『ベロニカは死ぬことにした』:2005、日本
図書館の司書として働くトワは、誰とも話さずに淡々と仕事を終えた。彼女は派手な服装に着替えてリゾートホテルへ行き、バーで男たちと酒を飲んだ。部屋に戻ったトワは、大量の睡眠薬を飲んだ。彼女は「大嫌いな私へ」と書いた紙を折り畳み、空になった薬瓶に入れた。意識が朦朧とする中、トワはバルコニーに出た。彼女が目を覚ますと、病院のベッドにいた。彼女は両手を拘束されており、部屋には婦長と本を読んで笑う看護婦がいた。
婦長はトワが起きたと気付き、「ここから逃げようなんて思わないこと。脱出できた人、誰もいないんだから」と言い放った。トワは眼鏡が無いと気付き、「どこにやったのよ、私の眼鏡」と喚き散らした。すると婦長と看護婦は、トワに鎮静剤を注射して黙らせた。そこは精神科病院で、紅子やショウコなど多くの患者が生活していた。院長は医師を伴い、トワの病室を訪れた。トワは医師からの質問に答えず、反抗的な態度を取った。
「ほっといてほしいのよ。私は死ぬことに決めたんだから」と彼女が文句を言うと、それまで陽気だった院長は急に真剣な表情へ変化した。彼はトワに「貴方が自分の運命を決めたんなら、自分の取った行動の結果も知るべきでしょう」と告げ、薬による昏睡状態のせいで心臓が回復不可能なほど傷付いたことを説明した。彼はトワに、余命は1週間から10日だと通告した。トワは深夜に逃亡を図るが、看護婦に見つかった。「私は狂ってなんかないわ」とトワが声を荒らげると、看護婦は「みんなそう言うの」と冷ややかに告げた。
トワは自分を見ている青年のクロードに気付いた直後、同室の患者であるサチに声を掛けられた。サチはトワに、「自分の世界を持って、自分の世界を生きてる人は、みんな狂ってることにされちゃうの」と話す。楽しそうな様子のサチが早口で喋り続けるので、トワは困惑の表情を浮かべた。煙草を吸っていた婦長が「そんなに慌てなくたって、いずれ死ねるわよ」と馬鹿にしたように言うので、トワは苛立って「私は自分で決めたいの」と反発した。
翌朝、トワはサチから、睡眠薬が欲しければショウコに頼めばいいと言われる。サチは回復しているのに病院から抜け出そうとしない面々が四葉会というグループを作っていること、そのメンバーであるショウコは病院の主のような存在であること、特別に外出の自由も与えてもらっていることを説明した。紅子は四葉会のメンバーの前で、朗読を始めた。年配の看護婦はトワに、紅子がずっと昔に引退した女優であること、今でも出演依頼が来ると信じて待っていることを教えた。
トワがショウコに声を掛けようとすると、絵を描いていた男性患者が気付いて「何の用だ」と怒鳴った。トワが「別に、ただ通り掛かっただけよ」と睨むと、患者は同じ言葉を真似た。他の患者たちも次々に同じ言葉を繰り返し、トワを馬鹿にするような態度を取った。怒ったトワが最初の患者に平手打ちを浴びせると、全員が静まり返った。頭髪を染めた男性患者が泣きながら襲い掛かろうとすると、クロードが取り押さえた。その間にトワは、動揺した様子で逃げ出した。
トワが部屋に戻ると、サチが自慰行為にふけっていた。トワが慌てると、サチは「アンタだってオナニーぐらいやるでしょ」と笑う。トワが人を殴ったことへの動揺を口にすると、彼女は「それも新しい体験だ」と告げる。「分かったような口利かないで」とトワが腹を立てると、サチは「貴方が貴方から離れられたら、もっと自由になれるのに」と言う。トワは「ほっといてよ」と声を荒らげて部屋を飛び出し、クロードと鉢合わせした。トワはクロードに見つめられ、「そんな目で見ないでよ」と走り去った。
翌朝、サチは医師に催眠術を掛けてもらう時、必ず10分で戻るよう釘を刺された。医師は「ホントは飛んじゃいけないんだからな。少しずつ飛ぶ回数を減らしていくんで」と前置きし、催眠術を掛けた。するとサチの幽体が抜け出し、院内を飛び回った。クロードはショウコから、誰かを熱心に見つめるのは初めてだと指摘される。トワに特別な匂いを感じるのだろうと言われ、彼は微笑を浮かべた。クロードはショウコから、「大切な物を鼻の奥で感じてるのね」と告げられた。
トワは院長から自殺を図った理由を訊かれ、「何でもあるけど、何にも無いから」と答えた。28歳だと聞いた院長が「若いな」と口にすると、彼女は「もっと若かった頃には、何かを選択するのには早すぎると思ってた。だけど今は、変わるには遅すぎると思ってる」と語る。彼女は「ちゃんと自立してたけど、何にも無い」と漏らし、「一度、若さを失ったら、後は下り坂になるだけ。いいことなんか一つも無いじゃない」と言う。彼女は退屈な人生にウンザリしたのが、自殺を図った理由だと述べた。
トワはショウコに同行させてもらい、病院を出て町に向かった。ショウコは「人助けは職業的習慣」と言い、弁護士だったことを明かした。彼女は薬局で睡眠薬を購入し、トワに渡した。彼女は映画館に立ち寄り、かつて夫とアフガニスタンのドキュメンタリー映画を見ていた時にパニック症候群を発症したことを話す。その後、彼女は再び発作が起きたので精神科の治療を受けたが、解雇されて夫とも離婚した。これを受けて、ショウコは自ら病院に入っていた。
トワが病院に戻ると、医師が焦った様子でサチの幽体を捜し回っていた。彼はトワに、サチは催眠中毒を克服できていないと語った。夜になってサチは肉体に戻り、明るい様子でトワに「飛ぶのが好きなの」と話し掛けた。なぜ病院に来たのかとトワが訊くと、サチは15歳で男に惚れたが捨てられたこと、多くの相手を付き合ったことを話す。その内の1人と結婚して2人の子供に恵まれたが、サチは最初の相手が忘れられなかった。やがて小さな部屋に閉じ籠もり、家族と口が利けなくなったのだとサチは語った。
婦長はトワに、自分も若い頃は自殺を試みたことがあると告げる。彼女は手首に残る複数の切り傷を見せ、「だから貴方の気持ち、少しは分かるつもりよ」と述べた。死のうと思った理由をトワが尋ねると、婦長は「自分のことが嫌いだったから。でも今の大好き」と述べた。トワは母の京子が来たと知らされ、面会を拒絶した。京子は院長に、トワが小さい頃に離婚したこと、トワはピアノを習っていて才能があったこと、音大へ行かせるために頑張って働いたがトワが大事な試験で失敗したことを語った。トワはクロードの前で、大事な思い出が母と食い違っていたことを話す。試験に失敗したことを明かしてトワが喚き散らすと、クロードは取り押さえて助けを呼んだ…。監督は堀江慶、原作はパウロ・コエーリョ『ベロニカは死ぬことにした』(角川文庫刊)、脚本は筒井ともみ、プロデュースは筒井ともみ、プロデューサーは片岡公生&岡田和則、アソシエイトプロデューサーは小林勝絵&印田友紀、スーパーバイザーは原正人&黒井和男、撮影は柳田裕男、照明は市川徳充、美術・装飾は林千奈、衣裳デザインは伊藤佐智子、録音は安藤邦男、サウンドエフェクトは柴崎憲治、編集は森下博昭、音楽はアンドレア・モリコーネ、主題歌『こんな風に笑う。』作詞・作曲・歌:nangi。
出演は真木よう子、イ・ワン、市村正親、風吹ジュン、淡路恵子、中嶋朋子、多岐川裕美、荻野目慶子、田中哲司、片桐はいり、春田純一、仁科貴、歌澤寅右衛門、江良潤、日向丈、清田正浩、夏目敦子、滝沢恵、神戸浩、長江英和、村島リョウ、伊藤幸純、山口とも、小川曜子、杉田浩子、藤井樹、志甫真弓子、児玉貴志、矢崎まなぶ、中村和彦、平山慶子、田中護、あじゃ、鴨川てんし、安部魔凛碧、吉増裕士ら。
パウロ・コエーリョの同名小説を基にした作品。
原作の舞台はスロベニア共和国だが映画では日本に置き換えられ、登場人物も日本人に変更されている。
監督は『誰が心にも龍は眠る』『全身と小指』の堀江慶。
脚本は『嗤う伊右衛門』『海猫』の筒井ともみ。
トワを真木よう子、クロードをイ・ワン、院長を市村正親、ショウコを風吹ジュン、紅子を淡路恵子、サチを中嶋朋子、京子を多岐川裕美、婦長を荻野目慶子、医師を田中哲司、年配の看護婦を片桐はいりが演じている。病院や看護婦、患者たちの描写にはリアリティーを全く感じないが、そこには意図的に虚構の世界を作ろうとする狙いがあるんだろうと思われる。
大仰な芝居や演出も、たぶん似たような狙いだろう。
文学的な映画では、あえて舞台劇のような誇張した芝居や虚構の世界を構築し、その中で人物や心情のリアルを浮き彫りにしようとすることもある。だから、そういう方向性も決して悪くはない。
ただし本作品の場合は残念ながら、趣向に対して技術が追い付いていないのか、ただ安っぽさやバカバカしさを感じるだけになっている。精神病患者の描写はステレオタイプと言うか、古臭いと言うか。でもまあ、「こんなモンたろうな」という妙な納得、もしくは諦念もある。
ただ、病院スタッフの側もエキセントリックなキャラクターに造形しているもんだから、患者の特異性を薄める結果になっている。
とは言え、何しろステレオタイプなので、ちゃんと狂人であることは伝わるようになっている。
その狂人ぶりは、基本的にトワを怖がらせ、観客に不安を与えるために使われている。ちょっとしたホラーやサイコ・サスペンスみたいにノリだ。サチが幽体離脱して院内を飛び回るシーンがあるが、この唐突なファンタジー描写はどういつもりなのか。
それまでの荒唐無稽とは全く意味が異なるし、ますますバカバカしさを助長する演出になっている。そんな不思議な力があるという設定を甘受できるような土壌なんて、全く整えられていないぞ。
あと、飛び回って何をしているのかというと、ホントに「飛び回っている」ってのを描くだけなんだよね。「実体に戻るのが遅れて事件に」みたいな展開も無いし、幽体離脱がトワに影響を及ぼすことも皆無なので、全く要らないんじゃないかと。
あと、ショウコが退院する時には再びサチが幽体離脱して見送っているけど、その時は他に3人も幽体離脱しているので、どういうことなのかと言いたくなるぞ。トワがショウコに同行して外出し、病院の人の風景が映し出された途端、良くも悪くも「地べたに足の付いた世界」を感じさせる。
我々が住んでいる、ごく当たり前で平凡な世界と地続きになる。
「トワたちが暮らす病院だけが特別な場所である」ってことを強調する意図があるとすれば、そういうのも1つのやり方だろう。
ただし本作品の場合、それは間違いなく悪手だ。トワが収容されてからは舞台を病院内に限定し、寓話としての世界観を徹底した方が絶対に得策だ。ずっと反抗的で生意気な態度を取っていたトワだが、院長に自殺を図った理由を話すシーン以降は、すっかりおとなしくなっている。
その急激な変貌は、どういうことなのか。
何がきっかけで変わったのか、それがサッパリ分からない。人を殴った動揺を、ずっと引きずっているという感じでもないし。
なので、単に「トワが反抗的なままだと話を進めるのに何かと面倒」という、作劇上の都合だけで変化させているだけにしか思えない。トワが自殺しようと思った理由は、詳しい説明を聞かされても全く共感を誘われず、「なんだ、そりゃ」と言いたくなるだけだ。
世の中の自殺志願者が全員、重い事情を抱えているわけではないだろう。
ただ、トワは浅薄な理由で軽率に自殺を図っただけにしか見えないのに、それを「深刻に捉えるべき理由」として描いているので、ちょっと付いて行くのが大変だ。
トワに何も無いのは何も得ようとしていないからなのに、それを周囲が指摘することも無く、本人が薄っぺらい考えに囚われていたと気付くことも無い。ずっとクロードは何も喋らず、映画開始から70分ぐらい経って喚くトワを取り押さえた時、初めて「誰か」と短い台詞を口にする。
心を閉ざしているから喋らなかったという設定だが、そこまで極端に台詞が少ない本当の理由は、たぶん喋らせたら日本語が堪能じゃないのがバレるからだろう。
だったら最初から韓国人俳優なんて起用しなきゃいい。あるいは、キャラとして韓国人の設定にすればいい。ただ、わざわざ日本語の達者じゃない韓国人俳優を持って来た理由が良く分からない。
イ・ワンって、そこまで当時の日本で大人気だったわけでもなかったはずだよね。「自殺志願者が命の尊さに気付く」というベタでありふれた話に対して、ストーリーテリングの能力が全く追い付いていない。
そんな中で急に「本当に満たされたセックスは大切」とか「自分を受け入れてオナニーすればいい」とか言い出すので、苦笑するのが精一杯だ。
その後にはトワがクロードの前で服を脱いでオナニーを始めるシーンが描かれるが、「作家性の強いピンク映画かよ」とツッコミを入れたくなるわ。
こんなバカバカしいオナニーシーンを演じさせられるんだから、役者って大変な職業だよね。(観賞日:2025年11月30日)