『ベルサイユのばら』:1979、日本&フランス

1755年、レニエ・ド・ジャルジェ伯爵は5人の娘がいたが、男児の誕生を待ち望んでいた。6人目を孕んでいた妻が出産するが、今度も女児だった。乳母から妻の死を知らされたレニエは、女児を男として育て、後継ぎにしようと決意した。彼は娘にオスカルと名付け、乳母の孫を遊び相手として連れて来るよう指示した。1767年、アンドレと共に育ったオスカルは乳母から、ルイ16世がオーストリア女大公の娘である11歳のマリー・アントワネットと婚約したことを聞かされる。乳母は嬉しそうに、「これで新しい時代が始まるわ。両国の戦いが終わって平和が来るわ」と話す。アンドレが「いつか僕は命を懸けて、その人を守るんだ」と言うと、アンドレは「君は姫を守り、僕は君を守る」と口にした。
1775年、オスカルはレニエから、王妃付き近衛兵に配属されたことを聞かされる。アンドレはレニエから「お前は一緒にいられないが、王宮の厩番の仕事がある」と言われ、反抗的な態度で嫌味っぽい言葉を浴びせた。マリーは友人のポリニャック伯夫人と共に、贅沢な生活を送っていた。窓の外からスウェーデン貴族のフェルゼンが見ていることに気付くと、マリーは嬉しそうな様子を見せた。オスカルは彼女からフェルゼンの印象を問われ、「美男子だと思います」と告げた。
洗濯婦として母のニコールや異母妹のロザリーと共に暮らすジャンヌは、貧しい生活に我慢できなくなった。客のドレスを盗んで家を飛び出した彼女は、馬車で通り掛かったブーレンビリエ侯爵夫人に「バロア家の血を引く孤児にお恵みを」と告げる。彼女は両親が死んだと話して同情を誘い、侯爵夫人は馬車に乗せた。侯爵夫人はフェルゼンに、ジャンヌを姪として育てる考えを明かした。「貴方となら似合いの夫婦よ」と言われ、フェルゼンは咳き込んだ。
フェルゼンはオスカルと出会うと、男装の女性たちを見て「スウェーデンの父上に、フランス宮廷には男装の女性がいると言ったら、バカカか嘘つきということにされてしまう」と話す。オスカルは無言のまま立ち去り、アンドレが御者を務める馬車に乗り込んだ。ロザリーが「バロア家の血を引く孤児にお恵みを。私を買ってください」と話し掛けて来たので、オスカルは「私は男じゃないし、女は買わない」と告げる。ロザリーの「パリでは誰もが飢えてる」という言葉に、オスカルはショックを受けた。
オスカルはロザリーに金を渡して別れた後、「庶民が飢えていることを教えなかったな」とアンドレを責めた。アンドレは冷静な態度で、「ちゃんと見ていれば庶民が飢えていることは分かる」と指摘した。ロザリーの眼前で、ニコールが馬車にひかれた。馬車に乗っていたポリニャック伯夫人はスキャンダルを恐れ、御者に命じて逃亡させた。貴族のド・シャンティーがニコールの死を「下賤な連中は減った方がいい」と評したことに、オスカルは憤慨して掴み掛かった。シャンティーは決闘を要求し、オスカルは承知した。オスカルはアンドレが見守る中で不安を抱きながら決闘し、シャンティーを射殺した。
ロザリーはジャンヌを訪ねてニコールの死を伝えるが、冷たく追い払われた。ジャンヌは結婚してブーレンビリエ家を継ごうと目論んでおり、ローアン大司教と接触していた。空腹でパンを盗んだロザリーは、馬車で通り掛かった貴族から食事と交換に体を売るよう誘われる。そこへロザリーの知人であるベルナールが現れ、「この子をどこへ連れて行く?」と告げて貴族を追い払った。ベルナールはロザリーに16番地で待つよう言い、「仕事を探してやるよ」と述べた。
ベルナールは地下酒場へ入り、仲間のロベスピエールたちと会う。同じ酒場ではオスカルがアンドレと酒を飲み、悪酔いしていた。彼女はベルナールたちに絡み、王室を批判されて腹を立てた。その意見に他のテーブルの男が同調すると、オスカルは激怒して剣を抜いた。彼女は男と戦いを始め、他の客たちも加わって乱闘になった。オスカルとアンドレが外で倒れていると、通り掛かったフェルゼンが馬で家まで送り届けた。フェルゼンは乳母の言葉で、オスカルが女性だと知る。オスカルの家を去ったフェルゼンは、マリーと密会した。
1776年、マリーとフェルゼンの噂が庶民の間で広まり、醜聞のビラが配られた。シャンヌはローアンの前で、マリーと親友だと嘘をついた。それを信じたローアンは、マリーから宮廷で声を掛けてもらえるよう取り成してほしいと頼むんだ。ジャンヌが「宮廷に顔を出すとお金が掛かるので最近は控えている」と言うと、ローアンは自分が金を提供すると約束した。彼はジャンヌに、マリーの助力で首相となり、反逆者を追放するのが目的だと語った。
ビラを見たオスカルは、フェルゼンの元を訪れた。フェルゼンが「これ以上、あの人に迷惑は掛けられない。アメリカ遠征軍に参加するつもりだ」と話すと、驚いたオスカルは「あそこは戦場だ。死ぬかもしれない」と止める。フェルゼンは「死ねば苦しみから解放される」と言い、マリーへの伝言を託してオスカルに別れを告げた。何も知らないマリーは新たな浪費の計画について楽しそうに話すが、オスカルからフェルゼンがアメリカへ発ったことを知らされて激しく動揺した。
1778年、マリーは出産するが、女児だったのでルイ16世や周辺の人々は落胆した。1781年、男児を出産したマリーは、オスカルに「貴方も今に赤ちゃんが欲しくなるわ」と告げた。アメリカでは独立戦争が終結し、マリーはフェルゼンが帰還したことをポリニャック伯夫人から聞いて大喜びした。仕立て屋で働くようになっていたロザリーは、ジャルジェ家へドレスを届ける仕事を頼まれた。ロザリーが邸宅へ行くと、アンドレが応対した。ロザリーは彼に、「ボーイフレンドのベルナールが貴族は終わりだと言っていた」と話す。ポリニャック伯夫人への復讐心を抱く彼女は「宮廷を見たいので連れて行ってほしい」と頼み、アンドレは承諾した。
夜、ロザリーはアンドレの馬車に隠れ、宮廷に忍び込んだ。オスカルはドレスに身を包み、舞踏会に出席した。フェルゼンは相手の素性に気付かないままダンスに誘い、オスカルに似ていると口にした。オスカルは「彼女のいとこです」と嘘をつき、一緒に踊る。フェルゼンは踊りながら、「ある人がいなければオスカルに恋していたでしょう」と語った。ロザリーはポリニャック伯夫人を見つけて掴み掛かるが、側近に引き離されると逃げ出した。
オスカルが庭に出て佇んでいると、アンドレが現れてキスをした。驚いたオスカルに、アンドレは「愛している」と告白した。オスカルは「そんな権利は無い」と拒絶するが、アンドレは昔から愛し続けていることを熱く語った。アンドレはオスカルに、フェルゼンへの思いが決して叶わないことを告げる。オスカルが「昔のままでいたい」と求めると、アンドレは「何も無かったことにしよう。二度と触れない」と約束した。そして彼は、その約束を守った。
1784年、マリーは大蔵大臣から、浪費のせいで国の財政が破綻寸前にあることを注意される。マリーは憤慨し、彼を追い払った。彼女は浪費を改める気など無く、ポリニャック伯夫人と話して劇場を作ろうと考える。ローアンはジャンヌに、「莫大な贈り物と手紙を交換して久しいのに、まだ王妃様は私を無視し続けています」と相談する。ジャンヌは「最後のテストです。王妃様は高価な宝石を王に内緒で買うため、貴方を仲介人に選びました。記録に載せないよう、1回目は貴方が払い、後は王妃様が」と語った。面会の機会を設けるとジャンヌが約束すると、ローアンは喜んで快諾した。だが、それはジャンヌが高価なネックレスを手に入れるための策略だった…。

監督はジャック・ドゥミ、原作は池田理代子、翻案はジャック・ドゥミ&パトリシア・ノップ、脚本はパトリシア・ノップ、製作は山本又一朗、撮影はジャン・パンゼ、美術はベルナール・エヴァン、編集はポール・デイヴィース、衣装はジャクリーヌ・モロー、音楽はミシェル・ルグラン。
出演はカトリオーナ・マッコール、バリー・ストークス、クリスティーナ・ボーム、ジョナス・ベルクシュトローム、テレンス・バッド、コンスタンス・チャップマン、パトリック・アレン、ニコラス・アメール、アンドリュー・バグリー、ジャン・ボサリー、アルメール・ボネ、フランソワ・ブリンクル、ローズマリー・デンハム、クリストファー・エリソン、グレゴリー・フロイ、アヌーシュカ・ヘンペル、マーク・キングストン、スー・ロイド、シーラ・マクロード、マイケル・オズボーン、マーティン・ポッター、ポール・スパリアー他。


池田理代子の同名漫画を基にした作品。
監督は『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』のジャック・ドゥミ。
オスカル役はオーディションが行われ、それまで映画は端役で1本に出ただけのカトリオーナ・マッコールが選ばれた。
アンドレをバリー・ストークス、アントワネットをクリスティーナ・ボーム、フェルゼンをジョナス・ベルクシュトローム、ルイ16世をテレンス・バッド、乳母をコンスタンス・チャップマン、ブーレンビリエ侯爵夫人をローズマリー・デンハム、ロベスピエールをクリストファー・エリソン、ローアンをグレゴリー・フロイ、ジャンヌをアヌーシュカ・ヘンペル、レニエをマーク・キングストン、ポリニャック伯夫人をスー・ロイド、ロザリーをシーラ・マクロード、ベルナールをマイケル・オズボーンが演じている。
他に、子供時代のオスカル役でパッツィー・ケンジット、バスティーユ守備隊兵士役でランベール・ウィルソンが出演している。

オープニング、レニエの娘5人が並ぶ中で、乳母が誕生したばかりの女児を連れて来る。
ここで「娘ばかりなので後継ぎが欲しいレニエはオスカルを男として育てた」ってことは伝わるが、ドラマとしての盛り上がりは無く淡々と処理されている。
その後、オスカルの姉である5人は2度と登場しない。「ずっと娘だったから」という言い訳に利用され、使い捨てにされるわけだ。
しかし5人がいなくても、そこの印象は大して変わらない。「レニエがオスカルを男として育てる」というトコの説得力としては、そんなに貢献していない。

そのシーンでは乳母が「孫を男の遊び相手として連れて来い」とレニエに言われているが、まだアンドレは登場しない。彼が登場するのは、1767年になってからだ。
しかも1767年のシーンも、「ルイ16世がマリー・アントワネットと婚約した」ってことを伝えるためだけにあると言ってもいい。
そして、そのシーンではルイ16世もマリーも登場せず、1775年まて待たねばならない。
キャラを登場させるタイミングが、ことごとくズレているように感じる。

マリーは登場した時点で、既にフランス宮廷で何年も暮らしている状態にある。贅沢三昧の高慢な性格で、フェルゼンとの浮気願望がある女として描かれる。
そんな風になってしまった経緯が全く示されていないため、ただのクソ女にしか見えない。
彼女とオスカルが惹かれるフェルゼンにしても、「窓の外でニヤケ顔で見ている」というだけであり、まるで魅力が無い凡庸な男だ。
マリーもオスカルも見た目だけで惚れた形になっているし、中身はスッカラカンだ。

「オスカルが男装の麗人」ってことは周囲に秘密なのかと思ったら、みんなが知っている設定だ。
1767年の時点で、乳母がアンドレの前で「お嬢様」と呼んでいるが、それは分かる。
ただ、「アンドレは幼い頃から知っているが、宮廷では秘密」という設定なのかと思いきや、マリーが「オスカルの影響で、宮廷では男装が大流行している」と言う。
みんなが男装だと最初から知っているのなら、もはや男装の意味が無いんじゃないか。
オスカル自身も、「自分は男として生きているが、女としての恋心に苦悩する」といった動かし方もされていないし。

ただ、オスカルって明らかに見た目が女性なので、それで「男装が周囲にバレていない」という設定だと、それはそれで嘘臭くなっちゃうぞ。
ただ、そう思っていたら、フェルゼンはオスカルが女性だと最初は気付いていない設定なのよね。
いやいや、嘘だろ。乳母が「誰にだって分かると思いますけど」と言うけど、その通りだわ。
それと、彼が「オスカルは女性」と気付いたところで、それはストーリー展開に何の影響も及ぼさないのよね。
そうなると、女性と気付いても気付かなくても、どうでもいいってことになるぞ。

町の子供たちが国王をバカにする歌を合唱しながら走り去るシーンがあるのだが、ルイ16世は直前にチラッと出て来ただけだ。しかも、そこで彼の愚かしさをアピールするようなことも無かった。
その後、子供たちが「王妃様は恋がお好き」という歌うシーンもあるが、これも違和感が強い。
マリーがフェルゼンへの浮気願望を匂わせるような描写はあったが、まだ深い関係になったわけではない。
なので当然のことながら、マリーのスキャンダルが噂になるような状態も起きていないはずでしょ。

町の様子が描かれてジャンヌやロザリーが登場すると、「お前は誰だよ」と言いたくなる。
原作を読んでいれば「ジャンヌやロザリーね」と即座に理解できるだろうが、そうじゃないと「オスカルと何の関係も無い庶民の姿が唐突に描かれる」という状態になっているのだ。
原作に登場するキャラやエピソードを出来る限り詰め込もうとしたのだろうが、全く尺が足りていない。
なのでツギハギだらけの構成になり、何から何まで取って付けたような印象になってしまう。

オスカルはロザリーから「パリでは誰もが飢えている」と聞いてショックを受けるが、それは通り掛かった1人の少女が言っただけだ。
もしかすると、恵んでもらうために嘘をついているかもしれないでしょ。実際にオスカルが庶民の困窮した生活模様を見たわけではない。
あと、オスカルはアンドレに「飢えてるって教えなかったな」と怒るけど、そこに向けた道筋が何も無いから違和感が強い。
そこに限らず、不細工に切り取った断片を適当に切り貼りしているだけで、ちゃんと全体の構成を考えてストーリーテリングしていない。

ロザリーがジャンヌの元を訪ねた時、家にいた男に追い払われる。こいつが誰なのか、サッパリ分からない。
最初はブーレンビリエ侯爵なのかとも思ったが、そうではなかった。そいつは恋人、もしくは旦那のニコラス・ド・ラ・モット大尉なのだ。
原作を読んでいれば推測は出来るかもしれないが、映画を見ているだけだと全く分からないだろう。ニコラスだと分かっても、その時点で結婚しているのか否かは分からないし。
いつの間にジャンヌがニコラスと親密になったのか、そもそもニコラスは何者だったのかも分からないし。

ジャンヌがローアンと接触する理由も、まるで分からない。まるでローアンを誘惑するような素振りも最初は見せていたので、ニコラスが 旦那だと分からない状態だと、「ジャンヌがローアンを色仕掛けで引き込もうとしているのか」と誤解しそうになるし。
ローアンがマリーと近付くことに躍起になっている事情も分かりにくい。マリーが彼を嫌っている理由も良く分からないし、そもそも嫌っていることを示すような描写が見当たらない。
ジャンヌが偽の手紙でローアンを騙していたことも、後から台詞で軽く触れるだけなので分かりにくい。彼女が大胆な計略で首飾りを手に入れようとする理由も良く分からない。
この事件の結末は「ジャンヌが死刑になり、ローアンは無罪になり、民衆の憎悪は王妃に向けられた」ってのをナレーションで語るだけで、見事なぐらい雑な片付け方だ。

ベルナールがロザリーを助けた時、しばらくは名前が出て来ないので、そいつが誰なのか分からない。
原作を読んでいれば「ロザリーと親しいってことはベルナールなのかな」と推測できるかもしれないけど、映画だけだと「お前は誰なのか」と言いたくなる奴だ。酒場でオスカルと会った時に「あの事故で会った」ってな会話を交わすけど、それも分かりにくいし。
実はニコールが死んだ現場にベルナールもいるんだけど、その時は「たまたま現場にいる1人」として埋もれているから、サッパリ分からないのよ。
ベルナールが革命家であることも分からないし、ロベスピエールが何者なのかも分からないし。

マリーとフェルゼンとのロマンスは、2人が密会するシーンがチラッと挿入されるだけで、そこに向けた高まりなんて何も無い。
2人の噂が広まっても、それに対するマリーの反応は何も無い。フェルゼンが「迷惑を掛けたくない」と言って去ることを決めても、苦悩や覚悟は全く見えない。
オスカルにしても、フェルゼンに惚れている設定だけは分かるが、恋愛ドラマは何も無い。
表面的な設定が申し訳程度に示されているだけで、フェルゼンの気持ちがマリーに向いていると知ったことに対する辛い思いは全く伝わらない。

全く尺が足りていないのに、余計にしか思えないシーンを幾つも入れている。
オスカルがシャンティーに掴み掛かって決闘するエピソードなんて、まるで要らない。必要なエピソードや重要なキャラの描写が、ただでさえ薄いのに、ますます薄っぺらくなってしまう。
「マリーが女児を産んだので周囲が落胆する」ってのを示すためだけに1778年を描くなど、1つのシーンを乱暴に片付けて慌ただしく進めていく。
ストーリー展開に対して、必要な情報が全く追い付いていない。説明不足のまま、断片的な要素の切り貼りで不細工なモノを延々と見せられる。
脳内で補完するにしても限界があるし、補完するための最低レベルの情報さえ足りていない。

1785年のシーンになると、オスカルが急に衛兵隊への配属を希望し、ゴイエ将軍配下の隊長になる。
本人は「前から考えていた」と語っているが、こっちからすると「そんな風に思った経緯や引き金」は全く見えていない。
兵士たちは女性であるオスカルを軽視するが、そこから「オスカルと兵士たちの関係性が変化する」というドラマが描かれることは無い。アンドレがオスカルから離れて革命運動に参加する経緯も、全く描かれていない。
革命運動が高まっていく出来事も、ナレーションで軽く触れるだけ。
オスカルが軍務を捨てて革命に参加すると決めるシーンも、ものすごく雑に処理される。しかも、これは彼女の独断であり、衛兵隊は同調していない。

そして恐ろしいことに、なんとクライマックスとして用意されているバスチーユ陥落において、オスカルは何もしていないのだ。
前述したように衛兵隊は同調しないので、オスカルが部隊を率いて戦うことは無い。民衆と共に行動している時、軍隊の砲撃を受けて逃げ惑うのだ。
そして彼女はアンドレとはぐれ、必死で探し回る。アンドレは逃げる途中で兵士に撃たれて死ぬが、これをオスカルは見ていない。彼女がアンドレを捜し回っている間に、バスチーユは陥落する。そしてアスカルがアンドレを捜す様子を描き、映画は終わるのだ。
つまり、クライマックスにおいてオスカルとアンドレは何もしていないし、盛り上がりも無いし、中途半端に放り出したような形で映画は終幕を迎えるのである。

(観賞日:2018年5月28日)

 

*ポンコツ映画愛護協会