『味園ユニバース』:2015、日本

大森茂雄は1年半の刑期を終えて出所し、雇い主である「ヒューマンサービスエージェンシー」社長のタクヤと舎弟のショウが車で迎えに来た。タクヤは茂雄に礼を述べ、車から降ろした。茂雄が煙草とビールを買った直後、黒塗りのバンが現れて彼を拉致した。覆面で顔を隠したタクヤの一味は道路に茂雄を放り出し、金属バットで激しく殴り付けた。夜中に茂雄が意識を取り戻すと、ホームレスがツナギを盗んで靴も奪おうとしていた。茂雄が目覚めたため、ホームレスは靴を諦めて立ち去った。
翌朝、茂雄は公園で目を覚まし、恵美須夏祭りの会場にフラフラと歩いて行く。赤犬のメンバーがステージで演奏していると、茂雄は裏から迷い込んだ。彼はボーカルであるタカアキからマイクを奪い取り、いきなり和田アキ子の『古い日記』をアカペラで熱唱した。赤犬のマネージャーを務める佐藤カスミは、その歌唱力に圧倒される。茂雄は気を失って倒れ、カスミは実家のカラオケボックス兼音楽スタジオへ運び込んだ。
茂雄の傷を手当てした医師のマキコは、「記憶喪失かもしれんな」と口にした。実際、茂雄は自分の名前さえ覚えていなかった。カスミは「普段から歌ってへんかったら、あんな声出えへんはずや」と指摘するが、茂雄には何も分からなかった。カスミはマキコや赤犬の面々から、茂雄の世話を押し付けられた。彼女はマキコの紹介を受け、病院長の藤田に茂雄を診てもらう。マキコに惚れている藤田は茂雄を診察し、「逆行性健忘なので様子を見るしか無い」とカスミに説明した。
カスミは両親を亡くし、彼女のことを「シズエさん」と間違えて呼ぶ祖父の耕太郎と2人で暮らしている。カスミは茂雄に「ポチ男」と名付け、店を手伝わせる。彼女は警察署で捜索願いが出ているかどうか尋ねるが、第三者には教えられないと言われる。警察署にいた男が暴れて警官たちに取り押さえられる様子を目にした茂雄は、その場から逃げ出した。彼はカスミに、「分からんねん」と告げた。カスミは茂雄の好き嫌いや癖を書き留めるため、「ポチ男ノート」を用意した。彼女は「アイドルの影武者だった」という勝手なプロフィールを妄想し、そのノートに書き込んだ。
茂雄はカラオケボックスで仕事をしている最中、バンドが演奏する音を聴いて同じ歌を口ずさむ。少し聴いただけで普通に歌えることに、カスミは驚いた。翌週の3組合同ライブに向けてカスミと赤犬のメンバーが曲を決めていると、松葉杖姿のタカアキが現れた。タクシーに追突されて、全治2ヶ月の怪我を負ったのだ。代役のボーカルが必要になるが、カスミが「ポチ男でええやん」と言うとメンバーも同意した。試しにカラオケボックスで歌わせてみると、茂雄は知らない曲でも少し聴いただけで覚えた。
茂雄が赤犬のメンバーと練習を始めると、カスミはハーモニカをプレゼントする。茂雄が礼を述べると、彼女は「ウチの世界は4つだけで足りる。お爺、スタジオ、マキちゃん、赤犬。だから1本ずつ大切にしたいねん」と述べた。3組合同ライブの当日、茂雄と赤犬は新曲を披露した。続いて『古い日記』の演奏が始まり、茂雄が歌い出そうとする。その時、茂雄の耳に男性の歌声が聞こえて来た。一時的に動きが止まった茂雄だが、すぐ我に返って歌い始めた。
カスミは赤犬のメンバーを集め、2週間後に味園ユニバースでワンマンをやると宣言した。車で必要な道具を買いに出掛ける途中、茂雄はツナギを着ているホームレスを見つけた。車を降りた茂雄はホームレスに向かって走り、カスミも慌てて後を追う。茂雄はツナギを取り返し、胸に刺繍されている「オー・アイ・シー鉄工」という会社名を確認した直後に嘔吐した。次の日、カスミはオー・アイ・シー鉄工へ赴き、社長と会う。すると社長は、19歳の茂雄と飲み屋で出会ったこと、仕事を探しているというので雇ったことを話した。
社長はカスミに、茂雄が裏では刺青の入った連中とつるんでおり、傷害事件を起こして多大な迷惑を被ったのだと不快感たっぷりに語った。詳細を知りたがるカスミに、彼は「ここへ行ったら分かる」と茂雄の実家である豆腐店の住所を教えた。カスミが豆腐店へ行くと、茂雄の姉であるのり子と夫の利行が働いていた。カスミが茂雄について訊こうとすると、のり子は途端に険しい表情へと変貌した。彼女は「茂雄は死にました」と告げ、店を閉めてしまった。
カスミが立ち去ると利行が追い掛けて来て、「茂雄君に会ったら、渡して。荷物はこれだけやから」と袋を渡す。利行が去ろうとすると、カスミが引き留めて詳しい事情説明を要求した。利行は仕方なく、茂雄はクズのくせに歌が好きだったこと、父親が多額の借金を残して死んだことを話す。利行とのり子は渋々ながらも店を継いだが、茂雄が高校を卒業するまでという約束だった。しかし茂雄は約束を破り、店も子供も捨てて家を出た。そして茂雄の仲間は、レジの金を全て盗んで逃亡した。
カスミはネットで検索し、茂雄が男性を暴行して意識不明の重体にする事件を起こしていたことを知った。しかし茂雄の元へ戻った彼女は、「工場へ行って来たけど、潰れてた。社長が蒸発して、なんも分からんかったわ」と嘘をついた。その上で彼女は、「それでもウチは、アンタの歌が必要や」と口にした。茂雄とカスミはワンマンライブの準備を進め、あちこちにポスターを貼る。たまたまポスターを見たショウは、茂雄に気付く。耕太郎は利行の袋からカセットテープを取り出し、勝手に再生する。そこから聞こえる父親と幼少期の自分の声を耳にした茂雄は、完全に記憶を取り戻した…。

監督は山下敦弘、脚本は菅野友恵、製作は藤島ジュリーK.、共同製作は依田巽、エグゼクティブプロデューサーは中村浩子&小竹里美&定井勇二、プロデューサーは原藤一輝&松下剛&小川真司&根岸洋之、共同プロデューサーは長松谷太郎、ラインプロデューサーは原田耕治、撮影は高木風太、美術は岩本浩典&安宅紀史、照明は小西章永、録音は竹内久史、編集は佐藤崇、音楽は池永正二(あらかじめ決められた恋人たちへ)、音楽プロデューサーは北原京子。
主題歌『記憶』渋谷すばる 作詞・曲:マシコタツロウ、編曲:大西省吾。
『ココロオドレバ』渋谷すばる 作詞:井上和樹&クスミヒデオ&PEACH、作曲:井上和樹、編曲:PEACH。
出演は渋谷すばる、二階堂ふみ、鈴木紗理奈、康すおん、赤犬、川原克己(天竺鼠)、松澤匠、野口貴史、松岡依都美、宇野祥平、土佐和成、清家一斗、北村友希、澤田誠、いまおかしんじ、中川晴樹、二宮弘子、キヨサク、中村文徳、松田崚、徳地雅明、宮下いづみ、池田晴恵、村崎佳子、杉迫義昭、ラムチャンドラ、坂東正敏、中西美由紀、宮崎航平、福丸怜央、寺田有亨、ANATAKIKOU、オシリペンペンズ他。


『苦役列車』『もらとりあむタマ子』の山下敦弘が監督を務めた作品。
脚本は『陽だまりの彼女』『IRACLE デビクロくんの恋と魔法』の菅野友恵。
茂雄を渋谷すばる、カスミを二階堂ふみ、マキコを鈴木紗理奈、タクヤを川原克己(天竺鼠)、ショウを松澤匠、耕太郎を野口貴史、のり子を松岡依都美、利行を宇野祥平が演じている。
赤犬は大阪芸術大学の出身メンバーを中心に結成された実在のバンドで、2009年に脱退した初代ボーカルの松本章は山下敦弘監督の撮った『ばかのハコ船』や『どんてん生活』で音楽を担当していた(山下監督も大阪芸大の卒業生)。

タイトルになっている「味園ユニバース」は、大阪の千日前にある味園ビルの中にあるイベント会場。
映画の中では、赤犬がワンマンをやる会場として登場する。
クライマックスで使用される場所だから、それなりに意味はある。
ただ、タイトルにするほど重要な意味を持つ場所かと問われると、答えはノーだ。
茂雄にとって、ユニバースが特別な場所というわけではない。そこに対する思い入れなんて全く無い。「たまたまワンマンの場所がユニバースだった」というだけだ。

序盤、タクヤの一味は「ひとまず茂雄を車で送り届けた後、後からバンで拉致し、道路に放り出してから暴行する」という行動を取る。覆面で顔を隠しているが、タクヤの一味なのは明白だ。
で、そんな行動を彼らが取る意味は、まるで見えない。
終盤になってタクヤは暴行の理由を「貸しを作ったことで大きな顔をされるのが嫌だった」と説明している。だったら痛め付けるだけでは意味が無いのであって、襲うのなら始末する必要がある。そして始末する目的で襲ったのなら、まず覆面で顔を隠している意味が無い。
暴行するために、バンから道路へ放り出すのも意味不明。痛め付けたまま放置するのも、これまた意味不明。息の根を止めなきゃダメでしょ。
もしも「痛め付けるだけでOK」ってことなら、タクヤが説明する暴行の理由とは整合性が取れなくなる。

暴行を受けた茂雄が意識を取り戻した後、「ツナギを盗んだホームレスが逃げるのを目撃し、翌朝に目が覚めてから赤犬のステージに迷い込む」という手順を経ている。
しかし、翌朝になってから赤犬と遭遇するってのは、無駄に話の流れを切ってしまっている。
そこは話のテンポを考えると、目覚めた夜の内に赤犬と会わせるべきだ。
外が明るい状態でのシーンにしたいのなら、暴行された茂雄が意識を取り戻すのも夜じゃなく朝や昼にすべきだ。

茂雄がマイクを奪い取り、いきなりアカペラで熱唱するのは、もちろん「渋谷すばるの歌唱力で観客を驚かせたい」という狙いを込めた演出なのは理解できる。
しかし、記憶喪失でフラフラと歩いていた茂雄が、いきなりマイクを奪って歌い出すってのは、あまりにも不自然な行動だ。そこは「不自然な行動」ってことばかりが気になって、歌のインパクトどころではない。
例えば「演奏や誰かの歌を聞いて何かを思い出しそうになって」ということなら理解できるけど、だとしてもマイクを奪って急に歌い出すのは変だし。
だから、伴奏が流れているわけでもないのに、いきなりアカペラで歌うってのは、無理があり過ぎる展開だと感じるのだ。

「記憶喪失の男が歌ったら、ものすごく上手かった」というインパクトのあるシーンを上手く成立させるために、流れを上手く作り出すことが出来ていない。
例えば、「カラオケボックスで何か歌うことになり」という形でも良かったんじゃないか。
つまり、カスミが茂雄を居候させた後で、彼の歌唱力を初めて知る手順にしてもいいんじゃないか。
どうせカスミは、茂雄の歌が上手かったから面倒を見るわけじゃないんだし。出会いのシーンで茂雄の歌を聞いているけど、それが話の展開にすぐ直結するわけでもないし。

「茂雄の歌で観客にインパクトを与える」という狙いを考えるにしても、そんなに焦る必要は無いんだよね。
「カスミが記憶喪失の茂雄と出会い、成り行きで居候させることになる。カラオケで何か歌うよう促すと、茂雄の歌が上手いので驚く」というトコで初めて茂雄の歌を披露させても、まるで支障は無いはずで。
それと、アカペラの方がインパクトがあると思ったのかもしれないけど、リズムをキッチリと取っているわけじゃないし、むしろ伴奏音楽に乗せて歌わせた方が強いよ。
そういう意味でも、それなりに環境が整った状態で茂雄が歌う形にした方が得策だわ。

タカアキが全治2ヶ月の怪我を負った時、カスミは茂雄に入れ込んでいるから、彼を代役に推薦するのは理解できる。しかし赤犬の面々が簡単に同意するのは、違和感を覚えてしまう。
その軽さを「ユルい笑い」として描写しているのかもしれないが、だとしても上手く処理できていない。
「茂雄の歌を聴いたメンバーが熱心に練習したり新曲を作ったりするようになる」ってのも、やはり笑いとして上手く描写できていない。
タカアキがメンバーから冷淡な扱いを受けるってのも、ネタとしてやっているんだろうけど、まるで笑えない。
そもそも、主人公が常に狂気を匂わせており、緊迫感を孕んだまま話が進む中で、笑いを感じ取るのは難しい。

茂雄は紛れも無く、クズの中のクズだ。豆腐店の跡継ぎ問題に関しても、もちろん約束を破って逃げた茂雄はクズだ。
ただし、のり子が彼を非難する時の内容には、引っ掛かる部分がある。
彼女は嫌々ながらも店を継いだが、「昔から、この店が嫌いやった。匂いが大嫌いや」と疎ましそうに言っている。なので、茂雄の「そんなに嫌やったら、潰せや。無くなっても誰も困らんやろ」という指摘は、その通りだと感じるのよね。
のり子が無理に店を継がなきゃならない理由は、何一つとして存在しないはずなのだ。

だから、豆腐店の問題に関しては、「茂雄がクズなので周囲に迷惑を掛けている」ってことが全面的には成立しなくなってしまう。
それだけでなく、暴行事件に関しても、茂雄はタクヤに貸しを作ってムショに入っている。
だったら、「実は周囲が思うほどクズじゃなくて、誤解されている部分が多い」という設定にしておけば全て上手く回る可能性もある。
しかしながら、茂雄がクズであることは確かなので、ただ中途半端になっているだけだ。

とは言え、じゃあ茂雄が徹底してクズとして描かれていればOKなのかというと、それも困るわけで。
「愛すべきダメ人間」なら問題は無いんだけど、「ちっとも愛せない唾棄すべきクズ」なのでね。
少なくとも記憶が戻った後は改心すべきだろうに、そうじゃないのが一番の問題点だ。
茂雄は姉に「俺は変わったんや」と言うが、実際は何も変わっちゃいない。
何しろ、タクヤに「全部チャラにするから仕事下さいよ」と持ち掛けるような奴なのだ。

茂雄が「カスミや赤犬を面倒に巻き込みたくない」という理由で行動するならともかく、そんな風には全く受け取れない。
そもそも、迷惑を掛けたくないと思ったら、カスミたちの元から姿を消せばいいわけで。タクヤの元へ行き、仕事を貰おうとする言い訳にはならない。
茂雄がタクヤから指定された現場へ赴くと、一味が待ち受けていて襲撃しようとするんだけど、「そりゃあ、そうなるだろうね」と思うだけだし。
なんでタクヤが全部チャラにして忘れると思うのか。アホすぎるだろ。
っていうか、そこで改めて襲撃しようとするぐらいなら、なんで冒頭の襲撃シーンで確実に仕留めておかなかったのかと。タクヤも茂雄も、どっちもボンクラすぎるわ。

さて、ここで茂雄がタクヤの一味に殺されたら、バッドエンドではあるけど自業自得なので、ある意味では納得できる。
しかし、ここから映画は驚異の展開を見せる。
「いきなりカスミが現れる」→「茂雄の頭をバットで殴り付ける」→「茂雄が気付くとユニバースの楽屋」とという展開なのだ。
「どうやってカスミが茂雄の居場所を知ったのか」「どうやってタクヤの一味から逃れたのか」「どうやってカスミは失神した茂雄を楽屋まで運んだのか」と、幾つもの謎が浮かぶが、どれも答えは用意されていない。
そして茂雄は全く改心しないクズのまま、周囲に甘やかされまくり、ステージで楽しく歌うのだ。
それは茂雄やカスミにとってのハッピーエンドかもしれないが、こっちからすると、ある意味でバッドエンドよりも嫌悪感の強い終わり方だわ。

(観賞日:2016年7月23日)

 

*ポンコツ映画愛護協会