『岬のマヨイガ』:2021、日本

老女のキワさんは17歳のユイと8歳のひよりを引率し、瓦礫の町を歩いた。3人は森を抜けて、岬にポツンと建つ古い一軒家に到着した。キワさんはユイとひよりに、「これから私たちが住む家だよ」と教えた。彼女は2人を家に招き入れ、ソファーに座るよう促した。2人に笑顔は無く、ひよりに至っては声を失っていた。ユイは屋内を見回った後、過去を振り返った。避難所を出た彼女は、近くの神社でひよりと出会った。ひよりは雨の中で傘も差さず、神社の狛犬に倒れた倒木を退けようとしていた。ユイは傘を渡し、木を退かした。
ユイが避難所に戻ると、吉井という女性がひよりに関して詳しく説明した。ひよりは今年の正月に交通事故で両親を亡くし、その頃から声が出なくなった。預けられた親戚も震災に遭い、独りぼっちになっていた。ユイは女性職員から名前や住所を訊かれ、「私は大丈夫です」と返答を避けて逃げようとする。そこへキワさんが現れ、ユイとひよりは初めて会う自分の孫だと嘘をついた。彼女はユイとひよりに、「行く所が無いのなら、一緒においで」と提案した。
ユイとひよりはキワさんに手伝いを頼まれ、庭の草を刈って床を雑巾で拭いた。キワさんは夕食を用意し、3人で食べた。ユイが赤の他人への親切に警戒心を示すと、キワさんは昔話を始めた。昔、働き者の嫁がフキを取りに山へ入った。嫁は奥地で立派な屋敷を発見し、呼び掛けたが返事は無かった。中に入ると無人なのに囲炉裏に火が付いており、御馳走が並んでいた。嫁が立ち去って数日後、川で洗い物をしていると上流から赤い碗が流れて来た。それは屋敷にあった碗と似ており、嫁は米を計るのに使い始めた。すると米が全く減らなくなり、家族から訊かれた嫁は屋敷のことを話した。その屋敷は訪問者をもてなして富をもたらす「マヨイガ」で、何でも持ち出して良いのに嫁が立ち去ったので碗をくれたのだろうと皆は噂した。嫁の家は栄えて、長者様と呼ばれるようになった。
ユイは昔話に興味を示さず、なぜキワさんがそんなことを語ったのか理解できなかった。就寝しようとした彼女は、いつの間にか自分とひよりの布団が敷いてあること、昼間に穴を開けたはずの障子が元に戻っていることに気付いた。翌朝、ユイは勝手にコンロの火が付き、コップに水が入る不思議な現象を目にした。彼女が困惑していると、キワさんは平然とした態度で「ここはマヨイガ。迷い込んだ人をもてなしてくれる家だよ。全部、お前たちのためにしてくれたんだ」と語った。
その言葉を聞いたユイは、父のことを思い出して顔を強張らせた。父は「全部、お前のためだ」と言ってユイを厳しく責め、恐怖で支配下に置いていた。ユイはひよりの腕を掴み、家を飛び出した。途中でひよりがバランスを崩すと、ユイは衝動的な行動を謝罪した。そこへキワさんが来て、「怖がらなくていい。マヨイガはもてなしたいだけなんだよ。傷付けたりしない」と述べた。ひよりはユイの手を取り、岬の家へ連れ帰った。
キワさんはユイとひよりを連れて、ショッピングモールへ買い物に出掛けた。彼女は「貯えはあるから心配しなくていい」と告げ、色んな物を買い込んだ。ひよりが久々に学校へ行く時、ユイは「クラスメイトと話す時に使って」とメモ帳とペンを渡した。スクールバスに乗車したひよりは、クラスメイトの玲子と再会した。玲子の実家では、その日から狐舞いの稽古が始まることになっていた。ひよりは玲子から、学校が終わった後に見学へ来るよう誘われた。
町へ向かっていたユイは女性職員と遭遇し、住所の移転手続きを済ませるよう促された。そこへ吉井が現れ、岬の家は曽祖父が使っていたこと、キワさんが「修理するから大丈夫」と言ったので家賃も貰って貸していることをユイに説明した。ユイが原付免許を持っていると知った彼女は、蕎麦屋を営む甥の元へ案内した。甥は出前をやらなくなったので最近はバイクを使っておらず、それをユイに譲った。ユイは代金を支払うと申し出て、バイトも始めるつもりだったと話した。そこで吉井は、バイトを募集していた「スーパーせんだ」へユイを連れて行った。
玲子はひよりを家へ連れ帰り、祖父と兄に紹介した。狐舞いの稽古を見学したひよりは、両親の葬儀を思い出して外へ飛び出した。家に戻った彼女は、「きつねまい」とメモ帳に書いてユイとキワさんに見せた。キワさんはユイとひよりに、狐舞いに関する昔話を語った。昔、海蛇の化け物が湾に現れ、その目を見た人々は恐ろしい幻を見るようになった。湾の近くに住む老人の世話になっていた狐たちは魔切りの刀を持参し、化け物の目を刺すよう指示した。村の人々はお囃子を奏で、破魔矢を手にして踊った。1人の命と引き換えに化け物は退治され、この辺りは子狐岬と呼ばれるようになった。
ひよりはユイとキワさんに、葬式に似ていたから狐舞いから逃げて来たことを明かした。吉井が捨て猫を持って訪問し、飼ってはどうかと持ち掛けた。キワさんは喜んで提案を受け入れ、今まで飼っていた猫と同じく「小福(こふく)」と名付けた。翌日、玲子が遊びに来ると、キワさんは3人の子供たちを連れて草原で昼食を取った。玲子から「祖父が良かったら笛を教えてくれると言っている」と聞いたひよりは、笑顔を浮かべた。
キワさんは袖ヶ浦を眺め、岩場に水釜があったが津波で流されたことをユイに教えた。玲子は袖ヶ浦に3つの洞穴があること、3つ目の穴は大きくてサッパ船が入れることを説明する。キワさんは「実は4つ目の穴がある」と言い、海の底にあるのだと語る。彼女は真剣な表情で、「きっと、無いことにしておきたかったんだろう」と口にした。キワさんはユイやひよりたちに、明日は少し変わった7人か8人の客が来るので、いつもより多めの食材を買いに行くと告げた。
明け方に目を覚ましたひよりは、庭でキワさんが6匹の河童と話す様子を目撃した。キワさんはひよりを呼び寄せ、河童たちを紹介した。キワさんは河童を袖ヶ浦へ連れて行き、4つ目の穴に入ってほしいと要請した。彼女は「封印していた物が無くなっていると思う」と述べ、河童は袖ヶ浦に飛び込んだ。キワさんはひよりに、「河童だろうが何だろうが、いいモノはいいんだよ」と語った。起床したユイは客が河童と聞いても信じなかったが、実際に姿を見て驚いた。キワさんはユイとひよりに、河童のことを口外しないよう約束させた。
ユイはキワさんに、何者なのかと尋ねた。するとキワさんは、自分が不思議な存在を「ふしぎっと」と呼んでいること、人間の中には稀に「ふしぎっと」に通じる者がいることを語った。深夜、庭に赤い目をした蛇のような化け物が出現し、キワさんは小福に追い払わせた。次の日、アルバイトを始めたユイは巻尾家へ配達に行き、成り行きで狐舞いの稽古に参加した。ユイとひよりが帰ろうとすると、吉井は気を付けるよう告げた。彼女は2人に、最近はお化けを見たという者が何人もいるのだと教えた。
ユイとひよりは帰り道、森の中で赤い目をした蛇の化け物2匹に遭遇した。そこへ2匹の狛犬が飛来すると、化け物は退散した。そこへキワさんが現れ、狛犬を家に迎え入れた。彼女はユイとひよりに、避難所の裏にある神社にいた狛犬だと話す。さらに彼女は、しばらく家にいてもらうことにしたと言う。先程の化け物について、キワさんは以前に話した海蛇の化け物で「アガメ」と呼ばれていることを教えた。アガメは心の叫びを飲み込んで大きくなり、自分が住むと決めた場所から人を追い出すのだと彼女は語った。
ひよりはキワさんに「今、どんな風に思ってる?」と質問され、メモ帳に「なんでわたしだけ。わたし 何もわるいことしてないのに」と書いた。キワさんは彼女に、「誰でも辛くて悲しい目に遭えば、どうしてって思う。ここには色んな思いが渦巻いている。それをアガメが食らい、力を蓄えている」と語った。狛犬が屋根の上に飛び出したので、ユイたちも外に出た。すると幾つもの光が飛来するのが見えて、キワさんはユイとひよりを連れて町へ向かった。
キワさんは巨大な地蔵を見つけ、盛岡の田中のお地蔵様だとユイとひよりに告げた。お地蔵様は心配だから様子を見に来たのだと釈明するが、キワさんは「貴方は目立ってしょうがない」と静かに苦言を呈した。お地蔵様は、他にも各地から多くの仲間が来ていることを話した。さらに彼は、本当に危ない時には飛んで来るので、声を掛けてほしいと告げた。翌日、ひよりはレイカから、震災後に転校した親友から手紙が来ないことを聞かされた。寂しそうな彼女の様子を見て、ひよりはメモ帳励ましの言葉を書いた。ユイはスーパーで働いていた時、男性客が父親に見えて体を震わせた。彼女は耐え切れなくなり、その場から逃げ出した…。

監督は川面真也、原作は柏葉幸子『岬のマヨイガ』(講談社刊)、脚本は吉田玲子、アニメーションプロデューサーは藤尾勉、製作は小川晋一&岩上敦宏&木村元一&小川泰&有馬一昭&梶田浩司、統括は松崎容子、チーフプロデューサーは高瀬透子、プロデューサーは松尾拓&竹枝義典&岩崎紀子、絵コンテは川面真也、キャラクター原案は賀茂川、ふしぎっとキャラクター原案は丹治匠、キャラクターデザイン・総作画監督は清水洋、演出は中谷亜沙美&高野やよい&伊藤秀樹、色彩設計は水野愛子、美術監督は畠山佑貴、CGディレクターは高野慎也、CGプロデューサーは石井規仁、撮影監修は山田和弘、撮影監督は渡辺有正、編集は長谷川舞、音響監督は木村絵理子、録音調整は内田誠、音楽は宮内優里、主題歌『マヨイガ』は羊文学。
声の出演は芦田愛菜、大竹しのぶ、粟野咲莉、一城みゆ希、桑島法子、森なな子、三宅希空、富澤たけし、伊達みきお、宇野祥平、達増拓也、佐々木梅治、多田野曜平、横堀悦夫、佐藤拓也、佐々木省三、広瀬裕也、菊地伸枝、林田悠作、八百屋杏、井上カオリ、佐伯美由紀、平ますみ、上田ゆう子、江原正士、青本真太朗、中村朗仁、菊池通武、真木駿一、草野峻平、天城サリー他。


野間児童文芸賞を受賞した柏葉幸子による同名の児童小説を基にした作品。
フジテレビ&アニプレックス&イオンエンターテインメントが東日本大震災で被災した岩手県、宮城県、福島県を舞台とするアニメを制作する「ずっとおうえん。プロジェクト 2011+10…」という企画の1本。
監督は『劇場版 のんのんびより ばけーしょん』の川面真也。
脚本は『リズと青い鳥』『きみと、波にのれたら』の吉田玲子。
ユイの声を芦田愛菜、キワさんを大竹しのぶ、ひよりを粟野咲莉、吉井を一城みゆ希、女性職員を桑島法子、智子を森なな子、玲子を三宅希空が担当している。他に、北上川の河童の声を富澤たけし、豊沢川の河童を伊達みきお、馬淵川の河童を宇野祥平、小鎚川の河童を達増拓也、猿ヶ石川の河童を佐々木梅治、雫石川の河童を多田野曜平が担当している。

キワさんはユイの事情を知らないから仕方が無いんだけど、「マヨイガが全部、お前たちのためにしてくれたんだ」と言うのは、無神経で押し付けがましいと感じてしまう。
人にはそれぞれに抱えている事情があるし、特にユイとひよりの場合、避難所の様子で心に深い傷を抱えていることが容易に想像できる。
もちろん、だからこそキワさんは親切に接しているんだろうけど、無頓着なお節介がユイの心の傷を刺激しているんだよね。
もう少し、放っておいてやることも優しさじゃないのかなと。

キワさんの場合、小さな親切が余計なお世話になっているように思えてしまう。
自分のやり方を貫くだけで、ユイに寄り添って苦しみや辛さを理解してやろうという意識が見えないのよね。なぜユイが急に逃げ出したのかを分かろうとせず、ただ「マヨイガはもてなしたいだけで傷付けたりしないから怖がるな」と言うだけなのだ。
それだと、ユイが頑張らなきゃいけない部分が多すぎるんじゃないかと。
中途半端に手を差し伸べるのは、傷付いた子供にとって、逆に迷惑になることもあるのだ。
もちろん、最終的にキワさんは「立派な老女」になっているし、ユイも彼女に感謝しているんだけど、導入部に関しては引っ掛かる部分が多いなあ。

キワさんが語る昔話のシーンでは、それ以外の部分と絵柄を大きく変えて、映像表現を誇張して観客を引き込もうとしている。
だけど残念ながら、引き込む力は弱い。
そもそも、ザックリ言うと「ただの説明」でしかないのよね。そして詳しく説明することに、大きな意味を感じられない。「だから何なのか」としか思えない。
物語を紡ぐことよりも、「震災に遭った場所に関するエピソードを伝えよう」という意識が強すぎるんじゃないかと。
震災に対する生真面目な気持ちが、本筋であるべき肝心なドラマを邪魔して、映画をつまらなくしているように思えるのだ。

あと、マヨイガについて説明を受けた後、そのまま「ユイやひよりとマヨイガの関係」を描いていくのかと思いきや、そうじゃないのよね。マヨイガのことは全く触れず、別の場所に視線を向けてしまう。
マヨイガかと思ったら狐舞いに話題が移り、その後には河童が登場する。その後にはアガメが登場し、その後には地蔵が登場する。河童や地蔵に関しては、昔話が付随しない。
「バラエティーに富んだ不思議な物語」じゃなくて、ただ話があっちこっちへ飛びまくっているだけにしか感じないのよ。
これがチャプター形式の作品で、1つの章ごとに異なる不思議な話が描かれる構成だったら、印象は大きく変わっていたんじゃないかと思うけど。
この映画だと、1つ1つの不可思議な出来事が、ぞんざいに扱われているように感じる。マヨイガと狐舞いと河童と地蔵は、何の関係も無い別の「不思議」だし。

粗筋では「震災」として書いていないが、これが東日本大震災を意味していることは言うまでもないだろう。ただ、ユイにしろ、ひよりにしろ、震災とは別の問題で心に深い傷を負っている。
そうなると、この映画で震災の要素ってホントに必要なのかと思ってしまう。
本来なら、これって「震災で悲しみや孤独を抱えた少女たちが、癒やされていく」という話であるべきじゃないの。そうじゃないのなら、震災という要素は何のために持ち込まれたのか。
まさか、震災は背景に過ぎないってわけでもあるまいに。

地震は天災なので、それを引き起こした犯人は存在せず、誰かを恨むことが出来ない。だから近しい人を亡くした場合、サバイバーとして罪悪感を抱き、自分を責めるってのは珍しくない。
そこでアガメという「絶対悪」を配置し、「そいつを倒せば平和が訪れる」という図式を作る。人間と仲良しの様々な人外を登場させ、「貴方を見守っている存在、力になってくれる存在は大勢いるよ」と感じさせ、傷付いた心を癒やそうとする。
そういう作りなら腑に落ちるし、優しく温かい話だとも思う。
ただ、前述したように、ユイとひよりは震災によって心に深い傷を負ったわけではない。
なので、この物語の中心人物としては、ちょっとズレがあるんじゃないかと。

終盤、巨大化したアガメが町を襲い、キワさんが戦いを挑み、ユイとひよりも加勢する。
派手な戦いで、クライマックスを分かりやすく盛り上げようってのは理解できる。ただ、震災で人も町も深く傷付いている中、追い打ちを掛けるような怪物の襲撃ってのは、優しくない物語だなあと感じてしまった。
あと作品のテイストからしても、そこまで本格的に人間と怪物が戦う展開って、どうなのかなあ。
そうそう、この映画って聖地巡礼で被災地支援を狙っていたらしいんだけど、どうやら目論みは外れた模様。
何しろ、そんなに評判にもならず、大してヒットしなかったからね。

(観賞日:2023年4月13日)

 

*ポンコツ映画愛護協会