『メカゴジラの逆襲』:1975、日本

海洋開発研究所の開発した試作段階の調査船「あかつき1号」が、メカゴジラの残骸を調べるために派遣されていた。国際警察の捜査官である草刈も、あかつき1号に同乗していた。調査船が作業する様子を、浜辺にいる真鶴桂という女が眺めていた。あかつき1号が潜水して調べても、分析装置はスペース・チタニウムを感知しなかった。その時、海底から恐龍が現れ、あかつき1号を襲った。あかつき1号は急いで浮上しようとするが、恐龍に叩き潰されてしまった。
国際警察の東京支局長である田川や捜査官の村越、海洋開発研究所の若山たちは、事件を受けて会合を設けた。あかつき1号の一件は事故として処理されており、報告書には「強力なエネルギーによって解体された」と記された。その内容から、田川たちは事故ではない可能性が高いと考える。国際警察は、あかつき1号が沈んだ辺りの海から円盤が何度も飛んで行く様子を目撃したという証言も得ていた。
海洋開発研究所の研究員である一ノ瀬が、遅れて会合に参加した。彼は村越の大学時代の後輩だ。あかつき1号のボイスレコーダーが再生されると、何かの生物の鳴き声と乗組員の「恐龍だ」という叫び声が録音されていた。一方、ブラックホール第3惑星人のムガール隊長は東京を訪れ、津田副官と合流した。ブラックホール第3惑星人は、東京を自分たちの住みやすい環境に作り変えようと企んでいた。
津田はムガールに「我々の役に立つ地球人を見つけました」と言い、理学博士の真船信三の名前を出した。津田は「我々は彼の娘の命を救ったのです。それに何より、真船博士は地球人を憎んでいる」と述べた。かつて真船は海洋開発研究所に所属し、動物を自由自在に操る研究に従事していた。小笠原諸島で恐龍を発見した彼はチタノザウルスと名付け、コントロールしようと考えた。しかし周囲の大反対を受け、海洋開発研究所を追い出されてしまった。それが15年前のことである。
一ノ瀬と村越は恐龍に関する手掛かりを得ようと考え、真鶴にある真船の屋敷を訪れた。しかし庭にいた老人に話し掛けても無視され、出て来た娘の桂には「父は5年前に亡くなりました。その時に資料は全て燃やしました」と冷たく言われてしまう。一ノ瀬と村越は桂が何か隠していると睨むが、その通りだった。真船は存命で、屋敷の地下にある研究室でチタノザウルスのコントロール装置を完成させていた。その開発の裏には、津田の援助があった。
桂は真船に、インターポールか来たことを知らせた。真船は「今こそ奴らに思い知らせてやる。復讐してやるのだ」と口にした。津田は真船と桂を天城山の洞窟へ連れて行き、その奥にある秘密基地を見せた。そこにはムガールが待ち受けており、自分たちがブラックホール第3惑星人であることを真船と桂に明かした。秘密基地では回収したメカゴジラの改造が進められており、ムガールはコントロール装置を使っての協力を真船に要請した。脱走者が出たため、ムガールの手下たちが追い掛けて銃殺した。
一之瀬や助手の山本ユリたちは、研究室で1冊だけあった真船の研究ノートを発見した。そこには、チタノザウルスがおとなしい性質であることが記されていた。一之瀬は桂に連絡を入れて研究所へ来てもらい、ノートを見つけたことを話す。彼が真船の考えに共鳴したことを告げると、桂は「父の研究は忘れて下さい」と口にした。一之瀬は桂に、あかつき2号を建造して恐龍の調査に行くので同行してほしいと持ち掛けた。すると桂は、「おやめになって下さい」と調査の中止を求めた。
山下という男が国際警察東京支局を訪れ、天城山中で渡されたというスペース・チタニウムを持ち込んだ。天城山中で地下水道を修理していた彼は、それを殺される寸前の脱走者から渡されていたのだ。脱走者の風貌を聞いた田川は、それが草刈だと確信した。同じ頃、真船はメカゴジラにコントロール装置を取り付けて改造していた。彼はムガールに、「さらに完璧な物にするには、優秀な生きた頭脳細胞組織を利用することだ」と語った。
あかつき2号が調査へ行くことになり、一之瀬は桂に電話を掛けて同行を要請する。断った桂は危険を訴えるために出掛けようとするが、津田に光線を浴びせられて動きを止める。かつて真船の実験を手伝っていた桂は、装置の事故によって感電死していた。その時、津田と手下たちは、桂に手術を施してサイボーグ化していた。津田は桂に、「チタルザウルスを動かし、調査船を迎え撃て」と指示した。
一之瀬たちを乗せたあかつき2号が潜水して調査活動を行っていると、桂の操るチタノザウルスが襲い掛かって来た。だが、突如としてチタノザウルスが苦しみ始めたため、その間にあかつき2号は浮上して退避した。あかつき2号はチタノザウルスが出現した際、本部に連絡を取ろうとして音響測深機の出力を上げていた。それを知った田川はチタノザウルスが超音波に弱いと確信し、強力な超音波発生装置を作るよう若山に依頼した。
真船邸の様子を窺っていた一之瀬は、出て行く車を目撃して尾行した。待ち受けていたムガールの手下たちに包囲された一之瀬は銃殺されそうになるが、駆け付けた村越に救われた。桂は海洋開発研究所を訪れ、一之瀬に「少しでも貴方のお役に立とうと思って」と告げて真船の研究ノートを差し出した。一之瀬は彼女に、チタノザウルスの弱点を突き止めて超音波発生装置を作っていることを話した。桂は家へ戻り、そのことを真船に報告した。
真船は自分の能力を誇示するため、独断でチタノザウルスを出撃させた。チタノザウルスが上陸する中、若山たちは超音波発生装置の配線が切られているのを目にする。現場から逃げ出す桂と真船家の老人に気付いた国際警察の面々は、すぐに後を追った。ムガールは津田から真船の勝手な行動について聞かされるが、全く動じなかった。ムガールはスーパーガイガー探知機を使い、ゴジラがチタノザウルスに向かっていることを探知していた。彼は津田に、「奴らが戦えば、チタノザウルスが倒されたとしても、ゴジラも力を失うだろう。その時、我々は一気に東京を襲うのだ」と語った。
ゴジラも日本に上陸し、チタノザウルスと対峙した。桂は国際警察の捜査官に発砲され、崖から海に転落した。その様子をモニターで見ていた真船は、チタノザウルスを退却させた。桂はブラックホール第3惑星人によって回収され、サイボーグ手術を施される。ムガールは真船に、「これからは我々の作戦に従って頂く。メカゴジラの差動装置を桂さんに繋ぐ。基地はメカゴジラが飛び立つと同時に爆破する。これからは、桂さんがメカゴジラの基地になるのだ」と述べた…。

監督は本多猪四郎、脚本は高山由紀子、製作は田中友幸、撮影は富岡素敬、美術は本多好文、録音は矢野口文雄、照明は高島利雄、編集は黒岩義民、特技監督は中野昭慶、音楽は伊福部昭。
出演は佐々木勝彦、藍とも子(新人)、平田昭彦、中丸忠雄、睦五郎、大門正明、内田勝正、麻里とも恵、伊吹徹、六本木真、富田浩太郎、沢村いき雄、佐原健二、小川安三、守田比呂也、鈴木和夫、山田太郎、広瀬正一、鈴木治夫、門脇三郎、加藤茂雄、今井和夫、吉田静司、細井利雄、桐島好夫、菊池正孝、石矢博、東静子、河合徹、森一成、二家本辰巳ら。


“ゴジラ”シリーズの第15作。
1975年「東宝チャンピオンまつり」の一篇として公開された(この年からチャンピオンまつりは春期のみの企画となった)。
1969年の第10作『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』以来、久々に本多猪四郎監督がシリーズ復帰している。彼が監督を務めた最後の映画でもある。
今回の脚本はシナリオ学校の生徒を対象にしたコンテストで選出され、高山由起子が脚本家としてデビューしている。

一之瀬を佐々木勝彦、桂を藍とも子、真船を平田昭彦、田川を中丸忠雄、ムガールを睦五郎、草刈を大門正明、村越を内田勝正、ユリを麻里とも恵、津田を伊吹徹、若山を六本木真、真船家の老人を沢村いき雄、防衛隊司令を佐原健二が演じている。
話としては前作から繋がっているのだが、前作から引き続いて登場するキャラクターは1人もいない。
その一方、平田昭彦、睦五郎、大門正明、佐原健二は前作と異なる配役で続投していて、その辺りは半端だなあと感じる。
前作のキャラを1人ぐらい残してもいいんじゃないかと思うけど、当時の邦画だと「キャラは総入れ替え、でも続投する役者がいる」ってのは珍しくなかったんだよなあ。

前作に登場したメカゴジラが子供たちから人気を集めたため、2作連続で登場する。
ゴジラ以外の怪獣の名前だけが題名に付けられるのは、シリーズで本作品が唯一だ。
人気のキャラを連続で登場させ、本多監督を復帰させた。都市破壊や群衆の避難、防衛隊と怪獣の交戦といった描写も復活した。
東宝としては、それなりに気合いの入った作品ではなかったと推測される。
しかし観客動員数はシリーズで最低の記録となってしまい(1作目の約10分の1)、東宝は“ゴジラ”シリーズの一時休止を決定した。

オープニング・クレジットでは、前作のゴジラとメカゴジラの戦いが描かれる。そこにはキング・シーサーも関わっていたはずだが、その存在を完全に消去した編集になっている。
それでも全く違和感が無いんだから、いかに前作のキング・シーサーが存在価値の薄いキャラだったかってことだ。
ちなみに、そのオープニングでは久々に伊福部昭の作曲した『ゴジラのテーマ』が使用されている。
それだけで反射的に気持ちが高揚するんだから、伊福部サウンドの力は偉大だ。

チタノザウルスは「恐竜」ではなく「恐龍」という設定で、しかも最初にチタノザウルスについて登場人物が触れる際に「きょう」の部分にアクセントを置いて発音している。
つまり我々が言う「恐竜」とはイントネーションが異なっているのだ。
最初だけイントーネーションが変になったのかと思ったら、それ以降も全員が同じように発音するので、そういう設定になっているということだ。
ただ、わざわざイントーネーションを変えている意味が分からん。ただ単に違和感を抱かせるだけで、何のメリットも無いぞ。

あかつき1号はチタノザウルスに襲われるのだが、メカゴジラの残骸は既にブラックホール第3惑星人が全て回収した後なので、その調査を妨害する必要性は、あまり感じない。チタノザウルスについても、見つからないように別の場所へ移しておけばいいだけのことだし。
で、そんな風に思っていたら、後で草刈が基地から脱走するシーンがあるので、ようするに乗組員を拉致して基地で働かせるってのが目的だったようだ。
抵抗や脱走の可能性がある地球人を使わなきゃならないぐらい困っているのか。
前作でもメカゴジラの修理に地球人の博士を使っていたし、優れた科学力を持っている割りには、地球人に頼りまくるんだなあ。

桂が真船に、「私たちは地球人を宇宙人に売り渡すのね。なんにも知らない大勢の人たちの命を奪う、キングギドラ、ラドン、マンダのような。チタノザウルスも、あんな怪獣の仲間入りをするのね」と語るシーンがある。
その時、キングギドラ&ラドン&マンダが登場する過去のフィルムが流用される。
やりたいことは理解できる。
ただ、様々な宇宙人が地球侵略に使う宇宙怪獣のキングギドラ、ムウ帝国の秘密兵器だったマンダ(『海底軍艦』)はともかく、ラドンをその仲間に入れるのは違うと思うぞ。

今回は一之瀬と桂の恋愛劇を積極的に使おうと試みているんだが、それが上手く行っているとは言い難い。
まず、一之瀬が訪問した時には無表情で冷徹に追い払った桂が、連絡を受けるとホイホイと研究所へ赴き、豊かな感情表現で彼を心配するような素振りを示すのは、大いに違和感がある。サイボーグに改造されているのに、早い段階から、ものすごく人間味に溢れているんだよな。
それに、あまりにも簡単に、真船の考えと相反する言動を取るのも引っ掛かるし。
もはや、桂がサイボーグだという設定にしている意味を感じないんだよな。
最初から一之瀬を心配したり、真船と異なる考えに基づいて行動しようとしたりするのであれば、人間ってことでいいでしょ。

「一之瀬の愛が、再び改造された桂の人間性を目覚めさせる」という展開を用意するのであれば、この2人の恋愛劇ってのは、かなり充実した内容にしておく必要がある。
しかし実際には、ものすごく薄っぺらい。そもそも「どこで惹かれ合うようになったのか」と思ってしまうぐらいだ。
桂は一之瀬の連絡を受けて会いに行った時に心配しているが、ってことは最初に会った時点で惹かれていたのか。すげえ不自然だぞ。
他にも描くべき事柄が多くて恋愛劇に多くの時間を割くことが難しいのは分かり切っているんだし、2人を「今回が初対面」ということではなく、かつての恋人とか、幼馴染とか、そんな風に旧知の間柄にでもしておけば良かったんじゃないか。

映画開始から45分頃にムガールと津田が「メカゴジラの最大の敵は何だ?」「ゴジラです」という会話をした時に、「ああ、そう言えばゴジラ映画だったよな」と思い出した。
それぐらい、ゴジラの存在をすっかり忘れていた。
それどころか、うっかりするとメカゴジラの存在も忘れてしまうぐらいだ。
それは「怪獣を忘れるほどドラマ部分が面白いから」という意味ではないよ。
そうじゃなくて、その2頭を除外して、チタノザウルスだけが出てくる怪獣映画にした方がいいんじゃないかってことなのだ。

前述したムガールと津田の会話があった直後にゴジラは登場するのだが、チタノザウルスが戦わずして退却するので、何のために登場したのか分からないような状態になっている。
「チタノザウルスが暴れて、それを操るのが桂で、一之瀬と出会って愛する感情が芽生え、苦悩や葛藤が生じる」という形にした方がスッキリするんだよな。
いっそのこと、桂は最後までサイボーグ化しなくてもいい。父への思慕と一之瀬への愛の狭間で葛藤した彼女が、自らを犠牲にしてチタノザウルスを退治するという内容でもいい。
どうせ「サイボーグ化された桂が、愛によって人間性に目覚める」というドラマは、ちっとも上手く表現できていないんだし。

ラスト、ゴジラがチタノザウルスをやっつけると地球人サイドが大喜びするのだが、それは違和感があるなあ。
チタノザウルスは劇中でも解説があるように、本来はおとなしい性格の恐竜だ。真船にコントロール装置を取り付けられ、操られて暴れているだけなのだ。
だから、まずは「コントロール装置を破壊し、元の状態に戻そう」と考えてやるべきではないかと。
やっつけてしまうにしても、「人間の身勝手によって操られた犠牲者」として、哀れむ気持ちを誰かが表現すべきではないかと。

(観賞日:2014年5月23日)

 

*ポンコツ映画愛護協会