『めがね』:2007、日本

旅館「ハマベ」の主人ユージは、砂浜で「来た」と口にした。高校教師のハルナも、校庭で「来た」と口にした。空港にはサクラという 女性が降り立った。ユージとハルナが砂浜でカキ氷店の準備をしているとサクラが現れ、会釈した。タエコという女性が空港に降り立ち、 田舎道を歩いて砂浜に辿り着いた。海を眺めていると、サクラが「氷ありますよ」と声を掛けた。タエコは「いえ、結構です」と告げ、 その場を去った。
タエコが予約を入れたハマダへ行くと、ユージと飼い犬のコージが出て来た。客が増えると困るので、大きな看板は出していないとユージ は語った。彼はタエコを部屋に案内し、「この辺りは携帯電話が通じません。誰かに連絡したくなったら、ウチの電話を使ってください」 と言う。そして「春先のお客さんは3年ぶりです」と言い、自分の地図で空港から迷わずに来ることが出来たかどうか尋ねた。タエコが 迷わなかったことを話すと、ユージは「迷わなかったお客さんも3年ぶりです、ここにいる才能がありますよ」と述べた。
ユージは弁当を作りながら、「今日は大切な人が来たので、夕食は外でみんなで食べます」と言う。タエコが「いえ、私は結構です」と 断ると、ユージは作った弁当を持って外出した。翌朝、タエコが目を覚ますと、サクラが近くに座っていた。驚くタエコに、サクラは 落ち着いた様子で「おはようございます。今日もいいお天気」と微笑み、部屋を去った。タエコが砂浜へ行くと、町の人々がサクラに 合わせて体操をしていた。タエコがユージに尋ねると、それはメルシー体操だという。「一緒にやりませんか」と誘われるが、タエコは 「私は結構です」と断った。
朝食の時間になると、サクラがユージと一緒に調理していた。サクラもユージやタエコと一緒に、同じテーブルで食事を取った。タエコが メルシー体操のことを尋ねると、サクラのオリジナルで、春の間は毎朝の日課だとユージが説明した。観光をしたいタエコだが、ユージは 「観光する所なんてありませんよ」と言う。「じゃあ、ここに遊びに来た人は何をするんですか?」とタエコが質問すると、ユージは 「うーん、たそがれる?」と口にした。
タエコが砂浜で座ってボーッとしていると、主婦がサクラのカキ氷を食べ終わって立ち去った。タエコが店へ行き、「カキ氷以外の何か 冷たい物を貰おうと思って」と言うと、座っていたハルナが「カキ氷以外の物はありませんよ」と告げた。「カキ氷は苦手なので」と タエコは言い、砂浜を去った。夕方、タエコが編み物をしていると、サクラが「御飯です」と呼びに来た。タエコは「ここではみんな一緒 に御飯を食べなきゃいけないんでしょうか」と確認し、違うと分かると、「まだお腹が空いてないので」と断った。
タエコがユージたちの元へ行くと、ハルナが持って来た肉でバーベキューが始まっていた。「どうぞ」と誘われ、タエコも会食に加わった 。「たそがれるというのは、この辺の習慣か何かですか?」とタエコが訊くと、ユージは「いや、癖みたいなもの。何となく、得意な人が 集まってるっていうのかな」と言う。ハルナは、この時期にここへ来る人は、たそがれるのが得意なのだと説明した。タエコはハルナに 「たそがれないのに、何をしに来たんですか」と質問され、返答に困った。
翌朝、タエコが目を覚ますと、またサクラが座っていて、「おはようございます」と笑顔で挨拶した。タエコは荷物をまとめ、ユージたち に「気分を変えたいので」と言って宿を出ることにした。東の方にあるマリン・パレスという宿へ行くつもりだと言うと、3人は困惑した 表情で「あそこは、たそがれるにはちょっと」と漏らす。「私はたそがれに来たわけではないので」とタエコは言い、ハルナの運転する 軽トラックで送ってもらうことになった。ハルナは「授業に遅刻だ、今月で4度目」と、何食わぬ顔で口にした。
タエコがマリン・パレスに到着すると、女主人の森下が明るく出迎えた。そこでは大勢の人々が野菜を作っている。森下は午前中は畑仕事 、午後はお勉強会だとタエコに告げた。彼女は「みんなで協力して土に触れることで、自然の恵みや万物に敬意を払って過ごそうという コンセプトなんです」と笑顔で説明する。困惑したタエコは、すぐに宿を去った。道に迷って途方に暮れていたところへ、自転車に乗った サクラが通り掛かり、タエコはハマダまで乗せてもらった。
翌日、目を覚ましたタエコは、メルシー体操を一人でやっていたところをハルナに見つかるが、やっていないと嘘をついた。「泊まり客 でもないのに、どうしてここで食べているんですか」とタエコが尋ねると、ハルナは返答せず、「昨日、サクラさんの自転車に乗せて もらってましたね」と、どこか攻撃的な姿勢を示した。「タエコさんは、なんでここへ来たんですか。こんな時期に一人で来るなんて、何 か理由があるんでしょ」と訊かれ、タエコは「携帯電話が通じなさそうな場所に行きたかったんです」と答えた。
砂浜で編み物をしていたタエコが宿に戻ると、彼女を「先生」と呼ぶ青年・ヨモギが来ていた。彼はビールを飲んでおり、空港から来る時 に全く迷わなかったと語る。ヨモギは、訪れた初日からハマダでの生活に馴染んでいた。「いつまでいるつもり?」とタエコが尋ねると、 ヨモギは「飽きるまで」と返答し、先生、ここで飲むビールは最高ですが、たそがれるのも最高です」と口にした。
翌日、タエコはユージに、たそがれるコツを尋ねた。ユージは「昔のことを懐かしく思い出したり、誰かのことをじっくり思ってみたり、 そういうことじゃないですか」と答えた後、サクラのカキ氷を食べるよう勧める。タエコはヨモギと一緒に砂浜のベンチに座り、サクラの カキ氷を食べた。ハルナは授業を抜け出し、休憩にやって来た。ユージも現れ、ハルナの隣でカキ氷を食べ始めた。
タエコが「お幾らですか」と尋ねると、サクラは客から金を取っておらず、別の何かを貰っていることを説明する。ユージとハルナは、 マンドリン演奏を代金にしているという。翌朝、タエコが台所へ行くと、サクラが小豆を茹でていた。彼女は「大切なのは焦らないこと。 焦らなければ、その内きっと」と言い、茹で終わった小豆をタエコに試食させた。タエコもヨモギも、朝のメルシー体操に参加するように なった。だが、5人でビールを飲んでいる時、ヨモギは「旅は永遠には続かないものです。僕はそろそろ帰ります」と口にした。そして タエコが毛糸の編み物をカキ氷のお礼にプレゼントした翌日、サクラも姿を消していた…。

脚本・監督は荻上直子、企画は霞澤花子、プロデューサーは小室秀一&前川えんま、アソシエイトプロデューサーはオオタメメグミ、 エグゼクティブ・プロデューサーは奥田誠治&木幡久美、撮影は谷峰登、編集は普嶋信一、録音は林大輔、照明は武藤要一、美術は 富田麻友美(麻由美は間違い)、写真は高橋ヨーコ、メルシー体操は伊藤千枝、フードスタイリストは飯島奈美、編み物はタカモリトモコ 、ノベルティーイラストは桜沢エリカ、音楽は金子隆博、音楽プロデューサーは丹俊樹。
エンディングテーマ「めがね」は大貫妙子、 作詞:太田恵美・大貫妙子、作曲:大貫妙子、編曲:FEBIAN LEZA PANE、演奏:FEBIAN LEZA PANE、金子飛鳥グループ。
出演は小林聡美、市川実日子、加瀬亮、光石研、もたいまさこ、薬師丸ひろ子、橘ユキコ、荒井春代、中武吉、吉永賢、里見真利奈ら。


『かもめ食堂』の脚本・監督を務めた荻上直子が、再び小林聡美&もたいまさこと組んだ作品。
タエコを小林聡美、ハルナを市川実日子、ヨモギを加瀬亮、ユージを光石研、サクラをもたいまさこ、森下を薬師丸ひろ子が 演じている。
与論島でロケーションが行われている。
『めがね』というタイトルに深い意味は無く、それが決まった後、登場人物にメガネを掛けさせることにしたらしい。

『かもめ食堂』では「ヒロインの小林聡美が営む食堂に人々が訪れる」という形だったが、今回はヒロインが島を初めて訪れ、次第に 馴染んでいくという話なので、前作よりはドラマがあるのかと思ったら、むしろ逆で、前作より何も起きない映画だった。
前作に続いて本作品も「癒やしの映画」などと呼ばれているようだが、私は全く乗れなかった。
ただし、それは何も起きないからではない。
大きな原因は2つあって、1つはカキ氷への違和感、もう1つはコミューン的なヤバさへの拒否反応だ。

タエコが砂浜で座ってボーッとしていると、主婦がカキ氷を食べ終わって「ふうっ、美味しかった」と漏らすが、ここに強い違和感を 覚える。
そもそもカキ氷というのは、味そのもので「美味しい、マズい」と感じる類の食べ物ではなく、その状況で美味しいと感じる 食べ物だと思うのだ。
例えばプールで泳いだ後とか、スポーツをした後とか、肉体労働に精を出した後とかにね。
それと、絶対的な条件として、「暑い夏の日」というのが挙げられる。
まだ春先、せいぜい「心地良い暖かさ」という程度であろう季節に、カキ氷を美味しいと思えるだろうか。
いや、舞台設定が良く分からないんだけど、やっぱり与論島だから「南国の島」という設定で、だから春でも気温は高いという設定なの かもしれんけど、そんなの、映画を見ている限りは全く伝わって来ないし。

前作『かもめ食堂』との大きな違いは(私はあの映画も高く評価していないが)、メインとなるメニューを間違えたことだ。
『かもめ食堂』でヒロインが作る料理に「美味しそう」とシズル感を抱いた人でも、この映画のカキ氷を見て「美味しそう」と感じるのは 難しいんじゃないだろうか。
大体さ、春の期間だけ出している浜辺の店で、カキ氷しか出さないって、なんだよ、そりゃ。
タエコがヨモギと一緒に砂浜のベンチに座ってサクラのカキ氷を食べるシーンでも、ちっとも美味しそうに感じない。なんか涼しそうだし 。
もっとギラギラとした太陽が照り付けるような、ところで、汗をびっしょりとかいているような、そういう時に食べるのなら分かるけど 、ヒロインも、他の客たちも、みんな涼しげな顔で、汗一つかいていないのに、カキ氷を食べているんだよな。
食べ終わったヨモギが「人生で一番のカキ氷でした」と漏らしても、全く説得力が無い。

タエコが島の流儀に全く乗らない前半の態度は、ものすごく頑なに見える。
見知らぬ土地に来たのだから、もう少し柔軟に対応してもいいものを、何一つ乗っかろうとしない。随分と頑固だ。
彼女のバックグラウンドは全く描写されないので、それは「島に来る前に何かあったせいで頑固になっている」というんじゃなくて、性格 なんだろう。
ただ、彼女のバックグラウンドが説明されないのはいいとしても、『かもめ食堂』の流れで見てしまったのがいけなかったのかもしれんが 、それを小林聡美がやっていることに違和感を抱いてしまった。
キャラとしては、市川実日子をそのポジションに配置した方が合っているような気がするんだが。

その市川実日子が演じるハルナというキャラは、この映画に合っていないように感じる。
例えば、軽トラックでマリン・パレスまでタエコを送っていく時のセリフなど、ものすごくトゲを感じる。
「はあっ?どこをどう見たら(ユージさんとサクラさんの関係が)夫婦に見えるんですか。人を見る目無さすぎ」とか、神経を逆撫でする ような言い方だ。
それ以外にも、ハルナはタエコに対して、やたらと質問し、やたらと干渉したがる。
それって、決して心地良い環境、癒やされる場所ではないと思うぞ。

やたらと質問されたら、疎ましいでしょ。
そういう煩わしさから逃れたいから、そこへ行くんじゃないのか。
ズケズケと質問されたら、たそがれることなんて出来ないでしょ。
この作品のテイストを考えると、ヒロインの神経を逆撫でするような言い回しをするキャラを配置するのは、望ましいことではないんじゃ ないか。
たそがれるために訪れる場所なのに、イラッとさせられるんだぜ。
終盤に入ると、タエコより前から町の生活に馴染んでいるはずのハルナが、新参者のように見える「場違い感」を醸し出している。

っていうか、『かもめ食堂』の「ゆったりした暮らし」とは違って、今回の「たそがれる」は、かなり押し付けがましい。
ゆったりとした時間の中で、訪れた人々が自然に溶け込んでいくというのではなく、強制はしていないが、「自分たちの流儀に従わない者 を異端」とみなすような態度を見せる。
マリン・パレスはマリン・パレスで確かにヤバい雰囲気はあるのだが、それと同じようにヤバい匂いをハマダにも感じるのだ。
それはつまり、「コミューン的なヤバさ」ということだ。

(観賞日:2010年11月7日)


第1回(2007年度)HIHOはくさい映画賞

・最低助演女優賞:もたいまさこ

 

*ポンコツ映画愛護協会