『バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版』:2022、日本

田舎の資産家である蓮壁千鶴男は、1ヶ月前に起きた事件についてリモートで若宮潤一に説明した。娘の紅が誘拐され、「1月9日午前2時、蓮壁家の墓にある黒犬の像まで1千万円持って来い。父親1人デくること」という脅迫状が届いた。金の受け渡し場所は猪や野犬が出る危険な場所で、動物の罠が多く仕掛けられている。千鶴男は銀行を信用しておらず、鉱山の金庫に金を入れていた。一千万円を持ち出した彼は猟銃を携帯し、墓へ赴いた。吠える声を耳にした彼は、野犬を見て発砲した。
犯人は墓に現れず、千鶴男が金を持って下山すると既に紅は解放されていた。そんなことを千鶴男は若宮に話しながら、途中で苦しそうに咳き込んだ。千鶴男は警察を信用しておらず、犯人を見つける仕事を若宮に依頼した。誉獅子雄は前金の入金を要求し、口座で確認した。若宮は誉に、8年前に千鶴男の主治医だったこと、医大を目指す息子の千里に勉強を教えていたことを話す。千里は一浪して大学に入り、現在は医者になっていた。
リモートのパソコンを繋いだままにしていると、千鶴男が苦悶して倒れ込んだ。部屋に入って来た千里は父の様子を確かめ、死んだことを若宮に伝えた。誉と若宮は警視庁刑事部に呼び出され、江藤礼二と小暮クミコから事情聴取を受けた。誘拐事件があったのは、瀬戸内海の霞島だ。千鶴男の足首には1ヶ月前の噛み跡があり、死因は心不全だった。千鶴男には狂犬病の疑いがあり、水を怖がっていた。江藤が首を突っ込みたがることについて、小暮は誉と若宮に「霞島は彼の生まれ故郷で、島の警察にも知り合いがいる」と教えた。
誉と若宮はYouTubeチャンネルの「せらでん.ch」で廃墟の鉱山が取り上げられている映像を見ながら、フェリーで霞島へ向かった。千鶴男が死んで遺産を受け取ることになるのは、妻の依羅と娘の紅、息子の千里だ。誉と若宮が島に着くと、千里が車で迎えに来ていた。彼は靴を片方失くしたと言い、高価な登山靴を購入していた。千里は金庫の鍵が無いと話すが、誉は隠し持っていることを見抜いた。千里は誉と若宮に、金庫には遺言状があることを語った。
蓮壁邸に着くと、執事の馬場杜夫が待っていた。馬場は千里にボロボロになった靴を渡し、飼い犬のウィルが遊んでいたことを話す。若宮が靴を拾うと、それで遊ぼうとしたウィルが飛び掛かったので手に怪我を負った。誉と若宮が屋敷に入ると、電動車椅子を使う依羅と客の捨井遥人がいた。誉は捨井が長居していること、依羅が迷惑に思っていることを指摘した。捨井が部屋を出て行くと、修理見積もりに来ていたリフォーム業者の冨楽朗子が入れ違いで現れた。
捨井は千里の小学生時代に家庭教師をしており、現在は大学の准教授として地震の研究をしていた。彼は「もうすぐ島で大地震が起きる」と主張し、屋敷へ来る度にデータを見せていた。その話を聞いた誉は、紅に近付きたいだけだろうと告げた。紅が帰宅すると、誉と若宮は誘拐事件について質問した。紅はバイト帰りに後ろから目隠しされたこと、犯人の顔は見ていないことを証言した。誘拐から数日が経って与えられた水を飲むと睡魔に襲われ、気付くと屋敷の前に倒れていたのだと彼女は語った。
若宮は紅たちに、千鶴男の死因が狂犬病だと教えた。千鶴男の携帯電話には、目が光っている野犬らしき姿が映っていた。依羅は「魔犬」と呟き、紅は「黒犬の祟り」と口にした。馬場は誉と若宮に、島には古くから黒犬の祟りという伝説があるのだと教えた。彼は去年の秋頃から変な物が届いていると明かし、4通の封筒を見せた。それは脅迫状で、黒犬の祟りに絡めて屋敷からの立ち退きを要求する内容だった。若宮は脅迫を無視された犯人が紅を誘拐したと推理するが、すぐに誉は否定した。彼はフォントの違いを見抜き、立ち退きの脅迫状を送った人物と誘拐犯は別人だと断言した。
誉は墓地を訪れ、土を調べた。不審な人物を目撃した彼は若宮に「誰も一人にするなよ」と指示し、所用が出来たと言って走り去る。屋敷へ戻った若宮は、紅と千里の口論を耳にした。紅のバイトについて、千里は「キャバクラのくせに」と馬鹿にした。千里は夜の内に山へ行くと言い出し、依羅が「お金のことばっかり」と笑うと紅は「誰の血だろうね」と鋭く告げた。翌日、紅は若宮からキャバクラのことを訊かれ、もう辞めたと答えた。
千里は夜中に山へ行き、鉱山で野犬の鳴き声を耳にした。焦った彼はトラバサミの罠に足を挟まれて動けなくなり、携帯は繋がらなかった。翌朝、捜索隊が凍死した千里の遺体を発見した。若宮は誉に電話を掛け、千里の携帯にも目が光る野犬の写真が残っていたことを教えた。誉は若宮が朝まで眠り込んでいたこと、靴には犬が噛み付くようにミミズの匂いが染み込ませてあったことを指摘した。誉は町へ行き、キャバクラ嬢のアイリに接触して寿司屋で話を聞く。アイリは誉に、田舎町で店にはロクな客が来ないと語る。誉は寿司屋に飾られているサイン色紙と写真に着目した。
誉は江藤の名前を出して霞島署の署長と会い、誘拐事件について調べたいと告げた。旅館に宿泊した誉が若宮に仕事を指示している時、小さな地震が起きた。次の日、誉は捨井の研究室へ行き、立ち退きの脅迫状を送った犯人だろうと指摘した。捨井が否定する中、誉は室内を調べた。若宮は誉の指示通り、アクシデントに見せ掛けて入浴中の紅を覗いた。誉は朗子が夫の雷太と営むリフォーム・アイランドを調べ、ガレージの中から聞こえる声に耳を澄ませた。夜、冨楽夫妻は若い男が乗る車を送り出した。
翌朝、若宮が朝食の場へ行くと、紅は千里が狂犬病だったのだろうと問い掛け、それを聞いた依羅は激しく怯えた。誉は捨井に脅迫状の件を改めて語り、今度は証拠を提示した。彼は犯行の理由として、捨井が紅に好意を寄せていたことを指摘した。捨井が脅迫状の送り主だと認めて「明らかに避けられている」と言うと、誉は「彼女なりの事情があるんじゃないのか」と口にした。若宮は誉に命じられ、山へ行くことにした。馬場は自分の部屋へ連れて行き、ナイフや地図を渡す。若宮は部屋を見回し、子供が描いた馬場の絵を見つけた。
若宮はウィルを引き連れ、夜中に山へ赴いた。犬の声を耳にした彼は、慌てて坑道に逃げ込んだ。そこへ何かが襲い掛かるが、それは野犬のキグルミを着た誉だった。彼は若宮に、近付いてきたのが野犬に見せ掛けたドローンだと教えた。リフォーム・アイランドにいた若い男が飛び出し、「もうやめよう。俺が電波をジャックした」とドローンを操縦している相手に呼び掛けた。男は「せらでん.ch」を運営する世良伝次郎で、雷太の甥だった。そしてドローンを操縦していたのは、雷太と朗子の夫婦だった。誉は世良が夫婦にドローン操縦を教えていたと見抜き、脅しを掛けて協力させたのだ。
誉は金庫を開け、遺言状を見つけた。遺言状には「不動産は依羅と千里に五分の折半で与え、他の財産は国際連合の児童基金に寄付する」と記されており、紅の名前が無いことに雷太と朗子は困惑した。誉は若宮に、今回の事件には20年前の誘拐事件が関係していると告げた。寿司屋で彼が注目した写真には、冨楽碧海の捜索ポスターが写り込んでいた。雷太と朗子の娘である碧海は1歳の時に誘拐され、警察の捜索は2週間で打ち切られた。署長は夫妻の抗議に耳を貸さず、逃げるように辞任した。
その後も雷太と朗子はビラを作成するなどして娘を捜索するが、何の手掛かりも得られないまま歳月が経過した。そんなある日、朗子は町で偶然に紅と遭遇し、碧海だと確信して雷太に知らせた。雷太は客としてキャンバクラに行き、何とか娘の証拠である背中の痣を見ようとするが失敗に終わった。雷太と朗子は紅を尾行し、現在の住まいを知った。朗子はリフォーム業者として蓮壁家に接触し、痣を見ようとする。彼女は紅の歯ブラシを入手し、DNA鑑定で親子だと確信した。雷太と朗子は自宅に紅を連れて行き、事実を明かす。2人が「蓮壁家の財産を紅に継がせて一緒に暮らそうと計画を立てた」と話すと、誉は「30点。一番肝心な所が違う」と指摘した…。

監督は西谷弘、原案『バスカヴィル家の犬』はアーサー・コナン・ドイル、脚本は東山狭、製作は小川晋一&松岡宏泰、プロデューサーは太田大&高木由佳&石塚紘太、撮影は山本英夫、照明は小野晃、美術は清水剛、録音は藤丸和徳、編集は山本正明、脚本協力は井上由美子、プロット協力は たかせしゅうほう、音楽は菅野祐悟、主題歌は由薫『lullaby』。
出演はディーン・フジオカ、岩田剛典、山田真歩、佐々木蔵之介、新木優子、広末涼子、椎名桔平、稲森いずみ、西村まさ彦、渋川清彦、小泉孝太郎、村上虹郎、花戸祐介、しゅはまはるみ、菅原大吉、金子莉彩、加藤斗真、小澤里葵、林茉凛、野口瑠夏、村岡那騎、新井葉惺、仲義代、森タクト、佐藤和政、山中良弘、長島竜也、湯田宗登、横路博、和田亮太、阿邊龍之介、幸咲茉歩、叶雅貴、菊地雄人、菅原将暉、麻瑠恵、UNA、黒木星那、駒井杏奈、寺脇創、野島良太、川上大貴、挑香りり他。


2019年に放送されたフジテレビ系ドラマ『シャーロック アントールドストーリーズ』の劇場版。
監督の西谷弘、脚本の東山狭は、いずれもドラマ版のスタッフ。
誉役のディーン・フジオカ、若宮役の岩田剛典、小暮役の山田真歩、江藤役の佐々木蔵之介は、TVシリーズのレギュラー。
紅を新木優子、朗子を広末涼子、杜夫を椎名桔平、依羅を稲森いずみ、千鶴男を西村まさ彦、雷太を渋川清彦、捨井を千里を小泉孝太郎、村上虹郎、世良を花戸祐介、アイリをしゅはまはるみ、霞島署の署長を菅原大吉が演じている。

『シャーロック アントールドストーリーズ』はアーサー・コナン・ドイルの探偵小説「シャーロック・ホームズ」シリーズを原案にして、舞台を現代の東京に置き換えた作品だった。
TVシリーズは「アントールドストーリーズ」のサブタイトルが示すように、小説では詳細が語られていない事件を扱っていた。
そのため、キャラクター設定を借りただけで、ほぼオリジナル脚本と言っても良かった。
しかし今回の劇場版では、長編作品『バスカヴィル家の犬』を原案にしている。

まず感じるのは、「多くの原作がある中で、よりによって『バスカヴィル家の犬』を選んだ理由は何なのか」ってことだ。
「魔犬の祟り」とか、現代の日本で「ミステリー映画」の設定として扱うには、あまりにもバカバカしいでしょ。
これがオカルトやホラー系の映画ならともかく、そうじゃないわけで。
「黒犬の祟りとか無いし」と分かっていても、一応は「実際に祟りかも」と少しぐらいは思わせないと、ミステリーとして成立しなくなっちゃうわけで、かなり厳しいぞ。

現代の日本というハンデを背負いながら、それでも「魔犬の祟り」があるんじゃないかという雰囲気を漂わせるために映像や演出も、全く見当たらない。
それを成立させるのであれば、市川崑監督が金田一シリーズでやったような演出が向いているんじゃないかと思われる。
さらに言うと、金田一シリーズと同じような時代設定にした方がいいよね。
「田舎の古い洋館に住む富豪の一族」とか、「血筋に関わる恩讐」といった要素も、いかにも金田一シリーズっぽいし。

千里の死因が凍死ってのは不自然極まりないので、そこに何かトリックでもあるのかと思ったが、特に何も無い。
でも、瀬戸内海の島で凍死ってのは、幾ら山の中でも無理があるわ。雪が降っている様子も無いし、「夜は急激に冷え込んで危険」みたいな描写も無いし。
そこは別の死因でもいいでしょ。絶対に凍死じゃないと都合が悪いとも思えないぞ。
何らかの理由で、どうしても凍死にしたいってことなら、舞台となる場所を変更すればいいし。

魔犬の正体に関しては、本物の犬であっても、そうじゃなくても、どっちにしても「その正体は」と種明かしをされた時にバカバカしさを感じることが確定している。
粗筋でも触れたように正体は犬に見せ掛けたドローンなのだが、もはや「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という表現さえ合わない。
だって、幽霊だと思わせている段階で何の恐怖も与えてくれないからね。
まさか、誉が犬のキグルミ姿だったのは、「魔犬の正体がドローン」という陳腐さを少しでも和らげようとするためじゃあるまいな。

誉も若宮も、どちらかと言えば明らかに陽キャラだ。
市川崑監督の金田一耕助シリーズだってユーモラスなテイストがゼロだったわけではないが、金田一は真面目だったし、全体としては陰気な雰囲気に包まれていた。しかし本作品の場合は誉に引っ張られたのか、コミカルなテイストが強めになっている。
それは説明不要だろうが、『バスカヴィル家の犬』の雰囲気とは全く合わない。
そして、『バスカヴィル家の犬』を脚色した本作品も、やはりユーモラスなテイストが全く馴染まない仕上がりになっている。

誉は冗談が好きすぎる男で、犬のキグルミで若宮を脅かして楽しむほどだ。
そんな行動には、何の意味も無い。単なるタチの悪いイタズラでしかない。
そんな全く必要性の無い行動を取らせてまで、コミカルなテイストを強めにしてある。
それなのに『バスカヴィル家の犬』をやろうとするんだから、どう考えてもバランスが悪い。
今さらTVシリーズで作り上げて来た雰囲気を大きく変えることは難しいだろうし、そっちに合わせるべきだから、やっぱり『バスカヴィル家の犬』を選んだ時点で失敗だったんじゃないかと。

朗子役が広末涼子で馬場役が椎名桔平なので、2人とも「ただのリフォーム業者」「ただの使用人」で終わらないことは最初から分かり切っている。
そんな中、朗子と雷太が犯行を告白する展開が映画開始から70分ぐらいで訪れる。
だが、まだまだ上映時間は残っているので、「この夫婦が全ての計画を仕組んで実行した犯人」で事件が解決に至らないのはバレバレだ。
このままだと、馬場が事件と全くの無関係になっちゃうしね。

一応は誉が情報を集めて推理を組み立てているが、朗子と雷太の告白で詳細が説明される形になっており、そこは安い2時間サスペンスのように感じられる。
それだけでは終わらず、その後も「実はこれが真相」という解答編があるけど、そこも色々と引っ掛かるんだよなあ。
特に、依羅が紅を拉致するシーンの状況に無理がありすぎて呆れるわ。
自分が死んだ娘を抱いている状況で、車を降りて乳母車の紅を拉致するって、かなり不可解だわ。「神経がマトモじゃなかった」ってことだろうけど、その一本で突破するのはキツいよ。

紅は雷太と朗子から捜索用のポスターや資料を見せられると、すぐに涙を流す。
それは「説明を受けた時点で、すぐに2人の娘だと理解した」ってことだろう。
でも、幾ら痣があったにしても、唐突に「実は貴方の本当の両親よ」と言われて、そこまで簡単に受け入れられるものだろうか。
「以前から疑念を抱いていた」という前提があれば納得できるが、そういうことは全く分からないし。
時間の都合で、雑に片付けているような印象を受けるなあ。

完全ネタバレだが、殺人計画の首謀者は雷太と朗子ではなく紅だ。でも、これも全く腑に落ちないんだよね。
幾ら「自分は誘拐された娘だった」と確信したとしても、「だから復讐のために殺す」ってのは、よっぽどのことが無いと至らない思考だろう。
劇中では「母が千里を可愛がり、紅は彼女と折り合いが悪い」とか、「千里が紅を馬鹿にする」という描写はあるが、その程度では「殺人による復讐」を納得させる描写に全く足りていないんだよね。
終盤、馬場が残した告白文を回想として見せるシーンで、「紅が辛い目に遭っていた」ってことが描かれる。でも、それだけでは弱いんだよね。

誉が推理を語るシーンで、紅が千里を殺した時の様子が描かれる。
「そもそも誉の推測に過ぎないので、そんな言動を紅が取ったかどうかは分からない」という問題はあるが、それはひとまず置いておこう。
ともかく紅は罠に足を挟まれた千里の元へ駆け付け、助けようとする。でも血が出ているのを見て冷たい言葉を吐き、そのまま放置して両親と共に去る。
でも、その「助けるフリをする」という行動は、何のつもりなのか。
一瞬だけ観客を欺くために用意された芝居なのだが、全く意味が無いわ。

完全ネタバレだが、最後は大きな地震が起きて屋敷が崩れ、中にいた紅&朗子&雷太が死亡する。
罪の報いを受けさせつつ、一緒に死ぬことで「もう苦しまず、あの世で一緒に暮らせる」という救いを持たせる結末と捉えてもいいだろう。
前半から千里が地震を警告していたし、小さな地震もあったし、ラストの大地震に向けた伏線が全く無かったわけではない。
ただ、大きな地震が1回だけ発生し、その後は全く揺れないってのは、やっぱりデウス・エクス・マキナを感じずにはいられないなあ。

(観賞日:2023年11月20日)

 

*ポンコツ映画愛護協会