『メイン・テーマ』:1984、日本

幼稚園の先生をしている小笠原しぶきは、生徒の1人・御前崎カカルと父・渡の3人で外食をした。翌日、カカルはしぶきや幼稚園の友人 に見送られ、渡の車で去って行った。渡は成田へ赴いてジャズ歌手の愛人・伊勢雅世子に会い、転勤で大阪へ行くことを告げた。「奥さん の近くに行くのね」と恨めしそうに言われた渡は、「1週間に1度は会える」と告げた。
房総の海岸で佇んでいたしぶきは、4WDのピックアップ・トラックに追い回された。車を停めて降りてきた青年は、「俺の車に乗せて あげる。今度は俺が逃げてあげるよ」と言った。しぶきは車を運転し、逃げる青年を追い回した。青年の警告を受けてしぶきが後ろを見る と、荷台に乗っている箱が煙を上げていた。しぶきは車を降りて伏せるが、すぐに煙は消えた。
青年の運転する車に乗せてもらったしぶきは、それがマジックだと教えてもらった。その青年・大東島健はマジシャンの見習いで、全国を 回っているのだという。東京で戻ったら会おうと誘ってくる健に、しぶきは「大阪へ行く用事がある」と告げた。すると健は、送っていく と言い出した。東京へ戻ったしぶきは出掛ける準備を済ませ、健の車で大阪へ向かう。一方、雅世子が歌っているジャズクラブに赴いた 渡は、彼女が姿を消したことを知った。
健が休憩すると言い出し、2人は浜松のホテルで一泊することになった。健はマジシャンをしている叔父・四日市の元を訪れ、相方が蒸発 したことを聞かされる。四日市に頼まれ、健は彼と知り合いの女性の元へ出向く。助手をやってほしいという伝言を届けるためだ。その 女性とは、浜松に来ていた雅世子だった。雅世子を車で送っていく途中、健は彼女に欲情を抱いてキスをした。
出番が来ても雅世子が現われないため、四日市は健を探して会場に現われたしぶきを助手に指名し、強引に舞台へ引っ張り上げた。彼女が 人体切断の助手を無事に務め、ステージが終わった後で健と雅世子がやって来た。健はしぶきと雅世子を車に乗せ、ショーのあったホテル を後にした。しぶきは雅世子に、「どうしてそんなに口紅が濃いんですか」と尋ねた。
翌日、健としぶきは車で出発した。しぶきは大阪で降ろしてもらい、実家のある沖縄へ向かうという健と別れた。しぶきがカカルの家へ 出向くと、彼が1任で留守番をしていた。そこはカカルの母・由加の家だった。神戸へ買い物に出掛けていた由加は夕方になって戻り、 しぶきは家に泊めてもらう。夜遅くに渡が帰宅した時、由加とカカルは就寝していたが、しぶきだけは起きて出迎えた。渡から外へ出よう と誘われ、しぶきは喜んで承知する。だがドライブの途中、しぶきは眠り込んでしまった。
翌日、しぶきはカカルを幼稚園まで送り届け、家に戻って洗濯をした。買い物から戻った由加は、「高級住宅街なので恥ずかしい」という 理由で洗濯物を干すことを嫌がった。彼女は、前日の夜に渡としぶきが外出したことを知っていた。彼女は眠ったフリをしていただけ だったのだ。由加から「出て行ってくれないかしら」と言われ、しぶきは去ることにした。
しぶきは沖縄へ向かい、ラジオ局のディレクターをしている姉・千歳しずくの元を訪れた。担当するDJのエリを紹介された後、しぶきは 姉が漫画家の夫・国夫と暮らす家へ赴いた。健は海開きで催されるマジックショーの宣伝としてエリの番組にゲスト出演するが、かなり 暗い様子で終わってしまう。ポスター貼りに出掛けた彼は、沖縄へ来ていた雅世子に出会った。沖縄にやって来た渡は雅世子のことを 尋ねるためクラブへ出向き、ジャズのライブをやっているスポットを教えてもらった。
ビーチを散歩していたしぶきは、健と出会った。健に誘われ、しぶきはウインドサーフィンに興じた。ひとしきり遊んだ後、しぶきが 「髪を乾かしたい」と言うと、健は「モーテルに行こうか」と誘った。しぶきはデリカシーの無さを怒り、彼と別れた。姉の家に戻ると、 渡が来ていた。しぶきは愛を告白するが、渡は彼女の額にキスをして立ち去った。
夜、健は雅世子が歌うジャズクラブに赴いた。彼は知らなかったが、渡も店に来ていた。ステージを終えた雅世子を健が待っていたが、 彼女は「友達が来ている」と告げて去った。もちろん、彼女は渡の元へ向かったのだった。苛立つ健はしぶきに電話を掛けるが、出掛けて いて留守だった。その頃、しぶきは電話ボックスから健の家に電話を掛けていたのだった。
姉夫婦とレストランへ赴いたしぶきは、渡と雅世子が親しげにしている様子を目撃した。しぶきは海岸で催された健のマジックショーを 見に出掛けた。会場には雅世子も現われ、ステージを終えた健を連れ出した。それを目にしたしぶきは、後を追った。2人のキスを覗き 見たしぶきは、「そこまで」と叫んで飛び出した。健と渡の2人と親密な態度を取る雅世子を非難したしぶきだが、逆に「どっちが好き なの」と尋ねられ、「大東島くんです」と答えた。だが、雅世子が去った後、しぶきは健に意地っ張りな態度を示す…。

監督&脚本は森田芳光、原作は片岡義男、製作は角川春樹、プロデューサーは中川好久、助監督は金子修介、撮影は前田米造、編集は 川島章正、録音は小野寺修、照明は矢部一男、美術は中沢克巳(克己は間違い)、マジック監修は二代目引田天功、マジック指導は 平岩白風、音楽は塩村修、音楽プロデューサーは高桑忠男&石川光。
主題歌「メイン・テーマ」挿入歌「スロー・バラード」作詞は松本隆、作曲は南佳孝、編曲は大村雅朗、唄は薬師丸ひろ子。
主演は薬師丸ひろ子、共演は野村宏伸、財津和夫、桃井かおり、小松政夫、浜村純、渡辺真知子、太田裕美、戸川純、小倉一郎、 ひさうちみちお、弓恵子、黒川ゆり(クラリオン・ガール)、加藤善博、松川ナミ、渡辺良子、中沢亮(子役)、川村一代、伊藤克信、 佐藤恒治、仁乃炭子、大江徹、野中幸一、小木曽孝司、細川明、荒木則子、小林暁美、田野倉智恵、細川隆一郎、細川春子、 木ノ内英樹(子役)、林賢バンド、迎賓館フラダンスチームら。


片岡義男の旅小説シリーズから着想を得た角川春樹マークの映画。
同名の小説は18巻ぐらいまでの構想があったらしいが、実際には3巻までの出版でストップしている。
なお、原作シリーズに本作品のような物語は無く、題名とエッセンスだけを拝借している。
しぶきを薬師丸ひろ子、健を野村宏伸、渡を財津和夫、雅世子を桃井かおりが演じている。

渡役の財津和夫に加え、由加を渡辺真知子、しずくを太田裕美、エリを戸川純と、周囲に歌手を揃えている。
ただ、本職ではなく歌手を多く配置した意味、それによって狙っている効果が全く分からない。
音楽が重視されているわけでもないし、彼らがパフォーマンスをするわけでもない。
そして、歌手ではない桃井かおりだけに歌うシーンを用意する。
どういうつもりなのかと。

劇中には、幾つものマジックが仕掛けられている。
帰宅すると両親が死んだフリで倒れており、近付いた健が両手から煙を噴射して驚かせる。エリが煙草を灰皿に置こうとすると、ボワッと 大きく炎が燃え上がる。健が紙を丸めて投げ捨てると、紙飛行機に変化する。
これらは、全てが「マジックをやります」ということで健がやっているわけではなく、幾つかは「ごく自然に起きた出来事」として、 サラッと処理されている。
特に紙飛行機は、うっかりしていると見逃す可能性だってある。

どうやらデータを調べると、しぶきは何らかの理由で、健と出会う前に幼稚園を辞職しているらしい。
だけど、そんなの劇中で描かれていたかなあ。ちょっと記憶に無いんだけど。
渡が去った後、誤って園児を殴ってしまうシーンがあるので、たぶん辞めた理由はそれだと思う。
ただ、幼稚園を辞めるシーンも、辞めたことを示すセリフも見当たらないので、分かりにくい。
終盤に入って「新しい幼稚園で先生になった」と示されるところで、ようやくハッキリと分かる。

初対面でいきなり追い回してきた健に「俺の車に乗せてあげる。今度は俺が逃げてあげるよ」と言われたしぶきは、ホイホイと車に乗り、 しかも健を楽しそうに追い回す。
大阪まで送っていくと言われ、簡単にOKする。
しぶきは渡に惚れているはずなのに、出会ったばかりの健にも簡単に気が行く。
尻軽女の上に独占欲は強いらしく、雅世子に対して嫉妬したような態度を示す。

幼稚園の先生がわざわざ大阪まで来るなんて異常だが、由加は特に気にする様子も無く宿泊させる。
しぶきも何の遠慮も無く、平然と宿泊する。
というか、何の説明も無いまま、何となく泊まる流れになっている。
しぶきが家にいても、渡は全く驚きを示さない。
しぶきは気が多いのか、渡の家に居づらくなった途端に健のことが気になったらしく、沖縄へ向かう。

健はプレイボーイなのか、雅世子に欲情していながら、しぶきにも誘惑するような態度を示す。
終盤、しぶきは雅世子から「どっちが好きなの」と聞かれて健だと答える。
その少し前に、渡に愛を告白していたのに、何の迷いも無く答える。
その辺りの女心がサッパリ分からないよ。
いつの間に渡から健へと気持ちが移ったんだろう。

「なぜ?どうして?」の嵐だが、疑問が浮かんでも、1つ1つ気にしていたらやっていられない。
何しろ、しぶきの「どうして誕生日を知っていたの?」という問い掛けに対し、健の「マジックさ」という一言だけで済ませてしまう ぐらい、謎を解き明かすこと、説明することに対する関心は薄いのだ。
いちいち引っ掛からず、雰囲気に身を委ねなければ、この映画を最後まで見ることは難しい。

ただし問題は、身を委ねさせてくれるような雰囲気が全く作られていないってことだが。
というか、そもそも雰囲気で勝負しようとする意識など、さらさら無いのだろう。
この映画から窺えるのは、森田監督の「テクニックを見せ付けてやろう」という意欲というか、野心というか、若気の至りというか、調子 に乗っちゃった悪ノリ感覚というか、まあ、そんなようなモノだ。

そんなわけだから、テクニックには色々と凝っている。
健と四日市の、わざとらしい棒読みの台詞回しによる演劇チックな会話シーン。
シュワッチの効果音と共に舞台のマイクが立ち上がる仕掛け。
実家に戻る健の姿を俯瞰で捉えるカメラワーク。
しぶきと健が渋滞中に車内でキスをすると、他の車に乗っていたはずの面々が全て外に出てダンスを始め、花火が打ち上がるという演出 などなど。

姉の家へ向かうしぶきが幼稚園児とすれ違ったり少年たちの缶蹴り遊びに遭遇したりすると、エリが描いた絵地図という設定で同じ場面が イラストとして挿入される。
ただ、だから何なのかと思ってしまうのよね。
イラストが全編に渡って意図を持って使用されているんじゃなく、その場でやるだけだし、何の効果も感じないのよね。
ただ「技に溺れているな」と感じるだけ。

テクニックばかりに走りすぎて、キャラクターや物語を描くことにまで気が回らなかったようだ。
だから、登場人物の中身が見えないのだ。
しぶきに「貴方は一体どんなことを考えているのか、頭の中を覗いてみたいわ」というセリフを言わせているが、こっちが監督に同じ言葉 を告げたいよ。
タイトルは『メイン・テーマ』だけど、この映画のメイン・テーマはどこにあるのかと。
あと、沖縄がメインの舞台なのに沖縄らしさは薄いし、そこまでは旅をしているのにロード・ムービーとしての面白さも無いし。

 

*ポンコツ映画愛護協会