『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』:2011、日本

都立程久保高校の2年生・川島みなみは、体が弱くて入院している親友・宮田夕紀の見舞いに訪れた。夕紀は野球部のマネージャーで、 夏合宿を控えたチームのことを気にしていた。夕紀は「あのチーム、何かきっかけがあれば、もっと強くなれる。甲子園にも行ける」と、 真っ直ぐな目をして告げた。みなみは夕紀の母・靖代から、「これまで頑張って来たのに、あの子、悔しいの」と聞かされた。
しかしチームは1回戦負けが続いており、部員たちは練習への意欲をすっかり無くしていた。サボっている者も多く、真面目に練習する 選手は少なかった。エースの浅野慶一郎もベンチに座っているだけで、ちゃんと練習しているのはキャッチャーの柏木次郎ぐらいだ。彼は 小学校の頃、みなみと一緒に少年野球をやっていた幼馴染だ。監督の加地誠も、サボっている選手を注意する気配さえ無かった。そんな ダラダラした練習風景を見て、みなみは呆れ果てた。
みなみは野球部のマネージャーになり、「私はこの野球部を甲子園に連れて行きたいんです」と言うが、部員たちは「無理、無理」と笑い 飛ばした。みなみは「彼の球ぐらい私にだって打てますよ」と、控え投手・新見大輔を指差す。慶一郎は面白がって「相手してやれ」と 言う。バッターボックスに立ったみなみは、新見が本気で投げたボールを空振りした。キャプテンの星出純は、「甘くみるな。俺たちを 本気で甲子園へ行かせたいなら、まずマネージャーの仕事を覚えてからだ」と冷たく告げた。
グラウンドを飛び出したみんなは、その足で書店へ赴いた。彼女は店主の保谷に声を掛け、「マネージャーになりたいんです。何か解説書 はありませんか」と尋ねた。会社でチーフマネージャーになったという女性客・五十嵐の応対をしていた保谷は勘違いし、ドラッカーの 『マネジメント』を差し出した。みなみは「世界中のマネージャーが、これを読んでいます」と言われて、その本を購入した。
みなみは帰宅して『マネジメント』を読み、それが会社マネジメントの本だと知った。しかし彼女は「マネージャーの資質」の項目を読み 、書かれている内容を高校野球に活用しようと考えた。みなみは野球部の定義を決めるため、夕紀に会って相談する。彼女は書店で補欠の 二階正義と遭遇した。企業経営者を目指している正義は、ドラッカーに詳しかった。みなみが「野球部の顧客って?」と尋ねると、正義は 「マネジメントと野球部のマネージャーは違うんだ」と言う。
そこへ保谷が現れ、「ドラッカーは言っていますよ。営利目的ではない組織にもマネジメントは当てはまるって。だから高校野球を マネジメントしたっていいんです」と語った。高校野球にとっての顧客について、彼と五十嵐は「高校野球に関わる人。保護者、学校、 野球部員など、高校野球に関わる全て」と定義した。「高校野球の顧客は何を求めてるの?」という疑問を抱いたみなみは、「感動を 与えること、つまり甲子園に行くこと」という答えに辿り着いた。
みなみは「次はマーケティング」と考えるが、正義以外の部員は誰も話してくれない。夕紀に相談すると、彼女は後輩マネージャーの 北条文乃について「文乃なんて、いったん仲良くすると、明るくてお喋りだよ」と言う。みなみが「じゃあ監督は」と尋ねると、彼女は 「コミュニケーション下手。あと部員を怖がってる」と話す。前の監督が部員に暴力を振るって学校を辞めさせられ、自分も真面目に指導 しすぎたらクビになるのではないかと怯えているらしい。
夕紀が「思い付いたんだけど。私になら、みんな思ってることを正直に言うよ」と提案し、みなみは彼女に部員たちと個人面談をして もらうことにした。ショートを守る1年生の桜井祐之助は、ずっと練習に来ていなかった。彼は夏の大会でエラーをしてしまい、それが きっかけで慶一郎が四球を連発した。その時、加地は慶一郎を交代させた。それ以来、慶一郎と加地は口を利いていない。祐之助から話を 聞いた夕紀は外出許可を貰い、学校へ出向くことにした。
夕紀は慶一郎と会い、彼がミスをカバーしてやろうと思って肩に力が入ってしまっただけで、祐之助のことは責めていないことを聞き出す 。加地に会うと、彼は良かれと思って慶一郎を交代させたことを語る。夕紀は直接の話し合いを求めるが、慶一郎も誠も、それは拒んだ。 秋季大会1回戦。これまで練習に全く顔を出していないメンバーもやって来た。純の旧友・小林がエースを務める桜森高校が対戦相手だ。 小林は純に声を掛け、「1回戦だから補欠を使う。最後だけは俺が投げる」と告げられた。
9回の表、程久保が1対1に追い付いたところで、小林がマウンドに立った。バッターボックスには純が入るが、内野ゴロに倒れた。その その裏。また祐之助がトンネルし、そこから慶一郎が四球を連発しまう。加地はベンチで「四球を出したくて出すピッチャーはいない」と 述べ、今度は慶一郎を交代させなかった。みなみは「そのことを、みんなに話してもらえませんか」と頼むが、加地は逡巡した。文乃が 「私も、みなみちゃんの言う通りだと思います」と頼むが、加地が言い出せないまま、押し出しの四球でチームは負けた。
試合後のミーティングで、次郎は「エラーだって誰にでもある。頭に来たからって、不貞腐れてチームを負けに追い込むなんて有り得ない 。第一、練習にもマトモに出ていないのに試合に投げるのがおかしい」と慶一郎を批判する。他の部員たちが同意して騒ぐ中、加地は 「四球を出したくて出すピッチャーなんていないんだ。慶一郎は精一杯やった。それは誰も責められない」と涙声で語る。彼はみんなに 「すまなかった」と頭を下げる。翌日から選手たちは、真面目に練習をするようになった。
みなみは文乃や加地と相談し、練習メニューに新チーム制を取り入れた。そうすることで、各自に責任感を持たせようという狙いだ。秋が 過ぎ、冬が去り、年が明けた。程久保野球部は、練習試合ではほとんど負けなくなった。だが、まだ甲子園出場のレベルに及ばないと、 みなみは考える。そこで彼女は、「イノベーション」を持ち込んで高校野球界の常識を変えようと考える。みなみは加地に、送りバントと ボール球を打たせる投球術を捨てるよう提案した。
みなみは加地と文乃に、一緒に作戦を考えるよう促した。加地と文乃は話し合い、ノーバント・ノーボール作戦を立てた。2人は部員たち に、「目標は、打撃においてはストライクとボールを見極めること、ピッチャーは全てストライクで勝負すること」と説明する。正義は みなみに「俺にも手伝わせてくれない。マネジメントのアイデアならあるんだ」と持ち掛けた。正義のアイデアで、陸上部と野球部の 合同練習が実施された。さらに家庭科部には料理の試食を申し入れ、詳細なレポートを出す代わりに、スタミナの無い大輔に栄養価の高い 料理を食べさせた。吹奏楽部とチアリーディング部には難易度の高い応援歌を依頼し、双方の部員たちが奮い立つようにした。
夕紀は見舞いに訪れた慶一郎に、「私、このまま病院で死んでいくの」と弱気な言葉を吐く。慶一郎は「バカ言うな。夕紀は退院して、 俺たちの所へ戻って来るんだ」と元気付けた。夏の大会まで残り1週間となった時、純が試合に集中するため、キャプテンを辞めることに なった。加地は新しいキャプテンに正義を指名し、部員たちは拍手を送った。みなみは夕紀の見舞いに訪れた「私、予感したんだ。野球部 は甲子園に行くよ。それまでに、また外出できるようになればいいね」と告げた。
夕紀が「もしも野球部が甲子園に行けなかったとしても、それはそれでいいと思ってるんだ。大切なのは結果ではないと思ってる。それ よりも甲子園に行くために、みんなが取り組んだ過程の方が大事だと思う」と語ると、みなみは「夕紀の言うことは分かるわ。でも私は 野球部のマネージャーとして、結果を大切に思わないわけにはいかないわ。私はマネージャーとして、野球部に成果を上げさせる責任が ある」と静かに言う。夏の予選が始まると、程久保高校野球部は快進撃を続け、ついに決勝戦まで辿り着いた…。

監督は田中誠、原作は岩崎夏海『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(ダイヤモンド社 刊) 、脚本は岩崎夏海&田中誠、製作は渡辺香、総合プロデュースは秋元康、エグゼクティブプロデューサーは濱名一哉&吉田正樹、企画 プロデューサーは森川真行、プロデューサーは大原真人&渡邊義行、アソシエイトプロデューサーは渡辺敬介&石塚清和、撮影は中山光一 、照明は市川徳充、録音は小原善哉、美術は小泉博康、編集は大永昌弘、スクリプターは吉田久美子、テクニカルプロデューサーは 大屋哲男、VFXスーパーバイザーは道木伸隆、音楽は服部隆之、音楽プロデューサーは溝口大悟。
主題歌「Everyday、カチューシャ」 歌:AKB48、作詞:秋元康、作曲・編曲:井上ヨシマサ。
挿入歌「Flower」歌:前田敦子、作詞:秋元康、作曲・編曲:若田部誠。
出演は前田敦子、大泉洋、瀬戸康史、峯岸みなみ、池松壮亮、川口春奈、石塚英彦、青木さやか、西田尚美、鈴木裕樹、西井幸人、 入江甚儀、矢野聖人、野村周平、松島庄汰、仲原舞、内田明、さいた☆まんぞう、信江勇、山本麻貴、神谷成基、蓮見孝之(TBS アナウンサー)、中村修三、アリ デ メネゼス、石田亮介、下田隼輝、木口健太、大西桂五、西村竜眞、斉田雅宏、朝妻徹、今田竜一、 渡辺涼太、大関史也、嶋崎宏樹、山下修吾、青木大徳、国見紘弥、池田洋介、片岸佑太、検崎亮、岩崎優ら。


元放送作家の岩崎夏海による同名のベストセラー小説を基にした作品。
監督は『うた魂(たま)♪』『コラソン de メロン』の田中誠。脚本は田中監督と原作者が共同で担当している。
みなみを前田敦子(AKB48)、加地を大泉洋、慶一郎を瀬戸康史、文乃を峯岸みなみ (AKB48)、次郎を池松壮亮、夕紀を川口春奈、保谷を石塚英彦、五十嵐を青木さやか、正義を鈴木裕樹、祐之助を西井幸人、純を 入江甚儀、文明を矢野聖人が演じている。

みなみは書店で正義と会った時に、いきなり「正義君」と下の名前で呼んでいる。
ってことは、マネージャーになった時に初めて会ったわけじゃないのか。前から知り合いだったのか。
そうじゃないと、そのフランクな呼び方は変だもんな。
文乃についても、1度会っただけなのに、みなみは夕紀との会話シーンで「文乃が?」と下の名前で呼び捨てにしている。
えらく馴れ馴れしい女なんだな。

みなみに保谷と五十嵐が「定義」について説明するシーンなど、明らかに漫画チックに演出しているのだが、そういう方向性が中途半端。
もっと「荒唐無稽なテイストのハウツー物」として、漫画チックを徹底した方が良かったんじゃないか。
だってさ、実際にドラッカーの『マネジメント』を使ったら、それまで1回戦負けだった高校野球部が1年後には甲子園に出られるぐらい 強くなるのかと考えた時に、まあ無理だろうなあと。
だったら、もう荒唐無稽に弾けるしか手は無いでしょ。

部員やチームが変化していく経緯は、ものすごく安易。
正義が「高校野球の最高の感動は甲子園だもんな。俺も甲子園に行きたい」などと言い出すのも、「そんなアホな」と呆れてしまう。
ただし、これは「安易だから」というところに問題があるんじゃなくて、もっと大げさに、漫画チックに演出していれば、強引に突破 できたんじゃないかという気もするのだ。
例えば保谷が熱血モードで演説をして、CGで炎か何か入れて、SEやBGMで過剰なぐらい盛り上げて、「正義の気持ちが燃え上がる」 というのを島本和彦チックに描いたりすれば、もう少し何とかなったんじゃないかと。

とにかく、1つ1つのミッションをクリアしていく経緯が、ものすごく浅薄なんだよな。
時間的に短くなってしまうのは、ある程度は仕方が無いとしても、だったら短い時間の中で、いかに盛り上げるかということを考えなく ちゃいけない。それなのに、むしろ平坦に、何の起伏も付けずに処理してしまう。
1つの課題をクリアしても、そこに喜びや満足感が感じられない。
そりゃあ甲子園に出られたわけじゃないから、まだ大きな達成感は要らないけど、「1つの課題をクリアした」というところで、何かしら のフックは必要でしょ。そこをツルッと滑っていっちゃダメでしょ。

タイトルが「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら(どうなるのか)」という風に疑問を提示する 形で、その答えが映画の中で示されている。
先に、その答えを簡単に書いておこう。
もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら、それは野球部が強くなる上で、何の役にも立たない。
野球部が強くなりたかったら、ドラッカーにカブれているようなマネージャーの指示は無視した方がいい。
それが答えである。
原作がどうなっているのは知らないが、少なくとも映画版において、程高の野球部が勝ち進む上で、ドラッカーは全くの無価値で ある。
この映画を見ている限り、「ドラッカーの『マネジメント』を読んだからこそ思い付いたアイデアによって、野球部が強くなった」 「ドラッカーの『マネジメント』を参考にして、普通の高校の野球部ではやっていない練習を取り入れたからこそチーム力が向上した」と いう現象は、一度たりとも発生していない。

みなみが『マネジメント』を読んで最初に参考にしたのが「ひたむきに頑張る」ということだが、そんなのは当たり前で、ドラッカーの本 など読まなくても分かることだ。
個人面談なんかも、ドラッカーは関係ない。
そして、みなみも全く役に立っていない。夕紀が自ら「私なら」と言い出しているし。そこは全て彼女のおかげでしょ。
加地が詫びを入れて慶一郎との関係が修復されるのも、部員たちが真面目に練習するようになるのも、みなみは別に何もやっちゃ いない。
ただ単に、加地が自分の意思で本当の気持ちを伝えただけだ。

チームでランニング練習をさせてタイムを競うとか、そんなのも別に珍しいことではない。良くあるような練習方法だ。
陸上部と野球部の合同練習とか、家庭科部に試食をさせてもらって部員に栄養を付けさせるとか、そういうのは正義のアイデアであって、 みなみは関与していない。
正義は様々なビジネス書を読んでいるみたいだから、『マネジメント』からヒントを得たのかどうか良く分からないし。

特に意外性のあるような練習方法や理論が持ち込まれることもなく、あっという間に野球部は、練習試合では負けないぐらいの強さに なってしまう。
もうねえ、なんて簡単なのかと。「高校野球ってチョロいよな」と思ってしまうぞ。
それを「ホントは有り得ないけど、まあバカバカしい喜劇ですからね」ということでやっているならともかく、マジなんだよな。
「ドラッカーを活用すれば、こんなに簡単にチームが変わり、短期間で急激に強くなれる」というのを、マジで描いちゃってるんだよな。

そもそもさ、これまで頑張ってくれていたマネージャーが病気で入院したのなら、部員たちは「彼女のために頑張ろう」って思えないかね 。
夕紀を嫌っていたのならともかく、戻って来たら大喜びで駆け寄るぐらい、部員たちは彼女のことを好きなんでしょ。
だったら、「彼女のためにも頑張ろう」と思えよ。
ぶっちゃけ、みなみがドラッカーの本を参考にして色々と指示するより、夕紀が「ちゃんと練習して。1つにまとまって」とお願いした方 が効果的なんじゃないかと。

「ドラッカーの理論に関するハウツー」という部分を抜きにして考えた場合、「最初は部員から冷たい目で見られていたヒロインが、 チーム改革を進める中で受け入れられていき、信頼関係が構築される」というドラマが描かれるべきだと思うんだけど、そういうのは全く 見えない。
最初に「俺たちを本気で甲子園へ行かせたいなら、まずマネージャーの仕事を覚えてからだ」と偉そうなことを言う純は、いつの間にか 彼女に対して冷たくすることは無くなっているし、だからって自分の態度を詫びるようなシーンも用意されていない。
他の部員たちにしても、バカにしていたみなみに心を開き、信頼するようになるという心情の変化は全く描かれていない。いつの間にか、 みなみは普通にマネージャーとして馴染んでいる。
ようやく後半に入って、2人だけが「お前は大した奴だよ」と言っている。
とにかくキャラクターの心理ってのが、チームを改革していく経緯においても、試合の中でも、ほとんど見えて来ないんだよな。

夏の大会に入ると、「ピンチで強打者を敬遠せずに勝負し、試合に勝つ」という展開があるが、それって「たまたま上手くいった」という だけだからね。
理論に基づいて「ピンチでも敬遠しない方が勝ちに繋がる」ということが証明されているわけではない。
あと、「打撃においてはストライクとボールを見極める」という目標を設定して練習してきたはずなのに、試合では思い切りボール球に手 を出しているし、ってことは、ちっとも実践できてないじゃん。
まあ、それ以前に、慶一郎の投球フォームが全く出来ていないけどね。

決勝を前にして「祐之助を控えに回すべき」と主張する正義に対し、みなみは反対する。それまでは「プロセスではなく結果」と言って いたのに、「負けたとしても、彼の成長を信じてプレーしてもらうことが程高野球部のためにマネージメントすることだと思う」とか 言い出す。
もうブレブレじゃん。
結局、みなみもドラッカーの『マネジメント』から外れて、精神論に傾いてしまうんだよな。
そんで決勝戦では、友人が死んだショックで逃げ出したみなみが「逃げちゃダメだ」と思い直して球場に向かうとか、「気合いたっぷりで 打席に立った次郎がホームランを打つ」とか、「飛んで来た打球が当たって慶一郎が右手の中指を負傷し、仲間を信頼した彼が自ら監督に 交代を申し出る」とか、「打つ気満々だった純だが、サードの守備位置を見てセーフティバントを決める」とか、もう理論はまるで関係が 無くなっており、情に訴えるような青春スポーツ映画になっている。
あと、ノーバント作戦も、そこに来て放棄しているし。

ラスト、桜森高校が敬遠の四球を選んだ後、控えに回されそうだった祐之助がサヨナラ打を放つってのも「たまたま上手くいった」という だけで、ドラッカーの理論の有効性が証明されたわけではない。
それに試合に入ると、みなみは何もやってないしね。
っていうか「高校野球の顧客は何を求めてるの?」という定義に戻るけど、「感動を与えること、つまり甲子園に行くこと」は変じゃ ないか。
感動を与えるためには、甲子園出場が全てじゃないでしょ。
負けたチームにも感動はあると思うぞ。

(観賞日:2012年1月8日)


第8回(2011年度)蛇いちご賞

・新人賞:前田敦子

 

*ポンコツ映画愛護協会