『魔女見習いをさがして』:2020、日本

アメリカで暮らしていた経験を持つ27歳の吉月ミレは、東京の貿易商社「菱友物産」で働いていた。社長から利益が上がらないことを会議で責められた宮尾課長が「原価を下げるべく相手国と交渉しまして」と言うと、ミレは「フェアトレードの精神に反します」と冷静に指摘する。宮尾は黙るよう要求し、ミレをプロジェクトから外した。ミレが抗議しても、宮尾は耳を貸さなかった。専務に「帰国子女ってのは空気が読めん」と嫌味っぽく言われ、ミレは憤慨した。
愛知教育文化大学に通う22歳の長瀬ソラは、教育実習生として小学校に通っていた。作文の時間、彼女は発達障害を抱える牧田祐司から絵をプレゼントされて困惑した。ソラは指導する教師から他の子のことを考えていないのではないかと注意され、先生に向いていないのかもしれないと考える。尾道のお好み焼き屋『ぽっぽ屋』でアルバイトをしている20歳の川谷レイカは、女将や常連客から愛されていた。女将が「それに引き換え、彼氏の方は」と言うと、レイカは苦笑を浮かべた。レイカの恋人の久保聖也は売れないミュージシャンで、最近はストリートの演奏もせずにパチンコ三昧の日々を過ごしていた。
テレビアニメ『おジャ魔女どれみ』のファンであるソラ、ミレ、レイカの3人は、聖地巡礼でMAHO堂のモデルになった洋館を訪れた。3人は『おジャ魔女どれみ』のファンと知って意気投合し、それぞれが「教育実習で自信を無くした」「仕事で嫌なことがあった」「ダメ彼氏と別れられない」と悩みを打ち明けた。3人は好きなキャラクターについて語り、持っている魔法玉を見せ合った。また会う約束をした3人は、連絡先を交換して別れた。
ミレは人事異動で総務係長に左遷され、後輩の矢部隼人から「辞めないですよね?」と訊かれて「辞めないわよ、まだ」と答えた。ソラは友人から、牧田の書いた手紙を渡された。レイカがアパートに帰ると、聖也が彼女の銀行通帳を持ち出そうとしていた。レイカは怒って通帳を取り返すが、聖也に甘えられると渋々ながらも2万円を渡した。ミレはクライアントであるエゼキエルにメールを送り、後任が矢部になることを伝えた。同僚たちが聞こえるように陰口を叩いて嘲笑するのを見て、彼女は腹を立てた。
ソラ、ミレ、レイカは連絡を取り合い、どれみの祖父の家があった岐阜へ行くことにした。名古屋駅から電車で移動する際、3人は子供の頃の話をする。ソラは後ろから付いて行くタイプだったこと、進路も親の言う通りに流されて決めたことを語る。白川郷に着いた3人は、観光を楽しんだ。ソラは牧田に貰った絵を待ち受け画像にしており、気になって様子を見に行ったことを話す。発達障害を支援する塾に通い始めた牧田は他の子と上手く付き合えるようになっており、子供との接し方が分からなくなったとソラは漏らした。
旅館で就寝する際、レイカは「私に合った環境はどこにあるのよお」と嘆息した。彼女は「両親が離婚して生活はギリギリ。母は頑張ってくれたのに私はグレて。和解した頃に母は病気になって独りぼっち。彼氏が出来て幸せになるかと思ったら、お金をせびられる生活」とこぼすが、聖也の笑顔が父に似ているので別れられないのだと語った。レイカは父が大好きで、両親が離婚する時も全く納得できなかった。しかし現在、レイカは父の居場所さえ知らなかった。
翌朝、3人は観光スポットを巡り、食事を楽しんだ。神社に参拝した帰り、ミレはレイカに「ちょっとだけ魔法を信じてみない?お父さんに会いたいんでしょ?」と言い、魔法玉を使ってみるよう提案した。レイカは「やります」と言い、魔法玉を握って呪文を唱えた。そこへ野球少年が走って来てぶつかり、レイカは魔法玉を落としてしまう。魔法玉は坂を転がり、ソラたちは慌てて後を追う。魔法玉は動物に運ばれたり女子高生が誤って蹴ったりして、母親と歩いている幼女のリュックに入ってしまった。
ソラたちは幼女を追い掛け、高山総合病院に辿り着いた。レイカは幼女に声を掛けて事情を説明し、魔法玉を返してもらう。そこへ看護師が来て、入院している幼女の父親の名前を口にした。玉木哲司という名前を聞いたレイカは顔色を変え、幼女と母親を追い掛けて病室へ向かう。彼女はソラとミレに、哲司は自分の父だと明かした。病室に入ったレイカは、ベッドで今の妻子と話す哲司の姿を確認した。彼女が名前を告げると、哲司は驚いた。
哲司は今の娘から「友達?」とレイカとの関係を問われ、言葉に詰まる。彼は少し躊躇してから、レイカに「人違いではないですか」と告げる。レイカは懸命にショックを隠し、「人違いしちゃったみたい。ごめんなさい」と逃げるように病室から飛び出した。ソラとミレが慌てて追い掛けると、レイカは号泣していた。「ミレさんが魔法を信じてみようなんて言うけ。頑張ったって、なんも手に入らん」と彼女に責められたミレは、ムッとして「だったら、なんでもっと必死に娘だって言わなかったの?自分から引き下がったんじゃない」と反論した。レイカは魔法玉を乱暴に投げ捨て、「来んかったら良かった」と走り去った。
ソラはレイカに電話を掛けるが、携帯の電源は切られていた。ミレはソラから、思ったことを何度も言う性格を注意された。反省した彼女は、ソラから「ウチに来ませんか。ブルーレイ揃ってますよ」と誘われた。ソラの家へ赴いたミレは、『おジャ魔女どれみ』を見た。彼女はレイカに会って謝らなければいけないと感じ、ソラが調べてくれた深夜バスで尾道へ向かった。翌朝、尾道に着いたミレは、レイカの住所を知らないことに気付いた。彼女は頭を抱えるが、ソラがバイト先のお好み焼き屋のリストをメールで送ってくれた。
ミレはリストの店を訪ね歩き、『ぽっぽ屋』の女将にレイカのアパートを教えてもらう。彼女はアパートを訪れ、驚くレイカに謝罪した。レイカは慌てて「私も八つ当たりしました」と頭を下げ、2人は仲直りした。彼女は父が描いた花の絵を部屋に飾っており、幼い頃は写生に良く連れて行ってもらったのだと話す。彼女は絵画修復師を目指していることを打ち明け、それは色褪せた絵を直せば父が戻って来てくれるのではないかという思いが理由だとレイカに語った。
レイカがミレを『ぽっぽ屋』へ連れて行こうとすると、聖也が戻って来た。「金のいいバイトを探して来てやった」とニヤニヤする彼を見たミレは、宮尾を思い出した。憤慨した彼女は聖也を投げ飛ばして啖呵を切り、レイカに「ここにいても何も変えられないよ」と告げる。彼女が東京へ来るよう誘って一緒に住むよう提案すると、レイカは快諾した。一方、宮尾と専務はエゼキエルから取引停止を通告され、愕然としていた。そこへミレが乗り込み、辞表を突き付けた。
ミレが部屋でレイカと過ごしていると、矢部が訪ねて来た。ミレは3人で飲みに出掛け、レイカが横浜美術大学に行くことを知った矢部は奨学金制度が充実している学校だと教える。レイカにバイト先を紹介するようミレから頼まれた彼は、従弟が経営しているガールズバーを勧めた。矢部と別れた後、ミレはレイカから彼が恋心を抱いていると指摘されて顔を赤くした。ミレとレイカから電話で話を聞いたソラは、牧田に会いに行こうと考える。ミレは賛同し、レンタカーを出すので月末に3人で行こうと持ち掛けた。
牧田が通う塾を訪れたソラは、教育方針について説明を受けた。牧田と再会した彼女は「また来てくれる?」と訊かれ、「また来るよ」と約束した。ソラは教員採用試験に向けて勉強し、ミレは試験後に3人で旅行に出掛ける計画を立てた。ミレは矢部の仲介でエゼキエルと会い、交渉をまとめた。矢部が菱友物産を辞めたと聞き、彼女は驚いた。「僕はこれからも貴方のパートナーでいると決めたんです」と矢部が言うと、ミレは真っ赤になった。ミレと矢部は、レイカがバイトを始めたガールズバーで飲んだ。
夏休み、ソラ、ミレ、レイカはどれみの思い出を巡る旅行に出掛けた。名古屋駅で合流した3人は、京都駅から奈良へ向かう列車に乗る。そこで3人は1人旅をしている大学4年生の大宮竜一と出会い、おんぷのファンだと知って仲良くなった。実家市内にある大宮は、3人の案内役を買って出た。ソラが大宮と楽しそうにしている様子を見たミレとレイカは、2人をくっ付けようと考える。大宮への恋心を指摘されたソラは顔を赤くして否定するが、ミレとレイカに背中を押されて告白を決意する…。

監督は佐藤順一&鎌谷悠、脚本は栗山緑、製作は高木勝裕&村松秀信、エグゼクティブプロデューサーは辻秀典&鈴木篤志、企画/プロデューサーは関弘美、原作は東堂いづみ、編集は西山茂、録音は川崎公敬、美術監督は田尻健一、色彩設計は辻田邦夫、撮影監督は白鳥友和、製作担当は村上昌裕、キャラクターデザイン 総作画監督は馬越嘉彦、作画監督は中村章子&佐藤雅将&馬場充子&石野聡&西位輝美&浦上貴之、絵コンテは佐藤順一&鎌谷悠&五十嵐卓哉&谷東、MAHO堂デザインは行信三&ゆきゆきえ、音響効果は石野貴久、音楽構成は水野さやか、音楽は奥慶一、主題歌『おジャ魔女カーニバル!!(魔女見習いをさがして Version)』はMAHO堂。
声の出演は森川葵、松井玲奈、百田夏菜子(ももいろクローバーZ)、三浦翔平、浜野謙太、石田彰、厚切りジェイソン、Kダブシャイン、千葉千恵巳、秋谷智子、松岡由貴、宍戸留美、宮原永海、石毛佐和、大谷育江、永澤菜教、氷青、永野愛、葛城七穂、詩乃優花、津久井教生、金光宣明、乃村健次、高村めぐみ、菅原淳一、徳永由禾、白石晴香、桜井ちひろ、新谷真弓、田窪一世、家富ヨウジ、山田きのこ、はにおかゆきこ、大和屋暁ら。


1999年から2003年に掛けて放送されたTVアニメ『おジャ魔女どれみ』シリーズの20周年を記念して公開された長編アニメーション映画。
監督の佐藤順一、脚本の栗山緑は、いずれも『おジャ魔女どれみ』シリーズのスタッフ。
『HUGっと!プリキュア』の演出を担当していた鎌谷悠が、佐藤順一と共同で監督を務めている。
ソラの声を森川葵、ミレを松井玲奈、レイカを百田夏菜子(ももいろクローバーZ)、大宮を三浦翔平、聖也を浜野謙太、矢部を石田彰が担当している。
『おジャ魔女どれみ』の声優陣だった千葉千恵巳、秋谷智子、松岡由貴、宍戸留美、宮原永海、石毛佐和、大谷育江、永澤菜教が、同じ役で参加している。それだけでなく、大谷育江と永澤菜教を除く6名は別の役も担当している。

この映画は、絶対に実写でやるべき題材だ。メタ構造でアニメ化するのは、どう考えても得策ではない。実写として作り、イマジナリー・フレンド的な形でアニメキャラのどれみたちを出した方がいい。
つまり『ロジャー・ラビット』みたいに、実写とアニメを合成すればいい。
アニメにしたせいで、『おジャ魔女どれみ』のモデルになった場所を巡るシーンでも、「そこはモデルになった場所ではない」という問題が生じている。
何しろ、それもアニメで描いているわけだから。実際の建物をカメラで写しているわけではないからね。

『おジャ魔女どれみ』のラストで、どれみたちは「魔法を使わない」という決断を下した。だから、その後のどれみたちを描いた時、再び魔法を使おうとする内容にしちゃうと、それは『おジャ魔女どれみ』を否定することになってしまう。
それを考えれば、「その後のどれみたち」ではなく、別の話にするのは分からなくない。
ただ、それでも『おジャ魔女どれみ』の続編を作れないわけではない。
例えば、大人に成長した姿でどれみたちを登場させ、「ヒロインを見守る近しい人物」として配置するのも1つの方法だろう。

どうやら「『おジャ魔女どれみ』シリーズのファン以外の観客にも楽しんでもらうために」ってことで、「成長したどれみたちの物語」という案は却下されたらしい。
ただ、だからって、この内容は違うでしょ。
アニメで作るのなら、『おジャ魔女どれみ』の世界観は必ず踏襲すべきだよ。それを劇中劇にしちゃダメだよ。
劇中劇にするなら、実写は必須。「アニメ畑のスタッフなのでアニメしか作れない」とか、「どうしてもアニメにこだわりたい」ってことなら、根本的に企画を練り直すべきだ。

アニメ映画にしたせいで、松井玲奈の声が上手く馴染んでいないという問題も起きている。ここは実写であれば、そんな問題など起きないわけで。
ちなみに森川葵と百田夏菜子は、そんなに悪くない。百田夏菜子は簡単に百田夏菜子だと分かるが、声の質やレイカというキャラもあり、かなり「アニメ的な演技」が出来ている。森川葵に至っては、言われなければ森川葵だと絶対に分からないだろう。
とにかく、アニメにしたせいでマイナスが幾つも出ているのよ。
逆にプラスに作用したことなんて、何も無いでしょ。「深刻な問題もアニメなら角が取れる」と思うかもしれないけど、そうとも限らないしね。
実写で作って、どれみたちとの絡みを多く挿入すれば、そこで寓話的な丸みや柔らかさを出すことは可能だし。

「ソラたちは『おジャ魔女どれみ』のファン」という設定で、同じアニメの中で両方のキャラクターを描くと、「現実のキャラであるソラたちと、想像の産物であるどれみたち」の境界線がボヤけてしまう。
そのため、「同じ画面の中に実在の人物と架空のアニメキャラが共存する」という仕掛けが実質的に死んでしまう。
アニメ映画だとキャラの質感の違いを出すのが難しいと思ったのか、どれみたちが幼いソラたちと話す冒頭シーンではシルエットで表現している。
でも、そこは絶対に姿を見せなきゃ意味が無いでしょ。そうじゃないと、何者かが分からないでしょ。

いや、もちろん『おジャ魔女どれみ』のファンだった人なら、シルエットでも何者かは分かる。
そして、映画を見る上で事前に情報を得ている人も多いだろうから、その場合も誰なのかは分かるだろう。
ただ、そういう問題じゃないからね。それでも絶対に、シルエットじゃなくてハッキリとどれみたちの姿は見せるべきだよ。
それだけでなく、最初に『おジャ魔女どれみ』という作品についても簡単に紹介する手順を用意しておくべきだよ。

最初にミレ、ソラ、レイカを登場させ、それぞれが抱えている悩みに触れている。ただしレイカに関しては、恋人の姿を見せないままで次のシーンに移っている。
それだと、「ダメンズと別れられずにいる」という彼女の悩みが明確には伝わらないので、ミレ&レイカとの比較で考えた時に中途半端だ。
彼女に限らず、もう少し3人の登場パートに時間を使い、「嫌なこともあるけど大好きな『おジャ魔女どれみ』に元気付けられている」ってのを描いた方がいい。
あるいは逆に、まず3人が聖地巡礼で出会うシーンから始めて、その後で各人のパートを描き、抱える悩みを示す構成でもいいだろう。
『おジャ魔女どれみ』を紹介し、3人が熱烈なファンであることをスムーズに描くためには、そっちの方がいいかな。

『おジャ魔女どれみ』の世界観を使わず、『おジャ魔女どれみ』のファンだった3人の物語にした時点で、「魔法は存在しない現実世界」という設定になっているはずだ。
しかし、魔法玉を追い掛けたレイカが高山総合病院に辿り着き、父親と再会するエピソードは、むしろ魔法がある世界観にして「魔法のおかげで父の居場所が分かる」という設定にした方がいいんじゃないかと言いたくなるぐらい寒いことになっている。
幾らなんでも、偶然が重なり過ぎていて、ものすごくバカバカしいのだ。

粗筋では省略したが、具体的に書くと、まず野球少年とぶつかってレイカが魔法玉を落とす。坂を転がって神社を出た魔法玉は、老人が散歩させていた犬に踏まれ、その勢いで高く跳ね上がる。さらに魔法玉は転がり、猫がくわえて運んだり、鳥がくわえて巣に持ち帰ったりする。そして急いていた女子高生が誤って蹴り飛ばし、幼女のリュックに入る。
それを「奇跡」として好意的に受け取ることなんて無理だ。コメディーとして納得させるような力も無いよ。
そして幾つもの手間と時間を掛けたせいで、余計に陳腐で安っぽくなっている。
むしろ、偶然が1つだけの方が遥かにマシだわ。

3人が抱えている問題は、かなり深刻な悩みだ。
だが、それを台詞だけで説明する部分が多すぎる。
レイカに関しては、「両親の離婚で生活がギリギリで、母が頑張ったのに自分はグレて、和解したら母が病気になって、父が大好きだったけど居場所も知らなくて」などと、ほとんどの情報を台詞だけで説明している。
そういう家庭環境や、そのせいで彼氏との関係を断ち切れない現状を、もっとドラマで表現すべきじゃないのか。

ミレがレイカに「ちょっとだけ魔法を信じてみない?」と言い出すのは、あまりにも唐突だ。その直前に、何かきっかけがあったわけでもないし。
もちろん、前日の夜にレイカから父親のことを聞いて、魔法玉に頼る方法を思い付いたってのは分かるよ。
ただ、観光スポットを巡るシーンが挟まれているので、そこの流れは分断されているのよ。
だから、「レイカから父親のことを聞いたミレが魔法に頼ることを思い付く」という流れは、上手く作れていないのよ。

ソラたちが岐阜へ行くのは、「どれみの祖父の家があったから」ってのが理由のはずだ。ところが実際に岐阜へ行った3人は観光を楽しむだけで、ちっとも聖地巡礼の意識が無い。観光スポットを巡る中で、『おジャ魔女どれみ』の話題で盛り上がるようなことも無い。
ミレがソラの家でブルーレイを見るシーンで、ようやく『おジャ魔女どれみ』の大ファンという設定がストーリー展開の中で活用される。
ただ、該当する『おジャ魔女どれみ』のエピソードを知らないと、「ブルーレイを見たミレが自分もどれみのように謝らなきゃいけないと考え、レイカの元へ向かう」という展開が心に響かない。
それを考えると、どれみたちが登場するシーンをもっと増やした方が良かったんじゃないか。
そうすれば、ミレとどれみの関係性が事前に伝わり、そこのドラマも説得力が強まったんじゃないかと。

父からの冷たい言葉にショックを受けたレイカは病室を飛び出し、ミレを責める。ミレは腹を立て、「だったら、なんでもっと必死に娘だって言わなかったの?自分から引き下がったんじゃない」と反論する。ソラは「思ったことを何でも言うのが悪い」とミレを注意する。
でも、まずレイカの行動に問題がある。
哲司はレイカが自己紹介した時点で、娘だと分かっている。ただ、今の娘、しかも幼い娘が目の前にいるから、「人違いでは」と苦渋の芝居をしたのだ。
あの状況で簡単に哲司が歓迎し、今の妻子に「実は娘で」と説明してくれるとでも思ったのか。
あまりにも思慮深さに欠ける行為であり、それでショックを受けるのがボンクラにしか思えない。

一方、それを考えると、やはりミレの言葉にも大いに問題はある。
彼女は「だったら、なんでもっと必死に娘だって言わなかったの?自分から引き下がったんじゃない」と責めるが、あそこでレイカが必死に「私は貴方の娘です」と食い下がったとしても、哲司は今の娘の手前、「人違いでは」と繰り返すかもしれない。もしも認めたとしても、今の娘を傷付けることに繋がるかもしれない。
だから、あの状況でレイカが引き下がらずに粘るのは、決して賢明な判断とは言えないだろう。
そんな風に諸々を考えると、そこのドラマの作り方は色々と間違えているように感じるのだ。

3人が抱えている悩みの深刻さや重大さと比較すると、その解決方法があまりにも安易で簡単すぎる。
難しい問題を簡単に解決しても、『おジャ魔女どれみ』のおかげで解決に至る展開があれば、上手く誤魔化せたかもしれない。だが、問題を解決する上で、『おジャ魔女どれみ』は何の力にもなっていないのだ。
しかも、その問題は、終盤までには実質的に解決されている。そして3人が修学旅行に行くと、ソラの恋愛をメインイベントとして描くのだ。これは大きな間違いだと断言できる。
そもそも、なぜ3人全員に恋愛要素を用意したのか。逆に、誰にも恋愛要素を置かず、シスターフッドだけで物語を構築してもいいような話でしょうに。

それを考えると、最後のメインイベントとしてソラの恋愛を持って来るなんて、一番やっちゃいけないことでしょ。
しかも、その恋愛って、ソラが出会った直後から大宮に惚れて、2日目で告白して、振られて泣くんだぜ。
そんなので「失恋の痛みで泣く」ってのを描かれても、冷めた気持ちにしかなれんよ。
あと、ソラの告白に「ごめんなさい」をする大宮にしても、その理由が「人と上手く付き合えないから」って、なんだ、そりゃ。すんげえバカバカしくて薄っぺらい恋愛劇だわ。

3人が友情を深めていく中で、「『おジャ魔女どれみ』が繋いだ絆」ってのを感じることは、ほとんど無い。
『おジャ魔女どれみ』への愛情とは無関係な場所で、3人はどんど仲良くなっていく。
出会いのきっかけは『おジャ魔女どれみ』だが、以降はほとんど意味が無いモノと化している。
夏休みに入ると「どれみの思い出を巡る修学旅行」に出るが、それも建て前に過ぎず、中身は『おジャ魔女どれみ』とほとんど関係が無い。

残り10分ぐらいになって、ようやく3人は『おジャ魔女どれみ』に絡めて思いを語り合い、自分たちの生き方について考える。
そしてミレがカフェを開くことになり、3人で準備をしていると、どれみたちが目の前に現れる。
そして3人は、幼少期の自分たちがどれみたちと話して空へ飛び立っていく様子を見る。
これで『おジャ魔女どれみ』に絡めて上手く物語を終わらせようとしているんだろうけど、そこに向けた流れもドラマも皆無に等しかったので、ちっとも心に響かないのよ。

(観賞日:2022年8月12)

 

*ポンコツ映画愛護協会