『マエストロ!』:2015、日本

ヴァイオリン奏者である香坂真一は目を覚まし、ミュンヘン交響楽団から届いた採用見送りの通知を確認する。車で出掛けた彼は、売りに出ている工場に到着する。ヴィオラ奏者の阿久津健太郎が彼を出迎え、「来てくれて助かったよ」と口にする。「この辺に練習できる場所ってありましたっけ?」と尋ねた香坂は、工場が連中場所だと知らされる。ヴァイオリン奏者の谷ゆきえとコントラバス奏者の今泉徹が中に入ろうとするのを見て、彼は「マトモな練習場所も無いってことですか」と呆れたように漏らす。
その工場に集まった面々は、不況の煽りを受けて半年前に解散した中央交響楽団の元メンバーである。才能あるメンバーの大半は国内外のオーケストラに引き抜かれ、音楽の道を諦めて就職した者もいる。そんな中で再結成の話が持ち上がり、1ヶ月後に東京オペラハウスの大ホールで開催されるコンサートで『運命』と『未完成』を演奏することまで決定していた。指揮者としてチラシに記されているのは、天道徹三郎という名前だ。
顔面神経麻痺で辞めたホルンや一丁田薫や2年前に定年を迎えたヴァイオリンの村上伊佐夫が来ていることに、ゆきえは「お呼びでない人が来てる」と煙たそうな表情を浮かべる。香坂は「人数が足りないんでしょう」と、ため息交じりに告げる。メンバーの誰も天道が何者なのか知らないが、チェロの榊涼子から問われた香坂は「僕らの音楽をやるだけですよ」と口にする。メンバーは解散前に来た指揮者を嘲笑し、香坂は「指揮者はオーケストラの敵ですよ」と言う。
第2フルートの橘あまねが遅れて現れるが、彼女は中央交響楽団の元メンバーではなくアマチュアだった。現場作業員の男がトンカチを使っていたので、ホルンの島岡脩三が止めさせた。指揮者は来ていなかったが、香坂は練習を開始する。『運命』の演奏を始めた直後、香坂は「違う」と感じる。作業員が再び釘を打ち始め、「もうやめい」と叫ぶ。彼は「そんな音、ワシの前で出さんといてくれ」と言い、演奏を扱き下ろした。作業員は天道徹三郎だと名乗り、「これは決闘なんや。ワシと君らのどっちが先にピストル抜くか」と口にする。天道は口汚くメンバーを罵りながら練習を始めるが、最後まで「君らのは音楽やない」と批判するだけだった。
天道が去った後、4時間ぶっ通しで冒頭部分だけを演奏させられたメンバーからは不満の声が上がった。あまねが再結成を伝える最初の電話を掛けたことが判明し、メンバー数名は定食屋『万腹』で彼女から事情を聞く。あまねは「ジジイにバイトやらへんかって言われて、みんなに電話掛けまくった」と香坂たちに語った。さらに彼女は、定食屋で食事をしている時に天道からスカウトされたのだと話した。オーディションも無かったことに香坂たちは驚くが、たくわんを噛む時の音を聞いた涼子は「硬口蓋が高いと管楽器で良い音を出せるって聞いたことがある」と述べた。
翌日、香坂はあまねに、「周りの音を聴いて演奏しろ。第一楽章、飛び出してるだろ」と要求する。あまねが「みんなが遅い」と反論すると、彼は「みんなに合わせろ」と告げた。香坂はオーボエの伊丹秀佳に、クラリネットの可部直人とユニゾンの時にわざとピッチを変えていることを指摘する。香坂は「プロなら意地でも合わせて下さいよ」と頼むが、過去の恋愛絡みで可部を嫌悪する伊丹は従わなかった。天道は香坂から「アマチュアを入れるのはおかしい」と抗議されると、「君ら一度は解散したんやで。ワシに集められた、しがない楽団なんや」と冷たく告げた。
天道は練習を始める直前に席替えを命じ、あまねを第一フルートの鈴木稔と交代させた。香坂が抗議しようとすると、彼は「ワシのオケや。ワシのやりたい音楽をやる」と告げた上、『運命』ではなく『未完成』の演奏を始めさせた。練習の後、ホルンの島岡脩三は同じ楽器担当の一丁田薫について「音が薄い」と酷評する。一丁田が帰宅すると、天道が後を追った。次の日、『運命』第二楽章の練習に入った香坂は、あまねが飛び出なかったことに気付いた。
香坂や今泉たちは喫茶店『ドルチェ』に集まり、阿久津が密かに撮影した練習風景を確認する。その結果、今泉たちは「天道の腕は妙な動きだが何をやりたいか分かる」「全員の音が良くなっていること」と感想を口にした。一丁田は香坂たちに、天道が自分を整備工場へ連れて行ったこと、整備士の金さんにホルンを叩かせたことを明かす。そのおかげで音が厚くなったのだと、彼は話した。可部が「ギャラ出んのかよ」と言い出したので、香坂たちは天道の元へ確認に行く。天道は「終わったらちゃんと払たる。今は無いだけや」と告げると、軽トラで走り去った。
あまねが外で練習する姿を目撃した天道は、彼女が天道に与えられた船で暮らしていることを知る。なぜ『運命』で飛び出さなかったのかを香坂が尋ねると、彼女は天道から呼吸を教わったことを話す。しかし香坂は天道がヤクザから金を借りて返済を迫られていることも知り、「スポンサーに確かめた方が良さそうだな」と口にする。いつからヴァイオリンを弾いているのかと問われた香坂は、気が付いたら演奏していたと答える。香坂の亡き父もヴァイオリン奏者で、幼い息子に「天籟」について語っていた。
次の日、メンバーが『未完成』第二楽章を練習していると天道は呆れたような態度を取り、「この演奏が最初で最後や思て弾いたことがあるか。そやから、お前らの音には愛っちゅうモノが無いねん」と言う。あまねは見本を聴かせるよう指示されると、阪神大震災で命を落とした父を思いながらフルートを吹いて涙した。
自宅で古い楽譜を見ていた香坂は阿久津からの電話で、「スポンサーが降りるかもしれない」と告げられる。阿久津と会った彼は、「原因は天道だ。5年前に詐欺事件を起こしてる」と聞かされる。2人はオペラハウスへ行き、ステージマネージャーを務める相馬宏明に会おうとする。しかし相馬が逃げ出したので、香坂たちは慌てて後を追った。相馬は事情説明を求められると、「自分が霊感商法に騙されて壺を購入したので、天道さんは見かねて引き取ってくれた。法律的に引っ掛かることは何もありません」と述べた。
香坂が「あの人、今まで何をやっていたんです?」と尋ねると、相馬は「御存じない?貴方のお父さんの一彦さんと天道さんは、同じオケにいました。コンマスと指揮者として。ほんの短い間でしたけど」と言う。一彦が才能ある知人として天道を招聘し、指揮を任せたのだと彼は語る。しかし天道が高慢な態度で罵倒するので、楽団員は憤慨する。一彦は「本当の音を求めているだけなんです」と我慢するよう頼むが、楽団員は拒否した。思い悩んだ一彦は睡眠薬の飲み過ぎで倒れ、楽団員は天道への怒りから演奏会をボイコットした。天道が自分を誘った理由について香坂が質問すると、相馬は「存じません」と答えた。
次の練習日、天道は全体演奏を途中で止め、村上だけに何度も演奏させる。香坂は天道に怒りをぶつけ、「アンタが怒鳴るから村上さん、どんどんヨレていったんだろ。人を踏みにじらなきゃそこに立てないんなら、もう辞めろよ」と声を荒らげた。天道が練習を終わらせて立ち去った後、阿久津はトップのメンバーを残す。彼はスポンサーの撤退が決まったことを明かし、コンサートも中止になると告げる。ゆきえや丹下は「残りのチケットを自分たちで手売りしてホールを借りよう」と提案するが、ギャラ無しでのコンサートに賛同する者は他にいなかった。香坂はトップの面々に、楽団の解散を宣言した。
村上が電車の駅にいると天道が現れ、その場で演奏するよう要求する。初めてのオーディションと同じ曲を弾くよう言われて指示に従った村上は、「毎日、十時間練習せえ」と言われると笑顔で「はい」と答えた。香坂は酔っ払ったまま夜道を歩きながらヴァイオリンを演奏し、あまねに声を掛けられる。父の音を追い求める香坂は、「あまねは、なんであんな音が出せるんだ」と訪ねる。あまねは震災の後に焼け跡で音が鳴っていたことを話し、「音楽って、切ないね」と口にした。メンバーは元の生活に戻り、オペラハウスの館長はキャンセルになったコンサートをスケジュールから外すよう相馬に告げる。しかし相馬は、「もう少し待って頂けませんか」と頼み込む…。

監督は小林聖太郎、原作は さそうあきら『マエストロ』(双葉社刊)漫画アクション連載、脚本は奥寺佐渡子、エグゼクティブプロデューサーは豊島雅郎&小西真人、プロデューサーは井手陽子&田中美幸、ラインプロデューサーは原田文宏、アソシエイトプロデューサーは八尾香澄、撮影は清久素延、照明は横道将昭、美術は小澤秀高、録音は柿澤潔、編集は宮島竜治、指揮指導・指揮演技監修は佐渡裕、音楽は上野耕路、音楽スーパーバイザーは天野正道、チーフ音楽プロデューサーは中島浩之、音楽プロデューサーは安井輝&篠崎恵子。
コンサートシーン演奏曲は『交響曲第5番(運命)』作曲:ベートーヴェン、『交響曲第7番(未完成)』作曲:シューベルト。
エンディング・テーマ『マエストロ!』作曲・ピアノ:辻井伸行、編曲:山下康介。
出演は松坂桃李、miwa、西田敏行、松重豊、でんでん、古舘寛治、大石吾朗、濱田マリ、河井青葉、池田鉄洋、モロ師岡、村杉蝉之介、小林且弥、中村倫也、斎藤暁、嶋田久作、石井正則、綾田俊樹、テント、長原成樹、宮下順子、淵上泰史、木下半太、中村ゆり、鹿野真央、梅舟惟永、池田大、南拓哉、板橋駿谷、増田修一朗、奥野瑛太、相澤直也、平澤宏々路、野村修一、水木薫、猫田直、佐山和泉、外山誠二、中嶋宏太郎、華山益夫、安田真佑美、酒井ヨヲスケ、中川朋香、滝本憲吾、篠原剛ら。


『漫画アクション』と『双葉社Webマガジン』で連載された、さそうあきらの漫画『マエストロ』を基にした作品。
監督は『かぞくのひけつ』『毎日かあさん』の小林聖太郎、脚本は『魔女の宅急便』『バンクーバーの朝日』の奥寺佐渡子。
香坂を松坂桃李、あまねを映画初出演となる歌手のmiwa、天道を西田敏行、相馬を松重豊、金さんをでんでん、阿久津を古舘寛治、村上を大石吾朗、ゆきえを濱田マリ、涼子を河井青葉、今泉を池田鉄洋、鈴木をモロ師岡、可部を村杉蝉之介、伊丹を小林且弥が演じている。

この映画、序盤から疑問のオンパレードだ。
まず、「なぜ中央交響楽団の元メンバーは、どういう経緯で集まったのか」という疑問がある。
誰から再結成の話を聞いたのか。それが信用できる話だと、どういう根拠で感じたのか。
工場の前にコンサートのチラシが貼ってあるが、その責任者が誰なのかも知らないのに、なぜ信じられるのか。
指揮者が誰なのか知らないのに、なぜ調べようもしないのか。
元メンバーではない橘あまねが来たのに、なぜ彼女が参加する経緯も訊かないまま普通に練習を始めるのか。

まだ指揮者が来ていないのに、香坂は練習を開始する。
指揮者が来ていないどころか、そのコンサートの責任者が誰なのかも分からない状態なのに、平然と練習を始めている。
コンサートのチケットは誰がどういう形で売り出しているのか、自分たちのギャラは発生するのかといったことも全く分かっていないはずなのに、なぜ平気で練習できるのか。
これが「みんなで演奏できるだけでも幸せ」ということなら、分からなくもないのよ。でも、そういう連中ではないので、違和感を覚えるのよ。

メンバーは解散前に来た指揮者を嘲笑し、香坂は「指揮者はオーケストラの敵ですよ」と言う。
歴史の浅いオーケストラなら、そんなバカみたいな意見が罷り通っているのも分からなくはない。だけど、長い歴史を誇る由緒あるオーケストラなんでしょ。それなのに、そんな奴が平気でコンマスをやっているってのは、どういうことなのかサッパリ理解できない。
そりゃあ、不愉快な指揮者がいたらオーケストラが従わないとか追い出そうとするとか、そういうのは珍しくもないと思うのよ。
ただ、「全ての指揮者はオーケストラの敵である」という意見が香坂だけでなくオーケストラの共通認識として罷り通っているのは、あまりにも不可解だ。

初日の練習が終わった後、「このオケ、誰が仕切ってるんだ」と鈴木が尋ねると香坂は「分かりませんよ」と答える。
「最初の電話は誰からなのか」とメンバーが言い合い、関西弁の若い女だったことから、あまねだったと気付く。
そこで「どういう経緯で集まったのか」は判明するが、メンバーは誰か分からない女から再結成の話を聞かされたのに、「貴方は誰なのか」と確かめることもせず、簡単に信用して集まったわけだ。
どれだけ阿呆どもの集団なのかと。

オーケストラの面々は、最初から天道を敵視している。
だったら、せめて「指揮者を敵視する」という部分で統一感があるのかと思いきや、メンバー同士でいがみ合っている。それも陰口を叩くだけに留まらず、相手がいる前でも平気で悪口を吐く。
これが「急に集められた初対面のメンバー」ってことなら、まだ分からなくもないのよ。だけど、ずっと一緒に演奏して来た顔触れなんでしょ。
そんなに不仲な状態で、なんでオーケストラが半年前まで存続していたのかと。
「それまでは人気があったが、香坂がコンマスになった辺りで加入したメンバーたちは仲が悪く、それが原因で人気が低迷して解散に追い込まれた」ってことなら、まだ理解できる。
でも不況の煽りで解散に追い込まれたってことだから、不仲なのは「どういうことだよ」と言いたくなる。

可部が「ギャラ出んのかよ」と言い出したことで、ようやく香坂たちは報酬の確認作業をする。だけど天道にギャラを支払う能力が無いことが判明したのに、なぜか練習は続行する。
スポンサーがいれば大丈夫ってことかもしれないが、そもそもスポンサーの確認作業もしていないのよ。香坂は阿久津からの電話で「スポンサーが降りるかもしれない」と告げられるが、それまで一度もスポンサーに確認を取っていないのよ。
そこで初めてオペラハウスのステージマネージャーと会うってのも、行動が遅すぎるだろ。
これが真っ当な楽団で、楽団員は演奏だけに集中していれば何の問題も無くコンサートが開催されるという環境にあるのなら、そんなことは気にしなくてもいいだろう。
だけど、天道の正体は不明、本当にコンサートが開かれるのか怪しいという状態なんだから、早い段階で色々と確かめろよ。

スポンサーが降りたことを受けて、楽団の解散が決定する。ゆきえや丹下は「残りのチケットを自分たちで手売りしてホールを借りよう」と提案するが、賛同者が他にいなかったからだ。
つまりメンバーは「みんなで演奏できれば幸せ」ってことじゃなくて、「プロだから金を貰うのが当然」と考えている連中なんでしょ。
そもそも、不仲なんだから「みんなで演奏できれば幸せ」なんて思うはずもないし。
お金が支払われないと知って解散を選ぶ面々なのに、再結成の話が出た時点でギャラについて誰も確認しないのは変でしょ。

集められたメンバーは楽団が解散した上に再就職先も見つからない状態で、だけど音楽は諦めたくないんでしょ。
だったら、「自分たちでスポンサーを見つけよう」とか、「今回はノーギャラでもいいからコンサートを開いて楽団を宣伝しよう」とか、そういう考えを持つ者が少数なのは解せない。
「金が出なきゃ演奏しない」と主張する奴がいるのは構わないけど、ゆきえや丹下でさえ「自分たちが演奏したい」ってだけであり、誰一人として「お客さんに良い演奏を聴いてもらおう」という感覚を持っていないので、「そんな楽団、応援できねえよ」と言いたくなる。
初心者の集まりならともかく、長く楽団で仕事をしていた連中なのに、なんで「聴きに来てくれる観客のために」という精神が培われていないんだよ。

スポンサーが降りて楽団が解散しても、もちろん「メンバーが再び集まって練習し、コンサートも無事に開催できるようになる」という展開が待っているのは明白だ。
そこは予定調和で構わないが、問題は「どうやってコンサートが開催され展開に持って行くか」ってことだ。
「楽団員が必死で奔走し、何とかスポンサーを見つける」とか「楽団員が個々でチケットを売り、何とかコンサートに漕ぎ付ける」とか、そういう展開にするのかと思いきや、「阿久津と涼子が相馬の紹介で支援者と面会する」というシーンをチラッと挿入し、わずか10秒ほどで解決しちゃうのだ。
なんだよ、そりゃ。

あまねが「この演奏が最初で最後や思て弾いたことがあるか。そやから、お前らの音には愛っちゅうモノが無いねん」と怒鳴った天道から見本を聴かせるよう指示されるシーンでは、唐突に「あまねの幼少期に起きた阪神大震災で父が死亡」という回想シーンが挿入される。
「あまねが父のことを思いながら演奏するから見事な音が出た」ってことを示したいのは、もちろん誰だって簡単に分かるだろう。
でもね、「そんなに安っぽい形で、震災をネタとして使うんじゃねえよ」と言いたくなるのよ。
そこで急に阪神大震災に関連する要素を持ち込まれても、こっちの心は全く揺り動かされないからね。あまりにもバカバカしくて、微動だにしないからね。

天道が単なる不愉快で傲慢な男にしか見えないってのは、かなりのダメージだ。
映画としては「口が悪くて傲慢だけど腕は確か」ってことで、彼を魅力的な人物として造形しようとしている。でも残念ながら、ちっとも「腕のいい指揮者」としての説得力が無いのよ。
メンバーの「凄い」「何だ今の音」という心の声を入れることで「一瞬で演奏の質を変えた優秀な指揮者」とアピールしているけど、西田敏行が「超一流の指揮者」の中身としての説得力を発揮していないのよね。
西田敏行は芸達者な人だし好きな役者たけど、このキャラに関しては残念ながら力不足と言わざるを得ない。

ただし、西田敏行だけの問題ではなく、天道というキャラの描き方にも疑問が多い。
例えば彼は伊丹が違うリードを使っていることに気付くと、本番用に取っておいたリードを使うよう命じる。
そこまでは、もちろん納得できる。しかし、「練習やろうが本番やろうが、使えるチンチンは1本じゃ」と告げて他のリードを床に落とし、それを乱暴に踏み付けるってのは、「荒っぽいけど才能のある指揮者」としての一線を完全に超えている。
演奏者の大事な道具を踏みにじるなんて、音楽に携わる人間としては絶対にやっちゃダメな行為だ。
その時点で、「例え才能があったとしても唾棄すべき男」としてのレッテルが貼られる。

そのレッテルが間違いだったことが判明する展開でもあれば、もちろん素直に「すまん、間違ってた」と詫びよう。
しかし、そのレッテルは正しいのだ。
相馬が天道の過去について説明するシーンで、「若い頃の天道が楽団員に高慢な態度で罵声を浴びせ続け、怒りを買った」ということが示される。「本当の音を求めているだけ」という言い訳が入るけど、楽団員にボイコットされる時点で指揮者としては失格だ。
もちろん演奏会をボイコットする方にも問題はあるが、ともかく過去にそういうことがあったのなら、友人を追い込んでしまったんだし、反省して態度を改めるべきじゃないのかと。
なんで年を取っても、その頃と全く変わらない傲慢ぶりなんだよ。
過去の経験から何も学習していないじゃねえか。

天道がメンバーと個人的に会い、それぞれの弱点を克服させる様子を挿入することで、「彼は素晴らしい指揮者である」ってことをアピールしている。
だけど、それで「全体練習での傲慢な態度」が全てチャラになるわけじゃねえぞ。
そもそも、個々のメンバーと会って弱点を克服するための具体的なアイデアを指南することが出来るのなら、なんで全体練習の時は抽象的なことしか言わないんだよ。
具体的なことを指示しようとすれば出来るんだから、だったら単なる嫌がらせじゃねえか。

後半、天道の妻であるハルが重病で入院していること、多額の借金は医療費を払うためだったことが判明する。
でも、「だから楽団員のギャラは払えない」ってのは全く別の問題でしょ。
おまけに、口と態度は悪いけど本気で楽団のことを考えているのかと思いきや、なんと彼は「ハルのためにコンサートを開きたい」という個人的な理由だけで動いていたのだ。そして2日目は観客を入れず、ハルだけを会場に招待して楽団に演奏させるのだ。
いやいや、メチャクチャじゃねえか。

これが例えば「楽団員が最初は天道を嫌っていたが、次第に信じて付いて行くようになる」→「天道の抱えている事情を知り、ハルのために演奏しようとする」という手順を経ての「たった一人のためだけのコンサート」であれば、それは受けいれられるのよ。
なぜなら、それは楽団員の善意によって成立する「無償のコンサート」だから。
でも、天道は楽団員に何も知らせず、当時になって無人の会場にハルを連れて来て演奏させるんだから、ただの身勝手な奴じゃねえか。
それを「感動的なエピソード」みたいに着地させても、明らかに不時着しているぞ。いや、もはや不時着どころか、どこにも着陸していないぞ。

(観賞日:2016年8月20日)

 

*ポンコツ映画愛護協会