『免許がない!』:1994、日本

映画スターの南条弘は、屋外で新作映画の撮影を行っていた。休憩中、彼は共演者の夕顔ルリ子から「車の中でリハーサルしたいんです」と声を掛けられた。南条が劇伴車に乗ると、ルリ子は「連れてって欲しいところがあるの」と言い出した。「劇伴車だし、マズいよ」と南条が困惑すると、ルリ子はトイレへ行きたいのだと告げた。南条が「誰か他の人を」と車を降りようとすると、「貴方に連れてってほしいの」と彼女はせがむ。「まさか車の運転が出来ないんじゃないでしょうね」と言われた南条は、緊張しながらエンジンを掛けた。しかし発進した途端に車が急停止し、駆け付けたスタッフが南条を連れ出した。
撮影監督の野中を始めとするスタッフはスタジオでの撮影を開始しようとするが、南条は控室から出て行こうとしなかった。マネージャーの大政が呼びに行くと、南条は「俺は行かねえよ。免許を取りたいんだ」と口にした。大政は「そんなに簡単なものじゃない」と言うが、南条は「こんな気持ちのままで、今の仕事を続けていられないんだよ。今の映画を中断して免許を取らせてくれ」と頼み込んだ。
新日本映画社長の岡山松男は、融資している銀行の行員と会っていた。そこへ大政が現れ、南条が映画を中断して免許を取りたがっていることを岡山に耳打ちした。既に大政は南条の頼みを承諾していたが、それを聞かされた岡山は驚いた。行員が「何かトラブルですか」と気にするので、岡山は「良くあることです」と誤魔化そうとする。社運を賭けた映画製作の中断に大反対する岡山だが、結局は承諾した。南条は岡山やスタッフたちに挨拶して礼を述べ、必ず3週間で免許を取って戻って来ると約束した。
南条は付き人の服部たちを引き連れ、ド田舎にある民家を改装した鷺ノ谷自動車教習所の合宿所へ赴いた。服部が「ちゃんとしたホテルを取ります」と言うと、南条は「楽しみながら免許が取れるなんて思っちゃいない。ここで頑張るよ。俺一人で頑張らせてくれ」と告げた。その夜、彼が部屋で勉強していると、若者たちが騒ぎながら廊下を歩く声が聞こえてきた。南条は苛立つが、感情を抑え込んだ。
南条はスターではなく普通のオジサンとして謙虚に研修を受けようと考え、冴えない風貌に変身して南進という偽名を使った。彼は食堂へ行き、静かに朝食を取った。前島という若者が名前を尋ねても無視していた南条だが、しつこいので短く返答した。生徒たちはバスに乗り、教習所へ移動した。初日に南条が付いたのは、室田という指導員だった。何度かミスを繰り返した後、南条は別の車を追い抜こうとして注意を受けた。
その夜、食堂に入るのを嫌った南条は、焼肉を食べに出掛けた。南条が合宿所に戻ると前島が食堂に連れて行き、残っている食事を見せて「合宿費用には食事代も入ってるんだ。食わねえなら食わねえで言っとかないと、こういうことになるんだ。俺だって骨付きカルビが食べたいさ」と文句を付けた。南条は「因縁を付けるために、そこに置いたんだろ。これ以上、因縁を付けると骨付きカルビにするぞ」と凄み、腹を立てる前島を捻じ伏せた。
次の日、南条の担当指導員は宇貝京子という妖艶な女性だった。また南条はミスを重ね、「カッコ悪いわね」と言われてしまった。学科の教習で転寝した南条は、指導員の照屋権三に注意された。照屋は生徒たちに、「合宿で友達と問題を出し合ったりしておくように」と助言した。南条は合宿所に戻り、買って来た骨付きカルビ弁当を前島にプレゼントした。翌日、前島は南条の担当指導員が暴田豪だと知り、「曰く付きで、逆らうとハンコ1つも貰えないぞ」と忠告した。
暴田は口が悪くて高圧的な態度を取り、坂道発進に失敗した南条を「バカジジイ」と罵った。カッとなった南条が掴み掛かって非難すると、暴田は「テメエにハンコなんか押さねえ」と告げて教習を中止した。南条が暴田を追い掛けて揉み合っていると、他の指導員たちが制止した。大政は所長の永池進に裏金を渡し、3週間で南条に免許を取らせてほしいと持ち掛けた。正体が露呈したため、南条は生徒たちからモテモテになった。
南条は寡黙になった暴田の指導車に乗り込むと、生意気な態度を取った。彼はバカにしたような口調で、もっと喋るよう促した。しかし暴田から厳格な注意を受けると、途端に文句を付けた。バックが出来ないことが明らかになると、暴田は南条に補習を課した。南条は服部に連絡を取り、教習所の外でバックの練習を積むことにした。すると映画スタッフも駆け付け、練習に協力してくれた。南条は宇貝が担当の時にバックをやってみるが、また失敗した。
合宿所にはギャル3人組が生徒として新しく加わり、南条は彼女たちに誘われて一緒に盛り上がった。翌日、ギャルの1人は教習中に暴田を誘惑した。しかし暴田がオッパイに触ると、途端に「セクハラで訴える」と騒ぎ出した。ギャルは永池にセクハラ事件を報告し、見逃す代わりに南条の教習を甘くするよう求めた。別のギャルは照屋を誘惑するが、こちらは失敗に終わった。また宇貝の担当になった時、南条はバックに成功した。「先生はやめて、京子って呼んで」と言う宇貝に、南条は「京子、ハンコ押してくれよ」と告げた。
映画スタッフは南条を仮免試験に合格させるため、深夜の教習場にセットを作って練習させた。しかし照屋に見つかって「あまりに勝手で横暴だ。明日、仮免があるのは南条さんだけじゃないんだ」と批判され、すぐに撤去するよう命じられた。南条は素直に謝罪し、スタッフに撤去するよう促した。翌日、南条は検定に臨むが、坂道発進とバックで大きなミスを犯した。仮免に落ちた彼は、「もう免許を取るのは辞める」と荒れる。野中が「俺たちはお前のために一生懸命やって来たんだ」と言うと、南条は「自分たちや撮影所のためじゃねえか」と暴言を吐く。野中は「何を言っても無駄だ」と幻滅し、スタッフを連れて立ち去った…。

監督は明石知幸、脚本は森田芳光、製作は鈴木光&和田仁宏&武井英彦、プロデューサーは青木勝彦&三沢知子&山崎喜一郎、撮影は仙元誠三、照明は渡辺三雄、美術は今村力&岡村匡一、編集は北澤良雄、録音は細井正次、助監督は鳥井邦男、音楽は大谷幸。
主題歌「夜を駆ける想い 〜THE ONLY ONE〜」 作詞:吉元由美&舘ひろし、作曲:舘ひろし、編曲:吉田和生。
出演は舘ひろし、墨田ユキ、片岡鶴太郎、西岡徳馬、江守徹、中条静夫、五十嵐淳子、秋野太作、鶴田忍、春風亭昇太、石井愃一、久松信美、鼓太郎、角田英介、伊藤洋三郎、草薙良一、山本昌平、翁華栄、六浦誠、津久井啓太、深江卓次、小川美那子、橘雪子、飯田浩幾、森聖二、浦野眞彦、久我しげき、四天王寺紅、高登美帆子、熊谷美香、JUN(メロン組)、MY(メロン組)、ME(メロン組)、高野敦子、稲生まり子、進藤七枝、電波子(現・滝島梓)ら。


1991年のオムニバス映画『バカヤロー!4 YOU! お前のことだよ』の第三話「サギるなジャパン」で監督デビューした明石知幸が初めて手掛けた長編映画。
脚本は彼の師匠である森田芳光。
南条を舘ひろし、京子を墨田ユキ、暴田を片岡鶴太郎、照屋を西岡徳馬、大政を江守徹、岡山を中条静夫、ルリ子を五十嵐淳子、永池を秋野太作、野中を鶴田忍、映画会社に融資している銀行の行員を春風亭昇太、室田を石井愃一、前島を鼓太郎、服部を角田英介が演じている。

南条が運転免許を取りに行くまでの経緯が、あまりにも強引すぎる。そこを観客に受け入れてもらうためのコメディーとしての味付けも、全く足りていない。
まず、「なぜ撮影を中断してまで今すぐに免許を取ろうとするのか」というトコロに引っ掛かる。
ルリ子からトイレへ連れて行ってと頼まれて、車を発進させようとしたものの失敗するという出来事は描かれている。でも、それは「今すぐ免許を取りたい」と決意させるきっかけとしては、ものすごくボンヤリしているのだ。
まず、ルリ子が「トイレへ連れてって」というのが本当の理由なのか、それても南条に好意を寄せていて口説こうという意思があったのか、その辺りも良く分からない。南条とルリ子の関係性や、彼女に対してどのような感情を抱いていたのかも良く分からない。
そこはルリ子が南条を誘って来たとか、南条が彼女に憧れの気持ちを抱いていたとか、もっとハッキリとした感情の矢印を付けておいた方がいい。

南条が車の発進に失敗した後、それに対する周囲の反応が描かれないのも手落ちに見える。
少なくとも、ルリ子の反応は描くべきだろう。そこで彼女に幻滅されるとか、バカにされるとか、そういうのを南条が受け止める描写を入れておかないと、「車の発進に失敗したことで南条が受けているショックの大きさ」ってのが伝わりにくい。
っていうか、それがあってたとしても、やっぱり伝わりにくい。
少なくとも、映画を中断してまで免許を取りに行こうと決意するきっかけとしては、まだ弱いわ。別に撮影が終わってからでいいでしょ。

そもそも、「なぜ今まで南条は運転免許を取っていなかったのか」というところからして引っ掛かる。
映画スターなんだから撮影の中で運転するシーンも多く経験していただろう。そういう時にも、今までは実際に運転することを避けてきたわけだ。
だが、それなら「実際に運転した方がいいシーンなのに、南条の都合で別の方法を取らざるを得なくなる」という状況なわけで、そういう場合はどのように対応してきたのか。
どうやら南条は今まで免許が無いことを隠していたようだから、嘘をついて誤魔化していたはず。だったら、どういう風に誤魔化して来たのか、そこを描けば喜劇として1つのネタになったはず。そこを使わないのは勿体無い。

また、南条はモテモテだろうから大勢の女性と付き合って来たはずで、でも免許が無いんだから、今まではデートでもドライブは無かったということだ。
普通に考えれば、モテモテの映画スターならドライブってのはデートの定番だろう。だから適当に理由を付けて誤魔化してきたんだろうけど、そこも使わないの勿体無い。
ともかく、仕事においても私生活においても、免許があった方が何かと便利なことは明白なのだが、にも関わらず今まで免許を取ろうとしなかったのか理由がサッパリ分からない。
もちろん、現実社会においては、特にこれといった理由は無いけど運転免許を取得していない人も大勢いるだろうけど、映画としては「今まで免許を取ろうとしなかった明確な理由」を用意することは必要不可欠な作業だ。

まだ南条が「映画を中断して」と言う前、ただ単に「免許を取りに行かせてくれ」と頼んだ段階で、大政が反対している理由が分からない。そこはOKして、「映画を中断して」と言った時に反対すればいいでしょ。
むしろ、「映画を中断して免許を取りに行きたい」と懇願されて、それをOKする感覚が理解不能だわ。
大政だけでなく岡山も最終的には承諾しているけど、なんでだよ。撮影を中断すれば、色々とトコで問題が生じるんだぞ。
スケジュールは大幅にズレるから大勢のスタッフにも共演者にも迷惑が掛かるし、製作費だって余計に使う羽目になるだろう。それを全て飲んで、OKが出るってのは有り得ない。幾らコメディーだからって、そこは甘受できないわ。
甘受してほしいなら、そこを突破するための喜劇としてのパワーを見せてくれないと。
そういうの、まるで感じないよ。

ってなわけで、この映画は導入部の段階で既に、ダメな作品としての中身を露呈してしまっていると言ってもいい。
そりゃあ「導入部はイマイチだけど、話が進むにつれて次第に面白くなっていく」という映画だって無いわけじゃないだろう(すぐには思い浮かばないけど)。
ただし、そういうケースは決して多くない。
そして、この映画も途中から面白くなるという良い意味での裏切りは待ち受けておらず、だから最初の印象を挽回することは出来ていない。むしろ話が進むにつれて、どんどん評価は下がっていく。

南条は合宿所で生活しながら免許を所得しようとするのだが、その結果として「合宿所の若者たちとの関係」「指導員との関係」という2つの人間関係が生じる。
それが人間ドラマに厚みを持たせるために作用していれば何の問題も無いのだが、欲張り過ぎて話をボンヤリさせる一因になっているだけだ。
どうせ若者たちとの関係性なんてペラペラで、仲良くなった前島も気付かない内に消えているし、後半は途中から参加した別の若者と仲良くなってるけど関係性はペラペラだ。
そりゃあ「合宿免許の方が早く取れる」ってことはあるだろうが、若者たちとの関係描写を活用しないのなら、合宿所で生活するというのは邪魔なだけ。

そもそも、合宿所での南条の見せ方がボンヤリしている。
「冴えない中年男として殊勝な態度で生活する」という方向で行きたいのかと思ったら、若者たちから挨拶を求められて無視する。
「苛立ちを我慢している」という方向で描きたいようだが、だったら中途半端。
前島に因縁を付けられて捻じ伏せる時も、そこは「南条が強烈な凄みを見せ付け、一瞬で前島をビビらせる」という形にすべきだ。
っていうか、そもそも映画スターとしての南条に「大物としての威厳や風格や凄み」が乏しいので、その時点で失敗じゃないかと。

南条は最初、ガチガチに緊張しながら教習を受けている感じに見えたのだが、勝手に他の車を追い抜こうとして「渋滞じゃないんだから、気分良く走りましょうよ」と室田に告げる。
そこは徹底して「慣れない運転に四苦八苦し、指導員からは叱られてばかりで、映画スターとしてのプライドはズタズタにされる」という形の方がいいんじゃないか。中途半端に余裕を見せても、笑いに繋がるわけでもないし。
それと、どうせ教習を受けている指導員の前では情けない姿をさらけ出してばかりってことになるんだから、合宿所で中途半端にカッコ付けても意味が無いでしょ。
だから前述した「因縁を付ける前島を捻じ伏せる」というシーンや、そこから派生して「骨付きカルビ弁当を仕入れて食わせる」という展開なんかも、バッサリと切った方がいい。そして合宿所でもヘタレなオッサンのままにして統一感を出した方が、キャラの見せ方としてはいいんじゃないかと。

そこで中途半端にカッコ付けたら、「映画の世界では大物スターだけど、教習所では情けないことに」というギャップの面白さを削ぐだけでしょ。
カッコ付けるのは、せいぜい「若者の誰かがピンチになった時に得意のアクションで助けに入る」とか、その程度に留めておけばいい。
合宿所でキザに振る舞う様子を見せるのなら、そっちで徹底した方がいい。
つまり「いつものようにキザに振る舞うが、教習ではミスばかりで中身が伴わない」というところの面白さで見せて行くってことだ。

この映画は、南条をどう見せたいのかが定まっていないまま走り出しているという印象が強い。
ここまでの段階で既にブレブレなのだが、もっと恐ろしいことに、彼の正体は途中であっさりと露呈してしまうのだ。そして教習所でも大人気となり、南条の指導員に対する態度もコロッと変わる。
そうなると、「正体を隠して冴えないオッサンとして教習を受ける」という形にした意味が無くなるでしょ。
最初から「映画スターとして、場違いな教習所に足を踏み入れる」という形にしてしまった方がいい。

南条を順番に担当する複数の指導員を、たぶん「クセの強い面々」という風に描きたいんだろうけど、充分に個性を発揮しているとは言い難い。
最も出番の多い照屋は「堅物で融通が利かない」というキャラ設定が最も表現されているが、それも途中から巻き返す感じであり、登場した段階では「これといって特徴の無い指導員」に過ぎない。
他の面々で言うと、室田は存在感を示せないままで終わる。指導員の登場シーンは、総じて「顔を見せたら役目は終わり」という感じだ。
暴田だけは登場シーンから存在感をアピールしているが、そこから尻すぼみになっている。

宇貝は登場した段階では「クール&セクシー」な印象だが、エロいってのがアピールされるだけで、特に笑いが生まれることも無い。
また、クールなイメージだった宇貝だが、南条と暴田の喧嘩を止めに入った時は簡単に突き飛ばされ、「誰か来て」と弱々しく言う。あっと言う間にキャラが崩壊している。そこにギャップや意外性の面白さがあるわけでもない。
その後、また南条の指導を担当した時は、色目を使うような感じになっている。
ひょっとすると「南条の正体を知って態度が変わった」ということかもしれないが、それが伝わらないので、単にキャラがブレたとしか思えない。

南条は冴えないオッサンとして教習を受けている時から指導員に対して細かい文句を色々と言うのだが、それは笑いに繋がっていない。正体がバレた後、急に暴田への態度が偉そうになるが、それは単に不愉快なだけ。
一方、宇貝に対しては相変わらず敬語で喋っているので、冴えないオッサンとして教習を受けていた頃と何も変わっちゃいない。照屋への接し方も変わらない。
また、正体がバレた直後は若者がキャーキャー言って大騒ぎする様子があるが、それ以降は冴えないオッサンとして南条が教習を受けていた頃と全く状況が変わらない。
後の展開に及ぼす影響がほとんど無いのだから、やはり途中で正体が露呈するという展開の意味が薄いと改めて感じる。

映画スタッフが南条の練習に協力するのは、特に笑いがあるわけでもないし、人間ドラマとしての面白味があるわけでもないので邪魔。
ギャル3人組が指導員にセクハラさせて南条の教習を甘くするよう永池に要求する展開は、話が散らかっているとしか感じない。
しかも、その作戦は後の展開に全く影響を及ぼさないのだ。それで永池が脅しに屈することは無いし、逆に南条への辺りが強くなるわけでもない。ギャルの作戦を知った南条が腹を立てるとか、そういうことも無い。ホントに話を散らかしているだけ。
ギャルに限らず、途中で消える前島なんかもそうだけど、キャラを大勢出し過ぎて、まるで使いこなせていない。どのキャラクターも総じてペラペラだ。
そして映画全体の印象としても、やはりペラペラだ。

(観賞日:2014年9月28日)

 

*ポンコツ映画愛護協会