っていた何かを落としたまま立ち去った。紋三が近付くと、それは女の生腕だった。 紋三は一寸法師の後を追うが、養源寺まで来たところで見失った。
蘭子は恋人の元を訪ねるため、ハイヤーに乗り込んだ。案内されたのは見知らぬ邸宅で、盲目の少女が蘭子を案内した。どんでん返しの 仕掛けによって、蘭子は薄暗がりの部屋に閉じ込められた。明かりが付くと、壁には人体の一部を模した彫刻が無数に飾り付けられていた 。蘭子は気を失った。翌朝、新聞を開いた紋三は、浅草の近辺で溝の中から風呂敷に包んだ女の片足が発見されたという記事を見た。紋三 は、一寸法師との関連を疑った。
紋三は養源寺を訪れるが、誰もいなかった。近所にある煙草屋の老婆に尋ねると、養源寺には和尚しかおらず、小人など見たことが無いと いう。煙草屋を後にした紋三は、知人である山野百合枝夫人と遭遇した。百合枝は紋三に、彼の友人である探偵・明智小五郎を紹介して ほしいと頼んできた。百合枝の義理の娘・三千子が家出したため、困っているのだという。紋三は明智に会い、詳しく話そうとする。だが 、明智は「家出人の捜索なんかには向いてないんだ」と言い、依頼を断った。
明智は紋三に「ここへ来るのが30分ほど遅かったな」と告げ、夕刊を見せる。そこには「水木蘭子が行方不明」という記事があった。明智 は、その事件に興味を持っているのだという。紋三は彼に頭を下げ、「僕の願いを受けてくれたまえ」と頼む。明智は百合枝に会い、事件 の詳細を確認する。三千子の寝室は4階にあり、出入り口は1つだけだ。出入り口のすぐ前には山野夫婦の部屋があり、外に出れば必ず 分かるはずだ。しかし、夫婦が気付かない内に、彼女の姿が消えたのだという。
明智は使用人に聞き込みを行い、清掃夫が普段とは違う間隔で訪れたという情報を得た。すぐに明智は、清掃夫がゴミ箱の中に三千子を 隠したのではないかと推理した。一方、蘭子は「恋人になってください。そして結婚するんだ」という盲目の男の声に、「誰かアンタ なんかと。アンタは目くらのけだもの、盲獣よ」と罵声を浴びせた。盲獣は蘭子に襲い掛かった。蘭子は激しく抵抗した。
お化け屋敷の人形を見ていた客は、その腕が本物だと気付いた。人々が慌てる様子を、離れた場所から一寸法師が眺めていた。その腕には 、三千子が付けていたというルビーの指輪が嵌められていた。その騒動を百合枝に知らせた明智は、「僕の直感では、人目にさらした人間 は真犯人ではない。そういう手段によって、別の本当の犯人を脅迫しているのです」と語る。そこへ、また別の腕が送られてきた。その腕 を見た百合枝は気を失った。
百合枝が外出すると、女中の雪子が密かに尾行した。神社にやって来た百合枝は、一寸法師から「私の言ったことは嘘じゃないでしょう。 私の願いを聞いてくれるね」と求められる。「もうダメですわ。きっとすっかり分かってしまいます。明智さんは底の底まで見通している ようで」と百合枝が言うと、一寸法師は「明智がどんなに捜したって、三千子さんの死体のありかは分かりっこないんだからね。私さえ 怒らせなければいいんだ。付き合ってもらうよ」と脅した。
雪子は明智の助手に声を掛けられた。一寸法師は百合枝を、ある部屋に連れ込んだ。そこへ紋三が乗り込むと、誰もいなかった。蘭子は 盲獣と睦まじくするようになっていた。彼女は「こんな楽しい世界を目の見える人々に教えてあげたい」と考えるほど、盲目世界に陶酔 していた。明智は紋三に、「およその犯人の目処は付いてるさ」と言う。紋三が「まさか百合枝だと思っているんじゃないだろうね」と 言うと、明智は「疑う根拠はたくさんある」と言葉を返した。
明智は「三千子は運転手の蕗屋と自堕落な関係があり、それも女中の小松の恋人だったのを奪い取ったというスキャンダラスな娘」と紋三 に述べた。「それを言うなら小松の方が動機はあるが」と意見する紋三に、明智は「君は百合枝夫人を庇っているようだが、犯人じゃない という根拠はあるのか。むしろ疑わしいことの方が多いわけだ。夫人は得体のしれない男と密会している。それでも事件と関係ないと 言えるのか?その密会のことを知っているんじゃないのか」と語る。紋三は「なんで僕が」と誤魔化した。
盲目となった蘭子は、手錠を掛けられて盲獣と交わる。盲獣は「恋人のことを思って俺と肉の交わりをしているんだろう」と嫉妬心を示し 、鞭で打った。蘭子が「そうよ、その通りよ」と言うと、また盲獣は鞭で打つ。蘭子は彼の首を絞め、「感じる?」と嬉しそうに尋ねる。 盲獣に腹を突き刺された蘭子は、倒れ込んで死亡した。風船に結び付けられた人間の足が飛んで来るのを、近くにいた人々が発見した。 その夜、質屋に忍び込んだ女怪盗が、自らの腕を切断して逃亡する事件が発生した。
翌朝、女怪盗の新聞記事を読んでいた明智は、紋三から「この事件は百合枝婦人とは関係ないよね?」と問われて「おそらく」と返答した 。「ってことは、君が動きを待っているという、もう1つの事件か」と尋ねる紋三に、明智は「そうだと僕は確信してるんだ」と告げる。 それは蘭子の事件だ。紋三は「実は、あの前日、彼女を見ているんだ」と言う。明智は、彼女が既に死んでいると考えていた。
その夜も、また質屋で前日と同じ事件が起きた。その事件と蘭子の失踪の関連性を紋三から尋ねられた明智は、「そのことなら、蘭子とは 無関係だったという結論が出てるんだ。あれは質屋の主人に騙されたサンカの娘の抗議だったんだ」と説明した。紋三は明智に、一寸法師 が女の生腕を落としたのを目撃していたことを話す。一方、盲獣は三助となり、銭湯で働き始めていた。彼は一人の女を口説き落とし、 彫刻の部屋に連れ込んだ。盲獣は、彫刻の顔の一つが蘭子であることを明かす。それを見た女は失神した。
一寸法師が百合枝を脅していると、安川という人形師が現れた。安川は一寸法師の兄だった。一寸法師と2人になった彼は、「どうして 恩知らずな真似をする?山名様には、ワシらの家がどれだけ世話になったか知らんのか」と諌める。すると一寸法師は「生まれてこの方、 何でも我慢してやって来た。たまりかねて家を飛び出し、曲馬団に入った。世間体とか分際だとかが無い自由があるのかと思った」と言う 。曲馬団で彼は嘲笑の対象となり、苛めを受けた。彼は小屋に火を放ち、団員を焼き殺した。一寸法師は「俺はやりたいことをやって 生きていくんだ」と兄に言い放った。
翌朝、石膏に入れられた女の死体が発見された。明智は君子に会い、「新聞で騒がれている生腕事件、あれは水木蘭子さんの物らしいんだ 。協力してくれるね。彼女のことで、知っていることを何でも話してほしい」と頼んだ。君子は、彼氏に会うために呼んだ運転手が本来の 野田ではなく代理の人間だったことを話す。明智は野田に会い、買収した人物のことを尋ねる。明智は帝都ハイヤーの小川という運転手に 辿り着き、彼から得た情報で盲目少女のいる家へ赴く。さらに彼は、一寸法師が使ったトリックを紋三に教えた。明智は紋三は、一寸法師 が百合枝を連れ込んだ家に乗り込んだ…。

プロデューサー・監督・脚本・撮影は石井輝男、原作は江戸川乱歩、照明は野口素胖、録音は岩井澤健治、美術は鈴屋港&八木孝道、 特殊美術は原口智生、編集は矢口将樹&山下暁子、特殊効果は西村喜廣、人形制作は三原宏和&向井路子、挿絵は竹中英太郎、音楽は 藤野智香。
出演はリリー・フランキー、丹波哲郎、平山久能、リトル・フランキー、塚本晋也、藤田むつみ、橋本麗香、及川光博、しゅう、手塚眞、 園子温、中野貴雄、熊切和嘉、鳴門洋二、細野佑美子、薩摩剣八郎、壇上かおり、新恵みどり、廣瀬登子、菊地美恵子(田中美絵子)、 元藤Y子、吉田博明、ももか、パンチユーホー、BJ、松本朋子、弓家保則、ゴッホ今泉、ヴィヴィアン、アムリタ、我宮大凱、西川克哉 、地獄女史、マーガレット、アリア、山田真由美、上田和孝、高橋剛、岩畑雄一郎、伊藤誠之助、安藤健一郎、木村成宏、松本誠、 渡辺高行、原口和也、矢田部まり、平井聖子、山川多恵、下村健ら。


江戸川乱歩の小説『盲獣』『一寸法師』『踊る一寸法師』の3本を基にした作品。
紋三をリリー・フランキー、盲獣を平山久能、一寸法師をリトル・フランキー、明智を塚本晋也、蘭子を藤田むつみ、百合枝を橋本麗香が 演じており、蕗屋役で及川光博、紋三を口説く厚化粧のオカマ役でしゅうが友情出演している。
また、検事役で手塚眞、公園の酔っ払い役で園子温、レビューのドラッグクイーン・地獄女史役で中野貴雄、終盤に盲獣が乗る船の乗客役 で熊切和嘉が出演している。

石井輝男が『ねじ式』、『地獄』に続き、自ら設立した石井プロダクションで製作した映画である。
そして、これが彼の遺作となった。
2001年に完成し、第23回ぴあフィルムフェスティバルで上映された後、なかなか一般公開の目処が立たなかった。2004年になってスロー ラーナーが協力し、石井プロダクションと共同で配給した。
石井輝男の映画では、初めてデジタルビデオで撮影されている。石井輝男は今回、プロデューサー・監督・脚本だけでなく、撮影も担当 している。

石井プロダクションの映画なので、予算が無いのは見る前から分かっていたけど、それにしてもチープ。
まるで大学生の自主製作映画みたいなクオリティーだ。
その中では、舞台装置は頑張っている方で、たぶん特殊美術を担当した原口智生が自腹を切っているんじゃないだろうか。
それよりも、芝居の稚拙な役者がゾロゾロと出て来ることに困ってしまった。
特に橋本麗香の台詞は、完全に棒読み。

江戸川乱歩の『一寸法師』って、「一寸法師と養源寺の和尚が同一人物で、普段は義足を使って健常者のような恰好をしている男が、実は 小人だった」というところに衝撃があるはず。
だけど、本作品の場合、リトル・フランキーが健常者と同じ背格好の男を装っていても、小人であることがバレバレになっており、「一寸 法師が普段は健常者を装っている」という設定さえ忘れそうになる。
それと、一寸法師が健常者を装っているという設定自体、この映画だと、ほとんど意味が無いんだよな。

タイトルからすると、「おおっ、盲獣と一寸法師が対決するのか。どれほど猟奇的でクレイジーなバトルになるんだろう」と期待したく なる。
だけど、ふと冷静になってみれば、監督は石井輝男だ。
ってことは、期待するような内容には仕上がっていないんだろうなあと考え直し、いざ観賞してみると、「やっぱりな」という感じ だった。
っていうか、こっちの予想以上にヘロヘロな仕上がりだった。

盲獣と一寸法師は対決せず、それどころか2つの話が交わることさえ無い。盲獣と一寸法師の物語が交互に描かれ、並行して進んでいく。
そのせいで、流れがブツブツと途切れまくっている。
どこかで交わるのかと思ったら、最後まで全く交わらないままで終わる。2つの事件は、何の関係も無いのだ。
ひでえ手抜きだ。
っていうか詐欺だよな。
例えばさ、『ゴジラVSメカゴジラ』という映画で、「ゴジラが東京で暴れて人間に退治される」という話と、「メカゴジラが大阪で 暴れて人間に退治される」という話を交互に描く構成にしたら、どう考えたってアウトでしょ。
この映画は、そういうことを平気でやっているのよ。

で、2つの話を1つの作品に放り込んだことによって、尺が足りなくなり、どちらの話も説明不足・描写不足になっている。
例えば、蘭子が盲獣に激しく抵抗していたのに、『一寸法師』のパートを経て再び戻って来ると、もう彼を受け入れている。
「蘭子が変化する経緯が重要なんでしょうに。せめて気持ちが変化した瞬間ぐらいは描きなさいよ」と言いたくなる。
激しい抵抗から、あっという間に「盲目世界に陶酔」という状態にまで変化しているのよね。
描かれていないところで、何があったのかと。そこは肝心なトコのはずでしょ。
それは料理番組で味付けの工程をカットするようなモンだぞ。

他には、例えば明智が紋三に「三千子は運転手の蕗屋と自堕落な関係があり、それも女中の小松の恋人だったのを奪い取ったという スキャンダラスな娘」と語るシーンがあるが、そんな事実、いつの間に調べ上げたのか。
そんな大事なことも省略している。
蕗屋とか小松とか、どいつなのかも分からないし。
そんな風に色々と端折りすぎちゃって、観客が脳内補足しなきゃいけないことが多すぎる。

「女怪盗が自らの腕を切断して逃亡」という新聞記事が出るまで、その直前のシーンが何を描いているのか、サッパリ分からなかった。
そのシーン、カメラの手前には、家の土間らしき場所で指を動かしている手首がアップで写っており、それに近付いた男が縄を引っ掛けて 腕を引っ張るとスポッと抜けるという様子が描写される。
で、それを「女怪盗が自らの腕を切断して逃亡」とか言われても、「はあっ?」と思ってしまう。
だって、あの映像だと、土間に倒れている女がもがくように腕を動かしているか、もしくは土間から突き出した腕だけが動いているか、 そんな風に見えたのよ。
それを「切断して」と表現するのは変だし、そもそも、それが「女怪盗」だというのは、どこで分かったのか。
家族が女怪盗を見ているのであれば、腕に縄を掛けて引っ張るんじゃなくて、そいつを捕まえればいいのよ。

あと、そこで意味ありげに二晩連続で同じことを見せておいて、次のシーンですぐに「蘭子とは無関係」と明智が言っちゃう。
そんなに淡白に無関係であることが分かるなら、そのシーンは完全に無駄でしょ。
っていうか、「あれは質屋の主人に騙されたサンカの娘の抗議だったんだ」って、どういうことなのか詳しく教えてくれよ。
それが抗議だとして、本人が忍び込んで、その場で腕を切断したってことなのか。
切断した腕だけを土間に置いてあったわけじゃないよね。何しろ、指が動いていたもんな。
ワケが分からん。

終盤、明智は三千子殺しの真相について詳しく説明するが、彼が語る内容は、観客からすると「突拍子も無い推理」になっている。
なぜなら、そこまでに彼が聞き込み捜査をしたり事件に関連した場所を調べたりして、色々なヒントや情報を得て、それを組み立てている わけではないからだ。そこまでに、観客は何の情報も与えられていない。
「犯人は女中の小松」と言っておきながら、直後に「殺されたのは三千子ではなく小松」と言い出すとか、もうメチャクチャ。
そもそも犯人が小松と言われた時点で、既に付いて行けないし。
それに、蕗屋とか小松(実際は三千子だけど)って、そこで初めて登場するし。

とにかく全てがバラバラ&デタラメで、最後まで意識が集中できないままで終わってしまう。
そしてラスト近く、石井監督は紋三に「私は、盲獣とあの一寸法師は、互いの犯罪を新聞を通して知り、互いに対抗意識を持って殺人を 競い合ったように思えてならない。盲獣vs一寸法師、こんな考えは小説的すぎるだろうか」と言わせている。
だけど、それで『盲獣』パートと『一寸法師』パートを繋ぎ合わせているつもりなら、全く繋がってないからね。

(観賞日:2011年12月5日)

 

*ポンコツ映画愛護協会